綾崎直人の第2世代IS。
打鉄を下地に幾度もの改造を施されて生まれた欠陥機。
装甲とその他機能を捨てて速度と攻撃力に全振りされており、武装はブレードと3種の銃火器という必要最低限のものとなっている。
シールドバリアや生命維持関連の機能すら大部分が削減されており、最高速度での戦闘時にはISでは処理しきれない強烈なGを直に受けてしまう。
結果として、第4世代を上回る程の機動力と攻撃力を得ることに成功した反面、まともな被弾は機体の損壊どころか操縦者の命に関わり、かつバケモノ染みた精神力がなければまともな操縦すらできないという、RTA走者ですら避けるとんでもない機体となってしまった。
「はァっ!!」
「……は?」
ゴバァンッ!と表現するしかないような破裂音と衝撃音の入り混ざった恐ろしい破壊音と共に、遠く高い空に浮いている真っ白な雲群が消し飛んだ。
試し斬りの実験……
『……姉さん、一度本気でやってみてもいいですか?』
そう言って箒は一般的な居合の要領で斬撃を飛ばした。
たしかに紅椿にはそういった機能はついているし、最大出力の攻撃ならば雲を消し飛ばす程度は可能だろう。
だが、その場合の斬撃は紅いエネルギー状になって飛ぶはずだ。
だが実際にこうして箒が飛ばしたのは甲龍の衝撃砲のような無色のもの。
たった一度の居合で異常なほどの息切れと汗を流して疲労している箒であるが、今のを見れば分かってしまう。例えISによる筋力補助等があったとしても、今の斬撃に紅椿のエネルギーは殆ど使われていないということを。
「……ねえねえ、ちーちゃん。箒ちゃんは一体何があったのかな?
3ヶ月前にデータを取った時より1.5〜2倍くらいステータスが跳ね上がってるんだけど。」
「さあな、だがそのポテンシャルがあったのはお前も知っていただろう。それが綾崎をきっかけに開花し始めたというだけだ。」
「え、えぇぇ……こんなん殆ど昔のちーちゃんじゃん。束さんそろそろ本気で箒ちゃんに殺されちゃいそう。」
「それならば普段の言動から気をつけることだな。まあ、実の妹に殺されるなら本望か。」
「んー、けど束さん死ぬのはなーくんの次って決めてるからなぁ。
それまでは例え箒ちゃんにだって殺されるわけにはいかないんだよねぇ……」
「……お前はやけに綾崎を気にするのだな。」
「ま、責任ってやつだよ。押し付けたんだから、見届けるくらいはしないとね」
そんなことをさも当然のように手をヒラヒラとしながら呟く束に、千冬は訝しげな目を向ける。
千冬には分からなかった、なぜ束がそこまで奈桜のことを気にかけるのか。男性操縦者ということはもちろん既にバレているのだろうが、束の興味は性別に向いているわけでは無いように感じる。
というか、そもそも自分よりも奈桜のことを理解しているような束に嫉妬していた。表では無表情だが、内心ぐぬぬしているのは誰にも秘密である。
「……姉さん、また扱いの難しい機体を作ったものだな。基礎性能は高いがエネルギー消費が激し過ぎる。これを使い熟すには展開装甲を常に切り替えて、最小限の消費を実現するしかないだろうに。」
2人が各々の気持ちを抱えながら黙り込んでいると、息を整えた箒が束の前に降り立ち機体の感想を述べ始める。
箒はこの短時間で機体の性能を把握したようで、その長所と欠点を束に説明されるまでもなく並び立てた。
……とは言いつつもその欠点も既に補い始めている兆候があり、今も展開装甲をスムーズに切り替える練習をし始めている。
束はそんな妹に関心しながらも、若干引き気味に笑っていた。
(あはは、ほんとは絢爛舞踏で消費を補う予定だったんだけど……箒ちゃんが出来るって言うならそれでもいっかぁ。)
少し見ない間にとっても頼もしくなった妹の姿に少しだけ寂しさを感じながらも、束はふと彼女の少し後方に目を逸らす。
そこには未だにIS に乗ることなく、待機形態の命涙に手を当てている奈桜がいた。無表情のまま動かない彼が何を考えているのか、それは束にも分からない。あの乙女ですら、今はそんな奈桜のことを黙って見守っていた。
「おーい!なーくん!オトちゃん!箒ちゃんの試運転終わったから準備してねー!」
「っ……」
「……さ、奈桜ちゃん?そろそろ装着しちゃいなさいな。」
「は、はい。……よろしくお願いします、"命涙"。」
