甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 寒暖の差が激しいですよね。
 それではお願い致します。

 


第五話

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 想馬がまさに非難されている時、生駒もまた試されていた。

 蒸気筒などなんのそので、去って行った想馬達を見送る事になった住人達は、

悔し気に想馬達の背を睨み、菖蒲達に視線を戻した。

 そのまま捕らえられるのかと、住人達が警戒の視線を菖蒲達に向けている。

 だが、当の菖蒲は視線を生駒に向けた。

「生駒といいましたね?」

 菖蒲が生駒に向かって歩き出す。

 護衛についていた武士達が、慌てたように後を追うが、菖蒲が片手で制して

武士達を押し留める。

「ええ。そうですけど」

 菖蒲の意図が分からず、警戒しつつ答える。

 そんな生駒の心情に気付いているのかいないのか、菖蒲は遂に生駒の目の前

まで来た。

「貴方は、()()()()()()()()()()()?」

「え?」

 意外な問いに、生駒は呆けた顔になった。

「貴方は降りると言っていました」

 生駒は、その言葉で納得した。

 ちっとも降りる気配がないのを、不思議に思ったのだろうと判断したのだ。

「金剛郭へ行きたいからです。あそこはカバネ研究の最先端です。こんな状態

をなんとかする成果が出ているかもしれない」

 武士を含めた住民達が、胡散臭そうに生駒を見た。

 菖蒲は、それをチラッと見て確認した。

「カバネの研究に興味があるのですか?」

「自分でも研究してますから…」

 生駒は、なんだか場違いな質問に感じられて、怪訝な顔で菖蒲を見た。

「何故、研究しているのですか?」

「…カバネを倒す為に決まってるでしょう。それに迷信で殺される人を見たく

ないんですよ」

 生駒は、このことに関して適当な事を答える事が出来なかった。

 あまりにも、生駒の生き方に関わる質問で、気分が悪くなった。

「それで、自身がカバネになってしまったと?」

「違う!!」

 菖蒲の皮肉すら感じさせる言葉に、生駒が激昂する。

「ならば、試しましょう」

 激昂する生駒を無視して、菖蒲は徐に短刀を鞘から抜いて腰だめに構え、

走った。生駒に向かって。

 ぶつかるように身体ごと生駒に襲い掛かる。

 生駒は、咄嗟に短刀の刃を掴んだが、やはり武術の心得もない蒸気鍛冶で

ある。胸部に少し突き刺さってしまった。

 刃を掴んだ為に、それ以上は刺さらない。

「なんの積もりだ!!」

 生駒と菖蒲の視線がぶつかる。

「どうしたのです!?女の力如き振り払って噛めばいいでしょう!!」

 生駒の怒りには、目もくれず菖蒲は挑発するように首筋を見せる。

「そんな事はしない!!」

「何故ですか!?我慢が出来ないでしょう!!血を啜りたくて!!」

「俺は誓った!!見捨ててしまった妹に!!今度こそ逃げないと!!今度こそ

自分が誇れる自分になると!!倒すべきはカバネだ!!俺の命はその為にある

んだ!!!だから!!そんな事はしない!!」

 不意に刃を押し込もうとしていた力が消える。

 菖蒲が離れると同時に、生駒も掴んでいた刃を離していた。

 菖蒲の表情には、自己嫌悪がありありと浮かんでいたからだ。

「もういいでしょう」

 菖蒲の言葉に武士や住民達が、気まずそうに視線を逸らした。

 カバネで家族を亡くす事など、ありふれている。だが、慣れてなどいない。

 生駒にも家族がいたという当たり前の事実を、この場にいる人間が思い出

したのだ。同じ怒りを持っていると理解したのである。

 そして、菖蒲は生駒に住民達が納得するような答えを、命懸けの場で言わせ

るのが目的だったのだ。

 住民達が一人また一人と去って行く。

 遂に武士達と菖蒲のみが、その場に残った。

「済みません。彼等を納得させる必要があったのです」

 菖蒲が済まなそうに頭を下げる。

 生駒にしても菖蒲を見掛けた事くらいはあるが、目の前の人物と印象が重な

らない。

(俺も、ちゃんと武士の姫だからって見てなかったって事か…)

