甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 長い時間が掛かってしまいました。
 折れてはいません。
 それではお願い致します。


 


第十話

          1

 

「どけぇぇぇーー!!」

 想馬が吹き飛ばされたのを見た無名は、感情が荒れ狂った状態だった。

 怒りや悲しみが混ざり合ったなんとも言えない感情。

 無名の中であったかどうかも覚えていない感情だった。

 想馬によって線路を支える鉄骨へと逃げ延びたが、融合群体は依然として健在であり、ワザトリもどうなったか分からない。

 最早いないものと考えるのは不味いだろう。

 だが、慎重に動けば速度が鈍る。

 今は一刻も早く想馬の元へ行かなければならなかった。

 後ろから融合群体の巨大な手、前からは群体がバラ撒いたカバネが迫る。

 心は未知の感情で荒れていても、無名の培った戦闘技術は研ぎ澄まされていた。

 感情に振り回された力任せの攻撃も弱点にはなりえず、前方のカバネを次々と短筒の刃ですれ違いざまに首を半ばまで斬り裂いていく。

 勿論、カバネも無名に襲い掛かっている。

 にも拘らず、無名は流れるように攻撃を掻い潜入り、正確無比に首を斬り裂いた。

 その光景を同じく後ろから見て追っていた生駒は、足が止まりそうになるのを必死で堪えて走っていた。

 まるで無名が、カバネになったかのような不吉な紅い光を心臓が放っていたからだ。

(まるで…ワザトリじゃないか…)

 カバネ特有の尋常ではない力を人の技で振り回す恐ろしい存在。

 無名の本来の戦い方ではない。

 首を半ばまで断ち斬られたカバネは、衝撃で首が千切れていた。

 そして、肝心の群体の手が迫る。

 それを無名は後ろも振り返らすに、大きく跳び鉄骨を蹴り速度を落とす事なく走る。

 まるで背中に目でも付いているようだ。

 生駒は、群体の意識が無名に向いているから辛うじて巻き込まれていないだけだった。

 止まってもどうにかなるのかもしれない。

 それでも足を止めないのは、生駒としても男の意地があるからだろう。

「生駒!線路に上がって走りな!」

 生駒に返事をする余裕はなかったが、無名の言わんとするところは瞬時に理解した。

(囮になる気か!?)

 だが、それは勘違いだった。

 次の瞬間、無名は何もない虚空へ飛んだ。

 いくら無名がすばしっこくとも、空中では何も出来ない。

 絶好の機会に融合群体は巨体を空中へ躍らせた。

 巨体が蹴って跳んだ影響で線路が揺れる。

「無名!!」

 生駒の絶叫が響くなか、融合群体は無名を捉えていた。

 口が開かれ、巨大な群体となったカバネが口の中で蠢いている。

 無名が口に吸い込まれようとしたその時、無名が何かを腰から引き伸ばし線路に向けて投げる。

 それが鉄骨に絡まる。

 ワイヤーの先に分銅が付いた物だった。

 無名は、巻き付いたのを確認すると、身体をしならせるように振る。

 口が閉まる寸前、無名は歯の部分になっているカバネを蹴って、勢いを付けて鉄骨目掛けて跳ぶ。

 喰い損ねた群体は、無様に下へと落下していく。

 最後の足掻きに腕をバタつかせたが、無名を捉える事が出来ずに轟音を立ててカバネを撒き散らし落下した。

 無名は、線路に向けて登っていた生駒より大分下へ、器用に着地した。

 生駒ならば鉄骨に激突するか、行き過ぎてどこかに叩き付けられただろう。

「無名!」

「アンタ。線路走れって言わなかった?」

 生駒の歓喜の声は、無名の冷ややかな声に文字通りに冷や水を掛けれた格好になった。

「急ぐよ」

 無名は、ムッとする生駒を無視して再び走り出す。

 確かに、いつまでも融合群体がそのまま下にいるとは思えない。

 行動は早く起こすべきだ。

 それが分かるから、生駒は黙って後を追った。

 

 無名の背には紅い光は消えていた。

 

 

 

          2

 

 想馬が吹き飛ばされた場所まで、邪魔されずに到着した。

 想馬は、かなり木製の壁を突き破り停止していた。

 その有様は、一目で助からない事が医術に関しては門外漢の生駒にすら理解出来た。

 虫の息で生きているのが、異常なくらいだ。

「想馬!!」

 無名は、想馬の上体を抱き上げる。

 最早、無名達を認識していない。

 意識がないのだから当然だが。

 無名と生駒の顔が歪む。

 それから程なくして足音が複数聞こえてきた。

 無名は短筒を構え、生駒は貫き筒を構えた。

「撃つなよ!?吉備土だ!」

 大柄な武士が他の武士達を率いてやって来た。

 そして、想馬の姿を見て痛ましそうに眼を閉じた。

 無名は、苦悩していた。

 助ける方法は存在している。

 しかし、苦悩する贅沢な時間は、これ以上望めない。

 無名の感覚は、下で急速に融合群体が身体を構成し直しているのを感じていたからだ。

(私は、やるべき事がある)

 無名は、静かに想馬を地面に寝かせた。

(恨んでくれていいよ)

 振動が無名達のいる場所まで伝わってくる。

「なんだ!?」

「アレが上がってこようとしてるんだと思います…」

 吉備土の疑問に生駒が答えた。

 生駒も大分カバネリの感覚に慣れてきたようだ。

「…なら、撤退だ」

「じゃあ、想馬を!!」

 生駒は動こうとしない無名に見切りをつけて、想馬を担ぎ上げようとする。

「置いていけ。残念だが、助からない人間の為に撤退速度を遅らせる訳にはいかない。薄情なようだが、これも戦場の習いだ」

 吉備土も無念そうだが、キッパリと言い切った。

 想馬という戦力は、吉備土にとっても貴重な戦力だった。

 人間でありながら、カバネリの如く戦える男を置いて逃げるのは、吉備土にとっても耐え難い事だが、私情で仲間を危険に晒す訳にはいかない。

「助かるよ」

「「っ!?」」

 無名の突然の言葉に生駒と吉備土が息を呑む。

 この状態は、どう考えても助かるようには思えない。

(状況を認識するのを拒んでいるのか?)

