4体のISを模った銀色の生命体。
言葉は無い、表情もない、機械の様な冷たい存在。
奈桜の目の前に海面から浮き上がる様にして現れた彼等は、周囲で同類達が戦闘を始めても奈桜と睨み合ったまま佇んでいた。
ナターシャが奈桜の横に立っても、変わらず睨み合い続ける。
「……奈桜?」
「………」
そして、奈桜もまた何も話はしない。
言葉にしない。
他者からの言葉を無視するなど、彼にしてはあり得ない行いだ。
いい加減にその事が何かしらの異常事態ではないかとナターシャが感じ束に連絡を入れようとしたところで、異変は起きる。
『『『『■■■■■■ッ!!!』』』』
「……っ」
「!?な、なによこれ……!?」
引き裂く様にして4体の銀色の体表に現れた口の様なモノから、体の内部まで揺らす様な音の重なりが発せられた。
それ自体は確かに不快ではあるものの、ただの喧しいものでしか無く、ISによって遮断してしまえばただの一定のリズムに乗った歌の様にしか思えない。
ただ、それに対して奈桜が異様に顔を歪めていることだけが気になった。
一体なんの意味があってこんなことをしているのか、ナターシャには全く意味が分からない。
「……残念ですが、どうやらそれは今の私にはあまり意味がないみたいですね。先程まではどうなることかと戦々恐々としていたものですが、私も安心しました。」
奈桜が頭を手で押さえながらもそう笑うと、ピタリと音は止まった。
そうして静かになった空間で、奈桜は隣に立つナターシャに笑いかける。一体何があったのかは全く分からないが、奈桜は普段の様子に戻っていた。
「……もう大丈夫なのかしら?調子が悪い様に見えたのだけれど。」
「すみません、少し冷静さを失っていました。
……ですが、もう大丈夫です。攻撃の方は任せてもよろしいですか?」
「問題ないわ、周りを見てる限り一体程度なら引きつけながらでもバラ撒けるもの。……ただ、貴女は本当にあんなのを3体も相手できるの?私でも二体が微妙なラインなのよ?」
「問題ありません。5分ほど前の私でしたら不安でしたが……また少し思い出しましたので。生き残るだけなら十分に可能です。」
「そう、それは頼もしいわね。……さて!余計なことを考えてる余裕も無さそうだし、行きましょうか!」
「はい……!お願いします!」
その言葉と共に4体の敵機が一斉にナターシャを無視して奈桜に襲い掛かった。
その様はナターシャに興味が無いというよりは、奈桜に対して強過ぎる執着がある様にも見える。
「っ!?どうして奈桜に!?」
「くっ、一体投げます!引きつけて下さい!」
「わ、分かったわ!」
ズバンッと刃の無い大剣で水面を叩きつけた奈桜はそのまま海中に潜り込む。
敵は中距離系1体、近距離系3体という偏った編成。
直後に叩きつけられた槍、剣、大楯のうち槍を掴み取り、水面から出ると共にその持ち主の身体を引っ掴み、今にも弓を放とうとする中距離型に向けて投げ込む。
「奈桜!後ろ!!」
「分かってます!」
無防備になった奈桜の後ろから迫り来る剣と大楯、しかし前身の恋涙と異なり、今代からの命涙には3つ目の腕とも言えるある武装がある。
『『!』』
人間の腕ほどの太さのワイヤーによって構成された尻尾兵装。
その見た目通り、それだけで近距離特化ISの剣撃と張り合える程の胆力を持ち、動物の尾のように自在に動かせることのできる柔軟性も持っている。
先端に着いた金属パーツの役割は、引っ掛けと小型バリアの射出。
この兵装が操縦者にもたらす延命能力は凄まじい。
「いくらバリア中和能力があるとは言え、2枚重すれば問題ありません!」
攻撃力の低い大楯での攻撃は小型バリアの重ねがけで防ぎ、剣は尾によって横から弾き飛ばし、軌道の変化と最小限の動きで間一髪で避け切る。
そのまま尾を剣に巻き付かせ、それを起点に大楯を持つ一際大きな敵機の首元に腕を回した。
「ナターシャさん!!」
「任せなさい!!」
剣から尾を離し、最高速のブーストによる遠心力を利用して敵機をナターシャに向けて投げ付ける。
速度重視の展開装甲状態でここまで精密な動きをされてしまえば、いくら速度もあるとは言え攻撃重視と防御重視の2機では抵抗することもままならない。
そんな無防備に投げ込まれた防御重視の大楯を持った敵機に対して、ナターシャは近距離で主砲『銀の鐘』を36門フル稼動でぶっ放す。
防御型というだけあり、いくら束の手の入った福音の最大火力であっても大したダメージにはなっていない。
しかしそれでも、それまで奈桜しか目に入っていなかったそれの気を引くには十分で、むしろ少しであってもダメージを与えただけ強い警戒心を与えられたらしい。
「さぁ!逃げるわよ!貴女の速さを見せてあげなさい!」