 生駒は内心で反省する。

「手当しましょう」

 そう言って、菖蒲は生駒を甲鉄城の中へ連れて入った。

 

 気遣いに満ちた言葉を掛けられながら、治療して貰うのはなんというか気恥

ずかしい。生駒は挙動不審な有様だった。

 治療が終わり、立ち上がる。

 そんな時、急に生駒の心臓が大きく脈打つ。

 甘い感情からきたのではないのは、明らかだった。

 何故なら、正気を失いそうな程の飢餓感が襲ったからだ。

『私達の食事って、血なんだけど』

 無名の言葉が、飛びそうな理性をなんとか抑える事が出来た。

 それも長く持たない。

「ど、どうしたのですか!?」

 突然、喉を押さえて蹲った生駒に菖蒲が駆け寄る。

 消えゆく理性にしがみついていたが、菖蒲がすぐそこにいる。

 思わず視線が菖蒲に向く。

(ウマソウダ…)

 若い女の血の匂いに、喉が鳴る。

「っ!?」

 自らの思考に寒気がして、菖蒲を突き飛ばすと、隣の車両へと急ぐ。

(ヒトノイナイトコロヘ)

 立ち上がろうとしたところで、生駒の理性が飛んだ。

 

 突き飛ばされた菖蒲は、何が起きたのか分からず困惑する。

 突き飛ばした後、生駒の動きがこれまた突然止まった。

「生駒?」

 菖蒲の声に、生駒がゆっくりと振り返る。

 生駒の視線に菖蒲は肌が粟立つのが分かった。

 咄嗟に立ち上がろうとしたが、その前に押し倒された。

「い、生駒!」

 声が届いている様子はない。

 生駒が口を開く。

(か、噛まれる!?)

 恐怖が菖蒲を支配しようと騒ぐ。

 必死に生駒を押し退けようとするが、ビクともしない。

 生駒の顔が近付いてくる。

 菖蒲は固く目を閉じて、歯を食いしばる。

 だが、鈍い音がして生駒は噛む事なく、菖蒲の上に倒れ込んだ。

 次の瞬間、生駒の身体が菖蒲の上から消える。

 生駒を持ち上げて、何者かが床に放り捨てたのだ。

 それをやったのは…。

「菖蒲様!!」

 来栖だった。

 

 この事は、来栖の口から知れ渡る事となった。

 

 

          2

 

 幸か不幸か、あれからすぐにカバネの大群が山から駆け下りて来た為に、大

騒ぎになった。どさくさに紛れて生駒の件を誤魔化せればよかったが、そうは

問屋が卸さない。

 落ち着いた頃に当然蒸し返される事となった。

 菖蒲は、撃ち殺されそうになっていた生駒をどうにか様子見してからと、

押し留める事に成功したが、やった事が結果的に台無しになってしまった事に

落ち込んでいた。

 思わず溜息が漏れる。

「噛み痕はありません」

 菖蒲は、巫女に身体中を調べて貰い、自身に対する疑いは晴らしている最中

だった。

 生駒の意識は戻らなかった為、そのままボイラー車に放り込まれていた。

 あのまま理性が戻らないなら、殺さないといけないだろう。

 丁度、同じ頃に想馬と無名も騒ぎを起こしており、全くもって最悪が重なった

形になった。

 その事で想馬達もボイラー車に閉じ込められる事になった。

 今思えば、生駒は必死に菖蒲を襲わないように、自ら閉じ籠ろうとしていた。

 それを結果的に菖蒲は邪魔した形になった事に、申し訳なく思った。

 

 だが、菖蒲の最悪はこれで終わらない。

 

