甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 時間が相変わらず経っていますが、完成しました。
 それではお願いします。


 


第八話

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 想馬達三人はそれぞれ戦闘準備を整えて、既にいつでも出れる態勢になっ

ていた。

 流石に三人共、緊張の色は隠せないようで軽口は出ない。

「それじゃ、二人共並べ」 

 想馬は緑色の濃い液体の瓶に噴霧器を取り付けて、二人に向き直った。

「それが例の薬草か?」

 生駒が興味深そうに瓶を覗き込む。

 残念ながら材料は推し量れない。

「なんか…もう臭いんだけど」

 無名が顔をくしゃくしゃにして言った。

「そういうもんじゃなけりゃ意味がないからな。いくぞ?」

 想馬は容赦なく二人にそれを全身に振り掛けた。

 すると、二人が悶絶して倒れた。倒れて激しくむせていた。

 想馬はそれでも二人の全身に満遍なく薬草を振り掛けていった。

「おいおい。流石に大袈裟じゃないか?」

 逞生が鼻をつまみながらも、呆れた顔で言った。

「バッカじゃないの!?私達は鼻が利くのよ!!これじゃ、鼻が使い物に

ならないわよ!!」

「これは…キツイ」

 無名は文句を涙目で叫び、生駒は珍しく言葉が出てこないようだった。

 想馬は、そんな言葉に取り合う事なく自分に薬草を振り掛けていた。

「これ、本当に効くの!?」

「ああ。今みたいな大声を上げなきゃな」

「……」

 素っ気ない想馬の返事に無名が険しい顔で黙り込む。

 想馬は、そんな無名を見て溜息を吐くと不承不承に口を開いた。

「カバネは血の臭いに反応する。なら、その臭いを消せばいい。単純だろ?

誰が好き好んで悪臭のする食い物口にするよ?食欲を減退させる役割もあ

るんだよ」

「「……」」

 カバネリ二人は、なんとも言えない表情で沈黙した。

 確かに効果を認めざるを得ないと思ったのだろう。

 満遍なく三人共薬草を振り掛け終えて、想馬が口を開く。

「それじゃ、準備はいいな?経路を確認していくぞ?」

「アンタはそれでいいの?」

 想馬はいつもの鎧姿ではなかったし薙刀や銃も持っておらず、刀は背中

に背負い込み腰には鉈のような小太刀が下がっているだけだった。

 それを見て無名は訊いたのだ。

 訊かれた想馬は当たり前と言わんばかりに頷いた。

「今回は戦うのが仕事じゃない。櫓の撤去が第一だ。流石に鎧を着込んで

音を抑えるのは難しいからな」

 淡々とした想馬の答えに無名は、素っ気なく頷いた。

 本人がいいなら、どうでもいいといった感じだった。

 生駒は、そんな無名を見て心配そうに見ただけで何も言わなかった。

 無名もそれに気付いていたが、何も言わずに無視した。

 想馬はそんな二人に何も言う事なく、地図を広げる。

「これは八代駅の連中から聞いた経路だ。窯場の中からいくぞ?」

 想馬は指で経路を指差し、経路をなぞるように動かしながら説明した。

 窯場のパイプは今も大して破壊される事なく存在しているならば、パイ

プの上を人が這って移動する事は可能という事だった。生き残りで窯場の

整備を担当していた人間が生き残っていてくれたお陰で、ボイラーまで比

較的安全に行く事が出来そうである。

「俺と無名は、この経路で侵入する。あとは生駒は説明する事は特にない

が、一応念の為だ。窯場まで経路は途中まで同じだ。一緒に走り、ここで

別れる」

 想馬は言いながら、分岐点でクレーンの方へ指を走らせた。

「いいか。近くにカバネが来たからって慌てるなよ?その薬草は風呂に入

ろうが、二日は臭いが取れない。ボイラーに火が入るまで辛抱しろよ」

 二日は、この臭いと付き合わねばならないと知り生駒と無名は顔を顰め

た。

「よし。確認は済んだな。行くぞ」

 

 三人は甲鉄城を出て走り出した。 

 

 

 

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 最初の分岐点で生駒が分かれる。

「頼んだぞ。二人共」

 小さな声で生駒はそれだけ言うとクレーンに向かって走り出した。

 想馬は黙って頷いたが、無名は相変わらず無視を貫いていた。

 生駒は心配ではあったが、彼自身にもやるべき事がある以上無名の心配

ばかりはしていられない。

 生駒は無名の背から視線を引き剥がすように外すと、慎重に音を立てな

いように気を付けながら、手摺りより下に屈み歩を進める。要は人と思わ

れなければいいと言う想馬の言葉通り、あからさまに怪しいにも拘わらず、

気にもされなかった。

 カバネは知能が著しく低い。悪臭のする正常な人間の動きをしていない

者には反応しないのだ。想馬は経験からそれを知っており、生駒にそれを

伝えたのだ。

 数匹カバネがクレーンの周りをうろついていたが、生駒は上手い事それ

でクレーンに侵入する事に成功した。

 

