臨海学校当日、一同はバスに乗ってとある浜辺を目指して移動していた。
バスの中では当然生徒達ははしゃぎ倒しており、それを時折教師が咎めながらも本気で注意するわけでもなく、皆各々にこの移動時間を楽しんでいた。
……とある人物を除いて。
「…………(冷汗ダラダラ」
「〜〜♪(ニコニコ」
「…………(冷汗ダラダラ」
「〜〜♪(ニコニコ」
バスの出入り口の目の前の席。
周囲からは死角になっているその席に、1人の教師と1人の(見た目)女子生徒が座っていた。
教師は顔色悪く冷汗をダラダラと流しながら微動足りともせず、一方で女生徒の方はニコニコ笑顔でジーっとそんな隣の教師のことを見つめていた。
(……私は何かしてしまったのか……!?)
ギギギギギッと首を動かして横を見れば眩しいほどの満面の笑み。怒っているようには見えないが、それだけ一心不乱に見つめられてしまえば気のせいではあるかもしれないが、多少なりとも威圧感のようなものも感じてしまう。
最も生徒に対して注意のしやすい席だと思ってこの席を陣取ったのだが、山田先生が座るはずだった隣の席に突然奈桜が乗り込んできた。驚愕のあまり山田先生を探せば彼女は笑顔で生徒達の中に混じって座っており、その周辺にいる生徒達と一緒にこちらに手を振っていた。
それからはずっとこの状態である。
いつも背筋を伸ばして生活はしている筈だが、そんな普段よりも更に背筋を伸ばして、拳を握りながら必死に視線を前に向けている。もう20分近くこんな感じなのだが、奈桜はそれでもずっと千冬のことを見つめていた。
……まるで何かを待っているかのように。
「……あ、綾崎……?」
「ふふ、やっと話しかけてくれましたね。なんですか?千冬さん。」
「い、いや……なぜそんなに私を見ているんだ……?」
「だって最近は滅多に私とお話ししてくれないじゃないですか。人間は忘れる生き物ですからね。千冬さんの顔を忘れないよう、こうやってしっかりと私の記憶に焼き付けてるんですよ?」
「そ、それは……光栄ではあるんだが……」
「千冬さんはいいんですか?」
「……なにがだ?」
「千冬さんも私の顔、しっかり見ておかなくても大丈夫ですか?ってことですよ♪」
「〜〜っ!!」
そんな魅惑的な台詞を言いながら顔を近づけてくる奈桜。
いつからこんなに小悪魔になったのか、千冬は顔を真っ赤にしながら窓側に追い詰められる。
……まあ、小悪魔に見えているのは普通に千冬の思い込みであり、奈桜からすればちょっとした冗談のつもりだったので、突然窓側に張り付き始めた千冬に『?』マークを浮かべて微笑むだけなのだが。
「……はぁ、本当に最近の私はダメだな。お前の言動1つにこれほど動揺させられるとは。」
「私だって寂しさくらい感じるんですよ?千冬さんってば、ちっとも部屋に戻ってきてくれないんですから。今回の臨海学校の部屋割りだって別々にされちゃいましたし。」
「そ、それは仕方ないだろう!一夏を女生徒と一緒の部屋にするなど……!」
「箒さんと2人部屋の時もあったじゃないですか。それになにより、私だってそうなんですよ?もしかして千冬さん、私と会っていない間にそのことも忘れちゃったんですか……?」
「わ、忘れるはずなどあるものか!!私が日頃どれだけお前のことを考えていると思って……い、いや、今のは忘れろ!なんでもない!本当になんでもないんだ!!」
「そ、そんなに私のこと考えてくれてるんですか……?直接そう言われてしまうと、なんだか照れちゃいますね♪」
「あああぁぁぁ……!違う!いや違わなくはないんだが、私はお前にもっと頼りになるところを見せたいのに……ぅぅう!」
「むー、これでも私は千冬さんのことすっごく頼りにしてるつもりなんですけどね。最近は単に千冬さんが側にいてくれないから頼れないだけです。」
「うぐっ……」
何度自爆をすれば気がすむのか。
臨海学校早々、千冬は盛大に爆発していた。
しかし奈桜に頼りになる所を見せたいというこの思考回路は、一夏の奈桜にカッコイイ所を見せたいという考えと似通っており、そして2人とも最後には盛大に失敗するという所まで含めて、彼等は似た者同士の姉弟であった。
「はい、それでは皆さん。今日からお世話になる花月荘さんに挨拶しましょうか。よろしくお願いします。」
「「よろしくお願いします」」
「あらあら、これはご丁寧に。皆さんもゆっくりしていって下さいね。」
如何にもな高級旅館の人の良さそうな女将さんは、元気よく挨拶をした一同を微笑ましげな表情で挨拶を返してくれた。
生徒達がワイワイと自身の部屋へ向かっている中、そんな女将さんと和やかに世間話をしている人物が1人……
その人物はバスの中でのダメージを未だに引きずっているポンコツと、騒ぐ生徒達をなかなか治めることができずアタフタとしていた副担任の代わりとなって女将への挨拶を行った……奈桜である。
「すみません、お騒がせしてしまって。皆さん今日のことを本当に楽しみにしていましたので、少しばかり高揚してしまっているみたいなんです。」
「いえいえ、これも毎年のことですから。それに、これだけ喜んでくださるなら従業員としても頑張っている甲斐があるというものです。先生さんこそ大変でしょう?これだけの人数の生徒さん達を纏めるだなんて……先程は素晴らしい手際でしたね。」
「ふふふ。実は私、先生じゃないんですよ。」
「え……?」
チラリと見た先には部屋割り表にミスがあることが発覚し慌てる真耶と、漸く意識を取り戻して即席で割り当てていく千冬の姿。
女将さんは2度ほど目の前の少女とその光景を往復させて、首を傾げる。
「えっと、もしかして生徒さんだったのかしら……?ごめんなさいね、貴女があまりにも大人びて見えるものだから私ったらつい勘違いをしてしまって……」
「いえいえ、そう言っていただけるなら私も嬉しいです。さっきの件に関しては私も出過ぎた真似をした自覚がありますから……紛らわしいことをしてしまって、こちらこそ申し訳ないです。改めて、今日からよろしくお願いしますね。」
なんだか喧しく騒ぎ立て始めた本物の教師達を一目見て、目の前の丁寧なお辞儀をしてくれているあまりにも大人びた生徒を見て……女将は先ほどの反省はあったものの、やはりこう思った。
自分が間違えたのも仕方のないことではなかったのだろうか、と。
なお、そのことに関してはこの会話を密かに聞いていた周囲の生徒達も同様のことを考えていたという。
「うーん……あ、織斑先生。申し訳ないんですけど、部屋割りを割り振り直したら織斑先生と綾崎さんが同部屋になっちゃいました☆」
「な、なぜだ!なぜそうなる!?絶対におかしいだろう!!」
「それでは篠ノ之さん達、後はよろしくお願いしますね♪」
「なにを……お、おい篠ノ之!?セシリア!?凰までか!?お前隣のクラスだろう!?は、離せ!何故お前達は無言で私を部屋に連れて行くんだ!!離せぇぇ!!」
一方で生徒をまとめることに失敗した真耶であったが、こっちでのファインプレーは最高に光っていた。
なお、今回の世界線では箒ちゃんは束さんに専用機の依頼は全くしていないわけですが……
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し