 だが、無名の眼は冷静だった。

「何を言っている?」

 吉備土は、差し迫った危機を一瞬忘れて、無名を困惑した目で見た。

 だが、生駒はあっと声を上げた。

「分かるのか!?」

 思い当たったような反応の生駒に、吉備土が詰め寄る。

「お前…まさか…」

 生駒は、吉備土の事を気にする余裕すらなかった。

 自分の想像があまりに荒唐無稽だったからだ。

「生駒。想馬の頸を絞めて脳を守って」

「勝手にそんな!」

「おい!どういう事なんだ!?」

 二人のやり取りに、吉備土は堪り兼ねて声を荒げた。

 

「カバネリにする積もりか!?想馬を!」

 

 

 

          3

 

「何!?」

 生駒の衝撃の発言に、武士達が凍り付く。

「カバネに噛ませるのか!?わざと!?」

 武士達の顔が嫌悪に歪む。

「そんな事する必要ない。ぐちゃぐちゃ言ってないでやってよ」

 無名は生駒を睨み付ける。

 生駒は、自分をカバネリにした。

 だが、それは自分自身だったからだ。

 他人を実験台にする程、彼はまだ狂気に堕ちてはいなかった。

「早く!もうすぐアレが上がってくるよ!?そしたら、いよいよ打つ手が無くなる!」

「クソっ!」

 生駒にも、群体がカバネを再び集めて、ゆっくりと行動を開始した事が感じ取れていた。

 この場を早く離れろと本能が激しく訴えてくる。

 無名は、自分が想馬の頸を絞めるまで梃子でも動かない構えだ。

 心の中で、もう一度悪態を吐くと頸に手を掛けた。

「おい!正気なのか!?」

 吉備土が声を上げる。

「五月蠅い!黙ってて!」

 想馬の頸が絞まる。

 それを確認すると、無名は徐に着物の肩の部分を破った。

 そして、生駒は見た。

 無名の眼が紅く妖しく染まるのを。

 犬歯が肩を破り食い込む。

 その場の全員が息を呑む。

 無名が、恍惚とした表情で血を啜る。

 その光景は、まさに魔性の光景だった。

 子供と言ってもいい無名に艶を感じて思わず武士達が目を背ける。

 無名が顔を上げると、カバネのウイルスが物凄い速さで身体を巡るのが分かった。

 生駒は、頸から上にウイルスが行かないように力を適度に籠める。

 首以外がカバネのウイルスに侵され、紫に染まり紅い血管が浮かび上がる。

 その光景を生駒は、無心に観察した。

(俺もこんなだったのか…。不謹慎だが、後で記録しないとな)

 迫り来る群体の恐怖から逃れようとするように、生駒はそんな事を考えた。

 そのうちに折れ曲がった腕や、やられた内臓が脈動するように動き、急速に元の形に戻っていく。

 その様を武士達が、呆然と眺める。 

 止めるとかそういう心の余裕は武士達に存在していなかった。

 目の前の異常な事態に、ただただ立ち尽くすのみだった。

 想馬の身体が徐々に本来の人間の肌の色に戻っていく。

「もういいよ、生駒」

 無名の声で、生駒はハッと想馬の頸から手を離した。

 想馬の顔は苦悶に満ちていた。

 頸を絞められていたのだから当然だ。

「ゆっくり呼吸して…」

 無名が想馬の耳元で囁く。

 聞こえているかは分からないが、反応を示さない。

(失敗したのか?)

 生駒は、自身の体験を照らし合わせて冷汗を掻く。

 生駒の場合は、死ぬような重症ではなかった。

 だが、想馬は瀕死の重傷である。

 やはり、カバネリとなるには条件がいるのではないかと思い始めた時、無名が思い切り想馬の胸を叩いた。

「想馬!!」

 心臓に向けて何度も拳を打ち付ける。

「おい!無名!よせ!」

 生駒が止めるのも聞かずに、無名は拳を打ち付け続けた。

 だが、その拳が不意に止められた。

「痛てぇんだよ…」

 想馬が軽く咳き込みながら無名の拳を掴んでいた。

 

 武士達が、驚きの声を上げた。

 

 

 

          4

 

 無名が掴まれた拳を振り解く。

「気分は?」

「最悪だ」

 無名の質問に対する答えは簡潔だった。

「自分の身に何が起こったか、分かるか?」

 生駒が今度は暗い顔で訊く。 

「分かるか」

 想馬は、身体が動くのを確認しつつ投げ槍に答えた。

「お前もカバネリになったんだよ。成功したみたいで良かったよ。本当の意味で良かったかは分からないけど」

 生駒は酷く複雑な顔でそう言った。

 想馬の顔に納得の色が浮かぶ。

 その顔は、すぐに不愉快なものに変わった。

「誰がそんな事頼んだ?」

「頼まれてないよ。必要だからしただけ」

 ジロリと睨まれた無名は、素っ気なく答えた。

 二人の視線がぶつかり合う。

 視線を逸らしたのは、無名が先だった。

「別に…恨んでくれてもいいよ。それでも!私は帰らなきゃいけないの!兄様の元へ…」

 想馬が、その言い分に溜息を吐いた。

(これじゃ、餓鬼を虐めているみたいだな)