 生駒と別れた二人もまた窯場が近付いた為に這うように移動していた。

 窯場の周りは巣になっているだけあって、かなりの数のカバネがいたが

特に気にされる事もなかった。

「本当にこんなので気付かないもんなんだ…」

 無名は呆れたように小声で呟いた。

「こっからが問題なんだ。気を抜くなよ」

「分かってるよ」

 ゆっくりとした動作でうろつくカバネをすり抜けてパイプに取り付くと、

器用に登り、先頭の想馬が素早くパイプの点検口の蓋を開けて身体を滑り

込ませる。

 無名もそれに続いて入り込む。

(刀でパイプを擦ったりしないようにしないといけねぇな)

 想馬の体格でも、下手をすれば刀を擦って耳障りな音を出し兼ねない広

さだった。

 ここで変な音を立てれば、折角臭いを隠してもカバネが気にして寄って

きてしまうのだ。特に話し声、悲鳴、怒号などは襲われる要因として一番

である。不審な物音もカバネが餌がいると考えて寄ってくる。

 パイプの下にはカバネが大量に立ち尽くしていた。

(やっぱり統率されてるね)

 無名はそんなカバネを見て内心でそう呟いた。

 普通なら、カバネは餌を探してうろつき回る。だが、このカバネは一切

そんな行動を取らない。無名は統率の具合と生駒が向かったクレーンの周

りにいるカバネから、融合群体の大きさを推し量ろうとしていた。

(巣にしてるカバネは丸ごと支配下って感じだね。少なくとも単身で倒す

のは無理かな。なら、櫓をサッサと撤去する。金剛郭に速く帰って兄様に

会うんだ)

 無名は決意を新たに想馬の後を音を立てずに追った。

 

 ボイラーに辿り着いたが、案の定と言おうか二匹程カバネがうろついて

いた。

 どうやら入口からボイラーに続く経路にカバネを配置しているらしく、

ボイラー付近にはカバネが見当たらなかったのだが、流石に中には多少配

置していたようである。

 パイプの上から想馬と無名が視線を交わす。

 想馬が後を向いた一匹を指差した。

 無名は頷き、眼下にいるカバネに目を遣る。

 無名は、単筒に取り付けてある刃をゆっくりと伸ばした。

 想馬が指を三本上げて無名に見せる。

 一本ずつ下ろしていく。

 全て下した瞬間、二人は動いた。

 一刀で二人は同時に騒がれる前にカバネの首を刎ねた。

 首の転がる音がするが、それは割り切る。

 素早く想馬が動き、ボイラーに火を入れていく。

 ここの融合群体の核となっているカバネが、この場にいるカバネを統率

しているならば、これに気付かれたかもしれない。

 急ぐ必要があった。場合によっては、このまま想馬は囮になる積もりで

いた。

 最後に想馬は目立つレバーを小太刀で切断した。

「いいの?」

 近くに気配がもうないとはいえ、油断はせずに無名が小声で言った。

「何かの拍子ってもんがあるからな」

 想馬は短く答えた。

 カバネの腕が当たってレバーが動いたなどとなれば、この行動は無意味

になる。

 それならば引っ掛からないようにして置けばいい。

「さて、お仕事は終了だ。合流地点まで慎重に…」

「待って!」

 想馬の言葉を遮り、無名が制止の声を上げる。

「どうした?」

「カバネが移動してる」

「何!?」

 

 生駒が見付かったのか、それとも甲鉄城か。

 二人は互いに視線を交わし、ボイラー室の扉を開け放った。

 

 

 

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 三人が作戦を開始した頃、蒸気鍛冶達は武士達に警護を依頼していた。

「駿城から大砲を引き上げる、ですか」

 菖蒲が呟くように言った。

「だが、作戦中だろうしな。こっちでカバネを刺激したとなれば、洒落に

ならんぞ」

 吉備土が悩ましそうに反対を表明する。

 吉備土も有用性は認めるところだが、何より一番危険な任に着いている

者の足を引っ張るのはどうにも頷けなかった。

「48式は、この先も使えますよ。この先アレが手に入る機会はないで

しょ?」

 巣刈は、詐欺師のように滑らかに語るのを、逞生は半ば呆れて見ていた。

(コイツ、必要ならこういう態度も取れるのか。)

