五等分の…なんだって?   作:焼きそばの具

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中間試験編は今回で終了です
結果はどうなったのか…


第15話 運命の日

とうとうこの日がやってきた。

今日は中間試験の返却日。つまり結果発表がなされる日ということだ。

つまり上杉くんの明暗が分かれる日でもある。

 

この一週間、僕達はやれるだけのことはやってきたつもりだ。

あとは彼女達の頑張りを信じるしかない…僕は返却された答案用紙を眺めながらそんなことを考える。

付け焼き刃と言われたらそれまで。しかし、彼女達は確実に進歩したと僕の目から見ても分かるくらいだったから。

ちなみに、僕のテストは全て70点前後と言う何の変哲もない点数だった。

むしろテスト勉強らしいテスト勉強は試験の前の日の一夜漬けだけと言うことを考えると上出来な気がしなくもないが。

 

「えー、中野二乃!」

「は、はい!」

 

そんなことを考えていると、二乃さんが担任に呼ばれて答案用紙を取りに行くのが見えた。

今日の放課後、五つ子達には図書室に集まってもらうように既に上杉くんが連絡を入れているはず。

もちろん目的は全員の答案を確認するためである。そこで1人でも赤点を取っていたら、その時点で上杉くんの解雇が決まる。

二乃さんは真実をそのまま伝えると言っているし誤魔化しは一切通用しないだろうからね。

 

ボーっとしながらそう思っていると、答案用紙を受け取った二乃さんが席へと戻ってくる。

…だが、その顔色は芳しくない。彼女の顔色は隣の席のここからでもハッキリとわかるほど青ざめており、体が小刻みに震えていた。更に息も荒いし、冷や汗も流している。

もし赤点を回避出来ているならこんな表情を浮かべはしないだろう。…上杉くんの続投が決定したのが嫌すぎて青ざめているというなら話は別であるけども。

 

「…二乃さん、どうだった?」

「…ごめんなさい。」

 

二乃さんは青い顔でそうとだけ言い残すと、答案用紙を裏返して俯いてしまった。

この様子だと赤点は確定なのだろう。…情状酌量の余地はある、それに期待するしかなさそうだ。僕は深くため息を吐き出すと、教室の天井を見上げた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「よう、集まってもらってもらって悪いな。」

 

放課後。上杉くんと僕は図書室に集まった五つ子達の前に並んで立っていた。

今から全員には答案用紙を見せてもらうことになる。彼女達は様々な表情を浮かべている。不安げな子、能天気な子、青ざめている子。悔しそうな子。

 

「どうしたの?改まっちゃって。」

「中間試験の報告…間違えたところ、また教えてね。」

「…あぁ。」

「うん、もちろん。」

 

チラリと横目で上杉くんを見ると、彼も苦い表情を浮かべている。

…恐らく、何人かの表情で駄目だったことは悟っているのかもしれない。残酷すぎる真実ではあるが、受け入れるしかないだろう。

 

「ともかく、まずは答案用紙を見せてくれ。」

「はーい!私は…」

「見せたくありません!」

 

それまでうつむいていた五月さんはそう叫ぶと、スカートの丈をぎゅっと握った。

 

「個人情報です、断固拒否します!」

「五月ちゃん?」

 

この様子だと、恐らく五月さんも赤点だったのだろう。

二乃さんの様子をチラッと見やるが、彼女も青ざめた表情のまま微動だにしようとしていなかった。

事情を知らないであろう他の3人は不思議そうに五月さんを見つめている。

僕は上杉くんと顔を見合わせると、お互いに頷いた。…大丈夫だ。こうなることは想定できたこと。覚悟は決まっているさ。

 

「…ありがとな、五月。だが覚悟はしている。教えてくれ。」

「どんな結果でも僕達は君達を責めたりはしないよ。みんな頑張ったんだからさ。」

 

僕達が揃ってそう言うと、五月さんは蚊の鳴くような声で「わかりました」とつぶやくと再び下を向いてしまった。

 

「はいはーい!じゃあ私の答案からお見せしますね!」

「あぁ、頼むぞ四葉。」

 

