暫くツナパートとなります。
(なんだここは……)
リボーン不在を良い事に土日の休みを思う存分謳歌していたはずの沢田綱吉は、目の前に広がる景色を呆然と眺めていた。
欧州風にデザインされた建築物の数々、小さな恐竜が引く馬車、人にまぎれて歩く獣人――まるでファンタジーの世界に迷い込んだような風景は、ツナの思考を奪い去るには十分過ぎるものだった。
歩く人々もまた、ツナを珍奇な動物を見るかの如く一瞥して通り過ぎて行った。
お気に入りの黄色いパーカーにジーンズと、この世界の住人から見れば明らかに浮いた服装であった。
(ここは、一体……)
ツナは自分の陥っている境遇について考える。
友人の獄寺や山本と遊びに出かけ、外で偶然あった雲雀に追いかけられ、またもや偶然出会った京子にドギマギする。そんなザ・沢田綱吉の一日を過ごしていたはずである。
ところが皆と別れてすぐのことだ。気が付いたらここにいた。
正確に表現するならば、少し眠くなって目をこすり、ほんの一瞬だけ視界は閉ざされた。その後ぼやけた視界が晴れ、目の前の景色が鮮明に把握できるようになった時、すでに街並みはがらりと変わり果てていた。
とはいえ、そんなものが異世界召喚のトリガーになってはたまらない。気が付いたらと言っても差し支えないだろう。
そう思いながらも、ツナはもう一度目をこすってみた。
もしかしたらこれは悪い夢かもしれない。目を開ければきっと“沢田”と表札の入った一軒家が目の前に現れるはずだ、と――。
しかし、その儚い望みは数秒後に打ち崩される。目の前を横切った竜車がツナに現実を突きつけた。
「って!! こんな落ち着いてる場合じゃねー!! これ異世界召喚じゃん!! 帰れないじゃん!!」
街行く人々の行列がぴたりと止まり、その視線が一気にツナに集まった。
恥ずかしさからツナは顔を赤く染め、逃げるようにそそくさと歩いた。
(でも、ホントになんなんだここは?)
先ほどの失態を頭から拭い去ると、ツナは頭を冷やして考察を始める。
現状で分かっているのは、今回のケースがこれまで直面してきた、“常人が決して経験することがない”こととは大きくかけ離れているということだった。
ツナこと沢田綱吉、彼はただの一般人ではなかった。
見た目こそ華奢な学生だが、その体にはマフィアの血が流れているのだ。
伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれるイタリアの最大手マフィア、ボンゴレファミリー。裏世界に通じるものなら誰もが身を震わせる、裏世界の頂点に君臨する最強のマフィア。その十代目が沢田綱吉であった。
表世界では語られることのない多くの抗争や命掛けの戦いも潜り抜けてきた。
裏世界の重役や政界のトップたちとの顔合わせもしてきた。
死ぬ気の炎をはじめとした表世界には決して明るみに出ることのない様々な非科学的な事象も目の当たりにしてきた。
そんな経験が積み重なり、大抵のことは受け入れられるはずのツナでも、置かれている状況を受け入れることはできなかった。
ツナが受け入れることの前提条件として、明確な“原因”が存在する必要があったからだ。
今回のケースに比較的に近い10年後の世界に訪れた時も、思惑は只あれど、10年バズーカの弾に直撃した、という明確な原因がそこには存在していた。
何も感じることもできずに起きた今回の現象は、想定の範疇を明らかに上回った出来事であった。
(これ、戻れるよね?)
