これも読者の皆様のおかげです
中間試験。
それは学期の丁度中間あたりに位置する試験の事だ。
学生の諸君ならお分かりいただけるだろう。
「来週から中間試験が始まるぞ。各自復習は怠るなよ!あと、例年通り30点未満は赤点だからな!しっかり勉強するように!」
担任が中間試験の説明をするのを僕はぼんやりと聞いていた。
…しかし、とうとう来てしまったな。第一の山場が。
あの5人が赤点を回避出来るかどうかは怪しい…と言うか危ないと思うが、やれるだけのことはやるしかない。
この一週間、僕は上杉くんと一緒に頭痛を抱えることになるだろう。
「…やるしかないか。頑張ろう。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「二乃さん。ちょっといいかな。」
「…何よ?」
中間試験の説明が終わり、今から昼休みに入ろうかと言うところ。
僕は教室を出て食堂へ向かおうとする二乃さんを呼び止めた。
「さっき聞いたと思うけど、来週から中間試験が始まる。勉強はしてるの?」
「はぁ?そんなのしてるわけないじゃない。」
「うん、知ってた!」
即答すぎてちょっと笑いそうになってしまったが、なんとかこらえる。
「あのさぁ、試験で赤点って結構シャレにならないからね?」
「大きなお世話よ、あんたには関係ないわ。」
「関係あるんだよ…僕は家庭教師の補佐なんだからさ。」
「それが大きなお世話だって言ってるのよ。家庭教師なんて必要ないって言ってるでしょ。」
「小テストで20点取った人がそれ言う?」
「うっさいわね!」
二乃さんは僕に詰め寄ってくると、指で僕の顔をさす。
あまりに指が近いため、僕は視線を下に向ける。そこには二つの立派な丘が…って違う違う!そんなところ見てる場合じゃない。
と言うかどうでもいいけど、最近になって冬服期間になったから二乃さん少し着るもの変えたのかな?
雰囲気がいつもと違う気が…ってそうじゃなくて!
「言っとくけど、私は絶対に勉強会には参加しないから!」
「今は意地張ってる場合じゃないでしょ…ただでさえ君達勉強できないんだから、詰め込まなきゃ間に合わないんだって。」
「死んでもお断りよ!」
「なら、僕と2人で勉強でもしてみる?」
「………お、お断りよ!」
「何、今の間!?」
ちょっと待って今不自然な間がなかった?そんなに僕と勉強したくないの?御影さん傷ついちゃうよ。
顔を真っ赤にしてふるふると体を震わせる二乃さんを見つつ、僕はため息を吐く。
「放課後、一花さんと三玖さんと四葉さんが図書室でやる勉強会に参加することになってるから。」
「私は行かないって言ってるでしょ!」
「誰も来いとは言ってないよ。やるから頭に入れておいてってだけだよ。」
それだけ伝えると、これ以上話しても無駄だと思った僕はくるりと背を向けた。
「じゃあ、昼休み邪魔して悪かったね。僕はこれで。」
「ちょ、ちょっと!」
後ろで二乃さんが何か叫んでいる気がするが、僕はそれをスルーして歩き出した。
その直後、スマホにチャットアプリのメッセージが届いた音がする。昼休みに一体誰だろう…上杉くんからかな?