そういうと、上杉くんは四葉さんから答案用紙を受け取った。僕も点数の確認をするため、横から彼女の答案用紙を覗き見る。

結論から言うと、四葉さんは4教科が赤点だった。国語だけはギリギリ30点だが、それ以外は軒並み全滅。特に数学が9点と驚異の一桁を叩き出していた。

…覚悟はしていたけど、目の当たりにするときついものがある。どうあれこれで上杉くんの解雇は決定的なものになってしまった。

 

「国語は山勘があたって30点でした!こんな点数初めてです!」

「四葉…もう何も言うまい…」

 

嬉しそうにそういう四葉さんに対して上杉くんは頭を抱えながらそう言った。

…まぁ無理もない。短期間とはいえ、放課後の時間をほぼ勉強に費やしたにも関わらずこの点数である。上杉くんが頭を抱えるのも納得だ。

って言うか出オチじゃないですかやだー。でも、山勘とはいえ国語だけでも赤点回避したのは大したもんだ。

 

「さて、次は三玖。答案用紙を見せてくれ。」

「分かった。これが私の答案だよ。」

 

そういうと、三玖さんは悔しそうな表情で上杉くんに答案用紙を手渡した。

三玖さんは社会の68点、数学の30点、理科の31点が合格ラインを超えていたが、国語と英語の2科目は共に20点後半とギリギリの赤点であった。

でも、短期間の勉強であの小テストからこれだけ点数を引き上げられたのはひとえに彼女の努力の成果と言っていいだろう。

あの約束のおかげで随分と張り切って勉強に打ち込んでいたもんね…赤点を取ってしまったとはいえ、これは彼女の願いには応えてあげないといけないだろう。

 

「3科目は合格だったけどそれ以外は赤点…悔しい…」

「いや…よく頑張ったな、三玖。3科目も赤点を回避するなんて大したもんだぜ。」

「うん。猛勉強してたもんね。すごいよ三玖さん。」

「ありがとう、キョーヘー。フータロー。…でも全科目赤点回避したかった。」

 

そういうと、三玖さんは僕を見ながら悔しそうにそう呟いた。

…恐らく買い物の約束を達成できなかったから悔しくて落ち込んでいるのだろう。

でもここまで頑張ったんだから、買い物には付き合ってあげないとね。この結果発表が終わったら、こっそり言いに行ってあげないと。

 

「次は一花だ。答案用紙をもらえるか?」

「はい。これが私の答案用紙だよ。」

 

そんなことを考えていると、続いては一花さんの答案が上杉くんに手渡された。

一花さんは数学の39点のみ合格ライン。それ以外は軒並み20~10点台を叩き出していた。予想はしていたけど…思ったよりも点数が低いな。

彼女も一応やる気ある勢だったし上杉くんが付きっ切りで勉強を教えていたけど、短期間ではやはり無理だったようだ。

しかし、数学の赤点を回避しているのはすごいと思う。今回の数学、結構レベル高かったから。

 

「私は数学の39点だけ。今の実力じゃこんなもんかなー。」

「そうだな…しかし、数学だけでも赤点回避したのは大したもんだ。」

「今回、数学結構難しかったからね。よく頑張ったと思うよ。」

「ふふっ、ありがと!フータロー君。キョーヘー君。次はもっと頑張るから。」

 

そう言うと、一花さんはニッコリと笑った。

 

「それじゃあ…次は二乃だな。答案用紙を見せてくれ。」

「…ほら、さっさと受け取りなさい。」

 

二乃さんは僕を一瞬だけチラッと見ると、苦い顔で上杉くんに答案用紙を手渡す。

確認すると、二乃さんの合格科目は英語の43点と理科の30点。それ以外は軒並み10点台と赤点であった。

でも、一週間の勉強だけでここまで点数を取れるのは彼女の努力の賜物と言えるだろう。

 

「言っとくけど、手は抜いてないから!」

「あぁ、分かってるさ。」

「…よく頑張ったね、二乃さん。」

「…ふん。」

 

二乃さんは苦い顔をしながら、そのまま腕を組むとそっぽを向いた。

…全科目赤点回避とはいかなかったけど、ここまでよく頑張ってきたんだ。テスト前に出した「何でも言う事を1つ聞く」って条件は呑んであげてもいいかもしれない。

2つも赤点を回避できたのはひとえに彼女の努力の結果だ。なら、それに報いてあげないといけないだろう。

 

