甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 随分時間が掛かってしまいました。
 まだ折れていません。
 それではお願いします。


 


第七話

          1

 

 あの時、親父殿は囮となる積もりだったのだろうか?

 それとも恐れに駆られて逃げ出したのだろうか?

 

 まだ幼さが残る想馬は、燃え盛る炎の中、無様に森へと走る父の背を見送っ

ていた。

 答えは一生出ない。

 何故なら、当人は既にこの世にいないのだから。

 

 想馬は茹だるような暑さで起きた。

(餓鬼の頃の夢なんて久しぶりに見たな。生駒の所為だな)

 小さな窓から太陽の光まで差し込んでいた。

 後部車両のボイラー車は暑いのだ。窓も開かない。

 生駒が外した整備用ハッチは、流石に応急処置とはいえ塞がれていた。

 そこからカバネが入ってくるかもしれないのだから当然だが。

 想馬が辺りを見回すと、このボイラー車を根城に使っている化物二人の姿は

既になかった。

「勤勉な事だ」

 勿論、勤勉なのは生駒一人で、もう一人はブラブラしているのが目に見えて

いるが。

 あれからここに押し込まれた逞生や鰍達は一般車両に移れたが、念の為に三

人はそのままボイラー車を使う事になっていた。

 正直、想馬は一般車両に居たかったが、叶わなかった。

 やはり、女を斬った事が響いているようで住民の目が厳しいのだ。

 それでも出入りは自由になっているのが救いではある。

 夜は兎も角、昼にこの部屋は厳しい。

 

 嫌な夢を振り払うように想馬もこの車両から避難する事を決意した。

 

 

          2

 

 想馬は腰に刀だけ差して歩き出した。

 ボイラー室に比べれば他の車両は天国だ。

 もうすぐ一般車両に入るというところで、派手な銃声が響いた。

 銃声が止んだところで、慎重に扉を開けて中を窺うと蒸気筒の試し撃ちをし

ていた。

 怪しい巻き毛の異人と生駒でやっていた事が実を結んだのだろう。

 素早く中に入り込むと、生駒の説明は終わっているようだった。

 的をチラリと見ると鋼鉄製の分厚い鉄板を貫通していた。

 貫き筒を元に研究された噴流弾が完成した証拠である。

「確か、刀にも何か細工したと言ってなかったか?」

 吉備土が生駒に尋ねる。

 問われた生駒は、生き生きと箱から刀を取り出した。

「これです!カバネの心臓被膜を刀身に貼り付けてみたんです」

 刀はカバネの心臓被膜特有の不吉な黒に染められ、ところどころに紅い血管

のような筋があり禍々しい見た目になっていた。

「これでそう簡単には折れない筈です」

 生駒は自信満々に宣言した。

「だが、刀自体は定期的に手入れした方がいいぞ、それだと」

 想馬は、注意が生駒に向いている間に接近しそれだけ忠告してやる。

 全員が一斉に想馬の方に振り返った。

「外側が丈夫でも、中は普通の刀だろ?亀裂が中で入ってたら事だぞ?」

「確かに…」

 生駒が成程とばかりに深く頷いて、自分の思考に没入してしまった。

「起きたんだな!」

 自分の中に閉じこもってしまった親友に代わり、逞生が想馬に声を掛ける。

「暑過ぎてな。それでここにいない問題児はどこだ?」

「ああ!無名ちゃんか。餓鬼共と遊んでるよ。中々馴染んでるぜ?」

 想馬の問いに、逞生が苦笑いと皮肉とが混然一体となった不思議な笑みを浮

かべて言った。

 

 想馬は、吉備土を除く武士からの視線を気にする事もなく、手をヒラヒラ

振って車両を後にした。

 

 

          3

 

