上がり始めた生徒達の精神年齢
千冬先生は挽回する事ができるのか……
はたまた再びポンコツを晒すことになるのか……
千冬先生の苦難の時期です。
ある朝、職員室の一角で1人の女性教師が机に突っ伏して眠っていた。
彼女の机の上には多くの書類が積み重ねられている……という訳ではなく、彼女にしては意外と綺麗に整頓されていた。
そんな不思議な空間がどうして築き上げられているのかと言えば、それは彼女がここ数日間自身の同居人と全くと言っていいほどまともに話す事ができず、仕事も無いのにこうして残業を繰り返しているからである。
(……仲直りの仕方が分からん……)
女はポンコツであった。
女はここ数日間、自分のミスと諸々の大事故によってそれはもう大いにポンコツしていた。
『ただいま帰りました、千冬さん。』
『あ、ああ……よ、よく帰ったな……』
『ええ。ごめんなさい、心配をおかけしてしまって。』
『あ、ああ……問題ない。』
『…………』
『…………』
『…………』
これである。
いつからそれほどコミュニケーション能力が低下したという話ではあるのだが、彼女とて必死なのである。
1.暫くの間、冷たい態度を取ってしまった
2.謝ろうとした矢先、誘拐を許してしまった
3.誘拐した犯人は自らの親友だった
4.親友から頭の痛くなる話を聞かされた
5.親友の前で勢いでイキってしまった
6.教え子への対応を間違えた
7.教え子からの評価が地に落ちた
8.教え子が闇落ちした
9.教え子へのフォローが出来なかった
10.帰ってきた彼にフォローを任せてしまった
11.帰ってきた彼への対応を間違えた←今ここ
積もりに積もったポンコツは最早どう挽回したら良いものか分からないレベルにまで到達しており、相談できる相手も近くにいない。
唯一それに成り得た昔の教え子に今相談しよう者ならば『……自分で考えてください。』と白い目で見られること間違いない。それほどラウラの中で女の評価は下がっているのだ。
……だが、
(……他に相談できる奴がいない……!)
プライドを捨てるか、仲直りの機会を捨てるか、どちらを取るのか明確なのではあるけれど、それでも究極な選択を迫られていた。
「……考えていても仕方ないだろう織斑千冬……!直ぐに合宿が始まる、それを逃せばまた暫くチャンスが無いんだ!余計なプライドは捨てろ!」
これまではそのヘタレと優柔不断によって数々のミスを招いてしまった。それが原因になって守るべき彼を危険に晒してしまった事は間違いなく事実だ。
もう同じミスは繰り返さない。
例え何を言われようとも、例え自分のプライドが粉々にへし折られようとも、もうここで腰を据えて見ているだけと言うのは許されないのだ……!!
という決心をするまで3日かかった。
十分なヘタレである上に、その間にも彼女の居ない寮監室にはラウラが入り浸っており、半占拠状態になっているのを千冬は知らない。
そして……
「教官は愚か者なのですか?」
「ぐふっ……」
想像していた通り。
いや、想像していた以上に、ラウラの言葉は千冬に、効いた……
「お、おまえ……!言い方というものがあるだろう……!」
「自らの失態で招いた後始末も出来ず、挙げ句の果てにその解決法を怒らせた教え子に聞きに来る指導者が何処にいるというのですか。教官にはプライドが無いのですか?」
「う、うぐっ……だ、だがそれは……!」
「どうせプライドを捨ててでも〜などという安い言い訳をしてここに来たのでしょう?自分の気持ちを素直に伝えるだけで済む問題を、わざわざこうして他人に答えを求めに来るなど、逃げ以外の何物でもありませんよ。いつからそんなにヘタレになったのですか、教官。」
「へ、ヘタレは言い過ぎだ!私としても色々考えてだな……!」
「そもそも、それを私に質問しに来るのが間違っています。私は教官の所謂ライバルというものなのを忘れたのですか?」
「ライバル……?」
「……まさか、それにすら気付いていなかった、と?流石に冗談ですよね?いや、あの、正直私、今少し教官にドン引きしています……」
「ま、待て!何の話だ!?お前は一体何の話をしている!?」
「もしかしてこれは意外と余裕なのではないだろうか……」
最早そこに教官の威厳などというものは存在していなかった。
それどころか、以前より何処か少しだけ大人びた教え子と、ポンコツ化したことで以前の様な冷静な考えをすることのできなくなっている教官と、すっかりその立場が入れ替わってしまっている様にも見える。
しかも焦りのせいか全く周りが見えておらず、自分の嫁だと発言した奈桜に対する好意にも気付いていないと来た。
未だ自分の好意の種類が分からないラウラではあるが、ライバル候補となり得る彼女が今こんな状態ならば、彼女を千冬から奪い取って自分のものに出来るのではないかという悪い考えが頭によぎってしまうのも仕方ないだろう。
……とは言え、
(……まあ、今はこんなではあるが、仮にも私を救い出してくれた方だからな。)
多分に失望したとは言え、それでも根底にある感謝まで揺らいではいない。
