五等分の…なんだって?   作:焼きそばの具

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今回は難産でした


第12話 勉強と取引

僕は正直、侮っていたのかもしれない。

この姉妹に勉強を教えることの大変さを。この姉妹が勉強が嫌いな事を。そしてこの姉妹が超弩級のアホだということを。

僕は侮っていたのだろう。

 

「ちょっと二乃さん!そこの公式間違ってるよ!」

「うっさいわね!こんなもん解ければなんでもいいでしょうが!」

「いやそもそも解けてないんだけど!しかもそこはそうじゃないって!それじゃ問題に喧嘩吹っ掛けてるから!」

「上等じゃないの!受けて立つわよゴルァァァ!」

 

僕は甘く見ていた。前途多難ってレベルではなかった。

中野二乃と言う少女に勉強を教えることがこれほどまでに大変な事だとは。

僕は頭を抱えながら天井を見上げた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

あのあと、三玖さんと四葉さんと別れてリビングを後にした僕は中野家の二回、五つ子達の個室が立ち並ぶ空間へとやってきていた。

僕が現在立っているのは突き当りから2番目の部屋。つまり二乃さんの部屋である。目的はテキストを渡し、なんとしてでも彼女に勉強をしてもらうことだ。

2・3回その場で深呼吸をした僕は腹を括ると、彼女の部屋のドアを3回くらいノックした。

 

「二乃さん。御影だけど。」

 

そう呼びかけるが、扉の向こうからは一切のアクションを感じられない。

さすがにこの時間にもう寝てるってことはないだろうから、恐らく無視されているようだった。

まぁこのくらいは想定内である。彼女が一回ノックした程度で出てくるわけがない。

僕はため息を吐くと、今度は素早くドアを連打するノックを繰り出した。

 

「二乃さん。御影ですけどー。」

 

しかし返事はない。もしかしたらイヤホンをして音楽を聴いているという可能性もあるかもしれないな。

だが、勝手に女の子の部屋に入るのはさすがに気が引ける。僕は額に手を当てると、今度はドアを3・3・7拍子のリズムで連打する。

 

「に・の・さん。に・の・さん。み・か・げ・で・す・け・ど!」

 

が、駄目ッ…!無反応…っ!圧倒的無反応…っ!!!

さすがにここまで来るとそろそろメンタルに応えてくるので、仕方ないので最終手段を使うしかないようだな。

僕は大きく息を吸うと、扉へ向かって叫ぶ。

 

「おーい!聞こえてますかー!聞こえてたら返事してくださーい!20点さーん!」

「誰が20点さんじゃゴルァァァ!!!」

 

やはり二乃さんにはこの方法が一番効果てきめんなようだ。

僕の叫びを聞いた二乃さんは勢いよくドアを開けると、僕へ向けて顔を赤くしながら詰め寄ってくる。

 

「間違ってはないからセーフでは?」

「うっさいわね!その口縫い合わせるわよ!」

「冗談だって、それより二乃さん。はい、これ。」

「…なによ?これ。」

 

僕は応戦してくる二乃さんを適当にあしらいつつ手にしたテキストを突き出すと、二乃さんは頭にハテナマークを浮かべて首を傾げた。

 

「僕と上杉くんで作った君用のテキストと問題集だよ。君にもそろそろ勉強してもらおうと思ってね。」

「さっき私は勉強なんて必要ないって言わなかったかしら?」

「生憎、最近耳が遠くてさ。聞こえなかったね。」

「あらそう、じゃあもう一度言ってあげる。私には勉強なんて必要ないわ。」

「はい、じゃあこれ。テキストと問題集は連動してるから2冊広げながらやるとはかどると思うよ。」

「あんた私の話聞いてる!?」

「最近耳が遠くて。」

「嘘つくんじゃないわよ!この距離で聞こえないわけがないでしょ!」

 

そう言うと、二乃さんは僕の顔に指を突き付けてきた。

 

「大体私がこんなのもらったところでやると思ってるわけ?」

「いや、やるでしょそりゃ。だって20点だし。」

「それはもう言うなぁ!」

 

両手をブンブンと振り回しながら二乃さんは叫ぶ。

 