「さて、最後は五月だ。答案用紙、見せてくれるな?」

「…分かりました。どうぞ。」

 

五月さんはうつむいたまま、上杉くんに答案用紙を手渡した。

彼女の合格ラインは理科の56点、国語の31点の2教科。それ以外はすべて20点台と言う赤点ラインだった。

得意科目の理科はわりと高得点を獲得していることから、自習していた成果が出ていると言えるだろう。それ以外は残念だが、よく頑張ったほうだ。

 

「残念ですが、合格ラインを超えたのは2科目だけでした。…すみません。」

「いいんだよ五月。お前はよく頑張ってくれた。」

「自習して頑張ってたもんね。2科目回避したら上出来だと思うよ。」

 

僕達がそういうと、五月さんは悔しそうにスカートの丈を掴みながら唇をかんだ。

 

「しかしまぁなんだ…改めてお前らの頭の悪さを実感して落ち込むぞ…」

「短期間とはいえ、あれだけ勉強したのにね…」

 

全ての答案用紙を見終えた僕と上杉くんは、顔を見合わせると揃ってため息を吐いた。

何はともあれ、全員がいずれかの科目で赤点を取ってしまった。それは紛れもない事実である。受け入れたくはないが、受け入れるしかない。

 

「うるさいわね!…まぁ合格した科目がバラけてるってのは私達らしいけどね。」

「そうかも!」

「それに、最初の五人で100点に比べたら…」

「あぁ、確実に成長してる。」

 

上杉くんがそういうのに対し、僕も同意する。

最初はもっと目も当てられないくらいひどかったからね、僕がドン引きするレベルでの超弩級のアホだったんだもん。

それが短期間でここまで点数を取れるまで成長したんだ…上杉くんがやってきたことは無駄ではなかったということになる。

僕と上杉くんは顔を見合わせると、互いに苦笑いを浮かべながら頷いた。…ここからは僕の出る幕ではない。

一歩後ろへ下がると、僕は息を吐き出して上杉くんのやや後ろへ移動した。

 

「…三玖。今回の社会で68点は大したもんだ。偏りはあるがな。今後は姉妹に教えられることは、自信を持って教えてやってくれ。」

「…えっ?」

「四葉。イージーミスが目立つぞ、もったいない。焦らず慎重にな。」

「了解です!」

「一花。お前は1つの問題にこだわらなさすぎだ、最後まで諦めんなよ。」

「はーい。」

「二乃。結局最後までお前には手を焼きっぱなしだったよ。俺や御影が来ないからって油断すんなよ?」

「…ふん。」

 

上杉くんが彼女達にかけていく言葉は、まるで卒業生を送り出す先生のようだった。

…上杉くんはこれで首になる。だからもし最後になるのなら「自信を持って巣立って欲しい」と言うのが彼の願いだったのだ。

このことは前日、つまり昨日彼から聞いていた。彼も並々ならぬ覚悟を持って結果発表に臨んでいたんだ。

僕はあくまで補佐。正式な家庭教師は上杉くんだ。教師と生徒との、最後のやり取りを僕が邪魔するわけにはいかない。

言いたいことは僕も山のようにある。けど、ここは黙っておくのが正解だろう。

 

「フータロー、もう来ないってどういうこと?私…」

「三玖。今は聞きましょう。」

 

怪訝な表情をした三玖さんが何かを言いかけるが、五月さんがそれを制した。

それを見た上杉くんは唇をかむ。

 

「…五月、お前は本当に…バカ不器用だな!」

「なぁ!?」

「1問に時間をかけすぎて最後まで解けてねーじゃねぇか。」

「うぅ…反省点ではあります。」

「自分で理解しているならいい。次からは気を付けろよ?」

「…分かりました。」

 

