『"第5世代IS"命涙、限核兵器【Disaster Of Iron】……起動するね。』
束のその言葉と共に、大きくも小さな変化は始まった。
命涙の薄蒼のボディに取り付けられた黒赤色のラインやパーツ。
一見何のために存在しているのか分からなかったそれらが突如として紅く光り始め、不気味な粒子を放出し始める。
奈桜の左眼下に取り付けられたパーツは特にそれが顕著であり、まるで涙の様に大量の粒子が流れ落ちる。
そんな変化が起きているにも関わらず、奈桜からは何の反応も見られない。禍々しい見た目となった一方で酷く落ち着いたその姿に、チラリと視線を向けたナターシャは困惑した。
『綾崎!綾崎!!……束!あいつに一体何をした!?』
『ちょっとした強化みたいなものだよ。まあ、なーくんにとっては精神的な強化って言ったほうが意味割合的には大きいんだろうけど』
『曖昧な言葉で誤魔化すな!!返答次第によっては本当に……っ!』
中継された映像によってそれを見ていた千冬は矢継ぎ早に束を問い詰める。しかし相変わらず束は回りくどい言葉で誤魔化すばかり。
そんな彼女に込み上げた怒りが暴発しようとしたその瞬間……視界の端で流れる映像から千冬の目に信じられない光景が映った。
『綾崎が敵を、攻撃した……?』
あいも変わらず馬鹿みたいに突撃してきた槍持ちの敵機を、何の容赦もなく赤黒い粒子を帯びた刃の無い剣で叩き潰した奈桜。
この日初めて目の前の敵に脅威を感じた槍持ちは、海中に沈み込むと直ぐにその場を離脱して距離を取った。
一方で奈桜はそんな槍持ちの動向など知っていたかの様に何の躊躇もなく転身し、今なお鈴を抱えたラウラを追い回す素手型を瞬時加速と同時に身を捻りながら繰り出した蹴りで海面へと叩き落とす。
そのまま今度は下方に加速し、海面へ到達するまでの間に1.2.3度と寸分違わぬ精度で同箇所に追い討ちをかけ、今度はシャルロットに複数の大鎌を叩きつけている敵機に狙いを向けて海面スレスレで軌道を変える。
その動きにはこれっぽっちの迷いも存在しない。
ISによって多少マシになっているとは言え、超加速中にほぼ直角に曲がるなどという愚行を犯せば間違いなく身体に大きな負担がかかる。
しかしそんな負担よりも速度と効率だけを求めて機械のように淡々と無茶をする奈桜。
そんな彼を目の前で見てしまったラウラはどんな感情からなのか、一瞬痛みを忘れて目を見張ってしまう。
一方でシャルロットは必死だった。
自分の後ろにいる2人を守る為に懸命に耐えているが、既にその物理シールドは小さな穴が空き始めている程にボロボロだ。恐怖で涙が出そうになって、もう構えているだけでも限界だった。
しかし突然背後で大きな水柱が立ったかと思えば、あれほど狂ったように叩きつけられていた大鎌による攻撃が止んでいた。
何が起きたのか確認するのが怖くて、けれど後ろの2人のためにも確認はしなければならないと決死の覚悟で穴から外の様子を覗く。
「お、お母さ……え……?」
シャルロットは一瞬視界に映り込んだ人間が誰か分からなかった。
突然繰り出そうとした大鎌を叩き割られた鎌持ちは、反射的に攻撃を中止して全ての鎌を犯人がいると思わしき方向へ攻撃的に振るう。
しかし、気付いた時には敵は懐にいた。
鎌と長い腕の届かない程に近くで、敵は今にも自身の頭部を叩き壊そうと振りかぶっていた。
『■ッ!!』
咄嗟に腕の剣でガードを行った鎌持ち、的確でかつ最善の行動だったのは間違いない。しかしそんな最善の行動を、攻撃の瞬間にガードの合間を縫うように軌道を変えて吹き飛ばす奈桜。
マルチタスクに優れた鎌持ちだが、これには一瞬理解が及ばず反応が遅れる。
そうして吹き飛ばされた先に居たのは、今なおナターシャと高速戦闘を続けている翼持ちだった。