「…単刀直入に言うけど、上杉くんから事情は聞いてる。思ったんだけどせこいことしすぎじゃない?」

「うっさいわね!へぇ、でもあいつから聞いたのね。」

「そうだよ。だから僕は君に何が何でも勉強を教えないといけない。」

「それを聞いたなら、なおさら私が勉強するとでも思うのかしら?」

 

そう言うと、二乃さんは腕を組みながらどや顔でこちらへ視線を向けてくる。

そりゃ赤点取ったら上杉くんが解雇なんて彼女にとっては好都合でしかないだろうからな。勉強を頑張らないことを頑張るに決まってるのは火を見るよりも明らかだ。

…と言うか、言い換えたらドヤ顔で私は赤点を取りますって言ってるようなもんなんだけどそれでいいのだろうか、この子は。

高校生活の中で赤点取るって相当ヤベー事態だと思うんだけど。進級が怪しくなるってことを理解してないんだろうか。

まぁでも、こうなることは想定済みだ。次の手を打とう。

 

「まぁそりゃそう簡単にはやってくれないと思う。だから、僕は君と取引がしたい。」

「…取引?取引って何よ?」

 

僕は二乃さんを見据えながらそう言うと、彼女は再びハテナマークを浮かべて首を傾げた。

 

「簡単な話だよ。君が勉強をしてくれるならそれ相応の報酬を支払うって言ってるんだ。」

「報酬?…生憎だけどお断りよ。そんなものもらいたくもないし、必要ないわ。」

「いいのかなー?今受けないと今後絶対手に入らないようなものなんだけどなー。あーあー、勿体ないなぁ。」

 

僕はわざとらしく棒読みでそう言って口笛を吹く。

二乃さんはそんな僕の様子をちらちらと確認していたが、やがて何かを思いついたような顔で口を開いた。

 

「…まぁ話くらいは聞いてあげてもいいけど?」

「そう来なくっちゃね。…で、ちょっとここでは話しづらい事なんだけど。」

「いいわ。本当は自分の部屋に男を上げるなんて死んでも嫌だけど…特別に私の部屋に入れてあげようじゃない。」

「ありがとう。話が早くて助かるよ。」

「これっきりだかんね!」

 

そう言うと、二乃さんは自分の部屋のドアを開けて「入れ」と顔で促してきた。僕は軽くうなずくと、彼女へ続いて部屋へ入室する。

二乃さんの部屋は少し段差のあるベッドをはじめ、化粧台や勉強机、壁には絵や蝶の折り紙が飾られておりカーペットなども可愛いもので仕上げられていた。

更にベッドの上には大量のぬいぐるみが置かれており、女の子部屋特有の甘い香りが漂っている。まさにザ・女の子と言う感じの部屋だった。

 

「…で、一体何なのかしら?その今を逃したら絶対に手に入らないものって言うのは?」

 

そう言いながら、二乃さんはベッドに腰を掛けると足を組みながらニヤニヤとした笑みでこちらを見据えてきた。

 

「言っとくけど、くだらないものだったら許さないわよ?」

「…そりゃもちろん。貴重なものだよ。」

 

足を組み替えながら相変わらずのにやけ顔でこちらを見てくる彼女に対して、僕は彼女に負けないくらいのにやけ顔を浮かべてそう言った。

…と言うか、二乃さんって部屋着はいっつもその赤いジャージなんだな。まぁジャージが動きやすいのは間違いないけど。

さてと、なんとか話をしてもらえる状態には持ってきたのはいいものの…ここからどうしようかな。

 

(実は報酬についてなんて何も考えてないんだよな…)

 

そう、僕は自信満々にああ言ったのはいいけど肝心の交渉材料の報酬なんてものについては一切考えていなかったのである。

…あれ、これもしかしなくてもまずいんじゃない?二乃さんは勉強をする代わりにもらえる報酬が気になって僕の部屋に入れて話を聞いてくれているわけだ。

それが実は報酬なんてなかったですなんてことになったら…勉強どころか今すぐ部屋から放り出されかねないのでは。

 

(…やらかしてしまったかこれは。)

「何よ。もったいぶらずに早く言いなさいよ。」

「まぁまぁそう慌てないでよ。お楽しみは最後にってよく言うでしょ?」

「今すぐあんたの頭にこいつで一撃食らわせてもいいのよ?」

「スミマセンすぐ言うので勘弁してください。」

 