 主だった人間の前で、巫女にカバネでない証明をして貰った後の事である。

 生駒の件を知った顔役の男は、勝ち誇った顔で菖蒲で菖蒲を非難した。

「やはり箱入りの姫君には、この人数を率いるのは荷が重かったようですな?」

 今回ばかりは、住民達の大半が顔役の男に同意しており、弁明は聞いてもらえ

そうにない。武士達も表向き何も言っていないが、ボイラー車の方を胡乱な目で

見ている事からも、菖蒲の判断がしこりを残したのは容易に分かった。

 成長したとはいえ、この状況を打開する手立ては菖蒲には思い付かなかった。

「ご安心下さい。別に無理矢理降ろす事は致しませんよ。姫君はまだお若いので

すからな。年長者として、お手本を見せるのも務めというもの」

 顔役の男の言葉に、来栖だけは苦言を呈したが、いつもの勢いはない。

 自分が、生駒の危険性を広めた事は間違いとは思わないが、その所為で菖蒲が

窮地に立たされてしまったからだ。自分の発言が原因とあっては、勢いも鈍るだ

ろう。

 顔役の男は、実質的に住民の纏め役のような事をしている為、皆一目を置いて

いる。ここで菖蒲が抵抗したところで、住民達の悪感情を助長する事になるだろ

う。

 

 菖蒲は、結局非難の声に負けて、甲鉄城の重要な鍵である親鍵を渡す事に

なった。

 

 

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 その頃、ボイラー車に押し込められた想馬達は、不機嫌に黙り込んでいた。

 生駒だけは眠りこけていた所為だが、想馬と無名に関しては、お互いに不満が

あって、不機嫌だった訳ではない。

 想馬がカバネを殺した直後、その血に反応したのか山からカバネの大群が下り

てきたのだが、その戦闘に二人の参加が許されなかったのだ。

 吉備土が、少し済まなそうに断ってきたのである。

「生駒が姫を襲った。そこのお嬢さんは同類だろう?後から噛まれる心配はした

くないんだ。事情は、よく分からないが、妊婦を斬ったアンタも参加させる訳に

いかない」

 そう言って、鍵まで掛けて去って行ったのだ。

 確かに、想馬達が武士達に追い立てられるように、ボイラー車に戻った時には、

既に生駒は倒れていたが、そんな事情があったとは驚かされた。

(これは無名の言動も伝わるな)

「多分、お腹空いたんだろうね、コイツ」

 想馬が考え事をしていると、無名が不意に呟くように言った。

「腹が減ると女を襲うのか?そりゃ、難儀だな」

「飢餓状態だとカバネの本能が出るんだって。目の前にいたのが想馬でも襲うよ」

 意外にも無名は怒らずに、皮肉を言って受け流した。

「そりゃ、難儀だな」

 男に首筋を噛まれるなど、想馬にとっては遠慮したい話だ。

「そのうち目を覚ますだろうけど、食事は至急必要だね」

 無名は、言い終えるとチラッと想馬を見た。

 語外に、自分自身も必要としていると無名が器用に告げる。

 想馬は溜息を吐いた。

 現在、食事を提供出来るのは、想馬ただ一人なのだ。

 猛獣二匹と同じ檻の中だと思うと、自然と溜息も出るというものだ。

 そして、最後の猛獣が呻き声を上げて、起き上がった。

「あっ、目が覚めた?変態さん」

 無名がネズミを甚振る猫のような顔で、生駒を見た。

「え?変態?なんだ?」

 生駒は、どうやら記憶が飛んでいるようだが、暴走からいつもの状態に戻って

いるようだった。

 無名は詰まらなそうに鼻を鳴らしたが、想馬はホッとした。

 取り敢えず、話は通じる状態のようだからだ。

 事情を説明してやろうと、想馬が口を開きかけた時、外が騒がしくなった。

「…だ!痛ってぇな!」

 生駒にとって聞き覚えのある声だった。

 そして、乱暴に扉が開かれると、一人の太った男が放り込まれた。

「カバネの味方をする奴は出てけ!!」

「そのカバネリのお陰で今生きてんだろ!!」

 放り込まれたのは生駒の親友たる逞生だった。

 それからも、鰍が押し込まれ、続いて目付きの鋭い少年が入ってきた。

「なんで俺まで!!」

 目付きの鋭い少年は、吐き捨てるようにそれだけ言ったが、勿論聞く耳は持た

れなかった。

 そして、乱暴に扉は閉められた。

 

