とある原石の神造人形(エルキドゥ) 作:海鮮茶漬け
ナイフを突き刺した少女は笑みを浮かべて言った。
「まだだよねェ?アンタはこの程度じゃ死なないもん」
「ガハッ!?」
ブシュッ!と天野倶佐利の傷口から、赤黒い液体が地面へと溢れた。その光景を天野の腹部からナイフを引き抜いた少女は、嬉しそうに眺める。長年の願いが叶ったような恍惚の表情だ。
そして、その少女はそこで止まらず、再び凶器を突き刺すために振り上げる。
「……本当に羨ましいよ。初めから何の苦労もなく手に入れた力ってのはさァッ!!」
「
少女は腕を振り上げると同時に、体から力が抜けたように崩れ落ちた。
食蜂の能力で意識を飛ばされたのだ。そして、もう一人の帆風を襲った方にも能力を掛ける。
二人の少女を昏倒させた食蜂は、自分の対応が間に合わず歯噛みをするがそれも仕方がない事だ。
能力をかけるのは帆風に掛け慣れていたし、食蜂には『能力を掛けた者の面倒を見る』という自分ルールがある。
先ほどまで能力を掛けていた帆風に、能力を優先的に掛けることは不思議じゃない。
だが、それで天野は傷付いた。
「(帆風に掛けるんじゃなくて『少女二人の意識の剥奪』と命令していれば……っ!!)」
判断ミス。それで自分以外が傷付いたことに後悔する。
……だが、天野は死んだ訳じゃない。それこそ、時間さえあれば彼女自身の能力で傷を治すこともできるはず。
「帆風ッ!今すぐ天野さんの援護を──きゃああッ!?」
ドガァンッッ!!と爆発音が辺りに木霊した。そして、それと同時に天野の姿が突然現れた煙の奥へと忽然と消えた。しかし、一ヵ所だけ起きた粉塵と、何かが落下したような音を基に帆風は推論を導き出す。
「……まさか、一階へとッ!?」
煙が晴れて今しがた天野が居た場所が、綺麗にくり貫かれたようになっているのを実際にその目で見たが、とても信じられる光景ではない。
しかし、すぐに意識を切り替え追いかけようとするが、状況がそれを許さなかった。まだ残っていた駆動鎧の群れが一斉に彼女達を襲ってきたのだ。
まるで、こうなることをあらかじめ予想していたように。
その光景を見た食蜂は驚き、目を剥いて叫んだ。
「あなた達の本命は能力を無力化された私じゃなくて、戦闘能力が一番高い天野さん!?」
パラパラとコンクリートの破片が落ちる音を聞きながら、その少女は腹部を押さえて苦しんでいた。
「ッ……はあ……っ、はあ……っ」
地面をくり貫かれ落下した地点は、ちょうどショッピングセンターの十字路となる場所だった。既に二階でのことは伝わっていたのか、店員はどこにも居ない。
一人の空間に
ゾバンッ!!と空気を断つ音を鳴らして、何かがオリ主の居る場所に迫ってきた。
「ぐッ……!!」
それを必死に躱して事なきを得る。避けきれず髪が数本散るが、逆に言えばそれだけで済んだことを喜ぶべきだろう。
そして、自分に襲い掛かってきた先を見てみるとそこに人影がは居た。
「おいおい、その怪我でまだそんなに動けるのかよ。いやー、これは予測の範囲外だ。流石はあの第七位と同じ原石って事か?」
そこに居たのは十二歳ほどの少女だ。その少女は肘まであるロンググローブとズボンが、ボンテージの編み上げとなっている。全体的にパンクの装いの服を着ていた。
編み上げの部分やお腹の部分などから地肌が出ているが、色気を感じないのは年齢よりも彼女が纏うその空気だろう。
憎悪や殺意の中を歩んで来たかのようにその目は濁り、とてもその年齢の少女とは思えない眼差しをしている。
明らかに『表』の人間てはなく、『裏』の人間だ。
フードを頭に被せただけの白コートから、僅かに黒髪を覗かして歩いてくる少女は、まるで理解できないような物を見る目でこちらを見ている。
そんな、彼女をオリ主は見たことがあった。
「……何故、君が……」
「おやぁ?私の事を知ってくれてるのかにゃーん?『模範生』サマに知って貰えてるなんて光栄だね」
そんなことは実際に微塵も思ってなさそうな声音で、少女は小馬鹿にしたようにオリ主へ言葉を投げ掛ける。
