甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 気晴らしにしていた作品が気晴らしにならなくなって
 きたので、思わず現実逃避してしまいました。
 後悔はしていない。


第一話

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 一人の男が駿城の中で寝ていた。

 その男は目立っていた。何故なら、ここは客車であるにも拘らず武士の出で立ち

だったからだ。漆黒の何やら不気味な光沢の鎧を着込んだままだ。しかも、男の

武器が目を引いた。蒸気筒が主兵装である今の時代に戦国時代の武将のような装備

だったからだ。青龍偃月刀と言ってもいい程の薙刀と腰には刀。鉈のような刃物も

下げている。銃は持っているが、蒸気を使用しない火薬銃である。ただし、使える

のか怪しいような大口径の鉄砲を抱えている。

 車内の者達は、関わらないように遠巻きにして関わらないようにしていた。

 

『廃駅を通過します。おのおの、衝撃に備えて下さい』

 

 伝声管を通して少女の声が車内に響く。

 車内がサッと緊張と恐怖に彩られる。

「また駅が潰れたのか…」

「顕金駅まで補給なしか…。大丈夫なのか?」

 思わずと車内の人々から声が漏れる。

 早谷駅で停車予定であったが、一つ前の駅で主要な人物にだけ廃駅の情報が齎さ

れ、客車にいる人間には伝わらなかったのだ。

 だが、ズカズカと荒々しい足音で一斉に皆が黙り込む。

 入ってきたのは武士だ。

「おい!浪人!!」

 武士が大声を上げて車内を見回す。

 浪人とは主家が無くなるか、カバネに潰されたかして、それでも生き延びた者

の事を指す。当然、士官先を探す事になるのだが、このご時世では召し抱える家は

皆無と言っていい。余程、有能ならば兎も角。大抵は傭兵のような事をして生計を

立てるものばかりだ。一部、思い切りのいい者は、武士を辞めて、別の職に就くが。

 大声に件の男が目を覚ます。

「なんだ?」

 起きた男は、中肉中背で顔には幼さが残っていた。どうやら少年といっていい

年の頃のようだ。

「仕事をくれてやる!カバネを撃退しろ!」

 浪人の少年はニヤリと嗤った。

「撃退か?撃滅じゃなく?」

 武士の顔が真っ赤に染まる。馬鹿にされた事を察したようだ。

「粋がるなよ、若造が!!」

 武士が振り上げた蒸気筒に、乗客が怯える。

 だが、それが振り下ろされる事はなかった。

 いつの間にか立ち上がっていた少年によって止められていたからだ。

「ぐっ…」

 蒸気筒を掴まれてビクともしない。

 武士がどんなに力を入れても動く気配すらない。

「まあ落ち着けよ、おっさん。報酬はキチンと貰うぜ?」

 そう言うと少年は蒸気筒を放し、サッと武士の脇を抜けた。

「屑が!」

 少年の背後で武士が吐き捨てるように言ったが、少年は振り向かなかった。

(お前等は俸禄を貰っているだろうが、俺にはないんだよ。報酬を貰って何が悪い)

 内心で少年は毒を吐いた。言っても綺麗事で返されるだけだと分かっていたからだ。

 この日ノ本が大変な時に、報酬を意地汚く要求するのは眉を顰められる。

 

 兜を被り、先頭車両に向かっていた少年の足が止まる。

 後から忌々し気に付いて来ていた武士が声を上げる。

「どうした!!早く行かんか!!」

 少年は応える事なく、指を天井に向けた。

「何だ?」

「この上にはカバネがいないって事だ。音も気配もしないだろ?」

「何?」

 だから何だと言わんばかりに、武士が少年を睨み付ける。

 次の瞬間、少年が信じられない行動に出た。

 車両の扉を開け放ったのだ。

「何をする!!」

 武士が止める間もなく、扉から少年が天井へと腕の力だけで上がって行ってしまった。

 あれだけ武器と鎧まで着込んでいるのに、苦にする様子もない。

 武士は慌てて扉を閉め、安堵の息を吐いた後、上を見上げて吐き捨てた。

「狂人めが!!」

 

