女の子と2人で出かけたら、それはもうデートだよと大半の人は言うけど。
別に友達と買い物に行くくらい普通だとも思うわけで。
「か、髪型とかおかしくないかな…」
それなのにどこか意識してしまう自分が恨めしい。
服にも無頓着だったし、こんな時ようにオシャレな服を買っておけば良かったと後悔もした。
と言うか服のセンスなんて分からないよ。ファッション初心者なんだから。
「はぁ…こんなんで今日一日持つのかなぁ僕。」
ため息を吐き出しながら、僕は青い空を見上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
上杉くんの続投と僕の家庭教師としての正式雇用が決まり、順調に家庭教師としての道を歩み始めた最中だった。
『今度の週末、約束通り買い物に付き合ってほしい。』
三玖さんからそう言われたのは中間試験が終わって3日後の事である。
廊下で呼び止められていきなりそう言われた僕は三玖さんの口から飛び出した爆弾発言に目を白黒させながら狼狽えたっけ。
やがてそれが中間試験前に約束した「赤点を回避したら買い物に付き合ってほしい」と言う約束の事だと気づいたのは彼女が不安そうな顔でこちらを見てきた時だった。
その時の僕は約束の事をすっかり忘れており、三玖さんに不安そうな顔をさせてしまった。その時に戻れるなら自分を助走をつけて殴ってやりたい気分だ。
中間試験、三玖さんは死ぬ気で一週間勉強を行って3教科の赤点を回避した。
僕は二乃さんと三玖さんの2人と約束していた「全て赤点を回避したら」と言う条件を緩和して、頑張ったからおまけと言う理由で2人との約束を守ることにしたのだったっけ。
結局、あの後二乃さんから僕にまだ何をして欲しいかの連絡は来ていないわけで。…やるなら早くしてほしいと思うのは僕の悪い癖なんだろうか。
それはともかく、三玖さんの頼みを了承して週末がやってきたわけだ。
時刻はまもなく午前9時を過ぎようかと言うところ。僕は三玖さんとの待ち合わせ場所である時計台の元へとやってきていた。
空を見上げると雲1つ無い青空。買い物に行くには絶好の空と言っても過言ではないだろう。
あとは三玖さんが来るのを待つだけだ。僕は時計台にもたれかかると、スマホを取り出して触り始める。
「…さて、待ち合わせ時間は午前10時だっけな。」
冷や汗を流しながら、僕は苦笑いをしつつそう呟いた。
三玖さんとの待ち合わせ時間は午前10時。対して今の時刻は午前9時を過ぎようかと言うところ。つまりフライングである。それもかなりの。
何をやっているんだ僕は、初デートのカップルでもあるまい。
今日はただ友達の買い物に付き合って出かけるだけ。今までも何回か経験したことがある。全部男だったけど。
前日の夜は緊張して眠れず、当日の朝は早く起きすぎて落ち着かずにソワソワしながら過ごして1時間前に待ち合わせ場所に到着する。
完全に初デート前の男の行動である。…いや、別に三玖さんはそんなんじゃないし。ただの友達だし、彼女は。
し、仕方ないじゃないか!女の子と買い物へ行くなんて初めての経験だから何をしていいのかよくわからなかったんだよ!悪いかコノヤロー。テヤンデイ。
…とまぁ、完全にテンパりつつも表面上は平静を装っているわけだが。
しきりに髪型や服装を気にする自分を客観的に見て、僕ってこんな外見に気を遣うんだなと意外な発見も出来た。
とは言っても、今日の格好は紺色の上着にGパンにリュックとかいうその辺を見たら歩いてそうなザ・地味男スタイルなわけであるが。
せめて清潔感だけは保とうと色々努力はした。顔は二回洗ったし歯磨きは念入りにやった。…小学生でもできそうなことだけど。
「じゃあゲームでもやって時間をつぶそうかな。」
「…あれ、キョーヘー?」
そう思ってスマホを横に持った瞬間だった、不意にどこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる。
まさか…と思って辺りを見渡してみると、そこには見覚えのあるヘッドホンを首からかけた眠たげな眼の女の子が驚いた表情でこちらを見つめていた。
…あれ、集合時間って10時じゃなかったっけ。まだ9時なんだけど…三玖さんも盛大にフライングしたのかな?
