とある原石の神造人形(エルキドゥ) 作:海鮮茶漬け
あの病室で以前の上条と別れをした後は、上条の意思を尊重して記憶のことには触れないようにしている。
インデックスは原作通りに上条の家で居候をしていた。インデックスは追っ手に追われない日々を、上条は記憶を失いながらも平穏を手に入れた。そんな穏やかな二人の空間に入ることなど、誰にも出来はしない。
「待たせたね、ちゃんこ鍋だよ」
「わーい!待ちに待ったご飯なんだよ!」
だが、そんなことに頓着しないのがこのオリ主である。
ほぼ強引に上条と仲良くなり、こうして上条の家に上がり込むほどの関係性を築くまでに至った。インデックスとは元々仲が良かったことと、こうして上条の家に上がるときは、餌付け──もとい、ご飯をこうして振る舞って買収をしている。
「すいません、先輩。毎回毎回食材を用意してもらった上に、ご馳走になっちゃって」
「気にしなくてもいいと言ったはずだよ?僕もこうして一緒に食べているんだからね。それに光熱費は後輩が払っているからお互い様だよ」
「くぅ~~っ!現在上条さんは先輩の優しさに、胸を打たれています!やっぱり年上の女性のほうが、年下よりも魅力的だよなー!」
「むむっ!とうま!年下の私がここに居ながら、それはどういうことなのかな!くさりはキレイな女の子だけど、私だって負けてないかも!」
「はあー……。おいおい、インデックス。いくらなんでもそれは背伸びしすぎだぜ?なんたって先輩は高レベルの能力者のうえ、学校の二大謎のマドンナって有名なんだからな」
「それは初めて聞いたよ。マドンナが二人とも謎とはね」
「ほら、先輩の雰囲気って浮世離れしてるっていうか、ミステリアスだから」
「そんなこと言ったら、私は世界で唯一の魔導図書館なんだよ!ミステリアスならむしろ勝ってるんだよ!」
「どこで張り合ってんだよお前は。先輩の落ち着いた姿見てみろ。がっついて食い漁っているお前と違って、綺麗な姿勢に上品な食べ方。清楚のお手本みたいじゃねぇか。それに比べてお前は……本当にシスターなのか?」
「言ったね!ついに言ったね!私の場合は魔導図書館だから、その分栄養が必要なんだよ!」
「……えっ、まじで?そうだったのか?」
「多分ね」
「適当じゃねぇか!!」
わーわー、ぎゃーぎゃーと賑やかな食卓が、とある学生寮の一室であった。その心温まる光景に自然と溶け込んでいる緑髪の少女は、慈愛のこもった微笑みを浮かべ思った。
この光景、アニメで何度か見てたなー♪やっぱ好きな世界に転生とか最高だわ。
随分と俗物的なことを考えていた。
慈愛なんて気のせいでしか無かったのだ。多くの人が抱く謎なんて実際はこんなものである。
そのまま食事は進み、数十人分の食材が見事に、インデックスの胃袋の中へと消えてしまった。その小さい体のどこに入っているんだと、毎度の如く驚愕していると、上条が目に涙を浮かべながら感謝してくる。
「先輩が居なかったら、今頃俺の食卓は野菜炒めの毎日でした……!先輩はうちの食卓の救世主、いや女神だ!」
「後輩。食卓の女神って、褒め言葉か微妙なところじゃないかな?」
見事な未来の予測に、内心で大きく赤ペンで花丸を書きながら返事をする。そうなると思って食材を買っている面も、確かにあるのだ。というか、そもそも食費はインデックスの所属組織の、
「うん!本当にくさりの料理は美味しいんだよ!」
「ふふっ、そう言って貰えてよかったよ」
うんうん、餌付けは無事成功しているみたいだ。これからも上条の傍に居るには、インデックスに気に入られたほうがいいからな。
