さて、誰から裏切りを受けるでしょうか。
ヒントは"家事"です。
「……えっと、お母さんが喜びそうなこと、ですか?」
「ああ、何か案はないか、デュノア。」
「そう言われましても……どう思う?一夏」
「いや、そんなことがあれば俺がもうやってるしなぁ。」
「そうだよねぇ……」
「むぅ……」
次の標的になったのは食堂で先日のタッグマッチの反省会をしていた一夏とシャルロットであった。
あの後、特に大きな出来事もなくシャルロットが女性である事は発表され、多少の落胆はあったものの特に問題が生じることはなく、
逆に命令に従っていたという事から同情の声も多く、周囲から受け入れられるのも早かった。
一夏とシャルロットの間でもなんやかんやとはあったようではあるが、それはまた別の話として、そんなこんなから2人は以前よりも明るい雰囲気で次の試合を目標に切磋琢磨していた。
……まあ、とどのつまり、千冬はそんな風に真剣に反省会をしていた2人を邪魔してきたとも取れるのだが、根が善人なだけに2人がそのことについてはあまり気にしていないのが救いとも言える。
「例えばだけどさ、一夏は織斑先生にして欲しい事とかないの?」
「え?俺か?……うーん、千冬姉にして欲しいことか。ぶっちゃけ一時期よりも一緒にいる時間も増えたしなぁ。強いて言うなら、時間ある時でいいから個人的に俺の訓練に付き合ってくれると嬉しいかな。」
「だから織斑先生と……まあ、今はいいか。お前の訓練に関してはまた今度付き合ってやるとして。デュノア、お前はどうだ?」
「え、僕が織斑先生にして欲しいことですか……?」
普通に困る、というのが本音だった。
担任の先生、まして友人の姉にして欲しいことと聞かれれば、普通に考えて特に無い。
もっと言えば彼女が家事や細かい作業について壊滅的に向いていないということは一部の生徒の間では有名な話だ。
例えば"手料理を食べてみたい"などと言えば寮監室が大破するし、"手作りの何かが欲しい"などとエモエモしい事を言ったとしても、次の日に出来上がるのは良くて絆創膏だらけの両手と毛玉の塊だ。
そうなるとそれこそ彼女に求められることはその1つしか無くて……
「え、えっと。ISで戦う上の心構えとか教えて欲しい、かなぁ……あ、あはは……」
「なんだ、シャルも俺と一緒か。」
「全く、お前達はそればかりだな。もっと気の利いた答えを出せないのか。」
「あ、あはは……」
とりあえずシャルロットは愛想笑いをしておく。多くは語らない。彼女は失礼なことは考えない。心を無にするのだ。そんな事は今は関係ない、今考えるべきなのは織斑千冬が満足するであろう答えをいち早く導き出すことなのだから。
「それで、どうするんだよ千冬姉。綾崎さんの訓練を手伝うのか?」
「ふむ、だが綾崎に戦闘訓練など行ってもあいつは喜ばないだろう……無理強いはしたくないからな。」
「うーん、確かに綾崎さんって自分が強くなりたいってよりも、他人を強くさせたいって感じだもんな。自分の訓練とかそっちのけだし。」
「そもそもあいつはまだ万全の状態では無いのだからな、今の状態ではISに乗ることも許可は出来ん。」
「ああ、それもそっか。けど、もうすぐ車椅子を外せるんだよな?いきなりISの訓練ってのもあれだけど、徐々に慣らして……」
『それだぁ!!』
「「!?」」
突然大声を上げて立ち上がったシャルロットに2人は思いのほか驚愕した。
食堂の隅とは言え、突然そんなことをされれば誰より目立つ。シャルロットは顔を真っ赤にしながら上半身をそのままにしゃがみ込んだ。
「……大丈夫か、シャル?」
「う、うん。ごめん、大声出しちゃって。けど、お母さんが喜びそうなことを思い付いたんだ。これなら多分間違いないと思うよ。」
「なに!本当かデュノア!」
「は、はい。えっとですね……要はリハビリのお手伝いをすればいいんですよ。」
「「リハビリの手伝い……?」」
それは正に名案、の様に思えた。