何気なく彼女のファッションチェックなるものを行ってみる。
今日の三玖さんはいつもの制服…な訳はなく、青い無地のシャツに紺色の半ズボン。そしてトレードマークのタイツにローファー、肩掛けカバンと言うスタイルだった。
ファッションに疎い僕からしたらオシャレな恰好なのかどうかは分からないが、少なくとも彼女によく似合ってる気はする。
ちなみに、どこまで行ってもヘッドホンは彼女にとって欠かせないアイテムのようだった。
「は、早いねキョーヘー…」
「三玖さんこそ…あれ、待ち合わせ時間って9時だったっけ?」
「ううん、10時のはず…」
「じゃあ僕達2人そろってフライングってことか。」
何気なく三玖さんを見てみると、顔は赤いし息も荒い気がする。これは…もしかして走ってきたってことなのか。
しかし2人そろって1時間もフライングだなんて、奇遇な事もあるもんだ。
前日の夜は緊張しすぎて眠れなくて、当日の朝に落ち着かなくて来ちゃいましたなんて事は恥ずかしすぎて言えないので黙っておくことにする。
「そう言えば三玖さん、今日はどこへ行くか決めてるの?」
「あ、うん。買いたいものがあって。」
良かった。どうやら目的はもう決まっているようだった。
さすがにノープランでエスコートしてくれなんて言われたら僕に気の利いたルートなんて割り出せるはずもないからな。
まぁ買い物に付き合ってほしいってことみたいだし、目的が決まってるのは至極当然のことではあるだろうけど。
しかし、三玖さんが買いたいものっていったい何なんだろう。
一花さんならアクセサリー、二乃さんなら服、四葉さんならスポーツ用品、五月さんなら食べ物ってわかりやすい指標があるんだけど三玖さんはイマイチよくわからない。
「買いたいものって?」
「実は…れ、歴史の本とか参考書が欲しいの。」
少し恥ずかしそうにそう言う三玖さんを見て、僕は1人で勝手に納得をした。
なるほど、確かに戦国武将が大好きな三玖さんにとっては歴史の本や参考書は垂唾ものの一品であろうからな。
さしずめ1人で買うのは恥ずかしいから僕に同行を頼んだってところだろう。
「なるほど、じゃあ本屋に行く?」
「うん。ここからなら近所のデパートの本屋が近かったはずだよ。」
「分かった。じゃあそこに向かおうか。」
「うん!」
僕はスマホをポケットにしまい込むと、もたれかかっていた時計台から背中を外してデパートへ向けて歩き出した。
三玖さんはそんな僕を小走りで追いかけてくると、隣に並ぶ。若干、肩が触れそうなのは気のせいだろう。心なしか距離感が近いのも気のせいだ。
しかし、僕が休日に女の子と2人で買い物に行くことになるなんて思ってもみなかったな。
「あの、キョーヘー。今日は一緒に来てくれてありがとう。」
「このくらいお安い御用だよ。どうせ予定もないしね。」
「その…私、全教科赤点回避出来なかったのにごめんね。」
「いいっていいって。それに君は3教科も赤点を回避したじゃんか。それだけ頑張ってるなら、僕も約束は守らないとね?」
「ふふ、キョーへーは優しいね。ありがとう。」
そう言うと隣を歩く三玖さんは柔らかな笑みでほほ笑んだ。…かわいい。めっちゃかわいい。
三玖さんって服装地味だから分かりにくいけど、あの姉妹のうちの一人だからめっちゃ美人だしかわいいんだよな。スタイルもいいし。
こうやって見ると、僕の横を歩くには勿体ないような気もする。主に彼女に僕が釣り合ってないという意味で。
「三玖さん、僕が歩くスピード早くない?大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
他愛もない会話をしながら、僕達は本屋への道のりをゆっくりを歩いていくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「三玖さん、この鎌倉時代の本とかどうかな?」
「こっちの江戸時代の本も面白そう…迷う。」
あの後、数十分歩いて近所のデパートまでやってきた僕達は1フロアの半分を占める超巨大な本屋へとやってきていた。
