とある原石の神造人形(エルキドゥ)   作:海鮮茶漬け

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6.聖人

 陽が落ちて人が寝静まった時間帯だとしても、人が三人しかいないという異様な空間がそこにはあった。

 天野が視線を前に向けると目の前には刀を持った女と、意識を失った血まみれの少年が倒れていた。

 

「この件についてどこまでご存知でしょうか?」

 

 身の丈もある刀を持った長身の女が問いかけてくる。

 

「さあね。ほとんど知らないよ」

 

 目の前の相手はTシャツを裾で括ってヘソを出し、ジーンズの左足を根元から切り取った、奇抜で露出の激しい服装をしていた。

 俺は敢えて彼女のことを無視をして、血塗れになっている上条を見る。

 

「だけど、君の足元にいる彼は僕の後輩なんだ」

 

 いつの間にか手を強く握りしめていた。

 

「ここで何が起きたのかは知らない。もしかしたら、彼が何かを勘違いしてこうなったのかもしれない」

 

 

 

 

「だから、これは僕の勝手な八つ当たりだ。責めてくれて構わないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人通りが異常に少ない道路で、二人の人物が何度も衝突していた。

 

「『超すごいパァァァンチ!!』」

 

 ドゴオオオオッッ!!!!と轟音とともに、()()の少年の拳からとてつもない衝撃波が繰り出された。念動力による一撃…………───ではない。それはとある少年によって数ヶ月程前に間違いが指摘された。

 本人でさえ理解できていない不可思議な現象。だが、その衝撃は最高速度の電車と正面衝突することに比肩する程の、エネルギーを秘めた一撃であった。

 普通の人間が受ければ間違いなく即死するだろう一撃。しかし、この場に普通の人間はいない。

 

「──七閃──」

 

 女剣士が刀を構えた数瞬後、まるで衝撃波が周囲に散らばるかのように攻撃が相殺された。それが刀を構えた女剣士が起こしたものであるなど、誰が想像できるだろうか。

 女剣士の顔に焦りはなく傷付いた様子もない。完璧に封殺したことの証であった。

 

 だが、その光景を目の当たりにしても、その人物の顔には一片の陰りはない。今の一撃は手加減でも様子見でもなく、本気の一撃であったにも関わらずだ。

 しかし、それこそが学園都市のナンバーセブン。不安など些末なことは抱かない。常に前を向いて根性のみで走り続けるのが彼だからだ。

 そんな本物の彼と同様に快活とした笑顔で()は言い放つ。

 

「『へっ!俺の根性を超えてくるとはな!』」

 

「姿と共に口調も変わるとは不思議な力ですね」

 

 女剣士、神裂火織は相手の不可解な能力に疑問を抱くが、構わず真正面から粉砕していく。

 力は凄まじいが、一撃一撃に溜めが必要であり、聖人の力を使えば問題なく相殺できる。

 そして聖人のスペックを使えば、

 

「『超すごいパ───』」

 

 

 

「見えてますよ」

 

 

 

 ドバッッッッ!!!!と、空気が爆発するかのような凄まじい音と衝撃波が周囲に広がる。その広がった衝撃波は周囲にあるビルの窓ガラスを、一つ残らず破壊していった。

 少年の早さはマッハの速度である。普通ならば避けることはおろか反応することもできはしない。しかし、女剣士は音速の速さにすぐさま適応し迎え撃つ。

 

 神裂火織は聖人である。

 

 聖人とは魔術の世界に20人といない希少な存在であり、聖痕(スティグマ)によって神の子の力を、極僅かであるがその身に宿すことができる。その力は絶大であり、音速の速さで動くことはもちろん、生身で大気圏からの落下にも生存できるほどの力を持つ。

 

 そんな神裂火織と削板軍覇が生み出したクレーターの中心では、少年と女剣士の拳と刀がギシギシッとぶつかり合っていた。しかし、両者の均衡は女剣士が柄に力を込めることで容易く傾く。

 

「『……チィッ!!』」

 

 刀が振り抜かれると、数メートル後方に緑髪の少年が吹き飛ばされる。空中ですぐさま体を捻り体勢を整えると、アスファルトに靴を擦りつけながらも無事に着地をした。

 両者共に傷一つ未だ負ってないがたったこの数合の打ち合いで、互いの力関係の上下が確定した。

 

「私が衝撃波を相殺している僅かな間に死角に入り、至近距離からの攻撃。最大の攻撃を与えることは必要ですが、いささか工夫が少なすぎですね。貴方の攻撃がその正拳突き以外には無いことを物語っていますよ」

 

