なんだかんだとあった後、千冬は突然立ち上がり冷蔵庫にあったビールを全て飲み干した。
自分の頭の中では処理しきれない諸々からの現実逃避である、考えることを放棄した千冬は完全に脳死状態で教え子達にウザ絡みをし始めた。
「で?お前等あいつのどこがいいんだ?」
「「「「っ………」」」」
「は?」
一夏が皆の飲み物を買いに行きがてら奈桜を探しに行っている中、残った彼等がする話題はもちろん一夏について。
若干1名ベロベロに酔った千冬に冷たい目線を投げかけて辛辣な返しをした人物がいるが、それはさておく。
「まあ確かに、あいつは役に立つ。家事も一通りできるし、マッサージも上手い。綾崎と関わることでそのレベルも上がった。付き合える女は得だろうな。……どうだ?欲しいか?」
「「「「くれるんですか!?」」」」
「やるか馬鹿」
「「「「えぇぇぇ……」」」」
「ククク……」
上機嫌に一夏の自慢をするブラコン姉。
ビールは既に6缶目に入った。
ペースはいつもより大分早い。
「いいか?女ならな、奪うくらいの気持ちでなくてどうする。自分を磨けよガキども。」
「「「「「……は?」」」」」
いつもと違う千冬の雰囲気に困惑する5人。
しかしその一言にだけは反射的に反応した。
そしてラウラだけではなく、5人全員が冷たい目になって千冬を見つめ返す。
「……うっ、なんだお前達その顔は……」
「いえ、その……突然千冬さ、織斑先生が特大のブーメランを投げ始めたので、不覚にも呆然としてしまいました。」
「それに、少なくとも私達はお母様と交流を持ってからは常に自分を磨き続けていますわ。」
「確かにまだ積極的なアタックとかは出来てないけど……それでもねぇ?」
「あ、あはは……あれを見ちゃうとねぇ……」
「ヘタレの分際で何を偉そうなことを言っているのですか?奪いに行くどころか自分から避けていたのはどこの誰ですか?それに自分を磨くどころか、母上が居ない間に職員室の一角をゴミ置き場に変えた怠け者がいたそうですが?もう一度同じ言葉を同じ人から聞いてみたいものですが、復唱を願えますでしょうか?」
「……ラウラ、私にも心はあるのだぞ……?」
「言い過ぎました、申し訳ありません。」
「謝ればいいと思っているだろう、お前……」
各人からの非難の言葉とラウラからの強烈なボディーブローにより完膚なきまでに叩きのめされる千冬。
しかしそんな千冬に更に追い討ちをかけるように5人はこんな会話をし始める。
「ふむ、だが一夏が貰えないとなると仕方ないな。私は母さんを貰うとしようか。」
「な!抜け駆けは許しませんわ!お母様は絶対に渡しません!わたくしがイギリスに連れて帰ります!」
「馬鹿ねぇ、偶に里帰りできる距離が一番いいのよ?ということでママは私と一緒に中国行き決定♪」
「ぼ、僕は別にどこでもいいよ?お母さんと一緒にいられるならどこでも……」
「ま、待て貴様等!母上は誰にも渡さんぞ!織斑一夏は心底どうでもいいが、それだけは絶対に譲らん!!」
「……うぅ……」
5人がそんな会話をしている中でも、やはり千冬は自分の主張はしない。できない。
圧倒的な恋愛クソ雑魚ブリュンヒルデっぷりを発揮していた。
段々と自分の中で奈桜に特別な気持ちが生まれていることに気付き始めてきたにも関わらず、教師だとか保護者だとかそういったストッパーがかかってしまい、どうしても強く出られない。主張ができない。
側から見れば誰にも分かるほどなのだから、別に隠す必要なんてカケラも無いのにも関わらずだ。
「そもそもお母様はこの中の誰をお選びになるのでしょう?それは勿論、車椅子での移動時など、私生活で隣に居ることの多いこのわたくしですわ♪」
「へぇ、言うじゃない?けどママが何かをしようとする時に、最初に相談するのは誰だと思う?それはもちろんこの私、つまり私を選ぶに決まってるのよね♪」
「そうかな?確かに僕は最近お母さんと交流をし始めたばかりだけど、一番お母さんに甘やかされている自信はあるなぁ……♪」
