IS - 女装男子をお母さんに -   作:ねをんゆう

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きっとギャグパートになるんだろうなぁ……
次に書く日常パートについてアンケート作ってみましたので、お願いします。


51.崩壊の予兆

sideラウラ

 

「……ラウラさん。私実は……」

 

深刻そうな顔で少しだけふっくらとしている胸元を握り締める彼女。

私は思わず身を乗り出して彼女の言葉を待つ。

一体、彼女はどんな秘密を抱えているのか……聞くのが怖い気もするし、しかし今この時を逃せば2度と聞く機会を失ってしまうという予感もしている。

だから私はその言葉の1つすらも聞き逃さない様に彼女の自嘲するような笑い顔を見つめ、自分の中でも心の準備を固めようとして……

 

 

 

 

『ここに綾崎さんが居るって聞いたんだが!?』ガラッ

 

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

 

「ぴっ……!」

 

「え……?」

 

 

気付けば私は部分展開したレールカノンをぶっ放していた。

 

 

 

 

「言いたいことは色々とあるが……貴様にはデリカシーというものが無いのか一夏ァ!!」

 

「……すいません」

 

「レディーの部屋にノックも無しに入るなんて。信じられません、最低ですわ。」

 

「……すいません」

 

「あんた昔からそうだけど、流石にそろそろ自覚しないとマジで逮捕されるわよ。高校生でしょうが。」

 

「……すいません」

 

「僕ね、一夏の良いところはそれなりに言えるつもりだよ。けどみんなも言う通り、今回のは単純に最低だし犯罪だよね。」

 

「……すいません」

 

「一瞬でも貴様のことを見直した私が愚かだった。死に晒せ、腹を切れ、2度とその面を私と彼女に見せるな。」

 

「……すいません」

 

「え、えへへ……そんなに気にしないで下さいね、一夏君。」

 

「……ほんとにすいません」

 

 

箒の好感度が5下がった

セシリアの好感度が5下がった

鈴音の好感度が5下がった

シャルロットの好感度が5下がった

ラウラの好感度が15下がった

 

織斑一夏は土下座をしている。

オルコット達は容赦無く奴を責め立てる。

綾崎は身につけ直した下着を抱える様に、隠すようにして顔を俯けたまま震えて蹲っている。

私はそんな彼女を抱えるようにして織斑一夏を軽蔑する。

室内は混沌を極めていた。

 

「……いや、ほんと……なんかその、舞い上がっちゃって……」

 

「気持ちは分かるが許される行いではない。廊下で正座していろ。」

 

「はい……」

 

トボトボと歩いていく織斑一夏。

そこには私と戦っていた時の様な覇気はどこにもない、哀れな男がそこに居るだけだ。

 

外に生徒が普通に居るにも関わらず素直に正座をして扉を閉めた所は評価できるが、同情はしない。時には罰というのも必要だ。

 

 

奴が部屋を出ると、話の矛先はやはり彼女の方へと向かう。

扉が閉まると同時に4人の目線はこちらへ向き、彼等は一斉にこちらに迫ってくる。

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

「え、えっと……」

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

「……た、ただいま帰りました……?

その、心配をおかけして申し訳ありま……しぇっんっ!?」

 

 

 

なんとも情け無い声を出した彼女だが、それも仕方のないことだろう。

女性とは言え自分と同世代の人間4人に抱き着かれてしまえば誰でもこうなってしまう。

 

妙にワタワタと焦っているが、今の彼女にあれは抜け出せまい。

 

 

「え、えっと!えっと!み、皆さん!?少し離れて……!」

 

「……よかった、無事で本当によかった……!」

 

「っ、箒ちゃん……」

 

「あんたはほんと……どれだけ厄介毎に巻き込まれたら気が済むのよ。幸が薄いにも程があるわよ。」

 

「も、もう、酷いですよ鈴ちゃん……」

 