 色々と言いたい事はある。

 だが、無名の表情は普段は見せない子供の表情だった。

「そうか。だが、言わせて貰うぞ」

 無名の表情が強張る。

 想馬は内心で苦笑いする。

 一流の武人のような技をもっている無名だが、その心は弱い。

 想馬は、その事に気付いていた。

 だからこそ、想馬は今この時に言うべきと思っていた事を口にする事にした。

 今なら負い目のある無名は、黙って聞くだろうと思ったからだ。

「自分の主は、自分自身にしとけ。全てを今の主に委ねるな。それでもそいつに力を貸したいなら、間違いを諫められる家臣になるこった。俺は御免だがな」

 無名は恨み言を言われると身構えていたので、若干拍子抜けしたのだろう。

 言い分は普段の無名なら反発しそうなものなのに、気が抜けていたのか言い返す事も出来ずに困った顔をしたまま黙り込んだ。

「手下と家臣は違うぞ。気を付けるこったな」

 黙り込んだ無名の頭を乱暴にワシワシと撫でると、無名の髪がぐちゃぐちゃになった。

「ちょっと!」

「戻るんだろ?甲鉄城」

 引き攣った表情で自分を見ている武士達に想馬はそう言って声を掛けると、サッサと歩き出した。

 今はまだ自分が人外になったという感覚はない。 

 だが、自分がどういう一撃を受けたのかは分かる。

 ハッキリ言って死は免れないものだった。

 五体満足で助かった理由など、カバネリになったくらいしか思い付かない。

「なら、走らないと駄目でしょ」

 言われた事を漸く受け止められたのか、無名が不機嫌に想馬の背を蹴り飛ばした。

 痛覚が麻痺したのかと思う程、痛みはない。

「急ぐか…」

 

 二人は、まだモタモタしている生駒や武士達を置いて走り出した。

 

 

 

          5

 

 甲鉄城へはカバネを数体片付けて到着した。

 融合群体の方へ引き寄せられている影響で、甲鉄城への攻撃が一先ず止んでいたからだ。

「で?どういう事な訳?」

 無名は冷たい眼差しで菖蒲を睨み付けた。

 菖蒲を護るように来栖が前に出るが、両者共に表情に苦いものが浮かんでいた。

 巣刈の口車に乗せられたとは言え、菖蒲達が結果的に足を引っ張ってしまったのは事実だからだ。

 菖蒲が意を決して、これまでの経緯を説明した。 

 言い分が分かるだけに無名も眉間に皺を寄せた。

「そのお陰で俺は人間じゃなくなったがな」

 想馬のその言葉に全員が黙り込んだ。

 一番の被害者は誰かと言えば、間違いなく想馬に他ならない。

「まあ、なんにしても責任の擦り合いなんてしてる暇もない。そうだよな?」

 想馬は、無名に目を向けてそう言った。

 無名も気配で融合群体が、もうすぐ動き出すのを感じて黙って頷いた。

「それじゃ、こっちは作戦を立てないと」

「策があるのですか?」

 無名の言葉に菖蒲が問う。

「倒し方は知ってるけど、まずそれまでの布石を打つ必要があるからね。生駒を連れてこないと」

 何か考えるのが苦手な無名は、生駒に押し付ける気だった。

「俺は武器だな」

「お持ちだったのでは?」

 カバネリとなってしまったのは報告されている菖蒲は、少し想馬の事が心配になった。

 記憶が混乱しているか、何か不具合が生じているのではと。

「ああ。人間じゃなくなった弊害か、武器に問題が発生してな」

 それだけ言うと、想馬と無名は出て行ってしまった。

 顔を見合わせる主従を置いて。

 

 そして、一方生駒も逞生に同じ説明をされていた。

「すまねぇ。俺もつい乗っちまった」

 バツが悪そうに逞生が誤った。

 だが、悪びれもない男が一人いた。

「俺は謝る積もりはないぜ。口先だけで謝って欲しいってんなら別だがな。俺はこの落とし前は仕事でつける」

 巣刈である。

 その眼には、揺るぎのない信念があった。

 生駒は、巣刈の中にそんなものが存在しているとは思ってもいなかった為、少し内心で驚いていた。

 巣刈とそんなに話をした事はないが、皮肉屋でどこか本気で仕事に取り組んでいない印象だったからだ。

「確かに48式なんて中々手に入らないからな…」

 蒸気鍛冶の端くれである生駒は、苦い顔で不承不承に認めた。

「そうだ。こんな逃げてる最中の駿城に、こんな砲を乗せ換える機会なんて二度とない。今しかないんだよ」

 巣刈は、周辺の冷たい視線をものともせずに作業に戻っていった。

 逞生は、巣刈の背を恨めしそうに見送っていた。

「俺達もやろう。あまり時間がない」

「分かったよ。俺も仕事で返すさ」

 生駒に軽く肩を叩かれ、逞生も眉間に皺を寄せたままだったが頷いた。

 迷惑を掛けられた生駒に言われては、逞生も文句は言えない。

 

 こうして、甲鉄城の砲は怪しい外国人蒸気鍛冶・鈴木の指揮で48式を異例の速さで取り付けられた。

 

 

 

          6

 

 想馬と無名は、戦闘準備をすべく生駒達が作業している砲台車両に向かっていた。

 そこで、無名に対して敵意を向ける視線が多い事に想馬は気付いた。

「お前、なんかやらかしたのか?」

「別に…思った事を言っただけ」

 無名が不機嫌に吐き捨てるのを見て、想馬は頭を抱えたくなった。

 またしても、この世間知らずはやってしまったと確信したからだ。

「おい、何やった?」

「別にいいでしょ」

「よけりゃ言わない。無駄に波風立てて良い事なんかないんだよ」

 想馬は自分の事を棚に上げて、無名を問い質す。

想馬は、自分に関してはどうでもいいと考えていたからこそ言える勝手な話であった。

 無名の年でも性格を矯正するには厳しいだろうが、まだ無名には間に合う可能性がある。

 キッチリと教えないといけないと想馬は考えていたのだ。

 本当に勝手な話ではあるのだが。

「すまないが、何があったか教えて貰っていいか?すぐそこまで敵が来てるから手短に頼む」

 どこまでも勝手な事を、その場に居る人間に告げる想馬。

「急いでるなら後でいいじゃない…」

 想馬は、無名の頭を無言で押さえ付けた。

 自然と無名が頭を下げているように見える。

 想馬は、ただ黙ってろ位の意味でしかなかったが、住民達は謝罪の積もりであると呆れていた。

 一人の年増が想馬の前に溜息交じりに立つと、無名の所業をそのまま手短に教えてくれた。

 想馬もまさか子供相手に、死んでよかったなどと言ったと聞いて、頭痛を感じた。

 無名も子供だが、言っていい事と悪い事がある。

「謝っとけ」

「なんでよ!?」

「お前だって、自分の主が死んでよかったなんて言われたら怒るだろう」

 反射的に反論しようとする無名を想馬が押し留める。

「落ち着け。犬と人間じゃ比べられないが大切な存在が死んでよかったなんて言われたら、怒る。それは理解出来るだろう。お前の価値観で慰めた積もりなのも分かるが、他人の価値観も認められるようになっとけ。将来、困るぞ」