これで5人全員に言い終わった。…思い残すことはもうないだろう。

上杉くんと彼女達の協力関係はこれで終わりを迎えるけど…だからって今までの事が無駄だったとは僕は思わない。

彼女達を上杉くんが変えて、上杉くんを彼女達が変えた。その手伝いが出来たのなら、僕にとってはこんなにうれしいことは他にないくらいだ。

僕の力なんて微々たるものだけど、それでも解雇と言う未来を変えられなかった責任は僕にもある。悔しくて仕方がない。

明日からはこの子達に勉強を教えることもなくなってしまうのかと思うと、目頭が熱くなる。

 

思えば、いろんなことがあった。

三玖さんを説得して、花火大会にも行って、二乃さんと何度も衝突して、上杉くんと教材を作って、一花さんと笑って、四葉さんに振り回されて、五月さんの大食いに呆れて。

勉強も教えた。一緒に遊んだ。一緒に泣いて一緒に笑って、一緒にたくさんの思い出を作った。

最初はイライラもした。ため息を吐かされることは数え切れなかった。でも、いつしか僕にとって上杉くんや彼女達と過ごしたあの時間は、かけがえのないものになっていた。

…気が付くと、僕の目からは温かい水が流れ出していた。

 

「きょ、キョーヘー君!?何で泣いてるの!?」

「大丈夫ですか御影さん!?お、お腹でも痛いんですか!?」

「違うよ…みんな、本当にありがとう。」

 

僕はみんなの前へ歩み出ると、頭を下げる。

 

「短い時間だったけど、楽しかった。みんなと一緒に居られて良かった。だから…ありがとう。」

「キョーヘー…泣かないで。私こそありがとう。勉強を教えてくれて嬉しかった。あなたが私の悩みを解決してくれて嬉しかった。」

「三玖さん…」

 

そう言えば、僕が最初に説得したのは三玖さんだったっけ。

戦国武将に惹かれる彼女の背中を押したのは僕だった。そのおかげで、自分を信じることが出来るようになってくれて僕は嬉しかった。

そして何よりも、彼女を信じることにした僕を信じてくれることがうれしかったんだ。今思えば僕は彼女に救われたのかもしれない。

 

「…なんとなくわかるよ、多分キョーヘーとフータローはもう来ないんでしょ?そんなの嫌だよ…嫌だけど…」

「三玖…」

 

気が付くと、三玖さんの目にも涙が溜まっていた。彼女は優しいし勘もいいから、きっと上杉くんが解雇されるということに気づいたのだろう。

優しい彼女の事だから自責の念に囚われてしまわないか心配でならない。

 

「三玖さん…僕は…」

 

その瞬間だった、突然静かだった図書室にスマホの着信音が響き渡る。

誰のスマホだろう?と思い周囲を見渡すと、五月さんがカバンから慌ててスマホを取り出すのが見えた。

ディスプレイを確認した彼女の顔が一気に青ざめていく。

 

「…父からです。」

 

そう言うと、彼女は上杉くんに自分のスマホを差し出した。

ディスプレイには「お父さん」と表示されており、着信が彼女達の父親。つまり上杉くんの雇い主だということを示している。

 

「あぁ、分かった。」

 

上杉くんは五月さんからスマホを受け取ると、覚悟を決めて応答ボタンを押しスマホを耳に当てた。

 

「はい、上杉です。」

『あぁ五月くんと一緒に居たのか…個々に聞いていこうと思ったが、君の口から聞こうか?』

 

スピーカーから流れてくる初めて聞く彼女達の父親の声は、どこか冷めていて威圧感を感じるものだった。

それでいて、きちんと娘の事を考えているがゆえの厳格な雰囲気もある。

 

「はい。」

『嘘は分かるからね?』

「付きませんよ。ただ…次からこいつらには、もっといい家庭教師を付けてやってください。」

 

淡々とスピーカーに向かってそう話す上杉くん。責任の一端は僕にもある。僕は悔しさで唇をかみしめた。

 

『ということは…試験の結果は…』

「…はい、結果は…」

 

彼がそこまで言った瞬間だった。突然二乃さんが席から立ち上がったかと思うと、上杉くんに近寄っていく。

何をするんだろうと思って僕が面食らっていると、次の瞬間だった。二乃さんは上杉くんの手からスマホを奪い取ると、自分の耳へと押しあてた。

 