一際目立つ光を放つと、命涙は自然と奈桜の身体に装着される。
以前の恋涙も普通の機体と比べて特殊な作りをしていたが、今回の命涙もやはり普通の機体ではないことが一目で分かる。
まず最初に目を引いたのは奈桜の背後で尻尾のように揺れているワイヤーブレードだった。
ラウラのもののように細いものではなく、直径5cmほどの耐久性のあるもので、奈桜もそれを自由に動かして不思議そうに見つめている。
そして次に目を引いたのは、ISに乗った事で久し振りに直接見ることができた奈桜の色素の抜けた左眼に、まるで涙の様に繋がる赤黒いパーツだった。
赤黒いペイントは所々にされているが、このパーツだけは特に存在感がある。
この"命涙"にのみ特別に設定された機能によって外からの紫外線は極端にカットされており、いつも黒い布で覆われている彼女の瞳はこの時だけは剥き出しになることができたりする。
ただ、未だ痛々しいその左目に血の涙の様に見えるこのパーツは側からみればあまりにも悪趣味だ。しかしそんな批難のこもった目線も束は受け流した。
最後に武装なのだが……やはり攻撃武装は少なかった。
以前より効力の上がった2種類のナノマシンに、二股に別れたワイヤーブレードの小さな方の突起から射出される様になった小型シールド付与銃。
そして最後に……
「……刃のない、ブレード……?」
恐らくはペルセウスの正統進化系だと思われるその武器は、何の装飾もペイントもない黒灰色のブレードだった。切ることも突き刺すことも出来ず、もしこれで戦闘を行うとするならば叩き潰すくらいしか使い道はないだろう。頑丈さだけが売りのそんな武器が奈桜の手には握られていた。
「ふっふっふ〜♪超機動と継続戦闘の2つを使い分ける準第4世代……戦場の全てを最後までカバーすることを想定した究極のサポーター、それが"命涙"!全ての命を守るIS界の救急救命士ってところかな♪」
そんな風に、束は満面の笑みで嘘をついた。
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奈桜と箒がISを慣らし始めて1時間ほど。
単純に2つの形態を使い分けるだけの奈桜と、全身のあらゆる部位を3種類の形態に使い分けなければならない箒とでは扱いの難しさに差はあったのだが、それでも千冬や束からのアドバイスもあり、2人はそれなりに展開装甲を使いこなし始めていた。
……そして、事件はそんな折に起きた。
ひねもすひねもすもすもすひねもす♪ひねもすひねもすもすもすひねもす♪ひねもすひねもすもすもすひねもす♪ピッ
「はいはーい!束さんだよー!どったのくーちゃん?」
独特な着信音の電話の主は勿論束だった。
そして相手はくーちゃんと呼ばれる謎の人物……しかし一同が首を傾げる中、乙女だけは真剣な表情で束のことを見ていた。
「んー、そっかそっか。いいよいいよ、止められないことは最初から予想してたんだし。くーちゃんはそのまま警戒をお願い、あとは束さん達に任せなさい♪」
たったそれだけを言って束は電話を切った。
しかしそれだけでも何かを察したのか乙女は溜息をつき、何処かへ連絡をし始める。
そしてそれと正に同時に、隣の砂浜で他の生徒達に指導を行っていた真耶が叫びながら走ってきた。
……良い報告ではないことは、この場にいる誰もが察していた。
「お、織斑先生!!こ、これを見てください……!!」
「……っ!これは……」
特命任務レベルA、今すぐ対策を始めろという緊急の達し。
千冬は一度訝しげな目で束を見たあと、直ぐに生徒達に指示を出す。
「テスト稼働は中止だ!お前達は私について来い!真耶は砂浜にいる生徒達を誘導しろ!それと旅館の一室を作戦室として使用する旨を女将に伝えておけ!」
「は、はい!分かりました!」
いくら普段がポンコツとは言え、やはりこういった緊急事態で指示を出せる人間というのは千冬しかいない。
そしてそんな切り替えた千冬に対しても対等に意見することができるのは唯一この女だけでもある。
「ねえねえ、ちーちゃん?その作戦室、束さんの装置とかも使ってもいいよ?」
「……今度は何を企んでいる。」
「昔の束さんなら悪いこと。でも今の束さんは世界平和くらいしか企んでないよ?」
「……その言葉、何かに誓えるか?」
「なーくんに誓ってあげる。」
