sideシャルル
放課後のアリーナ、ここで毎日一夏と代表候補生達が訓練に励んでいると聞いて僕はこっそりとだが足を運んでいた。
目的は言うまでもなく、一夏の乗っている白式のデータ……本当は乙女コーポレーションの恋涙のデータも欲しかったけれど、僕が入学する前に損壊してしまったという。彼女には悪いけれど、僕にとってそれは好都合だった。
一夏がどんな訓練をしているのか物陰から伺っていたのだが、意外にもその練度は高い。
代表候補生2人と篠ノ之博士の妹が付きっ切りで教えているからなのだろうが、ISに乗り始めて数ヶ月とは思えないほどの動き。
彼自身の努力もあるのだろう。
そんな4人の訓練を見ていて一つだけ問題点を上げるとするならば、教官3人の教え方が絶望的に下手だということだろうか。
技術一つ教えるにしても、
箒さんは擬音で全てを表現してしまう感覚系。
鈴音さんはなんとなくでしか表現できない天才系。
セシリアさんは細かく数値で表す理論系。
どれも一夏に教えるのに向いているタイプではない。
彼等が基本的に模擬戦を主体として訓練を行っているのはそれが理由の一つなのかもしれない。それでも教えて貰うことが必要になる時はあるのだが、その度にこうして一夏が頭を悩ませているのだから問題だ。
(……よし、ここは僕が。)
あの輪に入る瞬間をずっと狙っていた僕は、一夏に技術を教えるふりをしてその輪に入り込む。
ついでに一夏に模擬戦を申し込んで見れば、それなりの長時間戦闘で白式のデータを取る事ができ、最早言うことなしだ。
「お疲れ一夏、いい勝負だったね。」
「ああ、負けちまったけどな。あー、クッソ。こんなんじゃ駄目なのに……やっぱまだ遠距離持ってる奴相手だとキツイなぁ……」
「ま、まあ基本的にみんな遠距離武器は持ってるものだと思うんだけどね……」
「それなんだよなぁ、どうしたもんか。」
そうは言うが、ブレード一本でここまで勝負を長引かせられたというのは自分的にもなかなかに衝撃的なことだった。
てっきり一方的な試合になると思っていたのだが、思っていた以上に一夏の練度は高く、こちらの攻撃を避ける避ける。
最後の方には、瞬時加速で直進しながら放った銃声と着弾のテンポに合わせて弾丸を剣で弾き飛ばすなどという、全く訳の分からない芸当まで行っていた。
あんなこと、一体誰が教えたのだろう。
それを実践しようとする一夏もおかしい。
反射的に放ったカウンターが間に合わなかったら本当に負けていた。
「あれ?綾崎さんだ……!」
そんなことを考えて歩いていたからなのか、一夏が気付くまで僕も件の彼女が来ていることに気がつかなかった。
乙女コーポレーションの専属搭乗者にして、あの織斑千冬先生のお気に入り。篠ノ之さん達が慕い、一夏が憧れる、巷では母性の化身と呼ばれる嘘みたいな少女。
そんな彼女が車椅子に乗ってアリーナへと入り、一夏と僕の模擬戦を見ていた3人と何やら話し合っていた。
3人の様子は妙に真剣で……あれ?なんでみんなでこっちに近付いてくるの?
え?しかもこれ、一夏じゃなくて僕の方に来てない?
「……シャルル、お前に言いたいことがある。」
「え、え!?ええっと、な、何かな……?」
いきなり僕の目の前に仁王立ちした箒さんは、僕をその鋭い目つきで睨み付けて立ち塞がった。
他の2人もその横に立ち、何やら只事ではない雰囲気を出している。
……これはもしやデータを取っていることがバレて、そのまま学園から追い出されるなんてことになるのでは……!?
ま、まさか綾崎さんがそれに気付いて3人に教えていたとか!?やっぱりあの人は僕のことなんてとっくに……!?
「私達と一夏の訓練に付き合って貰いたい!」
「……へ?……え?は?」
は?
「その、恥ずかしながらね、どうも私達の教え方って他人には分かりにくいらしいのよ。」
「私達はそのやり方でやってきましたけれど、3人とも独学で登ってきたタイプですから。万人受けはしないそうですの……。」
「というか、母さんの教え方を聞けば比べるまでもなく私達にセンスが無いことが分かってしまった。だが見ていたところ、どうもお前の教え方は一夏も理解しやすいらしい。つまりスカウト、といったところだ。」
「え、ええ……?」
先程まで「なぜ分からないのか、これが分からない」といった感じでやんややんやと言っていた3人とは思えない変わり身っぷりである。
自分としてはデータを取れる機会が増えるし構わないけれど、困惑の方が強いというか……
「シャルル!俺からも頼む!どうか手を貸してくれ!」
「頼む!」
「お願い!」
「お願いしますわ!」
「わ、わかった!わかったから!みんなでそんなに近づいて来ないで!?怖いから!」
頭を下げられながら追い詰められるという恐ろしい体験をしている僕の対面では、そんな僕達の様子を綾崎さんがニコニコと笑いながら見守っていた。
バレ、ては……いないらしい。
信じられないような逸話ばかりを持っているせいか、警戒し過ぎていたのだろうか?
