「……あ、あれ……?私、なんで戻ってきてるの……?ってああ!ごめんセシリア!大丈夫!?」
「り、鈴さん……女性の顔面を殴るのは流石に許される行いではありませんよ……」
「だ、だからごめんって!あーあー!」
突然強制ログアウトをさせられ、気付いたらとんでもない勢いでセシリアの顔面に拳を突き出していた。
何を言っているのかは分からないが、流石にこれはヤバイと思ったのか鈴は涙目で鼻を抑えるセシリアを抱きしめて背中を撫でながら必死に謝る。
なんだかその仕草1つでさえ彼女も段々と奈桜の影響を受けてきているようで、それは拳を受けても過激に怒らなくなったセシリアの成長も含めてだが。
「……っていうか、なんで私強制ログアウトさせられたのよ?私まだ負けてないわよね?」
「いや、お前の負けだ凰。画面を見てみろ。」
「え……あれ?え、なんで……?」
千冬に言われるがままにセシリアを抱きながら鈴が画面に目を向けると、確かにそこにはエネルギーゲージが0となりLOSEの文字が表示されている。
しかし鈴は試合開始と同時にログアウトさせられた、そんなことはあり得ない。
「……ラウラ、見えたか?」
「瞬時加速に零落白夜の発動、そこまでは辛うじて見えたが、そこから先は殆ど見えなかった。」
「そこまで見えただけでも十分だ。私が見た限りではその後、篠ノ之流剣術・双葉ですれ違いざまに首筋を2度斬られている。縮地に関しても徹底的にIS戦闘に適した足運びだ、あんなもの殆ど暗殺術だろう。」
「……えっと、箒なら防げそう?」
「……まあ、機体によるな。恐らく通常の打鉄程度ではこちらの反射に付いてこられない。いくら搭乗者が優秀であろうとも、機体のスペックがそれなりに高くなければ初見であれから生き残る事は不可能だ。」
「え、えっぐいわね……過去の千冬さんの試合が大抵数秒で終わってたのはそういうことだったのね。当時の第1世代の機体でそんなスペックのもの殆ど無かったんじゃない?それは優勝するわ……」
「うわぁ、機体の性能も機動力全振り……これと比べたら一夏の白式のスペックはまだ良心的なのかもね……」
「この機動力では私のような中遠距離タイプは距離すら取らせて貰えなさそうですわね……取れたとしても一瞬で詰められそうですが。」
「千冬姉ってほんとにやべぇんだな……」
各々がNPCとは言え再現された全盛期の千冬の恐ろしさを口にする。しかしそこには本当に諦めや絶望の情があるわけではない。
どこに突破口があるのか、どうしたら少しでも食らいつけるのか、彼等は集まって真剣に頭を捻らせていた。
……一方で千冬は久々に尊敬されて満更でもない顔をしていた。結局武力でしか尊敬されていないが、それでいいのか織斑千冬。
「まあ、流石にSランクに分類されてるだけあるよな。第2回モンド・グロッソの優勝者の人でさえAランクだったのに。あの、あの人なんだっけ……アイシャさんだっけ?」
「アリーシャよ、アリーシャ・ジョセスターフ。ちなみに私とシャルはD、ラウラと箒がCだったわよ。セシリアと一夏はEね。」
「ぐふっ」
「く、悔しいですわ……」
「いや、お前達の場合は機体がピーキー過ぎるのが原因だろう。例えばオルコットが私のシュヴァルツェア・レーゲンと同程度に戦闘向きな機体に乗っていれば、間違いなくCだ。その程度に中遠距離専門の操縦者としての実力はある。」
「うん、僕もそう思うよ。むしろセシリアの場合は射撃型実験試作機なのに、シングル戦で普通に戦えてるのがおかしいんだよね。」
「セシリアの立場を考えれば仕方ないことかもしれんが、勿体ないとは私も常々感じている。」
「ま、まあ、ブルー・ティアーズにもまだまだ伸び代がありますから……!わ、私もまだまだですしっ!?」
突然褒められる流れになって嬉しくなったセシリアは、殴られて赤くなった鼻を更に赤くしながら謙遜した。
段々と淑女のいじらしさを身につけてきた彼女はそんなところも可愛らしくて、鈴は思わず腕の中で赤面するセシリアの頭をわっしわっしと掻き回す。
「それで貴様等、これからどうする?今日はこれで切り上げるのか?」
「え、あ、待ってくれ。悪いんだけど千冬姉、俺一個だけ確かめてみたいことがあるんだよ。」
「確かめてみたいこと……?」
セシリアと鈴がイチャイチャとしている横で、一夏が珍しくこの女性だらけの環境の中でも強い興味を示していた。
