甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 途轍もなく時間が掛かりました。時間は掛かると思いますが、最後まで頑張ります。では、よろしくお願いします。





第十三話

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 美馬が倭文を見上げていた時、声が聞こえた。それは無様な程に震えた声だった。そして、その声の主も察しがついていた。

「何か言ったかな?生駒君」

 生駒である。美馬にとって、無名が気に入っている相手の一人であるから覚えているに過ぎない相手であった。だからという訳でもないが、振り返る事なく美馬は声を掛けた。

「何故、殺したんですか?助けてくれと言っていたのに!」

 ゆっくりと美馬は生駒へ向き直り、全く表情を変えなかった。

 詰め寄ろうとする生駒に、周囲の狩方衆が銃を向ける。

 それを見て、無名が思わず声を上げる。

「生駒!」

「止めて置け、ここは総長に任せろ」

 無名が慌てて走り寄ろうとするのを、瓜生が遮って止めた。無名は渋々と足を止めた。無名にとって認め難いが、瓜生は強い。無名とて容易な相手ではないのだ。

 それを美馬は横目で確認すると、生駒に向かって口を開いた。

「何故か。武士ではない君には判り辛いかもしれないが、これは慈悲だよ」

「慈悲!?」

「武士は裏切り者を決して許さない。そして奴は私を裏切った。だからだよ。一思いに殺したのは苦しませないようにだ。慈悲と言っていいと思うよ」

 全く悪びれる様子もなく淡々とそれを口する美馬に、生駒は目を見開いた。

「憐れっぽい声を出していたが、あそこで殺さなければ、私はいずれ殺されていただろう。殺さなければ恐れ入って改心するなどというのは物語の中だけだよ、生駒君。現実はいつも汚い」

 尚も言い募ろうとする生駒を押し留めたのは、後から大慌てで駆け付けて来た逞生である。

 逞生は、生駒の肩を乱暴に掴むと後ろにやった。当然、生駒はムッとして口を開こうとしたが、それも逞生の大きい手で塞がれた。

「いや~、仰る通りです!この馬鹿には、俺からよく言っときますんで、すいません失礼します…」

 まだ何か言おうとする生駒を引き摺るように離れようとするが、逞生の腕力では今の生駒は動かせなかった。

 逞生は内心で冷汗を掻く。怒りに燃える眼をしている生駒を親友として放置出来ない。相手はただの武士ではないのだ。

「私からもお詫び申し上げます」

 救い主は思わぬ所から現れた。菖蒲である。

 後ろにいる来栖は渋面でいつでも動けるように全身の力を適度に抜いていた。カバネが粗方片付いたとはいえ、まだ殺気立っている戦場に菖蒲を遣りたくはなかったが止める事が出来ず、来栖はやむを得ず付いて来ていたのだ。

 生駒が思わず、菖蒲を睨むように見るが、菖蒲は無視した。

「同じ人間が殺されるのを憐れと思ったのでしょう。どうぞ、寛大な処置をお願い出来ませんでしょうか。私からも言い聞かせますので」

 菖蒲と共に来栖も軽く頭を下げる。

 暫く、美馬は黙って菖蒲の頭を見ていたが、笑顔を浮かべて言った。

「分かりました。今回の事は水に流しましょう。武士ではない身には理解し難い世界でしょうからね。私もまだまだという事でしょう」

 笑顔で許す美馬を見つつ、菖蒲は少し違和感を感じた。どことは指摘する事は出来ない。だが、それを表に出さずに菖蒲は礼を述べた。

「どうです。無名を助けて下さった恩人でもありますし、金剛郭まで共に参りませんか。勿論、護衛はお任せ下さい」 

 そして、この申し出。素直に有難い。こんな良い話は、顕金駅を出てからそうないものだ。

 弱気な自分が受けろと叫ぶ。だが、こころのどこかでいいのか?という問いが浮かぶ。

「大変有難いお話です。ありがとうございます。美馬様」

 心のどこかからの問いを黙殺し、菖蒲は頭を下げた。甲鉄城に居る民を思えば、この選択が最良だろうと菖蒲は無理矢理に違和感を飲み込んだのだ。

 美馬は去り行く菖蒲達を一瞥し、馬の手綱を掴むとそのまま馬を引いて歩き出した。その後を狩方衆が続く。

 行く手には想馬がカバネの血で赤く染まった斬馬刀を手にこちらを見ていた。想馬を警戒し隊員の幾人かが美馬を護るような位置取りをしようとするのを、美馬は片手で止めた。そのまま歩き出し、ゆっくりと想馬と美馬はすれ違った。