 想馬が言うのだから間違いない。

 他人の価値観など知った事ではなく興味も示さない。

 それで苦労した事は数え切れない程ある。

 重みのある話である。

 無名は、不機嫌に黙り込む。

「無名」

 時間がないので急かす。

 余計な時間を取ったのは想馬だが、こういうのは時間を掛けると言い辛くなる。

 サッサと言う事を言ってしまった方がいいと思った。

 時間はないが、48式が取り付けられなければ動きようもない。

 もうすぐ敵が来るの事や時間がないのは事実だが、時間は多少あったのである。

「向かってくる奴は倒すよ。私は甲鉄城に乗せて貰ってる訳だからね。用心棒の代わりぐらいはしてあげるよ。…敵は討って上げる」

 無名は恨めしそうに想馬を睨みつつ、そう言い捨てるとサッサと歩き出した。

「もしかして…あれで謝った積もりかい?」

 想馬に何があったか教えた女は、呆れた声でそうボヤいた。

 二人の子供も唖然として無名の背を見送った。

「まあ、そういう事を教える連中がいなかったのさ。戦う事しか教えなかったんだろうよ」

 想馬の言葉に女達が黙り込む。

 あれだけの戦闘技術から、それは真実だと悟ったのだろう。

「別にだから許せとは言わない。アンタ等も知った上で怒ってくれ」

 想馬もそれだけ言うと無名の後を追って歩き出した。

 

 後には、重い沈黙に沈んだ人達が残された。

 

 

 

          7

 

 48式の取り付け現場は戦場のように慌ただしかった。

 文字通り命の懸かった仕事である。

 全員が話をする余地などない有様だった。

 そんな中、二人は平然と進んでいく。

 想馬と無名は、それぞれの用で言葉もなく別れた。

 想馬はといえば、怪しい金髪の巻き毛男の傍で止まった。

「忙しいとこ悪いな。ちょっと頼みがあるんだが」

 怪しい外国人蒸気鍛冶・鈴木である。

 普段は飄々としている鈴木も鋭い声は発して、矢継ぎ早に指示を出し自分も手を止めずに作業していた。

「スミマセンが、今はトテモ手が離せまセン!」

「ああ、知ってる。こっちも重要なんだ」

 鈴木のハッキリとした拒否にも、想馬は怯む事なく近付いた。

 鈴木は、想馬を一瞥すると溜息を吐いた。

「このまま、聞きマス」

「ありがとよ。甲鉄城の装甲板の一番外側の硬い部分を刀みたいに成形して貰えないか?俺の身長くらいの刀身にしてくれ」

 想馬の言葉に鈴木の手が思わず止まる。

「…何、言ってルか、理解出来まセン」

 非常時という事も忘れて、鈴木がポカンとした顔で言った。

 駿城の外側の装甲は最も頑丈な鉄で、それを想馬の身長程のものに成形したとしても人間はおろかカバネすら扱えないだろう。

 鈴木が呆けたのも無理からぬ事だった。

 それを承知している想馬は眉間に皺を寄せて、頭をガシガシと掻いていた。

「俺が人間じゃなくなったのは聞いてるか?実感はなかったんだが、武器を振ってみて分かった。今持っている刀も薙刀も軽過ぎるんだよ。まるで餓鬼の玩具でも振り回してる気分だ」

 想馬が自分の手を睨みつつ言った。

「どっちにしろ鵺相手じゃ、刀や薙刀なんて効きゃしない。急場を凌ぐには重要なんだ。アンタもまさか48式だけで進路を塞ぐ鵺を倒して進めるなんて考えちゃいないだろ?」

 それを言われると鈴木も反論出来ないが、あの怪物と正面から斬り合うのは48式で敵を倒すより正気の沙汰ではない話だ。

 鈴木はマジマジと想馬の顔を観察した。

 正気を疑ったのである。

 誰が聞いても鈴木の方を支持するだろう。

「正気デスか?」

 鈴木は、それだけ言うのに精一杯だった。

「忙しいのは承知だが、この戦いに使えりゃいい。適当に成形してくれ」

「カバネリ?にナルとおかしくナルンデスカ?」

「困った事に否定する要素がないな」

 想馬の感覚では、何故か問題ないと告げていた。

 自分でも信じられないが、その勘は自分が本来使っていた號途の鍛えた業物では駄目だと告げていた。

 想馬の跳ね上がった膂力に耐えられそうにないのだ。

 それ故に、直感に従い武器を用意する必要があったのだ。

 

一方、無名はといえば生駒を探していた。

 目的の人物は、すぐに見つかった。

 蒸気鍛冶と一緒に取り付け作業を手伝っていたのだ。

 元々の本職なのだから手伝いではないだろうが、最近の生駒は戦闘ばかりに参加していた所為か、無名には本職がどちらか分からなくなっていた。

「生駒!作戦話し合うってさ!」

「ちょっと待ってくれ!これを取り付けないと話にならない!」

 無名は、不服そうに眉を寄せてツカツカと作業中の生駒に近付いていくと、徐に生駒の首根っこを掴んだ。

 突然に首を掴まれて生駒は暴れたが、無名は意にも介さない。

「何するんだ!?」

 生駒の抗議を無視して、無名が傍で作業中だった逞生を睨む。

 睨まれた逞生の方は、思わず手を止めて怯んだ。

「おデブ。生駒一人いなくても、もう大丈夫だよね?」

「お、おお…」

 無名の圧力にアッサリと屈して、逞生はガクガクと頷いた。

「だってさ。いくよ。作戦会議」

 かくして生駒は、引き摺られて連れ出されたのだった。

勿論、生駒は文句を言っていたが当然のように無視された。

「おデブ…」

 地味に傷付いた逞生の呟きは誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

          8

 

