休みの日くらいはゆっくりしたい。
中野家の家庭教師として正式に雇用された僕は今まで以上に彼女達と接する機会が増えた。
給料がもらえるのはいいんだけど、いかんせんのんびりできる時間が大幅に減っていることも感じていた。
まぁ彼女達や上杉くんと過ごすのは楽しいんだけど、毎日騒がしいとやはりたまには静けさが恋しくなってくるわけで。
そんなこんなで今日は1人でゆっくりできる日…のはずだったんだけど。
「ほら!さっさと準備しなさいよ!」
「…どうしてこうなった。」
目の前で腕を組みながら不機嫌さを隠そうともしない二乃さんに対してため息を吐き出す。
どうしてこうなったのか、事の発端は1時間前に遡る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『あんた、今日暇?』
時は日曜日の午前8時。珍しく早く起きた僕はスマホを開くなりディスプレイにこんな表示がされているのに気づいた。
差出人は中野二乃。表示されたメッセージの中身はひどく簡潔で分かりやすいものである。
『いや、暇だけど。どうしたの?』
眠い目をこすりながらスマホを操作してメッセージを作成すると、送信ボタンを押した僕は着替えるために立ち上がった。
二乃さんとは花火大会の日に連絡先を交換してからはちょくちょく連絡を取り合う仲だから、メッセージが送られてくること自体はそう珍しいものでもない。
まぁ連絡と言っても、一方的に送られてくるメッセージに短文で返事を返す程度なんだけどね。
ただ、日曜日のこんな朝も早い時間に今日が暇なのかどうかなどと言うメッセージが送られてくることは初めての経験だったのである。
あくびをしながら部屋着に着替え終わると、スマホにメッセージが届いた音が鳴り響いた。
『じゃあ今日私に付き合いなさい。』
「…なんで?」
スマホのディスプレイに表示された文字を見て、僕は思わずそんなことを漏らした。
いや、まぁ別に休みだからって特に予定があるわけではない。休みの日なのにいつも暇なのは高校生としてどうなんだという突っ込みは受け付けない。気にしたら負けだ。
話を戻すが、付き合うこと事態は別に問題はない。問題は当日の朝に言われても…と言う話であって。
『なんで当日の朝に?』
『駅前のお店のセールのチラシが入ってて、それが今日だったのよ。』
なるほど、大体状況が読めてきた。
大方、今朝入っていたチラシにセール品が乗っていてそれを買いに行きたいから付き合ってくれということだろう。
早い話が荷物持ちだ。分かりやすくて助かるけど。
まぁ別に断る理由もないし、受けておくか。家にいてもゴロゴロして買い物行ってネットするくらいだし。
『分かった、何時に出ればいい?』
『何言ってんのよ。今すぐに決まってるじゃない。』
『…いや、ちょっと待ってよ。僕今起きたところだから準備とかなんも出来てないんだけど。』
『あらそうなの?じゃあ待たせてもらうからいいわ。』
…待たせてもらうってどこで待つ気なんだ?家で待つならこんな言い方はしない。準備が出来たら連絡をくれって言うのが自然だろう。
ってことはどこか外で待つってことなんだろうけど…うーん、どうしようかな。
『ピンポーン』
そんなことを考えていると、玄関の方から来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
こんな朝早くから来客とは珍しいな。もしかしたら父さんがまた変なものでも送り付けてきたのかもしれないけど。
だとすると宅配業者の人は大変だ。すぐ出てあげなければ…そう思い立った僕はスマホをいったんテーブルに置くと玄関のカギを開錠してドアを開けた。
「やっほー。」
「…え?」
相手の顔も見ずに朝早くからお疲れ様ですと言おうとした僕は、あまりにも聞き覚えのある声に一瞬体が固まった。
恐る恐る顔を確認してみると…やはり、僕が聞いた声は間違いないようだ。そこには私服姿の二乃さんがさも当然かのように佇んでいた。
え、なんで彼女がここに?僕この子に家の住所とか教えてないんだけど?教えてたとしてなぜわざわざ家に来る必要があるんだ?
