甲鉄城のカバネリ 鬼   作:孤独ボッチ

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 長い時間が掛かりました。
 まだ、折れていません。
 折れそうではありますが…。
 それではお願いします。



 


第九話

          1

 

 幼い想馬が父・闘馬を見上げている。

 闘馬は、がっしりとした体格に実戦的な筋肉を持つ戦馬鹿だった。

 想馬は今更こんな事を思い出すとはと苦々しく思ったが、止める事も出来ない。

 場面は突然切り替わる。

 

 幼い子供と自分が向かい合っている。

 誰かはすぐに思い出した。

 駅を治めていた領主の嫡男だ。

 名を龍王丸といった。

 この人物は、想馬より二つ程年が上で、目通りしたのは想馬が七つの頃で向こうは九つだった。

 この嫡男が問題児で、困った我儘小僧だったのである。

 その悪戯は、素戔嗚尊の如くと言えば多少はどれ程周りが困ったか分かるだろう。

 重要な書類を遊びに使い汚損させるわ、猫の死骸を女に投げるなど、まさに最初に登場する素戔嗚尊のようであった。

 であるので、この嫡男の評判は頗る悪かった。

 そして、その想馬の幼名が龍丸である。

 当然の如く関係している。

 闘馬は、自分の主君の嫡男の名を真似たのである。

(コイツとは最後まで折り合いが悪かった。仕様がないが、俺の所為じゃないんだがな)

 武士達を束ねる立場であった父は、王は若様にお譲りし若様の忠実なる臣下となるよう名付けたと言って憚らなかった。

 だが、当人も含めて面白い訳もない。

 例え、どうしようもない馬鹿であったとしてもご世継ぎである。

 実のところは、闘馬は我儘放題のこの嫡男が嫌いだったのだと想馬は睨んでいた。

 自分の子供ならば、あの馬鹿程度どうとでもあしらえると根拠のない自信を持っていた節もあった。

 当の想馬からすれば迷惑以外の何物でもない。

 だが、父の教えはとんでもく厳しく過酷なものだった所為で、馬鹿息子の相手など迷惑であっても、父の思惑通りにあしらえなくなかったのである。

「貴様の父は愚か者だな。カバネと刀で戦うなどと言って憚らないそうだな?父が愚かであれば息子もまた愚かであろう。今ならまだ間に合おう。名を改めるが良かろう」

 これが出会って挨拶した直後の言葉である。

「恐れながら若様は龍王であられます。私などは龍と言っても蛇のような木っ端であります。それに元服すれば自然と名も改める事になりましょう」

 想馬は、子供ながら父の言い訳は使い、そちらは大層な名なのだから気にするなと言ったのだ。

 馬鹿息子はブルブルと真っ赤になって怒りに震えた。

 年下から平然と言い返され、領主の嫡男としての誇りだけが膨れ上がった子供は今にも脇差に手を掛けて抜きそうだった。

 本来ならば木刀も小さいものを持たされる年の筈の想馬は、この頃既に父から脇差を与えられ、それで鍛錬していたのである。

 武辺者である闘馬ならではの話だった。

 故に父が持つ刀なら恐れ戦いただろうが、子供の刃を見ても当時の想馬ですら警戒はしても恐れはなかった。

 同様に馬鹿息子も持っていた脇差に手を掛けていたが、一向に恐怖の表情を出さない想馬に内心で慌てたのか脇差を抜こうとして周りから止められていた。

 この件からも想馬の株は上がり、馬鹿息子は更に評判を落としたのだった。

 これも父である闘馬の狙い通りだったのかもしれない。

 だが、当然ながらこれは上手い手ではない。

 息子を使った嫌がらせは、弊害を多く生み出した。

 戦のやり方に関しての批判である。

 闘馬は、以前から恐怖を捨てカバネと呼ばれ出したあの不死者を刃をもって倒す事を主張していた。

 だが、ただでさえ銃の時代へと変わった世の中で、彼の主張は白眼視され、時代遅れと陰口を叩かれた。

 真っ先にその流れに乗り、闘馬を貶めたのが嫡男を擁する勢力だった。

 政治に強い影響力をもっていた嫡男を擁する勢力は、闘馬から発言力を完全に奪ってしまった。

 闘馬は、悔し気に震えていたが自業自得だと想馬は今にして思っていた。

 