 起き上がった逞生に生駒が声を上げる。

「逞生!どうして!?」

 逞生が顔を顰めて、事情を説明してくれた。

 その内容は、非常に宜しくない内容だった。

「そうか。姫さんが実権を取り上げられたか…」

 曲がりなりにも伝手がなくなり、想馬が渋面になる。

「それにしても、無名!この子に謝っとけよ!」

「どうしてよ!?」

 想馬は鰍を指して言ったが、無名は不満気だ。

 鰍が何故、ここに送られたかと言えば、無名と親し気に話していたという誤解

からだったのだ。完全にとばっちりもいいところである。

 無名にしても完全に偶然なのだから、不満なのも当然だが。

 当の鰍は、どういう顔をしていいのか分からないといった感じで、黙っていた。

 目付きの鋭い少年は、逞生と同じ服装である事から蒸気鍛冶なのだろう。

 先程から、こちらを警戒しているのか、少し離れたところにいて黙っている。

「それにしても菖蒲様を襲うとは、やるじゃねぇか」

 逞生がニヤリと生駒を揶揄う。

「違う!その時の俺は正気じゃなかったんだ!」

「それ、もっと誤解を生むと思うぞ」

 生駒がムキになって言い返した言葉に、想馬が鰍をチラッと見てツッコミを

入れた。鰍は引き攣った顔で、ササっと生駒から距離を取っていた。

「まあ、兄弟!お前も男だという事だな!これを渡しとくぞ」

 逞生が揶揄いつつも、背負った大荷物から貫き筒を取り出して、生駒に渡した。

「言いなりになる気もない。だろ?」

「…ああ」

 生駒は、逞生の言葉にしっかりと頷いて、貫き筒を受け取った。

 逞生は、人間に対する荷物の検査の甘さを利用して、貫き筒を持ち込んでくれ

たのだ。他の住民達に非難されると承知で。

 生駒は、その気持ちが嬉しかった。

 

 そんな時、甲鉄城が坂を上り出したのが分かった。

 想馬が小さな覗き窓から外を見ると、甲鉄城が山に入っていくところだった。

「山越えする気か…」

「別におかしくはねぇだろ。山越えする方が金剛郭へは近道なんだしよ」

 想馬の不満気な声に、目付きの鋭い少年が初めて口を開いた。

「結果的にそうだといいがね」

 想馬の言葉に、その場にいる想馬以外の全員が不思議そうな顔をした。

「どういう事だ?」

 生駒が真っ先に訊いてきた。

「お前等、蝗害って知ってるか?」

「蝗が全部作物食べちゃうやつですよね…?」

 鰍が恐る恐るといった感じで、想馬の問いに答えた。

「そうだ。災害なんかで生存圏が狭まると、蝗は生き残る為に狂暴化して、能力も

向上するそうだ。カバネも普段いる場所は山や森、廃駅とかに潜んでる。そんな所

が、多くある訳じゃない。平原にうろついているカバネなんて、あんまり見ないだ

ろ?だからカバネも住処の確保は大変なのさ。そんな環境だから、特殊な力に目覚

める個体も出てくる。そいつらの住処に自分から突っ込んで行くんだぜ?しかも、

山は駿城に乗り移る事が可能な地形や大木がある。戦闘が厄介だぞ」

 カバネも又蝗同様に生存圏が狭まると生き残る為に、狂暴化し新たな能力を得る

に至る事は、想馬は経験として知っていた。勿論、山や森、廃駅で戦闘経験もある。

 しかも厄介な事に駿城に乗り移るだけではなく、そうした場所は奇襲にも適して

いるので思いもしない場所から攻撃を受けたりもする。

 そうした特殊な能力に目覚めた個体は、血の匂いに釣られなければ住処を出て

こないが、自分たちの住処に入ってきたなら遭遇の可能性は跳ね上がる。

 これは積極的にカバネと戦っていないと、不意を打たれて総崩する事もある。

 積極的とは程遠い者達が、知らないのは当然だろう。

 だが、知らないからこそ、甲鉄城は困難な道を選んでしまった。 

 無名と想馬を除く面子が、顔を真っ青に染めた。

 

 そんな時に、人が外で動き回る気配がした。

 不穏な音に全員が嫌な予感を感じた。

 

 

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 扉に付いた覗き窓から見たのは、男達が親鍵を使って車両の連結器を外そうと

