甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 随分、時間が掛かってしまいました。
 書く時間が取れていない所為です。
 言い訳です。はい。
 
 では、お願いします。





第四話

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「カバネリだと?」

 想馬を除く全員が無名の背に光る心臓被膜を凝視していた。

「お前が…俺と、同じ?」

 生駒の呆然とした声が静かな車内に響く。

 たが、只一人逸早く我に返った者が居た。

「結局は人間ではないという事だろう!」

 来栖が蒸気筒を構え直す。

 無名は上着を羽織り直すと、来栖に向き直った。

 そして不敵な笑みを浮かべ、何か言おうとした時である。

「止めといた方がいいぞ」

 想馬が来栖の蒸気筒を横から取り上げたのだ。

 見た目に反した凄まじい力に、来栖は碌に抵抗も出来ずに蒸気筒を取り上げられた。

 来栖はそれでもすぐに刀に手を掛けたが、既に想馬の手が柄頭を押さえていた。

 どう力を入れようと刀は抜けず、来栖は物凄い形相で想馬を睨み付けた。

「どういう積もりだ」

 来栖が静かだが殺気の籠った声で、想馬を問い質した。

「おいおい。俺はこう見えてもアンタ等の為を想って言ってやったんだぜ?」

 想馬はウンザリとした顔で、殺気に反応すらせずに言った。

「なんだと?」

「だから、こいつに手を出したらヤバいって教えてやってるんだよ、俺は」

「貴様等は確かに赫々たる戦果を挙げた。だが、それで俺が負けるなどと思うなよ」

 想馬は思わずため息を漏らした。

「そういう問題じゃないんだよ。問題はこいつの所属だ」

 無名以外の全員が事情が呑み込めずに戸惑っていた。

「ハッキリというぞ?こいつは狩方衆だぞ」

 来栖もその言葉に目を見開いた。

 狩方衆とは、幕府が組織した中で唯一カバネに対して常勝している戦闘集団である。

 幕府の切札であり、長は現将軍の子息である。

 勘当されているが、現将軍の子息であった影響は無視出来るものではない。

 それに不思議な事に勘当されていても、彼は将軍の姓である白鳥を名乗る事を許されて

いるのだ。

 故に傍から見れば、狩方衆総長・白鳥美馬はどういう位置付けなのか分からず、不気味

な存在なのである。

 噂では、幕府内には彼を信奉する者は少なくないとも聞く。表立って支持は表明して

いないが、どこに潜んでいるか分かったものではないのも厄介である。

 狩方衆は一人一人が凄腕の戦闘者であり、白鳥美馬の元に鉄の結束で結ばれていると、

有名でもある。

 その狩方衆の一員に手を出したら、どんな報復があるか分かったものではない。

 それに優秀な人材は、今の世では余計に貴重なのだ。

 おいそれと代わりは見付かるものでもないし、任務に耐える実力を得るまで、鍛える

のも容易ではない。恐ろしく金と時間を掛けて育てているのだ。

 それを勝手に殺せば、狩方衆以外にも金で支援している連中が怒る。

 それ程の集団なのだ。

「だろ?」

 想馬は確認する口調で無名に訊く。

 無名は面白そうに想馬を見ていた。

「へぇ。なんでそう思ったの?」

 素直に認めない無名に、想馬は顔を顰めた。

「京で奇妙な噂を聞いた。理性を持ったままカバネになった連中が狩方衆にいるってな」

 無名は片眉を器用に上げて見せた。

「お前は、この戦いで圧倒的な実力を示した。だが、それは有り得ない身体能力も証明

した格好になった。餓鬼があんな高く跳躍出来るか?短筒に仕込んだ刃でカバネの首を

刎ねるなんて真似が出来るか?あれで首を一刀で落とすのは力がいるぜ?普通の餓鬼に

は出来ない。だが、普通じゃなきゃどうだ?カバネの力を得たなら可能だ」

 カバネは、子供であっても大人と遜色ない力を発揮する。

 それが無名のような歳の頃で、戦い方を仕込まれていれば、もっと恐ろしい存在に

なるだろう。

「それにお前は俺が持っている銃にも詳しかった。それに正式採用を検討してたって

言ったな?そんな事、凝り固まった今の武士の誰がやる?狩方衆ぐらいしか、そんな