あまりにもテンパりまくった僕は、現実逃避をするためにファッションチェックをすることにした。
とは言っても、かわいい服としか言いようがないけど。ロングスカートにニット製のセーター?に見るからに高そうなオシャレな上着。そして肩掛けカバン。
誰がどう見ても美少女としか言いようがない。服のセンスなど皆無な僕から見てもおしゃれだしかわいいと一目でわかるくらいだ。
と言うか体のラインがモロに出る服着てるせいで色々やばくないですかね。胸とかすごいし、腰もほっそいし。童貞を必ず殺すと言う強い精神を感じる。
「…何よ、なんとかいいなさいよ。」
「部屋間違えてません?」
「んなわけないでしょ!じゃあこの御影って表札はなんなのよ!」
「世の中には自分と似てる人が3人いるって言ってね?」
「苗字まで一緒な訳ないでしょうが!」
いや、でも君達五つ子だし。3人どころか同じ顔が5人いるし。しかも同じ苗字だし、五つ子だから。
「ってか僕君に家の住所教えてないと思うんだけど、なんでここがわかったの?」
「パパに聞いたのよ。」
なるほど。家庭教師として正式に雇用してもらう際、書類とか色々書いたんだけどその時に住所やらもバッチリと記載しているから恐らくそれを横流ししてもらったんだろう。
それはちょっと職権乱用って奴じゃないですかね二乃さん。一体僕のプライバシーはどこへ行ってしまったんだろうか。個人情報はさすがにまずいでしょ。
あれだけ厳しそうな父親に見えるけど、実は娘には甘いのかもしれないな。
「個人情報保護法って知ってる?」
「難しいことはよくわかんないわ。」
理不尽過ぎないかな、解せぬ。
「それより、あんた早く着替えてきなさいよ。せっかく迎えに来てあげた乙女を待たせるつもり?」
「迎えに来て欲しいと頼んだ覚えは無いんだけどね…分かったよ、じゃあ着替えるからちょっと待っててほしい。」
「あ、そうだ。せっかくだし、お邪魔してもいい?」
「いいけど片付いてないよ?散らかっててもいいってのなら麦茶くらいは用意できるけど…」
「えぇ、別にいいわよ。」
もう抵抗する気力もなくなってきたので、おとなしく彼女を家に上げることにした。
ドアを抑えて彼女を中へ招き入れると「お邪魔します」と言って靴をしっかりとそろえる。…こういうところはしっかりしてるんだなとちょっと関心。
居間に通して、僕は予備のコップに冷蔵庫の麦茶を入れるとそれを彼女の前のテーブルへと置いた。
「あ、その座布団使っていいよ。」
「ありがと。…散らかってるって言ったわりには結構奇麗にしてるのね。」
「まぁそりゃゴミ屋敷で過ごしたくはないしね。」
「その言葉、一花に聞かせてやりたいわ…」
ため息を吐きながらそう言う二乃さんを見て僕は苦笑いを浮かべた。
彼女も言っているように、一花さんの部屋の中はそれはそれはもうひどいということを聞いたことがある。汚部屋と言う言葉がぴったりなくらいに。
「じゃあ、僕寝室で着替えてくるから。」
ドアを開けながらそう言うと二乃さんは「はーい」と言って返事をした。
うちのアパートは玄関とキッチンが同じスペースなのでそこにテーブルを置いて居間に、奥の1部屋を僕の寝室兼自室にしている。
ドアは横引きタイプの木製なので来客が着て着替える際もこれでシャットアウト可能と言うわけだね。
ちなみにトイレと風呂はきちんと別と言う嬉しい仕様になっている。
さて、話を戻すけど部屋着から外着へ着替えるわけだけど…どうしようかな。僕はオシャレな服なんて一切持ってないぞ。
一応荷物持ちとはいえ、あんなに気合入れてオシャレしてきている女の子の横をダサい服で歩くのは男としてどうなんだという話になってくるだろう。
…シャツに上着羽織ってGパンとリュックでいいかな。何の面白みもないザ・無難って感じだけど変に攻めて失敗するよりはマシだと思う。
「ちなみに何のセールにいくの?」
「駅前の洋服屋よ。全品30%オフらしいからこれは行かない手はないと思って。」
「それなら他の姉妹と行けば良かったんじゃないの?」
「そうしたかったんだけどね。一花は撮影。三玖は補修。四葉はバスケ部の助っ人。五月は食べ放題に行ってるわ。」