 内心で逞生は、ぼやいた。

「この辺にはカバネはいないんだ。少しくらい作業しても大丈夫でしょ?」

 渋い顔をする武士達に巣刈は、勢い込んで利点を次々と上げていった。

 上手い言い回しで流れを引き寄せていく。

「アレが有れば彼奴等の援護だって出来る。時間はそんなに掛からない!」

 語外に彼奴等だけにやらせて情けなくないのか、と言わんばかりであっ

た。

 武士達は正確にその意味を感じ取ってムッとしていた。

「折角、生駒が戦う武器を開発したんじゃないか!それとも怖いとか?」

 最後の仕上げとばかりに巣刈は、武士達を挑発するように言った。

「貴様!」

 激昂した武士を来栖が止める。

「どうでしょう?菖蒲様」

 来栖は菖蒲に判断を委ねた。

 この場での決定権は菖蒲にあるからだ。

 それに来栖にしても何も出来ずに残るなど、怪我をしているとはいえ情

けないという思いがあった。

 巣刈は、そこを突いたのだ。

 やらない理由はない事を刷り込み、最後に挑発と共に誇りを刺激する。

 やり口は単純だが、効果はあるのだ。

 そして、判断を委ねられた菖蒲も武士の娘であった。

「慎重にやってみましょう。何も出来ずに待つだけなど確かに情けないで

すからね」

 菖蒲は少しだけ笑顔を浮かべて答えた。

 内心で巣刈は、ニヤリと笑った。

 それを察して逞生が内心で顔を顰めた。

(こいつ、上手く立ち回りやがるな。注意しとかないと駄目か)

 今回は乗せられてしまったが、注意が必要だと逞生は自省した。

 

 回収作業は怪しい外国人蒸気鍛冶、その名も鈴木が中心となって行われ

る事になった。

 まずは武士達が外に出て、周囲の安全を確認する。

 緊張の表情で武士達が新式蒸気筒を手に飛び出していく。

 通用すると分かっていても、今までがやられっぱなしだった事を考えれ

ば仕様がないだろう。

 しかも、今回は斥候でも防衛戦でもなく護衛である。護衛は防衛線と似

て非なるものである。防衛線は逃げるまで時間を稼ぐか、カバネを撃退す

る事を指している。護衛は言わずもがな護衛対象を護り切ってこそである。

 自分の命を捨てるだけでは足りないのだ。

 武士達が周囲の安全を確認すると、腕を甲鉄城に向けて振った。

 その合図で蒸気鍛冶達が機材を持って、次々と外に飛び出していく。

 全員が冷汗を流しているのは、当然の話だろう。

 鈴木が声を上げない為に取り決めたハンドサインで、指示を効率よく出

している為に段取り良く蒸気鍛冶達が下に落下した駿城に降り立っていく。

 一緒に降りていた武士達も蒸気筒を構えて油断なく辺りを見回していく。

 だが、これだけ気を付けていても不測の事態は起きる。

 一陣の風が緊張で熱くなった身体を冷やしていったのだ。

 全員が心地よい風に助けられたような気になり、作業効率が目に見えて

よくなっていった。

 だが、これがよくなかった。

 緊張による発汗。それも大人数での人の活動は臭いを風で運び、ゆっく

りとカバネ達にその存在を知らしめた。

 

 今まで警備するように動いていたカバネの動きが止まる。

 そして、風上の方へ視線を遣ると、最初はゆっくりとだんだんと速度を

上げて走り出した。それに釣られるように次々とカバネが走り出したのだ。

 

 その頃、作業は48式を駿城から取り外し、引き上げ作業に入っていた。

 鈴木が指揮する優秀な蒸気鍛冶は素早く引き上げるところまで作業を進

めたが、それは中断される事になる。

「カバネが来たぞ!!敵襲!敵襲ーーー!!」

 周囲を警戒していた武士が、緊迫した声を上げ警告を発する。

「皆さん!急いで甲鉄城へ!!」

 菖蒲が蒸気鍛冶達を非難を促す。

 その声に我に返ったように蒸気鍛冶達が慌てて甲鉄城へと駆け込んでい

く。

「陣形を組め!」

 吉備土の号令で武士達が迫り来るカバネに対して道を塞ぐように並び、

蒸気筒を構える。

「まだ撃つなよ!ギリギリまで引き付けるぞ!」

 生駒が改良した事によりカバネにも有効な武器になったとはいえ、有効

射程内に入るまで耐えない事には、仕留め損なう可能性もある。

 

「撃って!!」

 

 吉備土の号令で一斉に射撃が開始され、カバネが倒れていく。

「通じる!通じるぞ!」

 今までは吹き飛ばせれば幸運だったものが、一発でカバネを屠る事が出

来る。

 その事実に武士達は今までの鬱憤を晴らすかのように撃った。

(避難は!?)