もん検討しやしないさ。噂じゃ、狩方衆は他にない武器や装備を使っているって話だし

な」

 今の武士の戦は効き目の薄い蒸気筒で止まっている。

 そこから工夫して戦う気配はない。

 幕府の中でも、そんな色々な装備を試し採用しているのは、狩方衆だけしかいない

のだ。

 無名はニヤッと笑って否定も肯定もしなかった。

 どうやら今は言う気がないと、想馬はそう感じた。

 だが、想馬にとってそれで十分だった。

「という訳だ。肯定しなかったが、否定する材料もないって事だろ?」

 かなり強引な意見だが、若いながらも菖蒲の傍で仕える立場を維持する為に、駆け

引きもそれなりにやってきた来栖としては、信憑性はなくはないと頭の片隅で判断して

いた。

 だが、このまま銃を下ろす事も容易に出来ない。

 民が見ている前で日和見をすれば、舐められる事にもなりかねない。

 自分にも他人にも厳しいからこそ、信頼もされると来栖は考えていた。

 誰も迂闊に手を出せず、膠着状態になってしまったが、調停者は意外なところから

現れた。

「お止めなさい。来栖」

 凛とした声が来栖を止めた。

 菖蒲である。

 武士や顕金駅の人々が思わず振り返る。

「菖蒲様…」

「無名さんは、私達が撤退する道を開いてくれた功労者の御一人。それを責めるなど

失礼でしょう」

「しかし…カバネと同乗など出来ません」

 来栖のハッキリとした反論に、意外な人間が賛成した。

「俺も同感です」

 生駒である。

「今は理性を保っているけど、いつどうなるか分からない。やっぱり降りるべきだと

思う」

 生駒はそう言うと、扉に向かって歩き始めた。

 だが、それより素早く動く者があった。

 無名が生駒の腕を掴むと、生駒が無名の手を振り解こうとした力を利用して投げ

飛ばした。派手に地面に叩き付けられて生駒は呻き声を上げた。

「菖蒲さん。功労者って認めてくれるんならさ。このまま乗せてってよ。これ、金剛

郭に行くんでしょ?」

 生駒が余計な事を言わないうちに、無名はサッサと話を進める事にした。

「ええ…、運行表によると」

「だったら丁度いいや!私等が怖いっていうなら、後部車両から出ないからさ!」

 菖蒲は困り顔で黙り込んだ。

 流石に菖蒲もすぐに変われる訳ではない。

 反発が多い中、まだ皆納得していない状態で、自身の考えを押し通す事は難しかった。

「乗せてった方が面倒がなくていいぞ。こいつを本格的に敵に回すよりな」

 想馬が見かねて助け船を出すが、来栖は表情を険しくした。

「余所者が口を挿むな!」

 矛を収める機を窺っていた来栖ではあるが、想馬にアッサリと抑え込まれてしまった

事で、咄嗟に声を上げてしまった。若いが故に傷付けられた誇りを勘定から外すのは

難しいのだ。

「金剛郭には俺も何度か行った事があるよ。あそこの遊郭には元領主の姫がゴロゴロ

いるぜ?何故か分かるか?自分が治める駅を見捨てて逃げた奴に幕府が寛容を示す事

はないからさ。なんの伝手で自分達が安泰だと思っているか知らんが、こいつと戦え

ば犠牲者は、かなりの数になるだろうな。家臣も少ない。当主もいない。そんな姫に

手を貸すお人好しがいるかな?」

 来栖の顔が引き攣った。

 現在は金剛郭の要人達も、自分達の保身に苦労しているくらいなのだ。

 家臣団が残っていれば、有用な人材を取引材料とする事も出来る可能性はある。

 だが、来栖達が死んでしまえば、特筆すべき人材はいないのだ。

 来栖自身それをよく承知していた。

「だったら、疎まれていようが幕府で発言力がある奴に貸しを作るのも悪くないん

じゃないのか?」

 来栖は蒸気筒を乱暴に奪い返した。

 想馬も抵抗せずに手を離した。

 蒸気筒が、来栖の悔しさの八つ当たりを受けて軋んだ音を立てていたのは、ご愛嬌

だろう。

「ま、断れても強引に乗るんだけどね」

 武士達が、発言した無名に一斉に睨み付けたのは言うまでもない。

 想馬は無名の言葉に天を仰いだ。

(折角、収まりそうだったのに煽るなよ)

 無名の空気の読めなさに、想馬は溜息を吐いた。

 

 この先の前途多難さに、想馬は頭痛を覚えた。

 

 

         2 

 