「パパ?二乃だけど1つ聞いていい?なんでこんな条件出したの?」

『二乃くんかい?そうだね、僕にも娘を預ける親としての責任がある。彼が君達にふさわしいのか図らせてもらっただけだよ。』

「私達のためってことね。ありがとうパパ。でも、ふさわしいかどうかなんて数字だけじゃ分からないわ。」

 

真剣な表情で電話をする二乃さんを、僕達は固唾をのんで見守る。

 

『それが一番の判断基準だ。』

「…あっそ。じゃあ、教えてあげる!」

 

そう言うと、二乃さんはこちらをくるりと向き直った。そして、彼女は笑顔を浮かべると…

 

「私達5人で、5科目すべての赤点を回避したわ!」

 

何のためらいもなく、そう言い切った。

 

「なっ…!?」

「え、えぇ…?」

 

全く予想していなかった、二乃さんからの助け舟。その事実に僕と上杉くんはお互いに顔を見合わせると、困惑したような表情を浮かべた。

ど、どういうことだ…あれだけ家庭教師を嫌がってた二乃さんが…上杉くんを助けようとしている…?

 

『本当かい?』

「嘘じゃないわ。」

『二乃君が言うなら間違いないんだろうねぇ。では、これからも上杉君と励むといい。』

 

あまりに唐突な出来事に、僕と上杉くんは完全に硬直する。

 

「み、御影…今のは一体…」

「さぁ…僕にも分かんないよ…」

「あ、それとパパ。昨日言った件、考えてくれた?」

『昨日?あぁ、確か上杉くんを手伝っていたアシスタントの男の子がいたんだったね?』

「えぇそうよ。そいつを私達の正式な家庭教師として雇ってほしいの。上杉とそいつで私達の赤点を回避させたんだから、素質は十分でしょ?」

『そうだね。彼の近辺調査をこちらでさせてもらったが、問題ないようだ。御影恭平くんと言ったね?彼は今その場にいるのかい?』

「えぇ、今隣にいるわ。変わるわね。」

 

そう言って彼女はスマホから耳を話すと、僕へとむけてスマホを差し出してきた。

 

「はい、あんたの家庭教師としての正式雇用の件でパパから電話。私が昨日パパに事情は説明してあるから後は直接話しなさい。」

「あ…わ、分かったよ。」

 

そう言えばすっかり忘れていたけど、この子達の赤点を回避させた暁には僕は家庭教師としての正式雇用をしてもらえるって条件を二乃さんから出されていたんだった。

なんか色々ありすぎてそれどころじゃないからすっかり忘れていたし、そもそも今も頭がぐちゃぐちゃだからこんな状態で電話するのは不安でしかないが…

僕は息を吸い込んで腹を括ると、受け取ったスマホを耳に当てた。

 

「お、お電話変わりました。御影です。」

『君が御影くんかね?始めまして、私は二乃くん達の父親だよ。』

「は、はじめまして!え、えと…この度は娘さんたちには大変お世話になってまして…」

『そう畏まらなくてもいいよ。別に取って食おうとは思っていないからね。』

 

スピーカーの向こうの彼女達の父親は口調こそは穏やかそうなものの、失言でもしようものなら一気に攻め込まれかねないオーラを纏っていた。

 

『さてと、二乃君から事情は聴いているよ。上杉君のサポートをしていたんだったね?』

「はい。でも僕がやったのは本当にサポートなので、今回の赤点回避は上杉くん自身の功績のおかげだと僕は思います。」

『そう謙遜しなくてもいい。君は教材を作ったり勉強を教えていたんだろう?そして上杉君と共に娘たちの赤点回避を成し遂げた…なら、君を雇わない理由はない。』

「それじゃあ…」

『君を正式な家庭教師として、上杉君と共に迎え入れよう。それでいいね?』

「は…はい、ありがとうございます!」

『いい返事だ。では給料の口座などは後日また相談させてもらおう。それじゃあ、私は忙しいからこの辺で失礼するよ。』

「分かりました。ありがとうございます。」

 

そう言うと、スピーカーの向こうから聞こえてきていた声はそこでツーツーと言う音と共に途絶えた。

 

「やったな御影!これでお前も俺と同じだ!これからは正々堂々、お前に仕事を頼めるな。」

「…そうだね。本当にうれしいよ。これからも一緒に頑張ろう!上杉くん。」

 