 想馬が武士達から視線の集中砲火を浴びた後、車両を幾つか通り過ぎると問

題児を発見した。問題児らしく、既に問題を起こしていた。

 男二人をボコボコに叩きのめしていたのだ。

「どういう状況だ?」

 想馬は、つい数日前まで同じボイラー車にいた鰍が近くにいた為状況を尋ね

た。

 鰍は、困ったようなそれでいて微笑ましいような顔で話してくれた。

 状況を纏めると、どうもあの男二人が無名達が遊んでいる近くで、喧嘩を始

めて挙句に刃物まで持ち出し暴れたようだった。

「まあ、無名ちゃんが怒ったのって、勝負邪魔されたからだと思うけどね」

 甲鉄城にいる子供の一人である小太郎が広げられた盤を指して言った。

 総じて恐れと嫌悪の目で見られる想馬だが、一部の子供は鰍の影響か想馬を

恐れなかった。

 小太郎に言われ、盤を見ると将棋の駒の山が崩れていた。

 どうやらやまくずしでもやっていたようだ。

 男共が出した振動で駒が崩れたのだろう。

「ああ、鋭い考察だ」

 想馬は頭痛を堪えつつ小太郎を褒めた。

 小太郎は満更でもなさそうに笑った。

 そんな事をやっている内に、無名の気が済んだらしく男共を殴打する音が止

んだ。

「子供が怖がるでしょ!?二度とやらない事!!」

「お前もだ」

 腰に手を当てて宣言する無名の頭に想馬は拳骨を落とした。

 いくら頑丈なカバネリとはいえ、想馬の膂力で落とされる拳は効くようで頭

を押さえて、無名が蹲る。

「何すんのよ!?」

「お前の実力なら、もっと穏当に追っ払えるだろうが。加減しろ加減」

 無名が不満そうに唸り声を上げる。まるで動物である。

 余計な揉め事を量産する行動を直してやらねば、巡り巡って想馬に被害がく

るのが目に見えている為、機を見て矯正中なのであるが成果は芳しくない。

「これに懲りたら、自分の行動には気を付けるこった」

 想馬はチンピラ風の男二人に向かって言うと、二人の男は仲良く揃って逃げ

出した。

 それと入れ替わるように、菖蒲が顔を出す。

 逃げて行く二人の男をチラッと見遣って、想馬達を見た。

「揉め事と聞いて来たのですが、もう治めて頂いたみたいですね。助かります」

 菖蒲が、ご苦労様ですと言わんばかりの視線を想馬に向ける。

 無名は少し面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 それを見て菖蒲が内心で苦笑いする。

「無名さん、ありがとうございます。無名さんは甲鉄城の用心棒ですね!」

 不機嫌になった無名の機嫌を直す為というのもあるが、菖蒲の偽らざる思い

でもあった。

 そのハッキリとした物言いに無名も毒気を抜かれるだけでなく、照れて顔が

赤くなった。

「な、何言ってんの?そんなんじゃないよ!」

(確かにそんなんじゃないな)

 想馬は雰囲気を壊さない為に内心のみでぼやいた。

 無名は、それでも不穏な気配を察したように素早く想馬を睨み付けるが、想

馬は素知らぬ振りをする。

 それを見た菖蒲は、噴き出すというには上品に忍び笑いをした。

 想馬と無名がムッと菖蒲を睨むと、咳払いして誤魔化した。

 本人も誤魔化し切れていないと感じたのか、何かを言おうとしたが必要な

かった。

 

 甲鉄城が急制動で停止したからだ。

 

 

          4

 

 順調に金剛郭までの道程を進んでいるかのように見えた甲鉄城は、またして

も困難な状況に陥っていた。

 急制動の後、慌てて先頭車両へ移動した菖蒲は状況の確認を行った。

 食料などを補給する為に立ち寄った駅が、警笛を返さないのである。

 警笛は、無事に都市機能を維持している基準となるものである。

 無視はこのご時世ではあり有り得ない。

「八代駅が落ちたのか!?」

 武士の一人が冷汗を浮かべて思わず声を荒げる。

 その声に応えた訳ではないだろうが、薄っすらと狼煙が上がったのである。

 だが、その事に安堵はない。明らかに異常であるからだ。

(想馬さんも言っていた。単純な合図くらいならカバネでも使う個体がいると。

でも…)

