ついでに束さんをいじめていこう。
side??
「あーっ!やっちまったぁぁぁ!!」
青白く照らし出された薄暗い一室、埃と機材に塗れたその部屋に現れたのはIS学園へ襲撃を行った1人の妙齢の女だった。
全身装甲型のISを解除すると茶の長髪を後ろ手に縛りながらソファーに雪崩れ込み、片手にひっ摑んだ缶ビールを搔っ食らう。
思い出すのは先程まで対峙していた相手。
一般的な国家代表候補生程度なら片手間にボコボコにできる実力を持っていると自負しているはずの自身と、互角以上の戦いをしてみせた1人の美しい少女の顔。
(マジでよく生きてたっつーか、あんな逸材殺してたら悔やんでも悔やみきれねぇわ……)
事実今回の戦闘において自身が終始優勢に立ち回れていたのは機体性能の差という一点に尽きる。
少女の乗っていたISは広域殲滅兵器『メテオクイーン・サラマンドラ』に抗ってみせた棒状の武装を除けば特筆すべき特徴は一切無く、それどころか機体の基本性能に関しては打鉄やラファールと変わらないか、一部では劣るレベルで平凡だった。
それに対してこちらは最新の技術をこれでもかと積み込んだ『第四世代機の魔改造型』。
基本の機体性能はあらゆる機体を過去にするレベルで完成されており、いくつかの兵装はそれ一つで従来のIS程度ならば例え何体居ようとも確実に一撃で葬ることができるほどの威力を誇っている。
それほどの圧倒的な性能差があったからこその先の戦闘であり、同じレベルの機体でぶつかり合うことを想定すれば、やはりあの少女は自分に匹敵するかそれ以上の実力を持っていると断言することができた。
(しかもただ強いってだけじゃねぇ……この私が見惚れるくらいの美人で、呆れるほどの聖人ときた。トラウマ抱えてたみてぇだが、今考えるとそれすら魅力の1つってか。あーマジで私のものにしてぇ……)
女は同性愛者であった。
事が終わるまで足止めするだけで良かったにも関わらず、ああして機体の性能を公開するリスクを犯してまで戦闘を続行したのはそれが理由でもあった。
あまりにも誠実過ぎる好みの美少女に興味をそそられ、色々な表情を見てみたかったという理由だけでちょっかいをかけた。
それ故にもちろん、自分のISが想定以上の威力でレーザー兵器をぶっ放した時には内心驚愕と絶望で大混乱を起こしたのだが……
「ちょっとO(おー)ちゃん!!とんでもないことしてくれたね!!」
女が缶ビールを飲み終える頃、ガシャァァン!と自動ドアを蹴り飛ばすという原始人も真っ青な方法で部屋に入ってきた人影があった。
真っ青なドレスにうさ耳といういい大人がするにしてはあまりにも痛々しい格好をしたこれまた妙齢の女だった。
「あー?ナノマシンのことか?仕方ねぇだろ、あれに関しては反省も後悔もしねぇぞ?」
「違うよ!Oちゃんがぶっ放した女の方だよ!!あれオトちゃんの所のお気に入りだったんだよ!?オトちゃん激おこなんだけど!?」
「はあ!?嘘だろオイ!?んなこと聞いてねぇぞ!?」
「束さんだってさっき知ったよ!!しかもあのちーちゃんが物凄く溺愛してる子だから、バレたら冗談抜きでぶっ殺されるって言われたんだけど!?束さんどうしよう!?正直今まで生きてきた中で一番テンパってる!!」
「ブリュンヒルデもかよ!?あいつマジで何者だ!?っつーかこのままだと私等確実に死ぬじゃねぇか!!」
「たったたっ束さんは関係ないもーん!全部このOちゃんがやったことで、束さんは全くの無関係です!!」
「テメェこら!お前の作った兵器が威力の調整もできねぇポンコツだったから悪いんだろうが!お前も共犯だ!!」
「はー!?練習すれば調節くらいできるようになりますー!ただの練習不足ですー!」
「あんな凶悪なもん何度も練習できるか!!」
わーぎゃーと言い争ういい年をした2人の女。
そもそも今回の計画自体がほとんど独断であったということが2人(主にうさ耳の方)の焦りに拍車をかけていた。
