IS - 女装男子をお母さんに -   作:ねをんゆう

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言ってませんでしたが、この章の主役は千冬さんです。


60.楽しく危うい臨海学校編 - 頼りたい人と頼れる人 -

織斑千冬が全力を尽くしたことによって多くの被害が出たビーチバレー大会も最終的には丸く収まり、一同は改めてこの小旅行を楽しんでいた。

 

臨海学校とは言うものの、その実態はやはり小旅行に近い。小旅行と言えば生徒の楽しみはやはり夜の宿での時間だろう。

各々がこの日だからこそできる恋愛話に華を咲かせたり、自分の性癖を暴露したり、子供の様に枕投げを楽しんだり……普段とは違った環境に羽目を外し、友人達のまた違った一面や秘めた心情を垣間見ることができるのだ。

 

……さて、そんな楽しい楽しい旅行であるが、そんな中で1人だけ絶望の淵に立たされている生徒がいた。

その生徒の目の前には金髪美少女セシリア・オルコット、彼女は着替えとタオル、そして自身の化粧品を持ってニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「お母様♪一緒にお風呂に参りませんか♪」

 

「……ぐふっ……」

 

忘れてはいないだろうか。

綾崎奈桜、彼女の正体は限りなく女性に近い容姿をしているただの男性である。

なんやかんや事故もあって更に女性に近付いたりしたが、それでも彼女は男性だ。……もとい、彼は男性だ。

 

下にはあるべきものが付いているし、同世代の女性の裸体を見て平静で居られるほどに達観しているわけでもない。もちろん焦る。

 

いつもは大浴場は使わずに自室のシャワーで済ませているが、今日ばかりはそうもいかない。ここはホテルではなく旅館であり、一部屋に1つシャワーが付いているなどと言うことはもちろん無い。否が応でも大浴場を使わねばなるまいし、いくら男湯があるとは言え、彼の容姿で男湯に入るのはそれはそれで問題になってしまう。

 

……つまり、この旅館には彼に適した浴場というものが存在しないのだ。どちらに入っても問題になる。

 

「え、えっとセシリアさん?ま、前にも言いましたが、私は人前で肌を晒すのに抵抗がありまして……」

 

「ですがお母様、ここには個室のシャワールームは存在しません。どちらにしても大浴場を使うことになりますし、今の時間なら人も少ないので絶好のチャンスですのよ?」

 

「あ……そこまでセシリアさんは考えていてくれたんですね……」

 

「当然ですわ!わたくしがお母様が肌を晒すことを苦手としていることを忘れるはずがありませんわ!」

 

「……ありがとうございます、セシリアさん。」

 

セシリアの配慮が奈桜は素直に嬉しかった。

自分を誘ってくれただけではなく、自分のためにわざわざ浴場の様子を見てきてくれていたのだ。自分を大切に思ってくれていることが伝わってきて、こんなの嬉しくない筈がない。

 

……ただ、

 

(……こ、断りにくい……!)

 

今回ばかりは断らなければいけない。

例え彼女を傷つける事になっても断らなければならない。

その一線だけは超えてはいけないからだ。

 

今でさえも大いに不誠実を働いているにも関わらず、更に彼女を騙して裸体を見るだなんて絶対に許されないことだ。

 

というかそもそも、そういったことを全く事前に調べておかず、今日の今日まで何の対策もしていなかった自分が悪い。

なんとなくどうにかなるだろうと、全く思考の外にそのことを追いやっていた昨日までの自分を殴りつけてやりたい。

 

(……そ、そうだ!千冬さんなら……!)

 

そういえば、と思い立ったのが今日の朝にバスの中で聞いた千冬の言葉。

 

『私が日頃どれだけお前のことを考えていると思って……!』

 

自分が男だということを忘れていないか?と、少しばかりムッとしながら奈桜が尋ねた質問に対して彼女が答えた言葉だ。

 

それだけ自分のことを考えてくれていたのなら、こういう時のことも見越して、何かしらの策を用意してくれているのではないだろうか?

もしこれが思い上がりではなく、千冬が本当に自分のことをそれだけ考えていてくれるのなら……!

 

奈桜は千冬に頼った。

生徒らしく、年下らしく、困ってしまったことを自分より大人な人間に頼ろうとした。

 

なによりも、心の底から本当に頼もしく思っている千冬に、

現状の自分にとって唯一頼れる保護者の様な千冬に、

奈桜はその状況ならば当たり前に、

きっと誰もが奈桜と同じ状況に陥れば当たり前にするように、

教師に、

大人に、

千冬に、

 

助けを求めた。

 

 

 

……それなのに、

 

 

 

「----------ぁっ……」

 

 

 

 

織斑千冬は『あっ、やべ』という様な顔をして部屋の隅からこちらを見つめていた。

 

 

 

 

「………セシリアさん、ごめんなさい。私はやっぱり後で旅館の人に頼み込んで、皆さんが入り終わった時間帯に入ろうと思います。」

 

「そ、そうですの?……お母様、それほどに苦手なのですか……?」

 

「ええ、セシリアさんが私の事を考えて誘って下さったのに、本当にごめんなさい。この埋め合わせは……そうですね、よければ夜眠る前にまたこの部屋に来て頂けますか?肩凝りに効くマッサージとか教えちゃいますから。」

 

「ああもう、そんなに気になさらないでも構いませんわ。……で、ですが、それは本当に教わりたいので是非お願いしたいですの……!」

 