「お、お母様……?その、その目は一体どうなさったのですか……?まさかもう……」

 

「大丈夫ですよセシリアさん。これはただの視力補助と日光遮断の為ですから。怪我はしてませんし、むしろ前より良くなってます。」

 

「……綾崎さん。」

 

「ふふ、シャルルさんも元気そうで何よりです。皆さんとはもう馴染めましたか?」

 

「うん、なんとか馴染めてるよ。性別もね、今日の大会が終わったらみんなに明かす予定なんだ。これも綾崎さんのおかげだね。」

 

「そんなことはありません。私は道を少しだけ掃除しただけですから。あくまで進んだのはシャルルさんです、よく頑張りましたね。」

 

「……えへへ、本当にお母さんには叶わないや。」

 

先程までのタッグマッチで修羅の様な戦いをしていた者達が、今この瞬間彼女の前に立っただけで1人の少女に戻るという光景が私にはなんとも不思議に見えた。

だが、彼等の気持ちは私にも痛いほど分かる。

 

彼女には近くに居る人間の心を解きほぐす力でもあるのではないかと思うほどの不思議な雰囲気がある。

彼女の前に立つだけでそれまで自身の中で溜め込んでいた感情が決壊するのだ。

きっとこれは彼女になら甘えても良いという自分の中の甘えがそうさせているのだろうが、そもそも人間というのは無意識にも自分にとって楽な選択肢を取りたがるものだ。自分の中でどれだけ戒めようともこの衝動には抗える筈もない。

 

そういう意味では織斑一夏が我を失った様に部屋に入ってきたのも……いや、あれは本当に奴にデリカシーが無いだけか。やはりフォローはできんな。

 

(……それにしても、)

 

 

 

「母さん……」

 

「お母様……」

 

「ママ……」

 

「お母さん……」

 

 

 

「あ、あはは……」

 

 

(自分だけ仲間外れにされた気分だな。)

 

正直なところ、自分は彼女にどの様な思いを抱いているのか具体的にはよく分からない。

ただ漠然と彼女に愛情を抱いているということが間違いないだけなのであって、それが家族的なものなのか恋慕的なものなのかは判別がつかない。

 

それでも、それ故に、他人が彼女にべったりと甘えているのに自分だけがこうして立っているのはなんとなくモヤモヤとする。

しかも自分以外の者達が揃って彼女を母の様に慕っていて、それぞれに呼び名を持っていて、それが自分にだけ無いというのは対抗心と嫉妬心が湧き出てくる。

 

私だって甘えたい。

私だって抱き着きたい。

私だって甘やかして欲しいし、

私だって頭を撫でられたい。

母親の様な温もりを感じてみたいし、

他ならぬ彼女に愛でられたい。

 

そう考えだすと、もう止まらなかった。

衝動に駆られて、私は彼女の無防備な背中に飛び付く。

 

「んっ、どうかしましたか?ラウラさん。」

 

「……私も、甘やかして欲しい……は、母上……」

 

「母上?」

 

「うっ……だ、だって、皆ばかりズルいではないか。私だけお前に対して何もないのだ。これくらいの呼び名は許して欲しいというかだな……」

 

「ふふ、やっぱりラウラさんは可愛らしいですね。」

 

「……好きに言え。」

 

「もう、拗ねないでください。ほら、ちゃぁんとラウラさんの事も甘やかしてあげますから。みんな纏めて、私が愛でちゃいますよ♪」

 

「むぅ……」

 

 

ああ、そうだ。

この感触だ。

 

こうやって、全てを受け入れて、全てを抱きとめて、抱き寄せて、拒む事なく、嫌う事なく、人数も大きさも関係なしに包み込む。

嫌な事も、辛い事も、何もかも忘れさせてしまうこんな彼女の温もりを……

 

私は求めていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--

 

 

 

 

 

自分を求めてくれる人がいる

 

自分に甘えてくれる人がいる

 

