「なーくん、もう準備はいいのかな?」
「……束さん。」
会議が終わって直ぐに機体の確認をしたいと外に出て行った奈桜は、特に何かをするわけでもなく旅館の近くでただジッと空を見上げていた。
それに気が付いたのは他の誰でもなく束であり、彼女はそのために他の誰からの質問にも答えずこうして外へ出てきたのだった。
束は奈桜の横に立ち、同じように同じ方角の空を見つめる。
「何か見えたのかな?UFOとか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……束さんはどうしたんですか?他の方から質問などあったのでは?」
「あったよ〜?でもなーくんのことが気になって出てきちゃった。専用機を見てから様子がおかしかったしね」
「……気付いてましたか。」
「それはもちろん♪だって私はなーくんの一番の理解者だからね♪」
「……そう、ですね。」
束のその言葉に、奈桜は否定の言葉は入れない。
ただ只管に空の彼方を見つめているだけだった。
「……束さん。私、色々と思い出したことがあるんです。」
「へぇ、それはまたどうして。」
「束さんと社長から頂いたあの"命涙"という機体……元はもっとサポート寄りの機体じゃ無かったんですか?それこそ、ペルセウスなんていう攻撃武装すら無いような。」
「……」
「どうして中途半端に攻撃武装を付けたんですか?それなら……」
「確かに完全サポート型の方がなーくんには合ってるだろうね。けど、それだけじゃ駄目だってことは束さんよりも君の方が強く思ってることだと思うんだけど、どうかな?」
「……やっぱり束さんは私の最大の理解者ですね。」
「うん、そうだよ。だから私は"愛涙"にとっても酷い装置を取り付けて"命涙"にしたし、見た目からも分かるような攻撃武装を取り付ける事でサポートしか出来ないっていう君の逃げ場を潰した。
どう?少しは嫌いになってくれた?」
「いえ、むしろ考えて頂けていたことを嬉しく思います。ありがとうございます、私を甘やかさないでいてくれて。」
「……少しくらい嫌ってくれた方が束さん的にはやり易いんだけどなぁ。」
「そんなことがあり得ないことくらい、束さんだって分かっているくせに。」
「まあね。」
そこまで言うと束は奈桜を強引に近くの木のベンチに座らせた。
突然そんなことをされた奈桜は驚愕しながらも無抵抗に座らされ、空との視線を遮るようにして目の前に束が立ち塞がったことに困惑する。
束は奈桜のそんな様子に機嫌を良くして、彼女には似つかわしくない、まるで母親のような笑顔をして奈桜を抱きしめた。
「た、束さん……!?」
「……あのね、なーくん。私が君のことについて知ってるのはまだ3つのことだけなんだよ。」
「え……?」
「まずは私がなーくんと生活してた時に君が束さんを裏切ったこと。
次に、なーくんが力を求め過ぎた結果、とっても大きな失敗をしてしまったこと。
そして最後に……なーくんが箒ちゃんに、ううん、私達みんなにしてくれた1つの約束のこと。
私は君についてこれしか知らないし、これだけしか覚えてないんだよ。」
「……」
どう言う感情が分からなくとも黙り込んでしまった胸の中の奈桜の頭を、束は抱き締めながら撫で始める。
誰も見ていないし、当人達ですら分からないが、これほど優しさに満ちた束の顔は千冬ですら知らないだろう。きっと箒ですらこんな雰囲気の姉を見たことはないはずだ。
「けどね?束さんはなーくんのことを間違いなく愛してたし、愛してるよ。
あの時も、今も、それだけは断言できる。
だってほら、なーくんは束さんにとって可愛い可愛い子供みたいなものだもん。
例え断片しか記憶がなくても、その断片に込められた思いは束さんをこんな風にするくらいには充分だったんだよ。」
「……でも、私は……」
「なーくんはきっと、まだ束さんのことは全く思い出せていないんでしょ?本当に一言二言の瞬間的な記憶しかない、みたいな。」
「っ……」
「それでもいいんだよ、無理に思い出す必要なんてないの。なーくんはただ、自分の本当にしたいことをして、私が許してあげるまで生きる事を諦めないだけでいい。
束さんはそれだけで君の全てを許してあげる。」
普段は抱き締めて慰める側の奈桜が、今は逆の立場にいた。
悲しむ人のためならば奈桜はこれまで誰にだってこうしてきたが、逆にこうされることはただの一度もありはしなかった。
