それでは、正体不明編です。
61.九月一日
九月一日。
今日から学校が始まる。学校に通うことは学生にとってありふれたことだろうが、上条当麻にとっては未知の世界だ。
口に溜まった唾を飲み込んで、ガララッ!と教室の扉を一思いに開けた。
「よ、よお。みんな久し振りだな……」
俺からしたら初めて見る顔ばかりだが、記憶喪失のことは誰も知らないため、無理矢理合わせに行くしかない。探り探りやって行くつもり───だったのだが。
予想外にも何故か教室はピリついていた。
この状況が訳がわからずに混乱してしまう。一体このクラスで何があったんだ……!?
緊張感張り詰める教室の中で、記憶喪失後も面識がある青髪ピアスが、俺に声をかけてきた。
「上やん。もしかして……」
「な、なんだよ。青髪……?」
驚いたことに青髪の声は真に迫ったものだった。
もしかして上条当麻として、何か不自然なことでもあっただろうか?
当然だが今の上条には見当もつかない。本人でさえ気付かない失態に冷や汗を流すが、青髪の口は止まることはない。
心の準備をする暇すらなく、青髪はその言葉を言ったのだった。
「夏休みの宿題ぜーんぶウチに忘れたんか?いやー、流石の不幸やね。その切羽詰まった顔を見れば一目瞭然やで」
「…………は?」
微塵も思っていなかったことを明るく青髪が言うと、クラスメイト達がスタンディングオベーションをするかのように、一斉に立ち上がった。
驚いて見渡すと全員が全員、喜色満面だ。
「よっっしゃぁぁああああ!!これで、不幸に愛されている上条に先生達の説教が集中するから、俺達へのダメージは軽減される!」
「やったわ!私達、助かるのねっ!」
「キャー!カッコいいよ!上条くんっ!」
「同類バンザーイっ!!」
「って、おおいっ!つーか、テメェら誰もやってねえのかよ!?」
そんな風に喜んでいる同級生を見て、堪らず叫んだ。何なんだこのクラス……。
そんな動揺を隠せない俺の肩を叩き、青髪が言った。
「まあ、そない気にすることでも無いやろ。クラスの三分の二が補習に参加しとるぐらいやし、小萌先生もそれで喜んでくれとるから、win-winやで」
「どんな理屈だよ!?おいおい、あの人居酒屋とかで酒呑みながら、一人で泣いてるんじゃねえだろうな!?」
「あっはっはっは!大丈夫やって!僕なんか小萌先生に怒られるためだけに、宿題全部終わってんのに敢えて一つ残らずウチに置いてきましたよ?」
「やめてやれよ!好きな子にイタズラしたい小学生か!!」
人が並々ならない覚悟を決めて来たというのに、一気に気が抜けてしまった。
……いや、違うこれが本来の日常なのだ。
──ただ俺にとっては初めてというだけで。
初めて見る同級生の男子や女子が、心底安心したかのように胸を撫で下ろす。その様子を見て、先ほどあることを言っていなかったことに思い出した。
「いやー、助かったぜ。不幸の避雷針である上条が居れば、俺達の学生生活は安ぜ
「言ってなかったけど、俺はもう宿題は九割近くは終わってるぞ?あとは提出するだけだ」
『……は?』
教室の空気が凍った。それは偶然にも先ほどの上条と同じシチュエーションである。
その中で一番最初に驚愕から立ち直った青髪が、おずおずとした様子で話しかけてきた。
「い、いやいや、上やん……?ウソはあかんで?あの上条当麻が夏休みの宿題を提出できるなんてっ!そんな馬鹿な話あるわけないやろ!!」
あんまりにもあんまりなセリフだが、上条当麻と同じ教室で共に過ごした学友には、当然の如く降りかかる不幸は認知されている。
不良に絡まれることはいうまでもないことだが、じゃんけんなどの運試しでは人生で一度も勝った経験は無いし、駐輪場に自転車を停めれば100%盗まれる。
そんな、全ての不幸を背負っているかのような男が、上条当麻なのだ。その上条当麻が宿題を出せる状況であるという、摩訶不思議なこの状況。
彼らからすればそんな馬鹿げたご都合展開など、絶対にある訳がないのだ。上条はそこまで言われて逆に得意気に言った。
「フッ、上条さんには勿体ないほどに優秀すぎる、家庭教師がついてくれていたからな。その人の力さえ貸して貰えれば、不幸なんて敵にすらなりはしませんことよ」