 菖蒲は前に想馬から言われた事をキチンと覚えていた。

 だが、無事な人間もいる可能性は否定出来ない。

「慎重に駅の中に入ります」

 菖蒲は決断を下した。

 

 結論から言えば、生き残りはいた。

 だが、補給などとてもではないが受けられる状況ではなかった。

 寧ろ、こちらが支援しなければならない状況である。

 そして、更なる問題が発生していた。

「駅を通過するのに必要な線路が、竪坑櫓で塞がれて通れない状況です」

 吉備土は苦々しく駅の見取り図を指差し説明する。

 どういう状況かは不明であるが、竪坑櫓が倒れて線路を塞いでいるのである。

「物凄い力で曲げられたような跡がありますが、それをやったカバネは今のと

ころ見当たりません」

「いっそ、迂回するっていうのはどうですか?」

 武士の一人が意見を出すが、菖蒲は静かに首を振った。

「迂回すれば十日は掛かります。食料の備蓄が持ちません」

「本来ならば、ここで補給を受ける予定でしたからね」

 菖蒲の言葉を補足するように吉備土が言った。

 

 どうにか櫓を撤去したいところだった。

 

 

          5

 

 菖蒲達が今後の方針を話し合っている頃、八代駅の生き残り達を甲鉄城に収

容する事も並行して行われていた。

「おい!八代駅の生き残りだ!食料をやってくれ!」

 武士が厨の担当の女達に声を掛けて、八代駅の生き残りを中に入れた。

 恐怖と疲労でボロボロになった男二人が先頭で入ってくる。

 後ろに並ぶ者達も似たり寄ったりの有様だった。

 厨の担当の女が、痛ましそうに食料を差し出して声を掛ける。

「カバネにやられたのかい?」

「ああ…。三日前だ…。壁が乗り越えられたんだ。黒煙が押し寄せてきた。皆

飲まれちまった…地獄だったよ」

 話した男は途中で涙が止まらなくなり、話が出来なくなった。

 周りの人間も補足する事なく、俯いている。

 甲鉄城にいる子供の一人である小夜が無名にしがみ付く。

「なんだよ!怖がりだな」

 無名は、仕様がないなと言わんばかりに小夜に優しい瞳を向ける。

 子供達の纏め役のような役割を果たしている一之進は、小太郎に声を掛けて

いる。

 だが、ただ一人想馬だけは、黙り込んでいた。

 無名は、その様子を怪訝そうに見て首を傾げた。

 八代駅の人々が、食料を受け取ると列を離れて空いた車両に移っていく。

 突然に周りの足音とは違う音が一際響いた。

 無名はハッとその発生源を確認すると、片目が傷付き片足が義足の壮年の男

がいた。

(榎久!なんでこんなところに!?)

 そこにいたのは元同僚である男がいた。

 榎久は無名が自分に気付いた事を確認すると、傍にいた甲鉄城の女に厠はな

いか尋ねて、食料の列から外れる。

 無名も小夜を撫でると、さり気なく榎久を追って行った。

 想馬は、考え事の最中であったにも関わらず、無名が動いたのを見逃さな

かった。

 露骨に視線で追う事はなかったが、どこに向かうか目の端で確認していた。

 

 そして、想馬も周りに気付かれないように無名達の後を追った。

 

 

          6

 

 無名が榎久を追って甲鉄城の外へ出ると榎久が座り込んでいた。

 だが、その佇まいは現役の時と変わりはなく鋭いものだった。

「久しいな、無名」

「そうだね。アンタは暫く見なかったけど」

 現役の時は恐るべき剣の使い手で、熱烈な白鳥美馬の信奉者だった男だ。

 自分と同じカバネリを使えなくなれば殺す役割も担っていた為、無名はこの

男を好かない。

 無名の脳裏に助けを求める仲間の姿が浮かぶが、それを振り払う。

「傍に居らずとも若様のお役に立つ事は出来る」

 榎久はそう言うと義足となった脚を撫でた。

 無名はそれを冷ややか見ていた。

「それで?なんか用?」

「二十日前だ。幕府の連中が武器を発注した。カバネ用じゃない。人間を殺す

武器だ。若様にこの事を伝えろ。有事の際はこの榎久、いつでも馳せ参じます

ともな」

 無名はあまりの不愉快な言葉に反吐が出る思いだった。

(こいつ。まだ戦場に未練があるの?)