 生駒が目を覚ましたのは、日が昇り切った頃だった。

 生駒は呻き声を上げながらも上体を起こした。

「もう傷、治っているでしょ?身体はカバネだからね」

 生駒の目に無名の姿が映る。

 無名は、こっちを見る事なくけん玉を器用に操りながら、書物を読んでいた。

 生駒は無名の言われた事を確認するべく身体を確認すると、確かにあれだけボロボロ

だった身体は傷一つなかった。

 だが、生駒にとって一番気になる点は別だった。

「なんで想馬まで、ここにいるんだ?」

 そう、何故か正真正銘人間である筈の想馬も一緒だったのだ。

 想馬は壁に背を預け目を閉じていたが、生駒の言葉に片眼を開けた。

「カバネを庇うような奴は、こっちにいろとさ」

 素っ気ない声で想馬は答えた。

「成程」

 生駒も言葉短く納得の返事を返した。

 まあ、想馬の言葉は庇ったと取る者がいるだろう事は、容易に想像が付いたからだ。

 生駒は思考を切り替える。

「お前は金剛郭に行くって言ったな」

 今度は無名に気になった質問をする。

「まあね。兄様との約束でさ。言えないけど大切な用なんだよ」

 無名は顔を上げる事なく答えた。

「何、興味あんの?」

 無名が漸く顔を上げてそう言った。

「あそこはカバネ研究の最先端だ。カバネリなんてまだ信じられないが、あそこなら何か

状況を打開出来る成果があるかもしれない」

「降りるんじゃなかったけ?」

 生駒の今後の指針に、無名が冷水を浴びせる。

「信じられないが、このボイラー車に三日籠って、理性が残っているなら人の理性が消え

ないっていう一つの根拠にはなる。それに自分が何になったか確かめてからでも遅くない。

殺されるにしても、降りるにしてもな」

 三日というのは、何も適当な日数を言っている訳ではない。

 ウイルスの潜伏期であっても、三日もあれば感染していればカバネとなる期間なのだ。

 確かに、三日間理性を保てれば、理性を失わない根拠くらいにはなりそうだった。

 生駒は意識が途切れている間に、いつもの調子を取り戻したようだ。

「アンタ、面白い考え方するよね!うん!特別にアンタを盾二号にして上げよう!」

「は!?なんだ盾って!?」

「契約は終わってんだろうが。それに、その言葉からすると俺は盾一号になんのか?」

 想馬は顔を顰めて文句を言ったが、無名は笑顔で黙殺した。

「私さ、全力で戦うと暫くすると眠っちゃうんだ!だから生きてる盾は重要なんだ!それ

にアンタは、想馬と違ってカバネに噛まれても平気だし!」

 語外に盾として最適!という声が聞こえそうな無名の声に、流石の生駒も腹が立った。

 女を殴る趣味はないが、思わず掴みかかってしまった。

 だが、掴みかかった生駒の腕をスッと躱し、無名は生駒の顔面を殴った。

 殴られた方は鼻を打たれ、痛みに悶絶して倒れた。

「それじゃ、始めようか?」

 鼻を押さえて生駒が声を上げる。

 あまりの仕打ちに、怒りさえ忘れてしまっていた。

 皮肉だが、痛みで正気に戻ったとも言う。

「な、何を!?」

「稽古に決まってるじゃん。今のままのド素人丸出しの動きじゃ、盾に使えないで

しょ?」

 生駒の疑問に、無名が何を当たり前の事をと言わんばかりの声で言った。

「ホラ!サッサと立つ!」

 無名は容赦なく倒れている生駒に蹴りを入れる。

 生駒は慌てて立ち上がる。

「ちょっと待て!」

 生駒の必死の制止にも耳を貸さずに、無名は容赦ない攻撃を繰り出す。 

 その度に生駒は床を転がる羽目になった。

「想馬も止めてくれ!」

 生駒は無名に何か言っても無駄と見切り、想馬に助けを求めたが、想馬は半眼で生駒を

見て言った。

「人の忠告無視して、人間辞めたんだろ?こうなったら、稽古するしかないってのは、

正論じゃないのか?」

 返ってきた無情な言葉に、生駒は絶句した。

 ついでに隙だらけだった為、またも無名に殴り倒された。

 

「だからさ!そこはくるっと回ってチョンチョンパだって何度も言ってんでしょ!?