 もう少し武辺者とはいえ上手くやっていれば、未来は少しは違うものになっただろう。

 

 

 

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 それから数年の時が流れた。

 だが、幸か不幸か闘馬に追い風となる出来事が起きた。

 天鳥美馬を総大将としたカバネの大規模討伐である。

 そこで天鳥美馬は、接近戦がカバネに有効である事を示したのだ。

「見たか!龍丸よ!私は正しかったのだ!流石は上様のご嫡男よ!有象無象の馬鹿共とは出来が違うわ!!」

 日々の鬱憤を晴らすかのように闘馬は、その知らせを受けて叫んだ。

 闘馬は、おそらくこの頃から美馬の一派に声を掛けられていたのだろう。

 馬鹿のような大声は、天下に響いていたようだ。

「お前も初陣を早く飾らぬとな!美馬様はお前と幾つも変わらぬ年だ!将来は、こんな片田舎ではなく美馬様のお役に立てるように励め!」

 言われた想馬としては、あまり愉快な気分ではなかった。

 この父の発言が、また自身の首を絞める結果にならなければいいと案じていた。

 

 そして、その懸念は的中する事となる。

 

 

 

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 その報は、素早く日ノ本を駆け巡った。

 悪い知らせ程、早く広がるもので、想馬の住む駅にも何倍もの速さで届いた。

 天鳥美馬がカバネ攻めに結果として失敗し、大敗したのである。

 それは幕府の兵站の意図した停滞の所為ではあるが、結果は結果として喧伝された。

 勿論、真実は伏せた形で。

「恥を知らぬのか!こんな事を民の誰が望むというのか!!」

 同じ信奉者から聞かされた事実に闘馬は怒りに震えた。

 美馬は辛うじて逃げ延びたようだが、犠牲となった兵は戦国の世や開国の時の戦以来の死傷者が出た。

 これにより、美馬は廃嫡され謹慎しているという。

「上様も上様だ!誰の口車に乗ったかは知らぬが、実の息子だぞ!?」

 この件から少し持ち直した評判が地に落ちる事になった。

 領主の嫡男を擁する勢力が、それ見た事かと敗戦を喧伝し闘馬の考えを否定したのである。

 流石に出た結果に関しては、他の武士達も嫡男側に理があると認め、闘馬を白い眼で見た。

 それでも闘馬は、自身の主張を変えなかった。

 息子に自分の戦い方を叩き込み続けた。

 想馬も父を信じて、厳しい鍛錬に耐えた。

 周りは、そんな無駄な鍛錬をやらされる想馬に内心だけで同情した。

 

 そんな或る日の事である。

 闘馬が珍しく早く家に帰ってきた。

 想馬は慌てて玄関へ向かい父を迎えた。

「父上。今日はどうされたのですか?」

 闘馬は珍しく上機嫌だった。

「龍丸よ!喜べ!元服の日取りが決まったぞ」

 段々と廃れてきた烏帽子親という制度だが、この田舎では厳然と生き残っていた。

 自分の烏帽子親になる人間などいないだろうと、当時の想馬は半ば諦めていた。

 それだけに驚いてしまった。

 確かに年の頃なら元服してもおかしくはない年だったのだ。

 その物好きは、家老だった。

 政争に敗れたにも拘らず、どうにか家老の地位だけは護っている人物である。

 その代わり家老という重職になりながら、ほぼ無視されていると言っていい有様だった。

 嘗ては切れ者として名を馳せていたが、今では完全に昼行燈と化していた。

 だからこそ、家老から無理に引き摺り下ろされなかったのだろう。

 だが、その影響力が完全に損なわれた訳ではない。

 曲がりなりにも家老なのだ。

 その家老が烏帽子親になるというのは、どういう事なのか?