 あまりにも戦闘慣れをしていなかったので、つい説教のようなアドバイスをしてしまった。

 これでは逆上させてしまう結果になるのではと、自らの未熟さに歯噛みしていると、相手は意外にも落ち着いていて一人言のように話し出す。

 

「『確かに、まともな攻撃がこれしかできねえ俺じゃあ、本物のナンバーセブンには届かねえ。アイツならもう少しまともにアンタの相手ができていたはずだからな』」

 

 息を吐きながら言葉を続ける。

 

「『俺じゃアンタまで、攻撃を届かせることができねえが』」

 

 

 

 

 

 

「『ならば、私の攻撃は如何でしょう?』」

 

「ッ!!」

 

 その声を聞いた途端に女剣士の姿がブレる。

 そして次の瞬間、彼女が居たところに金属矢が数本現れた。

 神裂は修羅場を幾度も乗り越えてきた強者である。生死が隣に潜む戦場で培われたその直感はとてつもない精度を誇る。

 攻撃の種類が空間移動(テレポート)であることを看破した神裂は、すぐさま適応し力業による強引な方法で切り抜ける。追尾するかのように現れる金属矢を、彼女は目で追えない高速な動きそれを躱していく。

 そして、神裂も攻撃を受けるだけではない。

 

「──七閃──」

 

 その声と共に幾つかの斬撃が金属矢を放った少女に迫るが、少女の姿が一瞬で掻き消えた。それを見た女剣士と周囲に光ものを見つけた少女はそれぞれ確信する。

 

「『なるほど、その斬撃の正体は伸ばしたワイヤーですのね』」

 

「貴女の超能力は変身した相手の能力を、使用可能になるというものですか」

 

 お互いの能力を数度の攻防で見抜く両者。このことから、どちらも常人とは隔絶した実力があることが分かるだろう。

 

「まさか、肉眼で七閃を見破られるとは思いませんでした」

 

「『こちらのセリフですわよ。空間移動する速さより速く動くなど、とても同じ人間だと思えませんけれど』」

 

 お互いの実力を認めながらも、緑髪のツインテールの少女が動き出す。

 

「『その埒外の速さは厄介ですので───』」

 

 緑髪の少女の姿が一瞬で変わる。

 

 

 

 

 

 

「『卑怯なんて言わせないわよッ!!』」

 

 姿の変わった短い髪の少女から雷撃が飛ぶ。

 

「なるほど、雷速なら躱すことは不可能だと考えましたか。ですが、───七閃!」

 

 その声と共にワイヤーが高速で動いた。だが、それは余りにも電撃とは見当違いの方向に飛んでいく。悪手でしかない動作。しかし現実はそんな彼女の予想を超えていった。

 

「『ッ嘘でしょ!?』」

 

 少女が繰り出した雷撃の槍が突如方向を変え、明後日の方向に向かって飛んでいったのだ。

 

「『まさか、一ヵ所に何度も攻撃をして真空を作ったってこと!?』」

 

「ええ、貴方のその攻撃は私に通じません」

 

 その後に磁力を使ったコインの高速射出も叩き落とされた。その上砂鉄がなく、自爆技の超電磁砲(レールガン)も上条がいるため使うことができない。

 御坂美琴の能力は汎用性は高いが、機械類が近場になくアスファルトとコンクリートに囲まれた中では、十全に能力を行使することなどできはしない。

 とはいえ、高速で撃ち出されたコインを視認した後に打ち落とすことなど、普通はできないことである。

 

「『本当に第7位並み───いや、それ以上にめちゃくちゃね……ッ!』」

 

 離れたところにある金属性の物を、磁力で強引に引き寄せてぶつけるが難なく打ち落とされる。速さで言えばプロの野球投手並みの速さなのだが、聖人にとってみれば止まっているも当然であった。

 

「貴女にはそろそろ降参してほしいのですが」

 

「『そんなことすると本気で思ってんの?』」

 

 その言葉と共にまた少女の姿が変わる。相手をする神裂はその一瞬の隙を敢えて見逃した。

 神裂は彼女の怒りが正当なものだと思い、その攻撃の数々を正面から受け止めている。本当なら彼女の攻撃を受けることなく、最初の一撃で無力化することができた。しかし神裂はそうはしなかった。

 何故なら、大切な人が知らない人間に血塗れにされたら、誰だって憎悪を抱くに決まっているからだ。彼女にとってもし彼のことをただの後輩以上に想っているならば、この事から逃げる訳にはいかない。

 この非情になれない誠実さが神裂火織という人間の本質である。

 

 だが、任務があるためそろそろ終わりにするべきだろう。

 

「貴女には申し訳なく思いますが、私にもやるべきことが「えいっ☆」………………………………………………」

 

 今まで圧倒していた女剣士の動きが急に止まる。

 そして、お嬢様然とした緑髪の少女から、緊張を解すように大きく息を吐くのが聞こえる。

 

「『ふぅ~~~~。……なかなか危なかったわぁ。貴女が手加減してくれたお陰よぉ?