少しふざけすぎたか、チラリと二乃さんを確認すると貧乏ゆすりを始めており声色にも若干の怒気が含まれている。

どうやら中々本題に入らない僕に対して若干イライラしてきているようだった。

 

「え、えっと…報酬についてなんだけど…」

「何よ?早くしなさいよ。もしかして…口から出まかせとかじゃないわよね?」

「もちろんだよ!そ、そんなわけないじゃん!」

「…目が泳いでるんですけどー?」

「き、気のせいでしょ…」

 

まずい、これは早く何かを言わないと二乃さんがもう取り合ってくれなくなってしまう奴だ。

しかし…ああは言ったけど二乃さんに勉強してもらうだけの報酬って何があるんだ?甘いもの…は報酬としては弱すぎるような気がするし。

かといってブランド物のアクセサリーやバッグ、服などを買えるだけのお金が僕にあるわけもないわけで。と言うかそもそもお金持ちなら持っててもおかしくないかもしれない。

後は…一応思いついたものはあるけど、こんなもので彼女が納得してくれるのか?

 

「えーっと…」

「はーい。じゃあ後5秒以内に言わなかったら部屋から追い出しまーす。5・4・3…」

「わ、分かった!分かった言うから!」

 

散々頭をひねっていると、二乃さんはとうとうしびれを切らしたのか強硬手段に出てきた。

僕は彼女へ向けて手を突き出すと、深く深呼吸をした。

 

「その報酬って言うのは…」

 

えーい!もうどうにでもなっちゃえ!

完全に思考を投げ捨てた僕は、半ばヤケクソで口を開いた。

 

「今度の試験で君が赤点回避したら、僕が何でも1つ言う事を聞いてあげるよ!!!」

 

…言った。言ってしまった。言ってしまいやがりましたよこの御影って奴。

そう、思いついた物と言うのは先ほど僕が口走った「二乃さんが赤点を回避したら言う事を1つ聞く」と言うものだった。

こらそこ!散々捻っておいて安直だなとか言わないの!自分で言っといてなんだけど、この言葉って結構人に対して口にするの勇気いるんだぞ。

僕は恐る恐る二乃さんの顔色をうかがうが、彼女は腕を組むと何か考え込むような様子を見せていた。

正直こんなもので彼女の気が変わるとは思えないけどね…

部屋の中にシーンとした気まずい空気が流れる。その均衡を破ったのは、意外にも二乃さんの方からだった。

 

「…今の言葉、嘘はないわね?」

「え?も、もちろんだよ!本当に君が赤点を回避したのなら、僕は何でも君の言う事を1つ聞いてやる!」

「言質は取ったわよ?今さら無し、なんてのは許さないんだからね?」

「もちろんだ!男に二言はないよ!」

「…いいわ、乗ってやろうじゃないの。」

 

二乃さんはそう言って立ち上がると、僕へ向かって指を突き付ける。

 

「あんたの取引、乗ってやろうじゃないの!私が赤点を回避したら、本当にあんたに何でも1つ言う事を聞いてもらうからね!」

「う…うん、望むところだよ!」

 

何故か顔を真っ赤にしながらそう言う二乃さんに対して、僕はとびっきりの笑顔で答えた。

…えっと、本当にこんなものでいいの?

 

正直、僕が何でも1つ言う事を聞くって条件が彼女の中で「上杉くんを解雇する」ってことよりも上回ったという衝撃の事実に動揺を隠しきれないでいるんだけど。

僕なんかが言う事を聞くなんてやっすい事で本当にいいのか?何か裏があるんじゃないだろうな?駄目だ、ちょっと予想外すぎて頭が混乱している。

…まぁ、今は考えていても仕方ない。ともあれ当面の最大の壁であった二乃さんに勉強をさせる、と言う条件を僕はたった今クリアしたんだ。

これで上杉くんの家庭教師の続行に少しではあるが明るい光が差し込んできた。

 

「あいつの延命に手を貸すのは癪だけど…まぁいいわ。絶対に何でも言う事聞いてもらうからね!録音もしたから逃げられないわよ!」

「わ、分かってるって…約束は守るよ。その代わり試験までしっかり勉強しないと赤点回避は無理だからね?」

「うっ…」

 