僕はスマホを取り出してディスプレイを確認すると、そこには「中野二乃」と表示されていた。
「二乃さん!?なんで僕の連絡先を…」
って、そう言えばこの前の花火大会の時にお互いに連絡先を交換してたんだったな。
でもなんでわざわざチャットアプリで…直接会って話してたんだからそのときに言えばよかったのに。
不審に思いつつも、僕はチャットアプリを起動して二乃さんの名前をタップする。
そしてメッセージウィンドが開くと、そこにはデカデカとした「あっかんべー」のスタンプが1つ。ドカンと表示された。
「…子どもかよ!」
叫びながら振り向くと、二乃さんはスマホを片手に僕へ向かってあっかんべーをしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
放課後。
結局あの後放課後になっても定期的に送られてくる二乃さんのスタンプを既読スルーし続けながら、僕は図書室でテキストを広げていた。
目的は一花さん、三玖さん、四葉さんが参加している上杉くん主催の勉強会の補佐としての参加である。
本来ならここに二乃さんと五月さんもいてほしかったのだが、二乃さんはあんなんだし五月さんは今日また上杉くんが機嫌を損ねたため不参加のようだった。
…この3人だけが勉強会に来るのもそろそろ慣れてきた気がするな。
「上杉くん、三玖さん用のテキストだけどこんなもんでいい?」
「どれどれ…あぁ、よくできてる。これなら問題ない。」
「了解。そんじゃこれは帰りにコンビニでコピーして三玖さんに渡そうか。あと四葉さん用はこんな感じだけど…」
「…御影、少しここの問題の説明が足りないぞ。四葉だともっとかみ砕いてやらないと理解できない。」
「あーそうだね。じゃあもう少し分かりやすいように手を加えるよ。」
僕と上杉くんは彼女達3人が勉強をしている横で、自分達の勉強と並行して彼女達の教材やテキストの作成にいそしんでいた。
勉強は僕は平均くらいは出来る方なので、無理なく自習をしつつ今回の中間試験は彼女達の徹底サポートに回ることで方針が決まっている。
と言うわけで、僕と上杉くんは今回のテスト範囲をまとめた中から予想問題集の作成や苦手範囲の強化プログラムなどの予定を組んで消化している次第だ。
…なんか、すごい久しぶりに家庭教師らしい事をやっている気がするな。
「えーっと、この問題集はどうしようかな。この問題を追加して…この問題は…いらないかな。」
「…ん?御影、その問題集って誰のだ?俺は3人分しか依頼してないはずなんだが。」
ぶつぶつと1人ごとを言いながら問題集の作成をしていると、上杉くんが声をかけてくる。
「あ、これは二乃さんと五月さんの分だよ。勉強会には参加しなくてもテキストや問題集くらいは作っておいてもいいでしょ?」
「作ったところで、あいつらが受け取ってくれるかは分からんぞ?最悪捨てられる可能性だってある。」
「大丈夫だよ。その時はその時で徒労だったなチクショーで終わりでいいからさ。やっぱ2人にもしっかり勉強はして欲しいじゃん。」
「…あぁ、そうだな。じゃあ任せていいか?俺は予想問題集の作成をする。」
「了解!任せて!」
勉強会に来る意思がなくても、上杉くんと僕は五つ子全員の家庭教師をするということで話が決まっているからね。
来ないからと言ってその子達の事をないがしろにしていい、と言う事にはならないだろう。
やっぱり五人揃って卒業しないと意味がない。でも勉強会に来る意思はない。だったらテキストと問題集を渡して家でやってもらおう、と言う魂胆である。
…まぁ、あの2人が素直に受け取ってくれるかは怪しいけどね。それでも作っておいて損はないだろう。
「上杉さん!御影さん!問題です!」
そんなことを考えながらテキストの作成をしていると、四葉さんがいきなり席を立ちあがる。
「今日の私はどこが違うでしょうか!」
「お前ら、もうすぐ中間試験だということは聞いてるな?」
「無視!?」
…そう言えば今日は四葉さん、リボンチェック柄なんだな。どうでもいいけど。
「いいか、よく聞け。」
「ヒントは首から上でーす!」
「このままじゃとてもじゃないが、試験は乗り切れない。」
「じゃーん!正解はリボンの柄がいつもと違うでしたー!」
「会話がかみ合ってなさすぎでしょ!?」
思わず突っ込んでしまったが、上杉くんは特に気に留める様子もなく四葉さんのリボンをひっつかむ。
「今はチェックがトレンドだって!」
「お前の答案用紙もチェックが流行中だ、良かったな!」
「わー最先端!」
「ねぇ上杉くん、今日って勉強会じゃなくて漫才の練習で集まってもらったの?」
「んなわけねぇだろ!」
ですよねー。
しかも四葉さんの答案用紙また0点じゃないか…せめて10点くらいは取ってくれ。0点取る方が逆に難しいと思うんだけど。
「あっはははは!」
「一花、笑ってる場合じゃないぞ。四葉はやる気があるだけマシな方だ。0点だがな。」
「そうだね。何事もやる気がないと始まらないしね。」
「中間試験まで一週間。徹底的に対策していくぞ!」
「えー!?」
「当然だ!お前らは自分たちの成績の低さを少しは自覚しろ!頼むから!」
上杉くん、えらい気合入ってるな。まぁ無理もない。なんせ家庭教師を始めてから初の中間試験だ。
言い換えたら上杉くんがいかに勉強を教えてきたかがモロに出る結果発表の場でもある。そりゃ気合が入らないわけがないだろう。
「…キョーヘー。この問題分からない。教えて。」
「あ、うん。えーっとこれは…英語?」
三玖さんに袖を引っ張られて彼女の隣へ座ると、三玖さんが広げているテキストが英語のものだということに気づく。
…あれ、三玖さんって確か英語が一番苦手科目じゃなかったっけ?それを率先して勉強してるだと…!?