そんな一夏の行動に首を傾げる一同だが、話を聞けば一夏の疑問は当然だった。
「あのさ、鈴は気付いてたかもしれないけどさ、ランクSの欄に千冬姉以外にもう一人いなかったか……?」
「なに……?」
「あ、そういえば……」
一夏が気になったのはそれだった。
唯一のSランクと思われた千冬の隣に何故かもう一人だけ、しかし真っ黒なシルエット状になっている姿があった。
……あのアリーシャよりも上の位置に、千冬の他にもう一人。その人物だけはセレクト画面上では名前どころか写真すら存在していない。
「私、てっきりゲームによくあるランダムボタンみたいなのかと思ってたわ。あれ選択できるキャラクターだったのね……」
「ああ、多分だけどな。流石に気になるからさ、あれだけちょっと試してみてもいいか?」
「……いや待て、その役目は私にやらせてくれないか?一夏。」
「箒……?」
てっきりこういうものに興味がないと思っていた箒が名乗り出たことに、一夏は驚いた。先程の立候補の際に彼女だけが手を挙げなかったことも理由の1つだ。
そんな彼女が、何故か今回ばかりは真剣な顔をして装置を見つめている。
……何かに感化されたのだろうか。
一夏は探るように箒の表情を伺う。
「……なに、特に深い理由があるわけではない。ただ、どんな機体を使っても自由という条件でならば、この中では恐らく私が最も生き残れるだろうと思っただけだ。」
「……分かった。頼んだ、箒。」
「ああ、任せてくれ。」
そう言って壁に背を預け、立てた片膝に肘をついた妙にカッコいい姿勢で箒は仮想世界へと潜り込む。
選んだ機体は勿論使い慣れた打鉄……ではなく、白式だった。
恐らく少し前に話した機体の性能によって対応できなくなる攻撃というものへの対抗策だろう。
なんだかんだ言っても白式は初心者の一夏が初見でセシリアの狙撃を避けることができるほどに伝達速度は速い。武装が剣のみであっても、箒にとっては特に問題のないことである。なによりずっと隣で見ていたのだから、打鉄ほどではなくとも機体への理解が多少はあったのが大きな理由であった。
全盛期の織斑千冬という最高の見本を見たことによって、間違いなく今の箒はランクBに近い実力を持っていると言っても過言ではない。これならば確かに例え相手が全盛期の千冬だとしても、少しの間ならば生き残ることもできるだろう。
転送されたステージは草原だった。
障害物も特に無く、見晴らしも良く、朝日の傾く赤い水平線の見えるそんな世界で、持ち上がる太陽を背に向けて立っている人影が1つあった。
長い髪を靡かせて、乗っている機体は光を全く反射しない純粋な黒……しかし武装はブレードとショットガンと非常に単純なものだ。
だが不思議と、その武装1つにすら恐ろしいほどの威圧感を感じる。
作られた仮想の存在であるにも関わらず、箒に冷や汗をかかせるほどにビリビリと強烈な殺気をぶつけてくる。
逆光によって見えなかったその人物の体が、急速に天へと登る太陽によって段々とその姿を現し始めた。ステージの演出であることは間違いないのだが、偶然にしてもこれ以上に雰囲気に合った演出はなかなか無いだろう。
……見慣れた顔だった。
けれど、それは見慣れた表情ではなかった。
いつも優しく微笑んでいた表情はどこにもない。
ただ身も凍るほどに冷たい視線をこちらに向けている。
温かい雰囲気なんてどこにもなく、
彼女から感じられることなど有り得るはずのない明確な殺意を間違いなくこちらへと向けて、
暖かで柔らかだったその身体も、今やまるで男性の身体のようで……
「……な、なぜ母さんが……いや、というかあれは本当に母さんなのか……!?姉さんは一体何を考えて……っ!」
箒の困惑も関係なしに戦闘の合図が成されてしまう。
それでも咄嗟に切り替えることができたのは、剣道の試合などで培った経験故だろう。
……だが、合図が成されても奈桜だと思われる人物はその場から動こうとしなかった。
まるで先程再現されたFランクの優しい彼女のように……
(……分からない、分からないが油断はできない。どういう意図であの異様な母さんが実装されているのかは分からないが、少しでも知りたいのならば戦うしかない。
……ああそうだ、向こうから攻撃してこないのならばこちらから仕掛けるのみ!)