意気揚々と言う二乃さんに対してそう言うと、彼女は言葉を詰まらせて黙り込んでしまった。

…まぁ、さっきまでは喜んではいたが実際はようやくスタートラインに立てたところでしかないからな。ここから、僕は彼女に勉強を教えていかないといけないわけで。

彼女の学力は…言わなくても分かるが、超弩級のアホである。それを中間試験までの一週間でなんとか形になるまで仕上げるとなると…

もしかしたら、今回は僕中間試験ノー勉強で挑まないといけないかもしれないな。そのくらい手ごわそうだ。

 

「や、やっぱ前言撤回…」

「えぇ!?あそこまで言っておいて!?」

「わ、分かったわよ!やればいいんでしょ!?やってやろうじゃないの!」

 

そう言うと、何故か二乃さんはベッドから立ち上がると僕へ向けて距離を詰めながらそう言ってきた。

 

「その言葉、嘘じゃないよね。言質は取ったからね。」

「望むところよ!こうなったら絶対に赤点回避してやろうじゃないの!」

 

先ほどの言葉をそっくりそのまま彼女に返すと、彼女も僕の言葉をそっくりそのまま返してきた。

よくわからないけど滅茶苦茶やる気になってくれたようで結果オーライ…なのか?これは。

僕が頭を押さえながら天井を見つめていると、不意に右手のテキストを二乃さんに奪い取られる。

 

「ちょ、ちょっと…」

「…この資料ってあんたが作ったの?」

「う、うん。二乃さんの分は全部僕が作ったよ。問題は上杉くんが考えたけどね。」

「ふーん…まぁあいつの考えた問題ってのは癪だけど、まぁいいわ。」

 

そう言うと、彼女はそのまま勉強机まで歩いていくとテキストと問題集を広げて椅子に座った。

僕はそんな彼女を定まらない思考でぼんやりと眺める。

 

「…何やってるのよ?」

「え?」

「勉強、あんたが教えてくれるんじゃないの?」

「…マジで?」

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

…と言うわけで、二乃さんに勉強を教えることになった僕だったのだけれど結果は冒頭を見てもらえれば分かると思う。

正直言って二乃さんの学力のレベルはあまりにもひどかった。四葉さんほど頭が悪いわけじゃないけど、5人の中でテスト結果は3位の20点。超弩級のアホには変わりないわけで。

国語はガタガタ、数学は公式すら分からない、社会は日本史も世界史も地理もダメ、理科に至っては基本的な用語すら覚えてないという始末だった。

唯一の救いは英語のみ、赤点ラインを越えられるかどうかと言うレベルだったので英語は叩けば伸びるだろうということくらいか。

…よくこんなんで転入試験に受かったな。まさかお金を積んだんじゃないだろうな…?

 

「…まさか、君がここまでアホだとは思わなかったよ。よくこれで勉強しなくてもいいとか言ってたね?」

「うるさいわね!こんなの別に覚えなくても将来生きていけるものばっかりでしょうが!」

「はいはい屁理屈言わないの…やっぱり上杉くんに教わったほうがいいんじゃない?」

「あんた、私が出した条件忘れたの?あいつの授業は受けないって言ったでしょ。」

「…そうだったね。なんでもない、忘れて。」

 

僕はため息を吐き出しながらそう言った。

実は二乃さんに勉強を教えるためにはもう1つ条件があって、それは「上杉くんからは一切の勉強を教わらない」と言うものだった。

ということは必然的に彼女に勉強を教えるのは僕しかいないわけであって。

 

正直、僕は平均よりは点数取れるとは言えそこまで頭がいいわけでもないし教えるのがうまいというわけでもない。

あくまでも、この子達に比べたら頭がいいってだけで上杉くんのように家庭教師として知識を叩き込めるレベルの頭の良さは僕にはないのだ。

赤点を回避するなら上杉くんに教えてもらう方が絶対いいんだけど、彼女が上杉君を嫌っているのは言わずもがなだからね。

…やれるだけのことはやるけど、正直僕がこの子をどの程度のレベルまで引き上げられるかは分からない。でもやるしかないんだから、全力を尽くすしかない。

何の奇跡が起きたのかは分からないけど、彼女が机に向かって勉強してるだけでも今までから考えたら進歩しまくってるんだし。

 