 敢えて、効かない物理攻撃を散々していたのは、私にそれだけしかできないと思わせるため。いくら戦い慣れていても、片手間にできる攻撃の対処を続けていたら、さすがに集中力が持つわけないものねぇ』」

 

「『でも、衝撃与えたりしたら、能力解除される可能性があるから恐ろしいんだけど。……そもそも効いてるのかしら?どちらかというと自分から殻に籠ったような気がするわねぇ。

 そこら辺のことはかなり気になるけど、能力の効果を確認する暇があるならすぐに離れたほうが建設的かしらぁ?

 というわけで、あなたを置いて上条さんを病院まで連れて行くわぁ。

 よいしょ、……ってええ!?体のバランスが全然取れないんだけどぉ!?さ、さすがのブリキ力、学園都市第1位だゾ☆……』」

 

 フラフラとした足取りをしながら少女は歩き出す。守り抜いた少年を肩に担ぎながら。

 

 

 

 

「ッ!!………………逃げられましたか。意識を断絶しても完璧に防ぐことは難しいようですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の街をはぁはぁと荒く息をしながら歩く、少女の姿がそこにはあった。彼女の隣には右腕を切り刻まれた少年が意識を失っている。その状態の少年を肩で支えている少女は歩きながら思った。

 

 

 また巨乳かっ!!

 

 

 彼の精神構造はなかなかおかしな事になっていた。

 

 男から女に変わった弊害が、ここにきて現れ始めたのだ。

 

「(エルキドゥの顔は美形だけどさ。胸はそこまで大きくないわけよ。女になってから最初は特に感じなかったんだけど、生活していくうちに、巨乳を見てると嬉しさと切なさと苛立ちが出てきたんだわ。メタモルフォーゼが出来るから、逆に強く感じるようになったよ!コンチクショウッ!!)」

 

 そう。彼は巨乳を見て男として興奮する感情と、女社会で生きた経験からか、自分の胸と比べてしまい苛立ちが生まれる感情の、相容れぬ両方の感情を抱くことになったのだ。

 

「(ここ数日、貧乳や巨乳の両極端ばかり俺の前に出てきやがって!俺を無理矢理そのカテゴリーに、入れようとしてるんじゃあるまいな!(憤怒))」

 

 まあ、いい。それは百歩譲ってそれはいい。俺が今一番言いたいのはさぁ……。

 

 

 

 

 

 

 ヘソだし巨乳はさっき見たよ!キャラ被ってるんだよお前ら!

 あんな痴女みたいな服装してるから、お色気枠にされるんだぞ自称18歳め。

 

 こちとら、サーヴァントの身体能力してんだぞ?それに張り合ってくるんじゃねぇよ化け物か!?平気な顔して音速の世界ぶち破るなよマジで。

 空力使い(エアロハンド)やら発火能力(パイロキネシス)の能力を、刀の一振り(鞘あり)であっさり吹き飛ばしたのを見て、勝つのは無理だと思ったね。

 

 精神支配系最強のお目々しいたけこと、みさきちの能力を使うしか方法がなかった。効くかどうかは割りと賭けだったけど上手くいって助かったわー。……聖人って一応人間なんだな。

 でも、真似る体を失敗した。この体キッツい!燃費悪すぎ!サーヴァントの体力でここまで疲れるものか?

 

 でもまあ、神裂にも八つ当たりで悪いことしたな、とは思うんだけどさ。いろいろ我慢の限界だったんだよね。また今度会ったら謝るか。

 

「ぐっ……!」

 

 おっと、隣の上条が苦しそうだ。早く病院行かねえと。そのあとインデックスの回収だな。

 上条が血塗れに倒れていて「まあ、そうだろうな」とは思ったけど、実は軽く苛立ったのも本当だし。

 なんだかんだで先輩後輩の関係になったわけで、それに生前憧れた主人公だ。分かっていてもつい拳を握ってしまった。その結果、こうして逃げているわけだが。……情けねえなぁ。

 だが、これくらいなら構わないだろう。これからのことを思えば、こんなこと些事にしかならない。

 

 

 上条当麻の運命を決める戦いは、これから終盤なんだから。

 

 

 

 

 

 


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