「ふっ、自惚れもここまでくるといっそ清々しいな。だが、この中で今日まで最も母さんの近くにいる時間が多いのは間違いなく私だ。私と母さんの互いへの理解はお前達とは比べものにもならない。母さんは私を選ぶ。」
「なにを馬鹿なことを言っている!お前等と違い、私は母上に直接この思いの丈をぶつけたのだ!織斑一夏などにかまけているお前達に負けるものか……!!」
「むっ!」
「なにおう!」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
「「「「「むむむむむ………」」」」」
そう言って顔を付き合わせて睨み合う5人。
別に睨み合っているだけなので特に問題はないのだが、互いの譲れない想いは強かった。
彼等にとって、今更奈桜の居ない生活など考えられないのだ。
「うぅぅ……!私だって、私だって……!」
もちろん、それはこの恋愛クソ雑魚ブリュンヒルデも同様なのだが……
悲しいことに、やはりこの輪に入れない。
ここで少しでも爆発してこればまだ救いようがあるのだが、それが出来ないのだから織斑千冬なのである。
8本目のビール缶を飲み干すと、千冬はその場で泣き崩れてしまった。
いい歳の女教師が泣き崩れたのだ。
もはや尊厳もクソもない。
「おーい、千冬姉〜?綾崎さん連れてきた……泣いてる!?」
「遅くなってごめんなさい、ただいま帰りまし……って千冬さん!?」
一夏に連れられて部屋へと帰ってきた奈桜がまず最初に目にしたものが『うっ……うっ……』と謎に泣き崩れている千冬の姿だった。その時の驚愕と言ったら……
「え、えっと……ごめんなさい皆さん、ちょっと千冬さんの介抱しないといけないので今日は御開きということでお願いできますか?セシリアさんもごめんなさい、約束はまた明日ということでも大丈夫ですか?」
「き、気にしないで下さいお母様。これに関してはわたくし達もやり過ぎたというかなんというか……」
「……?」
「あっ、あー!母さんは気にしなくていいんだ!」
「そうよそうよ!さ、さあ!みんな解散しましょう!はい!おやすみー!」
「は?いや、私はもう少しこの部屋に残……」
「さー!ラウラも帰ろうねー!!一夏も部屋に帰るといいよ!おやすみ!!」
「は?あ、ああ……えっと千冬姉のこと任せてもいいかな?綾崎さん。」
「大丈夫ですよ一夏くん、気にしないで下さい。……私も今日は少し冷たくしてしまいましたからね、あとは任せてください。」
「ああ、頼んだよ。」
バタバタと部屋を出ていった彼等を見送って、奈桜は1つため息をつく。
床に目をやれば散らばるビール缶。
あの織斑千冬が我を忘れて泣き始めてしまうほどのことなんて、一体なにがあったのだろうと困惑する。
とりあえずは布団を敷いて彼女を引きずってそこに寝かせると、自分も寝る用意をしようと奈桜は立ち上がろうとした。
……だが、
「……千冬さん?」
こんなにもか弱く自分の手を摘んだ指の主が彼女だなんて思いもしなかった。それほどに弱々しく、千冬は奈桜を引き止める。側を離れて欲しくないと、それが今彼女ができる精一杯の主張だとでも言うように。
「……もう、仕方ありませんね。少し待ってて下さい、私も布団の用意をしますから。
流石に添い寝はしてあげられませんが、今晩だけは私の左手を貸してあげちゃいます。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。」
千冬は生まれて初めてこんな風に他者に甘えた。
それが酒のせいなのか、寂しさと悲しさのせいなのかは分からないが……その晩はこれまで感じたこともないほどの安心感に包まれて眠ることができた。
……もちろん、次の日の朝はこれまで感じたこともないほどの驚愕と後悔と羞恥に悩まされたが。
毎日投稿できるくらい筆が乗っていますが、なぜそれがいつも出来ないのか。こら!
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し