 無名は、そんな光景に不穏なものを感じて身震いした。

 

 菖蒲が時間を稼いでくれている間に生駒と逞生は、美馬の前から十分に離れていた。

 まだ不満気な生駒の腕を乱暴に離すと、逞生は声を荒げた。

「馬鹿野郎!顕金駅に居た時と同じようにやるなよ!あそこの武士相手でも、可笑しな事言えばボコボコにされてただろうが!?狩方衆相手なら、どうなるか分かったもんじゃねぇよ!」

「それでも!俺は見極めなければならなかった」

「は?見極める?美馬様を?」

 逞生の言葉に生駒は無言で頷いた。

 逞生は、あまりな相棒の大物発言に眩暈がしてきた。

「何を見極めるのか知らないけどな。美馬様が言ってた事は正しいと思うぜ。世の中綺麗事じゃ済まねえだろ」

「それでも目指すのが英雄ってもんだろ」

 逞生は、勘弁してくれとばかりに首を振った。

「後で話がある」

 もう何も言う気力がなく、逞生はウンザリと頷いた。

 

 それがとんでもない話になるとは思わずに。

 

 

 

          2

 

 一方、その頃倭文領主と小源太達は、今回の顛末をしっかりと見届けていた。

 小源太達に慌てた様子はない。大方、逃げる準備はしているといったところだろう。

(逃げられないのは、私だな)

 倭文領主は内心で呟いた。実のところ双眼鏡で戦場を見ていたが、全てが片付いた後に美馬がこちらを見たのだ。その瞬間に悟った。この企みは恐らくは美馬側にバレていると。

 倭文領主は、自分自身が意外にも落ち着いている事に驚いていた。自らの罪を贖う時には、自分はもっと惨めに狼狽えるだろうと他人事のように感じていたからだ。

 実際にあるのは、遂にこの時が来たかという思いのみ。

 倭文領主は、サッサと逃げ支度を済ませた小源太達を醒めた目で見ていた。

「それでは、我々はこれにて」

 小源太は他人の駅で好き勝手やって置いて、何も責任を取らずに逃げる積りらしい。

「そうか」

 倭文領主の淡泊な返答に小源太は、初めて怪訝な顔をした。

 それに応えてやる義理は倭文領主にはない為、黙っていた。

 何もいわない倭文領主に、返答を諦めたようで背を向けた時、黒い影が欄干を飛び越えて現れた。この場所は戦場を見渡せるだけあってかなりの高さだが、それを縄も使わずに登ってきたようだ。

 小源太達は、素早く懐から匕首を取り出したが、それを使う間は与えられなかった。ある者は見た事もない短筒で額を撃ち抜かれ、ある者は素早く背後に回られた挙句に喉を斬り裂かれた。小源太自身は、戦闘の黒尽くめに伸縮する見た事もない鉄製の棒で頭を打たれ、頭蓋を割れて死んだ。

 影者相手に全く相手に何もさせない凄まじい技量だった。

 倭文領主は、それを他人事のように眺めていた。

「御同行願おう」

 黒尽くめの男・沙梁が鉄製の棒を仕舞いつつ淡々と倭文領主に告げた。

「いいだろう。だが、私だけでいいだろう」

 倭文領主が、一緒に戦場を眺めていた側近に目を遣りながら答えるのを沙梁が少し意外そうに眼を僅かに見開いたが、すぐにニヤリと嗤うと配下に目配せした。

 配下は無言で頷くと、側近に静かに近付いていく。側近は、慌てたように後退るが動くのが遅かった。

 次の瞬間には、側近は正面から刺殺されていた。呻き声のみを残して側近が崩れ落ちるように倒れた。

「そうだな。置いて行こう」

 倭文領主を嘲笑うように言った。

 倭文領主は、ただ拳を握り締めるだけだった。

 連行しようと配下が二人、倭文領主の腕を掴もうと動いたが、倭文領主はそれを振り払った。

「触るな。自分の脚で歩く。案内しろ」

「それでは案内するとしよう」

 倭文領主は、黙って沙梁の後について歩き出した。

(せめて最後ぐらいは、堂々とした態度でいたい。許せ)

 殺された側近に一瞬だけ視線を向けて、心の中のみで詫びた。

 

 自分に犯した罪のツケが今、支払われようとしている。

 

 

 