そんな一気に調子に乗っている上条だが、宿題はまだ残っている事実をどうやら忘れているらしい。
だが、そんな上条のセリフに反応する男がいた。
「家庭教師?………………!…まさかッ……………………………………」
「…………え?え?ちょ、ちょっと青髪?いきなりどうしたんだ?」
青髪ピアスが何かに気付いたかのようなリアクションをすると、急激にテンションが落ちた。余りの下がりように、青髪をつい心配するような言葉を投げかけてしまうほどだ。
周りのクラスメイトもそんな異常な青髪を、流石に不審な目で見ている。
そんなドン引きの視線を一切気にせず、青髪は端的に上条に問う。
「上やん。その家庭教師って天野倶佐利お姉様のことや、あらへんよねぇ……?」
まるで呪詛のようなおどろおどろしい声音に身震いする上条。明らかに今の青髪はヤバい。
しかし、そんな上条とは違って、その言葉を聞いたクラスメイト達はそれ以上の困惑などせずに、ブリキ人形のようなカクカクした動きで、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。
その異常な光景に「ひぃっ!?」と情けない声を上げるが、仕方のないことだろう。
青髪ピアスは尚も言葉を続ける。
「ほうほう、上やんは俺達が寂しく夏休みを過ごしている間、あの学園のマドンナである天野倶佐お姉様と、贅沢にもマンツーマンでのお勉強かいな。
いやー、それは勉強も進むやろなぁ。天野お姉様が網タイツ穿いたエロエロな女教師コスで、手取り足取りみっちりと教えてくれる個人授業なんやから。
───それはそれは、随分と捗ったんやないの?色・々・と」
「(あ、これヤバいやつだ)」
上条の第六感がここにいては不味いことを感じ取った。先輩への風評被害もどうにかしたいが、ここに居れば間違いなく殺られる……!
すぐさま回れ右して扉の方に走ろうとするが、ピシャンッ!と音が鳴り扉が閉じられた。クラスメイトの男子生徒の手によって、既に出入口は押さえられている。
ならばっ、と窓の方を向くがあらかじめ想定していたのか、何人かの人員がもう回っていた。
くっ、退路を全て押さえられた……!!
逃げ場を失った上条に向かって、エセ関西弁を話すその男はゆっくり歩きながら言った。
「さぁて、始業式まではちょおっとばかし時間はあるで。
それまでに、何で仲良いことをまるで見せ付けるみたいに密着して、わざわざ一緒に登校してきたその理由から、二人ともおんなじように寝不足気味な理由まで、一つ一つ精査して行こうやないか。なあ、上やん?」
まるで、理論武装で追い詰めていくかのようなセリフに反して、指をポキポキ鳴らしているのは一体何故だろう……?
俺は絶望していた。
闇咲の大切な人を助けるために学園都市から脱出し、上条と一緒になって朝方に帰ってきた。それについてはどうこう言うつもりはない。
闇咲の大切な人だからアニメで詳しくやっていなくても、興味はあったし。
その魔術師達もフルボッコにしてやってスッキリはした。
まあ、エルキドゥの特性が怖くて、受けてやる気にはならなかったけど。
そんな感じで暴れに暴れ、闇咲の件は恙無く無事に完了した。
では、何故俺は絶望しているのか。
ほぼ徹夜明けなのにも関わらず、午前中だけとはいえ学校があるから?
違う。
夢でエルキドゥと対話みたいな妄想をこの頃しているから?
違う。
俺は闇咲の大切な人を助けるために戦っていたため、ものの見事にその大事なイベントの日付を忘れていたのだ。
「(昨日は
あの尊い名シーンに立ち会えないなんて!俺は何を求めてわざわざ転生をしたんだッ!(神により無理矢理である)
何かいい感じの雰囲気に流されちまったっ!もっと深く思考を回しておけば……いや、仮に気付いてもあそこで、「このあと一方通行を出刃亀するからお疲れ~♪」なんて、そもそも言えないし?どうしようもなかった話なんだけども!
うおぉ~。でも、どうせアレイスターの奴が覗き見してるだろうから、立ち会えても目をつけられる可能性があるし、結果的にはこれで良かったのか……?
いや、でもな~~!