 吉備土は残弾を気にしながら、背後を窺うが48式は線路に引き上げられ、

運ばれていく最中だった。

「何やってる!?早く中に入れ!!」

 吉備土が叫ぶが、48式を捨てて逃げる気配はない。

 巣刈と数人の蒸気鍛冶である。

 その中には逞生も冷汗塗れでいた。

(くっそ!ここまできて捨てたら色々と意味がなくなるじゃねえか!)

 逞生は内心で自分の判断と巣刈を呪ったが、ここまでくればなんとして

も意味がある行動だった事にしないと申し訳なさ過ぎる。迷惑は承知して

いたが、止められなかったのだ。それは48式を運ぶ蒸気鍛冶に共通する思

いだった。

 因みに鈴木は、サッサと甲鉄城へ走っていた。

 

 雲霞の如く押し寄せてくるカバネに残弾は乏しくなっていく。

 吉備土達の顔は徐々に強張っていった。

 

 

 

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 その頃、生駒といえばボイラーに火が入ったのを確認し、櫓の撤去作業

を開始していた。

 流石にそんな派手な行動に出ればカバネも気付く。

 クレーンの窓を突き破り、カバネが飛び掛かってくるのを生駒は貫き筒

で撃退するか、腕を盾として淡々と作業していた。表面上は。

(早く、早く!でも、焦るな!)

 呪文のように内心でこれを繰り返し作業に没頭する。

 クレーンの位置から甲鉄城は見えないが、何かあった事だけは分かる。

 自分に襲い掛かるカバネ以外は、甲鉄城の方向へ走っているのだから。

 生駒はクレーンを器用に操ると櫓を遂に線路から撤去し、ついでとばか

りに櫓を走るカバネの上に落としてやった。 

 もうバレているのだから自重する必要もない。

 戦う以外の道はもうないのだ。

 少しでも甲鉄城へ行かせない為に生駒は、更にクレーンで掴めそうなも

のを探し、適当な鉄骨を見付けてフックに引っ掛けると持ち上げる。

 そして、それを落とす。

 カバネの動きが止まり、生駒がいるクレーンに視線が集中する。

(いいぞ!こっちだ!こっちを向け!俺が相手になってやるぞ!)

 生駒は戦意を漲らせ、カバネを睨み付けた。

 腕に噛り付いているカバネを貫き筒で吹き飛ばし、破られた窓から飛び

降りると、自らの武器を構えた。

「さあ!相手になってやるぞ!こい!!」

 生駒は無謀と知りつつも、咆哮を上げるように叫んだ。

 

 カバネがその声に応えるように生駒に殺到した。

 

 

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 想馬と無名が窯場から出た時には、もう滅茶苦茶だった。

 線路からは櫓は撤去されていたが、昼間でも分かるくらいに銃の煙が立

ち昇っていた。

 おそらく生駒も戦闘を開始しているだろう事は、容易に想像出来た。

「何やってんだか…」

 無名は軽蔑の視線を甲鉄城の砲へ向けている。

 想馬も今度ばかりは窘めなかった。

 それはまさに相馬の言いたい事でもあったからだ。

「まさかこうなるとはな。逃げ切れるかね…」

 想馬は冷汗が背に伝うのを感じながら、あくまで飄々と言った。

「いつ動くか分からないよ。急いだ方がいいんじゃない?」

「正論だな」

 想馬は覚悟を決めると走り出した。

 無名もすぐに想馬を追い越して駆け抜けていく。

 カバネが反転してこちらに向かってくるのを、二人だけで迎撃する。

 無名が素早さを駆使してカバネを翻弄し、短筒で至近距離で弾丸を叩き

込む。

 カバネの注意が無名に向いた隙に、相馬は背負った刀を抜き放ちカバネ

の首に刃を叩き付けると勢いよく首が跳ね飛ばされた。

 核となっているカバネが優秀なのか、その段階でカバネが二手に分かれ

て攻撃を仕掛けるが、そんな小賢しい手段が通じる二人ではなかった。

 鎧を身に着けていない想馬は、苦戦するかのように思われたが、そうで

はなかった。鎧がない分、俊敏にカバネの攻撃を掻い潜り、カバネの首を

刎ね飛ばしていく。

 無名も多少の連携如きで倒される腕前ではなく、いつもの軽業師のよう

な身の熟しからは想像出来ない程、最小限の動きでカバネの心臓を貫き、

撃ち抜いていく。いつも以上に研ぎ澄まされていた。

 その場のカバネが、いなくなるのにそれ程の時間は掛からなかった。

 二人が背中合わせに立っている周りは、カバネの屍で覆われていた。

「鎧がないと厳しいかと思ったけど、やるね」

「馬鹿にしてくれるな。道具は道具だ。使う奴の腕次第だろう」

 無名は、その返事にニヤリとしそうになって、慌てて笑みを引っ込めた。

(駄目だ!私は刃なんだから!)