しているところだった。

「ふざけんな!!人が乗ってんだぞ!!」

 目付きの鋭い少年が、怒声を上げる。

「黙れ!!カバネの味方をする奴は敵だ!!」

「俺が何時味方したよ!?」

 喚く目付きの鋭い少年を見て、想馬はなんとなくこの少年が追い出された理由

を察した。

 生駒とは違った意味で、誤解され易い物言いをする事で煙たがられたのだろう。

 皆が覗き窓から喚くのを事情が判明してすぐに離れた想馬は、どうするかを既

に考え始めていた。

(こりゃ、()()()()()()()()()()

 常人では決してしない決断を、想馬はすぐに下していた。

 こうなっては喚いても彼等が止める事はないと知っていたからだ。

 だからこそ、想馬は早々に見るのを止めたのである。

「止めろぉぉぉ!!」

 生駒の声が響く。

 その声を神が聞き届けたか、それとも妖の類が聞き届けたか分からないが、届

いた。連結器が外される事がなかったのである。

 

 甲鉄城がトンネルに入った途端、カバネが上から降ってきたからだ。

 

 

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 大体のカバネは甲鉄城の速さに着地出来ずに落とされたが、数体のカバネが乗り

移る事に成功していた。

「カ、カバネ!!」

 連結器を外そうとしていた面々の前にカバネが立つ。

 その恐怖に耐えられずに悲鳴を上げる。

 それに反応したように、カバネは腰の刀を流れるような動作で鞘から抜いて、

斬り付けた。

 そのカバネは元は武士のようだった。

 もう片方の手で脇差というより、小太刀といった感じの刀を器用に抜いて、連結

器を外そうとしていた男の首を刎ね、ゆっくりと他のカバネと一緒に侵入してくる。

 そのカバネは二刀流だったのだ。

「な、なんだ!?あいつ…」

 生駒は、剣術を使うと素人目にも分かるカバネを凝視しつつ、呻くように言った。

 無名が目を細め、嘗てない程真剣な声で答えた。

「ワザトリだ」

「え?」

「長い間に戦い方を覚えてる。想馬のさっきの話でいうと特殊な能力って感じ。

 手強いよ」

 そうこうするうちに、後方車両にいた女性がカバネに斬られ、血を啜られていた。

 生駒は過去のトラウマでも刺激されたのか、思わず一歩後に下がってしまった。

「退いて!!」

 無名は扉にいる生駒を含めた面々を強制的に押し退けると、短筒を覗き窓から射

撃した。だが、距離と威力の関係で効かないばかりか、回避もされてしまった。

 カバネ達は、次の車両に退避するように行ってしまった。

 そこから大勢の人間の悲鳴が聞こえてくる。

「チッ!これじゃ駄目か!」

 無名は悔し気に舌打ちして吐き捨てた。

 生駒は、震える手を握り締める。

(恐れるな!こんな時に震えて何も出来ないんじゃ、何も変わらないだろ!!)

 手の震えは、多少治まった。

「アレを…ワザトリを俺達で倒す!!」

 生駒は決意を籠めて無名に宣言するように言った。

「…限界近いから、活動時間はあんまりないかもよ?」

「それでもやるしかないだろ!!」

「まあ、それしかないのは確かだね」

 無名もこの状況を放置は流石に出来ないようで、生駒の意見に頷いた。

「限界の件は、どうにかいけそうだがな」

「「っ!?」」

 ここで今まで黙っていた想馬の言葉に、カバネリ二人が驚いて振り返った。

「丁度よく、俺以外にも血を提供出来る奴等が入ってきた。不幸中の幸いだな」

 想馬はニヤリと逞生達を見遣った。

 見られた方は若干怯んだのは、言うまでもない。

 

「さて、追い出されても人を救いたい奴は、是非協力してくれ」

 想馬は、そう笑って言った。

 

 

          6

 

 一方、菖蒲から権限を奪い取った顔役の男・阿幸地の顔色は死人の様だった。

 元々は当主である堅将から直接頭領の地位を授かった男で、無能ではないのだが、

如何せんこの状況は初めて体験する事だった。

 車内に状況を伝える声が引っ切り無しに届くが、それがどれも絶望的なものばか

りだった。これがカバネの侵入を許してしまった駿城の脆さだった。

(何故、こんな事になった!?)