カバネリの癖に覚え悪いな!」

 私刑の様相を呈してきた生駒の稽古は、混沌へと突入していた。

 最初はボコボコにするだけだった無名だが、次第に言葉で説明するようになった。

 だが、問題は無名は天才肌なのか説明が絶望的なまでに下手だった。

 トット、パやら擬音が説明の全てであった。

 素人の生駒には横暴としか言えない説明であった。

 あまりの説明に想馬すら頭痛を感じる。

 床に転がりながら、生駒が恨めし気に無名を睨む。

「説明が下手過ぎる!なんだチョンチョンパって!?」

「それ以外にどう表現しろって言うのよ!?」

 逆ギレもいいところの無名に生駒はゲンナリとしていた。

 まるでそれこそが真理と言わんばかりにの物言いに、生駒も言葉を失う。

「しっかりしてよね!枷紐取ってない私にも力負けじゃ、どうしようもないよ?」

 顔を顰めて一瞬黙り込んだ生駒だが、すぐに訊くべき質問が浮かび口を開く。

「その頸のやつ、なんなんだ?」

「アンタの頸に付いてるのと同じだよ、多分。私の場合、枷紐取れば全力で戦える

けど、すぐに疲れちゃうんだよ」

 確かに生駒の頸には、ウイルスの進行を押さえる為の首輪のような物を付けていた。

 だが、生駒の場合外すなど想像出来ない。

 ウイルスが脳に到達される可能性がある以上、そんな事をする気が起きない。

 のんびりとした物言いをしていた無名は、突然表情を変えた。

「カバネ!」

 無名は、立ち上がると出ないという約束をした筈の後部車両から出て行った。

想馬は、無名の後ろ姿を見ながら、これでまた揉める事になるなと先が思い

やられる思いだった。

 

 仕方なしに想馬は、生駒と共に無名を追って行った。

 

 

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 生駒の私刑が実行されていたまさにその時、先頭車両でも問題が発生していた。

「困りますな!カバネを乗せるなど!正気とは思えませんぞ!!」

 顔役の男が先頭車両で部下を引き連れて、菖蒲に抗議していたのだ。

 部下達が賛同して騒ぎ出す。

「カバネではありません。カバネリです」

 菖蒲は、精一杯虚勢を張って平静に答えた。

「人ではないのは間違いないのでしょう!?いつこちらに襲い掛かってくるか!!」

 顔役の男が吐き捨てるように言った。

 菖蒲の顔が歪む。

「貴方達は彼等に助けて貰った筈。恩があるのではないのですか!?それを忘れ

て、そんな事を言い出すとは!恥ずかしくないのですか!?」

 内心で菖蒲は、しまったと思った。

 あまりの勝手な言い分に怒りで、つい口からついて出てしまったのだ。

「今は安全を確保する方が優先ですぞ!!そんな事もお分かりにならないか!?」

 あまりこの手の話に経験のない菖蒲ですら、拗れる事が容易に想像出来た。

 自分の経験のなさに、菖蒲は今まで何もしてこなかった事を後悔した。

 そして、新たな集団が姿を現した。

 老人達である。

 老人達は入ってくるなり入り口に座り込むと、これまた厄介な事を要求し出した。

「甲鉄城を止めろというのですか?」

 菖蒲の呆然とした声が虚しく響く。

「死んだ家族を弔いたい。これ以上、離れたら祈りが届かなくなる!」

 今は出来るだけ飲み込まれた駅から、離れて置きたいところだ。

 だが、言い分は理解出来る。 

 少し考え込んだ菖蒲に、更なる厄介事が襲い掛かった。

 

「菖蒲様!カバネが!!」

 

 菖蒲は思わず天を仰いだ。

 

 

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 無名は扉を開けると疾走する。

 想馬、生駒の順で後を追う。

 想馬は放って置きたいところだが、それで自分も面倒に巻き込まれるのは、ほぼ

決まっているので、一人ボイラー車で大人しくしている訳にはいかなかった。

 生駒は先に走る想馬に追い付く事が出来ずに後ろを走っていた。

 流石に鍛えた侍相手に、運動不足の蒸気鍛冶では分が悪い。

 しかし、想馬の脚を以ってしても、無名を止める事は出来なかった。

 速さは無名の方が上のようである。

 想馬が追い付いた頃には、問題を起こしていた。

 人に刀を向けている無名を発見したのだ。

 どうも妊婦と男二人が揉めていたところに、更に無名が乱入した形のようだ。

 場は恐怖で凍り付いていた。

 想馬は頭痛を堪えて、無言で無名の頭に拳骨を落とした。

「痛った!?何すんのよ!?」

 無名が猛然と振り返り想馬に食って掛かる。

「それはこっちのセリフだ。後部車両から出ないんじゃなかったのか。絶対面倒に

なるぞ、これ」

 無名はムッとして、想馬を睨む。

「だって!カバネが…」

「なんの騒ぎだ!!」

 無名の言葉は、厄介な人間の言葉に遮られた。来栖である。

「面倒になっただろ?」

 想馬はウンザリと来栖を見た。

 来栖の方は素早く蒸気筒を構える。いつでも撃てる構えだ。

「何がカバネリだ。血でも漁りに来たか!」

 来栖の声は冷たい殺気を含んでいた。

「待ってくれ!無名はすぐにボイラー車に戻らせるし、これ以上、面倒は起こさない!