 当時の想馬ですら不思議に思ったというのに、武辺者の父は気にならないらしかった。

 

 そして、元服の儀当日の事である。

 元服の儀はなんと家老の屋敷でやってくれるというので、親子は緊張に身を固くして屋敷を訪れた。

 部屋に通されると、すぐに衣装の着付けを開始する。

 あちらも忙しい身である。

 段取りは素早く的確に進んでいった。

 こうして、想馬は準備万端に支度を済ませていたが、こういう時に限って厠へ行きたくなってしまった。

 一々着付けし直すのも面倒ではあるが、万が一粗相をしたとなれば恥では済まない。

 想馬は溜息を一つ吐くと、素早く立ち上がり厠へと向かった。

 途中で家人を捕まえて厠の場所を訊こうとするが、これまたこういう時に限って人に出会わない。

 仕様がないので、それらしき場所に当たりを付けて歩き回る。

 そして、人の話し声を聞き付けた。

(人がいる。漸く厠へ行けそうだ…)

 安堵して、そちらに向かうが想馬の足が止まる。

 不穏な会話が漏れ聞こえてきたからだ。

 一人は家老、一人は立場は不明だが家臣か何かのようだ。

「永羽の駅が飲まれたそうだ」

「永羽が…」

 永羽とは想馬のいる駅の隣に位置する駅である。

「それで、あの愚か者の倅の烏帽子親を買って出られたのですか…」

「若様達も手が付けられぬわ。ああしたものは使い様だ。上手く煽てていざという時に使い捨てればよいというのに、追い詰め過ぎる」

 家老の苦々しい小さな声が想馬の耳に滑り込んでくる。

「存外早く役に立って貰う事になるやもしれぬ」

「次はここにやってくると?」

「連中の考えは分からぬ。考えなどないのやもしれぬ」

 想馬は、気配を消しつつ少しづつ焦らずにその場を離れた。

 これも武辺者の父の薫陶のなせる業である。

(それで引き受けてくれたのか…)

 やっぱり碌な理由ではなかった。

 だからといって、こちらから断る訳にもいかない。

 

 そしてこの日、龍丸から想馬となった。

 

 

 

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 元服し、想馬にも仕事が割り振られた。

 駅の防壁の上での警戒に組み込まれたのだ。

 本来であれば、下級武士の仕事であるが力関係で劣る想馬の家では、このような事も仕方のない事だった。

 それでもお勤めはお勤め。精一杯励んだ。

 周りから軽んじられようが。

 

 だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 物資運搬の駿城がその凶報を持ってきた。

 厳重な身体検査と血塗れの駿城。

 想馬にとって既に見慣れた日常だったが、その日は違った。

「大変だぁ!!」

 検査も受けずに蒸気鍛冶の一人が、転がるように飛び出してきたのである。

「貴様!勝手に出るな!!」

「それどころじゃねぇんだよ!!カバネが来るぞ!!すげぇ数だ!!」

 瞬時に辺りが静まり返る。

「貴様等!!カバネを連れて来たと申すか!!」

 武士の一人が激昂し、声を荒げる。

 その声で呪縛が解けたように大混乱となった。

「静まれ!!静まれ!!」

 誰も耳を貸さない。

 想馬は、そんな武士達を冷ややかに一瞥すると、そっと抜け出し防壁の物見台へ登っていく。

「なんだ!?」

 そこに詰めていた武士が想馬を嫌そうに見遣ったが、無視して押し退ける。

「貴様!なんだと…」

 手で制し、想馬は続きを言わせなかった。

「来る」

「何が来ると…っ!?」

 赤黒い塊の様になったカバネの群れがゆっくりと駅に向かってくる姿が見えた。

「か、鐘を鳴らせ!!」

 慌てた武士が乱雑に鐘を鳴らす。

 この駅で初めて大規模なカバネの接近を知らせる鐘が鳴り響いた。

 まさに雲霞の如くカバネが押し寄せてきた。

 想馬は、それを見届けると父の元へと走った。

 