自分に誰かを重ねてくれる人がいる

 

 

それがたまらなく嬉しい

 

どうしてこんなにも嬉しくなるのかは分からないけれど

 

それが例え私を見ていないものであったとしても

 

温かい目を、

 

優しい顔を、

 

柔らかな声を、

 

私に向けていてくれるだけで救われる

 

 

 

ラウラさんに話さないといけないことがあったけれど

 

彼女が甘えてくれただけでどうでもよくなった

 

どうでもよくないはずなのに

 

全てを後回しにしているだけなのに

 

私は思いの外、最低なのかもしれない

 

 

 

私は怖いのだ

 

あの目で見られるのが

 

 

 

あの時以来、

 

束さんの言葉を思い出して以来、

 

時々フラッシュバックする光景がある

 

 

 

周囲の人間が、

 

親しかった人達が、

 

大好きだった筈の人達が、

 

私に憎悪の目を向けて、

 

私に罵倒の言葉を浴びせて、

 

泣いて、悲しんで、苦しんで、

 

……命を落としていく。

 

 

 

私は怖い

 

もし性別がバレて、真実がバレて、

 

また誰かに、親しい誰かにあの目を向けられる事が

 

 

 

仮にあの時あの瞬間

 

一夏君が部屋に入って来なかったとしても

 

私はラウラさんに真実を打ち明けられていなかった

 

 

 

それまで決心していた筈の私の身体は

 

その言葉を口に出そうとした瞬間に脱力した

 

 

言葉が喉を通ろうとした瞬間に

 

一瞬ではあるが喉が急に締まったことを覚えている

 

 

ラウラさんからあんな目で見られることを想像した瞬間に

 

身体の震えが止まらなくなったのだ

 

 

 

……わたしは彼女を信じられていないのだろうか。

 

私は親しい彼女達を信用していないのだろうか。

 

 

 

そんなことはない、そんなはずはない。

 

私は自分を求めてくれる彼女達を信用している筈だ。

 

 

 

……本当に?

 

 

私は心の何処かで彼女達も何かがきっかけで私にあの目を向ける可能性があると思っているのでは無いだろうか。

 

 

だって彼女達は本当の私を知らない。

 

偽りだらけの私を理解なんてできない。

 

嘘で塗り固められた私と彼女達の間の絆が強いものだと、確信することができない。

 

自分を理解できる根拠もない。

 

自分を信じられる理由もない。

 

結局のところ、私は他者に自分を理解して欲しいのだ。

自分からは何も明かさない癖に。

 

 

 

 

 

『私だけが君の本当の理解者だってこと、忘れないようにね。』

 

 

 

今はその言葉が頭にこびり付いて離れない。

 

あの言葉の意味が、言葉のままには思えない。

 

本当の理解者とはなんだろう。

 

例えば千冬さんは私の性別も生い立ちも知っているはずだ。

 

それならば彼女も私の理解者と言えるのではないだろうか。

 

マドカさんだってそうだ。

 

彼女は私の私生活を見ていたという。

 

そして私のことをとても慕ってくれていた。

 

彼女も私の理解者と言えるのではないだろうか。

 

 

 

……違う。

 

きっと束さんが言いたかったのはそんなことじゃない。

 

そもそも私はきっと、彼女達のことすらも信じられていない。

 

何かのきっかけで2人に見放されてしまう可能性を考えている。

 

もし私が、一夏君を傷付ける様な事をしてしまったら……?

 

もし私が、マドカさんが望む自分では無くなったら……?