肩を叩きながらまるで自分の事に喜んでくれる上杉くんに対して、僕はとびっきりの笑顔でそう言った。

…本当に、二乃さんには感謝しないとね。

 

「ありがとう、二乃さん。」

「ふん、別にこのくらいどうってことないわよ。」

「そ、そうだ、二乃…さっきのは一体…」

「五人で五科目クリア、嘘はついてないわ。」

「そ、そんなのアリかよ…」

 

なるほど。確かに彼女達は五人で五科目をクリアしてはいる。「五人全員でそれぞれの科目をクリア」することによって。

確かに嘘は言ってないけど…ほぼ記述トリックみたいなもんじゃないか。反則すれすれだ。

 

「結果的にパパをだますことになった、多分二度と通用しない。」

 

ま、まぁそりゃね…それに調べられでもしちゃったら一発でバレてしまうだろうし。

 

「次は実現させなさい?御影と上杉…あんた達2人の力でね。」

「…あぁ、やってやるよ!」

「そうだね。ここまでおぜん立てしてもらったら、やらないわけにはいかない。頑張るさ!」

 

僕と上杉くんはお互いに顔を見合わせると、笑いながらそう言った。

 

「ちょっと、今の何の話?キョーヘー君の家庭教師としての正式雇用の話は聞いてたけど…」

「私、いつの間にか五科目合格してたんですか!?なんでぇ!?」

「あんたねぇ!?」

「どうしよう、早くも頭が痛くなってきた。」

 

相変わらずな四葉さんに対して、僕は頭を押さえながらそう言う。

 

「…三玖、安心してください。彼らとはもう少し長い付き合いになりそうです。」

「うん。良かった。ほんとに。」

 

そう言って笑う三玖さんの表情はとても輝いていた。

 

「…二乃さん、ありがとうね。」

「別にいいわよ…今まであんた達は私達のために頑張ってくれたんだもん。私が頑張らないわけにはいかないでしょ?」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。頑張った甲斐があったってものさ。」

「それに、あんたがいなくなると三玖が悲しむわ。…勘違いしないでよね、私は別にどっちでもよかったんだから。」

 

そう言うと、二乃さんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

この前の件と言い、彼女は彼女なりに僕や上杉くんが頑張っていることを心のどこかでは認めてくれていたんだろう。

だから今回「真実をそのまま」伝えてくれたわけだ。結果的にそれが助け舟になり、上杉くんの家庭教師としての続投と僕の正式雇用が決定したわけだ。

全ては口裏を合わせて僕達を庇ってくれた彼女のおかげである。感謝してもし足りないくらいだ。

彼女が義理堅く、優しい性格なのは本音を聞いたときに理解している。だからこそ…ありがとうと言いたい。

 

「えっと、そういうわけだから…これからは正式にみんなの家庭教師として、よろしくね!」

「俺も続投が決まった以上、ビシビシと行かせてもらうからな!」

「こちらこそよろしくねフータロー君。それに、キョーヘー君も一緒に勉強を教えてもらえるならこれからも楽しくなりそうだね!」

「ふん、まぁせいぜい頑張る事ね。給料に見合う分の働きはしてもらうわ。覚悟しておく事ね!」

「キョーヘーがこれからも勉強を教えてくれるの、本当にうれしいよ。フータローも、よろしくね。」

「上杉さんと御影さんが一緒なら、もっともっと楽しくなりそうです!これからもよろしくお願いしますねー!」

「上杉君、御影君。これからもご指導のほど、よろしくお願いしますね。」

 

僕と上杉くんと五つ子達は、お互いに顔を見合わせると笑顔で笑い合う。

一時はどうなる事かと思ったけど、とりあえずは一件落着だ。これからは僕はこの子達の家庭教師として、上杉くんと一緒に頑張っていこう。

それと共に僕の学力もちゃんと上げていかないとな…勉強は好きじゃないけど、もっとレベルアップするために今後は自習するかな。

 

「はいはーい!じゃあこのまま復習しちゃいましょー!」

「えぇ!?普通に嫌だけど…」

「ほら二乃、逃げないの。」

「…そうだな。試験が返却された後の勉強が一番大切だ。だが、直後じゃなくてもいいな。」

 