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 全ての戦の後始末が完了し、何事もなかったかのように甲鉄城は克城に連結され倭文駅を後にした。

 甲鉄城の中では、住民達が最強の武装集団に護衛して貰える事を歓迎し、住民の顔は総じて明るかった。

 ただ一人、巣刈だけは、そんな住民達を冷ややかに見詰めていた。

 

 そして、甲鉄城の中で浮かない顔をした数少ない人間の中に菖蒲がいた。

(これで、良かったのでしょうか)

 心の中は、その言葉が消えてくれない。自分の違和感を飲み込んだのは、正しかったのか。それをずっと自問自答し続けていた。前までの菖蒲であれば、その疑問を口にしていただろうが、成長した菖蒲は無闇に自分の心を口にしていい立場ではない事を理解していた。だが、まだ未熟である為に表情までは隠し切れていなかった。当然、来栖や吉備土は気付いていた。吉備土は来栖に目だけで問い質すように促すと、来栖は無言で頷いた。

「何か気になる事がおありですか?」

 菖蒲の顔が苦虫を嚙み潰したように歪む。顔に出ていた事を悟ったのだろう。

「すみません。特にどうという事ではないのですが、これで良かったのか…」

 来栖と吉備土はお互いに顔を見合わせる。

 狩方衆は来栖にとっていけ好かないが、最強の戦闘集団という評判に偽りはない事は認めていた。目の前で、あのような戦を見せられれば何を言っても妬みにしか聞こえない。それは吉備土も同様であった。

 生駒が噛み付いた事に関しても、武士である二人からすれば、どう見ても間違っているのは生駒の方だ。暗殺を企てるような男を助ける道理などない。

 それ故に、何故菖蒲が自分の判断について迷っているのか理解出来なかった。

「カバネに対する脅威は、ほぼなくなるのですから、良い事なのでは?」

「ええ。上手く言えないのですが…違和感があって…すみません。根拠はないのです。気にしないで下さい」

 吉備土の言葉に、菖蒲がどうにか自分の考えを述べようとしたが、上手くいかず口を噤んでしまった。

 菖蒲が自分でも分からない以上、来栖達にも違和感の正体は理解出来ず、二人は菖蒲にそれ以上声を掛ける事が出来なかった。

 どちらにしても、もう克城と連結されてしまった状態では何を言っても遅いのだ。

 

 そして、想馬・生駒・逞生の三人は、人目の付かない場所で話を始めるところだった。

 想馬が同席しているのは、生駒に意見を訊きたいと言われたからだが、想馬の方もあまり乗り気ではないようで憮然とした顔をしている。

 逞生は、そんな想馬をチラッと見ると男三人で黙り込んでいるのも気持ち悪いだろうと口火を切った。

「で?話っていうのは?」

 警戒感丸出しの逞生に、生駒はお構いなしに口を開いた。

「想馬が無名から聞いたんだ。アイツは無名から本当の名前を捨てさせて、役に立たなければ捨てられても仕様がないと教えていた」

 逞生は、想馬の顔を窺い反応を見る。特に想馬が訂正する積りがないようなのを確認して、先を促した。

「だから、無名は戦う力を重要視してる。それが前の苛立ちの原因だ」

「でもよ。戦えない奴を戦場から遠ざけるのは悪い事じゃないだろ?寧ろ、思い遣りってもんじゃないのかよ?」

 無名だって、戦う以外の生き方を選べると思っている逞生は、そう反論した。

「問題はそこだ。無名は一度も噛まれた事がないって言ったらしい」

 その意味に逞生も流石に気が付いた。だが、気持ちを落ち着ける為、少し間を開けてから再び反論をした。

「そりゃ、カバネリになってからって意味じゃないのか?」

「そういう感じじゃなかったから問題だって言ったのさ」

 逞生の反論に初めて想馬が口を開いた。

 逞生も黙り込む。

「無名は心までカバネになってしまう事を恐れてる。そうなる前に処分されたお仲間もいたらしいな」

「俺達は、奴がカバネリを人工的に生み出したんじゃないかと思ってる。だからこそ、知りたかったんだ。奴が英雄に相応しい男なのかを。それなら、救える道があれば話を聞いてくれる余地はあるからな」

 想馬の重々しい声と生駒の熱の篭った話を聞き、小さく逞生は唸って考え込んだ。

(だが、美馬は、あの男を殺す時…)