「あー…なら仕方ないね。」
ドアの向こうの二乃さんからはそんな答えが返ってくる。
他の3人は仕方ないにしろ、五月さんは相変わらずと言うかなんというか。ここまで来ると平常運転で安心する。
「じゃあ上杉くん誘えばよかったんじゃないの?」
「あんた、あいつが買い物になんて付いてくると思ってるわけ?」
「うんごめん、絶対断るね。」
そんなことしてるなら勉強しろと言う上杉くんの姿を思い浮かべながら僕は苦笑した。
さて、じゃあ着替え終わったことだし隣の部屋へ行くか。
「お待たせ、終わったよ。」
「遅いわよ…って、何その恰好?」
「…あれ、無難にまとめたつもりだったんだけど駄目だった?」
「それで!?ダッサすぎるでしょ!?あんたの服のセンスどうなってんのよ!」
えぇ…そんなこと言われても…だって僕、今まで服とかに気を使ってこなかったんだし。どういう組み合わせがオシャレなのかとはよくわからない。
「一応君の横を歩くわけだから頑張って選んだんだけど…」
「話にならないわよ!?ちょっとどんな服持ってるのか見せなさい!」
「わ、分かった…」
彼女の気迫に押された僕は寝室へ彼女を招き入れた。
「…って、これだけしか服ないの!?」
「うん。だって僕普段そんなに服に気とか使わないし…」
二乃さんは僕の服を見てそう言った。
ちなみに制服以外だと僕は変えの服なんてほとんど持ってない。よくて3組を着まわしているくらいだ。
だって今まで友達と外に遊びに行く機会なんてなかったし外着なんて持ってないよ…休みの日は家でネットと囲碁やってることがほとんどだったし。
「あんたねぇ…さすがにもう少し用意しときなさいよ…これじゃ選びようがないわ。」
「あはは…なんかごめんね。」
「まぁいいわ。じゃ、行くわよ。まずはあんたの服を買いに。」
「…ワッツ?」
「あんたの服を買いに行くっつったのよ。セールに行く前にその恰好をなんとかしないと駄目でしょ。」
「…そんなにダサいの?」
「えぇ、ダサいわ。この前も三玖とデートしたときそれ着て行ったんでしょ?あの子がかわいそうだわ…まぁ三玖も服のセンスダサいんだけどね。」
「そこまで言わなくても良くない?あとあれはデートじゃなくて買い物に付き合っただけだし…」
「細かいことはどうでもいいわ。とにかくそのダサい格好で私の隣を歩かれるのは嫌なの、ほら行くわよ!」
「ちょ、ちょっと二乃さん!」
強引に僕の手を引いて家を出ようとする彼女を横目に、財布と携帯だけを引っ掴んだ僕はそのまま彼女と共に近所の服屋へと向かうのだった。
…と言うか連行されてるよね、これ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
と言うわけで、僕は二乃さんに連れられて彼女マンションの近所の服屋へとやってきていた。
どうやらメンズ系列の店らしく、店内のマネキンは一目見てわかる男物のファッションで固められているものが多かった。
しかし二乃さんってこういう店も知ってるんだな…まぁ、僕の服を買いに来たんだしメンズ系列なのは当然だけど。
僕は服のセンスとか合わせ方とかよくわからないので、もうあきらめて全て二乃さんに任せることにする。
それにしても、服を買いに行くための服を買うなんてなんとも奇妙な話だけど。
「はい、これとこれ。あとこの上着も。それと上がこれなら下はGパンよりこっちの方が合うわ。」
「あ、ありがとう…」
なお、僕はと言うと二乃さんの隣で籠をもって突っ立ていた。彼女は適当に選んだ服をひょいひょいと籠へ放り込んでいく。
と言うか、こういうのって普通は試着するもんじゃないのか?と言うか明らかに買いすぎでは?これ、普通に2・3万円くらい吹っ飛ぶと思うんだけども。
いや財布には余裕持たせてあるけど、ここで服買ったらこの先何も出来なくなるんだけど。
「あの二乃さん。これって試着とかしないでいいの?」
「はぁ?何言ってんの?それ全部後で試着してもらうわよ。」
「え、全部!?」
「そりゃそうでしょ。実際着てみないと似合うかなんてわからないわよ。」
いや、それはそうかもしれないんだけどさ。この量全部着るってそれはやばくないですかね二乃さん。