上杉くんはそう言うと、あごに手を当てると視線を宙へ泳がせる。…珍しいな、彼がそんなことを言うなんて。

やっぱり、この五人に会ってから上杉くんは変わった気がする。友人として彼女達には感謝してもしきれないくらいだ。

 

「ご褒美だっけか?パフェ…とか言ってたな?」

「…ぶはっ!」

 

上杉くんがそう言った瞬間だった、僕は彼の口からまさかそんな言葉が出てくるとは思わずに思いっきり吹き出してしまう。

それと同時に、目の前の五つ子達も一斉に笑い声をあげ始めた。

 

「ふ、フータロー君がパフェって…!」

「超絶似合わないわー!」

「う、上杉くん…くくっ…」

「な、なんだよ!そこまで笑わなくてもいいじゃないか!」

「いや…ほんとに変わったねって思って…あっははは!駄目だおっかしー!」

「おいぃ!その笑いをやめろよ御影ェ!」

「あははは!…じゃあ私は、特盛で!」

「そ、そんなのあるの…?」

 

五月さんは笑いすぎて目じりにたまった涙をぬぐいながらそう言った。

まさかまたデラックスパフェ特盛じゃないだろうな。あれ、明らかにフードファイターが食べる量だったんだけども。

 

「よし、じゃあ五人で五科目だから…一人前だけだぞ!」

「うわっ、せっこ!」

 

そう言うと爆笑する五つ子達と一緒に僕と上杉くんは図書室を後にするのだった。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

地平線の向こう側へ夕日が沈んでいくのが見える。

あの後図書室を後にした僕達は、みんなとご褒美のパフェを食べに行くために駅前のファミレスへと向かって歩を進めていた。

五つ子達は僕と上杉くんの少し前でわいわいと騒ぎながら歩いており、野郎どもはその少し後ろを歩く。

 

「一時はどうなるかと思ったけど…結果オーライってとこかな。」

「あぁ、次の試験では必ず果たして見せるさ。お前もいることだしな、御影。」

「そうだね。これで僕も気負うことなく君の家庭教師の手伝いをすることが出来るよ。」

 

正直、僕が家庭教師の補佐に行くときは上杉くんからの遠慮みたいなものを感じていたのでこれで彼とは対等な仕事仲間へとなれたわけだ。

もちろん補佐だった頃よりも仕事量は増えるだろうけど、それも想定済みだ。

 

「あいつらとは今後も長い付き合いになりそうだな。」

「うん、これからも手を焼かされそうだね。」

「まったくだ。」

 

僕と上杉君はお互いに顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。

でも、僕は内心は嬉しくて仕方がなかった。最近思い始めていた、上杉くんや彼女達と過ごすかけがえのない楽しい時間が終わることなくまだ続くのだから。

これからも僕と上杉くんは、彼女達に振り回されるのだろう。けれど、それも悪くないかもしれない。そう心から思っている。

彼女達といるのは楽しい。上杉くんと他愛もないやり取りをしながら教材を作る時間も、僕にとっては大切な時間だ。

その時間は赤点を取った瞬間に終わると思っていたけど、まだ続くことが決定して。

終わると思った瞬間に涙が出てきた事が、僕が上杉くんや彼女達と過ごす時間の事をどれだけ大切に思っていたかを物語っていた。

 

「上杉くん、僕は君に比べたら学力では劣ってるけどやれるだけのことはやるつもりだよ。期末試験へ向けて、頑張ろうね!」

「あぁ、もちろんだ!お前には助けてもらってばかりだからな。俺もいつかお前に恩返しするよ。」

「ありがとう、上杉くん。」

 

僕と上杉くんはお互いに拳を作ると、それを合わせた。

 

「…あ、そうだ。おーい!二乃さん!三玖さん!」

「キョーヘー?どうしたの?」

「なによ御影。」

「えっと、僕が赤点回避したらやるって約束のことなんだけどさ。」

 