それでも如何にも頑固そうなこの3人をこんなにも簡単に説得してしまうなんて……
ほんとに何者なんだろう、彼女は。
パンパンパンと三発の銃声
一夏の放った銃弾が的を掠めていく。
まずは銃の理解をする事が大切、という僕の意見の元、一夏は実際に僕の貸した武器を使用して試し撃ちをしていた。
何度か試すうちに精度が上がっていくのは彼の才能故なのか、見ていてこちらも気持ちがいい。
一夏が何度も何度もそれを繰り返しているのを見ていると、背後から車輪の音が聞こえてきた。
その音は僕の直ぐ隣で停止する。
「一夏くん、なかなか筋がいいみたいですね。」
「うん、ブレード固定なのが惜しいくらい。もしかして綾崎さんが教えた事があったりするのかな?」
「いえいえ、まさか。私は銃は使えませんから。きっとセシリアさんの仕業だと思いますよ。」
「……?綾崎さんも銃火器は使わないの?」
「ええ、私は攻撃するのが下手ですから。剣だってまともに使えませんよ。」
「???それってどうやって戦うの……?」
「ふふ、秘密です♪」
「えー、そこで隠されたら気になるなぁ。」
僕のことを疑って情報を隠している……わけでは無いらしい。本当に単純な、軽いイタズラの様なものなのだろう。
こうして話していれば、彼女はただ人より少しだけ良く気が利く女の子といった印象だ。
彼女の何がそんなにも人を惹きつけるのか、僕には分からない。
「……シャルルさん、一つだけなのですが、質問をしてもいいでしょうか?」
「ん?なにかな。僕に答えられることなら答えるよ?」
「シャルルさんは女の子じゃないですか?一夏くんと同部屋で困ったりはしていませんか?」
「うーん、そうだね……一夏はスキンシップが多いところがあるけど、それ以外は別に……え?」
「え?」
………え?
「ええええっとぉぉおお!?!?なななな、何の話かなぁぁあ!?綾崎さん!!」
「ふふ、これでも私、乙女コーポレーションの専属搭乗者ですから。そんな初々しい男装では私の目は誤魔化せませんよ?」
「ききき気のせいじゃないかなぁ!?ほ、ほら!僕昔から女の子っぽいって言われるし!?」
「知ってますかシャルルさん。乙女コーポレーションの社員の1割は性別を偽って生活しているんですよ?それも最新の技術を使っているので、まず見分けられません。アレに比べればシャルルさんの男装なんて可愛いものです。」
「あ、ああ、ああああぁぁ……」
絶望した、油断していた、もっと言えば舐めていたと言っても過言ではない。
彼女が色々とすごい人物であることは知っていた。けれど、そのふわふわとした柔らかな印象のせいで警戒心が薄れていた!
いや、むしろ何故か安心感まで覚えてしまっていただろう。先程自然に彼女の言葉に同意してしまったのがその証拠だ。
正直なことを言えば、こんなにも鋭い人間だなんて思ってもいなかった。けれどよくよく考えればそうでもなければあのブリュンヒルデのお気に入りになどなれるものか。
だとしたら僕が一夏のデータを盗み取っていることなんて百も承知の筈で……
はっ!さっき一夏との同部屋の様子を訪ねてきたのはまさかそういう……!?
「……シャルルさん、私からあなたに伝えたいことは一つです。」
「は、はいっ!な、な、な、なんでしょうか……!?」
運良くこの場には自分と彼女の二人しか居ない。他の3人は僕たちよりも後ろにいるし、どうやらこちらの話も聞こえていないらしい。
きっとこれから僕は何かしらの条件とか、そういうものを突きつけられるに違いない。けれど、だとしても、それさえ守っていればまだチャンスはある……!
どんな酷い条件だとしても、言うことさえ聞いていれば僕はまだ……!!