 だから…」

「信じられるか!」

 来栖は生駒の言葉を一蹴する。

「無名さん!想馬さん!これはどういう事ですか!?」

 息を切らせて、急いできた菖蒲が刀を持つ無名を見てから、想馬を問い質した。

 説明してくれそうな相手を見事に選んだ結果だが、無名は少し気に入らない顔を

した。

「突然、コイツが走り出したんだよ。だから追いかけた」

 想馬が、事情を碌に把握していない事に失望のため息を吐く。

(俺は、コイツの保護者じゃないんだよ)

 想馬は内心で毒づいた。

「無名さん。出ないと約束して頂いた筈です。何事ですか?」

 菖蒲が意を決して無名を問い質した。

「言っても分かんないよ」

 来栖を冷ややかに見たまま、無名は吐き捨てた。

 そこに想馬の拳骨が再び無名の頭上に落とされた。

 あまりに凄い音だった為、場が静まり返った。

「ちょっと!!さっきから…」

 無名の言葉は途中で途切れた。

 想馬が拳から掌に変えて、無名の頭をぐしゃぐしゃに撫でたからだ。

「確かに言っても分かって貰えんかもな。でも、そもそも言葉にしないと分からない

んだよ。俺達も聞いときたい」

 意外に真剣な口調で想馬が言った。少し前までの自分なら出ない言葉だと、内心で

想馬は自嘲した。無名は、諦めてしまうには、まだ幼い。

 無名は恨めしい顔で想馬を見詰め、暫くして漸く口を開いた。

「カバネが分かるんだよ。カバネリには。半分カバネだからね」

 渋々といった感じではあるが、無名は答えた。

「生駒は分かるのか?」

「いや…」

 想馬の疑問に、生駒は言い辛そうに答えた。

 そこんとこどうなんだ?と言わんばかりに無名を見ると、無名も察した。

「生駒は成り立てだから、慣れてないんだと思うよ。私も最初、分かんなかったし」

 無名はそっぽを向いて、投げ槍に答えた。

「ふん!疑わしいものだな!」

 来栖が構えを解かないまま、吐き捨てた。

 無名は、だから言ったでしょ?とばかりに想馬をチラッと見た。

「いや、俺は信じるぞ」

「え?」

 無名は一瞬、年相応の表情になった。

「お前の言葉に嘘は感じなかったからな」

「そ、そうなんだ?」

 え?ホントに?と無名の顔にデカデカ書いてあるようで、想馬は笑ってしまった。

 そもそも何の後ろ盾もない傭兵が、嘘に敏感でなくてはいいように使われるだけ

だからだ。疑り深く、慎重には当然で、嘘を見抜く目も必要な技術なのである。

「な、何よ!!」

 無名は馬鹿にされたと思って、想馬の脛をゲシゲシと蹴り付ける。

 一気に殺気立った場が白けた。

(それに実際、あの状況じゃ、検閲だって機能してたか疑わしい。感染者が紛れて

いたっておかしくはない状況だ)

 口にこそ出さなかったが、想馬はそう考えてもいた。

 そして、心当たりがあろうが名乗り出る馬鹿はいない。

 更に、言ったところで状況は悪化するだけだ。

(後で姫さんにでも、こそっと言っておいた方がいいだろうな)

 そう考えていると、突然、何かを打ち鳴らす音が響いて、皆が一斉に振り返った。

 そこには、バケツとスパナを持った異国人が立っていた。

「不味いぞ、キャプテン。キュウスイタンクが破れてる。次の駅までとても持たない」

 

 どうも無名の件は、本格的に話し合う事は難しいようである。

 

 

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 無名達を再びボイラー車に押し込み、菖蒲達は先頭車両に戻っていた。 

 菖蒲は、別れ際に想馬が無名の意見を信じる根拠を告げられ、頭痛を感じていた。

 明らかに彼女の処理能力を超える事で、信じていいやら分からない。

 菖蒲とて無名がなんの理由もなく、約束を破ったなどと考えてはいないが、それで

他の面々をどう納得させるべきかが思い浮かばない。

 加えて、顔役の男にも無名達が勝手にボイラー車から出た事がバレて、そら、

見た事かと騒ぎ出されて難儀した。

 菖蒲には、もう自分で歯止めを掛けられるか自信がない。

(取り敢えず、今は優先すべき事がありますね…)