敵機の中で最も遅い防御重視のアレでは銀の福音には追い付けない。しかし完全に引き離してしまえば標的が移ってしまうため、ナターシャはギリギリを保ちながら逃げ続ける。
36門の砲門を常にフル稼働させて爆撃を行いながら、銀の福音は華麗に空を飛び回る。
そして一方で奈桜はと言えば、他者が見れば恐怖で縮こまってしまいそうなスレスレで生存していた。
大剣を持った近距離型は尋常では無い切れ味の剣を用いて、確実にその必殺の一撃を与える為にバランスの良いスペックでフェイントや搦め手を多用してくる。一撃でも当たればISごと内部の操縦者を真っ二つにする恐ろしい相手だ。
一方で槍を持った近距離型は奈桜に匹敵する程の速度を生かして、槍状になった脚と背中から突き出ている3本の槍を使い、ただ只管に手数と距離を使って責め立てる。バリアを中和するという性質とこれ以上にマッチした戦法は無いだろう。槍を投げるという手段も多用する。
そしてそんな2体の動きを完全に把握し、水面が爆発する程の弓攻撃を恐ろしいほど精密にぶっ放してくるのが中距離型だ。音と反動、そして視界の激減によって、外しても精神的にダメージを与え、刃の付いた弓によって近距離での攻撃さえも行ってくる。
こんな3体を相手に生存を掴み続けているのが奈桜だ。
その様はもはや異常と言ってもいい。
一撃必殺の大剣の攻撃を髪一本分のスレスレで躱し、数えるのも馬鹿らしくなりそうな手数の攻撃をバリアと剣、尾兵装で適度に絡み取り停止させ、その度に中距離型に向けて投げ込み、常に1〜2体を相手にする様に立ち回っている。
敵機がどういう原理で浮いているのかは全くの不明だが、奈桜によってクルクルと回転させられながら投げ込まれていく様子は酷く滑稽だ。
そんな感じで常に2体のうちのどちらかを投げ付けられているわけだからなのか、中距離型もそれまでは受け止めていたものの、逆に仲間を蹴って射線から退かすという非常に雑な方法を取り始めた。
剣持ちもどんなフェイントを入れようとも一度も引っ掛かることなく逆に投げられることにイライラしているのか、段々と雑な攻撃が増えてきている様にも見える。
そんな状態にも関わらず周囲からは36門から放たれる砲撃がバシバシと飛んでくるのだから、集中力はどんどん削がれていく。
元凶への射線を防ぐように一心不乱に追い掛けている防御型が絶妙に邪魔なのも問題の1つだ。
……ちなみに、槍持ちは何も考えていないのか、どれだけ投げられても最速で舞い戻ってきて攻撃し、また投げられるという行為を続けている。その速度故に自分になかなか砲撃が当たらないというのもあるだろうが、他の2体にとっては心底邪魔になっていると言わざるを得ない。
『……なにそれ、なにそれなにそれなにそれ!意味分かんない!
そんなハメ技、束さん知らない!!
卑怯だぁ!なーくん卑怯だぁぁ!!』
「言ってる場合ですか!!これではマズイです!!」
「あぁもう!全然火力が足りてないじゃない!こんなんじゃ1体倒すだけで3時間はかかるわよ!?」
『いやまあ……だから2人以上は二次移行が必要って言ったわけじゃん?』
「それでもこんなギリギリになるなんて貴女言ってなかったじゃないの!話が違うわよ!」
『そんなこと言われても二次移行なんてそう簡単にしないしさぁ。束さんもこう見えて色々と考えているんだよねぇ☆』
「っ、そろそろラウラさん達も不味そうですね……」
いくらここの戦況が良いとは言え、ここ以外の場所が圧倒的に悪すぎれば意味が無い。
既にセシリアは捕まり、ラウラとシャルロットは追い詰められている。一夏と箒も為すすべがないと言った状況だ。
圧倒的に全てが足りていない。
『綾崎!!』
「ち、千冬さん!これからどうすれば……!」
『今私と真耶が準備を終えてそちらに向かっている!それまでにその場のお前とナターシャ以外の全員を退避させる事は可能か!?』
「っ……千冬さんにしてはなかなか無茶を言いますね。3体でも限界なのに、7体はちょっと……」
「私で2体、奈桜で3体、あと2体は流石に現実的じゃないわよ千冬……!」
『無茶を言っているのは分かっている!だが、戦闘不能に陥った者を回収して戻るにはどうしても時間と人手がいる!』
「それでもこれ以上は……っ、一夏くん!?セシリアさん!!」
千冬からの無茶な要求になんとか応えようと思考を巡らせている傍で事件は起きた。
一夏が大量の大鎌に襲われ、セシリアが意識を失い、両人がISを強制解除させられて海中へと身を沈めていった。
それを助ける為に無茶をしたそれぞれのペアも既に限界の状態にいた。
全滅はすぐそこまで迫っていた。
「……ナターシャさん、直ぐにここから離脱してみんなの救助に向かって下さい。」