 戦場で片目と片足を失った榎久は、役職を変えざるを得なかった。

「そんな事しても、兄様はアンタを現場に戻さないと思うけどね」

 無名はそう言い捨てて背を向けた途端、榎久が動いた。

 義足で、しかも座っていたとは思えない速度で仕込み杖を抜き打ちして見せ

たのだ。

 それでもアッサリと無名は取り出した苦無で、振り向きもせずに仕込み杖を

止めた。

「なんの積もり?」

 無名は殺気を籠めて言った。

「返事がなかったぞ?分かったら返事をしろ」

 相変わらずの態度だった。現役の時と。

 だからこそ、無名は苛立った。

「いくらアンタが兄様の耳でも、ふざけた真似すると殺すよ?」

 そう、今やこの男は各地に散らばる間者から情報を受け取り、自らも情報を

収集する役割を持った()なのだ。

 その男が鼻で嗤った。

「殺すだと?殺されかけているのはどっちだ?」

 無名は自分の背後に目を向けると、そこには空いた手に短筒を構えた榎久の

姿が見えた。

 無名は目を細めただけで無言だった。

 

「そうだな。殺されかけてんのはどっちだって話だ」

 

 その声に無名と榎久が弾かれたように声の方を向いた。

「想馬!」

「なんだ、貴様は」

 想馬は、甲鉄城の屋根で大型の銃を構えた状態でいたのだ。いつでも狙撃可

能だった。

 榎久にしても無名にしても互いに気を取られていたとはいえ、こんな近くに

武器を持って潜まれていたのに気付かなかったのだ。二人は密かに冷汗を流し

た。

「おかしな動きはしない事だな。うっかり撃っちまうかもしれないぞ?」

「想馬。なんでここに?」

 無名は想馬を問い質す。

「俺がお前さんの出自に関心があるのは知ってるだろうが。お陰様で確認出来

た」

 耳など抱えているのは権力者側だ。

 榎久は舌打ちして銃を仕舞い、仕込み杖を納めた。

「使命を果たす事だな。使えなくなった者にあの方は甘くはないぞ?貴様も例

外ではない」

 榎久はそう言い捨てて甲鉄城の中に戻った。

 榎久の言葉に無名の脳裏で切り捨てられた仲間達がチラつく。

(私は違う!私は切り捨てられたりしない!)

 無名は歯を食いしばって、握り締めた苦無を更に締め上げた。

 想馬に一言も言わずに無名も甲鉄城に戻って行った。

「ありゃ、今は何言っても届かないな」

 想馬は言おうとした言葉を掛ける事が出来なかった。

 

 なんにしても想馬は自分に出来る事をやるしかないのだ。

 

 

 

          7

 

 無名と想馬が別れた頃、生駒は八代駅からの脱出計画を武士達に話していた。

「これを見て下さい」

 生駒はそう言うと八代駅の見取り図を広げて指差す。

 この場には菖蒲に来栖達武士数人が顔を揃えていた。

「この場所に窯場があります。ここのボイラーに火を入れる事が出来れば蒸気

クレーンを動かす事が出来ます。そうすれば…」

「成程!クレーンで櫓を撤去する訳だな!」

 武士の一人が感心したように声を上げるのを、生駒は笑顔で頷いた。

「だが、斥候からの報告じゃ、その窯場こそカバネの巣になってるんだろうが」

 別の武士がすかさず問題点を上げる。

 だが、そこも生駒は考えがあった。

 意気揚々と口を開こうとした時、生駒の背後で人の気配がして後を見ると丁

度無名が姿を現した。

「無名?どこ行ってたんだ?丁度作戦を説明してたところなんだ!最初から聞

くか?」

「いいよ。続けて」

 いつになく素っ気ない態度で無名は言った。

 何やらいつもと様子が違うと、生駒は思ったが自分の作戦を説明する事を優

先し、気を取り直して説明を再開する。

「その通りですが、見取り図を見て下さい。遠回りになりますが蒸気クレーン

から迂回していけば足場は狭いからカバネも一体ずつしか襲ってこれません!