 

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 少年が、駿城の天井にのんびりとした風で立ち上がる。

 それを見て前後にいたカバネが一斉に目を向けて、走り出す。 

 カバネ。

 死して化け物となった者達。噛まれる或いは爪で裂かれても、呪いを受けてカバネと

なる。危険極まる怪物。日ノ本は今、その脅威で危機にあった。

 尤も、少年はこれが呪い等でない事を知っていたが。

 走って来るカバネを無表情に見て、少年は素早く()()()火薬銃を構えた。

 走り来るカバネに驚異的な速度で弾が連射される。

 頭を撃ち抜かれ、頭部を失ったカバネが駿城から転がり落ちる。

 仲間がやられても足を止めずに向かって来るカバネには、心臓を撃ち抜く。

 本来ならカバネの心臓は弱点であると同時に、強固な金属皮膜で守られ鉛弾では倒せ

ない筈だったが、至近距離で大口径の炸薬を増やした弾の前には、意味がなかったよう

だ。青白い燐光を放ち、カバネが倒れていく。

 二十匹を倒した時点で銃を背に回す。

 次は青龍偃月刀のような薙刀を取り出し、気合と共に踏み込み、一閃する。

 信じられない事に、この一撃も纏めて三匹ものカバネを両断し、駿城から落ちていった。

 その刀身は不吉なまでに漆黒だった。

「おおっら!!」

 不安定どころではない駿城の天井で、ブレる事もなく動き続ける。

 恐れる事もなく、踏み込み斬り捨てていった。

 一振りする毎にカバネが冗談みたいに倒されていく。

 粗方、片付いたところで先頭車両へと走り出す。

 武士が小さい窓(狭間)から蒸気筒を撃っているのが見える。

 カバネは窓に気を取られて、こちらに気付くのが遅れた。

「六根清浄!!」

 少年は声と共に、薙刀を装甲に沿って振り抜いた。

 横に取り付いていたカバネが血飛沫を上げて落ちていく。

 逆側から上がってきたカバネが素早く跳び掛かってくるが、少年は籠手で守られた手で

殴り飛ばした。身体はそう大柄でもないのに、とんでもない膂力である。

 天井に薙刀を突き刺すと、刀を抜いた。

 これも漆黒の刃である。

 態勢低く刀が銀光を残して素早く振るわれる。

 次々と血飛沫が上がり、燐光を放ちカバネが狩られていく。

「ううーりゃ!!」

 最後に背後から向かってきたカバネの心臓を串刺しにする。

 心臓は燐光を放ち、カバネは力なく動きを止めた。

 最早、カバネの姿は周囲に認められなかった。

 だが、少年は最後に仕留めたカバネにしゃがみ込んだ。

「寝起きで派手にやり過ぎたな。()()()()()()()()

 他は全て斬り捨てると同時に落としてしまった。

 少年は小刀を取り出すと、心臓被膜を剥がし始めた。

 それを確認に来る勇者は、幸いな事にこの駿城には存在していなかった。

 少年は不満そうに心臓被膜を革袋に納めて、扉にしがみ付き、入れろと叫んだ。

 その頃には廃駅を通過寸前であった。

 

 

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 やけに五月蠅い音で無名は目を覚ました。

「何?うるさい…」

「今、廃駅を通過している。寝ている事は難しいだろうが、身体を休めておけ」

 無名の付き添いである修験者の四文が、静かな声でそう言った。

 その言葉を裏付けるように蛮声が遠くから聞こえてくる。

「カバネ?」

「ああ。だが、勝っているようだ。手出しする必要はない」

 無名の感覚は、カバネが次々と物凄いスピードで倒されている事を告げていた。

「カバネリ?」

「いや。当然違う。狩方衆以外でこれ程強いとは珍しい」

「ふぅん」

 無名は、この時天井にいる人物に興味を持った。

(私の盾として使えるかな?)