そんな感じで始業式は一人の世界に入ったまま、適当に流した。つーか、逆に始業式で気合い入れて来る奴なんて見たことがない。
……あぁ、一人根性入れて来る奴に心当たりがあるわ俺。
上条と一緒に速攻であっちの魔術師を倒したあと、家庭教師として移動中に宿題を幾つか消化しといた。一度やったことをなぞるだけだから、別に不可能と言うわけでもないしな。
上条と俺の記憶から、書いた文章をまた書く作業をこなせば終わりだ。
時間さえあれば今日中に全部終わるのだが、時間がないために小萌先生などの優しい先生の宿題だけは残すことにした。これはしょうがない。
あとはそれをまた不幸で木っ端微塵にならないように、上条を護衛するだけでいい。
発火系の能力者や水流操作の能力者の能力が、やたらと上条の鞄の吸い込まれるかのように発動したり、転がっていた空き缶に上条が足を捕られて鞄を放り投げてしまったり、「遅刻、遅刻ぅ~~!」とも言いたげな女子中学生達が、上条にタックルかましてきて危うく鞄が川に落下などなど、上げていけばキリがない。
エルキドゥのスペックと
その甲斐あって、上条を無事に送り出せたのだった。
別れるとき「何か言いましたか上条ちゃん!?まさか、また先生のことを背後からこっそり近づいて、高い高いしようとしてますか!?」「してねえよ!疑心暗鬼になりすぎだアンタ!」なんていう言葉だけだと、意味がわからないセリフのはずなのに、何故か心当たりがある会話なのは……まあ気のせいだろう。
「(俺が家庭教師をしたのに全然できてないとか、小萌先生に失望されちゃうって。それは流石にキツい。
まあ、家庭教師だけじゃなく俺が事件に関わったせいで、何かが変わっているかどうかを確かめるって意味もあったけど、無事に原作通りに進んでいるようで何より何より)」
そう、今日は九月一日。
つまり、上条達が
つまり、心配するようなことは何一つ残ってはいない。
「(今日は帰って少し寝るか~)」
気になるっちゃあ気になるが、今回の敵であるシェリー=クロムウェルは、今後の話で重要になってくるようなキャラでもない。
風斬氷華はこのあとも出番があるキャラだけど、何も最初から出会う必要はないだろう。適当なところで途中介入するのが良いと思う。
あと眠いし。テンション下がってるし。
だから、今日はこのまま直帰だわ。お疲れ~。
と、すんなりいくほどこの世界は、うまくはできていないらしい。
「あっ、くさり!」
そう言ってトテトテ歩いてきたのは真っ白なシスター。
……あぁ、そりゃ学校に居るよねー。
この話はインデックスがお腹を空かせて、上条の学校に来てしまうことで始まったと言っても過言じゃない。インデックスと風斬氷華の友情物語なのだ。
まあ、そうなると、
「こんにちは。俺達このあと遊びに行くんですけど、先輩もどうですか?」
保護者も居るよな。もう午後だし。
「申し訳ないけど断らせてもらうよ。少し眠くてね。家に帰って仮眠を取るつもりなんだ」
「あ、すみません先輩。俺が朝まで付き合わせちゃったばっかりに……」
「あっ、そうなんだよ!どうして私を縄で身動きできないくらい縛って放置して、とうまとくさりは一緒にさっさと行っちゃったの!?
この私を差し置いてそんなことするなんて、常識的に考えてあり得ないんだよ!三人の中で私が一番に行くべきだったのにっ!
あと、朝まで耳元で鳴かれてたから、ちょっと寝不足なんだよ!」
結局、学園都市の外に出たのは上条と俺の二人だ。上条はインデックスを危険な目には遭わせたくないらしく、闇咲に頼んでインデックスを魔術を使って縄で縛り上げた。
そして、不本意にもインデックスはお留守番となったのだ。
魔導図書館であるインデックスからすれば、完璧に魔術サイドである今回の戦いに連れて行って貰えなかったことは、不満でしかないのだろう。
問答無用で縛るように言った上条もまあ、悪いかなとは思うし。
俺?そこら辺は教え子の主体性を尊重してるので。上条にお任せですけど?
あと、最後のはスフィンクスのせいだから、俺達関係なくない?
そんな、いろいろ込み合った話しをしていると、インデックスの後ろにいた女生徒が口を開いた。
「え、えっと……会話の内容がかなり不穏だけど……。……もし、本当にそういうことだったら…………私、何か言った方がいいのかな……?」
なんか既にキャパシティ越えしている、おどおど系の眼鏡巨乳……もとい、作中屈指の超乳を持つ少女。
今の俺達の会話で、何をそんなに戸惑っているのかと考えてみると、すぐにその答えは出た。
「(……あー、なるほど。確かに不穏だわ。というか、すっごく如何わしいなこれ。日本語ってフシギダネー)」
理解はできたが……まあ、いっか!
このむっつり超乳眼鏡を勘違いさせておくのも愉しそう……もとい、楽しそうだし。
「そうだ、くさりは知らなかったよね。こっちに居るのがひょうかなんだよ!」
そうして元気よく紹介された少女は、こっちを見ると同時にどこか怯えたような反応をした。
……間違いなく誤解されてるなぁ。もしかして、この中で一番大人っぽいから主犯格にされてる?
そうして、インデックスに促されて、おどおどしながらも少女は自己紹介をする。
予想通りというか当たり前のことなのだが、やっぱり少女はその特徴的な名前を言ったのだった。
「えっと、あの……は、初めまして……。風斬氷華……です」
導入だから少なめ……でもないな。青ピのセリフなんか入れたくて書いてたらかなり増えました。
今回は勘違い要素を強くしてみました。できてるかな?
あと、少しラノベっぽい雰囲気も取り入れてみました。
高評価ありがとうございます!頑張ります!