「何を、言っているの……?」
「7体は全て私が引きつけます。最早千冬さん達を待っていられる状況ではありません、このままでは確実に誰かが命を落とします!」
『馬鹿をいうな!!それで全員が助かってもお前が死ぬ!!それでは意味が無いだろう!!』
「死にはしないと思います、多分。それに、数体程度なら処理もできると思います。……そうですよね?束さん。」
『……束、だと……?』
ナターシャと千冬の必死の説得も虚しく、奈桜は何かを確信しているかのように束に向けて言葉を掛ける。
それはある意味で信頼の様にも聞こえた。
「束さんのことですから、ここまで見越してこの作戦を立案したんですよね。千冬さん達を途中から投入したのも、最初から作戦を教えていたら断られていたから、なんて理由じゃないのでしょう?」
『……大正解だよ☆
よく気付いたね!なーくん!!確かに君が"ソレ"を使えば、この場は一旦どうにかなるんじゃないかなぁ♪』
「ということですから、私は問題ありません。それに、これ以上は話している時間だって惜しいんです。選択肢なんて他に無いなんてこと、千冬さん達だって分かっている筈です。」
『「……っ!」』
「私を信用して下さい。悪い様にはしませんから。」
馬鹿を言うな、と千冬は叫びたかった。
信用している。
信頼だってしている。
誰よりも信じている。
奈桜が嘘を言う筈がないと。
絶対に裏切る筈がないと。
だが、だからこそ、奈桜が自分の安全についてだけを曖昧にして話したことが何より恐ろしい。裏返せば自分が死ぬ可能性が少しでもあるということを言葉にした事実が何よりも恐ろしい。
……けれど、これ以外に手はない。
手段がない。
どうしようもない。
生徒が、奈桜が、弟が、誰一人として欠けることなく帰ることのできる可能性が残っている選択肢はそれしかない。
先程までは頼もしさを感じていた束に対して、今は怒りしか湧いてこない。こんな決断をさせる親友に対して、自分は……
『……絶対に死ぬな、生きて帰ってこい。それが条件だ。』
「ふふ、その点に関しては心配いませんよ?だって私、今のままでは死ぬことなんて許されませんから。絶対に生きて帰ります。」
そんな彼の生きる理由に自分が入っていないことにも、無性に不快な気分になってしまって……
『なーくん、心の準備はいい?君はこれから、その手で誰かを傷付けることになるよ。』
「ふふ、私では押せないそのスイッチを、代わりに束さんが押してくれるんですよね。
それなら私の心の準備なんて気にしないで下さい。多分このトラウマは一生治らないものですから。私のタイミングを待っていたら一生押せません。」
『……そっか。言っておくけど、私は謝らないからね。一生私を恨んで、憎しんで、目の前の障害を叩き潰してくるといいよ。』
「あらら、それは無理なお話ですね。だって私、束さんには心の底から感謝して、恨むなんてこと一生出来そうにありませんから。」
『……本当にバカだなぁ、なーくんは。』
奈桜は笑いながらナターシャを追い続ける大楯型の前へと割り込み、強引に4対1の形にする。
それを見たナターシャは悔しさに顔を歪めながら翻弄されるラウラとシャルロットを掴み取り、ラウラを首を締め上げられている鈴の方へ、そしてシャルロットを大量の大鎌に攻め立てられている一夏と箒の方へと押しやり、翼の生えた高機動型のISと超高速戦闘を繰り広げる。
既に意識を失った鈴にトドメを刺そうと拳を振り上げる素手型をAICで止め、強引に救出するラウラ。
10本もの大鎌を大型シールドで防ぎながら赤椿の推進力を加えて一気にその場を離脱するシャルロット。
状況は次第に好転していく。
「束さん、後はお任せします。」
『……うん、任された。』
4体の同時攻撃によって次第にダメージが増えていく奈桜は頬から流れる赤を拭いながら笑う。
その顔を映像越しに見つめていた束は一瞬動かし続けていた指を止めるも、一度手を握り締めると直ぐに入力を再開し、感情を廃した無表情で非情の言葉を発した。
『"第5世代IS"命涙、限核兵器【Disaster Of Iron】……起動するね。』
これは王手ではない。
勝利へ繋げるための1手に過ぎない。
綾崎奈桜は、主人公にはならない。
『限核兵器』……ISコアに直接干渉し、稼働率を100〜200%以上にまで引き上げることで、供給される大量のエネルギーを使用し、一時的に通常ではあり得ない現象や超威力の破壊、特殊強化を行うシステム。使用後エネルギー供給が大幅に低下し、機体やコア、操縦者への深刻なダメージが予想されるが、その恩恵は凄まじい。
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し