 榎久が殺される時の事を思い出し、思わず生駒は強く拳を握り締めた。

 逞生は、生駒の震える拳を見ながら思った。生駒が本気でカバネを倒す術を欲して研究していた事を知っている。そして、遂に自らカバネリとなった。その男が無名を救うと決めたのなら、達成出来るかもしれない。だが、それは生駒を知っている逞生だからこその考えだ。

 それ以上に逞生は、あまりの話の不味さに冷やせを浮かべた。もし、こんな話をうっかり甲鉄城の誰かに聞かれたら、どうなるか想像したくもない。今や甲鉄城の住民達は、美馬が護ってくれると聞いて大喜びして安心している。美馬の悪口どころじゃない話を聞かれれば叩き殺されかねない。

「続きは外で話そうぜ」

 

 逞生は小声で慎重に場所を変える提案をした。

 

 

 

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 その頃、無名は懐かしい夢を見ていた。

 自分が終わった時の事、新しい自分が始まった時の夢だ。

 

 駅の居住地区に火が回り始めていた。

 最早、駅を護る武士達は防衛を早々に諦めて逃げ始めていた。当然、戦う力のない住民も駿城に殺到していた。

 無名とその母も持てる物を持って逃げようとしていた。

 

 だが、強引に家の物を奪おうとした武士に母は斬られた。無名を庇って。

 恐怖で動けなくなっていた。

 武士は、目撃者を消そうと刀を振り上げた。その顔はカバネの如き化物に見えた。

 母と共に死ぬのだと無名は呆然と悟った。

 そんな時、救いの手は差し出された。些か乱暴な手段で。脇差が武士と無名の間を高速で飛来し、家の壁に突き刺さったのだ。

 視線は戸口の外へと向けられた。武士も無名も。そこには一人の男がカバネを斬り捨てるところだった。その男の眼は怒りに燃えていた。

「戦え!生き延びたいのなら!刃はそこにある!」

 男はそれだけ言うと次々と襲い来るカバネを斬り捨てていく。

「な、なんなんだ…貴様は…」

 武士はあまりの光景に呆然と立ち尽くしていた。

 無名は、その隙を見逃さずに壁に走り、脇差を引き抜いて武士へと突進した。

 武士もギョッとして反射的に刀を振り上げた。振り上げてしまった。

 無名は迷わずその懐に飛び込んだ。走った勢いと自分の体重を刃に掛けて武士の腹にぶつかるように突き刺した。手に嫌な感触が広がるのも構わずに、刃を必死に突き込む。武士は驚愕の顔で後ろへと倒れた。

 無名は血塗れの手と刃を呆然と見詰めた。

 

 どれ程そうしていたかは無名には今でも分からない。ほんの僅かな時間だったか、それなりに時間が経っていたのか。結果的に男の駿城に乗れたのだから、それ程長くはなかっただろう。

 無名の手に男が触れたと思ったら脇差を取られた。自分でもどうやって開くか忘れてしまったように動かなくなった掌を、男は難なく開いて脇差を取り返したのだ。

「おめでとう。君は戦う資格を得た。今から言う事は戦訓だ」

 男は燃えるような眼で無名を見据えて、子供に言う言葉とは思えない言葉で話した。

「誰も信じるな。誰にも心を許すな。信じるものは自らの力のみだ」

 何を言っているのかは無名には分からなかったが、これは重要な事なのだと幼いながらに察していた。

 無名はただ頷いた。

 ここで初めて男が微笑んだ。微かなものだったが、確かに微笑んだのだ。

「ここで資格の話だ。君に力を与えよう。その力を暫し私の役に立てろ。私は君を利用する。君は私を利用しろ。承知なら付いてこい。拒否なら自分でどうにかしろ」

 男は、それだけ言うと歩き始めた。

 幼い無名は、必死でその背を追い掛けた。

 男は、一瞬だけ振り返ると笑いながら言った。

「もう君…いや、お前に呼ばれるだけの名など不要だな。これからは無名と名乗るがいい」

 

 そう言った男こそが天鳥美馬だった。

 

 

 そこで無名の意識が現実へと引き戻された。

 

『自分の主は、自分自身にしとけ。全てを今の主に委ねるな。それでもそいつに力を貸したいなら、間違いを諫められる家臣になるこった。俺は御免だがな』

 

『誰も信じるな。誰にも心を許すな。信じるものは自らの力のみだ。君に力を与えよう。その力を暫し私の役に立てろ。私は君を利用する。君は私を利用しろ。』

 