「…えっとね、そこの公式はそうするんじゃなくてこうすればいいんだよ。」

「そんなこと言われてもよく分かんないわよ…」

 

数学の公式を教えようと彼女に説明をするが、そもそも彼女は公式の仕組みすらよくわかっていないようだった。

…こりゃ公式を徹底的に叩き込むところから始めないとまずいな。時間がいくらあっても足りない。

 

「じゃあまずは公式から覚えようか。教科書のここに乗ってるはずだから…」

「…なにこれ、日本語で書いて欲しいんだけど。」

「いや、これ日本語なんだけどね…いい?数学はパズルみたいなもんだから、公式さえ覚えてしまえばあとはそれを組み合わせるだけで大抵は大丈夫だから。」

「そ、そうなの?えーっと…じゃあこの公式は…」

「あぁ、それはこうすればいいよ。」

 

必死になってノートに公式を書き写して計算をする彼女を見ながら、僕は今後どういう方針で勉強を叩き込むかを考える。

とりあえず数学の公式に、地理や日本史、理科は生物や化学分野もあるし…明らかに一週間で詰め込める量じゃないんですけどそれは。

もういっそヤマでも張るしかないような気もするが、それだと外れたときにどうなるかは明白だからなぁ。

 

(…考えてたら頭が痛くなってきたな。)

「出来たわよ。これでいいわけ?」

「どれどれ…えっと、これとこれは合ってるけど他は間違ってる。計算の仕方がそもそも間違ってるかな。」

「あーもう!こんな計算できなくても別に生きていけるじゃないの!こんなのが社会に出て何の役に立つわけ!?」

「社会では役に立たなくても高校卒業のためには必要なんだよ…ほら、頑張って。それ終わったらいったん休憩にするからさ。」

「まったく…なんで私がこんなことしないといけないのよ…」

 

口ではぶつぶつと文句を言いながらも、なんやかんやでしっかりとペンは動かしている辺り勉強自体にやる気は持ってくれたようだ。

しかし、こうやって二乃さんが机に向かって勉強している姿なんて少し前からは想像もつかなかった。こんな光景を上杉くんが見たら感動して気絶するんじゃなかろうか。

そう言えば、上杉くんと言えば一花さんがベランダで何か話していたようだけどうまく説得してくれたのだろうか。…明日にでも聞いてみるとしよう。

 

「…ほら、出来たわよ。」

「了解。えーっと…うん、正解だね。それじゃあいったん休憩しようか。」

「んー!あー疲れた!一生分勉強した気分だわ!」

「まだ勉強始めてから1時間しか立ってないんですがそれは。」

 

二乃さんはそう言うと、ベッドに勢いよくダイブした。

…まぁ、今まで一切勉強してこなかった子に3時間とかぶっ通しで勉強させても頭になんて入らないだろうからね。

まずは1時間勉強したら小休憩をはさむ方がいいだろう。ふと時計を見ると、時刻は既に22時を回っているようだった。…さすがに24時には切り上げた方がいいな。

 

「30分休憩したらまた1時間勉強するからね。今日はもう遅いし、それが終わったら今日は終わりでいいよ。」

「えぇ!?まだやるつもりなの!?」

「そりゃそうでしょ、君は基礎が出来てなさすぎなんだ。急ピッチで詰め込まないととてもじゃないけど赤点回避なんて不可能だよ。」

 

しかし、勉強教えるのって結構疲れるんだな…僕は適当な場所に座り込みながら大きく息を吐きだす。

 

「…そう言えばさ、二乃さん。」

「何よ。」

「僕が聞くのも変な話なんだけどさ、なんであの条件で勉強する気になってくれたの?」

 

天井を見つめながら、僕は疑問に思っていたことを彼女にぶつけた。

そう、あれだけ勉強を嫌がって上杉くんを排除しようとしていた彼女が「僕が何でも1つ言う事を聞く」と言う条件を聞くや否や赤点回避を目指して勉強を始めたわけだ。

正直な話、僕には彼女にとってその条件が上杉くんや僕を排除しようとする理由を上回る理由になるとは思えないんだけどね。

 