明らかにこれ、セール行く前にいったん家に置いてこないとまずいレベルの量なんだけど。
まさかこの歳になって着せ替え人形にされるとは思わなかった。しかも相手は同年代の女の子と来ている。何の羞恥プレイですかこれ。
「あんたにはこれからも色々付き合ってもらうんだから、私の隣をダサい格好で歩くのは許さないわよ!」
「…分かったよ。ありがとう二乃さん。」
まぁ、恐らく二乃さんは二乃さんなりに僕の事を心配してくれているのだろう。実際、着れればなんでもいいやと思って服に無頓着なのは事実だし。
…と言うか今さらっとこれからも色々付き合ってもらうって言わなかったかこの子。この言葉が正しければ僕はこれからも彼女に付き合って荷物持ちすることになるが…
別に嫌だというわけではないけどね。なんだかんだで彼女と一緒に居るのは楽しかったりする。遠慮せずにズバズバ物を言える関係と言うのは貴重だし。
「あと、今度から三玖と出かけるときはちゃんと今日買った服着なさいよ!いいわね!」
「分かった。」
「三玖だけじゃなくて誰とでもだからね!もちろん私でもよ?」
「了解。せっかく選んでもらうんだしちゃんと着るよ。」
ちなみに、この前の三玖さんとの買い物で着て行った服は二乃さん曰く「30点」らしい。なんとも手厳しい数字である。
なお「ギリギリ赤点は回避出来ているじゃん」と言ったら「服のセンスに赤点なんてないわよ!」と言われてしまった。解せぬ。
それにしても、女の子に自分の着る服を選んでもらうってのもなんだかむずがゆい話だ。ただ、二乃さんに任せておけば間違いはないだろう。
彼女は普段から服のセンスのない僕でもハッキリわかるくらいオシャレな服を着ていることが一目瞭然だからな。
「でも君に服を選んでもらう日が来るなんてね…」
「あんたが服に対して無頓着すぎるのよ。まったくしょうがないんだから。」
口調こそ厳しいものの、彼女の表情はやけに楽しそうだった。心なしか頬も赤く染まっている気がする。多分気のせいだろうけど。
「ま、こんなもんかしらね。それじゃ、さっさと試着してきなさい。」
「はーい。」
その後も適当に服を籠へ放り込むと、試着室の前へやってきた二乃さんは椅子にこしかけながらそう言った。
僕は試着室へ入るとカーテンを閉めてリュックを下ろし、今着ている服を脱ぎ始める。
「…覗かないでよ?」
「誰があんたの裸なんか見るかァ!」
ですよね。逆ならともかく僕みたいなイケメンでもない男の裸なんて見ようと思う女の子はいないだろう。
…いや、逆でも僕は覗きなんてしないよ?断じてそれはないけどさ。
まぁそれはともかく、さっさと試着してしまおう。しかしどれから試着しようか…僕は籠の中の大量の服を眺めながらあごに手を当てた。
Tシャツやら上着やらズボンやらベルトやら、籠の中には所狭しと様々な服がぎっちりと詰め込まれていた。
…考えても仕方ないか、多分二乃さんのことだ。どれを着てもある程度は合うようなコーディネートをしてくれているだろう。
僕は適当なシャツとズボンを身に着けると、上着を羽織ってカーテンを開ける。
「どうかな?」
「まぁ、いいんじゃない?少なくともあんたの家にある服よりは何倍もマシだわ。」
「あはは…中々手厳しいね。」
「あんたがイケメンならもっと映える服装にも出来るんだけどね。背も低いしリュック背負うならそのくらいの服が一番あんたには似合ってると思うわ。」
「そっか、ありがとう。それじゃあ他の服も来てみるよ。」
カーテンを閉めつつ、次はどの服を着ようか悩みながら僕はハンガーに手を伸ばす。
でも、やっぱりちゃんと考えて選んでくれていたようだ。と言うか、背が低くてリュックを背負うことまで考慮して選んでくれてたのか。
そう考えると真剣に選んでくれたんだなと言う気持ちが伝わってきてすごく嬉しい。
その後も僕は色々な服を選びつつ二乃さんの感想を聞いていくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「店は何店舗くらい回る予定なの?」
「3店舗くらいかしら。週末だけあってどこもセールやってるみたいよ。」