 菖蒲は、頭を切り替えて、目の前の問題に目を向ける。

「給水タンクの修理は、どのくらい掛かりそうですか?」

 これもまた難題だった。

 甲鉄城は蒸気で動いている。必然、水がなくなれば動く事は出来ない。

 動けない駿城など少しばかり頑丈な列車である。

 早々に修理する必要があった。

 菖蒲の質問に、異国人の蒸気鍛冶は顎に手を当てて考える。

「…メイビー、朝までにはドウニカ」

 それを聞いて、その場の人間の顔が強張る。

 それだけ長時間停車しなければならないとなると、カバネに発見される可能性は

高まる。

 無理して走れば、駅に到着出来ずに修理不能でカバネの餌食となる。

「分かりました。それでは、一時停車して修理しましょう。その間に葬儀も行い

ます」

 菖蒲は、これしかないとはいえ判断を下した。

「老人達の願いを聞き届けるのですか?」

 来栖は、自身で判断をしている菖蒲に少し驚いたのだが、実際に出た言葉は、

それだった。

「私が祈りたいのは勿論ですが、ここで少しでも不満を解消しておきたいのです」

 前までの菖蒲であれば、純粋に領主である堅将の為と言っただろう。

 だが、苦境が菖蒲を成長させていた。

「承知しました」

 来栖は内心複雑な思いで頭を下げた。

 菖蒲の成長に、自身があまり関係していないのが、少し悔しくもあったからだ。

 

 

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 甲鉄城は修理の為、停車して修理が開始された。

 それと同時に葬儀も遺体なしで、行われていた。

 修理の進捗が芳しくなかったのもあるが、あまりに犠牲者が多く葬儀は夜に

なっても終わらなかった。そして、修理状況が芳しくない理由は、蒸気鍛冶達も

一緒になって祈っている為、作業が進まなかったのである。こればかりは、武士

が強く言っても、どうしようもなかったのだ。

 辺りは暗闇に包まれ、目立つと承知していても暗くては修理も葬儀も出来ない

為、火がともされた。

 武士達は緊張した面持ちで蒸気筒を手に警戒に当たっていた。

 だが、闇に紛れて不穏な動きをする者達がいた。

 武士の目は外部に向いている為、見落としたのである。

 幸か不幸かそれを目撃していたものがいた。

 

 想馬から聞かされた話により、周囲をそれとなく見ていた菖蒲である。

 

 

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 ボイラー車の中では、生駒が燃え上がる火の光と舞い上がる火の粉を見詰め

ていた。

「祈らないの?」

 無名は、読書の手を止めて生駒に尋ねた。

 何をやっているかぐらいはボイラー車からでも確認出来た。

 ずっと読経が響ているのだから。

「もう祈る必要がある家族なんていない」

 生駒は悲しみを含んだ声で静かに告げた。

 家族への祈りなど遠の昔に済ませているのだ。

「なんだ。私と同じか。って、珍しくもないか。こんなご時世だし」

 無名は、素っ気なくそう言った。

 生駒もそれに何か言おうとは思わなかった。自分の境遇が珍しくもない事は、

自覚していたからだ。

「ところでさ。手に何か仕込んでるの?当たると痛いんだけど?」

 無名は読んでいる書物に頭を乗せて言った。

「ああ…。河原の石だよ。妹と行った時に二つ見付けて、俺は二つともやるって

言ったんだけどさ。妹が二人で一つづつ持ってお守りにしようってさ。形見に

なんて、するつもりじゃなかったんだ」

 生駒はゆっくりと自分の過去を語りだした。 

「五年前だ。俺達が住んでた駅がカバネに破られた。皆、我先に逃げ出したよ。

 当然、俺達も逃げたけど、その途中で妹がカバネに捕まった。その時、馬鹿

な兄貴はどうしたと思う?逃げたんだよ。助けを呼んでくるって言い訳して。

 誰も助けてくれなかったよ。他人に助けなんて求めても無駄だって、諦めら

れなかったんだ。戻った時には、妹は変わり果てていた」

 生駒は、その時の後悔が過ったのか、意志を握りしめた。

「あの時、恐れをねじ伏せて戦うべきだった。あの時の自分は卑怯だった。

 あの時の自分を何度憎んでも、もう妹は返らないんだ!」

 無名と想馬は、生駒の不器用な生き方の理由を知った。

 無名は、生駒の過去に顔を伏せた。

「恐怖をねじ伏せて戦った先に、何があったんだよ?」

 想馬は、過去を聞いてなお、厳しい言葉を投げかけた。

 無名が伏せた顔を上げて、想馬に視線を送る。

 生駒がキッと想馬を睨んだ。

「恐怖っていうのはな。ねじ伏せるもんでも、克服するもんでもない。上手く

付き合っていくもんなんだよ。戦うって選択自体、餓鬼が選んでいい選択じゃ

ない」

「弱い奴が死んで、強い奴が生き残った。それだけの話じゃない」

 生駒は二人の表情を見て、口に出そうとした言葉を噤んだ。

 殆どの武士がカバネと碌に戦えない中で、この二人が、カバネと戦っている

のは、何か譲れないものがあるのだ。自分と同じかそれ以上の何かが。

 それを察して、生駒は言葉が続けられなかった。

 それから、車内に沈黙が降りた。

 