「僕にはこの条件が、君の家庭教師を排除しようとする理由を上回ってるとは思えなくてさ。」

「…なによそれ、私に赤点回避させたいのかさせたくないのかどっちなのよ?」

「だから僕が聞くのも変な話だけどさってことだよ。…ちょっと気になったんだよ。深い意味はないけど。」

 

そう言うと、二乃さんはベッドから降りて近づいてくると真っ直ぐと僕を見据えた。

 

「じゃあ逆に聞くけど、あんたは何でそこまで自分を犠牲にしてまで上杉を延命させようとするわけ?」

「彼には家庭教師を続けなきゃいけない理由がある、それを助けるためだよ。友達を助けるのに理由はいらないでしょ?」

「…ほんとにあんたはバカね。どこまでお人よしなわけ?」

「よく言われる。…それに、僕は君達五人にもきちんと卒業してほしいからさ。前にも言ったような気がするけど。」

「ふん、余計なお世話よ。」

「それでも構わないよ。でもさ…やっぱり知り合った以上、見捨てることなんて出来ないからさ。」

 

前から思っていたけど、五人にはきちんと高校を卒業してもらいたい。その気持ちに偽りはない。

 

「もちろん君もだよ、二乃さん。君は僕のクラスメイトだし…余計にね。」

「…ふん、バッカじゃないの。そのために自分の時間を犠牲にしてまでなんて…ほんとにバカよ、あんた。」

「何とでも言ってくれて構わないさ。君達のためにも、上杉くんのためにも。僕は諦めるわけにはいかないもんでね。」

「…私が何であの条件で勉強する気になったか、だっけ?」

 

二乃さんはくるりと後ろを向くと、体をふるふると震わせながら口を開いた。

 

「普段からムカつくあんたに何でも言う事を1つ聞かせられるのよ?こんなに楽しいことが他にあると思う?」

「…随分と悪趣味だね。」

「ふん、何とでも言いなさい。それが私が勉強する気になった理由。…これで満足かしら?」

「それは上杉くんを首にするよりも大事な事なの?」

「うっさいわね。どうでもいいでしょ、あんたには関係ないわ。」

「…そっか、ならこれ以上は何も聞かないよ。理由はどうあれ僕と君の目標は赤点回避で一致した。明日からはバンバン勉強教えるから、よろしくね。」

「えぇ、望むところよ。こうなったらとことんやってやろうじゃないの!勉強でもなんでもやってやるわ!あんたも休む暇がないくらい付き合わせてやるわよ!」

 

そう言うと、二乃さんは再びこちらを向きなおす。

こちらを向いた彼女の顔は、りんごのように真っ赤に染まっていて…

 

「だから絶対に赤点回避してあんたに言う事聞いてもらうんだからね!覚悟しなさいよ!」

 

そして、100点満点の笑顔だった。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「…んん…ふぁぁ。」

 

知らない天井…ではなかった。

結局、あの後も変にやる気を出した二乃さんと彼女の部屋で勉強を教えていたのだが…どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 

「いてて…」

 

どうやら壁にもたれかかって寝てしまっていたらしい。おかげで体の節々が痛い。

更に変な体制で寝ていたのだろう、特に左肩と腰のあたりを重点的に痛めてしまっているようだった。鈍い痛みが肩と腰に広がっている。

時計を見ると、時刻は午前8時を回った辺りだった。日曜日だしもう少し寝ていたい気もする僕は目を閉じようとするが、中野家に泊まっていたことを思い出す。

さすがに人の家で二度寝をかます勇気は僕にはなかったため、立ち上がろうと体を起こそうと…

 

(…ん?)

 

した瞬間に、体の左半身に違和感があることに気づく。

具体的には左半身、特に左肩の辺りにずっしりとした重量的な負荷がかかっているような気がするのだ。

寝起きで体が重たいにしても、左半身にのみこれだけはっきりと重量がかかっているのはおかしい。

しかも気のせいか、僕の左耳の付近ではすやすやと言う人の寝息のようなものが聞こえる。…アハハ、おかしいな。また寝ぼけているんだろうか。

勉強しながら寝落ち。そしてここは二乃さんの部屋。昨日は二乃さんと一緒に勉強してた…うん、嫌な予感しかしない。

僕は息を吐くと、そろそろと首を左へと回した。

 

(やっぱりね!!!そうだと思ったよ!!!)