 危急を知らせた駿城は既に補給すら満足にせずに駅を出発して行った。

 その事にすら、駅に住む人間は気付かない程に混乱に陥っていた。

 

 

 

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 住民は大混乱に陥っていた。

 武士も声を張り上げているが、そんなものが耳に入る訳もない。

 想馬は、その混乱の波を搔き分けて我が家へと急ぐ。

「父上!」

 想馬が駆け込んだ頃には、闘馬は既に甲冑を身に纏い戦支度を終えていた。

「騒ぐでない。状況は既に聞き及んでおる。武士としての務めを果たす時がきた」

 闘馬の顔に恐れはない。

 それどころか未だかつてない程に生気に満ちた顔をしていた。

 漸く訪れた戦の時なのだから当然だろう。

「御家老にお話する。まずはそこからよ。あの御仁は話の分かる方だ。きっと力になってくれよう」

 想馬の脳裏には、あの時の家老の言葉が鮮明に思い浮かべられたが故に、唇を嚙んで言葉を押し留めた。

 家老は自分達を捨て駒程度にしか思っていない。

 戦力の確保は出来るのか、想馬には不安でならなかった。

 それでもやる事に違いがある訳でもない。

 想馬は自分にそう言い聞かせると、自身も戦支度を始めた。

 カバネにいつ襲われるともしれない状況故に、想馬の家には常に武器と甲冑がすぐに出せるようになっていた。

 そのお陰で想馬はすぐに支度を済ます事が出来た。

「参るぞ」

 闘馬は意気揚々と歩き出す。

 想馬はその背を無言で追った。

 

「うむ。危機的な状況であるし、御領主には私から話しておこう。戦力はこちらで抽出するがよいか?」

 家老の屋敷は既に人しかいない状況だった。

 荷はどこかに運び込んだ後のようだ。

(素早いな。どうやったのか…)

 想馬は内心で呆れた。

「武器は鎗か薙刀、刀も大量に用意し指定の場所に置いて頂きたい。勿論、集めた連中にも鎗などを持たせて下さい」

 家老は闘馬の戦の仕方を知っていたが、実際に言われると一筋冷汗を垂らした。

「それは…厳しい条件だな」

 辛うじて家老は、それだけ絞り出すように言った。

「この駅を守りたいと御家老がお思いになるのなら是が非でも叶えて頂きたい」

「…やってみよう」

 闘馬の圧力に押されるように、家老は頷いた。

 

 親子二人は、冷汗を垂らす家老を置いて屋敷を後にした。

 

 

 

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 集まった武士達は、如何にもはみ出し者といった風情だった。

 もうカバネとの戦は戦端が開かれているというのに、到着の遅い闘馬達に苛立ちを隠せない様子が見て取れた。

 そんな闘馬は平然と声を掛ける。

「ふむ。面構えだけはいいが、度胸と腕が伴うのかどうかだな」

 不機嫌さを隠そうともせずに闘馬を睨み付ける連中に、当の本人は全く気にした様子はない。

 殺気立った視線を平然と受け止めている。

「これよりカバネの殲滅に入る。本来であれば貴殿等の実力と胆力を見たいところではあるが、非常事態の為やむを得ない。このまま出陣する」

「本気で言ってるのか?この銃の時代に薙刀に槍に刀だ?それに付き合うなんて冗談ではない」

 闘馬の宣言に、集まった一人が決定的な一言を言う。

「ほう?冗談ではない?では、貴殿はどうするのか?蒸気筒でも担いで壁に張り付くのか?」

「決まっている」

「貴方の思想は知っているが、出来るとは思えない。現に同じような考えの餓鬼が失敗したばかりではないか」

 最初の一人が、斬り込んだところで次々と集まった武士達が本音を漏らし出す。

 だが、ここに鬼よりも悪辣な者が存在した。

「そうか?残念だが防壁などもう破られておるようだぞ?ほれ」

 闘馬は顎で武士達の背後を顎でしゃくってやると、武士達がギョッとして振り返ると、そこには地獄が広がっていた。

(自分の戦の仕方が間違っていないと証明する為、否応なしにやらせる為とはいえ同情するな)

