Lostbelt No.FⅦ 魔晄都市ミッドガル(統合予定) 作:陽朧
世界第一の商業都市である、ミッドガル。
そこは神羅電気動力株式会社(通称:神羅カンパニー)という、言わずと知れた大企業の城下町として、恩恵と支配を受けていた。
町の中央に聳え立つ神羅カンパニーの本社ビルを囲む、八つもの巨大なビルがあり、その中に様々な部署が入っている。幅広い事業を手掛ける企業故の、巨大な敷地と建物の中は、社員でも知らぬ部屋がいくつもあり、これが神羅カンパニーの抱える黒い雲の一つでもあった。
黒い雲とは、神羅カンパニーの華々しい業績に付随する、悪い噂のことを指す。
噂が噂を呼んでいる部分もあるが、町を牛耳り、非人権的な治安の維持まで手掛ける神羅カンパニーは、誰も非を唱えることは出来ない。
もはや国でさえもその存在に畏怖しているのだ。
眠らない町とは良く言ったもので、深夜を過ぎても煌々とした明かりに満ちる町は、相変わらず人の動きが激しい。
零区を神羅カンパニーとして、壱~八区にわかれているこの町の治安は、区々ではある。
基本的に警備員が配置されているため、女性が一人で出歩けないこともないが、止めて置いた方が身の為だろう。
神羅カンパニーの抱える巨大ビルの至る所に明かりが灯っている。
研究部署などを代表に、研究熱心を通り越して、研究中毒者を多く抱えるこの企業は、正月であろうともなんであろうとも、完全に明かりが消えることはない。
ちなみにこれらは全て自由意思で行っているので、本人の趣味の領域である。
そんなミッドガルという町を、ビルの屋上から俯瞰する一つの影があった。
吹き荒れる夜風に、纏うコートを揺らしたその影は、行き交う人間たちをただただ見つめていた。
『……おい、いるか?』
「なんだ、終業時刻はとっくに過ぎているが」
『はっ。そんな言葉は知らねえな』
「仕事人間なのは勝手だが、それを他人に押し付けるな」
『冷たいこというなよ。俺とお前の仲だろ?』
「さて、どんな仲だったか」
ざり、と耳障りな音が響いたかと思うと、装着している通信機から低い男の声が聞こえて来た。
一拍も置かずに、流れて来た快活の声に、影の口から挨拶ぐらいしたらどうだと溜息が零れる。
そうしながらも無礼者の、言い換えれば気安い間柄であろう男の言葉に、淡々と言葉を返していった。
影は手摺に凭れながら、星を忘れた空を見上げる。
いつからであろうか。この町は星の瞬きも、月の淡い光も、遠いものとなってしまった。
超巨大都市と謳われる町には、風情という言葉が欠けているのだろう。
きらきらと輝くネオンの光は、自然のそれに比べると強すぎるのだ。
それがまた、町の疲れを煽っているのかもしれなかった。
『……
「やれやれ、始末屋になった憶えはないのだが」
『どうしても、失敗は許されない。わかるだろう?』
「お前が行けば良いだろう」
『おっと、残念だが……それは無理だ』
「……」
『大御所からの直々の指定だ。お前に拒否権はないのさ』
「そうか、それは査定に響くな」
『ははっ、そんなことちっとも気にしてねえ癖に』
超高層ビルの屋上に吹く強い風に、ふわりと銀の髪が揺れる。
長い長いその糸は、まるで蜘蛛の糸の如く空を舞う。
くつりと低く喉を鳴らした影に、その男もまた明るく笑い声を零した。
『頼んだぜ……英雄さんよ』
ぷつりと音を立てて切れたそれに溜息を吐くと、影は迷いなく歩き出す。
外と中を繋ぐ重厚な扉を開き、室内へと姿を消した影の背を、焼け付くような光が照らしていた。
「ふん。……英雄など、下らん」
***
人類最後のマスターであるリツカが、人理修復という大いなる任務を完了させてから半年以上が経過した。
相変わらずレイシフトによる遠征に明け暮れる日々であるものの、茨の旅路を歩んできた彼の精神は著しい成長を遂げていたのである。
カルデアのスタッフや英霊たちの力を借りながら、今日も今日とてレイシフトを行ったリツカが辿り着いたのは、どんよりとした空に包まれた見知らぬ山奥であったのだ。
鬱蒼と茂る木々に周囲を囲まれており、最悪なことにカルデアからの通信は途絶えていた。
だがレイシフト先でのトラブルは付き物であるので、慌てることはない。
「さーて、マスター。早速だが手厚い歓迎だぜ」
「はあ……鼻息を荒くするのは結構だが、君は引っ込んでいた方が良いのでは?」
「ああ?舐めたこと言ってんじゃねえぞ、弓兵……。
ツラ合わせたら最後、例え相性が悪かろうが戦うだけだ」
木の陰がじわりと伸びたかと思うと、影は闇となりヒト型を成す。
甲冑を装備した騎士のようにも見えるそれは、リツカ達が幾度となく倒してきた
それにリツカが気付くよりも早く、その視界の端でくるりと朱色の槍が回る。
同時に聞こえて来た呆れを含んだ声に、リツカは苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、二人とも……」
「ふん、粗暴な雑種どものことは放っておけ。
しかしリツカよ。いくら雑魚とはいえ、この数を相手するのは些か面倒だ」
「うーん。そうだよね、じゃあ……あの屋敷の方に向かうのは?」
「……。まあ、良いだろう。袋の鼠とならなければ良いがな」
「そう言われると、」
「ええい!愚か者めが!!一度決めたことを覆すのはマスターとしてあまりにも軽佻浮薄ぞ。
そうと決めたらさっさと向かうぞ。付いて来るが良い!」
「……おいおい、なんか今回あの王サマ気合入ってねえか?」
「知らん。いつも通りだろう」
「……いやーな予感がするんだよなあ」
「ほう?……駄犬の分際でいい度胸だなあ?