と、そんな打算を頭の中でパチパチと、弾き出しているとは上条は微塵も思いはせずに、優しくて頼りになる先輩の好感度がますます上がったとさ。
「あー、このあと俺は補習を受けに学校にいかねぇとな。インデックスは留守番してるとして、先輩はこのあとどうします?」
「僕もこのあと用事があるから、ここで帰らせて貰うよ」
そう言って俺たちは、それぞれの用事を済ましに上条の家から出ていく。インデックスがいつもと同じように、元気に見送ってくれたのが印象的だった。
噛みつきと暴食という小さな問題さえなければ、庇護欲掻き立てるその姿は上条と相性のいい、素敵なヒロインだな。
そうして、彼らの家から歩き途中で上条と別れ、一人目的の場所まで歩いていく。道のりはとても長かったが一度も迷うことなくはなかった。なぜなら、その目的地は俺にとって馴染み深い場所だったからだ。
「――さん、ごきげんよう──」
「今日はお日柄もよくて──」
「今日出されました、課題についてお話させて頂いても──」
「明後日の
「そういえば、あそこのカフェで御坂様が──」
少女達のお上品な会話が、あちこちから飛んできているここは。俺が三年間通っていた学校。
━━━常磐台中学だ。
なぜ、俺がこんなところに来ているかというと、理由はただ一つ、彼女に会うためだ。
「お連れしました。女王」
縱ロールの髪型をしている少女の前に居たのは、蜂蜜色の長い髪を優雅に揺らして現れた彼女達の女王。
「あら、ありがとう。感謝するわぁ。それで、どうしてあなたが私に会いたいなんて、連絡をしたのか聞いてもいいかしらぁ?天野さん」
食蜂操祈。上条と同じくらい俺と長い付き合いがある少女だ。
「う……嘘で……しょ…………?」
俺はまず二人きりで会話をできるところまで、食蜂に頼み案内してもらった。食蜂は怪訝そうな表情をしていたが、俺の話を聞いていく内に顔色が変わり、今では青白くなってしまっている。それでは俺は何を説明したのか。
そう。上条当麻の記憶喪失のことだ。
食蜂は原作で既に知っているかのような反応をしていたから発覚するのも時間の問題だろう。それに、その場面に立ち会っておきながら、何もしなかったのは俺の意思だ。俺が説明するのが筋だと思う。例え、これが自己満足なんだとしても。
「何も……?本当に何も……覚えていないの…………?」
信じられない。いや、信じたくないという気持ちが食蜂から伝わってくる。それも当然だろう。自分が好きになった人が、いつの間にか死んでしまっていたのだから。
食蜂操祈という少女は計算高い女の子である。それは多くの人間に認知されていて、食蜂自身も間違っていない認識だと思っている。そんな彼女は恋敵のことは当然分析していたし、その人物がどういう行動を取るのか、ある程度理解をしていた。
だからこそ、自分の感謝をいつまでも受け取らない目の前の少女が、こうして現れたことが不可解でならない。その上、いつも飄々とした態度を崩さない彼女が、どこかいつもより覇気がないことがさらに拍車をかけた。
そして、その悪い予感は間違っていなかったことをすぐに知る。
「……うん、間違いなくね。彼と数日関わりを持って確信したよ。おそらく自分自身の記憶すらないだろう」
「か……勘違いの可能性……は……?」
「僕が後輩のことを間違えると思っているのかい?」
「…………………………………………………。」
これ以上ない程の説得力がその言葉にはあった。今まで誰よりも彼の傍に居たのは、間違いなく彼女だ。そして、彼女はこんなことで嘘を吐くような人間ではないし、彼女が言ったように絶対的な根拠がなければ、自分に伝えることはしないだろう。……でも、だからって……!
