IS - 女装男子をお母さんに -   作:ねをんゆう

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ちっふー回です。
ちっふーが責任を取ることになるかどうかはともかく、軽率な判断が段々と取り返しのつかない後悔に繋がっているのは白騎士事件と同じですよね。

もっといっぱい苦しんで欲しい……


24.最強は逃げ出せない

side千冬

 

織斑千冬にとって綾崎奈桜(直人)という少女(少年)は不思議な人間だった。

 

出会いは4カ月ほど前。

本来ならばあり得ない、IS適性の再々検査という非常識的なものがある少年を対象に行われるということを聞き、偶然にも同じ場所に居た彼女は興味本位で(+休息のために)その場に立ち会った。

彼の学校の教師陣は『女性にしかISが動かせないのなら、女性よりも女性らしい彼にISが動かせないはずがない』という訳の分からない根拠を元に再々検査を希望したという。

その話を最初に聞いた時には彼女も素直にこの国の将来を憂いたものだが、実際に試験会場に現れた彼を見て目を疑った。

 

(……あれが、男……だと……?)

 

服装こそ一般的な男子学生が着るような私服であったが、彼の容姿はそれこそ女性よりも女性らしかった。

後ろ手に纏められた長い黒髪はよく手入れされているのか非常に美しく、その細い身体は自分から見ても男性味が薄い。

顔付きと自然と作り出される表情の具合は、普段から狼だとか鬼神だとか言われてしまう容姿をしている彼女が羨ましくなるほどに優しい美人を体現していた。

 

(男装をした女……?いや、酷く分かり難いが骨格は間違いなく男だ。つまり彼女、いや彼は本当に男だというのか……)

 

適性検査について説明を受ける彼は、高めの地声とゆったりとした丁寧な言葉遣いのせいか、見れば見るほど男性というイメージから乖離していく。

丁寧で物静かな所作から、あれが自身の問題ばかり起こす弟と同い年だという事実にどこか頭の痛くなる千冬だったが、そんなことを考える余裕すら消えることとなる。

 

案の定というべきか、彼はISを動かした。

 

それも適性Bという、自身の弟と変わらず、一般的な女性と比較しても高水準なレベルで。

 

問題だったのはその後のことだ。

再々適性検査ということもあってか、その場に居合わせた人間は3人の研究員と千冬、加えてもしもの為にと別部屋に待機していたとある与党政治家の秘書だけだったのが原因の1つでもあるだろう。

 

この事実を隠蔽することが決定された。

 

そもそも織斑一夏という例外が現れたことですら日本政府の処理能力は限界だったのだ。

ブリュンヒルデの弟であるためになんとか各国や委員会、国民との関係も上手くいき、平和的な路線を保つことに成功していたが、もう1人となるとどうにもならない。

もし彼が日本ではなく他の国で見つかっていたならば話は別だったが、同国から2人目は流石に無理だ。

 

「君に女装をして欲しい」

 

仮にも政治の一端を担う大臣が真剣な顔をしてそう頼み込む姿に、千冬もこの世の終わりだと嘆いたものだ。

もちろん、本当に終わったのは千冬の次の休みだったのだが。

 

 

その後、彼の世話役を任された千冬は内心複雑な気分であった。

別に休みが潰されたからとか、余計な仕事が増えたからとかいう理由は少ししかない。

 

まず、与党の掲げる男性操縦者に対する基本的な意識は、野党とは対象的に『非研究・要保護』だ。

それは日本がISの先進国として女性操縦士の育成と地位向上に多くの金と労力を注ぎ込んできたことが理由の1つであり、万が一でも男性までISを操縦できるようになれば、全てが無駄になると恐れたからだ。

 

そういった理由で彼の存在は現状、総理と大臣、そしてその秘書。

当日居合わせた千冬と3人の研究員に加えて、彼の生活サポートを要請した乙女コーポレーションの社長と幹部社員、そしてIS学園の上層部のほんの一部しか知らないという状態になっている。

彼の学校の方には『IS適性はなかったが卒業後に研究員として雇用する』と通達し、卒業式のみ参加するという方向性になった。

 

だがこの時、本当に問題になったのが彼の実家、つまり孤児院の方だ。

彼は貴重な男性操縦者であるため、その危険を可能な限り排除する必要がある。

それ故に孤児院で生活する子供達が人質に取られないよう重要人物保護プログラムが実行されたのだが、その時の子供達の荒れ様には千冬ですら胸が痛くなった。

 

彼が帰ってこないと知って泣き喚く子供も入れば、怒り出す子供達、果ては殴りかかってくる子供までいた。

偶然にも孤児院を経営しているマザーと呼ばれる人物が乙女コーポの社長と面識があったらしく、彼女の説得は簡単だったのだが、子供は理屈では動かない。

 