 どうしてこうもアッサリと侵入を許す事になったのか、阿幸地には分からな

かった。まさか、自分の部下の暴走の結果だとは、この時の彼は知らなかったので

ある。

「親鍵以外で車両を切り離す術はないのか!?」

 阿幸地は苦渋の決断を下す。

 今の彼には、これ位しか解決策を思い付かない。

 武士が撃退出来ない以上、それ以外の何もないと判断したのである。

「助けないんですか!?」

 見習いとはいえ現在、甲鉄城を動かしている少女・侑那が非難の声を上げる。

 今まで寡黙だった少女が非難の声を上げたのには、阿幸地も驚いて思わず声を

荒げてしまった。

「犠牲を小さくする決断も必要だ!!他にどうしろというのだ!!」

 侑那の軽蔑の眼差しを見てしまい、頭に血が上る。

 だが、突然立ち上がった人物により、阿幸地は我に返った。

「私と共に来れる者は続いて下さい」

 今まで大人しくしていた菖蒲だった。

「菖蒲様。お供致します」

 傍に控えていた来栖はすぐさま菖蒲の言葉に従い立ち上がった。

 護衛として傍にいた他の武士達も慌てて賛同し、武器を握り直した。

 菖蒲は蒸気弓を取り出すと歩き出す。

「武器を持って戦える者は、協力して下さい!」

 先頭を切って歩き、武士を引き連れて後部車両に向かう姫の姿に、恐怖に

固まっていた者達も動き出す。

「戦えない者は前の車両へ急げ!!」

 吉備土が大声で住民を誘導する。

「盾、前へ!!」

 来栖が武士達に指示を飛ばす。

 盾と共に柵替わりに金属製の箱が積み上げられる。

 手の空いた者は、蒸気筒の残弾を確認し、蒸気の圧力を確認する。

 無事な住民達を、盾と柵替わりのバリケードの内側に避難が完了する。

「ギリギリまで引き付けろ!!」

 武士達が脂汗なのか冷汗なのか汗を流す。

 誰かが息を呑む。

 カバネの先頭集団が奇声を上げて、突っ込んでくる。

「撃て!!」

 十分に引き付けた上で、一斉に射撃を開始する。

 菖蒲も蒸気弓で矢を放つ。

 だが、次々とカバネが押し寄せて、キリがない状況に少しづつカバネに

勝利の天秤が傾きつつあった。

 その様子を蒸気筒を撃ちつつ、考え込んでいた吉備土が遂に来栖に自分の

考えを告げた。

「来栖。刀を取ってこい。カバネリやあの傭兵の戦い振りを見たろう。接近

戦は有効だ。剣術を得意とするお前なら出来る!」

 来栖は吉備土の言葉に驚きこそしたが、意外にもすぐに頷いて、走り出し

た。来栖とて武人である。あの戦いを漫然と見ていた訳ではない。ただ、

素直に認める事が出来なかっただけだ。必死に抑えていた剣術への思いが、

実は正しく、押さえ付ける必要などなかったのだと。最も信頼する友であり、

武人である吉備土の言葉で踏ん切りが付いたのだ。

 

「撃て!!近付けるな!!」

 吉備土は力強く声を張り上げ、味方を鼓舞した。

 

 