まあ良い。
その代わり跪いて喜びに噎び泣く姿を見せよ」
「ふざけんな、誰がてめえなんぞに……。ん?」
腕を組んで鼻を鳴らしたキャスタークラスの王は、リツカが指示した屋敷に足先を向けた。
彼の尊大な態度にはもうすっかり慣れきっていることもあり、素直にリツカはそれに続く。
その後ろで追って来る敵を薙ぎ払ったキャスターとアーチャーは、普段と違うギルガメッシュの様子に首を傾げるが、賢王と謳われし彼は地獄耳であったらしい。
額に青筋を浮かべたクー・フーリンだが、木々の騒めきの合間を縫って聞こえて来た何かに一度口を閉ざした。
「……っ!!……!、応援を、応援を呼ぶんだ……!」
「だ、だめです司令官!通信が、途切れて……!」
「馬鹿な!……なら、致し方ない。一度神羅屋敷に戻るぞ……!」
「や、屋敷に……ですか?」
「確か1stの任務が入っていた筈だ。彼らに、助けを求めるしか……もはや手はあるまい」
「はっ!承知いたしました。では、全軍屋敷退却命令を……!」
聞けばわかるほどの焦燥を含んだ声であった。
しかしそれは、レイシフトして初めて耳にするヒトの声であったので、リツカは少し安堵する。
声が聞こえた方を覗くと、そこには兵士らしい格好をした男たちが
「よし、彼らを助けよう。そしたら何か情報が手に入るかも」
「マスター、油断は禁物だぞ」
「わかってるよ、エミヤ」
「一々お前に言われることじゃねえさ。な?マスター」
「何を呑気なことを。
戦闘に慣れた今、一番の敵は慢心だ」
「おーおー、そりゃ、言う相手が違うぜ弓兵さんよ」
リツカの右と左後ろに控える英霊が、賑やかに声を交わす。
普段は、仲が悪いとか相性が悪いとか互いに自己申告をし合う仲であるが、戦闘面を見ると非常に相性は良いのだ。本人たちは編成を同じにされたと知るや否や、怒涛の勢いで抗議を申し立てたが、そこは数多の英霊と心を交わすマスター・リツカの手腕である。
兵士を囲んでいる敵を見据える。
今身を置いている森の中は、主にアーチャーやアサシンにとって最高の場所であった。
リツカはアーチャーに視線を向けると、心得たといわんばかりに彼は姿を消す。
そしてキャスターとランサーに同じく目を向けると、彼らもまたそれぞれの表情で了解の意を示したのである。
「大丈夫ですか!?」
「な……っ、こ、こども……!?」
「まだ一般の、しかも子供が残っていたのか!」
「あ、俺は……」
「問題ねえぜおっさん。それより、首尾はどうなんだい」
「き……きみたちは……」
「いや、今はやめておけ」
「し、司令官……!」
「ほう……。凡夫にしては話がわかる者がおるではないか」
「……この際、手が多いことに越したことはないからな。
あの黒い化け物が、この先にある村に突然現れ住民たちを襲った。
我々は住民を避難させたのだが……このザマだ。
1stたちが応援に来る手筈になっているが、これでは持ちそうにない」
「1st……?」
「うん?まさか1stを知らんのか、坊主」
「え、えーと……し、知らない……です」
森の開けた場所に臨戦態勢の兵士たちが数十名配置されていた。
その兵士たちに囲まれ、身を寄せ合う村人らしき姿が見える。
村人を守りながら敵と戦うのは不利であろうし、この場所に出現する敵は中々レベルが高い。
このままでは直ぐにでも全滅するだろうと状況を判断しつつ、司令官と呼ばれたその男の言葉に耳を傾けていたリツカは聞き慣れない言葉に首を傾げた。――その時である。
「――……っあぶない!」
不意を突いて一本の矢が地を貫いたかと思うと、無数の矢が降り注いだのだ。
反射的に体を動かしたリツカは、司令官の男を庇うように覆い被さる。
「マスター!」
「ちっ……!邪魔だ!」
それを合図に出現した黒い影たちに、キャスターは舌を打つ。
周囲の兵たちは反応できずたたらを踏んでいたが、歴戦の英霊たちは直ぐに動いた。