「どうしたの三玖さん!熱でもあるんじゃ…」
「キョーヘー。さすがに失礼。」
「ご、ごめん!別に嫌味とかじゃなくて…その…」
「少し頑張ろうと思っただけ。頑張ってくれている2人のために。」
「三玖さん…」
「三玖…」
感無量とはこういうことを言うんだろう。上杉くんと僕は揃って泣きそうになっていた。
三玖さん…やっぱり君は天使だ。この世の天使なんだ。エンジェル三玖なんだ。
「よーし!みんながんばろー!!!」
「おー!!!」
「図書室ではお静かに!」
一花さんと四葉さんはさすがにはしゃぎすぎたのか、図書委員から注意された2人は大人しくなると机に向かって勉強を再開した。
「ごめん三玖さん。その問題はね、単語を応用すればいいから…こうすればいいよ。」
「分かった。ありがとう。」
「どういたしまして。分からなかったらまた聞いてね。」
「うん、そうする。」
三玖さんはニッコリと笑うと、再びノートに目を落とした。
それを見届けた僕も、作りかけていた二乃さんと五月さん用のテキスト作りを再開させる。
「キョーヘー。そのままでいいから聞いて。」
「…うん?どうしたの?」
そう言われた僕は、ペンを走らせながら聞き耳を立てる。
「その…もしも私が全教科赤点取らなかったらね。」
「うん、全教科赤点取らなかったら?」
「そ、その…そのね。」
「うん。ゆっくりでいいよ?」
「う、うん。ありがとう。あのね、もしも私が全教科赤点を取らなかったら…」
三玖さんは言葉を一瞬詰まらせるが、すぐに続きの言葉を発する。
「私と一緒に、買い物に付き合ってほしいの。」
「僕と三玖さんが買い物に?」
「うん。…ダメ?」
「いや…ダメってわけじゃないけど…いいの?僕なんかで。」
「キョーヘーじゃなきゃこんな事言わないよ。」
「…分かった。僕でよかったら、喜んで。」
「ほんと!?約束だからね。指切り。」
そう言って、三玖さんは満面の笑みで小指を差し出してくる。
その表情に思わずこちらも笑顔になった僕は、同じように小指を差し出して彼女の指と絡める。そして固く握った後に指を離した。
「キョーヘー、私頑張る。絶対に赤点取らないから。」
「うん、応援してる。分からないところがあったら教えるから聞いてね。なるべく協力はするから。」
「ありがとうキョーヘー。」
そう言うと、三玖さんは顔を赤らめながら微笑むと再びノートに目を落とした。
…しかし驚いたな。三玖さんからそんな誘いを受けるなんて。まぁ別に買い物に付き合うくらいどうってことないけど、僕なんかが一緒で楽しいんだろうか。
と言うか、よく考えなくてもそれってデートなんじゃ…?いやいや、まさかね。こんなかわいい子が僕なんかとなんてありえないでしょ。
きっと戦国グッズ買いに行くのに1人じゃ恥ずかしいから仲間が欲しいとかに決まってる。僕は無理やりそう結論を出すと、テキスト作りを再開した。
「…青春ですなぁ、四葉先生。」
「これはアッツアツですよー!一花先生!」
「お前ら!サボってないで勉強しろ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぬあぁぁぁ!!!つっかれたぁ!」
「一刻も早く帰りたい…」
あの後、図書室の閉まる時間ギリギリまで勉強を行った僕達は帰路へ着くために学校の正面玄関のドアをくぐって外に出ていた。
僕と上杉くんの目の前には勉強で精魂尽き果てた様子の3人が肩を落としながらよろよろと歩いている。
その哀愁漂う後ろ姿からは、普段使わない頭使って疲れたんだろうなぁということがひしひしと伝わってきた。
「くそっ…放課後だけでは時間が足りないな…」
「だね。週末もどこまで詰め込めるか分かんないしなぁ…正直どう?間に合いそう?」
「かなり微妙だな。俺が考えたペース配分ならギリギリ間に合うかどうかってところなんだが…」
「…あの3人にそのペースで勉強させるのは厳しそうだね。」
「あぁ、どうしたもんか。」
上杉くんは天を仰ぎながら深いため息を吐き出す。
まぁ無理もない。あの子達の学力は僕の目から見ても相当ひどい。そんな子達が一週間やそこらで中間試験の範囲を五科目分覚えきれるかと言うとかなり微妙だ。