 気まずい沈黙ではなかった。

 だが、ポツリと無名が沈黙を破った。

「お腹空いたね」

 生駒としては、まだ気が張っているのか空腹感はない。

 強いて言うなら、喉が渇いている。

「そういや、お前等の食事は運ばれてないな。俺のもだけどな」

 想馬も同調して言った。

「お前等が出ると問題が大きいだろ。俺が取ってきてやるから、大人しく待って

ろよ」

 想馬は、そう言うと立ち上がった。

「ねぇ。食事って何を取ってくるつもり?」

 無名が半眼で想馬を見る。

「そんなに献立が選べる状況だとでも思ったか?」

 腐る物など載せられやしないので、想馬が呆れた声を出した。

「そうじゃなくて」

「じゃあなんだ」

「私達の食事って、血なんだけど」

 

「「は?」」

 

 男二人が無様に絶句する様に、逆に無名が呆れた視線を向けた。

 

 

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 想馬は、取り敢えず食事を取ってくるついでに、無名達の食事の件を伝えて

こないといけない事実に、想馬は陰鬱な気分になった。

 考えてみれば、当然の話だった。

 身体はカバネだというなら、食事が人間と同じという事はあるまい。

 想馬は、それでも再び出口に向かって歩き出した。

「どうするの?」

 無名が、それでも歩き出す想馬に声を掛けた。

「話すしかないだろう。お姫さんにでも伝えて…。最悪、俺が血を提供するし

かないだろうな。がぶ飲みするわけじゃあるまいな」

「また菖蒲さん?…実は好みとか?」

「答えは変わらんよ」

 無名はジト目で、話題を変えた。明らかに信じていない。

「空腹を誤魔化すくらいなら少量でいいけど、安定させるならそれなりの量

がいるよ」

「やっぱり、話しとく必要あるだろ…それ」

 どう考えても、想馬が血をやれば済むという話で収まらない事実に、頭痛

を感じる。

(姫さんも、そんな話持ち込まれても対処は出来ないかもれないが…)

 駿城内に感染者がいる可能性を伝えても、未だ何か手を打った様子がない

のも気掛かりだ。

 人間、劇的な変化をするのは難しいと理解していても、想馬にとって伝え

られて、影響力のある人物は、あの姫のみなのだ。

 

 ボイラー車の扉を開けると、想馬はピタリと動きを止めた。

「なんか用か?」

 護摩の火で濃くなった闇の部分に目をやったまま、想馬は静かに話し掛けた。

 すると、闇の中から武装した住民が五・六人現れた。

「カバネの味方をするなら、手前も死ね!!」

「カバネと一緒に乗れるか!!」

 住民達が口々に声を上げる。

「成程。話は分かった。だか、無闇に…」

 想馬が言い終えるより早く、後ろから素早く影が飛び出した。無名である。

 無名は着地と同時に、臨戦態勢で苦無を構えていた。

(なんで、まず実力行使なんだよ…)

 想馬は天を仰いだ。

 想馬とて、説得出来るなら話し合いで解決するくらいの柔軟性は持ち合わせ

ているが、この少女にはないらしい。

「無名!止めろ!」

 慌てて出てきた生駒が叫ぶが、無名が止める気配はない。

「仕掛けてきたのは、こっちでしょ。何、甘い事言ってんの?」

 無名の威圧で大の男が、たじろいでいる。

 無名は子供とはいえ、戦場を経験した者である。

 戦いと無縁だった男が束になっても、どうにもならない。

「何をやっているのです!」

 一触即発の事態に、凛とした声が耳朶を打つ。

 暗闇が明かりに照らされる。

 そこには、武士を何人か連れた菖蒲がいた。

「彼等には、手出し無用と言った筈です。ここは私が預かります」

 菖蒲はハッキリと宣言した。

 男達も武士に蒸気筒を向けられて、なお粋がる気概はないようだ。

 無名は、途端に白けた顔になって苦無を仕舞い、こちらに背を向けて歩き

出した。

 想馬は生駒とアイコンタクトを取り、想馬が無名の後を追う事になった。

 生駒が追ったのでは、騒ぎを大きくしてしまう。生駒もカバネリなのだ

から。

 

 想馬は、騒ぎを止められる自信などなかったが、無関係を装う事も出来な

かった。想馬は、どこかこの少女を放っておく事が出来なかった。

 

 

         9

 

 そして案の定、無名が住人達に向かって進んでいくと、恐れの声と同時

に道が出来る。誰も無名を制止出来なかったのだ。

 どんどん食事を作っている女達の方へ、真っすぐ向かっていく。

(なんだ。普通の飯も食えるのか?)