「本当に性別を隠したいのなら、自分が安心して居られる空間を作ることをオススメします。いくら努力したところで体調不良でバレてしまっては元も子もありませんからね!」
「……へ?」
何を言っているのか分からなかった。
「え?ええっと……?」
「ほら、目の下にクマができ始めてます。ダメですよ?せっかく綺麗な顔をしているのに、勿体ないです。」
「い、いや、あの……」
「それに肌にも少し出てきてますし……全くもう、何を抱えてたら短期間でこんな状態になるんですか。……もしかして、一夏くんが近くにいるせいで手入れも疎かにしちゃってます?」
「え、えっと、お風呂の中で出来る事は……けど日本の男の人は肌の手入れとかしないって聞いて……」
「そんなことはありません!少なくとも私は……じゃなくて!少なくとも、やる人はやりますから気にしないで今日からはしっかりと手入れをして下さい!分かりましたか?」
「は、はい……」
綾崎さんのマシンガンのような言葉の数々に、僕はろくに反応することができない。
さっきまで男装がバレて、それを理由に脅されて、酷い命令ばかりされると思い込んでいた僕には、こんな風に優しく頰を撫でられながら気遣われ、ほんの先日出会ったばかりの彼女に心の底から心配していると分かるほどに澄み切った目を向けられている現状が全く信じられないのだ。
いっそ夢か何かだと言われた方が飲み込める。
だって僕は許されないことをしていたのだ。
それこそ、誰かに軽蔑されるのは当然だし、もっと言えば完全な犯罪だ。自分が生きるためとは言え、それでも断ることはできたはず。それを自分の意思で承諾してここに来た時点で僕にできる言い訳はない。
だからバレた時点で全てが終わるか、良くても酷い目に合うのは当然だと思ってここまでやってきた。
助けてくれる人なんて居る筈がない。
デュノア社が絡んでいる時点で僕の男装がバレれば誰にでも何のためにそんなことをしているかは分かる。そうすれば僕に協力した時点でその人もまた共犯者になるのだ。
だから、だから、きっとこの人もそのリスクを負ってでも得たい利益があるから僕に優しくしているだけなんだと。
そう、思いたいのに……
……この人は、どうして……?
「ああもう、この状態ではちょっと見ていられませんね……。今からお時間取れますか?私の部屋にある化粧品をいくつかお分けしますから、皆さんが来ないうちに使い方のレクチャーだけでもしてしまいましょう。」
「ま、待って!?こんなことしたら綾崎さんまで……!」
「共犯に、とでも言いたいんですか?」
「なっ!!」
やっぱり、この人は僕のしてることを分かって……!
「問題ありませんよ。私はただ新生活に慣れずストレスを溜めてしまっている同級生のフォローをしているだけです。他の人から見ても不審に思われることはないでしょう。」
「そう言う問題じゃなくて……!」
「シャルルさん、知っていますか?」
「っ!?」
ふわりと僕の頭の上に彼女の手が乗った。
細くて、艶やかで、冷たく綺麗なその手に慣れた様に優しく撫でられれば、怒鳴られたわけでも睨まれたわけでもないのに僕の言葉はこれっぽっちも喉から出なくなってしまって……
「私は皆さんに"お母さん"って呼ばれているんですよ?こんなに可愛い女の子が泣いているのに、放っておけるわけがないじゃないですか♪」
そう言う彼女の笑顔は、あまりにも温かくて、柔らかくて、あの日以来冷たく凍りついてしまっていた僕の心をこんなにも簡単に溶かしていく。
だって卑怯じゃないか。
その笑顔も、その撫で方も、優しい言葉遣いも、僕を見る目も、僕を思う心も、全部全部、全部全部全部!
……もうこの世にはいないお母さんと一緒のものなんだから……!!
「うっ、うぅ……う"ぅ"〜……!!」
「あらあら……一夏く〜ん!シャルルくんの体調が悪そうなので私達は先に戻っていますねー!」
「なっ!大丈夫かシャルル!?俺も着いていって……!」
「鈴ちゃん、箒ちゃん、セシリアさん、後はお願いしますね。」
「「「任せろ!(任されたわ!)(任されましたわ!)」」」
「さあ一夏!銃の練習はそこまでにして剣をやるぞ!」
「そうですわ一夏さん!せっかく学んだのですからその身で試さないとなりませんわ!」
「心配しなくてもいいわよ!私は両方できるんだから!」
「い、いや!俺はシャルルを……待て待て待て待て!3人は無理!3人は無理だって……!うわぁぁぁ!!綾崎さぁぁぁん!!」
一夏の叫び声を後に、僕は手を引かれるままに綾崎さんに連れて行かれる。
車椅子に乗っているのに、こうして僕を先導する彼女の背中はとても大きく見えて……僕は数年ぶりに心からの安心感を感じていた。
落ちたな