 想馬を頼もしいと感じてしまった自分を戒める。

「行くよ。まさか本当に徒歩で金剛郭に行くなんて洒落にならない」

 そう言うと無名は想馬の返事も聞かずに走り出した。

 

 想馬もその背に視線を向けると、何も言わずに後を追った。

 

 

 

 

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 巣刈にしてみれば、これは自分の都合などではなかった筈だった。

 だが、結果としてこんな事態を招いてしまった。

 他の蒸気鍛冶からは非難の視線が向けられる。

 今は非常時だから言葉が出てこないだけで、落ち着いたら拳や蹴りと共

に罵倒の嵐だろう。

 だが、巣刈に謝る気はなかった。

 これは必要だと今でも確信を持って言えるからだ。

 

 巣刈の父はやはり駿城に乗っていた。運転士として。

 自分も父のようになりたいと望んでいた。

『今度帰ったら、親方にお前の事を頼んでやる!だからいい子で待って

ろ!』

 運転士になりたいと言った巣刈に、父は別れ際にそう約束した。

 男同士の約束だった。それは守られなければならないものだった。

 だが、父はカバネに呑まれて駿城と共に他の駅を巻き込み、死んだ。

 正確には、その駅でカバネとして今も彷徨っているのかもしれない。

 巣刈に悲しむ余裕は存在しなかった。

 周囲の態度は一変し、巣刈に冷ややかになった。

 生きるのが難しくなった。

 だが、周りを見回してみれば自分の不幸はありふれたものであると気付

いた。

 当然の事だった。駿城で働いていた家族は近くにいたのだから。

 自分の同類は大勢いたのだ。

 自分を見て、他人を見比べる事が出来た。どうすればいいのかを。

 そんな事があって、巣刈は委縮するのではなく世間というものがどうい

うものかを学んだ。

 つまり他人は自分の都合など知った事ではないのだ。

 なら、気を遣う必要がどこにある?

 駅の中では職になど就けなかった。

 だからこそ、考える時間は山のようにあった。

 どうしてこうなったのか、巣刈は考え続けた。

 結果、巣刈は駿城が初めて造られてから、殆ど変化していない事が分

かった。

 これこそが問題だったのだ。

 それ以来、巣刈は父と同じ運転士ではなく蒸気鍛冶を目指した。

 駿城は頑丈なだけでは駄目だ。カバネを撃退出来る武器、砲が必要だ。

 それは働けば働く程に強く感じるようになった。

 だから、48式を見た時、なんとしても取り付けたかったのだ。

 この先の為に。

 

 なんとか48式を搬入すると、甲鉄城がゆっくりと動き出した。

 武士達は既に残弾を撃ち尽くし、腰の刀を抜いて追い払っていた。

 数人の武士が倒れたところにカバネに殺到され、血を吸われていた。

 それでも戦いになっていた。

 武士の目に恐怖はあれど、戦意は辛うじて失っていなかった。

 武士達が遭遇する初めての修羅場であった。

「撤退!」

 来栖が身を乗り出して、吉備土達に命じる。

「殿は引き受ける!徐々に下がれ!」

 吉備土達数人の武士が更に前に出て、カバネを斬り倒す。

 吉備土の膂力は強化された刀で心臓被膜を叩き割るように切り裂いた。

 他の殿も上手く首を刎ねる事に注力していた。

 カバネの数は若干であるが、少なくなっている。

 生駒や想馬、無名の奮闘故である。

 

 だが、これはまだ前哨戦に過ぎない。

 

 

 

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 想馬と無名は、敵を掃討しつつ甲鉄城へ走り続けていた。

 当初の予定であれば、遠の昔に脱出していて然るべきであった。

「無名!一人で先行し過ぎた!甲鉄城の周りには、カバネが大挙して押し

掛けているんだぞ!」

 先行し過ぎれば、最悪各個撃破される危険がある。

「だったらアンタが急げばいいでしょ。鎧ないから軽いんでしょ?」

 想馬は内心舌打ちして、無名の背を追った。

 想馬も人としては規格外と言えるが、流石にカバネの身軽な無名と速さ

で勝負は出来ない。

 どうにか離されないようにするのが、精一杯な有様だった。

 

