ラウラ編もそろそろ終わります。……長いっ
sideマドカ
海の水と外へと続く小さめの滑走路。
海に浮かぶ小さな無人島にそのアジトは隠れる様にある。
飛行記録や衛星監視などは島の主である1人の天災によって徹底的に隠蔽され、隠蔽されなくとも各国に散らばる彼等の仲間が焼却する。
もっと言えば、そもそもここにこんなアジトがあるという事実を知っている人間は数えるほどしか存在しない。
故にそんな場所への客人というのは非常に珍しく、基本的に他者と関わることのない私でさえも面識程度はある事が多かったりもする。
「ふふ、久しぶりじゃないマドカ。」
「……ああ。今日は世話になるな。」
「気にしないでいいわよ、またオータムがやらかしたんでしょう?千冬の言葉もあるし、彼女は責任を持って学園まで届けるわ。」
「お前は信頼できる。……頼んだぞ、"ナターシャ"。」
「いいのよ、私に任せなさい♪」
小さめの航空機からマドカの前に降り立った彼女、ナターシャ・ファイルスもその1人であった。
金色の髪に左耳のイヤリングが特徴の彼女は、アメリカ所属のテストパイロット。
優秀なパイロットであると同時にアメリカ軍とも密接に関係しており、あのブリュンヒルデも認めるほどの実力者でもある。
そんな彼女がどうして私達の様なこんな怪しい連中と関わりを持っているかと聞かれれば、彼女が自身の名声と世界の平和を天秤にかけられた時、まず間違いなく後者を優先する様な正義感の持ち主だという他に理由はない。
スコール経由で米軍と取引をした際に、彼女は少しの戸惑いもなく真っ先に自分が仲介役になると買って出た。
仲介役などと生易しい言葉を使ってはいるが、その実はこちらと米軍の互いの思惑を汲み取りながらも関係が悪化しないようにバランスを取らなければならない非常に厄介な立ち位置だ。
普通の人間ならば重圧に耐えかねて放り出しそうなこの役割を、彼女は日々こなしている。私ならば早々に音を上げて全てを破壊していると思うと、彼女の根性と正義感は感心するばかりだ。
……そういえばと思い返せば、彼女の性格というか母性というか、そういうものは一部ではあるが彼に似ているかもしれない。
けれどそれは年齢と経験から来ていると考えれば、当然なのか。
むしろあの年齢であそこまで愛を振り撒ける彼の方がおかしいのかもしれない。
「……ふふ。」
「む、なんだ。」
彼女を見て気付かぬうちに考え込んでしまっていた私に向けて、突然目の前の彼女が笑みをこぼしてきた。そういう所も彼に似ているが、彼以外の人間にされるのはなんだか擽ったい。
抗議する様な目で睨むと、それでも彼女は笑っていた。
「いえ、そのね。マドカが前に見た時よりもずっと女の子になっていたから驚いちゃって。」
「お、女の子だと……?」
「ええ。だってほら、髪も肌もちゃんと手入れしてるんでしょう?服装も前みたいな真っ黒なものじゃなくて、こんなフリフリの付いてる服を着たりしちゃって。ちゃんと女の子してるみたいでお姉さん安心したわ。」
「き、気のせいだ。これはただそこにあったものを着ただけで……」
「あら、クロエの私物はここにはもう無いって聞いてるわよ?今は全部あの子と一緒に月にあるんでしょう?ここに残っているはずが無いわ。」
「うっ……」
「ふふ、あの抜け殻みたいだったマドカをこ〜んな可愛い女の子にしちゃったのは何処の誰なのかしら?……もしかして、例の女の子?」
「ど、どうでもいいだろう!そんなこと!!いいから荷物を運ぶのを手伝え!」
「ふふ、か〜わいいっ♪」
よくよく考えれば積み込む荷物=トランクケース1つにも関わらず『手伝え』などと言ってしまったことに気付き、もうなんか色々滅茶苦茶にしたくなるくらいに恥ずかしい。
そんな自分にも生温かい目を向けてくるのだから居た堪れないというかなんというか……
ここから先の送りは全てナターシャに任せており、私は同席することは出来ない。
それ故にここまで付き添おうとしたのだが、今や止めておけば良かったと若干の後悔をしてしまっている。
……まあ、そもそもあの時の私に彼の見送りをしないなどという選択肢は無かったので仕方のないことではあるのだが。
「……遅いな、何かあったのか?」
待つこと10分、ただの雑談をしているにしては長過ぎる様な気がして呟いた一言。
しかしその嫌な予感はやはりというべきか、当たっていた。