ここなら区分ごとに本がたくさん置いてあるから、三玖さんの目当ての歴史の参考書なども文字通り山のように置いてあるはずだ。
ついでだし、僕も後で漫画とか見て行ってもいいかもしれないな。
「やっぱ武将いっぱい出てくる江戸時代の方がいいのかなぁ?僕よくわからないけど。」
「一般的に有名な武将が多いのは江戸時代だけど、味のある武将は他の時代にもいるから…」
三玖さんの戦国トークを聞きながら手にした本のページをペラペラとめくっていく。
武将の事はゲームで培った程度の知識しかないからよくわからないけど、隣で嬉しそうに笑う三玖さんの笑顔を見れるだけでも役得なので悪い気はしない。
「あ、あのねキョーヘー。」
「…ん?どうしたの三玖さん。」
そんなことを思いながらペラペラと本を眺めていると、三玖さんから声がかかった。
「この後、せっかくだしキョーヘーと色々見て回りたいんだけど…大丈夫?」
「あ、そうなの?大丈夫だよ。今日は一日三玖さんに付き合うつもり出来たし、そんな気を使わなくてもいいって。」
「ありがとうキョーヘー。嬉しい。」
そう言うと三玖さんは照れくさそうに笑った。
うん、今日はもとより一日彼女に付き合って色々と買い物に行く予定だったしね。欲しいものが本だけとは思ってないし、特に予定があるわけでもないからな。
休みの日に予定のない男子高校生と言うのもどうなんだとは思うが、それでこんなかわいい女の子と買い物できるなら充分役得と言える。
「せっかくだしお昼も食べていこうよ。」
「うん、もちろん。」
とは言ったものの、女の子と2人でご飯ってどんな店に連れてってあげたらいいのか想像もつかないんだけど。
うーん…無難にファーストフード店辺りに行くのが当り障りないかなぁ。残念だけど、僕に頭には気の利いたオシャレなレストランの場所が入ってるわけもなく。
彼女いない歴=年齢の男を舐めてはいけない。
しかし、本を買い終わったら何を買いに行くつもりなんだろう。
デパートだし雑貨屋やらなにやら色々あるとは思うけど、三玖さんが色々とウィンドウショッピングをしている姿はあまり想像できない。
二乃さんならまぁ、見るからにそう言うの好きそうだしやってそうでもあるけど。
「キョーヘー、これがいい。」
「あ、その本にするんだね。了解。それじゃあレジ行こうか。」
「うん!」
そんなことを考えていると、どうやら買う本が決まったようだ。三玖さんはレジへ小走りで向かっていくと、財布からカードを取り出して店員に渡している。
こ、高校生でカード払いするのか…まぁ親がお金持ちなら現金よりもカードの方が楽なのは間違いなさそうだけど、やっぱ僕とは済む世界の違う人間なんだなぁと思った。
と言うか、今考えるとこの五つ子って全員お嬢様なんだよな。方や家庭教師組は貧乏高校生2人と来ている。格差社会を嫌でも垣間見てしまう。
「お待たせ。」
「お帰り三玖さん。本、重たいでしょ?持つよ。」
「え、でもそれじゃキョーヘーが…」
「いいっていいって。こういう時くらい男らしい事しなきゃね。」
そう言うと、僕は三玖さんから彼女が買った本の袋を受け取るとリュックの口を開けてその中に放り込んだ。
2・3冊買ってたみたいだし、これからウロウロと歩き回るのに重たいものを女の子に持たせるのは男としてのプライドが許さないからね。
「…ありがとう、キョーヘー。」
「このくらいお安い御用だよ。」
三玖さんは顔を赤くすると嬉しそうな微笑みを見せた。
…うん、この笑顔を見れただけでも申し出た甲斐があるってもんだ。
「さてと…じゃあ次はどこに行こうか?」
「うん、このデパートに戦国グッズ関連のお店が最近出来たらしくて…次はそこに行きたい。」
「分かった。それじゃあそこへ行こうか。」
戦国グッズ関連の店って、一体どんなものが売ってるんだろう?さすがに甲冑とかは売ってないだろうけど、旗のレプリカとか刀なんかが置いてあるんだろうか。
僕も男だし、そういう歴史あるもののレプリカなどには興味がある。これは俄然楽しみになってきたな。
さて、どうやら戦国グッズの店はデパートの3階らしい。僕と三玖さんはゆっくりとエスカレーターに乗り込むと目的地まで歩を進める。