奈桜は生まれて初めて、他人の腕の中の暖かさを知った。
柔らかくて、温かくて、心地良くて、安心出来て、自然と胸の中の何かが、頭の中の何かが解きほぐされていくような感覚がした。
何か熱いものが込み上げてくるような、喉の奥がキュッとしまって、表情が自然と強張ってしまうような、そんな感覚……
「束さん……私は……"僕"は……」
「これからきっと忙しくなるよ、もっと大変なことにもなると思う。……でもね、私はきっとなーくんがあの約束を守ってくれるって信じてるから。君がどんな失敗をしたとしても、私だけは最後まで見守っていてあげるから。」
それだけ伝えると、束は腕の中から奈桜を解放した。
『あっ……』と名残惜しそうに言葉を出して途端に顔を赤くした奈桜を見ると、やはり彼女は微笑ましげな顔をして笑いかける。
「どんなお母さんにも、そのまたお母さんが居る訳なんだよ。
だからね、もしなーくんがみんなの"お母さん"になるっていうのなら、私がなーくんの"お母さん"になってあげる♪君が必要ないって言っても、無理矢理なっちゃう♪誰にだって帰る場所は必要だからね。」
「……束さんが、私の……帰る場所?」
「そういうこと、束さんが君のママなのさ☆……まあ、自分の子供を自分の親友が狙ってるってのも束さん的には結構複雑なんだけどね。」
「……?」
「まあ、その話は今はいいよ☆束さんも今は頭の中整理しきれてないからロクでもないこと言っちゃいそうだしね☆
……あ、そうだ。使い慣らしたらまたコア見せてね。なーくんのコアは調べるのも大変だけど、その分束さんに色々なことを思い出させてくれるからさ。」
「……良くわかりませんけど、分かりました。とりあえずはこの後のことを頑張りたいと思います。」
「うんうん、期待してるよ。気をつけていってらっしゃい。」
「……はい、いってきます。」
そうして篠ノ之束はいつも通りあっさりと、そしていつも通り奈桜の心を盛大に掻き乱して満足げな表情で去っていった。
思えば初めて会った時から束には敵わないことばかりだった。
自分の甘やかしを受け入れてはくれるものの、それに依存したりは決してしないし、どころか他人に世話を焼くことに嬉しさを感じている自分の事を『仕方がないなぁ』と見守られていた。
そう考えると……
「……たまには私も、誰かに甘えてみてもいいん、ですか……?」
奈桜はこれまで感じたこともないような感覚に悩まされる。
なぜだか妙に体に残る包容感と、少しの寂しさを感じる自分。けれどそれを感じて、思い出すだけでも顔を赤くするほどに恥ずかしい。
「うぅ、恥ずかしい……誰かに甘えるのってこんなに難しいことだったんですね……」
誰よりも甘やかすのが上手な彼は、実は誰よりも甘えるのが下手だということが、この時初めて判明した。
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"午後15:30、作戦開始。
標的は海上を予定通りの軌道で高速移動中。
これより約5分で接触が可能。
標的の最高速度は装甲展開時の"紅椿"、"命涙"未満、ただし他5機では追跡不可。
機動力と長時間飛行、及び広域殲滅力に特化した機体であるため、対象撃破には捕縛兵器等の使用を推奨。また、実弾兵器を装備していないためエネルギー無効化兵器等が有効的とされます。
複数人による一斉攻撃は同時撃破の可能性があるため、異なるレンジからの波状攻撃がより効率的です。"
「……なんか、すげぇな。」
ISによって本部から送られてくる様々な情報。目の前に投影されるそれは音声とデフォルメされたアニメ映像によって最悪バカでも分かる様に作られていた。
ラウラが立案し30分の間に煮詰めた作戦を更に分かりやすくまとめ、初めてのバディでの戦闘についての注意点も細かく説明されている。
……一夏でも分かった。
これ以上に素晴らしいことはあるまい。
『っ!標的を視認できましたわ!』
『全員戦闘準備!接敵50m地点で散開後、綾崎、織斑、篠ノ之の3名で回り込め!』
『『『了解!!』』』
遠距離狙撃のエキスパートであるセシリアは機体の性能も相まって真っ先に今正に遥か先を横切ろうとしている福音を発見した。
直ぐにラウラは指示を出し、速度をそのままに敵の背後を取る様に進路を変える。決して気付かれないように、最新の注意を払いながら……