直面した特異ケースに、ツナの表情から不安の色が強くなる。
戻れる保証も助けが来る保証もないことはツナ自身も気付き始めていた。
ともかく、帰る方法を見つける事と、最悪でもそれが見つかるまでの生活方法は確立させなければならない。
その問題解決のために一番問題になってくるのは金銭面だろう、見る迄もなく日本円が通用する場所ではない。
「このリンガ下さい」
「どこの金貨だ。冷やかしなら帰んな」
ほら思った通りである。
日本円が使えないとなると物々交換しかないが、手持ちは手袋(X・グローブ)と死ぬ気丸とヘッドホンとスマホである。唯一売ってもよさそうなものはスマホしかないのだが、電波が届かないとはいえ現代若者の必需品を売るのは最終手段にしたい。売れるかどうかは別として。
「すみません。少しお話を聞きたいんですけど……」
とりあえず、話を聞いてからだ。ツナはちょうど前を横切った青年に話しかけた
「はぁ……」
ツナはため息をついた。
道行く人々から元の世界に帰る手がかりを訪ねるも、戻るヒントは愚かまともに話を聞いてくれる人すらいなかった。
そもそも、異世界というワードに皆首を傾げた。
この世界には異世界という概念自体が存在しないのだろう。現実世界と異世界のカルチャーギャップの弊害を早々に叩きつけられた。
ならばと行く先々の商人にスマホを見せても、それに価値を見出せる人間がいなかった。
骨董品好きの貴族ぐらいにしか需要がない、売れるかどうかもわからないガラクタ。それが商人たちの目か見たスマホの評価であった。
ロム爺という鑑定士ならあるいは――、と話しを上げる商人も中にはいたが、そのロム爺は王都から離れたアストレア家の本邸に移り住んだらしく、コンタクトを取るのは不可能だった。
何せ、この世界の移動手段である竜車を買うお金がない。
最終手段で飛んでいく事も考えたが、外の状況はまるでわからないし、距離も不明。オマケに怪しい服装の人間が手から炎を出して飛んでいたと噂されれば、怪訝な目で見られて居場所すらなくなってしまう恐れもあった。
と、そんなこんなでツナが悩んでいる時だった。
「何やってんだ嬢ちゃん!!」
商い通りに怒声が響いた。
驚いて振り返ると、店前に陳列された花瓶の前で、綺麗な青色の瞳に涙をためている少女の姿がそこにはあった。
6,7歳ほどの緑髪の少女だ。それに対し、店主は長身の筋肉質な体に、強面の坊主頭の男性だ。大人ですら怒声を浴びせたら泣かしかねない、そんな男であった。
「価値もわからない子供が勝手に触ってるんじゃない! 汚れでもしたらどうすんだ!」
「だ、だって……、きれいな花瓶だったから……」
少女が泣き出す10秒前。恐怖心が表情に鮮明に表れ、怯えから少女は後退りする。
少女の瞳から涙が零れ落ちたとき、次の水滴は隣から発せられる声に塞き止められた。
「すいません。その花瓶本当にそんなにいいものなんですか?」
ツナは少女のそばに立って店主の男と向かいあった。
その言わんとすることを店主も理解したらしく、ガンを垂れるように睨みつける。
「言いたいことがあるなら言ってみな兄ちゃん。ことと次第によっちゃただじゃおかねぇぞ」
「いえ、ただこの花瓶……見たところ石で作られているみたいですが表面が綺麗すぎる気がしたので。石工製の花瓶は石の味を出すために、削る量を最低限に抑えるのが主流と思っていたものですから」
「この花瓶はかの有名な石工職人ムラトーレが造形した作品だぞ。お前のようなガキに価値がわかるはずがないだろ。この綺麗な造形こそムラトーレの持ち味なんだよ」
「でしたら、その証明書は当然お持ちですよね?」
男の表情が一変したことに気付く。これまで見せていた怒気は薄れ、代わりに動揺の色が一気に濃くなる。
周りの客や同業者にも気づかれるほどの変化で、周囲からの視線も怪訝になる。
「そ、それはカルデアに置いてきて……」
「そうですか……、でしたら最後に聞きたいことが。本当にこの花瓶に価値があるとして、この子が触った箇所の確認をしていないのは何故ですか? 本当に価値があるのなら、何よりもまず花瓶に汚れがついているかを確認すると思うのですが」
「えっと。そ、それは……」
畳みかけられた店主は、言葉を途切らせて目を泳がせた。
疑っていた周りの客や同業者も、それが花瓶の価値の解答だと気づくと、一斉に詰め寄った。
「おいあんた! どういうことだ!」
「ここに置いてあるのはインチキ商品だってーのか!」
「い、いやー、それはですね」
責め立てられる店主を後目に、ツナは少女に微笑んだ。
「いこっか」
もう少女の瞳に涙は浮かんでいない。少女は笑顔で頷いた。
大筋は大体できてても、文章書けない。つらい