 意識が覚醒した代わりに、浮かんだのは二人の男の言葉。

(そうか…だからか…)

 無名は、ぼんやりと自分が想馬が気に入っている理由を理解した気がした。

 それと美馬という男の事が前より分かった気がした。

 

 ここは、克城の処置室だ。

 背中の痣の広がりが大きく、克城の科学者であり医師でもある非重莊衛に診て貰っていたのだ。非重莊衛は、カバネリを人工的に造り出した生みの親でもある。

「ふむ。確かに痣は広がっているが、この程度ならば問題あるまい」

 相変わらずこの医者は不気味な笑みを浮かべて言った。

 実験動物。

 この医者が自分をそうとしか見ていない事は、無名も承知していた。だが、どうしようもない。

「怖いか?」

 一緒にた美馬が、無名にそう問い掛ける。

 答えは決まっている。

「平気だよ」

「そうか」

 美馬が微笑んだ。

 

 そう、まだ大丈夫というだけの事だと承知していても無名は微笑んだ。

 

 

 

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 美馬が無名に驚くような事を頼んできたのは、検査が終了した後だった。駿城の親鍵を預けるように説得してきてくれというのだ。

「どうして、そんな事を?」

 無名は自分の声に疑念が混じらないように細心の注意を払って言ったが、少し躊躇した事は伝わってしまっただろうと感じた。

 美馬はそれになんの反応も示さず、相変わらず穏やかな笑みを浮かべた。

「万が一の為さ。心配は要らない。我々が警護するのだから、甲鉄城に何かがある訳じゃないさ。知っての通り、我々には敵が多い。どこに敵が潜んでいるかも分からない。打てる手は多い方がいい。そうじゃないか?」

「そうだね。分かった。話してみるよ」

 今までの無名なら、ここで疑問など感じなかったに違いない。しかし、今は想馬や生駒達との交流で無名は成長を遂げていた。だからこそ、初めて美馬の言葉に疑問を感じた。美馬という男が前よりは理解出来たのも大きいだろう。

『誰も信じるな』

『自分の主は、自分自身にしとけ』

(分かってるよ)

 初めて無名が美馬と想馬の言葉を実践した瞬間だった。

 無名は、そんな内心を表に出さずに無名はどうにか美馬の頼みを受けた。

 美馬の前から去る時、背に視線を感じたが振り返らなかった。

(兄様は何を考えているんだろう…前の私なら、こんな事考えなかったな)

 心の中だけで、そう呟いた。

 無名は自分なりに考えを進めてみる。上手く出来るかは分からないし、生駒や想馬のように初めから正解を導けるとは思っていないが、それをする努力を始めたのだ。

 克城の戦力は日ノ本随一だ。甲鉄城の中にどれ程の敵がいようがものともしない練度の高い隊員に、迫撃砲を始めとした最新の武装。親鍵などなくとも問題などない筈だ。辛うじて警戒すべきなのは、想馬の銃くらいなものだ。

(想馬を警戒してる?でも、面識なんてある訳もないし…)

 内心首を捻りながら、甲鉄城へと向かって歩き続けた。

 勿論、自分を監視している目を理解した上でだ。

 

 無名の思考の研鑽は始まったばかりだ。

 

 

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 なんの問題もなく甲鉄城の菖蒲の所にまで辿り着いた無名は、神妙な顔で告げた。

「親鍵を兄様に預けてくれる?」

「馬鹿な事を言うな!」

 無名のあまりな発言に来栖が怒りの声を上げる。

 菖蒲は、来栖を押し留めると無名に優しく問い掛けた。

「何故です?」

「兄様には敵が多いから、万が一の為に打てる手を増やしたいんだって」

 アッサリと事情を話してくれる無名に、菖蒲は真剣な表情で考え込む。

 来栖は、そんな菖蒲を黙って見護っていた。

「残念ですが、お断り致しますとお伝えください」

「どうして?」

 今度は無名が尋ねる。

「この鍵は、私が持つべき責任だからです。美馬様にお伝えください。我々は刃が向かない限りは、我々も刃を抜かない。故にご安心くださいと」

「そっか。分かった、伝えとく」

 無名は今までの美馬の傾倒振りが嘘のようにアッサリと引き下がった。その事が逆に武士二人の警戒心を植え付けたが、無名にしてみればそれでも構わなかった。警戒すれば、危機にも備えられるだろう。何しろ、無名は狩方衆なのだから、警戒する方向は間違っていない。無名は心の中で苦笑いしつつも、寂しさを感じていた。自分は立場としては狩方衆に復帰した形であり、甲鉄城の一員ではもうない。その事が寂しかった。