「もうすぐ車椅子を使わなくて済む、つまり自分の足で満足に歩けるようになる、ということです。ですが、最初から歩ける筈もなく、少しずつ歩く練習をする必要があるじゃないですか。それを織斑先生が主体になって手伝えばいいんです。」
「……そんなことが恩返しになるのか?」
「織斑先生が忙しい人だということは周知の事実です。そんな人が自分の為に時間を割いて手伝ってくれるとなれば、嬉しくない人は居ません。近しい人なら尚更、一夏だって同じ立場だったら嬉しいよね?」
「ん?まあ、確かに嬉しいな。自分の事を大切に思ってくれてるんだな、って感じる。おお、流石だな!シャル!」
「……ふむ、なるほどな。よくやったデュノア、お前のおかげでなんとかなりそうだ。世話になったな、助かった。」
「い、いえいえそんな!役に立てたなら何よりですよ。あ、あはははは……」
何処か満足そうな顔をしてその場を去っていく千冬、そんな彼女を苦笑いをしながら見送るシャルロット。
あんな名案を出したどうしてシャルロットがどうしてそんな自信なさげな、申し訳なさそうな顔をしているのか、一夏は珍しくそんな女性の細かな変化に気付き、千冬が完全にその場を去ってからシャルロットに対して尋ねた。
「な、なあ。さっきの話、なんか問題あったりするのか?」
「……ねえ一夏、もし一夏が明日からお母さんのリハビリが始まるって聞いたらどうする?」
「え?そりゃ手伝いに行くまでは出来なくても、差し入れとか、様子を見に行くくらいはするかもしれないな……」
「うん、そうだよね。それじゃあさ、もしそれを篠ノ之さんやラウラが知ったらどうすると思う?」
「そりゃ何よりも優先して綾崎さんの手伝いを……あっ……」
「……気づいた?」
「……おう。」
それは極めて単純な話だった。
千冬が奈桜のリハビリを手伝いたいと思うように、他にも奈桜のリハビリを手伝いたいと思っているものは多いという事。
仮に早い者勝ちになったとして、教師と生徒という立場上、どうしても独り占めするなんてことはできないことが予想されること。
つまり、奈桜のリハビリの時期が彼女の口から出た瞬間に、千冬の企みは水の泡になるということだ。
「……なんでさっきそれを言わなかったんだよ、シャル。」
「だって、他に良い案が思い浮かばなかったし、何を言おうとしても藪蛇になりそうで……逆に聞くけど、一夏は他に良い案とか思い浮かばなかったの?」
「……悪ぃ、正直に言うと俺もIS訓練以外のことは思い浮かばなかった。確かに何を言っても藪蛇だなこれ、すまん。」
「ううん、気にしないで。これは誰も悪くない……そう、事故なんだから。忘れよう、一夏。」
「ああ、そうだな……」
実の弟にこんなことを言われながらも、一方で千冬は上機嫌で部屋に戻っていた。
いつもと同じキリッとした顔付きながら、頭の中では既に奈桜に感謝される想像でいっぱいだった。花畑だった。とどのつまり、今日も今日とて彼女はポンコツだった。
「お、お、お、お母様!こ、これでどうでしょう!」
「ん……?鈴ちゃん、これもしかしてセシリアさん、また何か入れませんでした?」
「……止めたのよ?一応止めたんだけど……リンゴ酢とミントとバニラエッセンスとハチミツが入ってる。」
「どうでしょうか!?」
「えっと……チョイスは悪くないんですけど、色々入れすぎて紅茶の味が殆ど分からないですね。あはは。」
「だから言ったじゃないの。」
「うう……」
千冬があれこれと画策している頃、その対象となる奈桜はと言えばセシリアと鈴音の部屋で彼女達からもてなしを受けていた。
とは言うものの、実質はセシリアの成長具合の確認である。
元々千冬を凌ぐほどの壊滅的なセンスを持つセシリアの料理は、その場で思いついたものを何でも入れる、最後の味付けや色付けで無理矢理イメージに近付ける、と言った悪癖のせいで人を殺せるレベルの物質が生まれていた。
しかし奈桜の精一杯の指導によって最近では毒性の除去には成功しており、味はともかく人が口にしても害は無いレベルにまで達していた。