 一方、生駒はと言えば満身創痍もいいところであった。

 何分、想馬のような武も無名のように上手く自分の身体を使いこなせる

訳ではないのだから仕様がない。

 それでもカバネリの頑丈さと傷の治りの早さで襲い来るカバネを退け、

今は甲鉄城に向けて走り出していた。

 無名と比べても、想馬と比べてすら遅い走りだったが。

「遅いよ」

「っ!?」

 走る生駒に突然声が掛かる。

 無名である。

 撤去作業とカバネの阻止をしていた所為で、想馬達に追い付かれたのだ。

 苛立ち交じりの声を受けて生駒もムッとするが、実際想馬にも追い抜か

れてしまうのでは、生駒も何も言えない。

 カバネリである彼にはおかしな表現だが、死ぬ気で走ってどうにか想馬

に付いていっているだけである。

 戦う余力が残っているかどうか怪しい。

 甲鉄城が撤退している姿が見えてきたところで、カバネリ二人が急停止

した。

「どうした?」

 多少息を乱しているが、まだ余裕を残している想馬が二人を怪訝そうに

見た。

 無名の顔は緊張で強張っていた。

 生駒の顔にも恐怖の感情が浮かんでいた。

 それを見て、想馬は察する。

 

 最悪の事態が起こった事を。

 

 

 

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 撤退を開始した吉備土達にも、それは感じられた。

 空気が変わった事を否が応でも分からされる。

 自分の足元から。

「早く甲鉄城の中へ急げ!!」

 吉備土達は弾かれたように声の方を見る。

 想馬達だった。

(こっちの応援に来てくれたのか…)