 想馬は、フッとそんな事を思ったが、結果は大間違いだった。

 最初は、鰍がおんぶしていた赤子を笑わせたりしていた無名だが、本性

はすぐに露呈する事になった。

 赤子をあやす姿を見た鰍が、無名に思い切って何をしに来たのか訊いた

のだ。

「食事をしたくって!」

「じゃあ…」

 比較的物怖じしない鰍が、食事を取りに行こうとして、続く言葉で動き

が止まった。

「いや、そっちじゃなくて。私には血を頂戴」

 空気が凍り付いた。周りから騒めきが消える。

 無名を引き摺って戻らなかった自分を、想馬は呪った。

「赤くて、斬ると、ぴゅーってなるやつだよ」

 これ以上なく伝わっているにも関わらず、追い打ちを掛ける無名。

 想馬は手で顔を覆った。

 

 だが、想馬の厄災はこれに止まらなかった。

 悲鳴が上がったのだ。

 想馬は、ウンザリと悲鳴の上がった方を見遣ると、そこには女が立って

いた。

 半ばカバネと化した女が。

「あの女…確か」

 無名が飛び出して刀を向けた集団にいた妊婦だ。

 武士が既に蒸気筒を向けているが、射撃はまだしていない。

「志乃さん?」

 鰍の呆然とした声が耳に入る。

 想馬が、疾風の如く駆け出す無名を止められたのは僥倖だった。

「知り人か?」

 想馬が平坦な声で問い掛ける。

 鰍が戸惑いつつも頷く。

「ちょっと!早く殺さないと!」

「いや、今回は俺が殺る。ちょっと特殊なんだ、ああいうのは」

 暴れつつ鋭い声を出す無名を、想馬は引き留めた。

 無名は想馬の言葉に怪訝な顔をした。

「ちょっと待って!あの人は!」

 歩き出した想馬を鰍が制止したが、想馬は止まらなかったし、振り返ら

なかった。

「もう助からない。分かるだろうが。それともお前、生駒みたいにカバネ

の研究でもしてて、助ける方法でも知ってんのかい?」

「それは…」

「だったら、速やかに殺してやるのが情けってもんだろうが。恨んでくれ

て構わんぜ?それも仕事みたいなもんだ」

 想馬は、まごついている武士の横を通り過ぎて女の前に立つ。

 女の目には、まだ理性の欠片が残されているように見える。

「アンタの気持ちは分かる…とは言わねぇ。だが、手遅れなんだよ」

 女の目から涙が一筋流れる。

「済まねぇ」

 呟く様に想馬は言うと、素早く腰に下げた刀の鯉口を切った。

 次の瞬間、女の首が天高く舞い上がり、遅れて血が噴水のように吹き上

がった。

 素早い抜刀と共に首を刎ねたのである。

 周りから悲鳴が上がる。

 それでも想馬は臨戦態勢のままだ。

 女の腹が蠢く。

 次の瞬間、腹から何かが飛び出してきた。

 想馬は、それを予期していたかのように飛び出た紅い何かに、刀を突き

立てた。

 燐光が周囲を一瞬照らす。

 想馬が刺したものの正体が、漸く余人にも分かる。

 

 赤子だったのだ。女の腹にいた。

 

 それが異形の姿で刀に刺さっていた。

 周りが静まり返る。正体を知ったが故に。

 想馬は脚甲の付いた足で、刀から赤子を引き抜いて落とした。

 それを見て、人々が恐怖に慄いた。

「鬼だ…」

 誰かが呟く声が、静寂の中やけに大きく響いた。

「まだ赤子だったのに!」

 呟きに触発されて、周りが次々と非難の声を上げる。

 そこにいる全員が想馬を非難した。

 鰍は、涙を流していて言葉はなかった。

 想馬は、住民達の非難に何も言い返さなかった。

 

 そんな想馬の背を無名は無言で見詰めていた。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 海門決戦が発売されましたね。
 配信で観た身には、カットされている部分が非常に残念
 でした。
 それとタイムリーに投稿出来なかったのが残念ですが、
 生駒と無名の声優さんがご結婚なされたとか。
 目出度い話題ですね。こんな事あるんだ。
 最近、風当たりが厳しい二次制作者に祝われても、嬉し
 くないかな。

 次回、いつになるか不明ですが、少しづつでも書いて
 いますので、お付き合い頂ければ幸いです。



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