「っ!ナターシャ!水を持ってこい!」
「え?ええ、分かったわ。」
「綾崎!どうした!何があった!」
「……ぁ、まどかさん……」
倉庫の中へと入ってきた自動式の車椅子に乗せられていたのは間違いなく彼の姿だった。
けれどその様子は少し前まで自分と話していたものとは掛け離れており、顔は青ざめ、僅かにではあるが身体が震えていたりと、彼を良く知る自分にとっては遠見からでも直ぐに分かる程に酷い有様。
私は自分の高い身体能力を駆使して全力で彼の元へと向かう。
「えへへ……だめですよマドカさん。スカートでそんな動きしたら……」
「そんなことを言っている場合か!あのクソ兎に一体何をされた!?事と次第によっては私は……!!」
今すぐ八つ裂きにして来てやる。
そんなことを言おうとした私の口を彼は人差し指をあてがって封じ込めた。
彼がどれくらい辛い思いをしているのかは分からない。けれどそんな状態でも無理矢理に笑顔を作って、平静を装って、私の立場を心配してくれる彼の思いを否定することが出来ず、私は素直に引き下がらざるを得ない。
そんな私に満足した様に笑う彼を見て、私は悔しく思うと同時に、やはり彼は彼なのだと不謹慎にも嬉しさを感じている自分を自覚した。
それを認めたくなくて、そして何も出来ない自分を隠す様にして少しだけ震えている彼の片手を握る。
「帰りの準備は順調でしたか……?」
「……ああ、何も問題はない。米軍から信頼できる人間を借りて来た、実力もある。お前を無事に学園まで連れて行ってくれるはずだ。」
「ふふ、マドカさんが言うのでしたら間違いないですね。」
……なぜこの人は自分に対してここまで全幅の信頼を置くことができるのか、それだけが不思議に思う。
実のところ、それだけがこの短くも長かった幸福な共同生活で私の胸の中に渦巻いていた唯一の黒い感情であった。
仮にも私は彼を怪我させた一味の仲間だ。
その上、私は彼等のプライバシーを勝手に侵害しており、ぶっちゃけた話をしてしまえば織斑千冬、一夏を含めてその他の人間の事など本当に必要最低限しか情報は集めておらず、その大半を彼を見守る事に費やしていた様な人間だ。
そんなことは彼もなんとなく勘付いていると思うし、普通の人間ならば自分のプライバシーを覗き見ていた人間など拒絶するのが当然だ。自分で言っていて悲しくなってきた。
なぜ、彼は私にこんなにも良くしてくれるのだろう。
……いや、その理由は私が一番分かっているのか。
彼がそういう人間だからだ。
そういう人間だから好きなのだ。
それだけで済む話なのだ。
だから私は彼を本当の意味では救えない。
私は彼の生き方を愛してしまっているから。
彼の生き方と決断を否定できない。
肯定することしかできない。
彼がどれだけ自分を犠牲にしようとも、それこそが彼の本質なのだと納得できてしまう。
私に彼は変えられない。
私は今の彼が一番だと思っているから。
彼に変わって欲しくないと心から思ってしまっているから。
「………」
「えっと、どうしましたか、マドカさん?出発の時間はそろそろですよね?」
「………最後に1つだけ、貴方に伝えておきたいことがあるんだ。」
「………?なんでしょう、マドカさんの質問になら何でも答えちゃいますよ?」
「質問では、ないんだ。」
握っている彼の手から視線を上げれば、珍しく汗をかきながら具合の悪そうな彼の顔が目に映る。
けれどそれでも少しも笑みを崩すことなく私の言葉を待っていてくれる彼の優しさに、やはり私は再認識するのだ。
彼を慕う私の気持ちは少しも間違っているものではないのだと。
「……きっと、貴方の理解者は多くいると思う。私よりも貴方の事を知っている人は多くいると思うし、貴方を助けてくれる存在も多く居るはずだ。それは貴方の人望であり、成果であり、当然なものだと私は思う。」
「えっと、そう大袈裟に言われてしまうと照れてしまうんですが……」
そうは言うが、『理解者』と言う言葉に少しだけ妙な反応を見せて更に顔色を悪くしたことに私は気付いている。私は気付くことができる。
……なぜなら、私は貴方を見ているから。
貴方ばかりを見つめているから。
貴方と言う存在の1つ1つを見過ごしたくないから。
だから私は……
「忘れないで欲しい。私は貴方の最大の理解者にはなれないし、最善の救世主になる事も出来ない。貴方の守護者になる事もできなければ、貴方の導き手になることだって出来ないだろう。」