「
「帆風!早くここを突破するわッ!」
食蜂がいつも纏っている泰然とした余裕は、そこには微塵もなかった。先程の光景はそれほど衝撃的だったのだ。
それもそのはず、オリ主は今まで食蜂の前では重傷を負ったことが一度もない。話では大怪我を何度もしているのは聞いていたが、食蜂の中では天野倶佐利という少女は、スマートに何でもこなす人間であった。
そのことから、どんなに絶望的な戦いでも一人ピンピンした様子で帰ってくる、自分よりも遥かに強い能力者だとそんな幻想を無意識の内に思ってしまっていたのだ。
だが、実際に包帯を巻いているところを今まで一度も見ていないため、その思考になってしまうのも仕方ないかもしれない。
「刃物で刺された」、「銃弾で撃ち抜かれた」と言われても、翌日には怪我一つなければ実感もしにくいはずだ。
「ですが『女王』!この数が相手では……ッ!」
無尽蔵とも言えるほどに現れてくる
先程とは違い天野の援助もなければ、洗脳をして無理矢理能力の向上も得策とは言えない。
あれは、ギリギリの出力を短時間だけ行使する事で帆風の負担をできるだけ減らしている。この数を相手にすれば、いつしか帆風の身体が先に壊れてしまうのは目に見えている。
食蜂もそれは分かっているのだが、天野の状況を鑑みればすぐにでも割って入らないと命が危ない。そして、その事を分かっていながら、帆風に言ってしまった理由は他にもある。
「さっきのあのセリフ……」
さっきの襲撃犯の少女が言っていた、『……本当に羨ましいよ。初めから何の苦労もなく手に入れた力ってのはさァッ!!』という言葉から察するに、もしかして彼女達が天野俱佐利を襲う彼等の理由は……。
「今回の算段は急造で立てられたものじゃなく、以前から決められた可能性がある。もし、本当にそうならそれこそ一刻の猶予もないじゃない!!」
その名を名乗られてオリ主は一瞬だけ痛みが遠退いた。それほどまでに衝撃の名前だったからだ。
「(黒夜……海鳥、だって……ッ!?なんで『新約』の登場キャラがここにもういるんだ!?)」
そう、黒夜は旧約には出てこない。新約の一巻目に初めて登場するキャラなのだ。こんな序盤の序盤で出てくるなど絶対にあり得ない。しかし、そのビジュアルも言葉遣いもオリ主には見覚えがありすぎた。
「(……なるほど、感じていた既視感はこれか。
今までの容赦の無さや悪辣さはまさに黒夜そのものだし)」
そんな内心驚愕しながらも納得しているオリ主に気付かず、黒夜は言葉を投げ掛けてくる。
「まさか、第五位まで巻き込んで来るなんざ思わなかったが、アンタが来るだろう事は予測していた。アンタの事は前から注目してたからな」
「(…………注……目?)」
言っている事が分からずに、オリ主は激痛に堪えながら眉を潜めた。それもそのはず、彼女は暗部に身をおいている人間である。
それに対して、オリ主は今まで暗部になるべく関わらないようにしてきたために、暗部が今までしてきたことはほぼノータッチなのだ。
「(そんな暗部とは関係のない表の人間の動向に、あの黒夜がいちいち注目なんてするのか……?)」
そんなオリ主の疑念を察したのかどうなのか、黒夜がとある単語を出した。
「私の事を知ってるって事は、当然聞いたことがあるんだろ?──『暗闇の五月計画』をよ」
もちろん知っている。とある好きなら知らない人はいない程の単語だろう。だが、なぜここでその名前が出てくるんだ?
「学園都市第一位の
私はその数少ない成功例で、一方通行の演算パターンを取り入れて能力を強化した。
周りの科学者共に媚びへつらっていた、絹旗ちゃんは『優等生』とか言われて、私は『劣等生』なんて呼ばれててな?」
ちょっと待て。コイツもしかして……。
「まさか……僕を狙ったのは……ッ!」
「おっと、勘違いさせちまったか?別にそれが襲撃した理由なんて言わないよ。コンプレックスでもないしな。
アイツらが欲しかったのは強い能力を持った、顎で使える都合のいい『犬』だ。そんな条件下で優秀だなんだって言われても反吐が出ちまうだろ?
