IS - 女装男子をお母さんに -   作:ねをんゆう

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ちょっと時間の少ない中で必死になって書いたのでかなり適当なになってます。許して……許して……


37.話は遡って

side--

 

「こんな所で何してんだい?お嬢さん」

 

夕日の沈み始めた静かな浜辺で、1人黄昏ている奈桜に近付く女性の影があった。

茶の髪を海風に吹かれながら、スーツの上着を少女の肩に掛け、当然のように車椅子にもたれかかる。

 

「……この学園のセキュリティ、やっぱり見直す必要があるでしょうか。」

 

「いやぁ、必要ねぇだろ。何事にも規格外ってのはあるからな、一種の災害だと思ってた方が楽に生きれる。」

 

「まさしく"天災"ですか。」

 

「そーゆーことだ、真面目に考えると疲れるぞ。……ほれ、コーヒーは飲めるか?」

 

「ブラックでなければ……ありがとうございます、いただきます。」

 

暖かい缶コーヒーを背後から頰に当てられ、それに特に嫌がる素振りもなく、奈桜は缶を両手でゆったりと受け取る。

しかし、ぷるぷると震えるその指には力が入っておらず、缶コーヒーの蓋をカリカリと引っ掻くのみで、全く開けられる様子はない。

まだ満足に指先が動かせない事に加えて、海風に当てられていたからか、少しだけ悴んでいるのかもしれない。

はーっ、はーっ、と手に息を吐きかけるが、それでもやはり開ける事は出来ず、困り顔をしてしまう。

 

「……ったく、ほら貸せ。……よっ。」

 

見兼ねた女は奈桜の背後から身を乗り出す様にして缶を奪い取ると、慣れた手つきで蓋を開け、再び奈桜の手に握らせる。

奈桜はそんな彼女に一言お礼を言うと、何の躊躇もなくそれに口をつけた。少し苦そうにはしているが、それでもその温かさにほっこりと満足気な表情をする。その姿からは少しの警戒心も感じられない。

 

「……お前、なんでそんなに警戒してないんだ?仮にも自分を殺そうとした相手だろ。」

 

「警戒したところで今の私にできる事なんてありませんから。それならば下手に取り乱すよりも、冷静に言葉を交わした方がよほど有意義だと思いませんか?」

 

「なるほど、正論だな。」

 

「それにこの状況でわざわざ缶コーヒーで毒殺するなんて、頭のおかしい人でしょう。……あ、でも、テロリストさんは話の脈絡も関係なしに広域殲滅兵器を撃ってくる様な頭のおかしい人でしたね。」

 

「ああもう!それに関してはマジで悪かったって!私だってンな勢いでぶっ放しちまうとは思わなかったんだよ!」

 

「ふふ、許しませんよ?私の身体をこんなにしてくれたんですから、しっかりと責任は取ってもらわないと。」

 

「マジかよ……スコールになんて説明すりゃいいんだ……」

 

がっくりと項垂れる彼女に、奈桜はクスクスと口元に手を当て微笑ましげにそれを見る。もちろんそんなことは冗談であり、女性もそれは分かっている筈なのだが、相手が好みの少女で満更でもない彼女はそれを至極真面目に受け取っていた。都合のいいことである。

 

「……で?なんでお前こんなところで一人で居るんだ?友人の一人や二人居るだろ?」

 

「思いのほかこの場所が気に入ってしまいまして。一人でぼーっとしているのも、案外悪くないですよ。」

 

「はぁ、呑気なこって。」

 

「世の中なんでも自分の都合よく動くわけではありませんからね。偶にはこうして自分を振り返って、ゆっくり思考を整理する時間も大切なんです。」

 

「分かんねぇなぁ。ンなもん酒飲んでヤッて寝れば……ああ、それができないのか。ガキは大変だな。試しに一晩抱いてやろうか?」

 

「滅多なこと言わないでください。あとさりげなく私の服に手を入れるのもやめて下さい。」

 

「別にいいじゃねえか。織斑千冬とは疎遠なんだろ?寂しさ埋めてやるって。」

 

「警備員呼びますよ?」

 

「こんな所に居ねえよ。」

 

「……とにかく、やめて下さい。私はそういったことを軽率にするつもりはありません。」

 

「つれねぇなぁ……ま、そういうところがまた好みなんだが。」

 

「私の好感度はだだ下がりですけどね。」

 

わっしわっしと乱暴に頭を撫でる女に溜息をつく奈桜。

世の中には様々な人間が居るが、こういった自分の快楽を求めて生きている人間が一番厄介であって、同時に一番信用できる人間だということを奈桜は知っている。

 

裏で何を考えているのか分からない人間よりも、多少行動が過激であっても誤魔化す事を面倒がって、言い難い事だろうが構わず言い放つ人間の方が余計な事を考えずに済んで楽だ。

 

どうやら広域殲滅兵器をぶっ放したのも本当に事故であったようだし、彼女自身は救いようのないほどの悪ではない、かもしれない。

 

その証拠なのかなんなのか、彼女は急に申し訳なさそうな顔をして奈桜の顔を覗き込み始める。

 

「なあ。……その目、マジで何も見えないのか?」

 