結局あの後、籠に入った服全てを購入した僕と二乃さんは一旦僕の家へ買った服を置きに戻った次第だ。
その時に彼女に服の合わせ方などを教えてもらい、今僕は買った服の中から自分で選んで合わせた服を着て二乃さんと肩を並べて歩いていた。
ちなみに僕の今の服装はインナーと上着、そしてズボンにリュック。語彙力がないため説明しにくいが、素人の僕から見ても結構オシャレな服だということは伝わってくる。
なお、服の値段はすべて合わせて2万円弱だった。二乃さんがカードを出そうとしてくれたが、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない。
僕は彼女の横から無言で諭吉を2人差し出して有無を言わせずに支払った次第で。そしてその後は前述通り家へ服を置き、着替えて再度外出して今に至る。
現在は二乃さんの目当ての駅前のセールをやっている洋服屋へと2人で向かっている最中である。
「…で、今の僕の服装は何点?」
「80点ってところかしら。」
「これでも満点じゃないの?残りの20点はどうしたら取れるのさ。」
「そうね、イケメンなら100点だったんだけど。」
「嫌味なの?ねぇそれ嫌味なの?」
「ふふ、冗談よ。まぁそれは置いておいて私があんたに選んだ服だもの?似合わないわけがないじゃない。」
「…そうだね。ありがとう。」
そう言うと二乃さんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。何故だ、解せぬ。
しかし、改めて二乃さんの格好を見ても相当オシャレな恰好してるというのがひしひしと伝わってくる。化粧もネイルもバッチリだし。
確かにこの子の横をダサい服で歩いて恥はかかせられないな…これからはもう少し服装について勉強しておくとしよう。
「それにしても、まさか休みの日に君とこうやって街を歩くとは思わなかったよ。」
「…朝他の皆はいないからあんたを誘ったって言わなかったっけ?何勘違いしてんの?キモいんですけどー?」
「そう言う割には君もさっきからニヤニヤしてるんだけど?」
「なっ…ニヤニヤなんてしてないわよバーカ!」
二乃さんはそう言うと舌を出して不機嫌さを隠そうともしない。でもさっきまでは歩いてる途中でわりとニヤニヤした表情を浮かべてたんだけどなぁ。
まぁこれ以上の追及は藪蛇だろう。もう何も言わないでおくことにする。
しかし、僕が近日中に二度も女の子と買い物に行くことになるとは思わなかった。しかも別の女の子と、姉妹ではあるけど。
さて、そうこうしているうちに目的地の駅前の洋服屋へとたどり着いた。ここがまず1件目らしい。
二乃さんが何のためらいもなく入っていくのに対して、こういう場所に不慣れな僕は一瞬足を止めて深呼吸をしながら店内へと入店した。
するとその中は可愛い洋服、フリル付きの服、スカートやアクセサリーなどのレディース関連のものがたくさん置いてある。
こんなところ生まれて初めて入ったぞ…僕はその見慣れない光景にしばし唖然と立ち尽くす。
「あんた何ボーっとしてんのよ?」
「あ…いや、こんなおしゃれな店初めて入ったもんだからつい。」
「あぁ…そう言えばあんた陰キャだったわね。」
陰キャとは心外だが、実際そうだっただけに何も言い返せない。
「女の子とこういう店に来たことないんでしょー?」
「そ、そうだけどさ…」
何もそこまでニヤニヤした顔しなくてもいいじゃないか、それに心なしか嬉しそうにしてるし。解せぬ。
「ふふ、そっか。私とが初めてなのね…ふふっ。」
「…やっぱニヤニヤしてるじゃん。」
「うるさいわね。ほら、早くいくわよ!」
ニコニコとして急に上機嫌になって歩を進めていく二乃さんの後を、僕は慌てて追いかける。
…しかし、見れば見るほど僕には縁のない店だ。スカートやらワンピースやらがずらっと並ぶ光景は見てるだけでクラクラしてくる。
かと思うと、二乃さんは急に立ち止まって2着の服を手に取るとくるりと僕に顔を向けた。
「ねぇ、あんたはこっちとこっちだとどっちが好み?」
「…僕の服のセンスは30点なんじゃなかったっけ?」