無名や想馬もいるし問題ありませんよ!」

「うん。いいんじゃないか?」

 黙って聞いていた吉備土が菖蒲を見ながら賛成した。

 菖蒲の方は、来栖から反対意見が出ないのを確認すると頷いた。

「それでは、その作戦で…」

「何、弱腰になってんの?」

 良い流れできた話を、空気も読まずにぶち壊しにする冷ややかな声が遮った。

 無名である。

「無名?」

 生駒は怪訝な顔で無名を見遣った。

 武士達をはじめ菖蒲も流石に不快なものを感じた様子だった。

「足場の狭いところ?馬鹿じゃないの?こっちの動きも制限されるでしょうが。

自由に動き回れないでカバネの相手なんてしたら、あっという間に組み付かれ

るよ。正面から殲滅に決まってるでしょ」

 いつになく棘のある言い分に生駒もムッとする。

「殲滅!?通路の広い正面を選べば多方向から襲われるんだぞ!?あっという

間にやられるだろう!今までと数が違うんだぞ!」

「ふぅ。これだから素人は…」

「何ぃ!?」

 無名の侮蔑的発言に武士の一人が激昂するが、無名の後から更に想馬がやっ

てきた事で会話が途切れた。

「盛り上がってるな」

 想馬はチラッと無名を見て言ったが、無名の方は想馬を無視した。

「想馬からも何か言ってやってくれよ!コイツが!!」

「悪いがどうなってるのか説明してくれ。話はそれからだ」

 来栖は舌打ちする。

「次から次へと遅参して勝手な事を」

 来栖は吐き捨てるようにそれだけ言った。

「そりゃ、悪かったな。こっちも思い当たる節があったんでな。情報収集して

たんだ」

 生駒は嘗てない程に深刻な顔をした想馬に内心首を傾げたが、話がこのまま

では進まないので経緯を説明した。

「成程ね」

 想馬は全て聞き終えてそれだけ言った。

「想馬はどう思うんだ?」

 生駒は苛立った声で想馬を問い質すように言った。

「どっちも却下したいな」

「「えっ!?」」

 奇しくも生駒と無名の声が重なる。

「どういう事ですか?」

 菖蒲も思わず声を上げる。

「お姫さん。火薬はどれだけ使用して問題ない?」

「火薬ですか?金剛郭までの道程を考えればあまり余裕はありませんが…」

「まあ、そうだよな」

 菖蒲の表情と答えに想馬は天を仰いだ。

 それ程使用出来ない事が容易に理解出来たからだ。

 想馬の案は爆薬を何箇所かに設置し起爆させて、櫓の破壊と同時に櫓を爆風

で撤去しようという案だった。残った破片程度は駿城なら問題なく通行出来る。

 そして、素早く駅を通過する。それが想馬の考えだった。

 だが、資金の問題で食料や医療品、生活必需品を買うのさえ厳しい状況で、

大量の火薬を追加で買うのは無理な相談だ。

 まして、噴流弾が開発されて、これまで以上に火薬の使用量は増えるのだ。

 ここで大盤振る舞いを許すのは、菖蒲の立場では難しい。

「なんなの一体?」

 無名が冷ややか声で想馬を睨み付けて言った。

「八代駅の生き残りから詳細を訊いた。結論から言えば、ここに巣食ったカバ

ネに勝つのは無理だ」

 全員が驚愕の表情で想馬を凝視した。

「ちょ、ちょっと!何言ってんの!?」

 無名が意外な発言に己の焦燥も忘れて上擦った声で言った。

「黒煙。八代駅の連中はそう表現したが、俺は勝手に鵺って言ってる。狩方衆

がなんと呼称してるか知らないがな」

「鵺?あの伝説の怪物か?頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎って奴か?」

 吉備土が困惑した声で問う。