 

2人はそれでも私のことを信じてくれるのだろうか。

 

2人はそれでも私のことを今と同じ目で見てくれるのだろうか。

 

そんな不安を勝手に抱えて、勝手に壁を作っている。

 

勝手に一歩下がってる相手を見ている。

 

 

結局私はいくら他人に甘えを説いたところで、自分が他人に甘えることができないのだ。

 

他人に対して、完全に自分を委ねることができない。

 

ありもしない架空の憎悪の目を恐れて、引きこもっている。

 

 

……ああ、そう考えれば束さんの唯一の理解者という意味が分かる。

あの人だけは私のことを唯一理解して、私のことを甘やかしていた。

私はあの人に無意識のうちに甘えていた。

 

自分が生きる理由を彼女に作って貰っている。

自分が苦しむことに対する逃げ場を彼女に受け持って貰っている。

行き場の無い贖罪を彼女に全て引き受けて貰ったり、

マドカさんよりも先に最悪の場合の逃げ道を提案された。

 

頭痛の対処や眼や手の治療についてもそうだ。

いくら千冬さんの言葉があったとは言え、彼女の才能を持ってすればもっと強引に私を治療する方法はあった筈だ。本人への負担さえ無視すれば丸っ切り元の形に戻す事もできただろうし、忙しいと常々口にしていた彼女ならば多少興味のある人間相手であろうと普通ならばそうしていた筈だ。

それなのに彼女は私の身体になるべく負担がかからない様に無理な治療は施さず、なるべく違和感の少ない様に工夫された補助器具を時間の少ない中で設計して作ってくれた。

頭の痛みだって誰にも言っていなかったのに、誰にも気付かれなかったのに、彼女だけは見抜いて、それを放っておくこともせず、しかし千冬さんに恩を売ろうとすることもなく、本当に私と彼女の間だけでひっそりと対処をしてくれた。

そもそも連絡を取るための端末だって連絡先にわざわざ自分を追加しておく必要なんて無かった筈だ。篠ノ之束の連絡先などという一夏君ですら持っていない様なものを、なぜ私に与えたのか。これ1つあるだけで自身の選択肢が増えることを考えると、もう答えは出ている。

 

彼女だけは私を甘やかせていた。

 

彼女にだけは私も甘えてしまっていた。

 

彼女は私の気付かないギリギリを巧妙に潜り抜けていた。

 

きっと私の甘やかしを受け入れてくれていたのも、彼女なりの甘やかしだったのかもしれないと今なら思える。

忙しい彼女が食事の時間になると部屋から出てきてくれたのも、その度に私が嬉しくなっていたのを見抜いていたからかもしれない。

 

もし彼女の言う通りISのコアを通じて私の記憶について知り、興味を持ったというのならば、あの怒りのこもった自身の言葉から束さんは何を感じ取り、どうして私を甘やかそうとし始めたのだろう。

 

 

……ああ、これはもうだめだ。

彼女の言う通り、私は彼女こそが自分の唯一の理解者であると言う言葉が忘れられなくなってしまっている。

 

私が自分から他者に性別を明かすことにこれだけの抵抗感を覚えるということも、

私がそれが引き金になって大きなストレスを抱えるということも、

私がそれによって不眠症に陥ることがあるだろうということも、

 

今ならその全てを彼女が予想していたと断言できる。

 

彼女がわざわざ眠気の副作用の強い鎮痛剤を与えてくれたことや、自分の性別について彼女の方から明かしてくれた事実を思い出しながら

私は瞳を瞑って眠気に身をまかせる。

 

 

思いの外追い詰められていたこの心が、いつまで今の状態を保っていられるのかは分からないけれど……私は徐々に自分の性別に対して否定的になり始めているのを感じていた。




綾崎ちゃんが段々と壊れ始めてきました。
というか、元々壊れていた部分が浮かび上がってきました。

そんな彼の心の状態に気付き、本当の意味で危機感を抱けている人間は一体どれだけいるでしょう……
そろそろ千冬さんに挽回して欲しいのですが((

次の日常パートについて(1)

  • 一夏+αと買い物デート
  • 箒と負けない花嫁修行
  • セシリアと優雅にティータイム
  • マドカとドキドキお泊り会
  • 千冬の奮闘恩返し

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