「どっちが好みかくらいは答えられるでしょ。」
「そんな横暴な…分かったよ、えーっと。」
僕はため息を吐くと彼女の持っている服をしっかりと見る。右側は茶色のオシャレそうな服。左側は白色のオシャレそうな服だ。
オシャレそう、としか表現できないのは語彙力がないからなので勘弁してほしい。
「…右かな。」
「こっちね、それじゃこれは買いっと。」
そう言うと、彼女は選ばれなかった方の服を戻すと僕が選んだ方の服を胸元に抱えた。
「選んでおいてなんだけど本当にそっちでいいの?」
「えぇ。それに、さっきは私があんたの服を選んであげたんだから今度は私が選んでもらわないと不公平じゃない?」
「どういう理屈なのかさっぱり分からないんだけど…まぁ選ぶくらいなら出来るしいいけどさ。」
僕のセンスを30点って評価する割には選んでもらうのはいいのか…うーん、よくわからないな。
まぁ自分で選んだ奴の中から僕が選ぶ方式みたいだし、1から選ぶわけではないからそれでもいいっちゃいいのかもしれないけど。
「ほら、ぼさっとしないの!これとこれは?」
「…そっち。」
「じゃ、次はこれとこれ!」
「左かな。」
「それじゃあこの2つなら?」
「そっち…ってちょっと買いすぎじゃない?そんなに毎日服変えるの?」
「はぁ?当たり前じゃない。そんなしょっちゅう同じ服を使いまわしたりなんかしないわよ。」
「えぇ…僕、普通に3日に1回は同じ服なんだけど。」
「それはあんたが無頓着なだけでしょ!さすがに毎日じゃないけど、それなりの頻度では変えるわよ普通?」
いや、それにしてもそんな頻繁に服変えるのは違うと思うんだけどな…やっぱり女の子の事はよく分からない。
もしかしたら、僕が本当に服に対して無頓着なだけかもしれないけどさ。
「それにこの後も何件か回るんでしょ?一件目から飛ばしすぎじゃない?」
「あ、それは大丈夫よ。私は普段ここでしか服買わないから。他の店はほとんど見に行くだけって決めてるわ。」
じゃあここで買い物終わったら帰っていいんじゃ…と思ったけど、そんなことを言ったら鉄拳が飛んでくるかもしれないので口をつぐんだ。
やっぱりよく分からないや…不機嫌だと思ったら急に笑顔になったり、振り回していると思ったら急に気を使って来たり。
優しいんだか怒りっぽいんだか…ほんとによくわからない子だ。
「…何ボーっとしてんの?次はスカート見に行くわよ。」
「あぁ、ごめんごめん。分かった。」
ま、それはこれから知っていけばいいだろう。僕は彼女達の家庭教師だ。
彼女達五人には今後も手を焼かされるだろうが、そのたびに彼女達の事を知って対応できるようになっていけば問題ないだろうしね。
そう思いながら、僕は二乃さんの後ろを付いていくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「んーっ!買った買った!」
「そりゃよかったよ…」
両肩にずっしりとのしかかる紙袋と二乃さんに交互に目をやりつつ、僕はため息を吐き出した。
あの後、結局スカートやら小物やらも色々と買い込んだ二乃さんは三玖さんと同じくカードで会計を済ませていた。
と言うか姉妹1人1人にカードを持たせているってどんだけお金持ちなんだ、羨ましい限りである。
まぁそんなこんなで、買った荷物はすべて僕が持つことを引き受けて今に至る。ちなみに、今は次の店へと向かって歩を進めているところだ。
「…ねぇ二乃さん。自分で持つって言っといてなんだけど次行く前にこれ君の家に置いてきちゃダメ?」
「なーに軟弱な事言ってんのよ。自分で全部持つって言ったなら、そのくらい笑って持てないと駄目よ?」
「一応笑って持ってはいるつもりなんだけどね…」
なお、笑いと言うのはもちろん笑顔ではなく苦笑いの事である。
インナーや上着、スカートとかってかさばると結構重たいんだなと実感せざるを得ない。
1枚1枚はただの布切れだというのに束になると侮れない重たさになっている。
「仕方ないわね。半分寄こしなさい。」
そう言うと、彼女は僕の右肩にかかっていた紙袋を手に取ると自分の肩へとかけた。右肩がおもりから解放され、僕はぐるぐると肩を回す。