「見ようによって形が変わるあやふやなものって意味でな。ある奴は黒い巨人、

ある奴は虫みたいだって言った奴もいたっけ」

「結局、どんなカバネなんだ?」

 生駒が堪り兼ねたように声を上げる。

「俺も一度だけ遭遇した事がある。逃げられたのが奇跡って状態だったがな。

そいつは言わば群体だ。一体のカバネが他の多数のカバネを寄せ集めて固めて

一個の巨大なカバネに変化するんだよ。命知らずの連中が俺を除いて討ち死に

した。何も出来ずにな」

「融合群体!?」

 無名もここで正体に気付いた。

「無名さんもご存じなんですか!?」

「まあね。なかなか見ない奴だよ。…だとすると、どの程度の大きさかにもよ

るけど、今の装備じゃ勝てないね」

 菖蒲の問いに無名は苦い顔で答えた。

 生駒も武士達も衝撃を受けていた。

 あれだけカバネとの戦いに自信を見せていた二人が、揃って勝てないなどと

言う相手がいるとは。

「大きさは、そこまで大きくないだろうが駅の防壁が乗り越えられたんだ。そ

れなりの大きさだろうよ。一番の武器は甲鉄城に付いている砲だが、ここのカ

バネには豆鉄砲みたいなもんだろう」

「そんな…」

「で?どうするんだ?」

 菖蒲が青褪めるなか、生駒が逸早く立ち直り二人に意見を求める。

「生駒の案で大筋はいくしかないだろうな」

「結局は戦わないと駄目って事よね?」

 無名はすぐに想馬の思考に付いてくる。

「あんまりここのカバネを刺激したくない。火薬が大量に使えない以上、ク

レーンで櫓を撤去するしかない」

 火薬を浪費すれば、先がなくなる。取れる手段が乏しくなってしまう。

「ただ、行くのは生駒と俺、無名のみでやる」

「それこそ無茶だろ!?逞生や巣刈に応援を頼む気だったくらいなんだ!」

 あまりに無茶な話に生駒が声を上げる。

「ああ、無茶だな。だが、無茶を通すしかない。窯場のボイラーは俺と無名で

やる。薬草を濃縮したものを使って人の匂いを消す。そうすれば隠密行動が可

能だ。出来るだけカバネを刺激せずにボイラーまで行く。俺もボイラーに火を

入れるくらいは出来るからな。生駒は蒸気クレーンに交戦を避けて潜め。火が

入ってクレーンの準備が出来たら、すぐに作業開始だ。甲鉄城は櫓が上がった

ら、そのまま走り抜けろ」

「ちょっと待って下さい!想馬さん達はどうするのですか!?」

 想馬の計画に菖蒲が驚いて問う。

「生駒はクレーンで櫓を撤去したら、甲鉄城に飛び移れ。俺達は火を入れたら、

作業時間内に跳ね橋まで走る。()()()()()()()()()()()、襲われる危険は減る

から心配するな。ただし、俺達が失敗したら迷わず後退して駅を出ろ」

 想馬の言葉に聞いている面々が驚愕する。

 失敗した場合は、自分達を見捨てろと言っているのだ。

「駅を出たら、もう迂回するしかなくなる。食料が持たないぞ!?それでどう

しろと!?」

 武士の一人が声を荒げる。

「勝てない戦いをするよりマシだろ?十日くらいなら水も食料もギリギリまで

切り詰めろ。そうすれば餓死はしない。結構、人間しぶといからな。当然、運

動も控えろよ?」

「そんな!?」

 菖蒲の表情は青白いを通り越して紙のように白い。

「それくらい深刻な状況なんだよ」

「それに失敗する前提で騒がないでくれない?成功させればいいんでしょ」

 無名は険しい顔で想馬や顔色の悪い武士達に吐き捨てるように言った。

 

 そして、無名は話は終わったとばかりに背を見せて去って行った。

 

 

          8

 