「……わかった。彦星乙女、お前はどうする?」
「んふ?あーしはやることがあるから遠慮しとくわぁん。束ちゃんには束ちゃんにしか、あーしにはあーしにしか出来ないことがあるのよん♡」
「……そうか、好きにしろ。」
変態的な格好をしていながら、こういう時には妙にカッコいい雰囲気を醸し出すのだから、あれはあれでまた特殊な人間なのだろう。
千冬は作戦室となる部屋に早足で向かいながら、少しの不安を抱えていた。それはもちろんこれから起きるであろう事件についてもそうであるのだが……
……この様な状態になってもまだ、束から暮桜の修理報告を受けていないということが彼女の不安に拍車を掛けていた。
「2時間前、ハワイ沖でアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代の試作機シルバリオ・ゴスペル、通称"銀の福音"が制御下を離れて暴走。監視空域を離脱し、現在ここから約2km離れた地点を通過するように飛行中とのことだ。」
作戦室に集まった者達に、千冬は淡々と現状を伝えていく。
滅多にない雰囲気に一同もまた緊張していた。
「学園の上層部は専用機の性能と貴様達自身の実力を考慮し、学園の教師を本土の防衛に回した。この作戦の要はお前達だ。」
「俺達が、作戦の要……」
「一応だが"銀の福音"の操縦士との連絡は完全に途絶している。以上が現在こちらから出せる情報だ。質問があるものは居るか。」
千冬の言葉に手を挙げたのは、やはり代表候補生としてこういった任務に慣れているセシリアと鈴だった。
ラウラとシャルロットは既に頭の中で情報をまとめているらしく、箒と奈桜は地図を投影して現状を確認している。一夏は背筋を伸ばしていた。
「目標のISの詳細なデータをいただきたいです。」
「私も同じく。」
「ふむ、言うまでもないが漏洩は禁ずる。仮に発覚した場合、相応の罰が与えられると覚えておけ。」
「「了解です。」」
千冬が真耶に指示をすると、"銀の福音"の詳細なデータが投影される。
6人はそれを確認し、自然と2人1組となって各々の方法で情報を頭に入れながら対策を練りはじめた。一夏は背筋を伸ばしていた。
「粗方頭に入れ終わったな?それでは具体的な作戦を立案をしよう。
対象は現在も高速移動中ではあるが、それも本来のスペックの6割程度の速度でしかなく、紅椿や命涙、高軌道パッケージ装備のブルー・ティアーズに素の白式でさえも追いつく事は可能だ。」
「つまりその気になれば誰にでも対処は可能、ということですか。それならば一度、偵察を行うべきではないでしょうか?」
「うむ。だが万が一、偵察の影響で最高速度で逃走されでもすれば目も当てられない。それだけのリスクを負うよりかは複数人で袋叩きにした方が現実的ではあるだろうな。」
「……なるほど、幸いにもここにいるメンバーはそれなりに互いのことを理解していますから。それぞれに役割を振って望めば確かに問題はないかと。」
「そういうことだ。……ラウラ、お前が役割を割り当てろ。本隊のリーダーはお前に任せる。」
「はっ、教官。」
最近は千冬に対する当たりが強くなっていたラウラであるが、それでもやはり千冬の能力への評価が揺らぐことはない。加えて軍人でもある彼女がこういった場合にまで私情を挟むはずもなく、まるで以前の彼女のようにラウラは千冬の言葉に敬礼する。
「……それでは、先陣はオルコットと凰の2人だ。支援としてシャルロットと綾崎、後方支援と指揮は私が担当する。」
「俺と箒はどうすればいいんだ?」
「オルコットと凰には決定打がない。お前達には2人が対象の動きを止めた瞬間に仕留めて貰う。また、敵機が逃走を始めた際にも速度に優れたお前達に追って貰う。お前達2人ならば特に連携に問題はないだろう。」
「ふむ、移動はどうするのだ?」
「それに関してだが……オルコット、高機動パッケージは外しておけ。あれを付けているとビットが使えないだろう。お前と凰の移動は綾崎と織斑一夏に任せる。」
「僕とラウラはどうするの?」
「……箒、頼めるな?」
「あの速度に追いつく程度ならば2人でも問題ない、任せておけ。」
「作戦の概要は以上だ、常に2人1組のバディを意識しろ。何かしら不測の事態があった場合はまず互いをカバーし合え。」