しかも5人のうち2人に至っては授業すら受けてくれない始末と言う…どうしよう、早くも頭が痛くなってきた。
唯一の救いは、あの約束をした三玖さんがかなりやる気を出してくれていることくらいか。
「まぁ、やれるだけの事はやってみようよ。僕も協力するからさ。」
「すまないな御影…俺もなるべくペース配分を考えて…ひゃうわぁぁぁぁぁぁ!?」
「う、上杉くん!?どうしたの!?」
急に上杉くんが叫び始めたため、僕はビクッと体を震わせて思わずその場から飛びのいて彼の方を見つめた。
すると、そこには耳を抑えてうずくまる上杉くんとしたり顔の一花さんの姿があった。…これは彼女が上杉くんに何かやったな。
「い、一花!いきなり何を…」
「あはは!耳に息を吹きかけただけじゃん!大げさだなぁ。」
「そ、そういうことは言ってからやってくれよ!」
なるほど、どうやら一花さんが不意打ちで上杉くんの耳に息を吹きかけていたらしいな。そりゃあんな声が出るのも納得だ。
「フータロー君もキョーヘー君もそんなに根詰めなくてもいいんじゃない?」
「そ、それはそうだが…」
「中間試験で退学になるわけじゃないんだし、ね?」
「確かにそれはそうだけど、それでも赤点は回避しないとマズいでしょ…」
「まぁまぁ、私達も頑張るからさ!じっくり付き合ってよ!」
そう言うと、一花さんはくるりとこちらを向いて笑った。
確かに彼女の言う通りかもしれないな。焦って詰め込もうとしすぎるとこの子達の場合、かえって頭がパンクして逆効果になるってこともあるだろう。
一花さんの言う通り、マイペースにこつこつとじっくり積み重ねていく方が物にはなるかもしれない。
「ま、ご褒美くれるんだったらもっと頑張れるけどね。」
「ご褒美って…」
「あ、私駅前のフルーツパフェがいいです!」
「私は抹茶パフェ。」
「何か食べたくなってきたー!」
「みんな誘って、今から行こうか。」
そう言うと、三玖さんはスマホを取り出して他の2人へ連絡をしながら歩き出した。一花さんと四葉さんもそれに続く。
「一刻も早く帰りたいんじゃなかったのか?」
「甘い物のことになるとすぐ元気になるよね、女の子って。」
「まったく、単純すぎる奴らだ。…まぁでも一花の言う通りかもしれない。そんなに焦らなくてもいいのかもな。」
「そうだね…彼女達のペース配分で焦らずゆっくり教える方が呑み込みは早いかもしれないしね。」
「上杉さーん!御影さーん!早くしないと置いてっちゃいますよー!」
僕と上杉くんが話していると、前方の四葉さんがこちらへ向けてぶんぶんと手を振りながら明るい声で叫んだ。
「…まぁ、今日くらいは彼女達とパフェを食べに行くのも悪くないんじゃない?」
「いや、俺はパスするぞ。」
「えぇ!?これって一緒に行く流れじゃないの!?」
「バカを言うな。そんなことをしている暇があるなら勉強しろ。俺は帰って自分のテスト勉強があるし、そもそも金がねぇ。」
「パフェ1個くらい僕がおごるよ?」
「いや、それは悪いからいい。それと俺は自習があるしな。お前もあいつらの勉強を見るのはいいが、自分の勉強も怠るなよ?じゃあな。」
「ちょっとぉ!?上杉くん!?」
そうとだけ言い残すと、上杉くんはそのまま背中を向けてさっさと帰路へとついてしまった。
「ほ…ほんとに帰るんだね。」
「あれ?御影さん、上杉さんはどうしたんですか?」
僕が唖然としながら上杉くんの背中を見送っていると、後ろからしびれを切らした四葉さんが駆け寄ってきた。
「上杉くんならパスだって言って帰ったよ。」
「えぇ!?完全に一緒に行く流れだったじゃないですか!?」
「僕もそう思ったんだけどね…彼にとっては勉強の方が大事だったみたいで…」
「相変わらずだなぁフータロー君は。」
いつの間にか合流してきた一花さんが苦笑いを浮かべる。
「二乃と五月に連絡終わったよ。2人ともすぐ来るって。…あ、来た。」
そしてこれまたいつの間にか僕の隣にちゃっかり陣取っていた三玖さんはそう言うと、おもむろに手を挙げて人差し指で前方を指さす。
指さした方を向いて確認すると、そこには走ってこちらへ向かってくる五月さんの姿があった。
「三玖!パフェを食べに行くというのは本当ですか!?」
「本当だよ。…五月、少し落ち着いて?」