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「痛ってぇ」

 目付きの鋭い少年・巣刈が、血を流した腕を恨めし気に睨んでいた。

 鰍は、少し顔色が悪いが落ち着いている。

 逞生はといえば、取り出した紙に何かを書き付けていた。

 おそらくは、痛みを誤魔化す為にやっている事だろう。

 想馬を含めて、結局は全員が血を提供したのである。

 半ば脅されたとも言えるが。

 想馬の言いようでは、血を提供しないと全滅するか、腹が減ったカバネリ

に襲われるかの二択になる、と言ったようなものだった。

 勿論、無名も生駒もいい顔はしなかったが、提供してくれる以上、文句も

言えなかったのである。

 嫌がった巣刈も、最後には渋々承知した程に説得力があったのだから。

「それでどうする?」

 想馬は、生駒にこれからのどういう手を打つか訊いた。

 駿城は、蒸気鍛冶の領分である。

 外に出る方法までは、想馬も知らなかった為に、生駒に任せたのだ。

「整備用ハッチから表に出る。天井のカバネを片付けて、車内に入ってカバ

ネを撃退しながら進む」

 無名もそれで文句はないようで、口を出さなかった。

「だが、入るところを考えないと、今の状況だと撃たれるぞ」

「っ!」

 想馬の指摘に、生駒は言葉を詰まらせる。

「それでもやるしかないだろう!」

「まあ、アンタならそう言うか…」

 生駒の覚悟はあるものの詰めの甘い部分に、無名は乾いた笑みを浮かべた。

 無名も気付いていなさそうだったのは、誰も指摘しなかった。

 賢明な判断を既にこの面子は習得していた。

 想馬も甲冑を着込んで、準備を済ませた。

 既に戦闘準備を終えていたカバネリ二人は、想馬の準備が整ったのを確認

し、行動を開始する。

 生駒と逞生が整備用ハッチを蒸気鍛冶の技術で、手早く取り外した。

 流石に本職だけあって、作業が流れるように速かった。

 そして、生駒が身を乗り出した瞬間、目の前にトンネルが迫ってきて、

慌てて頭を下げる。屈めば通れるだろうが、戦闘は無理だ。

 生駒は思わず舌打ちする。

「トンネルを抜けたら行くぞ!」

「止めといた方がいいな」

 生駒を止めたのは、意外な事に巣刈だった。

「放って置けるか!」

 気色ばんだ生駒に巣刈は面倒そうに顔を顰めた。

「そうじゃねぇよ。ここら辺りはトンネルが多い。出たり入ったりが続くぜ。

 首を飛ばしたいなら、好きにすりゃいいがな」

 巣刈は、意外な事に駿城に常時乗り込んでいる蒸気鍛冶だ。

 無茶な路線だろうと進む駿城にも、乗り込んで整備や修理を熟した経験を

持った蒸気鍛冶だったのだ。それ故に、日ノ本の無事な路線は大抵は通った。

 それの全てを巣刈は記憶しているのである。

「駅にずっといる蒸気鍛冶と違って、慣れてるし覚えてるんだよ」

 生駒にしてみても、そこまで言われると反論はし辛い。

「トンネルのところ、淀瀬洞って書いてあったね」

 生駒を文字通り盾にする気で後にいた無名が、口を挿む。

「はぁ!?この速度でトンネルの名前が見えたのかよ!?」

 通常なら目視など難しい。

 それが分かっているからこそ、逞生は驚いたのである。

 だが、巣刈の方は思案顔だった。

「…それなら、運がよかったかもな」

「どういう事だ!?」

 生駒は急かす様に、巣刈に訊いた。

 

「それじゃあ、このトンネルを抜けたら、天井のカバネを片付けて、車両に

飛び込めばいいんだな!?」

 カバネリ二人と想馬は、既に整備用ハッチを出て頭を庇ったまま外にいた。

 トンネルを抜けたら、すぐに走る為だ。

「ああ!これを抜けたらイケるぞ!」

 巣刈が答えると同時に、トンネルを抜けて光に包まれる。

「行くぞ!!」

 生駒の号令で一斉に駆け出そうとした時、鰍が顔を出して叫んだ。

「お侍さん!まだ、私の中で答えは出てないけど、皆を助けて上げて下さい!」

「応!」

 想馬は、それだけ答えた。

(なかなかしっかりしたお嬢さんじゃないか)

 想馬は内心でそんな事を考えていた。

「それと無名ちゃん!酷い事、言われたかもしれないけど!皆をお願い!」

「え!?私!?」

 まさか自分にまで声を掛けられるとは思っていなかった無名が驚く。

 鰍にしてみれば、化物と思っていた子が人と変わらない心を持っていると、

短い間に分かり、どう接していいか分からなくなっていた。

 生駒も鰍が知る生駒だった。

 カバネリは確かに人ではないのかもしれないが、人の心は持ち続けていると

知り、罪悪感が芽生えたのだ。だからこそ、何か言わなければと思ったのだ。

「任せて!」

 走り出す機は少し遅れたが、無名と想馬、生駒も気持ちが少し軽くなった。

 生駒は、自分でも信じられないくらいに、速く走れている事に驚いていた。

(これもカバネの力なんだろうな)