一応最新型のナノマシンを最速で学園まで届けたとは言え、もし例の少女が亡くなっていれば文字通り2人は様々な方面から木っ端微塵にされることになるだろう。加えて唯一の親友から失望と憎悪の目で見られ、その弟と実の妹から完全な敵として認識されるまでが実際の現実である。
うさ耳はもう必死だった。
……そんな時、
ひねもす♪ひねもす♪もすもすひねもす♪
ひねもす♪ひねもす♪もすもすひねもす♪
彼女の携帯電話が鳴り出した。
表示された名前はもちろん……
【織斑千冬】
「「ひえっ!?」」
「い、いやぁぁ!!ちーちゃんからの電話とか何年ぶりなのに今は絶対に出たくないぃぃ!」
「出ろ!出るんだバカウサギ!今出ないとむしろ怪しまれるぞ!!」
「もう怪しまれてるんだよバカ!この世界に無人のISを作れる天才なんて束さんしかいないだろ!!」
「だから有人機使えって言っただろうがぁぁ!!『ゴーレムくんの初出勤だー!』なんて言って強行したのはお前だろ!!」
「「うわぁぁ!!!」」
止まらない言い争い、終わることのない責任のなすり付け合い。
そんな中、携帯電話の着信が2周目に突入した。
コールは未だ止むことはない。
「……ウサギ、大丈夫だ。死ぬ時はいっしょだ。」
「絶対?絶対なんだよね?束さん1人で惨殺されるのとかごめんなんだけど。」
「どうせ死ぬんだ、諦めていこうや。」
「うぅ、なんであんな女1人殺しかけただけでこんなことに……」
そんな認識だからこうなるのだ、なんてことを言える人間はこの空間には存在しなかった。ちなみにその女が実は男であることを知っている人間もここにはいない。そもそもこうして今日に至るまで彼女達にとっては綾崎奈桜など、ただの一般的な女生徒という認識すらないほどに興味の無い存在だったのだから。
うさ耳の女は震える手で電話を取る。
「も、もすもすひねもしゅ〜?ど、どったのちーちゃん?珍しいね?たっ、束さん今忙しいんだけどな〜?」
震える声で噛みながらも冷静さを装い、世界で唯一の親友からの言葉を待つ。
しかし親友からの返答は無く、代わりに何かを堪えるような呻き声が聞こえてくるばかり。
普段のビシバシと直球ストレートを次々と顔面に投げ込んでくるような態度とは違う有様に、うさ耳は困惑した。
「……えっと、ちーちゃん?」
『……頼みがある。』
「た、頼み!?な、なんだそんなこと!?任せてよ!ちーちゃんのためならこの束さん、なんだってしようじゃないか!!」
責められるのではないかと、殺害予告をされるんじゃないかと、『お前を殺す』と言われるのではないかと恐々としていたうさ耳はその言葉にホッと息をついた。
殺されるくらいならどんな頼みを聞いてもいいと、今なら専用機だろうとなんだろうと最新の技術で作ってやろうと、それくらいにテンションが上がっていた。
しかし次の瞬間、そんな気分は地の底へと叩き落される。
『……暮桜を動かせるようにしてくれ。』
(あ、これ殺害予告だ。)
それから先の会話は殆ど覚えていなかった。
真っ白に染まったバカウサギは適当に相槌を打ちながら電話を終えると心配そうにその様子を見ていた茶髪の女性に向かって倒れこむ。
「おい!どうした!傷は浅いぞ!!」
「ちーちゃんが、ちーちゃんが暮桜を直せって……束さん知ってる、これ絶対『直した暮桜で兎狩りを始める』って言葉の暗喩だよね。『使える中で最強の武器で貴様を殺す』って言葉の暗喩だよね。束さんの死が確定しました。」
「バカウサギ!?バカウサギィィィィ!!」
その日から2人の新人が乙女コーポレーションに入社した。
2人の新人はIS開発のために1ヶ月間人間らしい生活の一切を奪われ、まともな睡眠すら許されない監禁生活を余儀なくされたという。
この後めちゃくちゃ治療とリハビリに貢献した。
医療技術も根こそぎ奪われた。
【25.残された者達】