「ありがとう二乃さん。助かったよ。」
「全く…しんどいなら最初からそう言いなさいよね。無理なんてするんじゃないわよ、いいわね?」
「うん、わかった。肝に銘じておくよ。」
ともあれ、彼女のおかげで負担が軽くなったのは紛れもない事実だ。僕は精いっぱいの笑顔を浮かべて彼女に対してお礼を言う。
やっぱりなんだかんだ言って優しい子なんだろうな。二乃さんは。
「…あんた、あれから自分の事ちゃんと大事にしてるんでしょうね?」
「え…ぜ、善処はしてるけど。」
「ちょっと何よ今の間は!?まったく…ま、あんたのバカみたいなお人よしは直るものじゃないって思ってるけどね!」
「まぁ僕の性分みたいなもんだからね…」
「お人よしはこの際もういいわ。とにかく自己犠牲してればいい、みたいな考えは早く捨てなさいよ?でないとあんた、いつか身を滅ぼすわよ。」
「分かった。気を付けるよ。」
中間テスト終了日に廊下で本音をぶつけ合ったあの日から、二乃さんは顔を合わせたりメールで僕の事を心配してくれるようになっていた。
だったらぞんざいな扱いも何とかしてほしい…ってのは今はおいておいて、彼女が僕のことを心配してくれているというのは優しさが伝わってきてとてもうれしいものだった。
彼女に「自分を大切にしろ」と言われたあの日から、意識はしているつもりなんだけどね…まだどうしても自分の事はどうでもいいと思ってる自分もいるわけで。
…母さんにもよく言われたっけな。もっと自分を大切にしなさいって。
「今すぐには無理だと思うけど、少しづつ改善出来たらいいなとは思ってるよ。」
「そうね、そうして頂戴。あんたの自己犠牲精神は明らかに行き過ぎだから。またそんなの見せるようだったら私が容赦しないんだからね?」
「…うん。ありがとう。」
少し照れくさそうにそう言う二乃さんに対して僕は満面の笑みを浮かべながらお礼を言った。
「そう言えば…お昼とかどうするの?」
「その辺で適当に食べるつもりよ。夕方くらいまでは買い物して回る予定だから。」
「了解。まぁ店回ってたらいい時間になるかな?」
この前三玖さんと一緒に出掛けたときはデパート内のファーストフード店で食べたけど、二乃さんはどういうところで普段食事してるんだろう。
「適当にファミレスとかでいいよね?」
「えぇ、それでいいわ。あんたが洒落た店を知ってるとは思えないしね。」
「言ってくれるじゃん…まぁ知らないけどさ。」
「ほら、やっぱり。」
意地の悪い笑みを浮かべながらニヤニヤする二乃さん。もうこの表情もすっかり見慣れてきたもんだ。
最近、二乃さんは笑うことが多くなった気がする。前まではしかめっ面で僕と言い争うことが多かったが、最近は柔らかな笑顔も増えてきているようだ。
前みたいにギャーギャーと言い合いしてるのも悪くはないけど、彼女がよく笑うようになってくれたのはそれはそれで嬉しかったりする。
ちなみに理由を一花さんに聞いてみたら「鈍感」と言われてしまった。何が鈍感なんだ、解せぬ。
「ま、あんたにエスコートなんて期待してないわよ。今日は私が予定立ててるからあんたは荷物持って付いてくりゃいいわよ。」
「仰せのままに、お嬢様。」
「…あんたいつからそんなキャラになったの?」
「いや、言ってみたかっただけ。」
「そんなこと気軽に言うんじゃないわよ!」
顔を赤くしながらそっぽを向きながらそう言った。ちょっとふざけてみただけなんだけどね。
でも、こうやって彼女をからかうのも久しぶりな気がする。最近はずっと勉強の話か真面目な話しかしていなかったからな。
出会った頃はよく漫才みたいなことしてたし、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
「何やってんの御影!早くいくわよー!」
「ごめんごめん!今行くよ!」
若干歩くのが早くなった二乃さんの横に並んで歩調を合わせ、僕と彼女はそのまま次の目的地へと向かうのだった。
二乃は動かしやすいから
どうしても会話が重なって話数が伸びる…
次回はこれの続きです
三玖のキャラもよく理解して
話が弾むようにうまく調節していきます