 美馬に報告する内容を頭の中で反芻して無名は背を向けて去って行った。

 美馬には、失望されるかもしれない。いや、意外にニヤリと笑みを浮かべるかもしれない。やっと言った意味を理解したかと。無名の胸に痛みが走ったが、これは成長の痛みなのだろう。無名は、そう苦笑いした。

 無名は、最早美馬に恩義を感じ、只慕っていただけの子供ではないのだ。

 問題は、自分がどちらに立つか或いは立たないのか、自分の立ち位置が全く見えない事だった。

 しかし、それを見極めて戦わなければならない。

 

 無名は決意を胸に克城へと急いだ。

 

 

 

          7

 

 一方、密談をする為に甲鉄城のデッキに出た三人は、意外な事で話し合いが頓挫した。

 生駒がデッキに出た途端に、頭を抱えて膝を突いたからだ。

 想馬にしてみても、生駒程ではないにしろ理解した。生駒と同じものを。

「おい!どうしたんだよ!?いきなり!」

 事情が分からない逞生が、狼狽えた声で言った。

「カバネだ!」

「ああ…これは俺でも分かるな」

 二人のカバネリの言葉に、逞生は焦って周りを見回した。

「ど、どこから来るんだ!?」

 丁度外に出てしまった事に後悔するが、逞生の心配はある意味で外れた。

 生駒が痛みに手を震わせながらも、しっかりと指差した方向は克城の先頭車両だったからだ。

「え?…あれは克城じゃねえか…」

 何か良くない事が始まろうとしている。逞生は、カバネリじゃなくともそうと理解した。

「あんなに大量のカバネを駿城に乗せて何をする積もりなんだ!?」

「ろくでもない事だろうよ」

 生駒の言葉に、想馬は吐き捨てるように答えた。どう見ても真面な理由ではないだろう。ろくでもない事が始まったというのに、今まさに狩方衆に戻った無名を想馬は心配した。

 生駒の方は、すぐさま行動に出た。克城に向かって走り出したのである。

「おい!どうする積りなんだよ!?」

 逞生は、無謀にも厄介事の中心に向かって走り出した親友を追い掛けて自らも走り出した。

 

 想馬は、黙って克城を睨み付けていたが、少し遅れて二人を追い掛け出した。

 

 

 

          8

 

 倭文領主は、狩方衆に連行されて克城に入っていた。入る前にしっかりと倭文駅を目に焼き付けた。おそらくは二度と出られないであろうからだ。

 いずれは報いが下る。そんな思いがどこかにあった。自分が治める倭文駅を見る度に。

 自分があの日、保身に走らなければ駅に引き籠る日々を送らなくて済んだかもしれない。明日の食料を確保するのに不安を感じる事も少なかったのではないかと。

 それはカバネの被害がなかったかもしれないという事。少なくとも随分と損害は減らせただろう。そうすれば、外国から最新の蒸気技術を手にもっと領地は発展していたのではないのかと。

 外国の脅威など、カバネの害に比べればかわいいものだ。人間ではいられるのだから。

 そんな可能性を自分は、この手で潰してしまったのだ。

 そんな事を倭文領主は考え、心の中だけで領民や部下に詫びた。

 終着の地は克城の先頭車両の一番前の部分。操縦席よりも前にここまで広い場所があるのは珍しい。

 倭文領主は、大人しく言われるがまま柱に手錠で繋がれた。

 暫くすると、天鳥美馬が入って来て、人払いをした。

「ようやく会えた」

 ゆったりとした歩調で倭文領主の前まで来て止まった。

「用件はなんでしょうか」

「もう察しはついているのでは?」

「貴方の口から聞きたい」

 倭文領主の精一杯の虚勢に美馬は、鼻で嗤うと指を鳴らした。

 壁が折り畳まれて開いていく。どうやら薄い鉄板で隠していただけのようだ。

 だが、隠していたものが問題だった。

 思わず自分の口から情けない悲鳴が漏れた。失禁しなかったのは、我ながら奇跡であると倭文領主は思った。

 何故なら、本来は駿城に乗っていてはいけない者達だったからだ。

 

 カバネ。

 

