「お兄ちゃんすごいね。パッと見ただけで偽物だってわかっちゃうなんて、まるで花瓶の神様みたい」
少女――プリムは憧れのヒーローを見るようなキラキラとした目でツナを見つめた。少女の純粋さを受け止めると、対照的にツナの表情は少しだけ沈んだ。
(すごい、か……)
プリムがすごいとほめた力は、少女とは無縁の――否、未来永劫縁があってはならない世界で得た力だ。
裏世界での取引の際に騙されないようにリボーンから教わった付け焼刃の鑑定眼と、死が付随する憎しと悲しみの連鎖を生み出してきた自身の血筋がなせるものなのだから――。
無邪気に尊敬の眼差しを向ける少女に、それを知る由はない。
無論ツナもうれしくないわけではないが、それを純粋に喜べるほど、ツナの心はまだ裏の世界に浸透してはいなかった。
「どうしたの?」
プリムが心配そうな顔でツナを見上げる。
ツナは心の中で首を振って葛藤を振り払うと、プリムに笑顔を返した。
「いや、俺の力は血筋みたいなもんだか。思っているほどかっこいいものじゃないよ。それに俺から見たらプリムちゃんのほうがずっとすごい。俺が同い年ぐらいのときだったら、絶対すぐに泣いてるもん」
同い年はおろか、小学生ぐらいまでの自分なら間違いなく泣いてしまう自信がある。
そんな間違った自信を抱えつつ、ツナはリボーンと出会う前の昔の自分を思い出した。
他者と比べては卑屈になり、自らの力量を理解してはすべてを諦め、責任が伴うことかは逃げる。
日々を怠惰に過ごし、ただただ時間を浪費してきた自分の姿――。
「そんなことないと思うけどなぁ」とツナを憧望するプリムの頭を、慈しむように褒めるように、優しく撫でた。幼さ以上に強い心を持っている少女を、愛おしく感じた。
立派に成長していく年の離れた妹を見守る兄の感覚だろう。まだまだ鋭意成長中の、血は繋がっていないが弟や妹のように思っている家族がいるツナにはそう感じられた。
「そういえば一人だったけど。お母さんとかは? もしかして迷子?」
「迷子じゃないよ。ママの誕生日プレゼント選んでたの。お花を摘んで花瓶に入れてプレゼントしようと思って」
誕生日プレゼント、ということはサプライズである可能性が高い。先ほどの件も考えると、街の治安がいいとは言えず、娘の不在に気付いた両親が心配しているはずである。プリムの目的が果たせなかったにせよ、帰宅させるのが吉だろう。
本来ならばプリムに言い聞かせて帰らせるのが最善策だ。しかし、今に関して言えば、プリムを一人で出歩かせるわけにはいかない。先ほどの騒動の腹いせに店主がプリムを襲う危険性があったからだ。
まずは、この子をうちまで届けよう。
次の目的が決まったことは、異世界生活に不安になりかけていたツナにとっては心情的にも救いだった。
「プリムちゃんはおうち帰れる? きっとお母さんも心配していると思うんだ」
「道はわかるけど……」
ツナの言葉にプリムはうつむいた。おそらくはまだプレゼントが決まっていないことと、両親に何も言わずに出て行ってしまったこと、その二重の心配が表に現れているのだろう。
「大丈夫、何かあったらお兄ちゃんも一緒に謝ってあげるから」
それを察し、ツナは笑顔で答えた。
プリムから案内されたのは、店頭にリンゴ……もといリンガが陳列された小店だった。
というか、ツナが一番最初に現実世界の小銭を見せた店だった。
店頭では緑髪の強面顔のリンガ売りの店主と、茶髪の綺麗な女性が深刻な表情で話していた。
――一瞬、失礼千万な考えが頭をよぎった。
「ママー!」
「プリム!」
プリムの呼びかけに気付いた女性が、駆け寄るプリムを抱きしめた。
「危ないでしょ! なんで一人で出かけたの! ただでさえ、今商人たちはピリピリしてるのに!」
「ごめんなさい。ママの誕生日プレゼント買おうと思って。誕生日にみんなで行こうって話してた旅行の話もなくなって……、だから……」
「プレゼント……、ほんとに、もう……」
母親の抱きしめる力が強くなると、プリムの頬を水滴が伝う。それをたどると母親の瞳に行き着いた。それは娘が見つかった安堵よりも、湧き上がる嬉しさが詰まった家族愛の結晶だった。
プリムの瞳から本日二度目の涙がこぼれた。
「もう絶対、勝手に一人で出かけちゃダメよ。約束」
「うん。ごめんなさい……」
母娘は涙を零しながら笑い、指を絡めて約束を交わす。
それ感慨深く見つめるツナに、もう一人の当事者である強面の店主が申し訳なさそうに近寄った。
「悪かったなうちの娘が迷惑をかけて」
「いえいえ迷惑だなんてそんな。とてもいい子で、こっちが感心するぐらいで」
「おお、よくわかってるじゃねーか! そうなんだよ、妻に似てお淑やかで可愛くて、気弱に見えて芯もしっかりしている。大人になったら絶対いいお嫁さんになるぞ。間違いない」
これでもかと自慢げに娘のことを語る父親を見て、ツナは、ははは、と笑って返す。
二人を一目見たときに感じた失礼千万な考えが再び頭をよぎる。プリムが母親似でよかったなんてのは口が裂けても言えない。
「ありがとうお兄ちゃん」
ツナに駆け寄ったのは、涙をぬぐい終えた満面の笑みを浮かべたプリムだった。
「俺は何もしてないよ。プリムちゃんが正直に話したから許してもらえたんだ。えらかったね」
プリムは撫でられるがまま、幸せそうな顔でツナの言葉を受け取った。
「そういえば、旅行の話が出ていたけど。あれは?」
「本当はね、水の都のほうに誕生日に旅行する予定だったの。白鯨って魔獣が倒されてこれから忙しくなるから、今のうちに旅行に行こうって。でも街の外が危ないから中止になったの」
「危険? ほかの魔獣とか?」
「ううん。魔獣じゃなくて、魔女教徒って悪い人たち」
そう話すプリムの表情は深く沈んだ。よほど楽しみにしていたんだろう。
「きっとクルシュ様がやっつけてくれるから大丈夫よ」
そう言って後ろからやってきたのはプリムの母親であった。
「娘から話は聞きました。助けてくださって本当にありがとうございます」
「うちも余裕があればなにか礼がしたいんだが、すまねぇな。せめてこれだけでも受け取ってくれ」
そう言って店主はツナにリンガを渡した。
「ありがとうございます!」
「おう達者でな!」
言葉を交わすと、ツナはその場を後にした。
――リンガ店を監視する視線があることも、ツナは気付いていた。
リゼロ1話の親子組です。設定とかわかりません
次回、リゼロのメインキャラがやっと登場します。たぶん