 吉備土は申し訳ない気持ちになった。

 結果的に危険な仕事を遣らせたにも関わらずに、こっちで足を引っ張っ

た形である。

 蒸気筒が今使用出来なかった事に感謝しなければならない。

 今のこの状況では反射的に発砲していたかもしれない。

「甲鉄城を格納庫へ入れて扉を閉めろ!!急げ!!」

 想馬はあらん限りの声で叫ぶ。少しでも犠牲を少なくする為に。

 足元で何かが蠢いている。黒い何かが。

 それが徐々に形となり、動物の手のようになり、線路を支える柱と掴む。

 腕が持ち上がり、身体が姿を現した。

「かなりデカいな…」

 想馬も流石に冷汗を流す。

「計画がハマらなかった以上、グチャグチャ言っても始まらないでしょ!」

「それは、そうだけど…。あんなのどうやって倒すんだ!?」

 無名の一見強気な言葉も緊張で声が固い。

 生駒も流石にどうすべきか判断が出来ない状態だった。

 無名は短筒を手にしていても攻撃に移れない。

 下手に攻撃しても効かないし、今速度を上げて昇って来られたら、この

三人は逃げられない。

「取り敢えず、注意を逸らすぞ」

「正気?」

「ここに残ったのは、なんの為だ?ここで見学する為じゃないだろう」

 想馬は、それだけ言うと懐から自決袋を複数取り出した。

「無名も持ってるな?あるだけ落とせ」

「持ってきてるけど、核まで道を開く事も難しそうだよ?」

「誰が倒すって言った。注意を逸らすって言ったんだ」

 そして、冷徹とも言える冷静さで融合群体が完全に形になるのを待つ。

 形になってからは速かった。

 物凄い速さで昇ってくる。

 その巨体からくる迫力と恐怖で三人は、冷汗が噴き出る。

「今だ」

 想馬の合図で無名も自分の持ち出した自決袋を落とす。

「撃て」

 無名が山の戦いで用いた戦法である。

 それだけで無名は意図を汲み取った。

 今は想馬は銃を持っていないのだから、無名が撃つしかないないのだが。

 弾丸は見事に自決袋の一つに着弾し、次々と誘爆していく。 

 爆発で張り付いていたカバネが剥がれ、下へと落ちていく。

 それでも少し目減りしたくらいで、速度を落とさず昇ってくる。

「よし。二人は甲鉄城へ走れ」

「えっ!?」

「でも!」

 想馬の言葉に二人共戸惑う。

「急げ!!」

 次の瞬間、予想もしていない行動に想馬は出た。

 飛び降りたのである。

 融合群体の顔に。

「想馬!!」

 無名が声を上げる。

 だが、それに想馬が反応する事はない。

 飛び降りてきた餌に、融合群体が反応する。

 死の口が大きく開かれる。

 だが、その前に想馬が懐から一つ残していた自決袋を取り出し投げる。

 開ききっていない唇部分に近距離で、衝撃と紐が抜かれた事で爆発する

と爆風でほんの少し口の開きが鈍り、想馬も爆風でほんの僅か着地点が

ズレる。

 そして、見事に下顎部分に刀を突き刺し止まると、素早く上体を起こし

て立ち上がると、すかさず飛び上がり融合群体の頭に限界まで振りかぶっ

た刀を振り下ろす。

「疾ぃぃぃぃーーー!!」

 気合一閃融合群体の頭が断ち割れる。

 だが、そんな事で融合群体が怯む筈もなく怒りの咆哮を上げる。

 固まっていたカバネが一部制御を離れて想馬に殺到する。

 普通ならばそこで呑まれて死ぬところだが、想馬は普通ではなかった。

 恐るべき第六感と反射神経でカバネの爪や顎から逃れ、それ以外の部分

を蹴り付けて加速しつつカバネを斬り裂いていく。

 更に融合群体の腕が想馬に向けて振るわれるが、これも常人離れした脚

力でカバネを蹴り付けて難を逃れる。

 制御を離れているカバネは融合群体の手で潰される。

「「……」」

 それを見ている二人は声も出なかった。

 四方八方から攻撃がくるのだ。

 ほんの刹那判断を違えれば、跡形もなく死ぬ。

 そんな戦いの中、想馬は壮絶な笑みを浮かべていた。

 返り血と肉片の中を。

 

 その光景は、想馬が生命を全て燃料に燃えているように幻視された。

 何しろ、狩方衆が最高の装備で出陣して相手取る融合群体に、たった一

人で戦っているのだ。しかも、足場は悉くカバネである。そこを苦にもせ

ずに戦うなど尋常ではない。

 無名は、その様を見て心が騒めいた。

(このままでいいの?)

 すぐにも逃げる選択をすべき、無名の本能はそう告げていた。

 だが、無名の脳裏には今までたった数度の戦闘と、甲鉄城で色々と世話

を焼いてくれていた想馬の姿が消えなかった。

 思えば、無名にあれこれと構ってくれたのは、想馬と生駒であった。

 狩方衆の仲間達よりも。

 無名はそこに温かさと、心地よさを感じていたのだ。

 だが、無名は主のある刃だ。振るうべき主がいない以上、主の元へ帰るの

が第一である。そんな事は無名にも分かっていた。

 

『逃げるのは恥ではないよ。我々が恥ずべきは蛮勇だ』

 

 戦国の世と価値観が変わった武士の間で、背を向けるのは恥じであると

いう風潮が未だ存在している。

 カバネ相手であっても恐れずに戦うべきと。

 だからこそ、逃げてきた領主に金剛郭は厳しい判断を下す事が多い。

 そんな中、無名の主は堂々とその考えを否定した。

 それを聞いて、無名は主を当然の事としながらも誇らしかった。

 今、想馬に加勢するのは蛮勇に当たる。

 だが、身体が動いた。

 

 次の瞬間には無名は空中にいた。 

 

 

 

          9

 

「無名!?」

 生駒の声が後から聞こえる。

 無名は、今までの疲労が緩和していく奇妙な感覚を覚えた。

 それどころか、身体が羽みたいに軽くなっていく。

 空中で軽業師のように身体回転させ、回転軸をズラす事で空中で軌道を

変える。

 そして、丁度想馬を背後から急襲しようとしたカバネの上に着地した。

 着地と同時に足を振り上げ、踵でカバネの顔面を蹴り上げる。

 カバネが群体から離れ落下していく。

「おい!どうして来てるんだ!?」

 想馬が怒りの表情で無名を怒鳴る。

「決まってるでしょ!!楯が生駒だけじゃ不安だからよ!!」

 想馬はそれを聞いて呆れたように溜息を吐いた。

「今、命懸けで戦ってるって覚えてる!?」

 僅かな隙を突いて襲い来るカバネを無名が、想馬と位置を入れ替わりつ

つ短筒に仕込まれた刃で首刎ねる。

「どうやら死にたいらしいな!!」

「生憎とそんな積もりない!!」

 この憎まれ口を叩いている間も、二人は絶え間なく動き続けている。

 カバネリである無名は兎も角、想馬は人間離れしていると言っていい。

 だが、ここで融合群体の動きが変わった。

 何かを迎え入れるように停止したのだ。

 二人が疑問に思うより、答えの方がやってきた。

 追加のカバネが二体飛び乗ってきたのだ。

 周りのカバネは、その二体の道を開ける。

 その二体は無手ではあったが、他のカバネと雰囲気が異なった。

「ワザトリ…」

 無名が呟くように言った。

 二人の集中力が高まる。

 わざわざ他のカバネを遠ざけてまで迎え入れたのだ。

 普通のワザトリではあるまい。

 山で戦った鎧武者のようなカバネである事を本能的に二人は理解して

いた。

 二体がそれぞれ構える。

「やはり近接戦闘を得意とした奴か」

 想馬の言葉を合図にして二体が流れるように間合いを詰める。

 無駄がなく、カバネの身体能力で恐るべき素早さで懐に入り込んでくる。

 想馬は辛うじて受け流したが、続けざまに想馬を捕まえようとする。

(格闘主体じゃない。これは…柔術だ)

