というわけで、どうぞ。
「何、だって……?」
その告げられた余りにも意外な名前に呆然としてしまう。
「どうしてここに天野倶佐利が来ていることを知っているのかっていう疑問は、さっき言った禁書目録争奪戦や三沢塾戦を調べていた俺にかかれば、この程度の情報を掴まえることなんざお茶の子さいさいなんだぜい!
いやー、タイプの違う女の子二人を連れて愛の逃避行とは、上やんもすみに置けないぜよ!」
なっはっはっは!と、惚けた態度をする土御門に沸点が一瞬で超えた。
「ッそうじゃねぇ!何で先輩が疑われてんだよ!?あの人が能力者だなんてことはお前も知ってるだろ!」
怒鳴り散らす俺には全く反応せずに、落ち着いたようすで土御門は一つ一つ説明する。
「確かに、俺もこの目で能力を使っているところを何度も見たし、
「だったらッ──」
「男子高校生として過ごして来た上やんには、確かに辿り着きにくい思考かもしれないな」
すると、土御門はサングラスの奥の瞳を僅かに鋭くする。
「いいか上やん。スパイってのは何も外側からやってくるわけじゃない。
行方不明なのも魔術の反動を食らって動けないからで、実はそこら辺に息を潜めているからかもしれないしな」
「なっ!先輩がそんなヤツらの言葉に耳を傾けたって言うつもりか!?」
「唆すってのは何も損得の話だけじゃないぜよ。言うことを聞かないのなら聞かせるようにするってだけの話だ。
人質、殺人未遂・予告、拷問、後ろ暗い過去の暴露、などなど。脅迫の仕方なんてその道のプロなら何でも御座れだにゃー。自分達の手駒にするには手段を選ばないのはどこも世界も同じですたい」
「ッ!!」
こんな話を表情も変えずに淡々としているのは、土御門元春にとってはこの程度の話は珍しくも何ともない、身近な話なのかもしれない。それは、彼がいる世界はそれだけ闇が深いということだろうか。
その過剰に声音を落ち着けたりせずに声の調子を全く変えないことが、逆に話の内容に真実味を持たせていた。
「このタイミングで居なくなり未だ姿を見せないなんて、どうぞ疑って下さいと言っているものだにゃー。実行犯か協力者の可能性が高いと言わざるをえないぜい」
上条としては言い返したいところだが、実際に疑う理由が揃ってしまっているのもまた事実。そして、人質ならば先輩だとしても、協力する可能性があるかもしれないと上条も思ってしまっていた。
そんな苦悩する上条と同じく、神裂も思い悩んでいたが偶然にも二人は気づかない。
「まあ、仮にそうだとしても術式を止めるには術者を倒す以外にも、儀式場を破壊すればいいからにゃー。この
「…………ああ、分かった。真相がどうであっても、それが先輩のためになるのは間違いないんだ。この騒動をさっさと終わらせてやる!」
拳を握り締める上条。上条にとって世界規模の魔術よりも、女の子がクソ魔術師に苦しめられている方が重要らしい。もちろん、御使堕しをきっちり解除はするために、動くのではあるだろうが。
上条は御使堕しを解決するために意識を切り替える。
「それで?その御使堕しっていうのは一体何なんだ?」
「貴方は『セフィロトの樹』というのを知っていますか。神様、天使、人間などの魂を表した身分階級表です」
上条はいきなりの魔術用語に付いていけなくなるが、土御門がフォローに入る。
「要するに、ここからここは俺達の領分だから入ってくるんじゃねーよ、っていうことを表したものなんだにゃー」
「通常は人間が天使の位に昇ることはなく、当然その逆もありません。ですが、天使が魔術の影響で人間の位にまで堕ちてきた」
「神様、天使、人間は全部常に満席状態ぜよ。そんな状態の中、天使が人間まで堕ちたことで『見た目』と『中身』がバラバラになっちまった。『見た目』は我先にと『中身』と一つになろうとした結果、このトチ狂った世界が生まれたんだぜい」
そんなぶっ飛んだ話を聞いて思わず話を中断したくなったが、今は一分一秒を争う事態だ。そんな暇は与えられていない。
「……本当に天使何てものがいるのか?そんなの見たことも感じたこともないぞ。天国だって宇宙まで行ったって見つけられるもんでもねえだろ?」
「上やん、物理的な高い低いの問題じゃないんだぜい。例えるなら高周波の高い低いに近いかにゃー。人間の聞き取れる高さは決まっていて、ある一定以上の高さや低さになると聞き取れなくなるだろ?それと一緒で神様が隣にいても上やんは気付くこともできないんだにゃー。文字通り住んでる世界が違うからな。
そんで、超常の存在自体が信じられないなら、ここにいる聖人、神裂火織を見てみるんだぜい。なんせ、偶像の理論で神の子の力の一端を使うことができるんだからにゃー」
「偶像の理論?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。土御門の説明を付け足すように神裂が説明をする。
「姿や役割が似ている物同士は互いに影響しあい、性質、状態、能力などが似てくるという魔術理論です。
私たちは生まれついたときに聖人の特徴である
「そのほんの数%で核兵器並の戦力だからにゃー。本物がどれだけ埒外の存在なのか、魔術を知らない上やんでも理解できるだろ?」
「…………」
実際のところ記憶の無い上条当麻には、神裂の強さを推し測ることは全くできない。だが、土御門がこの状況で過剰な表現を使うはずも無いことは上条にも理解できた。
それから、上条達はそれらしいところを探し回ったものの、未だに術者も儀式場も見つけることができていなかった。
そのため、一度腰を据えて話し合うために、上条が泊まっている旅館へと三人はやって来たのだ。部屋に戻った上条は天野倶佐利について寝転びながら考える。
「(先輩が魔術師の言いなりになっていた?だけど、そんな様子は全く感じられなかったぞ。やっぱり何かの間違いないなんじゃあ……?)」
年上の女の子はいつもの微笑みで上条達と接しており、何も変わったところは見受けられなかった。誰かに脅迫されているとは思えない。
「(……いや、先輩なら俺達に心配かけないよう完璧に演技をするはずだ。そもそも、俺は土御門がスパイってことを微塵も疑ってなかったじゃねえか。そんな俺が先輩の優しい嘘を見抜けるなんてできるわけがねえだろッ!