ラウラはここで詳細な手順や連携まで言及しなかった。このメンバーならば連携に特に問題はないと確信していたからだ。特にセシリアと鈴音に先陣を切らせるのには2人の連携に絶対的な信頼があったからで……
しかし、ここで纏まった筈の概要に意見をする為に手をあげるものが居た。それは珍しくも奈桜であった。
奈桜は申し訳なさそうに、けれど自信を持ってある提案をする。
「ラウラさん。少し提案なのですが、緊急時のバディを私とシャルロットさんから、ラウラさんとシャルロットさんに変えていただけませんでしょうか?」
「……なぜだ?」
「私の命涙は戦場全体のサポートが可能です。広域殲滅兵器のある相手に対するわけですから、一箇所に留まるよりは単独で全てのバディの支援を行うのが最適かと。」
「……できるのか?今日初めて乗るその機体で」
「問題ありません、それに生存能力には少しだけ自信がありますから」
「……分かった、採用しよう。」
「お、おい!いいのかよ!単独で支援なんて危険なんじゃ……」
「黙っていろ織斑一夏、綾崎の実力はお前も知っているはずだ。そもそも、全体の生存率が上がるのならば採用するのは当然の話だ。これは遊びではない、私情は捨てろ。」
そうは言ってもやはり一番不安を感じているのはラウラであり、苦虫を噛み潰したような彼女の顔を見れば一夏は何も言葉にすることはできなくなる。
彼女が奈桜に対して抱いている執着は自分以上のものだと、以前の騒動で身に染みていたからだ。
「話はまとまったな。……束、先程から不自然に黙っているが、お前からは何かあるか?」
「ん〜?ないよ〜?全員で行くっていうのは束さんも賛成だしね〜」
「……お前は一体何をしに来たんだ。」
「それは後からのお楽しみだよ☆
……ま、別に私だって暇じゃないからね、ここにいるのもそれなりに理由があるわけだよ。邪魔はしないから安心してね」
「……全員、不測の事態を常に想定しろ。レーダーに反応はないが、敵性となりうるモノがアレだけとは限らん。そもそもこの様な作戦が我々に一任されているだけでも怪しいのだ、眼に映るものだけに惑わされるなよ。」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
束の言葉に何かを感じ取った千冬は、指揮官という立場で発するべきではないような任務への不信感をわざわざ言葉に出した。
束がわざわざここに残って、機材まで貸し出して、モニターの前に立っていることから間違いなく作戦に関わるつもりであることは明確で……彼女がそこまでするということに千冬は得体の知れぬ恐れを感じたのだ。
それこそ、自身の立場を無視してでも何か行動を起こさないといけない程の。
「……束、暮桜はどうなっている?」
「ごめんね、ちーちゃん。流石にそこまでは手が回らなかったよ。
代わりの機体は持ってきてるけど、元はとある機体の試作機だからね。性能はちょっと攻撃的な打鉄って感じ。ちーちゃんが全力でやっても壊れないとは思うけど、それでもいい?」
「構わん、壊れなければ十分だ。いざという時は私が出る、その場合のモニターはお前に任せる。」
「……いいの?そんなことしちゃっても」
「それでこいつらの命が守れるならば問題ない。……そもそも、こんな任務を押し付けてきたのは向こうだ。これで何かを言われようとも、奴等を揺する手段などこちらには腐る程ある。」
「ひゅ〜♪ちーちゃん、かぁっくぃい〜♪」
「ふっ……さあ、お前達は準備を始めろ。作戦は30分後だ。それまでに機体の調整、精神統一、情報収集を済ませておけ。それぞれには私や真耶、ここにいる束も自由に使って構わん。以上だ、解散。」
不安はある。
懸念もある。
けれど、千冬は恐怖はしていなかった。
なぜなら、今自分の隣には唯一無二の親友が肩を並べて同じ方向を見ているからだ。
敵に回せば最悪、そうでなくとも最恐、けれど味方にしてみればこれほど信頼、そして嬉しさを感じる者もいない。
束と自分が力を合わせれば例え相手が世界であろうとも全てを守り抜けると、根拠のない自信ではあるけれど、千冬は確信していた。
束さんと千冬さんが互いに背中を預け合って戦う姿がみたーいー
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し