 懸念事項を取り敢えずのところ、どうにかした二人は生駒と共に菖蒲達の下へと戻った。

 三人が入ると、すぐに武士達の不毛な議論が耳に飛び込んできた。

 菖蒲が真っ先に三人に気付き声を上げる。

「戻りましたか」

 菖蒲の言葉に武士達が一斉に三人を振り返って凝視する。

(人外のお仲間入りした事で、随分と人気者になったな)

 想馬は皮肉っぽく内心で思う。

 生駒の例があるとはいえ、カバネリに人為的になれるという事実は、武士達にとって福音とはなり得ない。

 しかし、我が身に起こり得る出来事として、武士達に受け止められていたのである。

 そんな視線を想馬と無名は、素知らぬ振りで歩みを進める。

 生駒は流石に居心地が悪そうだったが、立ち止まる訳にもいかず二人に続いた。

「それで、結局のところ融合群体とはどういう化物だ?」

 来栖が想馬と無名を睨み付けるように見て口を開く。

「それが倒す方法にも繋がるよ」

 無名は来栖の視線などお構いなしに答えた。

「融合群体は、核となるカバネに他のカバネが引き寄せられて一つの群体となって動く。つまり核となるカバネを倒せばいい」

「成程!それでは、今取り付けている48式で倒せばいいという事ですね!?」

 無名の言葉に菖蒲が反応するが、無名は首を横に振った。

「ただでさえ頑丈なカバネに何重にも守られてるんだよ?あれでも倒すところまではいかないよ」

「まっ、だよな」

 想馬は分かっていたとばかりに頷くのを、無名がチラリと一瞬視線を遣るがすぐに菖蒲に戻した。

「それに融合群体は周りをうろついてる。まずは進路を確保しないとどうにもならない」

 生駒が冷静に指摘する。

 生駒と無名の感覚では融合群体は、甲鉄城が立て籠もる場所の周りを窺うように徘徊している。

「でも、48式にも出来る事はある。あれの砲弾で張り付いてるカバネを引き剥がして、核となるカバネを直接討つ」

 無名が決意に満ちた声で断言する。

「直接…って誰が!」

 武士の一人が声を上げる。

「私だよ。他に出来る奴いないからね。あと、核から剝がされたカバネは普通のカバネだから、そっちでどうにかして」

 アッサリと無名は、そう言い切った。

 想馬でも出来るのかもしれないが、素早さと跳躍力という面においては無名に分がある。

 想馬も、それに異論は挟まなかった。

「危険な役割ですよ?」

 菖蒲が心配そうに眉を寄せつつ言った。

「ただでさえ勝算は低いんだからさ。少しは無理もしないとね」

 そう言って無名は武士達が使っている蒸気筒を手に取った。

 それには、勿論生駒が開発した噴榴弾が既に装填されていた。

「まあ、俺も前に出るさ。そっちは48式を打ち込む事だけを考えてろ」

 想馬の前に出るという発言に、無名を除く全員が正気を疑う顔で想馬を凝視した。

「…それは想馬が融合群体を引き付けるって事か?」

 生駒の問いに想馬は素っ気ない頷いた。

「まあ、そうだな」

 想馬は一番難しい役割をアッサリと買って出た。

 生駒は、想馬が自棄を起こしているのではと疑いの視線を向けるが、彼の表情に変化はなかった。

 表情は、いつも通りの想馬にしか見えない。

 だが、生駒には疑念が拭い切れなかった。

「勿論、武士や生駒にも甲鉄城を護りながら、散らばったカバネを片付けて貰うさ」

 噴流弾が開発されたとはいえ、大量のカバネを相手にするのである。

 容易な事ではない。

 武士達は戦意の高揚より、緊張を強く感じていた。

「分かった。だが、約束してくれ。必ず戻ってくれ。俺じゃ無名の相手は難しいからな」

「どういう意味よ!?私がアンタ等の面倒見てるんでしょうが!」

 生駒の決意に満ちた言葉を、無名が喚き台無しにする。

 

 後の細かい調整は、生駒に丸投げされる事となった。

 

 

 

          9

 

「急拵えデス。武器としてどれだけ使えるカ分かりマセンよ?」

 鈴木は、若い蒸気鍛冶に声を掛けると、注文の品を持ってこさせた。

 若い男が三人掛かりで持ってくる。

「刀鍛冶は専門外デス。装甲版を溶かして大剣の形に成形シタだけデス。出来が悪くても怒らないデ下サイ」

「この戦いを乗り切れればいいさ。忙しいのによくやってくれたな、礼を言うよ」

「ドウ致しましテ」

 想馬は礼を言って大剣を受け取る。

 強いて言えば、洋剣なのが気になるが文句は言うまい。

 想馬は、感触を確かめる為に大剣を振る。

 片手で軽々と金属の塊と言っていい大剣を持ち上げ振り回す姿に、その場にいる全員が硬直して眺めていた。

 腕力のある蒸気鍛冶が三人で持てるものを片手で振り回すのだから当然だろう。

 そして、想馬は何事もなかったかのように大剣を肩に担いて歩き出した。

「ドコ行くのデスか?」

 あまりにもアッサリと外に通じる扉に向かって歩き出した想馬に鈴木が問い掛ける。

「戦場だ」

 想馬は、あまりにもアッサリと答え人一人通れるだけ扉を開けて出て行った。

 取り残された蒸気鍛冶達は揃って呆然と立ち尽くしていた。

 