 腕など掴まれようものなら、投げ飛ばされてしまうだろう。

 想馬以上に苦戦を強いられているのが、無名である。

 こちらは完全に蹴り、拳を繰り出す格闘術である。

 辛うじて拳を避けると、狙い澄ました蹴りがくる。

 無名の利点である素早さを十全に発揮出来ない状態だと、身体の小さい

無名には蹴りを受けてしまうと吹っ飛ばされる。

 ギリギリのところで下へ落とされるような事にはなっていないが、畳み

込まれたら如何に頑丈なカバネリと言えども死が待っているだろう。

 それでも無名に焦りは生まれない。

 やけに静かな心持ちだった。

 冷静に最小限の動きで、決定打を回避している。

 追い詰められてもギリギリで躱し、逃れる。

「無名!想馬!」

 生駒の声が上から降ってくる。

 文字通り逃げるという選択肢がない男・生駒が同様に無謀にも飛び降り

たのである。

 落下物のように無名と戦うワザトリに落ちてきた。

 無論、カバネもボケっとそれを眺めていた訳ではないが、無名が不敵な

笑みを浮かべて膝に銃弾を着弾させる。

 ワザトリは驚きの声を上げて動きが鈍った為に、生駒を受け止める羽目

になった。

「生駒!アンタにしては上出来だよ!」

 無名が止めを刺そうとしたその時だった。

 融合群体が動いた。

「無名!生駒!避けろ!」

 想馬の切羽詰まった叫び声が響くが、反応が間に合わない。

 別に融合群体はワザトリに一騎打ちさせようと止まったのではないのだ。

 飛び回る蠅の如き想馬達の動きを止めるのが目的だったのだ。

「「っ!?」」

 咄嗟に衝撃に二人は備えようとしたが、それは別方向からの衝撃で無駄

になった。

 想馬が眼前のワザトリの足を斬り付け足止めを行い、その隙に二人に向

けて突進し体当たりしたのである。

 軽い無名は勿論、生駒も吹き飛んだ。

 線路に張り巡らせてある鉄骨の方向へ。

 二人は吹き飛ばされつつも鉄骨を掴み、落下と融合群体の手で挽肉にな

るのを回避した。

 だが、二人は目にした。

 人体が壊れる嫌な音と共に想馬が吹き飛ばされるのを。

「想馬!!」

 無名の声が虚しく響いた。

 想馬は、巨大な腕に弾き飛ばされて壁に張り付くように存在する家屋に

突っ込んで止まった。

 融合群体の顔が二人を捉えていた。

 あまりの出来事に、生駒が固まったまま呆然と想馬が吹き飛んだ場所を

見ている。

 無名は血が出る程唇を噛み締めて震えた。

 そして、鉄骨を伝って走る。

「どけぇぇぇーー!!」

 

 融合群体の腕が無名に向けて放たれた。

 

 

 

          10

 

 並外れて強靭な身体をしていても、所詮は人間である想馬は動けなかっ

た。意識を保っているだけでも怪物と言っていい。

 だが、それは死を待つだけの状態であった。

 想馬は自分の死を悟った。

(なんであんな事をしたのかね。)

 想馬は自問自答したが、苦笑いしか浮かばない。

 そんなのは決まっている。

 武士でなくなったのに、浪人としてカバネと戦い続けた。

 武士の意地などない。寧ろ馬鹿な連中とすら思っているのに。

 ようは自分が死ぬに相応しい戦場を探していただけの話だ。

 口では自分の命を大切にしているように言っても、武士としての価値観

を失くし、何もなくなってしまった自分には戦しか残らなかったのだから。

 嘲笑が浮かぶ。

(野垂れ死ぬと思っていたが、彼奴等みたいないい馬鹿を庇って死ねるな

ら上等な死に様だ。)

 

 景色が変わる。

 どこかの屋敷だ。

 見覚えがある。

 自分の家だった場所だ。

 

「龍丸!お前の母は亡くなったが、お前は俺が立派な武士に育て上げて見

せよう!」

 父が大きい。

(ああ。これは餓鬼の頃の俺だ。)

 

 想馬は自分が走馬灯を見ていると他人事のように悟った。

 

 

 

 

 

 




 次回は想馬の過去が明かされます。
 これから物語は折り返し地点に差し掛かります。
 これからも時間が掛かると思いますが、気長に
 お付き合い頂ければ幸いです。
 
 
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