リツカの後ろから突き刺さんばかりに振り上げられた剣を、何処からか飛んで来た矢が弾く。
黒い馬に乗った敵を槍が突き落とし、その首目掛けて振り下ろす。
ぐるりと囲う敵たちを、短い詠唱と共に出現した天を裂くような光が一掃した。
百にも近い敵を、瞬く間に消滅させていく三騎の英霊に、兵士たちは目を見張ることしか出来なかったのである。
「マスター、無事か?」
「う、うん。なんとか……」
「げ、腕が血塗れじゃねえか……!」
矢の雨はランサーによって弾かれたのだが、どうやら一つ打ち漏らしがあったらしい。
兵士を庇ったリツカの腕には一本の矢が刺さっており、太い血管を傷つけたのだろう出血が見られた。
眉を顰めたランサーが止血をしようと手を伸ばした……。その時である。
「――グォオオオオオオオオオ!!」
悍ましい咆哮が、大地を震撼させた。
そして木々を薙ぎ倒す轟音が聞こえたかと思うと、それは姿を現したのだ。
「な、んだ……あれは!」
「……ひ、ひいい、も、……もう、もうおわりだ……」
それは真っ黒な巨人であった。
丸い目を禍々しく光らせ、発達した太い腕が軽々と木を薙ぐ。
聳える木よりも巨大なそれが目の前に現れたことにより、人々の恐怖は限界を超えた。
悲鳴を上げ逃げ出そうとするが、次々と現れる敵たちにより防がれる。
「……なるほどな。元凶はアレか」
「……!」
落ち着きを払ったその声は、周囲から上がる阿鼻叫喚の中でもはっきりと聞こえた。
赤い瞳はいつでも前を見ている。凛としたその強い瞳に、リツカは何度も導かれ救われて来たのだ。
蹲る村人の前に立ち、巨人を見上げたその王は、手にした石板に魔力を込める。
――そして、大きく息を吸い込んだ賢王は彼方の空へと吼えた。
「矢を構えよ、我が許す!
至高の財を持ってウルクの守りを見せるがいい! 」
金色の光がその玉体を囲い込んだ。
唱えるは、かの地ウルクへの号令。
自らの財を投げ打ち、
「大地を濡らすは我が決意!
空間を裂いて現れた、流星群の如き宝具の雨。
一つ一つに込められた最高級の力が、巨体に突き刺さり弾ける。
目を覆うほどの光が、ゆっくりと収まると……。
そこには倒れ伏した巨人の、無残な姿が転がっていた。
「……ふん、こんなものか」
吐き捨てるように言った賢王に、暫くの沈黙の後大きな歓声が上がる。
それを満足げに受け止めるその堂々たる姿はまさに、王であった。
「き、キャスター!そいつ、まだ……っ!」
リツカの目が、地に伏せた巨人の腕がぴくりと動いたのを捉えた。
そして悲鳴を上げるように叫ぶが、それの動きは予想以上に早かったのだ。
ギルガメッシュへと振り下ろされた拳へ、アーチャーの矢が放たれる。
だがそれも、一歩遅かった。
振り返る赤い瞳に、迫る拳が映る。
そして――。
「グルァアアアアアアアアア!!」
「あっぶねえ……。間一髪だったか。
おい、無事か?」
ギルガメッシュの頭上に拳を振り下ろした巨人は、ぴたりとその動きを止めると、悲鳴にも似た叫びを上げる。その拳には、身の丈ほどもある巨大な剣が突き立っていた。
突然何処からか飛んで来たその剣を、リツカは目を見開いてまじまじと見つめた。
飾り気のないシンプルな剣であったが、上部にはガラス玉が二つ埋め込まれており、何かわからないが魔力にも似たものが込められているのを感じた。
「グ……ア、アア……」
「無暗に突っ込むなと言っただろう、アンジール」
「人命優先だろう、相変わらず頭が固いな……ジェネシス」
ぐらりと傾いた巨人の胸元で炎が弾けた。
その炎ごと貫かれ、再び地に伏せたそれは、もう二度と起き上がることはなかったのである。
とん、と軽々と着地した男はキャスターを助けた男へと、苦言を呈する。
それに軽く笑って受け流した男は、巨人の拳に刺さった剣を抜いて鞘に納めると、リツカたちへと向き直った。
再び兵士と村人から歓声が上がる。
1stだと、誰かが歓喜の声を上げた……――。