しかしこんなデパートの中に戦国グッズの店を作るだなんて、またえらいマニアックだな…と言わざるを得ない。
「あ、付いたみたい。」
そんなこんなしていると、目的地へと到着したようだ。最近出来た店らしく、外装は他の店よりもきれいだった。
壁は竹のすだれのような模様が描いてあり床は何故か畳風に仕上げてある。更に店の入り口にはふすまのような引き戸まで設置してあると徹底っぷりだった。
看板を見ると「戦国道具SAMURAI」と言う名前が書かれている。…戦国なのに何で侍なんだろうと突っ込むのは野暮なんだろうか。
三玖さんと引き戸を開けて店内へと入る。すると、そこには袴などの昔の衣装や刀のレプリカ。実際使われていた戦の旗を模したTシャツなどがずらっと並んでいた。
更には歴史書関連も大量に置いてあり、BGMは戦のほら貝と言う徹底っぷりである。
当時の人々が食べていた食事の模型なども置かれており、それを真似たレトルト食品なども完備されているというマニアにはたまらない店であろうということが伝わってくる。
と言うか、僕でもちょっと楽しいくらいだ。隣の三玖さんはそれはそれはもう目を輝かせており、今にも走り出しそうなほどそわそわとしていた。
「わぁぁ…!」
「こりゃすごいね…」
そしてなぜか置いてある抹茶ソーダ。
抹茶は分かるけどソーダって戦国時代にはないんじゃないのか、と言う突っ込みは野暮なんだろうね。
三玖さんはと言うと、壁に描かれた歴代の戦国武将たちに目を輝かせながら店内をぐるぐると回って色々なグッズを手にとっては目を輝かせていた。
あそこまで喜べる趣味があるなんて、少し羨ましいな。
僕の趣味はゲームと囲碁だけど、どちらもだらだらとやってるだけであそこまで楽しめているかと言われたら疑問だしね。
「見てみてキョーヘー!」
そんなことを考えていると、三玖さんがキラキラとした目で何かを持ってきて僕の目の前へ差し出した。
彼女の手元を見ると、そこにはキラキラと光る玉のようなものが握られていた。
これは…ブレスレットか何かの類だろうか?戦国時代らしく時代に合った勾玉風に仕上げられており、腕に装着できるよう和風テイストで仕上げられている。
「これ、誕生月の勾玉なんだって。」
「そんなものまで用意してあるんだ…さすがは専門店だね。」
「それでね。私達の誕生月の勾玉は青だったの。」
「青か…」
青と言えば、今日三玖さんの着ている服は青だよな。
それだけじゃなくて学校で着てるセーターも三玖さんは青だし、姉妹で何かをするときに身に着けている服なども大抵青な気がする。
ヘッドホンも青だし、青は三玖さんのイメージカラーと言う風に僕の中では定着していた。
…そう言えば、この子達は生まれた日も全く同じなんだったな。
三玖さんは相変わらず、勾玉を手にしたままキラキラと輝く目でそれを見つめている。そこまで高くないだろうし、買ってあげてもいいかもしれないな。
女の子に何かをプレゼントするなんて僕のキャラじゃないけど、テスト勉強を頑張ったご褒美ってことにしておこう。
「…それ、良かったら買ってあげるよ。」
「え!?いいの?でも…」
「いいっていいって。テスト勉強頑張ったでしょ?そのご褒美だよ。」
そう言うと、僕は彼女の持っている勾玉をひょいっと受け取るとそのままレジへと向かった。
店員に商品を預けてバーコードを読み取ってもらうと、レジには1200円と言う値段が表示された。…思ったより高い気がするけど、一回言ったことを取り消すのは格好悪い。
僕は野口さんを2人提示し、おつりの硬貨を4枚受け取ると勾玉の袋を持って三玖さんの元へと戻った。
「はい、三玖さん。どうぞ。」
「キョーへー…本当にいいの?お金、私払うけど…」
「いいんだよ。君は一週間本当によく勉強を頑張ってたからさ。僕からはそんなことくらいしかしてあげられないけど…」
「ううん。そんなことないよ。…ありがとう、大切にするね!」
三玖さんは心の底から嬉しそうな顔で笑うと、両手で勾玉の入った袋を胸元へと押し付けた。