『……ラウラさん。』
『ああ、気付いている。こちらの速度に合わせているな、一向に追いつけん。恐らくだが、これは気付かれているな。』
「ま、まじかよ……」
距離を離さず付かさず、一定の距離を保ったままに飛行している。こちらに対して特に反応を示しているわけでも無いにも関わらず、そんなことをされている。こんな違和感に気づかない者はそうはいないだろう。
そして感覚の鋭い者はそれだけでより多くのことを掴み取る。
この中で最も鋭い勘を持っているのは間違いなく鈴であり、彼女は1を見て10を知る、という訳にはいかないが、それでも多くのことを知ることができた。
『……やっぱり奇妙ね、暴走と言うには動きが理知的過ぎるわ。なんていうか、誘われてるとか導かれてるって感じがするのよね。』
『……分からんな、私にはただ特定の場所に向かっているようにしか見えん。』
『けど鈴がそうやって言う時は大抵当たってるんだよな。どうするんだ?ラウラ。こういう誘われてるとかって大抵ロクなことにならない展開が定石だぜ?』
一夏のその言葉にあからさまに嫌そうな顔をしたラウラだが、ここにいる人間の命を預かっていることを考えると彼の言う可能性を考えるのは当然の話だ。
仮に鈴音の言う通り誘導されているというのなら、このまま進めば悪い事が起きる可能性は高い。それでもなんとなくここで仕掛けるのにも拒否感を感じる。
これまでの経験から今の状態で判断を下すのはまずいと感じたラウラは、信じられる者に意見を聞くことにした。
『……篠ノ之、凰、綾崎。お前達の意見が聞きたい。』
『意見、ですか?』
『ああ、直感で構わない。このまま奴に着いて行くことについてどう思う?多少のリスクは覚悟に早めに仕掛けた方がいいだろうか?』
『……ふむ、そうだな。仮に後者を選ぶにしても、こちらがあまりに不利過ぎる。暴走状態とは言え、敵の戦闘力は極めて高いように思える。この状態でぶつかれば確実に悪いことになるぞ。』
『私はこのままついていっていいと思うわよ?なんか悪い感じはするんだけど、そうせざるを得ないっていうか、そうしないといけないっていうか……とにかく、ここで攻撃を仕掛けても無駄に終わる気がするのよ。』
「私も同意見です。暴走してる相手に言うのもおかしな話なのですが、悪意を感じないんですよね。それどころか見守られてるみたいな感じがするんです。完全に勘なのですが……』
人並み外れた獣の勘
卓越した武人の勘
他者理解に長けた母の勘
加えて自身の軍人としての勘でさえもそう言っているのだから、もう答えは決まっている。
『全員このまま追跡を続けろ。ただし両翼を凰と篠ノ之、末尾を綾崎、正面にオルコットの陣形を取れ。シャルロットは上空を、織斑一夏は水面でも見ていろ。』
「俺だけ雑じゃね!?」
『あ、あはは……了解。指揮は引き続きお願いね、ラウラ。』
『ああ、任せておけシャルロット。』
こちらが追い付こうとするのを止めれば、途端に合わせるように福音は速度を落として飛び始める。
その意味の分からない行動に一同は困惑するが、それでも陣形を崩すことなく進んでいく。
そうして10分前後が経った頃、福音は漸く速度を落として静止した。
水面を滑るようにして鮮やかにターンをしながら、明らかにフルフェイスに包まれたその顔をこちらに向けて……
『っ!!綾崎!!』
突如として巨大な水飛沫を上げて福音は瞬時加速を行った。それに反応して行く先を確認する事ができたのは箒だけ……それほどに想定されていたスペックを遥かに超える速度で銀の福音は奈桜の後方へと回り込んだ。
奈桜は末尾の警戒をしていたために初動こそ遅れたが、それでも瞬時に状況を把握して背後へ振り向く。
例え至近距離からエネルギーを乱打してきたり、近距離戦闘を持ち込まれたとしてもある程度の対処ができる余裕はあった。
……あったはずだった。
まさか福音が両手を広げて抱き着いてくるなどというイレギュラーさえ無ければ……
『奈桜〜!久しぶりじゃな〜い!!』
『『『………は?』』』
『ナ、ナターシャさん!?な、なんでここに!?というか福音……あれ!?えっ!?』
解除されたフルフェイスから現れた金髪の女性は、満面の笑みで奈桜に抱き着いたのだった……
お、平和ルートか?
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し