 後ろ手に扉を閉ざすと、想馬は気負う事なく歩き出した。

 すると、空が暗くなる。

 何か大きいものが想馬の頭上を通過したのだ。

 進路を塞ぐように融合群体が着地し、口に当たる部分を開き威嚇してくる。

 前回、見た群体より身体が一回り大きくなっていた。

「俺には分からんな」

 想馬の感想はそれだけだった。

 生駒もカバネの感知には少し時間を掛けたようだが、想馬にはよく分からない感覚でこれから先も分かる気がしない。

 一向に怯む様子もない想馬に融合群体が怒ったように吠えた。

 常人では気絶は免れないが、想馬の心は静かだった。

 恐怖が麻痺した訳ではない。

 冷静にこれに勝つのは難しい事も把握している。

 その為に自身がやるべき事も分かっている。

「さて、ちょっくら付き合ってくれや」

 その言葉を合図にしたように、融合群体が腕を振るう。

 想馬は、前へと踏み込み跳躍する。

 死神の鎌が自身の下を通過する。

 想馬が思い切り息を吸い込み、止める。

 大剣が唸りを上げて群体の頭に振り下ろされる。

 物凄い衝撃音と共に頭を形作るカバネが崩れる。

 大剣の通り道となったカバネは、あまりの重量に引き千切られたように身体をブチ撒ける。

 間髪入れずに地面に叩き付けられた大剣を引き戻し、跳躍すると群体の上に飛び乗る。

 想馬を掴もうとする腕を振り払い群体の背を走り抜け、駅の門へと走る。

 群体は怒りの咆哮を上げて方向転換すると、物凄い速さで想馬を追い掛ける。

 想馬の一撃で千切れずに残ったカバネが、甲鉄城の潜む格納庫へと歩みを進めるが、窓ガラスが割れると同時に銃弾の雨が降り注ぎ、カバネがバタバタと倒れる。

 更に扉が開き、二つの影が飛び出してきた。

「使わせて貰うぞ」

 来栖がそれだけ言うと刀を抜き放った。

 その刀身は赤黒いカバネの心臓被膜に覆われていた。

「死んでも文句は聞かないぞ」

「ぬかせ」

 生駒の冗談が全く混じっていない言葉に、来栖は吐き捨てるように応えた。

 来栖が迫り来るカバネを赤黒い刀身で一瞬にして斬り捨てる。

 血煙を上げてカバネが倒れたが、従来のように刀が折れる事なく陽光を反射し妖しく光った。

 生駒は、無名のシゴキの成果か雑魚のカバネに後れを取る事なく、貫き筒で心臓を破壊し、足技や腕でカバネの突進をいなしつつ、次々とカバネの心臓に貫き筒を押し付け破壊していく。

 想馬は、融合群体が追ってくるのを確認すると、線路を外れて空中へ飛び出した。

 怒りに真面な判断が出来ない群体は、想馬を追って空中へと巨体を投げ出す。

 想馬は、チラリと追ってくる軍隊を見遣って不敵に笑う。

 グングン地上が近付いてくるが、想馬は慌てる事なく地上の間に存在する煙突の縁に足を掛けて速度を落とす。

 それを工場の屋根、民家の屋根、軒先と同じことを繰り返し着地する。

 流石に落下速度を完全に殺す事は出来ずに、派手に着地する事になったが、それでも膝を突いて少し地面が抉れる程度で済んだのは驚異的な事だ。

 群体が想馬の上へと落下してくる。

 奇しくも想馬を追う事で、群体も想馬の真上へと着地出来たのだ。

 想馬は、間抜けにそれを眺めるだけではなく、素早く立ち上げると走って壁を蹴り、無名のように民家の屋根へと飛び移る。

 それに対応出来ずに群体は、落下する。

 もうもうと土煙が上がるが、呑気にそれを眺める余裕はない。

 想馬は再び人間とは思えない速度で屋根から屋根へと飛び移る。

 軍隊は衝撃でカバネを撒き散らしながら、想馬を追って行った。

 

そして、甲鉄城の準備は完了し、武士達が周囲のカバネを一掃するのを待っていた。

 車内は緊張で張り詰めた空気である。

 そして、遂に一掃が完了したという合図が届く。

「それでは、行きましょう」

 菖蒲が固い声だが、力強い声で告げた。

 侑那が淡々と甲鉄城を走らせる。

 最初はゆっくりと。

 武士達が格納庫の扉を完全に開放すると同時に徐々に速度を上げていく。

 完全に速度が上がらないうちに、武士達が次々と甲鉄城に飛び乗り中に素早く入っていく。

 最後に生駒と来栖が甲鉄城に飛び付いたところで、甲鉄城は速度を更に上げて走り出した。

 

 ここからが勝負だ。

 

 

 

 

          10

 

 想馬を追っていた群体がピタリと動きを止め、上を見上げる。

「どっち向いてる?」

 既に即席の刃は潰れ、あちらこちら凹みと歪みが出来た大剣を巨体に叩き付けた。

 肉が抉れるようにカバネが数体剥がれる。

 群体から悲鳴を上げるが、素早く方向転換し後ろ脚で想馬を蹴り付けようとする。

 想馬は転がるように回避し素早く立ち上がると、既に群体は走り出した甲鉄城へ走り出していた。

 想馬は舌打ちすると、大剣を担いで後を追う。

 甲鉄城の前で待ち伏せさせる訳にはいかないのだ。

向こうは物凄い速度で移動しているにも拘らず、想馬は最短距離で家々を腕力と脚力で飛び乗り走る。

 そして、工場地帯でアッサリと追い付いてしまった。

 屋根を走っていた想馬は、線路を支える鉄骨に向けて猛然と走っているの群体を見下ろし、真上に飛び降りた。

 ただの鉄棒に成り果てた大剣を前足を狙って振り下ろす。

 鉄が拉げる音と共にカバネが潰れて、そこから結合が緩んだカバネが勝手な方向へ歩き出す。

 前足の一本を失い群体が前のめりに倒れ、足が止まる。

「お急ぎのところ悪いが、もう少し付き合ってくれ」

 想馬の言葉が分かった訳ではないだろうが、群体が怒りの声を上げる。

 拉げた大剣を構え想馬は不敵に笑った。

 