 無名が去った事で軍議は終了したような感じになり、自然と解散していった。

 想馬もサッサと無名の後に出ていったが、呼び止められて足を止めた。

「想馬!」

 生駒である。

「どうした?」

 想馬は生駒に振り返りながら答えた。

 生駒が言い辛そうに切り出した。

「無名の様子がおかしい。か?」

「ああ。何苛ついてるんだ、あいつ」

 流石に生駒も無名がおかしいと気付いたようだ。

「どうも、同僚から言われた事に焦りを感じたみたいだぞ?」

「っ!?ここに狩方衆が!?」

 正確に言えば元なのだが、想馬はそこまで説明しなかった。

「なら!なんで放っておくんだ!?」

 無名の戦力が頼りのこの状況で、放置するような想馬の態度に生駒は声を荒

げる。

「俺とお前、あの問題児と付き合いは長いって訳じゃない。その俺達があれこ

れ言ったとして、無名が素直に聞き入れると思うか?」

「それは…」

「それならあいつが暴走する事を視野に入れて動くしかないだろう。心配する

な。俺が手助けするさ」

「分かった…」

 生駒は他に何も言う事が出来なかった。

 無名とは知り合って間もない。

 無名もカバネリである以上、生駒には分からない事情もあるだろう。

 それでも生駒には何も言ってやれない自分自身が情けなかった。

 失敗すれば見捨てられるという今回の戦いは、厳しいものになると益々実感

させられた。

 

 二人はそれから無言で作戦準備に取り掛かった。

 

 

          9

 

 一方、一人サッサと飛び出した無名は今回の戦闘に必要なものを調達しよう

としていた。

 ただ黙って険しい顔で歩く無名に誰もが道を譲った。

 だが、険しい表情で歩いていた当の本人が足を止めた。

 八代駅の生き残りであろう男の子が犬の亡骸を前に泣いていた。

 無名にしてみれば、疑問しか湧かない。

 何故、犬相手に涙を流しているのか、と。

「何泣いてんの?」

 少し前までの無名なら大した感慨もなく素通りしただろう。

 しかし、甲鉄城での経験が泣いている子供を無視出来なかった。

「太郎が死んじゃったんだ…。もう一緒にいられないんだ…」

 男の子が泣きながら、それだけ言った。

 泣いている子供は男の子で、少女が一人付き添っている。

 その周りには鰍と甲鉄城の女衆の数人が見守っていた。

「そっか…」

 無名は男の子の傍にしゃがみ込んだ。

「こいつは幸せ者だね。こんなに死んだのを惜しんで貰えるんだもの」

 無名の眼は本当に羨ましそうで悲しそうだった。

 それに気付いたのは、この場では鰍ただ一人だった。

 ここで何か鰍が声を掛けていればよかったのかもしれない。

 だが、鰍の口からは何も言葉が出なかった。

 あまりにも無名が悲しそうだったから。

「これでよかったんだよ。犬は連れて行けないんだからさ。要らないって捨て

られるよりは、ここで死んじゃった方がいい」

 そして、致命的な失言を無名はしてしまった。

 男の子が無名の言葉に盛大に泣き出す。

 周りの女衆も流石に不快感を示した。

 そして、最も反応したのが、付き添っていた少女だった。

「アンタ!!なんて酷い事言うんだよ!!よくそんな事言えるな!!」

「え?」

 無名は訳が分からず反応出来なかった。

 無名にしてみればおかしな事を言った積もりはなかったからだ。

「太郎は家族同然だったんだ!!私達は見捨てたりしない!!」

「っ!」

 無名の脳裏に助けを求める仲間の姿が幻視される。

 

『助けて!無名!』

 そして、心臓に突き付けられる銃口から弾丸が吐き出される。

 

 悲痛な声と銃声が頭蓋に木霊する。

 大声を上げたくなるのを歯を食いしばって耐える。

「口ではなんとでも言えるよ。飼い犬は主人に捨てられないように頑張るしか

ないんだよ。使えなくなったらそれまで。飼い犬なんてそんなもんでしょ」

 無名はそれだけ吐き捨てるように言うと背を向けた。

「アンタなんて大っ嫌いだ!!」

「なんだい、ありゃ。所詮は化物だね。人の心ってもんがないよ」

 敵意と侮蔑の言葉が無名の背を打った。

 鰍には、無名の血を吐くように言った言葉に痛ましさを感じていた。

 鰍は無意識に無名の背に手を伸ばしたが、その前に扉が乱暴に閉ざされ、鰍

の手は無名に届かなかった。

「無名ちゃん…」

 鰍はただそこに立ち尽くすだけだった。

 