「ん?そうですね、確かに今は殆ど見えません。見えたとしても日光に当てられませんから、もうこの眼帯は外せないでしょうね。」

 

「……そうか。」

 

先程までとは打って変わって恐る恐ると訊ねる女の言葉に、奈桜は少しも取り乱したり悲しんだりすることもなく、さもそれが当たり前のことかの様にすんなりと答えた。

 

こうして話し始めてからずっとその存在を主張している眼帯に対して、女がチラチラと視線を送っていたことは奈桜も知っていた。

未だに確信できない女の善性を知るためにあえて余計な感情を見せず淡々と答えたのだが、思いのほかその対応は女の心に響いてしまったらしい。

先程まであった威勢がどんどんと萎れていくのが見て取れる。

 

「その、悪かったとは、思ってる。殺すつもりとかはマジで無かった。ほんとに事故だったんだが、やられた本人にはそんなもん関係無ぇよな。女の顔に傷を付けるとか趣味じゃねえのに……悪ぃ。」

 

「そうは言いますが、あの無人機の突入の際の衝撃でそれこそ顔に傷を負った子も居ると聞きましたよ?」

 

「そっちはマジで私無関係だからなぁ……」

 

「……」

 

「……い、いや!あれに関してはマジで私も知らなかったんだって!誰も開幕早々にあんなもんぶっ放すなんて思わないだろ!?」

 

「そうですね、私もあんなタイミングで貴女があんなものぶっ放すなんて思いもしませんでしたから。」

 

「だからそれはマジで悪かったって……!!」

 

やはり反省はしているらしい。

意地悪くこの話題を何度か振ってみているが、その度に萎れていく様子は見ていて悪くない。

あの戦闘の際に彼女に気に入られていることは奈桜も分かっていたことではあるのだが、あくまでそれは戦闘技術の方だとばかり思っていた。個人的にもこうして気に入られているのならば、都合はいい。

 

……と思ってるが、実際には奈桜が思っているよりも遥かに女は奈桜のことを気に入っていた。その容姿に関しては日本人の中ではどストライクだ、彼女が何度も奈桜の顔を覗き込もうとしているのはそういう理由もある。

 

「……それで、だな。ちょっくら誘拐させて貰ってもいいか?」

 

「……やっぱり頭のおかしい人なんですか……?」

 

「いや、お前の目を治せるかもしれねぇ奴が居るんだがな。そこに連れて行ってもいいかって聞いてる。」

 

「なんで最初からそう言えないんですか、一瞬本気で心配してしまいましたよ。」

 

「ちょっとしたジョークだろ。」

 

「貴女が一般人でしたらそのジョークも通用しましたが、自分の立場を考えて下さい。」

 

ジョークだと言い張る女に向けて、奈桜はもうずっとジト目を向けている。だがそれでも、その申し出自体はありがたいものであった。受けるかどうかは別としても。

 

「……そうですね。実際、私はまだ貴女のことを信用できていません。相手が相手だけに目の治療に関しては疑っていませんが、自分の命と引き換えにしてまで治したいとも思っていません。」

 

「なるほど、な。」

 

「それに、もし私が居なくなればまた侵入者だ誘拐だと大騒ぎになること間違いなしです。以前の一件でも迷惑をかけているのに、これ以上騒ぎを起こすのは忍びありません。」

 

「まあ、それも確かにな。」

 

「ですから、そういった疑いだとか騒ぎだとかをどうにかしてくれるのなら、着いていっても構いませんよ。」

 

「……まじで言ってんのか?お前。」

 

「ええ。危険もなく、誰にも迷惑をかけないのなら断る理由も無いじゃ無いですか。……勿論、貴女が嫌でしたらこの話は無かったことにしますが。」

 

「待て待て待て待て!助かる!着いてきてくれるならマジで助かる!!面倒な事は全部引き受けるから着いてきてくれ!頼む!!」

 

「……自分で言うのもなんですが、そこまで必死になることなんですか……?」

 

「いや、確かに治してやりたいって私の思いもあるんだが、それよりも内外からのプレッシャーが凄くてな……最悪本気で誘拐するつもりだったんだが、それで嫌われるのもな。素直に着いてきてくれるならマジで助かる。」

 

「……はあ。私は貴女のことを信用はできませんが、嫌いではありません。貴女がそうして私に誠意を見せてくれる限りは、私も貴女のことを邪険に扱ったりはしませんよ。」

 

「……心が広すぎないか?お前。」

 

「そんなことはありません、1週間前の私なら少しも悩むことなく断っていました。私がこうして海を見ながら色々な可能性を考えていたからこそ、今こうしてこの答えが出せたんです。……貴女のタイミングが良かっただけですよ。」

 

「……お前、そんなに私の好感度を上げてどうするつもりだ?」

 

「いや、どうするも何も、そんなつもりは全く無いのですが……」

 

意識せずとも勝手に上がっていく好感度。

けれどそんなことが何もその女にだけ当てはまる事ではないということを、綾崎奈桜は未だに理解してはいない。

 

加えて、この女が騒ぎを起こす事も誰にも迷惑をかけることもなく奈桜を連れ出すなどというそんな器用な事を出来る筈がないという事も、未だに理解できてはいなかった。

 




ラウラ編が流石に長過ぎるので、そろそろどうにかします。

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