 それも大量のカバネが網状の鉄格子の中で一杯に蠢いていたからだ。

「な、何故…」

「そう。その顔だ。そうでなくては。今更、武士を気取るな。貴様に訊きたい事は一つだ。十年前、兵糧を出し渋った挙句、我々をカバネの只中に置き去りにしたのは誰だ?」

 銃と一体化した刀というよりもサーベルといった剣が、倭文領主の喉元で止まる。

「当時、兵糧を出し渋った貴方ならば知っている筈だ。生きながらにカバネに食われるのは苦しいぞ?」

 喉元にあった剣はいつの間にか脚に向いており、素早く脚に突き刺さった。

 倭文領主は痛みに耐えきれず悲鳴を上げた。涙と涎、鼻水などが無様に流れる。更に冷汗まで加わって顔はグチャグチャだった。

 鉄格子内のカバネが血に反応して、奇声を上げて暴れる。

 情けない声が漏れるが、なんとか顔を上げて美馬を見る。

「彼等は腹を空かせている。カバネの仲間になる事すら難しいだろう。さて、もう一度訊こう。誰が命じた?」

「…上様だ。そちら…こそ察しはついていた…だろう」

 痛みで途切れ途切れになりながら倭文領主は、なんとか答えた。

「そうだな。だが、直接聞きたかった。本人にはこれから尋ねに行こう」

 スッキリしたような顔で美馬は、場違いな程に穏やかな笑みを浮かべると、引き金の安全装置を外すと躊躇なく引き金を引いた。倭文領主の頭がスイカのように割れて飛び散った。

 カバネが更に流れた血で興奮して暴れる。

「あと少しの我慢だ。腹一杯に食わせてやるさ。片付けておけ」

 そう美馬が口にすると待機していた狩方衆が数名入って来て、倭文領主の身体を引き摺り姿を消した。

「さて、そろそろ里帰りだ」

 

 美馬は凄惨に笑った。

 

 

          9

 

 生駒が、何も考えていないとしか思えない程の勢いで克城へと走った。

 生駒の剣幕に、武士から菖蒲に話が伝わるのに時間は掛からなかった。加えて、大の男二人が、生駒の後を追って走っていれば目立つのも仕方ない。

「美馬!話がある!出てこい!」

 生駒は、扉を叩きながら叫ぶ。

 菖蒲達が慌てて駆け付けて、近くにいた想馬の裾を掴んだ。

「どうしたんですか?」

 美馬の機嫌を悪戯に損ねる気がない菖蒲は、事情を知っていそうな人物に真っ先に問うた。

「克城に大量のカバネがいる」

「なっ!?それは、どういう!?」

「それを訊こうって話さ」

 想馬は、それだけ言うと生駒の方へ眼を戻した。

 菖蒲は迷った。その所為で生駒を止める機を逸する事になった。

 

 無名が出てきてしまったからだ。

 

 

 

          10

 

 無名は、甲鉄城の親鍵を回収出来なかった事を美馬に報告した。

 美馬は、薄い笑みを浮かべてただそうかと言っただけで、無名を責めはしなかった。何か言われるかもと思っていた無名は少し肩透かしを食らった思いだったが、わざわざ非難されたい訳でもない。サッサと退室する積もりだった。それが今までの無名の行動らしからなぬと気付かずに。

 だが、駆け込んできた狩方衆の隊員の報告で足を止めた。

「甲鉄城のカバネリの男が総長と話をさせろと喚いております」

「どちらの方だ?」

「眼鏡の方です」

 美馬は納得したように頷いた。薄い笑みは消えない。

 無名は内心生駒の直情的な行動に溜息を吐いた。

「兄様。私が話してくるよ」

「無名…。分かった。任せよう」

 美馬は無名の言葉に少し考えてから頷いた。

 無名は、これ以上生駒が騒ぎ出さないうちに速足で出て行った。

 その背を美馬はジッと見ていた。

 

 その頃、生駒は全く反応のない狩方衆にめげずに扉を叩き続けていた。

 その生駒の背に想馬が声を掛けた。

「おい!離れた方がいいぞ」

 訝し気に生駒が振り返ったが、想馬の忠告は遅かった。全く遠慮なく勢い良く扉が開いたからだ。生駒の身体に扉がぶつかった。不意に開いた為に全く身構える事が出来なかった生駒は、よろめいた。だが、そんな事を気にする事なく、扉から出て来た人物を睨み付けた。