 

まず僕の目に飛び込んできたのは、すやすやと寝息を立てる二乃さんの寝顔だった。しかも超至近距離である。少し動けば触れてしまいそうだ。

さらさらの前髪。シミ1つ無い絹のような肌。やたらと艶めかしい唇。そして微妙に首筋にかかる彼女の寝息と甘い香り。脳みそが溶けそう。

どうしてこんな状況になってるんだ…?

 

えっと…そうだ、確か昨日の後半は机に向かうのが疲れたって言う彼女の要望で折り畳みの机を出して床に座って2人横並びで勉強を見てたんだった。

まぁ僕もずっと立ちっぱなしじゃしんどかったし、それ自体はありがたかったんだけどね。

それで、二乃さんの今後の指導計画を練っている最中に眠気が襲ってきてそのまま意識を手放したんだっけか…

彼女がやっと勉強してくれるようになった安心からか、少し気が緩んでいたのかもしれないな。

 

(ど、どうしようかなこれ…)

 

冷や汗を流しながら、僕は頭に手を当ててこれからどうするかを考えた。

二乃さんはちょうど僕にもたれかかるように眠っており、僕の左肩に頭をのせて幸せそうにすやすやと寝息を立てている。

ふと彼女の手を見るとそこにはペンが握られており、テーブルのノートを見てみるとしっかりと僕が言った範囲の課題は終わらせてあるようだった。

 

(…課題、やってくれたんだね。)

 

その光景を見た僕は、自然と自分の顔が緩むのを感じた。

二乃さんは頑張ってくれたみたいだ。ざっと見た感じ間違ってる問題の方が多いけど、それはこの際気にしないでおいてあげよう。

理由はどうあれ頑張ってくれたのは事実だ。なら、無理に起こすよりももう少し寝かせてあげた方がいいかもしれない。

そう思った僕は首を戻して壁にもたれかかると、再び目を閉じ…ようとした瞬間だった。

いきなり部屋のドアが音を立てて開く。

 

「二乃。朝だよ…!?」

 

廊下からの光に一瞬目がくらんだ僕は薄目を開けてドアを開けた人物の認識にかかった。

青いパジャマに…眠たげな瞳…そしてこの特徴的な声は…三玖さんか。

 

「きょ…キョーヘー…?」

「お、おはよう。三玖さん。」

 

部屋の中に広がっている光景を見て驚いたのか、三玖さんは体を硬直させて唖然としたような表情でこちらを見つめている。

…ど、どうしよう。この状況って僕から見たら勉強してて疲れて寝たって言えるけど、第三者が見たら他の見方も出来なくはないわけで。

ただ相手が三玖さんなら話せばわかってくれるだろう。僕はこうなったいきさつを話すために口を開く。

 

「キョーヘー…下で寝たんじゃなかったの?二乃の部屋で何やってたの?」

 

しかし、僕が言葉を発する前に三玖さんがそう問いかけてくる。

よくよく見ると、三玖さんは先ほどの唖然とした表情から一転して目のハイライトが消えうせ、彼女にしては珍しく腕を組みながらこちらを見下ろしている。

一瞬、その光景が二乃さんとかぶった。やっぱり姉妹なんだな…ってそうじゃない!

 

「えっと、見たら分かると思うけど彼女に勉強を教えてたんだよ。そしたらそのまま寝ちゃってさ…」

「ふぅん…2人で仲良く一緒に?」

「い、色々あったんだよ。事情は今から説明するから…」

 

生気のない目でこちらを睨みながら一歩一歩近づいてくる三玖さんに対して、僕は苦笑いをしながらそう返すしかなかった。

なんだろう、今の三玖さんからはとんでもないオーラを感じる。普段彼女からは感じないような、とんでもないオーラを。

しかしどうする?なんと説明する?まさか三玖さんに「二乃さんが赤点回避したら僕が言う事を1つ聞くことになりました」なんて馬鹿正直に言うわけにもいかない。

そんなことを口走った日には後で二乃さんに死ぬほど絞られるに決まっている。ど…どうすればいいんだ。

 