…やばい、一瞬ドキッとしてしまった。三玖さんって普段は眠たそうで表情の変化に乏しいけど、笑うと本当にかわいいんだよなぁ。
「それじゃあ、もうちょっと見ていく?」
「うん!」
三玖さんは勾玉を大事そうにカバンへしまうと、再び店内をキラキラとした目で見まわり始めた。
僕は何気なしに、隣に置いてあった当該時代に使われていたらしい食器のレプリカを手に取る。…いびつな箸だ。昔の人はこんなので食事をしてたのか。
ちなみに三玖さんはと言うと、武将が戦場で身に着けていたらしい甲冑や弓のレプリカをキラキラとした目で見つめていた。
(本当に戦国武将が好きなんだな…)
武将だけでなく、こうやって実際使われていた物のレプリカにも感動できる辺り彼女の筋金入りのマニアぶりが伺える。
僕はそんな中、慣れない形のものを色々と触りながらなんやかんやで楽しむのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
戦国関連グッズの店を堪能した後、丁度お昼時くらいになったため僕達はデパートの中のファーストフード店へとやってきていた。
三玖さんは普通のハンバーガーセットに飲み物は抹茶ソーダをチョイスしていた。
僕はと言うと、どう考えても今食べるべきではないビックバーガーセットとアイスコーヒーと言う組み合わせである。
だってしょうがないじゃん、食べたかったんだもん。と言うわけで、食前の挨拶を終えた僕達はバーガーをパクついていた。
「すごかったね、さっきのお店。」
「うん。普段見れないものがいっぱい見られて、いい経験になったよ。」
僕の向かいの席に座る三玖さんは先ほどまでのお店の興奮が未だ冷めやらぬと言った様子で、キラキラとした目で戦国武将を語りっぱなしになっていた。
そんな彼女の話を聞くのは楽しい。普通に色々と歴史の勉強にもなるし、意外な武将同士の交流の話も聞けたりするのは貴重だからね。
途中で自分ばかり喋ってて不安になったのか少し黙ってしまう場面もあったが、僕が楽しいというと通常運転にすぐ戻った辺りこの子も人に気を使えるいい子なんだな。
「キョーへーは楽しかった?私の趣味に付き合わせてごめんね?」
「ううん、大丈夫。すごい楽しかったよ。それに三玖さんの話もためになることばっかりだし。」
「なら良かった…」
抹茶ソーダを口にしながら安堵する三玖さんを見て僕もなぜか安堵しつつ、コーヒーを一口飲みこんだ。
「…私、キョーヘーが家庭教師になってくれて良かったと思ってるんだ。」
ボーっとしていると、突然三玖さんの口からそんな言葉が飛び出してきた。
「キョーヘーが前からフータローと一緒に頑張ってたのは知ってた。でも、やっぱり私はキョーヘーが正式に家庭教師になってくれて嬉しいよ。」
「あはは…まぁ彼からもよくしのびなくて教材の作成依頼をためらうって言われてたしね。対等な立場になれたのは嬉しく思うよ。」
やっぱり、事情を考慮して無償で手伝っていたとはいえ上杉くんにも罪悪感みたいなものはあっただろうからね。
それを正式に雇用されて僕も給料を受け取ることで、何も気にせずに家庭教師の業務に集中できるのだからこんなにありがたいことはないだろう。
しかも僕も破格の給料がもらえる。1日1人当たり5000円ってことは1日で2万5千円。2日で5万円だ。
割が良すぎて目がくらんでくるどころか飛び出るくらいのレベルである。
「中間試験ではどうなるかと思ったけど、またキョーヘーに勉強を教えてもらえるのが私は嬉くて。」
「上杉くんほど頭がいいわけじゃないからそこまで高度な問題は教えられないけどね…」
それに結局、中間試験の緊張の糸が切れたのか二乃さんと五月さんはまた教えは請わないって言いだすしで前途多難でしかないけどね。
期末試験だってそれなりに近いって言うのに呑気としか言いようがない。まぁその前に林間学校があるんだけどさ。
今年は確かスキーだったような気がするな。…スキーには若干だけどトラウマがあるだけに、あまり気は乗らないけど学校行事なら仕方ないからな。
「僕も頑張って色々知識付けるよ。これからもよろしくね。」
「うん、こちらこそ。」