「何やってんの?アンタ。五月蠅いよ」

 出てきた人物が無名であった為に、睨み付けた生駒は戸惑ったような表情にあっという間に変わった。

「無名。先頭車両にいる大量のカバネはなんだ!?何を…」

「あれ?実験に使うんだよ」

 無名は、生駒の言葉を遮って言った。

「いる事は確か…なのですか?」

 思わず菖蒲が口を挿んでしまう。あまりに衝撃的な話に思わず言葉が漏れてしまったのだ。

「生駒だって、カバネを調べたりしたでしょ?自分をカバネリにしちゃったくらいなんだから」

「それにしたって!」

「実験には大量に必要だって聞いた。もういい?」

 生駒は納得が出来ずに更に言い募ろうとしたが、ここで黙っていた想馬が口を開いた。

「それを信じているのか?」

 無名は無言で想馬を見詰めた。

「否定する理由がないから」

「そうか」

 想馬は素直に頷いて背を向けて歩き出した。完全に甲鉄城に帰る気でいる想馬に生駒が声を上げた。

「いいのか!?奴は!」

 美馬は榎久を殺す瞬間、笑っていた。美馬は決して英雄たり得る人物ではない。

「今はやれる事やるのがいいさ」

 想馬は振り返りもせずに、そう言った。想馬らしからなぬ消極的な態度に生駒は苛立ちを隠さずに想馬の後を追ったが、菖蒲には想馬の考えが分かる気がした。甲鉄城で大きく成長している一人として。

 無名は成長を遂げている。自分の力で。想馬や生駒を始めとした甲鉄城の面々との関わりも大きいだろうが、無名は自分の意志を強く持つようになっているのだ。嘗ての無名ならば美馬を盲目に信じる言葉を口にしただろう。だが、彼女が口にしたのは、否定する理由がないだった。語外に今はという言葉も含んでいただろう。だからこそ、想馬は無名に任せてみようと思ったのだと、菖蒲は理解していた。

(でも…大丈夫なのでしょうか…)

 成長途中であるからこそ、まだまだ失敗する事が身に染みている菖蒲は不安そうに無名が消えた克城の扉を見詰めた。

 現実はいつも汚い。美馬が生駒に言った言葉が菖蒲の中で不吉な響きを帯びて思い出された。

 そして、菖蒲も気付いていなかった。想馬が過去の出来事で美馬に言い知れぬ感情を抱いている事に。

 

 この事が、想像も出来ない事態を招く事をまだ甲鉄城の面々は知る由もない。

 

 

 

          11

 

 あの騒ぎの後、美馬は非重莊衛からある物についての報告を受けていた。

 非重は、青い液体の入った細長いガラスの容器を振って見せた。

「貴方様の思い付きを形にしました。早速実験出来たのは良いのですが…」

 ワザとらしく言葉を濁しているものの、口元は笑みで歪んでいた。

「今要らなくとも、そのうち必要になると思って造って貰ったが、存外早く効果を確認する事になりそうだ」

 美馬は非重から蒼い液体を受け取ると、注射器にガラス容器を填めると自らに注射した。怪しい男から手渡されたというのに躊躇する事が一切ない。ある一点に置いて美馬は、非重を信じていたからだ。自らの実験の成果を見届けたいという欲求には正直であり、それを成す為ならば裏切らない事を。

 本来ならば、これは無名より後のカバネリ用に開発させていた物だが、実用に耐えるか確かめる日はそう遠くない事を美馬は悟っていた。だからこそ、無名にも、この液体を検査の時に注射した。無名の意識がない時にだ。

「利用し利用される。まさにようやくあの時の言葉を実行するようになったか…」

 無名の様は美馬の意図とは真逆なものだったが、それ故に滅火とは違った意味で信頼出来るものだった。それだけに寂しいと感じる自分がいた。自分にそんな感傷が残っていたかと少し驚くが、それを顔や態度に現わす程迂闊ではない。

(優秀な駒から、多少利用し辛くなった原因を排除するとしよう。あっちの甘い男は後回しで構うまい)

 美馬は、僅かにあった感傷をアッサリと消し去ると歩き出した。

 

 次の行動は決まっているからだ。

 

 

 

 

 




 無名は原作と違い、美馬に過ちがあれば止める積もりでいます。でも、それだけじゃ終わりません。
 想馬が何を考えているかは、本当のところは次辺り…ですかね?
 生駒の台詞で美馬の教えについては、意訳が入っていますが、想馬は訂正しませんでした。彼は興奮していますし、そういう事もありますよ…。

 次回は、いつになるか分かりませんが、最後まで頑張る積りです。


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