思いもよらぬ所からの攻撃に一瞬反応が遅れた翼持ちは鎌持ちを避け切ることができず、一瞬ではあるがバランスを崩す。
その隙を見逃すことなどする筈もなく、ナターシャはここぞとばかりに福音の最大火力を2体に向けてぶっ放した。
「っ、千冬!!私はセシリアちゃんを回収して離脱するわ!奈桜のことは任せるわよ!!」
「くっ、言われなくとも!!」
このタイミングでようやく戦場に到着した千冬と真耶。
気絶した鈴を背負いながらも重症のラウラと、疲労困憊した箒達の撤退支援を真耶に任せ、千冬は奈桜の援護へと向かう。
しかし、今や7体の敵は全てが何の迷いもなく奈桜に敵意を向けていた。
凄まじい攻撃の嵐が奈桜を襲う。
これには流石の奈桜も反撃が出来ず一方的に嬲られていく。
何とか近くにいた素手型と大楯型を捕まえて千冬は相手取るが、偶然にもどちらも防御型であり、全く決定打が取れない戦闘を強制させられてしまった。
戦闘を続けるうちに徐々にその硬い装甲を破損させはするものの、勝とうが負けようが時間を取られるのは間違いない。
奈桜のことを考えればこんなことをしている場合では無いと分かってはいるのだが、奈桜がこの2体を最もやり難く思っているであろうことが千冬にはなんとなく察せられたため、これを放って置くこともできなかった。
せめてもう一体くらい引き込もうとするも、段々と自分と奈桜の距離は離れていく。壁の様に自分の前に立つ2体も酷く邪魔だ。
「綾崎……!くそっ!!」
一方で千冬の働きもあって相手取る数が減った奈桜は、先程よりは楽になったのか今度は着実に敵を破壊し始めていた。
そこにはやはり普段の優しさなど微塵もない。
表情は動くことなく、瞳に何が映っているのかも分からない。
大鎌持ちは既に4本の鎌を破壊され、槍持ちは背中の3本の槍と片足を粉々にされ、翼持ちは片方の翼を破損させられて機動力が低下しており、剣持ちも左腕に強力な一撃を受けて使用困難、弓持ちはエネルギー充填が完了したペルセウスによって戦闘が開幕して早々に海中の奥深くまで無理矢理沈められていた。
未だに上昇しながらも海中から狙撃を続けてはいるが、本来の威力の1/10も出ていない。
5体を相手にしながらも奈桜は間違いなくその戦力を削っていた。
しかしその反面、自身のダメージと引き換えにその何倍ものリターンを得ようと自ら傷を負う奈桜の身体は、致命傷にはならずともズタズタになり始めている。
最早奈桜は自分の身体が傷付くことに躊躇いはなく、それすらも手段の1つ、道具の1つとして扱っている。
自分の身体を餌にして敵を攻撃し、傷付く度にナノマシンで強引に治し、治した場所を再度餌にして有利を取り、もう一度ナノマシンで治して餌にする。
これの繰り返しだ。
常人の行いではない。
確かにそれもあってあの強力な5体を纏めて相手に出来ているどころか、殆ど一方的にボコボコに出来てはいるが、そんなこと生身の人間がするべきものではないのだ。
例えナノマシンで傷を塞いでも、その身を濡らしている血量は尋常ではないし、そもそも繰り返していれば間違いなく寿命が縮む。
誰がどう見ても限界は近付いている。
『ちーちゃん!なーくんが1体でも戦闘不能にしたら直ぐに無理矢理にでも手を引いてその場から離脱して!それまでにちーちゃんも目の前のうち一体は処理すること!』
「くっ!相変わらず無茶を言う……!!具体的にはあと何秒だ!!」
『1分半!なーくんと命涙の限界が近いし、ちーちゃんの機体も帰りの飛行を考えるとそれくらいが限界!』
「チィッ!!だがこれでも私はブリュンヒルデだ!時間までに2体とも処理してやる!それでいいな!」
『さっすがちーちゃん!今めちゃくちゃかっこいいよ!!』
「言っている場合か貴様!!」
しかし言葉通り、千冬の実力も凄まじい。