あの日あの時自分を救い出してくれたのは間違いなく彼女だ。そんな彼女を無下にはすれど、騙したり盗んだりすることは自分が許せないし、きっと愛する彼女も嫌うだろう。
だからこそ、溜息をつきながらもラウラは千冬にしっかりとアドバイスを授けるのだった。
「……はあ。もうこの際なのですから、これまでの借りと謝罪を全部込めて恩返しでもすればいいんじゃ無いですか?」
「なに、恩返し……?」
「そうです。教官だって彼女に借りがないという訳ではないでしょう?」
「ま、まあそれはな。あいつには世話を焼くどころか世話を焼かれっぱなしというか……借りという形で考えればそろそろ本気で返せなくなる手前まで来ているとは思うが……」
「そういうことです。恐らく教官が彼女に対してまともな受け答えが出来なくなっているのは、彼女に対して大きな引け目を感じてしまっているからでしょう。それを解消するには、引け目を抱けなくなるくらい自己満足をするしかありません。つまり、恩返しです。」
「……なるほど、筋は通っているな。」
と、キリッとしてはいるが、そもそも彼女がもっとしっかりとしていればそんなことをする必要が無いということを忘れてはならない。
ラウラは再び溜息をついた。
「……私からの助言はこれくらいです。綾崎からの信頼回復に努めるのも結構ですが、私からの信頼回復にも気を向けて欲しいものですね。綾崎の件について黙っていたことを、私はまだ許していませんよ。」
「うっ……す、すまない……」
話はそれっきり。
それ以上を聞く権利を千冬は持ち合わせては居なかった。
千冬の解決すべき問題は山ほどある。
仕事は直ぐに終わらせる主義の彼女だが、こればかりは手を付けるのに時間がかかっていた。
「はあ、恩返しですか……」
「ああ、何か案はないか?篠ノ之。」
「まさか千冬さんにそんなことを聞かれる日が来るとは思いませんでした……」
人の居ない寮監室に呼びつけられた箒は、まず始めに聞かされたそんな言葉に困惑した。
最近、訓練の合間に読んでいる女性向け雑誌で立派な奥さんになる為の勉強を真剣にしていた彼女としては、正直なところ何故他の人間ではなく自分なのかと不思議で仕方なかった。(なお、この雑誌は過去に奈桜によって手が加えられており、至る所に付箋やマーカーなどで捕捉が入っているという箒にとっての正に聖書であったりする。正しい性知識や男性の事情や常識など、なかなか自分では調べる事が出来ないものでも、奈桜から受け取ったものという言い訳があれば顔を真っ赤にしながらでも見ることが出来るのだから、彼女にとってこれ以上に有難いものは無かった。)
「私も教え子にこんな事を聞くのはおかしいとは思うのだが、私ではお前達くらいの年齢の人間がどんな事をすれば喜んでくれるのか分からんのだ。」
「はあ……そうは言いますが、母さんの精神年齢を考えると私よりも千冬さんが考えた方が適しているのでは無いでしょうか。」
「……まあ、それは一理あるが。」
「それに正直な事を言いますと、こちらが感謝の気持ちを持ってする事ならば、母さんは何でも嬉しいと言ってくれると思うんです。例え失敗したとしても、大切なのは心です。」
「……大人になったな、篠ノ之。」
「帰ってもいいですか、私。」
「すまん、もう少しだけ付き合ってくれ。」
「えぇ……」
箒が何故か露骨に帰りたがっている事には千冬も気付いている。しかし千冬は今、明確な答えを求めていた。彼女とて、自分達がすることならば奈桜は嬉しく思ってくれることは分かっている。だが、彼女はその中でも最も嬉しく思ってくれる答えが欲しいのだ。それが得られるまでは離すつもりはない。
(今日は12冊目のマタニティー編ver8を熟読する予定だったのだが……はあ、これは答えを出すまでは引き下がってもらえそうにないな。)
箒はそのシリーズを読むことを楽しみにしていた。
25冊にも渡る奈桜が手を加えたその雑誌達の中でも、箒は特段そのマタニティー編を楽しみにしていた。
1冊1冊を完全に熟読してから次の本へと向かう彼女の性格上、新しい章へと進むたびにその日を物凄く楽しみにするのだが、それを邪魔されれば機嫌も悪くなるというもの。
箒は最早この場をさっさと収めること意外を考えてはいなかった。
「……手紙を書く、とかどうですかね。」
「手紙……?」
「ええ、普段の感謝の気持ちを言葉にして伝えるのはなかなか難しいことでしょう。ですが、手紙なら伝えられる筈です。口下手な言葉よりも自分の気持ちを明確に表現できる筈ですよ。」
「採用だ、篠ノ之。」
「良かった、それでは。」
それだけ言うとさっさと箒は部屋を後にした。完全に真顔だった。その動きは恐ろしく早かった。そして、何の躊躇も無かった。
教師への敬意など表面上にあるかどうかも微妙だった。
「……冷たくなったな、篠ノ之。」
千冬は遠い目をしていた。
ISのヒロインのデザインほんとに好き……
次の日常パートについて(1)
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箒と負けない花嫁修行
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