「はぁ…はぁ…すみません、ついついテンションが上がって走ってきてしまいました。」
息を切らしながら五月さんはそう言う。
相変わらず食べ物の事になると本当に必死になるんだなこの子…さすが姉妹のエンゲル係数を一端に担っている子のやることは違う。
「…あれ、上杉君は?一緒に居るのではなかったのですか?」
「上杉くんなら先に帰ったよ?なんでも自習をやるとかなんとかで。」
「えぇ!?よくこの状況から帰れましたね!?」
五月さんは驚愕の表情で目を見開いた。うん、大丈夫。それ僕も思ったから。
「…って、そんな事を言ってる場合じゃありません!私、あの人に電話を取りつなぐように父から伝言を受けているんですよ!」
「上杉くんに…父親ってことは雇い主から電話?」
「はい!こうしてはいられません!急いで彼を追いかけなくては…私、ちょっと行ってきます!皆さんは先にお店へ向かっててください!」
「あ、ちょっと五月ちゃん!?」
そうとだけ言い残すと、五月さんは「待ちなさーい!」と言いながら上杉くんを追いかけるためにダッシュで駆けて行ってしまった。
残された僕達はしばしその光景を唖然と見つめる。
「五月、行っちゃったね…」
「そうだね。でもお父さんから電話って、一体何だろう?」
「さぁ…?近況報告とか?」
うーん、でも中間試験の直前のこの時期に雇い主から上杉くんに電話っていったい何の目的があってのことなんだろうか。
何か分からないけど、嫌な予感がする。胸の辺りがざわざわするような…嫌な予感が。
…まぁ、考えても仕方ないか。後で上杉くんに直接聞くことにしよう。
「でもフータロー君もひどいよね!せっかくこんな美少女達がデートに誘ってあげてるって言うのに。」
「あはは…まぁ彼は勉強が恋人みたいなもんだからさ。悪気はないと思うから許してあげてよ。」
「キョーヘーは来てくれるよね?」
「うん、特に予定もないしね。せっかくだし一緒に行こうかな。」
「さっすが御影さん!」
…でもよくよく考えるとこの3人に加えて、更に後から二乃さんと五月さんが合流するんだよな。
ってことは五つ子全員とパフェ食べなきゃいけないの僕?…やっぱ僕も帰っていいかな。女5人の中に男1人ってちょっと肩身狭すぎるんだけど。
しかも全員美人だから周囲の視線が刺さるんだよ!気持ちは分かるけど当事者の事も考えて欲しいもんだよ。
「お待たせ~…って、御影!?何であんたがいんのよ!?」
そんなことをしていると、いつの間にか二乃さんがやってきていたようだ。
開口一番がそのセリフな辺り今日も平常運転のようで安心だね。
「いや、みんなに誘われたから一緒に行こうかと思って…」
「何が悲しくてあんたと一緒にパフェ食べなきゃいけないのよ!ちょっと三玖、こいついるならいるって連絡寄こしなさいよ!」
「キョーヘーがいるって送ったら二乃は来ないかもしれないから…」
「別に行かないことはないわよ!ただ、いるならいるって言ってくれないと心の準備が…」
心の準備ってなんだ…パフェ食べるのに心の準備が必要なのか?今時の女の子は。
「ではでは!みんな揃ったし出発しましょー!」
「二乃、五月は後から来るって。」
「分かったわ。まったく、なんでこいつが一緒なのよ…」
「パフェ食べる前に胃に穴が開きそうなんですがそれは…」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お待たせいたしました。デラックスパフェの特盛です。」
「ありがとうございます!」
結局、あの後五月さんを除く僕達5人は予定通りパフェを食べるために駅前のファミレスへとやってきていた。
6人席に通されると、それぞれが好きなパフェを注文した。僕は今日はパフェの気分ではなかったので適当にアイスココア(ソフトクリーム乗った奴)にしている。
そしてその後、遅れて五月さんが合流した。なお、合流した五月さんはやたらと怒り心頭な様子だったんだよね…また上杉くんと喧嘩でもしたのかな。
と言うわけで最後に頼んだ五月さんのデラックスパフェ特盛が運ばれてきたため全員の分が揃った格好である。
いやしかし五月さんのデラックスパフェ特盛の量が尋常じゃないんだけど、これ大丈夫なの?