「……」
「……だが、私は間違いなく、私は間違いなく貴方にとって最大の肯定者だ。これだけは、他の誰に対しても譲る事はできない。私は貴方を肯定する。貴方の全てを肯定する。」
「……肯、定……?」
「そうだ。例え貴方が何をしようとも、貴方が何を考えようとも、それが他の誰でもない貴方自身で決めたことならば、私はその全てを肯定する。この世界の誰もが貴方を否定し、貴方1人が取り残されたとしても、私は最後まで貴方の選択を、意思を、存在を肯定しよう。それだけは他ならぬ貴方を目の前にしても誓うことができる。」
「……マドカ、さん……」
「きっと私の存在は貴方に良い影響ばかりを与える訳ではない。時には否定される事も人間には必要な事なのだろう。……だが、私は貴方の逃げ道でありたい。貴方が追い込まれて、本当にどうしようもなくなった時に、貴方を受け止めることのできる最後の砦でありたい。貴方を取りこぼすことなく支えられる最期の救いでありたい。」
「………」
「……だから、だから、例え何があったとしても勝手に1人で追い込まれないで欲しい。私と言う逃げ場があることを忘れないで欲しい。貴方の為ならば私は、今の全てを、それこそ焦がれるほど求めていたこの力を捨ててでも、貴方と逃げ出すことができる。いや、逃げ出したいと思っている。
……貴方と一緒ならば、これまでの何もかもを捨てて、普通の一般人の求める何でもない平和を享受することも楽しそうに思えるんだ。こんなこと、以前の私には考えられなかった。」
「………マドカさん。」
ぐっと彼の首元に腕を回す。
死ぬほど恥ずかしいし、頭から熱が噴き出るくらいに顔が熱いし、喧しく感じる程に心臓が脈打っている。
今にも意識を飛ばしてしまいそうなくらいに頭が真っ白だ、額汗も普通じゃない。
……けれど、これだけは伝えたい。
これだけは伝えて別れを迎えたい。
そうでなければ、私はまた後悔することになるかもしれないから。
「私は、貴方が居てくれるだけでいい。貴方が貴方のままで居てくれるだけでいいんだ。」
「私の、ままで……」
「分かってはいるんだ。私の知っている貴方は例えどんな理不尽にあっても全部を投げ出せる様な人間ではないと。……だが、そういう場所があるだけで人は救われると私は思う。勿論、私としてはいつ頼って貰っても嬉しいことに変わりはないのだがな。」
「………」
「私が貴方の前に立ち塞がる時は、貴方が貴方の望まない選択をせざる得ない時だけだ。私は貴方が貴方らしく生きる事が出来ることだけを祈っている。それだけは、忘れないでいて欲しい。」
「………はい。自分の為にそこまで言ってくれる人が居るなんて、私は幸せものですね。」
「偏に貴方の人望だ。貴方でなければ私もここまでは言わない。」
「ふふ、少し照れくさいです。」
……わたしは、彼の力になれているだろうか。
目の前の彼は先程までの悪かった顔色が無くなり、今は少し頰を赤らめながらいつも通りの優しい笑顔をしていた。
こんなにも至近距離で彼の顔を見て意識を保っていられる自分を褒めたい。
その代わり、今自分が彼に対してどんな顔をしてしまっているのかは想像もしたくない。
そんなことを考えてしまって恥ずかしくなった私は、隠れるようにして彼を抱き締めた。
直後にこれもまた自殺行為だったと気付いたが、時既に遅しとばかりに彼によって力一杯抱き締められてしまい、私は8割ほどの意思を吹き飛ばして、ただただ彼に寄り掛かっていたことしか覚えていない。
彼は最期の別れ際まで優しい笑顔を浮かべていた。
憧れの人間は会わない方が憧れのままで居られる、なんて話は怏々にしてあるが、彼は例外だったらしい。
そうでなければ私が今もこうして彼から貰った手作りのハンカチを両手で胸に握り締めているなどという光景は、有り得るはずがないのだから……
女性陣によるポジション争いが始まりました。
誰がどのポジションに収まりそうなのか予想してみてください。
次の日常パートについて(1)
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箒と負けない花嫁修行
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