 扉を乱暴に閉めた無名は、より一層険しい顔で目的の場所へ急ぐ。

 

『太郎は家族同然だったんだ!!私達は見捨てたりしない!!』

 

『アンタなんて大っ嫌いだ!!』

 

『なんだい、ありゃ。所詮は化物だね。人の心ってもんがないよ』

 

『助けて!無名!』

 

 明らかに無名は傷付いていた。

 前までなら化物だのと言われても鼻で嗤ってやれた。

 兄以外の誰の評価も気にならなかった。

 なのに、今は無名の胸は痛かった。

(黙れ!黙れ!黙れ!私は捨てられない!…っ!?)

 そこまで考えて足が止まる。

『飼い犬なんてそんなもんでしょ』

 自分の言葉を思い出して愕然としたのだ。

 それは自分が飼い犬だと自身で言ったのと同じだったからだ。

(違う!私は兄様の刃だ!犬なんかじゃない!!)

 目から涙が零れそうになったが堪えた。

 涙を流してしまったら今までの自分を貶めるような気がしたからだ。

(いつからこんなに弱くなったのよ!!)

 あの程度の罵倒で涙が出そうになっている自分が酷く情けなかった。

 想馬や生駒と出会い、甲鉄城の人間に認められて居心地がよくなっていた。

 だからこそ、榎久の奇襲を察知出来ずに想馬に助けられるという恥を曝した。

(鈍ったなら、研ぎ直せばいい。私は刃なんだから!)

 乱暴に目を腕で擦ると、無名は再び歩き出した。

 

 厳しい戦いが幕を開ける。

 

 

          10

 

 生駒達の作戦が準備に入った頃、逞生と巣刈は甲鉄城の外に出ていた。

 勿論、作戦の概要くらいは二人の耳に入っていたが、二人はそれを無視した

格好である。

 八代駅の線路は駅の上に走っているので、足を踏み外せば真っ逆さまに落下

する。

 駿城が走るのだから結構な幅だが、それでも恐ろしい。

 そんな場所を逞生は巣刈に呼び出され連れて行かれていた。

「おい!外には出るなって言われてるだろ!?」

 逞生が小声で怒鳴るという器用な真似をして、巣刈に文句をつける。

「ああ、知ってる。あの三人に命預けろって言うんだろ?冗談じゃないね。俺

は保険くらいは欲しい質なんだ」

「それと外に出るのと、どう繋がるんだよ!」

 その言葉に応えるように巣刈が足を止めると、線路の下を指差した。

 逞生は、恐る恐る下を見て驚いた。

 駿城が落ちていたのだ。文字通りに。

 だが、それが重要ではない。

「あれは…48式(ヨンパチしき)!?」

 駿城の方は酷い壊れようだが、奇跡的に強力な砲は無傷に等しい状態でそこ

にあった。

「武士連中が斥候に出たろ?その時に見付けたらしい。偶には連中もいい仕事

するぜ」

 砲を見て巣刈がニヤリと笑う。

「ここのカバネにゃ、甲鉄城の砲は効かないって話だが、あれならイケるん

じゃないか?」

「そりゃ…」

 取り付けられなくはない。だが、作戦の邪魔になる可能性はないのか。

 逞生は、親友が行う作戦を心配した。

「何、ここらにカバネはいないって話だ。こそっと引き上げて取り付ければ

いい。三人じゃどうせ時間掛かるだろ?その間、暇してんならやってもいい

んじゃないか?」

 一理ある意見に逞生は考え込んだ。

 

 巣刈は、それを黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 




 想馬の過去は次か七夕にでも明かされる予定です。
 今回はさわりだけです。

 次回も大分時間が掛かるかと思いますが、気長に
 お付き合い頂ければ幸いです。



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