最終的にはマザーの言葉によって場は収まったのだが、そこにいたほぼ全ての子供達が泣き出してしまうという現場で1人棒立ちする千冬の姿がそこにはあった。

この時が千冬が彼に罪悪感を抱いた最初の瞬間だった。

 

そしてそこで小さく芽生えた千冬の罪悪感は、彼と関わる時間が増えるほどに増大していくこととなる。

 

 

今思えば死にたくなるくらいに恥ずかしいことを、眠気や疲れに任せて彼にしてしまったことは置いておく。

それでも一時的な世話役として彼と関わり出したことで、千冬は彼との相性が存外良いということに気付き始めた。

 

普段は親しい人間の前でさえも真面目を貫く彼女だが、自分の恥ずかしい姿をこれでもかと見せてしまい、その全てを受け入れ飲み込んでくれた彼だからなのか、彼がIS学園に転がり込んで来る頃には少しの冗談を交わすくらいの仲になっていたのだ。

 

(……お前がもう少し意地の悪い人間だったならば、私も楽だったんだがな。)

 

あまりにも汚れが無さ過ぎる。

何の罪もない彼に多くのことを押し付けている身としては、その人柄の良さを見せ付けられるほどに自分の罪を自覚させられる。

千冬と言えどもどんな人間でも大切に思うわけではない。

身内に対しては強い愛を持つ彼女だが、そうでなければ一歩引いた目で見ることができる人間だ。

そのため本来ならば何の問題もなかったはずだったのだが、例外はたった数ヶ月で彼が自分の身内の領域に踏みこむことができるほどに千冬との相性が良かったことだろう。

 

『母』と形容されることの多い彼だが、その真骨頂は一般的にイメージされる"母性"というものを誰よりも強く有していることだ。

それが原因となって彼を母として慕う人間が多く、その傾向は母を失った、又は求める人間に顕著に現れる。

……それは千冬ですら例外ではない。

いや、甘えられる存在というものを持てなかった彼女だったからこそ、誰よりも強くその深みにハマった。

 

そしてハマればハマるほどに、彼女の中の罪の意識は増大していった。

 

(できるならば、全てをお前に話してしまいたい、甘えてしまいたい。そんな考えを持ってしまう自分が愚かしい。本来ならば支えるべきはずの私が、なぜお前に甘えている……)

 

別の出会い方をしていたならば、こうはならなかったかもしれない。

教師と生徒として、年上と年下として、果ては女と男として。

何の憂いもなく、歪むことのない思いを抱けただろう。

 

ただ最初の出会いで間違えたが故に、たった1つの判断をしてしまったが故に、彼女は歪んでいく。

彼女の愛も、彼女の心も、その信念でさえも、彼が傷付き、自分を犠牲にする度に捻じ曲がっていくのだ。

 

彼が戦い傷付く宿命にあるにも関わらず。

 

 

 

 

「綾崎!!」

 

IS学園の地下に存在する政府の緊急治療室に運ばれる彼の姿を見て、織斑千冬は大いに取り乱していた。

 

そもそも事の発端はクラス代表戦中に突然出現した2機の無人機と1機の有人機だった。

学園全体のシステムが掌握され、学園中の訓練機が機能を停止していた状況の中で、学園内で数人しか存在しない専用機持ち達は1人残らず校舎付近に現れた無人機の対応に駆り出されていたのだが、そこに彼の姿が無かったのだ。

 

シールド内で戦う自身の弟に対しても強く心配はしていたが、そこには仮にも一国の代表候補生まで上り詰めた少女が居た上に、通信は問題なく届いていたのでまだマシだった。

だがもう1人、観客席にいた彼については通信にも繋がらずISの反応すらも探知できないという有様。

監視カメラすら機能しない中でなんとか肉眼を用いて彼の姿を発見した時、織斑千冬は絶望した。

 

明らかに高性能なISにのった実力者に対してたった1人で応対する彼の姿。

彼には攻撃できる手段がない。

どころか、そもそもこうした命懸けの戦闘自体を避けるべき精神状態である。

にも関わらず、彼はアリーナに閉じ込められた生徒達を守るべくその身で一心不乱に時間を稼いでいた。

 

かつてこれほどの無力を味わったことが織斑千冬にあっただろうか。

いくら彼が時間を稼いだところで、増援を送ることなどできやしない。

訓練機すら動けない今、自分で向かうこともできず、ジャミングをされているのか通信によって声を伝えることもできない。

ただ見ていること、祈ることすらも自分の立場が許さない。

 

織斑千冬は唇を噛み締め、血が滲むほどに拳を握りしめながら指示を出していく。

驚異的な戦闘力を見せる有人機相手にひたすら時間を稼ぐ彼を見捨てて、弟と専用機持ち達に指示を下す。

意図的に視線を逸らそうとしつつも、それでも常に意識だけは引っ張られていた。

 