 冷汗を滲ませ、甲鉄城の面々はその時を待っていた。

 無名は既に配置に就いている。

 線路の下から途轍もない音が、甲鉄城の中に居てさえ聞こえてくる。

「追い越した!!」

 菖蒲は、その報告を聞いて思わず安堵の溜息が出る。

 それを慌てて飲み込むと、気を引き締め直した。

 まだ、終わってはいない。

 

「砲塔を回せ!!」

 設置された48式の下では、蒸気鍛冶の逞生が冷汗で全身濡らしながら砲主席に座っていた。

 スコープ越しに後を確認する。

 まだ来ていない。

 だが、振動がすぐそこまで近付いているのは、カバネリではなくとも分かった。

 何度の眼に入ってこようとする汗を拭う。

「落ち着けよ。まだ本番じゃないぜ?」

 横にいた巣刈が淡々とした声で言った。

「もうすぐ出てくんだろ?本番みたいなもんだろ…」

 逞生は、汗で滑った手を素早く服に擦り付けた。

 その時、無名が上から顔を出した。

「おデブ。ギリギリまで引き付けてよ?」

「簡単に言うなよ!」

 無名の要求に、逞生が悲鳴染みた声を上げる。

 無名はといえば、逞生の悲痛な声を無視してサッサと顔を引っ込めてしまった。

「来るぞ!!」

 群体を監視していた武士が声を上げる。

 逞生はスコープ越しにカバネが大量に手を伸ばす不気味な塊に、想馬が鉄屑を突き刺している姿を見た。

 身体の大きさは、周囲のカバネの数を散らした所為か車庫から出た時より小さく感じた。

 想馬は大量のカバネが伸ばす腕を足で蹴り付けて、顔面を踏み潰していた。

(オイオイ…。マジか?)

 逞生は唖然として、その光景を見ていた。

 その間にも群体は、甲鉄城の後部車両に近付きつつあった。

 想馬もそれをジッとカバネをあしらいつつ機を窺っていた。

 想馬も甲鉄城に乗り込まなければならない。

 故に、この機に飛び移るのだ。

 群体が撒き散らすカバネが車両の上に降り立ち、砲塔へ向けて走り出した。

 何体かは、想馬が殴り線路下へ落としていたが、流石にかなりの数のカバネは甲鉄城へ取り付いてしまった。

「砲を護れ!!」

 吉備土の命に武士達が蒸気筒を構える。

 言われずとも引き付け、引き金を引く。

 武士達もそろそろカバネとの戦闘に慣れ始めていた。

 カバネを確実に始末していく。

 蒸気筒の噴流弾を再装填する間に、生駒と来栖が飛び出し、カバネを片付けていく。

 無名は、ジッと自分の出番を待っていた。

 そして、遂に群体が後部車両に取り付くと同時に、鉄屑と化した大剣を捨て想馬が走る。

 それを妨害しようと群体となったカバネが手を伸ばすが、カバネリと化した想馬は止められない。

 遂に想馬の足が取り付かれた後部車両の前の車両についた。

 後は脇目も振らず走るのみ。

 勿論、射線に入り込まないようになるべく端を行く。

 群体も遣られっ放しという訳ではない。

 後部車両を蹴飛ばすようにして、想馬に追い縋る。

「ひっ!」

 その光景を見た逞生が思わず砲の引き金を絞ってしまった。

 砲弾が発射されたものの、核を露出させるには至らず、カバネを更に撒き散らす結果となった。

「おデブ!早いよ!」

「しゃーねーだろうが!!」

 再び顔を出した無名に逞生が怒鳴る。

 スコープに目を押し当てるように覗き込む。

(やっちまった…)

 逞生は恐怖で動いてしまった指を力一杯伸ばした。

 間違えて押し込まないように。

 砲弾が再装填される間、逞生は深呼吸を繰り返す。

 もう失敗は許されない。

 外では親友が、同じ駿城に乗る仲間が必死に文字通り命を削って戦っている。

(よっしゃ!!来いよ!!)

 内心でのみ気合の籠った叫びを上げる。

 内心でさえ、震えているのはご愛敬だろう。

「まだ…まだだ」

「そうだ。まだ引き付けろ」

 逞生の呟きに巣刈が乗る。

 想馬が遂に生駒や来栖と擦れ違う。

「使え!ないよりマシだろう!!」

 吉備土が銃を下ろして、薙刀を投げる。

 それを受け取ると、想馬は踵を返して走り出す。

「やっぱり軽いな」

 想馬が生駒と来栖に並ぶ。

 それを待っていたかのように、二体のカバネが群体の身体を掻き分けて出て来た。

「あれは、あの時のワザトリ!」

 生駒は見覚えのある姿に声を上げた。

「わざわざ決着を付けようって訳か?実はカバネリだったってオチはないよな?」

 柔術と蹴りや拳を主体とした格闘術を使うカバネ二体から当然答えはない。

「足手纏いは引っ込んでいろ」

 来栖は生駒に冷たく言い放つ。

 一歩来栖が前に出た事で格闘術を使うカバネが来栖に襲い掛かる。

「じゃあ、俺はこっちだな。生駒、無名が集中出来るようにしてやってくれ」

「分かった…」

 想馬の言葉に生駒は不承不承に頷いた。

 ゆっくりと想馬と柔術を使うカバネは、無造作に近付いていく。

 お互いの間合いに入る直前に、ワザトリが加速した。

 組み付こうとしたのだ。

 だが、その動きは想馬に誘われたものだった。

 カバネリとなった想馬には、ワザトリの動きが前回より遅く感じられたが故に、対処は簡単だったのだ。

 相手が何が起こったか認識するより先に繰り出される筈だった技は、想馬が前に出ると見せかけて後方へ跳んだ事で不発に終わり、代わりに想馬の渾身の薙ぎ払いがワザトリの首を刎ね飛ばした。

 ワザトリが前のめりに血を噴き出しながら倒れた。

 