 薄く微笑み無名は目を閉じた。

 音は暫くすると聞こえなくなった。

 

 

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 扉から入ると、一斉に蒸気筒を向けられた。

「大した歓迎だな。凱旋を祝うなら筒は上に向けろよ」

 面白くなさそうに少年は、武士の一団に言い放った。

「その場で服を脱げ!!」

「ああ。はいはい」

 鎧が重い音を立てて外れて落ちる。

 かなりの部分が金属製のようだ。

 信じられないものを見る眼で武士が少年を見る。

 パッパと鎧下まで脱いで、褌のみになった。

「褌も取るか?」

「その場で背を向けろ!!」

 少年の冗談にも反応せずに、武士の一人が声を荒げる。

「はいはい」

 冗談を無視され半眼になった少年はそう言って、グルリとゆっくり体を見せ付ける

ように回った。

 納得したようで、武士が筒先を下ろす。

「ご苦労だった。帰っていいぞ」

「報酬は?」

 武士の一人が忌々しそうに舌打ちする。

「降りる時に払ってやるわ!!」

「毎度」

 少年はサッサと鎧を身に付けると、武士のいる車両を後にした。

「屑が!!」

 武士の言葉が虚しく車内に響いた。

 

 

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 それ以降はカバネに襲われる事もなく、極めて順調に進んだ。

 顕金駅に到着すると、すぐさま検閲箱と呼ばれる検査室が横付けされた。

 カバネに噛まれても、すぐに発症してカバネにならない者もいるのだ。

 だからこそ、男も女も素っ裸にされて丁寧に検査される。

 そこで傷の一つも見付かろうものなら…。

「カバネだ!!傷があるぞ!!」

 武士が大声を上げて、仲間に警告を発した。

 男の悲鳴が響く。

 少年はうんざりした様子で溜息を吐いた。

(全く、本当にカバネなんだろうな?田舎だと平気でその場で殺すからな)

 実際、少年が見ても明らかにカバネじゃないであろう傷でも、田舎では過剰な反応

で殺されるところを数多く見てきた。

 すぐに銃声が響き、肩が付くのではないかと思いきや、何時まで経っても音沙汰が

ない。駅が一つ潰れた所為で、乗り換えがタイトになっている。今夜には別の駿城に

乗り換えないといけなかった。傭兵で戦をやる駅に行く積もりなのだ。それには、

この駅で保存食や水を買い込んでおきたかった。時間があれば女も買いたかった。

(早くしてくれよ)

 しびれを切らして制止する武士を押し退けて、外を覗くと一人の蒸気鍛冶が男を

庇って立っていた。

「疑いのある者でも、三日は牢に入れて様子を見る!お前等が決めた事だろう!」

 まだ若く、少年と年の頃は同じくらいだろう。

(やり方は兎も角、度胸はある奴だな)

 少年は久しぶりに愉快な気分になった。

 既に廃れた正論を振り翳すとは、真面な神経ではない。

 だから、気紛れを起こした。

 武士が蒸気鍛冶の言葉に激昂して、殴ろうとしたまさにその時に、ガンガンと金属

を叩く音が鳴り、武士の動きが止まった。

 少年が駿城の装甲を叩いたのだ。

 武士が蒸気鍛冶とカバネの疑惑がある男に注意をしつつ、慎重に音の発生源である

少年を睨み付ける。

「後が支えてるんだよ。サッサとしてくれないか」

 武士が忌々し気に舌打ちする。

 蒸気鍛冶は怨敵と出会ったような顔をした。

 一斉に敵意を向けられても少年に動じる事はない。

「余所者は黙っていろ!!」

 武士の一喝にも無反応。

「仕事サボってりゃ、口の一つも出したくなるだろ?」

「何ぃ!!」

 武士が今度は少年に蒸気筒を向ける。

「サッサと撃ち殺せっていうのか!?」

 蒸気鍛冶まで声を上げる。

(ガラでもない事するもんじゃないな)