そうして短くも長い時間が過ぎ、弟達が辛うじて無人機を倒し、専用機持ち達が漸く攻勢に回った頃に異変は起きた。

 

大気を震わすほどのエネルギーを収束させた敵有人機がその矛先を彼に向けたのだ。

 

「なっ……!!」

 

彼は自身の背後に生徒達が居ることを確認し、直ぐに上空へ飛び立った。

自身に死が迫るその瞬間でさえも、彼は他者のことを考えていた。

 

「ふざけるな!!やめろぉぉっ!!」

 

ゴッと紅い閃光が放たれた。

空を染めるような圧倒的なエネルギーの奔流に彼は飲み込まれ、気付いた時には彼女はその場に座り込んでいた。

 

 

(何がブリュンヒルデだ……!たった1人救うことができず、何が世界最強だ……!)

 

治療室の外で壁に頭をぶつけながら千冬は歯を噛みしめる。

自身の無力さは彼と出会ってから何度も痛感していた、何もできない自分の弱さだって嫌という程に理解していた。だが、それすらもしていたつもりだったということに今更気付かされた。

 

自身の弟とその友人の少女が彼を見つけた時、それは酷い有様だった。

全身を黒く焦がされ、血と火傷に塗れながら稼働するナノマシンによってなんとか生かされている状態。

溶解したISの装甲が皮膚と同化し、引き剥がすことも困難というレベルの大怪我。

乙女コーポレーションから治療用ナノマシンが急遽送られてきたことにより、現在は緊急治療室内で溶解したISを摘出しながら慎重にかつ早急に再生を行なっているが、何かしらの後遺症が残ってもおかしくないのは容易に想像ができる。

例え身体に残らなくとも、これほどの苦痛を味わった精神がまともであれるはずがない。

そもそもナノマシン自体が万能ではないのだ、これほどの規模の再生を行えば一体どれだけの負担が彼の身体にかかるか……

 

「私はお前に、何もしてやれない……いや、違う!何もしていないんだろう!何をしていたんだ私は!!私は、お前に……貰うばかりで……何も……!!」

 

自分は誓ったはずだった。

ブリュンヒルデとしての自分で弟を守ることになる、故に非力ではあるが織斑千冬としての自分で彼の力になろうと。こちらの都合で巻き込んでしまった彼くらいは、自分の手で守ってやりたいと。

けれど蓋を開けてみれば守られていたのはいつも自分だった。

知らずうちに自身の生活に幸福と安らぎを与えてくれて、知らずうちに自身の弟とその周辺の緩衝材となってくれていて、知らずうちに教師としての自分のサポートすらも行なってくれていた。

 

……反面、自分自身が彼に対して出来たことなど数えることすらできなかった。

それほどに織斑千冬という人間は戦うこと以外に能がなかった。

 

(その戦うことさえ満足にできなかった私に、一体何の価値がある……!!)

 

これほどの苦痛を与えてしまった彼にまだ隠していることがあるという事実に千冬は苦しんだ。

これほどの苦痛を味わった彼が今後もまだ性別を隠すなどという苦しみを味わい続けなければならない事実に、千冬は自分の首を絞めたくなった。

 

けれど死ぬことは許されない。

それは全てを投げ出し逃げ出すことと同義だからだ。

織斑千冬は逃げ出せない。

逃げ出してしまえば自分以外の全ても道連れにすることに繋がるから。

 

……故に、織斑千冬はこの結論に至るしかない。

この結論以外に至るべき場所が存在しない。

なぜならそれが織斑千冬だからだ。

そうでなければ織斑千冬ではない。

 

携帯電話を取り出し、弟やその友人達からかかってくるコールを意図的に全て無視して、たった1人の……親友と、今でも呼びたいとは思っている相手に電話をかける。

数分のコールの後に出たどこか余所余所しい彼女に気にすることもなく、ただ決心を固め、その用件だけを伝え、電話を切った。

 

「……束、暮桜を動かせるようにしてくれ。」

 

圧倒的な力による自己実現。

例え世界の全てを敵に回すことになったとしても、自身の理想の実現のために織斑千冬は力を振るう。

そうして彼女は実現する。

世界を実現せざるを得ない方向へと捻じ曲げる。

 

それが天災の友人であるが所以、

 

類に呼ばれた友であるが所以、

 

彼女自身も天災の1人である所以。

 

 

 

(結局私には、力しかない……)

 

 

 

こうして最強は取り戻す。

理想実現のための手段と、苦しみを。

 




書いてた時に千冬さんがどんな気持ちで束ぇにこれを頼んだのか考えてたら自分で書いててホロリとしました。

【次回:一方その頃】
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