ソフトクリームとか4キロくらいないこれ?バナナとか5本くらい使ってる気がするしイチゴも20個で足りるのかこれ?明らかに5人で一緒に食べるくらいの量なんだけど。
あと、パフェの器の大きさが30㎝の定規よりも長い気がするんだけど僕の気のせいだよね?そうだよね?
「い、五月あんたそれ1人で食べられるの…?」
「このくらい余裕です!それに今は気分が悪いのでやけ食いしたい気分なんです!」
五月さんのパフェのあまりの量の多さにさすがの二乃さんもドン引きしている。
「あんた上杉と一体何があったのよ…」
「あんな人、もう知りません!」
「…何があったのかは知らないけど、また彼と喧嘩したの?」
「御影君には関係ありません!放っておいてください!」
「…分かったよ。ごめん。」
うーん、これはかなり重症だね。後で上杉くんに何がったのか聞いてみないといけないな。
「あはは…まぁまぁ、せっかくのパフェなんだし楽しんで食べようよ!」
「そうですよ!見てください、美味しそうですよ!」
一花さんと四葉さんはそんな五月さんをフォローしに回っていた。やはり大正義長女、そして四女。
ちなみに三玖さんはと言うと、ちゃっかりと僕の隣の席を確保して目の前の抹茶パフェをキラキラとした目で眺めていた。
席順は僕の対面の席に左から一花さん、五月さん、四葉さん。僕の左に二乃さん、右に三玖さん。僕は2人に挟まれる格好で真ん中に座っている。
端の席の方が良かったのにどうしてこうなったんだろう。三玖さんは僕の隣がいいって言って聞かなかったので仕方ないが、何故二乃さんが僕の隣に座ってるんだ。
「…何よ?」
「いや、なんで君が僕の横に座ってるのかなって思って。」
「どこに座ろうが私の勝手でしょ。」
いや、まぁそれはそうなんだけどね。
スマホを取り出してルンルンで写メを取る二乃さんを眺めながらそんな事を思う。
「じゃあ、全員分揃ったことだし食べましょー!」
「そうだね!それじゃあ…」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
食前の挨拶をしてから、全員が一斉にパフェに手を付け始める。僕は適当にスマホを眺めながらココアをちびちびと消化しにかかる。
「んー!おいしー!」
「フルーツがいっぱい乗ってて美味しいです!御影さんも一口食べますか?美味しいですよ!」
「いや、僕は遠慮しておくよ。気持ちだけ受け取っておくね。」
「キョーヘー。私の抹茶パフェ食べる?」
「い、いや大丈夫。僕は今日パフェの気分じゃないから…」
いやあのですね、君達自分たちが食べてるパフェを男に食べさせるのがどういうことなのか少しは考えてくれないかな?
やっぱこの姉妹貞操概念ガバガバじゃないか…
「何想像してんのよこの変態!」
そんなことを考えていると、左隣から二乃さんの肘うちが飛んでくる。
「ニヤニヤしてキモいのよ!」
「どこがニヤニヤしてるのさ…あといきなり肘うちはひどくない?泣いちゃうよ僕?」
「ふん!デレデレしてるのが悪いのよ!」
「理不尽すぎるでしょ!」
そう言うと、二乃さんはそっぽを向いてパフェを食べ始めてしまった。解せぬ。理不尽にもほどがある。
でも二乃さんはきちんと貞操概念があるだけに変な安心感を覚えてしまってる僕がいるんだけどね。
ちなみに五月さんは一心不乱にデラックスパフェ特盛をガツガツと胃の中に押し込んでいた。…あの食べ方はやっぱり上杉くんと喧嘩でもしたんだろうなぁ。
「い、五月?そんなに慌てて食べたらお腹壊しちゃうよ?」
「放っておいて下さい!やけ食いしたい気分なんです!」
「…胃薬置いておくから、あとで飲んでおきなよ。」
「余計なお世話です!」
「はいはい、じゃあここに置いとくからね。」
五月さんに睨まれるが、僕は無視して彼女のパフェの器の隣に胃薬を置いた。
いくら鋼の胃袋を持っているとはいえ、あの量をいきなり胃に入れたら何かしら体調に変化があるのは当たり前だろうからな。
「ありがとうキョーヘー君。私が後で五月ちゃんに飲ませておくから…」
「そうしてくれると助かるよ。ありがとう一花さん。」
「やっぱり御影さんは優しいですね!」
「あはは…ただのお節介だよ。気にしないで。」
ペース配分を変えてココアを急ピッチで消費しながら、僕は苦笑いしつつそう言った。
「キョーヘー。ココアのソフトクリーム一口食べたい。」
「えぇ!?」
「…三玖、あんた自分で何言ってるか分かってる?」
「二乃には関係ないでしょ。キョーヘー、駄目?」
「い、いや…ダメってわけじゃないけどさ…」