先輩は一人で耐えていたんだ。脅された方法が人質だとしたら、小萌先生かインデックス、隣に引っ越して来たらしい姫神か、───あるいは、この俺、上条当麻か)」
もっと先輩と話していれば気付けたはずだ。
先輩はいつも笑顔を浮かべて俺達を見守ってくれていた。だから、ピンチになれば手を差し伸べてくれる、頼りになる人間だと決め付けていた。
先輩がそんな危機的状況に陥るはずがなく、もしそうなっても遠慮なく自分に頼ってくれるはずだと信じきっていたんじゃないか?
確かに、今までは先輩が俺に協力してくれるよう、頼んでくれることが何度かあった。
でも、それは先輩が誰かを助けようとしたときだけだ。
自分自身のために協力を求めてくることは一度もなかった。食蜂も今まで先輩自身の問題で、自分のことを一度も頼ってくれないと言っていたではないか。
何故、傲慢にも自分なら頼ってくれるだなんて思い込んでいた?
先輩だって完璧な存在じゃない。
魔術師という未知の存在相手では手を小招くことだってあるはずだ。
あの穏やかな笑顔の下で降りかかる重圧に耐えきれず、涙を流してていたのかもしれない。そんなことにも気付かずにのほほんとしていた過去の自分をぶん殴りたくなるッ!
「(本当に俺は、何やってんだ……ッ!)」
上条は自らの情けなさに強く歯を食い縛った。
そんな上条の足を床から生えた手が掴んだ。
「ッッッ!?!?!?」
バガンッ!という音と共に床下から出てきた誰とも知らない手が、自分の足をガッシリと掴んでいるのだ。
自分の目が信じられない。
何の前兆もなく、いきなり成人男性ほどの腕に足首を掴まれたのだ。この反応も当然だろう。
油断しているところに起きたことで上条も混乱に陥った。だが、上条とて戦場は幾度も経験している。すぐさま対処しようとするが上条の動きがピタリと止まった。
そう、彼は見てしまったのだ。
伸びた手は爪が剥がれ色が黒に変質しており、拷問でも受けたかのように傷だらけ。
床の隙間から覗く暗い影の中に見えた瞳は、焦点を見失い明らかに正気を保っていないことを。
「うああああああああ!?!?!?!?!?」
余りのおぞましさに絶叫を上げる。強いだとか弱いという話ではなかった。脳が存在を拒否していた。
だが、このような異常極まる状況では、いつも通りの行動などできないのも道理だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」
自然と吐く息が荒くなっていく。予想外の出来事により上条は恐慌状態に陥っていたのだ。
狂気に呑み込まれた上条には指先一つ動かすことはできない。そんな上条の足に、ゆっくりと鈍色に光る何かをソイツは添えた。
金縛りのように動かない体の先で、何が添えられているのか眼を見開いた上条は正確に理解する。
今ではホームセンターなんかで簡単に買うことができる物。
上条の足にはナイフが添えられていた。
「エンゼルさま……」
男の名は最近ニュースになっていた火野神作。27人を殺したという大量殺人犯だ。
~ある日の帰り道~
「(ぶっはあッ!!今回も本っっ当に疲れたぁ。はぁ……、上条を巻き込んでどうにか楽したいーーっ!(クズの発想)
だけど、それだと原作変わるかもしれんしなぁ。ままならんなぁ。はぁ……。
そもそも、上条巻き込むと5、6ページですむ程度の事件が、単行本150ページくらいの厚さがある内容に様変わりするんだよなぁ。……うーーん、やっぱなしだわ)」
打算だらけのオリ主である。
◆作者の戯れ言◆
時間がないのは事実なので不定期には違いありません。
余裕があるときに書く方針です。