 早速、少年は気紛れを起こした事に後悔しだした。

「そうじゃねぇよ。()()()()()()()()()何時まで構ってるんだって言ってんだ」

 投げ槍に少年は言った。

 一瞬の静寂。

「貴様に何が分かる!!」

 少年は乗り掛かった舟で引き返す訳にもいかず、件の傷を指差した。

「傷を見ろ。スッパリと切れているだろう。噛み痕じゃないのは分かるな?カバネの

爪で傷付けられたられたら、そんなスッパリ切れない。カバネの爪で傷付けられた

なら、傷口はもっとガタガタになっている」

 面倒そうに発せられた言葉は意外にも理路整然としていた。

「得物を持っているカバネもいる!」

 負けずに言い返してくる武士に、呆れた視線を向ける少年。

 カバネで怖いのは、噛まれる事、爪で裂かれる事だ。

 流石に持つ得物で感染はしない。不潔な刃であるので病気は怖いが。

「その得物を持っているカバネは、どう得物を使っている?」

 溜息交じりに少年が質問を返す。

 咄嗟に言い返そうとした武士だが、どもってしまう。

「答えは、膂力に任せて叩き付けるだ。鉈等、例外はあるが基本日ノ本の刃は引いて

斬る。カバネは知能が低いから刃物を鈍器として使う。刃物を叩き付けたなら、傷は

こうはならないだろ?」

 カバネにも例外的に剣術を使う者もいるが、少年が駿城に乗っている間、そんな特殊

な個体に遭遇しなかった。少年が乗る前だったら、もうカバネになっている。故に、

少年は特殊な例を話題に出さなかった。

「っ!」

 武士達は一言も言い返せず、脂汗を流している。

 面子を潰される予感に、焦っているのだ。

「おそらくだが、任侠気取りの奴に匕首か何かで斬られたんじゃねぇのか?傷が浅い

ところを見ると、腕の力だけでド素人が振ったんだろう」

「そうだ!!いきなり斬り付けてきやがったんだよぉ!!」

 ここで初めて蒸気鍛冶に庇われていた男が声を上げた。

 武士達の顔色が悪い。流石に周りの視線が厳しいものになっている事に気付いた

のだ。

 ここで大きな溜息が聞こえてきた。

 少年が振り返ると、そこには豪華な着物を着込んだ男が供と娘を連れて立っていた。

 随分と風変りな一団だった。娘と供の者以外にけん玉を持った子供に修験者が当然

のように豪華な着物の男の横に立っている。

「その男を牢へ放り込め」

 豪華な着物の男が苦い声で命じた。

「四方川家当主・四方川 堅将である。この先、この駅の中で上手くやっていきたい

ならば、余計な差し出口はせぬことだ」

 堅将は吐き捨てるように言い放ち、少年に背を向けた。

「ご心配なく、乗り換えが済めばいなくなりますよ」

 少年は恐れる様子もなく、堅将の背に声を掛けた。

 それに堅将は応えなかった。

 傷の男は武士に連れて行かれたが、抵抗もせずに連れて行かれた。

 蒸気鍛冶の方は上役だろうか、年嵩の男に襟を掴まれて連れ出されて行った。

 少年の方は大人しく検閲箱に戻ろうとした時。

「ねぇ!アンタ!面白いね」

 けん玉少女だった。一緒に行かなかったようだ。修験者は渋い顔だ。

「そりゃ、どうも」

 軽く返事して戻ろうとしたが、けん玉少女が再び口を開く。

「アンタ、名前は?」

「想馬だ」

 けん玉少女は不思議そうな顔をする。

「苗字は?」

「家が取り潰されたからない。ただの想馬だ」

「そうなんだ!私は無名!()()()()()()!」

(誰が上手い事言えと?思いっ切り偽名だろう)

 想馬はそう思ったが、そこに触れなかった。

 この先、関わり合いにならないと思ったからだ。

 

 だが、この出会いが長い縁になるとは相馬も予想していなかった。

 

 想馬、無名、そして蒸気鍛冶・生駒。

 三人は出会った。

 

 

 

 

 

 

 




 メイン投稿の合間に細々と書いていきます。
 気晴らしに。
 そろそろ男のオリ主も書いてみよう、ついで 
 に三人称にも!なんて甘い考えで書いてしま
 いました。後悔はしていない。

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