敵の攻撃を全く喰らわないどころか、打鉄の少し上程度のスペックしかないその機体でセシリアと鈴のフルバーストですら無傷であったその装甲に大きな亀裂を入れていた。
もちろんきっかけは奈桜の精密な3連撃による微かな割れ跡だったが、それを第2世代ISでここまで広げるのは最早あり得ないと言ってもいい。
その反動で武装は既に4本のブレードを粉々にしているし、頑丈に作られていたはずの機体からも少しだけ歪な音が聞こえ始めているが、それでも千冬は構うものかと剣を振るう。
「仮にも"鉄心"などという大それた名を背負っているのだ!!それ相応の働きは見せろよポンコツ!!」
千冬の挑発とも取れるようなそんな言葉に呼応するかの様に"鉄心"と呼ばれたその機体は唸りを上げる。
千冬の取り出した細いドリルの様な武装を赤熱するほどに回転させ、幾度もの攻撃で亀裂から小さな穴程度にまで達した破壊跡に向けて穿ち放つ。
「砕け散れ!!」
腹部に抉り破壊する鉄塊を打ち込まれ、悶え苦しむ様に素手型は千冬の首に向けて両手を伸ばす。しかし千冬は逆にその手首を掴み取ると、自分の方へと引き寄せて更に深くへと押し込んだ。
それを見て大楯を持つ敵機が盾を振りかぶって攻撃を仕掛けてくるが、それに素手型をむしろ盾の様にして向けてやれば、大楯の攻撃によってドリルは更に深くへと抉り込んだ。
『■ッ……!』
一際高い音を出すと同時に事切れる素手型。
引き抜いた穴からはゴポリと銀色の液体が零れ落ち、あれほど硬かった体表が一気に気体にまで昇華されていく。
今日の千冬は運に恵まれていたのか、偶然にも貫入させたその先に敵の弱点部が存在していたらしい。
「体身の中央下腹部……そこが貴様等の弱点か……!」
銀色の液体に塗れながら不敵に笑う千冬に恐れおののく様に大楯型は距離を取る。
しかしかつてのブリュンヒルデである彼女から、その程度の動きで逃れられる筈もない。
『■っ!?』
「薄々勘付いてはいたのだがな、貴様があの中で一番弱いな?その個体差が何から来ているものなのかは知らんが、盾を攻撃重視で使うなど愚の骨頂。個としての性質と武装が噛み合っていない!」
鈍器のように振り下ろされた大楯を横から蹴りを入れてバランスを崩し、その影から背後に回り込んだ千冬は既に先程の使用でボロボロになったドリルの様な武装を突き立てる。
ジタバタと自分の盾の上で暴れる敵機の手足を上手く力をいなして押さえつけ、ガリガリとその体内へと押し込んでいけば、そんな無茶な使用に耐えられなくなったのか遂にドリルが先端から砕け散った。
これ以上は無いと暴れるのをやめた大楯型であったが……
「さっさと失せろ!!」
『■ッ!?』
最早ここにこうして留まっている暇もない千冬はギリギリ入った亀裂に二丁の銃口を突き付け、持っている重火器の中で最も威力の高いその2つをこれでもかと乱射する。
千冬のイライラは既にMAXを超えていた。
先程の素手型はまだしも、大して強くもない癖に無駄に硬いこの大盾型。今は一刻も早く奈桜の下に向かわなければいけないというのに、無駄に時間をかけさせる。既に50発以上打ち込んでいるにも関わらず、未だにビクビクと痙攣しながらも生きているのが心底腹立たしい。
『ちーちゃん!!』
「っ!綾崎!?」
それに集中し過ぎていたからだろうか。
予定の1分半が近付き、束の予想通り奈桜は5体に大損害を与えながらも槍持ちを粉々に吹き飛ばしていた。
エネルギーが再度充填され、以前とは異なり赤黒い粒子に包まれたペルセウス。
振り抜き槍持ちに当たった途端に剣の延長線上の身体が吹き飛び、その空白になった部分を通過していくと同時に他の部分も体表の頑丈さなど無関係に吹き飛ばされていく。
そんな恐ろしい光景が繰り広げられていたのだが、その一撃を最後に機体から生み出されていた赤い粒子は突然ガクッと数を減らし、奈桜の動きが格段に悪くなった。