 生駒は冷静に自分の力を分析していた。

 これなら多少の遅れも取り返せると、生駒は意気込んだ。

 天井に張り付いていたカバネが、ゆっくりと振り返り三人を見る。

 悍ましい声を上げて、三人に向けて走ってくる。

 生駒は雄叫びを上げて、爪を振り上げて攻撃してくるカバネの一撃を躱し、

カバネの横をすり抜けて膝裏を足で踏み付けると、貫き筒で背中を押さえ付け

て引き金を引いた。

 恐るべき貫通力で、背骨ごと心臓をぶち抜いてカバネを倒した。

「遅い。無名よりも。これなら!」

 初めてカバネと対決した時と比べれば、比較にならないくらいに動きがよく

なっていると、生駒は実感していた。

「「生駒!」」

 簡単にカバネを倒せた所為で、油断していた生駒に叱責が混じった声が掛かる。

 生駒が顔を上げると同時に、黒い物体が顔のすぐ近くを高速で通過した。

 血や脳漿が生駒の顔に飛び散った。

 逆側ではカバネが倒れ込む。

 生駒の目の前には、いつの間にか想馬が薙刀を手に立っていた。

 そして、後には無名が短筒を構えた状態で立っている。

「ボウっとしない!!」

「戦場で呆けるんじゃない!!」

 二人から同時に叱責され、生駒は思わず怯んでしまった。

「わ、悪い…」

「ホラ!次来るよ!!」

「お、応!!」

 生駒と無名が走っていく。

 すぐさま無名が飛び上がり、軽業師のように空中で一回転して襲い掛かるカバネ

の背後を取って着地すると、短筒に仕込まれた刃を突き刺すと、カバネは燐光を

発して倒れる。

 生駒も貫き筒をカバネの攻撃を躱して懐に入り込んで、引き金を引く。

 心臓をぶち破り、カバネが吹き飛ぶように倒れる。

 想馬も、まだ車内ではないので遠慮なく薙刀を振り回す。

 黒い凶悪な刃が颶風を纏ったかのようにカバネに襲い掛かる。

 心臓をやられずとも、斬られた衝撃で駿城から叩き落されていった。

 二人の後を追おうと足を速めようとした時、強烈な殺気が下から発せられ、想馬

は反射的に飛び退いた。

 直後、鎗が天井から飛び出した。

 そのまま二人を追っていたら串刺しになっていただろう。

 立て続けに鎗が突き込まれる。

 それを高速で走る駿城の上とは思えない程、軽やかな歩法で躱すと攻撃が止んだ。

「想馬!」

 生駒が声を上げる。

 生憎と想馬に応える余裕はなくなった。

 扉が蹴破られ、鎧武者が赤く光る眼を想馬に向けたのだ。

(チッ!一匹じゃなかったのか!これだから山は!)

 内心で想馬は文句を言った。

 カバネとは信じられない程、鎧武者は軽やかに天井に飛び上がり着地し、鎗を

構えた。その姿は、明らかに只者ではない。元はさぞ高名な武士だったのだろう。

 それが生前の技術を取り戻し、現れている。控え目に言って強敵だ。

「先に行ってろ」

「生駒!」

 生駒は想馬の言葉に何か言う前に、無名に突き飛ばされていた。

 転がった生駒は素早く立ち上がったが、無名は脚を何かに取られ、倒れていた。

「無名!」

 無名は駿城から落とされる前に、脚に絡まった黒い糸状の何かを短筒の刃で切断

すると、無表情に立ち上がった。

「生駒。アンタ、最低でも足止めくらいはしてよね。私はアレを殺してから行く」

 無名がアレと表するものを生駒の目も捉えた。

 崖に黒い人型が張り付いており、しかも、それが駿城と変わらない速度で走って

いたのだ。()()()()()

「なんだ!?アレは!?」

「生駒!走れ!二刀流は一人でなんとかしてくれ!」

 最初に目撃したワザトリを生駒一人でどうにかする。

 控え目に言って、厳しい要求だ。

 しかし、これらを相手にするよりは勝算はある。

 生駒も冷静にそう判断していた。

「死ぬなよ!」

 

 生駒は二人に背を向け、走り出した。

 甲鉄城で激戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




 次回、戦闘回となります。
 今回で決着付けられませんでした。
 
 また、かなり時間が開くと思いますが、付き合って
 頂ければ幸いです。



 
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