……波乱万丈が予想されます。
「言うなればこれは!私が!お前に向けて書いた!ラブレターだ!!」
「え、えぇぇえぇぇえぇぇ!?!?!」
自分が書いた手紙が他者から貰ったラブレターであると勘違いされてしまった千冬が衝動のあまり引き起こした突然の微告白。
これには朴念仁気味である奈桜であっても動揺を隠せなかった。
「ち、千冬さんが私にラブレターですか……!?」
「そ、そうだ!悪いか!?私がお前にラブレターを書くのはおかしいことか!?」
「わ、悪いことではないんですけど……あう……」
グイと強引に手渡されたその手紙を両手で持ち、顔を真っ赤にしながら俯く奈桜。
忘れている人もいるかもしれないが、そもそも奈桜は男だ。
異性から直接好意を伝えられたりすれば照れもする。
それに彼は同じ男から告白されたことは多いが、女性から好意を寄せられたことはあっても、こうして直接的に告白されたという経験はあまりない。
しかもその相手が千冬となれば尚更だ。
こんな人前で告白されてしまったからという恥ずかしさもあるが、それよりなにより彼女自身もどうしたらいいのか分からなかった。
嬉しさはある。
混乱もある。
困惑もある。
けれどやはり驚きの方が強い。
まさか一番身近にいた彼女が自分にそんな気持ちを抱いてくれていただなんて、奈桜は全く予想していなかったからだ。
「……あ、あの、千冬さん?その、まずこの手紙を読んでみてもいいですか……?」
「あ、ああ。構わない。」
何故か自分よりも焦っているような千冬の様子を不思議に思いながらも手紙の封を開ける奈桜。
彼女の気持ちに対してどのような答えを出したらいいのか分からず、なんとか自分の気持ちを整理しようと思っての行動だ。
そうしてラブレターというにはあまりに簡素な用紙を一般的な茶封筒から取りだし、目を通す。
そうして5分ほど。
30行程ダラダラと綴られた長々しい文字列を何度も何度も見返して。裏にも何か書いていないのか、もしかしたら封筒の中にもう一枚入っていないかなど、何度も何度も確認して……
チラチラと何度もどこかふわふわとしている千冬の顔を伺いながら、それでも何の反応も示してくれない彼女の真意が分からず。
けれどそんな中でも1つだけ確信できたことがあって。
それまで真っ赤に紅潮していた顔色を元に戻した奈桜は、両手で顔を覆い隠して脱力した。
(これ、ただの感謝状だ……)
てっきり愛の言葉みたいなことが書いてあるのかと少しだけ期待して開いたその手紙には、日頃の感謝とその感謝に至るまでの経緯が、本当に余す所なく長々と書かれているだけであった。
その手紙のどこにも自分への愛の言葉どころか、甘い言葉の1つもない。何の面白みもないと言うと失礼だが、全体的にとても堅苦しく、遊び心の1つもない。まるで会社同士のやり取りのような手紙だ。
"感謝状"という言葉がこれ以上に似合うものもなかなか無いだろう。
ジトリとした目で千冬の方を見てみるが、彼女はやはり今も顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせているだけである。
こんな状態では奈桜でなくとも先程の言葉が彼女があまりの焦りによって思わず口走ってしまったものだと分かるだろう。
……残念ながら奈桜はそれを『つい本音を口走ってしまった』ではなく、『緊張のあまり適当なことを言ってしまった』と解釈してしまったが。
「もう……千冬さんは酷い人ですね。こんなにもドキドキとしてしまった私の気持ちを返して欲しいです。」
「え?……へ?あ、綾崎……?」
「ふふ、お礼の気持ちを伝えるだけで緊張し過ぎですよ。感謝のお手紙をラブレターだなんて……私だから良かったものの、こんなこと他の人にしたら怒られちゃいますからね?勘違いさせるような事をしてはダメですよ。」
「い、いや!アレはそうでなくてだな……!」
「ちがうんですか……?」
「そ、そうでは、あるんだが……」
「もう、私だって怒る時は怒っちゃうんですから。そういう意地悪は私もやーですよ?」
「……す、すまない。今後は気をつける……」
こんな時でもやはり織斑千冬はヘタレだった。
自分の気持ちを未だ完全に自覚できてはいないだとか、これまでそういった経験が全く無かった、というのは勿論あるだろう。しかしそれでも先の言葉が全くの嘘ではないということには自分自身でも気付いていたはずだ。
その証拠に、奈桜に自分が他の男からラブレターを受け取ったなどと勘違いされる事に酷い不快感を抱いたのだし、こんな堅苦しい手紙ではあっても書いていた時には本当に一晩中奈桜のことだけを考えていた。
もう最近ではその一言一言に柄にもなく動揺してしまうし、些細な仕草であっても見惚れてしまうようなことも増えてきた。
ただ『教師と生徒』『保護者と被保護者』という立場による理性が千冬を抑えているだけで、心はもう完全にそちらへ向いている。
それなのに、こんな2度とあるかどうかも分からない程の絶好のチャンスを前にして千冬はヘタレた。
ヘタレてしまった。
それきり会話はまた途切れてしまった。
奈桜も話しかけづらくなってしまい、
それを見ていた6人も揃って溜息を吐いてしまう。
「織斑先生……なぜ、なぜそこでヘタレてしまったんですか……!!」
「いや、あの、そもそも僕達全く話について行けてないんだけど……」
「え?これ千冬姉どういう状態なんだ?」
「千冬さんは母さんの事が好きだったのか?いや、だが同性だぞ……?」
「箒さん、今は世界中で同性婚が認められている時代ですのよ?そ、そ、そういう関係があっても私は良いんじゃないかと思いますわ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!(え?え?綾崎は箒のお母さんで、千冬さんは箒のお姉さんの友人で、千冬さんは綾崎の事が好きってことは……つまりこれは友人のお母さんを好きになってしまったという禁断の関係……!?な、なによそれ!そんな修羅場みたいな関係……き、気になる……!!)」
壮大な勘違いを未だに続けている鈴はさておき、各々が自分の理解を超えた目の前の出来事に困惑驚愕動揺と様々な感情を震わせていた。
一方でついさっき目の前で想い人が告白されかけたという光景を目にしてしまったラウラはと言えば……
(やっぱりヘタレましたか教官……)
と、どこか達観したような表情でかつての師を見ていた。
(一瞬ヒヤリとしましたが、私は信じていましたよ。きっと教官ならばやらかしてくれるはずだと……!)
あまりにも失礼な物言いではあるが、実際にやらかしたのだから千冬だって何も言えまい。
この日結局、2人の関係は完全に修復されることはなく、千冬に至ってはむしろ余計に奈桜に話しかけづらくなってしまった。
しかし、相変わらず奈桜から千冬に対しては完全にオープンであるため、千冬さえ勇気を振り絞ればいつでも受け入れてくれる状況のままであったことは何より幸運か……
他にも変わった事があるとするならば……
(ど、同性同士の恋愛だと……?)
(そ、そういうのもアリなんですわよね……?)
(え、千冬さんがそういう趣味なら、一夏も似たような性的趣向を持ってたりしてないよね……!?)
(ゆ、友人の母親との禁断の百合……)
思春期真っ只中である何人かの生徒達がそういう事に少しだけでも興味を持ち始めてしまったことだろうか。
昔書いてたオリ小説を見ながら『素人の癖に私天才か……?』と疲れた自分を慰めてたら3日経ってました……
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し