「ふふ、お任せください。それではまた後で。」

 

一度頭が冷えてしまえば色々と案は出てくるもので……多少強引ではあったが、それでもセシリアを傷付けることもなく場を丸く収めることができた。

 

……そう、一度頭が冷えてさえしまえば。

 

 

「す、すまん綾崎!!私としたことがすっかり忘れていて……!!」

 

 

千冬はセシリアが部屋を出て行くとほぼ同時に泣きつく様にして奈桜の元へと謝りに走った。

……しかし当然のように奈桜は笑っていた。

いつもと変わらない優しい笑顔で。

 

「いえ、お気になさらないで下さい。私も自分の事なのに旅館の下調べも何もしていませんでしたから、流石に今回ばかりは自覚が足りませんでしたね。反省しています。」

 

「な、なんか余所余所しくないか……!?わ、悪かった!私は本当にお前のことを疎かにしていたわけでは……!!」

 

「もう、大丈夫ですよ。私はこの通り、全然気にしていません。」

 

「ほ、本当か?本当に怒ってないんだな!?」

 

「そもそも自分にも責任があることなのに、理不尽に他人に怒ったりする筈がないじゃないですか。

だからそんなに謝らないで下さい……"織斑先生"♪」

 

「ごふっ……」

 

あまりにも重い一言が、千冬の胸に突き刺さった。

 

「それでは"織斑先生"、私は旅館の方に交渉してこようと思います。ついでに付近の散策等もしてこようと思いますので、夕食後までここには戻ってこないですから。くれぐれも戸締りには気をつけてくださいね?」

 

奈桜はそう言って最後まで笑顔で部屋を後にした。

なんとなく威圧感の感じる、そんな笑顔で……

 

「………ぅ、ぁ……」

 

後に残された千冬は、呆れるほどに真っ白に染まっていたという。

 

 

 

 

「……はぁ、やっぱりダメでしたか。でも当然ですよね。従業員さんの入浴や清掃もあるのに、1人の我儘で浴場を独占するなんて許されないに決まってます。」

 

旅館との交渉の結果、やはり断られてしまった奈桜はトボトボと廊下を歩いていた。

海にいたせいで髪や体は汗と潮風によってベトベトで、本音を言えば今すぐに洗い流したいのだがそういう訳にもいかない。

かと言ってこのまま放置するなんて衛生的にも絶対に許されないし、奈桜は完全に途方に暮れていた。

 

もうこうなったら外のホースで水浴びでもしようか……

 

そんなことを本気で考え始めた時、チラリと視界の端に何かが映ったことに気が付いた。

 

階段の下、恐らく倉庫でもあったであろうその位置に、和風なこの旅館にはあまりにも似つかわしくないピンク色のファンシーなエレベーターがキラキラと輝いていた。

 

……いや、奈桜の記憶が正しければこの旅館にそんなものは無いはずだし、そもそもここは二階建だ。エレベーターなんてある必要性すらない。というかあまりにもセンスが悪くて、景観も雰囲気も台無しだ。もし旅館の人がこれを意図的に作っていたとしたら、今直ぐその犯人はクビにするべきという程に。

 

あまりにも異質なそれに、しかし少しだけ好奇心をそそられた奈桜は、不思議に思いつつも近寄ってみる。

木造の建物になぜこんな金属感満載の構造物が……

 

そうして恐る恐ると人差し指でエレベーターに触れてみると……

 

『釣れたァァ!!』

 

「ふぇっ!?」

 

ガバァッ!と何故か口を開けるように縦に開いたエレベーターの扉から巨大な人間の手のようなものが飛び出し、奈桜の身体を完全に掴んで中へと引きずりこむ。

あまりの速さと力強さに奈桜は一切の抵抗をする事もできず物凄い浮遊感を感じながら下へ下へと引きずりこまれていく。

 

「ぴゃぁぁあぁあぁあ!!!!誰か助けてくださぁあいいい!!」

 

エレベーターにしては少しばかりショッキング過ぎるアトラクションに、流石の奈桜と言えど恐怖を感じていた。

 

……そして奈桜は気付かない。

落下している最中、小さなマジックハンドによって徐々に着ていた衣服を脱がされていたことを。

 

 

「きゃあぁぁぁあ!!」ドッボーン

 

 

突如として落下が止まり、乱暴に投げ込まれた先は妙に暖かい湖のような場所だった。

水深はそれなりにあるが溺れる程ではなく、水温はむしろ快適に近い。

特に怪我をすることもなく、衣服を着用していないので動き難いということもなく、色々と思うところはあれど不思議に思った奈桜が水面から顔を出すと……

 

 

 

「やぁやぁ、久しぶりだね〜♪束さんが居ない間も元気にしてたかな?なーくん♪」

 

 

 

以前奈桜のトラウマを呼び起こした自称"最大の理解者"こと篠ノ之束がそこにいた。

同じように湯船に浸かりながら、以前と同じ、とても嬉しそうな顔をして……

 




千冬さんの株はもうこれ以上下がらないから……!
あとは上がるだけだから……!!
今は溜めてるだけだから……!!!

次の日常パートについて(1)

  • 一夏+αと買い物デート
  • 箒と負けない花嫁修行
  • セシリアと優雅にティータイム
  • マドカとドキドキお泊り会
  • 千冬の奮闘恩返し

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