 一方来栖は、拳の激しい攻めに曝されていた。

 だが、来栖の顔に焦りの色はない。

 先に業を煮やしたのは、ワザトリの方だった。

 多少の攻撃などものともしないが故の過ちだった。

 勝負を決めようと大技を繰り出したのだ。

 拳の猛攻で気を逸らし、来栖が避けるであろう場所、来栖の頭があるであろう場所に後回し蹴りを放った。

 カバネの速度で繰り出されたそれは回避など出来る筈もなかった。

 その筈だった。

 必殺の一撃は空を切った。

「あの世で稽古をつけて貰う事だな」

 低い姿勢で蹴りを掻い潜り、刀を一閃する。

 首は見事に飛ばされ、ワザトリは蹴りの勢いそのままに後ろへ転がり落ちていった。

「狙いが分かり易過ぎる」

 来栖の眼は、ワザトリの狙いを捉えていたが故に回避するのが容易であり、逆手に取るのも容易だったのである。

 

 不甲斐ないカバネに怒ったのか、群体が速度を上げる。

「逞生!撃て!」

 蒸気鍛冶の一人が叫ぶ。

「まだだ」

 確実に成功させるには、もっと引き付けるべきだ。

 冷汗でグッショリと濡れた身体で、ジッとその時を待つ。

「ハリー!!」

 鈴木も思わず声を上げた。

 そして、群体が甲鉄城へ乗っかろうと飛び上がった瞬間。

「今だ!!」

 逞生は、引き金を引いた。

 砲弾は正確に群体の中心部に着弾し、カバネを撒き散らす。

 そこに青白い光が見えた。

「よくやったよ!おデブ!!」

 無名が、目を見開いて駆け出す。

 体力と活動時間を、この為に節約してきたのである。

 前衛三人と蒸気筒に護られ、邪魔される事なく無名は核となるカバネへ跳躍した。

 核となるカバネが威嚇するように声を上げる。

 その服装は、無名に見覚えのあるものだったが、今はその疑問を押し殺した。

「貰った!!」

 勢いのままに蒸気筒の銃身に取り付けた刃でカバネの心臓被膜を貫く。

 ダメ押しに噴榴弾を至近距離から数発撃ち込んだ。

 断末魔の叫び声を上げて、群体と化したカバネがバラバラに飛び散る。

 無名も一緒に吹き飛ばされる。

 身体を捻って態勢を立て直すと、運よく甲鉄城の屋根から外れた位置ではなかった。

 着地しようとしたが、その前に何かに抱き留められる。

「おう。ご苦労さん」

 想馬だった。

 犬でも撫でるようにグシャグシャと撫でられて、無名が暴れていた。

 だが、これで終わりとはいかなかった。

「速度が速すぎない?」

 無名の言葉で必死に戦っていた面々が漸くそれに気付いた。

 そして、そう距離のない場所に大きく右にカーブした場所が見えた。

「脱輪して落下するぞ!!」

 生駒の叫びは、そのまま菖蒲達の叫びでもあった。

 

「速度が上がり過ぎました。このままだと落下します」

 侑那の珍しい焦りに満ちた声に場が凍り付いた。

 逸早く正気に戻ったのは菖蒲だった。

 伝声管を掴む。

「皆さん、このままいけば落下します!!左に寄って下さい!!」

 この時、乗員全員が即座に従った。

 車内に入った想馬達も左による。

「押せぇ!!」

 中には意味もなく壁を押している者すらいた。

 生駒達、蒸気鍛冶は意味のない行いだと知っていたが、何も言わなかった。

 気持ちはよく分かったからだ。

 その必死さが、仏の加護でも得たのかギリギリでカーブを曲がり切り甲鉄城は地獄から脱出したのであった。

 

 

          11

 

 全員で無事を確かめ合い喜ぶ車内を尻目に、想馬は一人甲鉄城のデッキに上がった。

(死んでも構わないと思っていたのに、現金なもんだな)

 化物の仲間入りを果たしたのだ。

 本来なら自害でもすべきなのかもしれない。

 望んだ訳でもないのだから。

 しかし、想馬はそんな気持ちはちっとも湧いてこなかった。

 理由があったとはいえ、望まれたというのが大きな理由かもしれない。

(餓鬼でも女には違いないしな)

 皮肉っぽく笑う。

 自分の人生で必要とされた事は、もしかしたらこれが初めてかもしれない。

 想馬という個人をだ。

「だが、女を抱けなくなったのは痛いな」

 戦いが終わったら、女に癒される。

 それは重要な想馬の楽しみだった。

 流石に女とはいえ、子供である無名に手を出す程堕ちてはいない想馬は溜息を吐いた。

「何、助平な事言ってんの!」

 無名に突然背中を蹴られた。

「重要な事なんだよ」

「生駒も他の武士連中もそんな事してないんだから、そんな事しなくても大丈夫なんだよ!」

「なんだと!?衆道か!?」

 想馬は驚愕して叫んだ。

「誰がだ!!」

 来栖が声を上げる。

 どうやら様子を窺っていたのか、生駒や吉備土、菖蒲達が苦笑いでゾロゾロと上がって来た。

「お前は違うと分かってる。心配するな」

「どういう意味だ!!」

 来栖が突然の指摘に顔を真っ赤にして喚く。

「そりゃ、アンタがあ…」

「それ以上言うと斬るぞ!!」

 無名が呆れたように言い掛けた言葉を、素早く来栖が遮った。

 それから衆道疑惑で騒ぐ連中を眺めながら、想馬はこんな旅も悪くはないと思った。

 

『好きにするがいい』

 

 風に乗ってそんな声を聞いたような気がして想馬は、甲鉄城の進む先を眺めた。

 

 

 

 

 

 




 遂にベルセルク化してきました。
 想馬が乗った民家が壊れないかって?
 気にしないようにお願いします。
 きっと大丈夫なので。

 書く時間があまり取れない状況です。
 随分と投稿の間隔が伸びていますが、簡潔まで頑張ろうと思います。



 
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