少しずつその料理に合う味付けについての知識も付いてきたが、しかしやはり何でも入れたがる癖だけは治らない。
あと少しなのだが、ここが難関であった。
「前にも言いましたがセシリアさん、味付けというのは非常に繊細なものです。きっとセシリアさんの事ですから、私が以前教えた『何かを加える際には一々味見をする』という約束を守ってくれていたとは思います。
ですが、やはり引き際というものも大切なんです。一度崩れてしまった味付けを直すことは最初から作り直す方が早いほど困難です。
きっとこれも一度崩れてしまった味付けをなんとか直そうとした結果だとは思いますが、間違えてしまったら作り直すという選択肢も頭に入れておきましょう。
幸い今回の対象は紅茶ですから、手間も少ないでしょう?」
「は、はい……分かりましたわ……」
「安心してください、少しずつ上達していますよ。あとは欲張らないことだけです。直ぐに上手になれます。」
「まあ、確かに普通に飲めるだけ前よりはマシよね……うん、不味いけど飲める。」
「うぅ、複雑ですわ……」
とは言うものの、やはりこれは大きな進歩である。
食べることすらできないのと、食べることができるという差はあまりにも大きい。作っている人間にとっては尚更だ。出来は酷いとは言え、それまでの努力は褒められるべきものであることに変わりはない。
むしろ他者に散々な評価をされながらも、それでも諦めることなく努力を続けてきたというのは素晴らしい事だ。
だから奈桜は彼女を褒める。
彼女がこれからもその努力を続けられる様に、それまでの努力が無駄ではないと思えるように、彼女を褒める。
「セシリアさん、きっと自分自身ではなかなか分からない感覚だとは思うのですが、自分が苦手な事にも努力が続けられるというのは凄いことなんですよ?きっと私が居ない間も練習は続けていたんでしょう?」
「それはそうですが……」
「人は他人よりスタートラインが遅れている事柄に関してはなかなか手を付けようとはしないものです。努力をしても追い付くまでの距離を考えると簡単に挫折してしまいますから。ですから、それでも前を向いてひたむきに努力を続けられるセシリアさんを、私はとても素晴らしい人だと思っているんですよ。」
「お母様……」
「ん、まあ確かにそれは私もママに同意ね。私がセシリアの立場ならとっくに諦めてると思うし。」
「鈴さん……」
「ですから、これからも頑張りましょう。セシリアさんが頑張っている限り、私もセシリアさんのために頑張りますから。」
「私も、味見くらいなら手伝ってあげてもいいわよ。口に入れられる出来にはなってきたしね。」
「〜っ!!わ、わたくし!これからも練習を頑張りますわ!いつか必ず、絶対に、お2人が美味しいと言えるものを作りますわ!」
決意に満ちたセシリアのそんな宣言に、奈桜と鈴音は顔を見合わせ笑い合った。
「ふふ、その宣言を私が忘れないうちに作って欲しいものね。」
「いえいえ、セシリアさんなら必ず出来ますよ。私も期待させて待たせて貰いますね。」
実に実直で、単純で、だからこそ可愛らしいと思える素直な性格をしているのが彼女だ。そんな彼女だからこそ手伝ってあげたくなるし、手伝っていてやり甲斐がある。
最初は好きな人に喜んでもらうために始めたこの努力も、次第に彼女自身の強い意地によって成り立っていた。そしてそこに、自分を励ましてくれる人ができた。
きっと彼女はこれから先も努力を続けるだろう。
……セシリア・オルコットが料理できない陣営から抜け出す日は近い。
セシリアさんの料理を改善させた奈桜を凄いと取るか、むしろそこまで奈桜が付きっ切りでやらないと改善できないセシリアさんが凄いと取るか……
料理できない陣営のメンバーは残り誰が居ますでしょうか……
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し