もちろん4体に減ったとはいえ、パフォーマンスの悪くなった奈桜にそれ等を全て抑える事など出来はしない。
振り抜かれた鎌持ちの大鎌をガードするも、それに耐え切ることができず今度は奈桜が大きく吹き飛ばされる。しかしこれまでのように空中で態勢を立て直したり、強引に瞬時加速をしてカウンターを行うこともしない。
何の抵抗もすることもなく、ただ放物線を描いて落下していく。
最早意識はなかった。
ただ、この攻撃が剣型で無かったことだけは幸いだったと言える。
もし剣型の一撃だったならばガードの上から真っ二つにされていただろうから。
『綾崎!!』
千冬はトドメは刺せなかったものの、ダメージを与えた大楯持ちを蹴り飛ばし、一心不乱に今にも翼持ちに追い打ちをかけられそうになっている無防備な奈桜のもとへと飛び出す。
片翼が破損し速度が低下していたおかげもあり、近付く翼持ちを間一髪のところでブレードで叩き落とすと、既に意識を失っている奈桜を抱えて千冬は全速力で引き返した。
鉄心は装甲を削った代わりに第2世代にしては破格のスピードを持っている。
全速力を出せばそれなりに早い。
背後から追ってきているものは居なかったが、漸く海中から姿を現した弓型がこちらに狙いを付けて弓を引き絞っているのが見えた。
今あれを食らってしまえば確実に奈桜の身体がもたない。
しかし避けることが恐ろしく難しい攻撃だということも分かっている。
凄まじい精度で射出と同時に到達する程の超高速での狙撃、そしてその衝撃も凄まじいアレも剣型と同じく必殺の一撃だ。
自分の身体を隠せるほどの盾でもあればなんとかなるだろうが、生憎そんなものはここにはない。
「……あと一撃だ。当然、こんな所でくたばる程脆弱ではないのだろうな、鉄心。」
!!
再度そう挑発した千冬は最後の一本のブレードを取り出し、背後を向きながら後退し続ける。
そして当然のように鉄心はその言葉に反応して、動きの鈍くなった身体を唸らせ、上半身の一部のパーツを赤熱させて答えた。
そんな反応にニッと口角を上げた千冬は、グッタリとした奈桜を大切に背負いながら、かつて何度も何度も繰り返した居合の形をとる。
やることは決まっていた。
「っ!!」
瞬き1つの攻防。
常人には視認することすら出来ないような一瞬の狙撃を、たった1本のブレードでその上をいく速度で引き裂き、同時に軌道を変えて逸らす。まさしく神の如き絶技。
千冬の後方で2つの大きな水柱が立ち、彼女はさもそれが当然といった様子で腕の中で眠る人物を宝物のように抱き込みながら、水塊の中へと消えていく。
僅か一振りでブレードは粉々になり、鉄心の右腕はバチバチと漏電し使い物にならなくなった。
全身の動きも悪く、ブースターだけがまともに動いているだけという状態に近い。
……しかしそれでも、今度こそ千冬は守り切った。
無傷でとはいかなくとも……千冬は大切な人間の命を守ることに成功したのだった。
"鉄心"
第2世代IS。
打鉄を下地に、ある機体を再現するために作成された試験機。
しかしその計画は途中で廃棄された為、予備機として作り直された。
装甲を捨てて速度重視となっており、武装はそれなり。
シールドバリアが大幅に削減されており、元が打鉄な為、最高速度での戦闘時にはISでは処理しきれない若干のGを直に受けてしまう。
しかし機体の基礎部分はかなり頑丈に作られているため、多少の無理には容易に耐え、コアの性格も特殊で、限界を超えても活動が可能という異色な性質を持つ。
織斑千冬の全力使用に耐え、むしろ張り合うという他には見ない性格と、修理が安価で容易というコストパフォーマンスの面から、暮桜改修終了までの一時的な専用機としての役割が期待されている。
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し