「事情って?二乃と添い寝してるのに言い訳する必要があるの?」

「違うってば!ほら、そこのテーブルを見てよ!本当に勉強してて寝落ちただけなんだって!」

 

阿修羅のような雰囲気で僕の目の前へとやってくると、三玖さんは二乃さんと僕の顔を交互に見つめながらそう言った。

僕は慌てて弁解するが、どうも納得してくれているような雰囲気は感じられない。

 

「確かに勉強してた後はあるけど…本当に?他には何もしてないの?」

「し、してないよ…!」

「二乃はあんなに勉強を嫌がってたのに?」

「そうなんだけど、僕が無理矢理頼んでやってもらったんだよ。」

 

あと三玖さん近い!顔が近いって!

その場に座り込んで、少し動けば鼻がぶつかってしまいそうなほど僕に顔を近づけながらそういう三玖さんに対して僕は内心テンパりながらそう答える。

やばい、なんかいい香りするし肌は絹みたいだし左隣からは二乃さんの寝息が聞こえてくるしで頭がどうにかなりそうだ。

そりゃそうだろう。こんな美少女2人に密着するくらい接近されて平常心でいられる男なんてまずいない。

と言うか、今日の三玖さん何かがおかしくないか?この子って普段こんなに積極的にグイグイ来る子だったっけ…?いや、最近はグイグイ来てた気がしなくもないけど。

 

「ほら、彼女だけ成績悪くてもかわいそうでしょ…だから頑張って言いくるめたんだよ。」

「あんなに嫌がってたのに…どんな魔法使ったの?」

「魔法って…誠心誠意お願いしたんだよ。三玖さんも前にも言ってたでしょ、誠実に向き合えば分かり合えるって。」

「誠実に…そうだったね。」

 

僕がそう言うと、三玖さんはハッとしたような表情を浮かべた。それと同時に、目にハイライトが戻ってくる。

しかし今度は顔を赤らめて頬を膨らませると、拗ねたような表情を浮かべつつ二乃さんを見た。

 

「…でも、それとこれとは別。何で二乃がキョーヘーの肩で寝てるの?」

「え、えっと昨日並んで勉強してたんだけどそのまま寝ちゃったっぽくてさ…多分それでだと思う。」

「二乃だけずるい。私もやる。」

「ちょ、三玖さん!?」

 

そう言うと、三玖さんは僕の制止も聞かずに開いている右側へ移動すると壁にもたれかかっている僕の右肩に頭を置いて密着してきた。

え、これどういう状況なの?なんで三玖さんも二乃さんと同じような格好してるの?何で僕、朝起きたらこの2人に挟まれてるの?え、ちょっと待って。理解が追い付かない。

 

「ちょっと三玖さん…!」

「しばらくこうしてて。そうしたら許してあげるから。」

「そもそも何を許してもらうのさ…!」

 

僕は必死で抗議するが、三玖さんはさらに僕へ体を寄せるとそのまま目を閉じてしまった。

相変わらず左肩では二乃さんが寝息を立てながらすやすやと眠っている。そして新たに右肩に三玖さんの頭が加わり、彼女も目を閉じて二度寝を始めてしまった。

ちょっと待ってくれ色々と理解出来ないんだけど?僕何で三玖さんに寄りかかられてるの?二乃さんは不可抗力だけど何で三玖さんまで?

あぁぁなんか色々当たってるし柔らかいしいい香りするし、首筋に息はかかってるし重たいし…

急激に負荷をかけられた僕の脳は高速回転し、1つの答えを導き出した。

 

「…そうだ、夢だ。これは夢に違いない。」

 

うん、そうだよ。昨日は遅くまで二乃さんと勉強していたんだし、まだ夢の中にいるに違いない。膝をつねってみたら痛いけど、夢に違いない。うん。

そう結論付けた僕は諦めて思考を放棄すると、目を閉じて意識を手放したのだった。




とりあえず、いけるところまでは
1日1話ペースで行こうと思います
頻度が落ちたらそう言う事だと察してもらえたら…

とりあえず中間試験後には
二乃と三玖とのそれぞれとオリジナルパートを
挟む予定ではいます
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