結果的には能力の向上になったわけだから、むしろ感謝してるぐらいさ。まあ、一方通行の攻撃性に近付き過ぎたせいで、あの計画の関係者全員皆殺ししちまった私が言ってもあれだがな」
淡々と語るその様子から、黒夜にとっては本当になんでもないような事なのだろう。
「アイツらが勝手に決めたラベリングに興味は無かったが、アイツらから時々話に出てくる『優等生』や『劣等生』とは違う、『模範生』って奴に興味があってな。あとになって調べてみれば面白い経歴ばっかで驚いたぜ。
そんでこの間はあの『一方通行の撃破』の一役買ったそうだな。最後に倒したのが
「(……やっぱり、一方通行との戦闘も知ってるか)」
凍結したとはいえ二ヶ月前の事だ。知っていたとしても不思議はない。
だが、もしこれまでの出来事全てを知っているのなら、何気に今までの相手の中でも、手強い相手なのかもしれない事を直感的にオリ主は察した。そして、自らの現状を鑑みて判断する。
「(ぐッ……ヤバいな……このままじゃ痛みで碌に動けない……。黒夜が話してる隙に回復を──ッ!?)」
その時、オリ主の元に小さな影が接近する。何が来るのか理解できていないが回避に移る。そして、それが正解だった。
ドゴォッッ!!と、重たい一撃が地面を粉砕した。
オリ主の今の状態で受けていれば、原型を留めていたかも怪しい程の破壊力であった。
今のオリ主には余裕など一欠片も無い。着地することもできないのかゴロゴロと転がりながら距離を取り難を逃れた。
その絶体絶命の状況でオリ主の頭は思考を働かせる。
黒夜達はどこからこのような戦力を手に入れたのか。この人数の能力者を引き連れるなんて、暗部であってもそう簡単にできることじゃないのにも関わらず。
そして、黒夜というキャラクターがこう言った連中を、実戦で周りに用意する事もなんだか不自然のような気がした。
「(……そもそも上の階に居た時点でおかしな事ばかりだった。どうして上の階で俺はナイフで刺された?
そう、ナイフなどよりも殺傷能力が高い
そして、それは縦ロールにしても同じことが言える。あのとき、彼女も受けた攻撃は確かナイフだったはず。
あの黒夜がいたぶるという理由で、暗部の仕事に時間を掛ける可能性は低い。それほどまでに黒夜は暗部であることに誇りを持っている。
それにも関わらずそれをしなかったのには、他に理由があるのだ。
絶大な信頼を向ける己の武器を使わない理由。つまり、あのとき自分を襲った二人の少女は、
「(黒夜じゃ、ない……?)」
「──そろそろ気付いたころか」
オリ主の思考に挟み込むように話し掛けてくる黒夜。その顔には謎を解かせることで、自分の計算通りの答えに誘導することができた愉悦の笑みが広がっていた。
そして、まるでそれが合図であったかのように、状況はいきなり変化した。
ザザザザンッ!!とオリ主と黒夜を囲むように、二十余りの人影が地面や棚の上などに飛び移るようにして現れたのだ。
まるで、ここから絶対に逃がさないとでも言うように、殺気が辺り一面に充満する。いきなり現れた小さな襲撃者達にオリ主は動揺した。
「(コイツらこんなに居たのか!?この人数相手だと本当にヤベェ!?)」
隙を突けばどうにかなるという次元を超えており、これは王手を掛けられたものだ。なにもできず下り坂を転がり落ちていくイメージをオリ主は想起した。
それに対し、この場を作り出したその人物は、その整えた舞台が完成したことで内から歓喜の感情が止まらず湧き出ている。
その溢れる感情を一切抑えず、黒夜は嬉々として語った。
「ここにいる奴等の共通点。それはアンタに対する憎悪だ。
どうしてもアンタが許せねェっていう連中に、コンタクトを取ってこうやって集結させた。ここまで集めるのには苦労したぜ。
アンタに報復したいって理由で
だって、──お陰でダメージを負わせて、私達は確実にアンタを嬲殺しにできるンだからな」
憎悪を全く抱かれ無いとは言わない。それなりにこの世界でヤンチャな事を幾つかしてきたつもりだ。しかし、この年代の子供に恨まれるなんて事があるのだろうか?全く関わりがないのにも関わらず。
そんなオリ主の反応を見て黒夜は笑った。
「身に覚えが無いってか?ああ、そうだろォな。アンタは私達に何かした訳じゃない。アンタはアンタの人生を送ってただけなンだからな。
だが、アンタがコイツ等に恨まれるのは仕方がねェ。直接関わってなくても、アンタのせいで悲劇が生まれちまった事には変わりねェからな。
なんてったって『模範生』サマだ。これほど分かりやすい対象も居ねェよなァ?」
その話を聞いて嫌な予想が脳裏を浮かぶ。
黒夜が言った『私達』というのは、自分とシルバークロースという意味ではなく別のコミュニティの事だったのでは?
再びナイフを振り下ろそうとした、あの少女の口調は黒夜を真似たものではなく、どちらかと言えばその逆。
ドッと嫌な汗がオリ主の全身から流れる。
まさかッ!
まさかッ!
まさかッ!
コイツら正体は!
その光景を見てかそれともその事実自体を知ってなのか、初めて痛み以外の顔で明確に歪んだ相手を嗜虐的な表情で眺め、黒夜はこの時を待ちに待ったと言わんばかりに大声で言った。
「ここにいる奴らはみんな『暗闇の五月計画』の被験体だ!!」
叙述トリックです。多分ですけど。
実は早めに黒夜の名前を出したのも今までの噛ませムーブも、読者に勘違いさせるためだったり