「他の記憶を刺激すれば……」
「もちろん、何度も試したさ」
「ッ!一時的な記憶の喪失の可能性は?」
「記憶そのものが消失しているんだ。あり得ないよ」
「でも、私の
「君とも関わりがあるあの医者が、『上条当麻は死んだ』と診断したんだ。つまりは、そういうことなんだろう」
「あなたは!!」
ガッ!!と、食蜂が掴みかかり、天野倶佐利を強く睨み付ける。
「あなたは!何をしていたのっっ!!」
食蜂は感情を爆発させながら、自分のしていることが、ただの八つ当たりであることに気づいていた。その場に居ることすら出来なかった人間が、結果だけをみて批判する、おぞましい行為であると自覚していた。
それでも……それでも止めることが出来なかった。彼女の淡々とした声音が、自分の悪足掻きを否定しているようだったから。
「あなたには原石の能力があって、誰よりも彼のことも知っていたじゃない!!私の
───ああ、最低だ……。
彼女は悪くない。そんなこと分かっているはずなのに、自分を抑えきれず言ってしまった。こんなことしか言えない私に彼女も失望しただろう。当然だ。私もそんな自分に失望しているのだから。
おそらく、彼を失った悲しみと自己嫌悪で
フワッと、何かに体を包まれる感覚がした。この部屋には私ともう一人しかいないことから、私を抱きしめているのは必然的に彼女だろう。
「え」
「ごめんね。うん、これは僕の責任だ」
「えっ、あ、いや違っ」
「だからこそ自分のことを棚上げしてでも、君の傍にいるよ。君が僕と後輩以外の前で、弱音を吐けるとは思えないからね」
いつも小馬鹿にしてくる彼女とは違った姿だった。いや、この姿こそが本来の彼女の姿なのかもしれない。自分に対して頑なに見せてこなかった、側面を見て気付いた。
自分が彼女について分析していたように、彼女も自分を分析していたのだと。そして、この事実を一人で受け止めることが、出来ないことを見抜かれていたのだ。だからこそ、こうしてわざわざ私に会いに来たのだろう。
優しく私を抱きしめ、労るように背中を擦る彼女に、みっともなくもすがり付く。
「………………好きだったの」
「うん」
「初めて男の子を好きになったの……」
「うん」
「絶体絶命でどうしようもないときに、駆け付けてくれる王子様だったのよ……」
彼との積み重ねてきた宝石のような思い出を、一つ一つ思い出す。彼との痴話喧嘩だったり、命懸けで私を助けようと敵に立ち塞がってくれたあの背中も、そして何気ない日常の一コマでさえも、全てが宝物だった。
───だけど、もうこの世界に彼はいない。
「うあ"あ"ああああああああああ!!!!」
彼女の服に皺が出来るほどに強く握りしめ、声を上げて泣いた。彼女は濡れるのにも関わらず、私の頭を撫でながら優しく抱きしめてくれる。その優しい心地好さが、彼との永遠の別れだと悟ったのだった。
目の前の声を上げて泣いている少女を見て、食蜂操祈だと思う人間はまずいないだろう。いつもの女王として派閥を率いる、
ああ、この子は人間なんだな
上条が記憶喪失となったときでさえ、喪失感はあったものの原作通りであったためか、小説のキャラクターであるという認識から、外れることが出来なかった。
しかし、食蜂操祈は悲しむ描写はあっても、これ程までに感情を爆発させていることはなかった。原作から離れた行動をしている彼女を見て、この世界で初めてキャラクターではなく、同じ人間として誰かを認識できた。
その感謝を彼女に返すために俺は言葉を発した。
「僕は彼と数日過ごしたけど以前と変わらなかったよ。記憶は無いんだろうけど、それでも後輩は後輩だった。きっと記憶のあるなしで、上条当麻という少年は変わるものではないんだよ。
彼の弔いは僕達でしよう。そうしたら、彼に会いに行くんだ。君が前を向いて生きることを、きっと後輩は望んでいるからね」
俺の胸の中で嗚咽を上げて、何度も小さく頷く彼女を愛おしく思いながら、二人きりの部屋で彼女が落ち着くまで傍に居続けたのだった。
とある学生寮の最近馴染んできた、知り合いが住んでいる一室の呼び鈴を鳴らし待っていると、ガチャッと扉が家の主に開けられる。
「あれ?先輩どうしたんですか?」
「以前話しただろう?ここに彼女を連れてきたいと言ったのを、実現しようと思ってね」
俺の言葉を聞いて「あー、それは、えーとっ……」と、戸惑っている上条を完全に無視して、後ろにいる蜂蜜色の髪の毛をした彼女を前に立たせる。
緊張を悟られないように気を付けて、彼女は彼に挨拶をした。
「食蜂操祈です。
もしかしたら、今回の話のテイストは、気に入らない人もいるかもしれませんね