そう言うと三玖さんはにっこりと笑った。
給料をもらう以上、僕も今まで以上に自分の学力をレベルアップさせていかないといけないからな。
…とはいえ、家で勉強をする気にはなれないんだけど。
「それじゃあ家庭教師らしいこと言うけどさ、日本史以外も勉強しないと駄目だよ?」
「うっ…が、頑張る。」
三玖さんは日本史の事になると喜んで勉強するんだけど、それ以外の科目を勉強させようとすると露骨に嫌な顔をするのが困り者だ。
今だって目が泳いでいる。まぁ、そもそも勉強を教えてもらうこと自体を嫌がる人たちに比べたらよっぽどマシなんだけどね。
「まぁ僕も勉強嫌いだから人の事言えないんだけどね…」
「…それは家庭教師としてどうなの?」
「あはは、耳が痛い話だね。」
家庭教師として就任したのはいいけど、僕自身が勉強があまり好きじゃないのは直していかないといけないわなぁ。
後、人に教えるのって簡単に見えて結構難しい。かみ砕いて説明する能力、その子の能力を見抜いて的確な育成計画を立てる能力など管理者力が問われてくる。
その点上杉くんは超優秀だ。1人1人の苦手科目を把握し、それに合った指導や教材を用意しているんだから…まさに天職と言えるだろう。
「上杉くんから学ぶことは山のようにあるよ。僕、テスト70点台だからそこまで頭良いわけじゃないしね。」
「私達からしたら充分すごいんだけどな…」
「まぁ君達からしたらね…」
五つ子の学力はそれはそれはもうひどいものだからな…超弩級のアホが5人も揃っていると来た日には頭痛薬がいくらあっても頭が持たないくらいだ。
今でこそ必死に勉強していくらかマシにはなっているが、期末試験までに間に合わせようと思ったらもっと徹底して叩いていく必要がある。
先は思いやられるが、それでこそやりがいがあるというものだ。
「さすがに僕も全教科100点は取れないから…でもまぁ、卒業するためには赤点は回避しなきゃね?」
「うん、頑張るよ。だからキョーヘーも色々教えてね。」
「もちろん。」
目の前で笑う三玖さんに対して、僕は軽く笑みを浮かべながらそう言った。
僕と上杉くんに課された使命は「五人を卒業させること」だからね。そのためならどんな手段を使ってでも勉強を教えてやるさ。
「…そう言えば、1つ聞きたいことがあるの。」
「聞きたいこと?」
唐突な言葉に僕は首をかしげる。聞きたいことか、一体何だろう?
「キョーヘーって今1人暮らしなんだよね?」
「うん、そうだよ。父さんは長期の海外出張中でさ、僕だけ日本に残って生活してるんだよ。」
かなり突拍子もないことで驚いたが、別に隠すことでもないだろう。僕の父さんは会社の重役のため、元々海外を飛び回っていることが多いのだ。
日本には年に2~3日帰ってくるかどうかと言うかなり多忙な生活ゆえ、日本で家は持ってないんだよね。そのため僕はアパートを借りて1人暮らししてる状態だ。
お金は毎月父さんが振り込んでくれるから、それをやりくりして気ままに1人暮らしを謳歌していると言った状況だ。
「会社の重役だから、中々日本に帰ってこれないみたいでさ。」
「そうなんだ。お母さんは一緒に住んでないの?」
「…うん。母さんは…僕が中学生の時に亡くなっちゃったから。」
「あっ…ご、ごめんなさい。」
「いいよいいよ。元々母さんは体が悪くてね。父さんが忙しいから代わりに看病してたんだけど、やっぱダメだったみたいでさ。」
今思い返せば、母さんはとてもやさしい人だったな。
「ごめんね、私達もお母さん居ないから気持ちは分かるのに…無神経だった。」
「大丈夫だよ。まさかそんな事情があるなんて考慮できないでしょ。僕だって君に聞いて初めて君達にお母さんがいないことを知ったんだし。」
今思えば花火大会のあの時。僕が彼女達を必死で助けようとしたのは「お母さんとの思い出」と言う言葉だったのかもしれないな。
母さんとの思い出…あまり思い出したくないものもあるが、それは子どもにとっては唯一無二のものだから。
「1人暮らしって大変じゃない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。1人暮らしって言っても、大したことはしてないけどね。夕飯はもっぱらカップ麺だし洗濯や掃除をたまにするくらいで。」