三玖さんは僕の袖口をぐいぐいと引っ張りながら上目づかいでそう言ってきた。…こんな頼まれ方したら断れないじゃん。
自分の食べかけを女の子に食べさせるのに抵抗がないわけじゃないけど…これは反則だよ。
「…ど、どうぞ。」
「ありがとう。」
僕がおずおずとココアを差し出すと、三玖さんは満面の笑みでソフトクリームをスプーンですくって口へ運ぶ。
…と言うか、三玖さんの抹茶パフェにもソフトクリーム入ってるんだけど。抹茶パウダーがかかってるからプレーンの奴が食べたかったんだろうか。
ちなみに三玖さんはスプーンを口に入れた瞬間、何かに気づいたかのように顔を真っ赤にしていた。…言わんこっちゃない。
そして、反対側ではなぜか二乃さんが三玖さんのことをジト目で睨み付けていた。そして、僕のソフトクリームINココアを食い入るように眺めている。
「…二乃さんも食べる?」
「は、はぁ!?死んでもお断りよ!」
「デスヨネ。」
僕が苦笑いでそう言うと、二乃さんは顔を真っ赤にしながら自分のパフェをバクバクと勢いよく食べ始めてしまった。
「いやぁ青春ですなぁ四葉さん!」
「これは甘酢っぱいですねぇ一花さん!このオレンジくらい!」
「君達そのやり取り気に入ったの?」
「はぐはぐ!」
「五月さん慌てて食べすぎだって…」
もうやだこの五つ子。誰か何とかしてくれ。各々自由すぎる。
ただでさえ上杉くんと2人でも手を焼くというのに…さすがに僕1人では手に負えないよ。
諦めてスマホを開こうとしたその時、ちょうど手に取ったスマホから電話を着信を告げる音楽が鳴り響く。
慌ててディスプレイを確認すると、そこには「上杉風太郎」と表示されていた。
(上杉くん?一体何だろう…)
「ちょっと!人がパフェ食べてる途中にいったい誰からよ?」
「あ、うん…友達からみたい。ちょっとごめん、出てくるよ。二乃さん、通してもらってもいい?」
「しょうがないわね…さっさと済ませないよ?」
僕は着信先が上杉くんだとばれないようにディスプレイを手の平で覆いながら、二乃さんにそう頼む。
二乃さんは渋々と言った様子だったが、立ち上がって道を開けてくれた。僕はお礼を言って席を立つとダッシュでトイレの個室へと駆け込んだ。
個室へ入ってカギをかけると、僕は便器に座ってスマホの応答ボタンを押す。
「もしもし?ごめん上杉くん、お待たせ。」
『御影か…すまんな。まだあいつらと一緒に居るのか?』
「うん、そうだけど…どうしたの上杉くん?声がめちゃくちゃ震えてるけど。」
スマホのスピーカから聞こえてくる上杉くんの声は、普段の彼の声色とは違ってかなりトーンダウンしており震えも混ざっている。
…一体どうしたんだろう。嫌な予感がする。
『…五月から聞いてるか?俺があいつらの父親と電話をしたということを。』
「それは初耳だけど…でも五月さんがファミレスに行く前に君に父親から電話を取り次ぐよう頼まれたって言ってたのは聞いたかな。」
『あぁ。その内容について、ちょっと相談したいことがあってな。』
上杉くんは言葉に詰まりながらも、なんとか次の言葉を絞り出した。
『…次の中間試験で、あいつらのうち1人が1科目でも赤点を取ったら俺は首にされるらしい。』
「………マジで?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は体中から嫌な汗が噴き出るのを感じた。
いやいや、ちょっと待って欲しい。中間試験まであと一週間しかないんだよ?ただでさえ、現状じゃ1科目の赤点回避すら怪しいってのに…
それを5人全員5教科全部赤点を回避させろと?自分の娘の学力を正確に把握してないのか?父親としてそれはどうなんだ。
『あぁ、本当だ。なんでも俺が奴らにふさわしいかを見極めるためらしい。』
「あの五人相手に投げ出さずにここまでやってきてる時点で充分な気がするんだけどね、僕は。」
『まったくだ。…で、ここからが本題なんだが。』
上杉くんは再び声のトーンを落とす。僕は彼の次の言葉を聞くために、息をのんで待つ。
『電話を切った後に五月と口論になっちまって…あいつに勢いで絶対お前に勉強は教えてねぇ!って言っちまったんだ…』
「何やっとんじゃ君はァァァ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず立ち上がってわなわなと右手を震わせた。
いやいやいや、その条件出された直後に五月さんと喧嘩しちゃったの!?ただでさえ難易度ナイトメアモードだったのが無理ゲーにレベルアップしたんだけど!?