決意を固めた箒はまるで先程の千冬の再現を行うかのように瞬時加速を行った。
白式の超加速に見様見真似ではあるが千冬の縮地を利用して、出せる限りの最高スピードで篠ノ之流剣術・舞葉を繰り出す。
超高速の3連撃、大抵の相手ならば確実に1太刀を入れる事は可能なほどに、画面を見ていたラウラが一瞬千冬と重ねてしまうほどに研ぎ澄まされた技だった。
そしてその3連撃が奈桜によく似たその人物の身体に当たると思われた瞬間……
彼は表情1つ変えることなくブレードの背でその一撃を受け止めた。
『馬鹿なっ……!っぐあぁあっ!』
驚愕のあまり空中で停止した箒を流れるように地上へ叩きつけ、腹部を脚で固定しながら、何度も何度も至近距離から顔面めがけて散弾を撃ち込む。
零落白夜では無いのだから、IS 同士の戦闘が一瞬で終わることなど有り得ない。
だがそれでも、抵抗をしようと右手の雪片を動かそうとすればブレードで問答無用に吹き飛ばされ、顔面をガードしようと両手をかざせばショットガンをスナイパーライフルに変えて喉元に突きつけて撃ち込んでくる。
ゲージは恐ろしい勢いで減っていく。
これっぽっちも抵抗することができない。
それなのに相手は無表情のまま、何の感情もこもっていない目で抵抗する箒を見据えていた。
そうして試合が開始して3分も経つことなく、箒は強制ログアウトさせられていた。
結局この謎の人物はその場から一歩も動くことなく箒を完封した。
誰がどう見ても、NPCであるにも関わらず、手を抜いているのは明らかだった。
「……うっ、ぐ……」
箒は目の前が真っ暗になった状態で数秒の間フリーズしていた。
それなりに自分の力に自信はあった。
流石に千冬に追いつけるとまでは言わないが、彼女に少しではあるが近付けていると思っていた。
だが、完敗した。
手も足も出なかった。
最後には抵抗することもできず、ただただ嬲り殺された。
アレが手を抜いていたのは明らかだった。
そんな反省で頭がいっぱいになっていた箒だったが、ふと我に返って急いで装置を取り外し、テレビに映った画面の前へと這いながらでも近付いた。
飛び起きて確認した先の画面では、やはり間違いなく自分のゲージは0を示していた。
LOSEの下に示される自分と白式の名前。
だが、そんなことは今更だ。
自分が負けたということなど、自分が一番よく分かっている。
それよりも敵のことを知りたかった。
自分をあれほどボロボロにした圧倒的な強者。
自分の憧れるあの女性に良く似た姿を持つ、見たことも聞いたこともないその人物。
自分とは対照的にWINの下に示されたその相手の名前は……
【綾崎 直人/鉄涙】
「……誰、だ……?」
容姿と名字からして間違いなく奈桜の関係者である事は、この場にいる誰にとっても明白だった。髪が長くとも、その人物が恐らく男性であるということも想像がついた。
……だが、そんな人物は知らない。
そんな名前は聞いたこともない。
そもそも彼等は、自分達の話を奈桜にすることはあっても、奈桜の話を聞くことは極端に少なかった。
だから彼等は知らない。
奈桜に兄弟がいるのかとか、奈桜の親戚に男性操縦者がいるのか、など。
「2人目の、男性操縦者……?」
「そ、そんなこと有り得るの……?」
「……こいつは何者だ、篠ノ之束は何を知っている……?そして奴はこんなものを私達に渡して何を考えているのだ……?」
誰もが知らない謎の人物、
2人目の男性操縦者、
奈桜と関係のあるであろう人物、
そしてもし、そんな人物のことを知っている人間が束の他にいるとすれば、それは……
「……千冬姉……?」
彼女以外に存在しないだろう。
ただ、そんな彼女は顔を青くしながら画面をただひたすらに見つめていた。この場にいる誰よりも冷静ではないように見えた。
それは事情を知っているからだろうか、それとも正確なことを知らないが故の驚愕なのだろうか。
彼女は一夏の問いかけにも答えない。
答える余裕すら無いのかもしれない。
画面がフェードアウトしていく中でも、奈桜によく似たその少年は感情のこもっていない表情で薄っすらと開けた瞳をこちらに向けていた。
多分一番困惑してるの千冬先生だと思うんですけど
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し