「ま、毎日カップ麺なの?」
「いやー炊事も一応出来なくはないんだけどさ。面倒くさくて。」
僕は頭をガリガリと掻きながらそう言った。
「毎日カップ麺は体に悪いんじゃ…」
「一応サプリメントとか野菜ジュースで栄養バランスは調節してるから大丈夫じゃないかな?」
「…私が料理がうまければキョーヘーにお弁当とか作ってあげられたんだけど。」
「あぁ、そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。一応たまには野菜炒めとか作ってるからさ。」
「二乃に頼んであげようか?」
「いや、絶対拒否されるでしょそれ…」
二乃さんが僕のために弁当を作るなんてありえないでしょ。もしそんなことがあったら明日槍の雨が降るんじゃないかってレベルの大事件だぞ。
確かに彼女の作った料理はあの時に一回食べただけでも美味しかったから、出来ることならまた食べてみたくはあるけどね。
「それにカップ麺だって色々バリエーションあるんだよ?うどんもあるし、そばとかスパもあるから。」
「そうなんだ。私はほとんど食べないから…」
「まぁそりゃそうだろうね。」
お嬢様だし、それにあれだけ料理の上手な二乃さんがいるのならカップ麺なんて食べる必要はないもんな。
仮に二乃さんが料理作れない日でも出前とか取ってるだろうし。…四葉さんがウッキウキでピザ屋に電話している姿が目に浮かぶ。
残っているアイスコーヒーを消化しつつ、僕と三玖さんは他愛もない世間話で時間を消費していった。
たまにはこうして話をするのも悪くはないかもしれないな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
と言うわけで、ファーストフード店を後にしたのちも色々とデパートを巡った僕と三玖さんだったが時刻はそろそろ18時を過ぎようとしていた。
そろそろ夕飯時だし解散しないと三玖さんが食事にありつけなくなってしまうらしいので、僕達は今朝の集合場所だった時計台へと戻ってきていた。
「今日はありがとうキョーヘー。すごく楽しかった。」
そう言って笑う彼女の左手首には、僕がプレゼントした青色のブレスレットが輝いていた。
ブレスレットに付いている勾玉が夕日に照らされて淡い光を放っている様子は、落ち着いた彼女の雰囲気にはぴったりだった。
「僕も楽しかったよ、三玖さん。」
「ほんとに…楽しいと時間があっという間なんだね。少し寂しいな。」
そう言うと、三玖さんはややしょんぼりとした顔になったもののすぐに笑顔を浮かべる。
「そ、その。良かったら…また一緒に買い物行ってくれる?」
「僕でよかったら喜んで付き合うよ。こちらこそ今日はありがとうね。楽しかったよ。」
「キョーヘー…うん、ありがとう!」
正直あまり会話の話題もふれなかったため、楽しんでもらえているかは心配だったのだが杞憂だったようだ。
心の底から嬉しそうに笑う彼女を見て自然とこちらも笑顔がこぼれる。
「それじゃ、せっかくだし家まで送るよ。」
「…え?いいの?」
「いいよいいよ。どうせ家帰っても僕しかいないんだし、時間はいくらでもあるからさ。」
「で、でも悪いよ…」
「女の子を夕方に1人で返すのも心配だしね。僕の事は気にしなくていいからさ。ほら、行こ。」
「…うん、ありがとう!」
そう言って三玖さんは僕の隣に並んで歩きだした。…やはり、肩と肩が触れそうな距離なのは突っ込んではいけないんだろうか。
でもそんなことも幸せそうな彼女の顔を見ているとすべてがどうでもよくなってくるから不思議なものだ。
なおその後、中野家までの帰り道の途中で遭遇した一花さんに僕と三玖さんのお互いの顔が真っ赤になるほど散々にからかわれるのだがそれはまた別のお話である。
次回は二乃とのオリジナルエピソードを挟みます
あと、多分次の投稿は2~3日開けると思います
読者の皆様をお待たせすることになるのは心苦しいのですが
気長に待っていただければ幸いです