なるほど、それで五月さんが合流してからずっと怒ってたんだな。怒るのも無理はない。
『しかも五月からも俺からは絶対に教わらないって言われちまうし…』
「まったく君達は…」
便器に再び腰を下ろしながら、僕は額に手を当てる。
まぁなってしまったものを悔いても仕方がない。今からやることはこれからどうするのかだ。
現状、勉強に協力的なのは一花さん三玖さん四葉さんの3人だけ。
五月さんは自習はしてるようだが学力はお察しだし、二乃さんに至っては勉強すらしてない始末である。
とにかく上杉くんと五月さんの仲を修復し、二乃さんを何が何でも机に向かわせて勉強させて、残りの3人には今まで通り急ピッチでテスト範囲を詰め込むしかないだろう。
そうでもしないと5人5科目の赤点回避など到底不可能だろう。…いや、これだけやっても赤点回避出来るかは正直怪しいというしかない。
しかもこんな条件が二乃さんの耳に入りでもしたらまずい。絶対に赤点を取るための努力をしてくるに決まっている。
…だが、やるしかない。上杉くんの首がかかっている。彼の家の借金問題を考えると泣き言を言っている場合じゃない。
これはやっと見つけた上杉くんの仕事なんだ。彼の家のために、彼のために、らいはちゃんのために、そして五つ子全員の将来のためにも。
絶対にやり遂げないといけない。絶対に上杉くんを首にさせるわけにはいかないんだ。
出来るか出来ないかじゃない。やるか、やらないか。だったらやるしかない。
『俺は諦めたくない…借金のためにも、あいつらのためにも諦めるわけには…』
「…上杉くん。正直、中間テストまでの一週間は死ぬほどしんどくなると思う。僕と君は前日に一夜漬けで勉強できればいいくらいのレベルになるかもしれない。」
『あぁ、それは承知の上だ。奴らには急ピッチで範囲を詰め込まないと到底赤点回避は不可能だろうからな。』
「そうだね…上杉くん、二乃さんや五月さんの説得は僕が引き受けるよ。それに、協力的な3人への勉強を教える補佐も今まで通りやるからさ。」
『…御影。』
「やってやろうじゃないか!5人全員赤点回避!僕も全力で協力するよ!だから一緒に頑張ろう?君は1人じゃない、僕も一緒に頑張るよ!」
『御影…お前って奴は本当に…ありがとうな。』
「お安い御用だよ、相棒!」
『あぁ、やってやろうじゃねぇか相棒!全員赤点回避を!』
「もちろん!」
僕と上杉くんは電話口で激励し合うと、僕は1人で握りこぶしを天へ掲げる。これからの一週間は激動の一週間になるだろう。
けど、五月さんの件に関しては上杉くんに頑張ってもらうしかない。僕が出来るのは説得までで、実際には上杉くんが謝罪しないと解決しないからな。
ともあれ、こうして上杉くんの首をかけた五つ子全員赤点回避大作戦の幕がここに上がった。
「じゃあ、また作戦を後で練ろうか。」
『そうだな…いずれにせよ、死ぬ気で頑張らねぇと。邪魔して悪かった、御影。家に帰ったらまた連絡してくれ。』
「ううん、大丈夫。分かった、じゃあ家帰ったら連絡するね。」
そう言うと、僕はスマホをタップして通話を終了させる。
二乃さんと五月さんの説得。3人への急ピッチでの範囲の詰め込み。上杉くんの首の条件を内緒にしつつ、これらを不自然に思われないよう五つ子に行う。
難易度ナイトメアモードを通り越してエキスパートモード、もしくは無理ゲー並であるがそれでもやるしかない。
僕は深呼吸をし、自分の胸をこぶしで叩くと目を開けて立ち上がる。
「…ココア、もうぬるくなってそうだなぁ。」
すっかり忘れていたココアの事を思い出した僕は、スマホをポケットにしまうと五つ子の待つ席へと戻るのだった。
中間試験編は
二乃と三玖とのオリジナルエピソードを挟む予定です