そう言うと、二乃さんと三玖さんは同時に表情を曇らせた。

二乃さんとは「僕が1つ何でも言う事を聞く」。三玖さんとは「一緒に買い物に行く」と約束をしているから、恐らくそれを反故にされると思っているのだろう。

確かに2人とも赤点は取ってしまったけど、一週間死ぬ気で勉強したのは事実だ。だったらその頑張りには報いてあげたい。

 

「君達は一週間、ものすごいよく頑張ったと思うよ。結果的に全部とはいかなかったけど、何科目かの赤点は回避出来た。だからさ。」

 

一呼吸置いて僕は続ける。

 

「君達としたあの約束、僕は守るから。頑張ったおまけってことで。」

「ほ、本当!?キョーヘーあの約束守ってくれるの?」

「もちろんだよ三玖さん。僕でよかったら、喜んで付き合うよ。」

 

三玖さんは先ほどまでの曇った表情から一転し、目を輝かせると僕へ向かってずいっと距離を詰めてきた。

僕は手を前へ突き出し、タジタジになりながらそう答える。

 

「ふーん、あんたあの約束守ってくれるんだ?」

「うん。ただ、僕の中野家への出入り禁止とかはナシで頼むよ。出来る範囲でお手柔らかにお願いね?」

「分かってるわよ。正式に雇ったそばからそんなことはしないわ。…ふふ、今から何してもらうか考えなくっちゃね!」

 

そう言うと、二乃さんは満面の笑みを浮かべながらそんなことを口走った。

…変な事じゃなければ、付き合ってあげよう。彼女は一週間で英語と理科を赤点回避までもっていったんだ、それくらいはしてあげてもいいだろう。

 

「…ってか、三玖もこいつと何か約束してたわけ?」

「うん。私が赤点回避したら買い物に付き合ってほしいって言ったの。てっきり赤点取ったから無理だと思ってて…」

「へぇ…三玖と買い物にねぇ…」

 

頬を赤くして笑う三玖さんを見つめた後、二乃さんは僕をジト目で睨み付けてきた。

 

「あんた、三玖といつそんな約束したの?」

「図書室で勉強してるときにちょっとね…色々あったんだよ。」

「ふーん、まぁいいわ。それじゃ、あんたとの約束はまた考えておくから決まったら知らせるわね。」

 

そう言うと、彼女はカバンからスマホを取り出して目の前で振りながらそう言った。

恐らく、後でメールなりチャットアプリなりで知らせるってことだろう。

 

「分かった。気長に待ってるよ。」

「えぇ、そうしておいてちょうだい。」

「二乃もキョーヘーと何か約束してたの?」

「え?あ、うん。赤点を回避したらこいつがなんでもしてくれるって言うから、ね?御影。」

「ちょっと!?僕は何でもするとは言ってないんだけど!?」

「…キョーヘー?」

「誤解だよ三玖さん!何でもするとは言ってないから!出来る範囲ではやるけど!」

「あら、あんなに熱く君のためなら僕はなんだってやるよって言ったのに忘れちゃったの?」

「…キョーヘーの浮気者。切腹。」

「違うってぇぇぇ!!!」

 

頬を膨らませた三玖さんと意地の悪い笑みを浮かべながらニヤニヤする二乃さんに詰め寄られた僕は、冷や汗を流しながら後ずさりをする。

二乃さんめ…絶対楽しんでるなこれ。と言うかあのいい方は悪意しかないでしょ。解せぬ。

 

「…何やってるの2人とも?あ、そう言えば上杉さんは何点だったんですか!?」

「あ、やめろ!見るな!」

 

そんなことをしていると、隣では四葉さんに上杉くんがテストの答案用紙を奪われて広げられている光景が見えた。

 

「…え、全部100点!?」

「あー!もう!めっちゃ恥ずかしい!」

「…その流れ、気に入ったんですか?」

 

さすがは学年主席、今回の試験も抜かりはなかったようだ。

 

それにしても、相変わらずこの姉妹といると騒がしい。

これからも彼女達とのこんな関係は続いていくんだろう。そう考えるとそれも悪くない気がする。

そんなことを考えつつ、僕は迫ってくる三玖さんをどうやって説得しようかを考えながら沈んでいく夕日をぼんやりと眺めるのだった。




次回からは2~3話、オリジナルエピソードを挟みます
林間学校編はそれが終わったら開始となります
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