 想馬は、ずっと闘馬と同じ方向を向いていた為、視界にずっと防壁で戦う武士達がやられていくのを見ていた。

 戦慣れしていないこの面々では、音だけでは気付かなかったのだ。

「それでよければ行かれるが良かろう。どれ程止められるか知らんがな。我等親子は武士として最後まで勇戦する覚悟」

 武士達が怪物でも見るような眼で闘馬達を見た。

 集まった武士達も流石に気付いたのだろう。

 自分達がわざと遅く到着した事に。

「どうする?各々方。ここで無駄に死ぬか?」

「…貴様はイカレだ!!」

「イカレ?大いに結構だ」

 狂気すら孕んだ闘馬の目に全員が黙り込んだ。

「まずはそこで見ているがいい。行くぞ?想馬よ」

「はい」

 想馬は短く返事をすると、闘馬と共に駆け出した。

 もう防壁を突破したカバネは散開し、餌である人間を求めて徘徊していた。

 今ならまだ数もそこまで多くない。

 見本を見せるのに丁度いい。

 二匹のカバネが突撃してくる親子に気付いて、駆け出す。

 双方共に速度は一切緩めない。

 想馬は、これが初陣である。

 速度を緩めそうになるのを抑え、震える手で薙刀の柄を握り締める。

 汗で滑らないように祈る。

 それはあまりにも短い時間だったが、途轍もなく永く感じられた。

 そして、衝突。

 闘馬が武辺者としての真価を発揮し、たったの一振りでカバネの首を天高く撥ね上げる。

 想馬も又カバネの腕の大振りを大きく避けると飛び上がり、そのまま薙刀を頸に向かって振り下ろす。

 闘馬のようにはいかなかったが、見事カバネの首を地面に叩き落とした。

 血が雨のように降り注ぐ。

 見守る武士達は声もなかった。

 まさか本当にやるとは思わなかったからだ。

「見たか!!各々方!!どんな生物であれ首を落とせば死ぬのだ!!」

 教示は、それだけではない。

「我々は上手くやったが、いきなり首を落とするのは厳しい。故に各々方には連携が必須である!!」

 今度は連携の見本を見せると闘馬は言っているのだ。

 次々と餌を求めてこちらにやってくるカバネの姿が、想馬にはハッキリと見て取れた。

 最早、防壁は突破され付近に住んでいた住民は、地獄を見ている筈だ。

(武士は、人を護る者じゃなかったのか?これは、正しいのか…)

 想馬は油断なく周囲を警戒していたが、父である闘馬の言葉に疑問を覚えたし、これを有効な方法として父に吹き込んだ白鳥美馬の一派に不信感を持った。

 こちらに気付き走ってくるカバネ三匹を確認し、闘馬と視線を交わす。

 親子ならではの以心伝心で、想馬が薙刀の間合いの広さを利用し、次々とカバネの脚を薙ぎ勢いを殺さずに石突部分で別のカバネの頭を打つ。

 頭を打たれたカバネがあまりの衝撃に転倒し、即座に闘馬に首を断ち斬られる。

 徹底して無力化する為に攻撃を繰り出す想馬と、徹底して止めを刺す闘馬。

 役割分担をハッキリと分かり易く示した。

 それも屠り、振り返れば武士達の親子を見る目は変わっていた。

 狙い通りではあるが、想馬の胸中は複雑だった。

「各々方!!これで分かったであろう!!これより打って出る!!」

「おお…」

 最初は小さい同意。

 そこから波のように広がり、大きくなっていく。

 その顔は、はみ出し者として倦んだところはなく侍の顔となっていた。

 

 そこから、家老に用意させた武器を持ち、カバネへと歩き始めた。

 

 

 

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 流石に、このやり方でカバネを倒せると分かったとはいえ、カバネ相手に接近戦を挑むのは初めての事だ。

 全員緊張の色が隠せない。

 それは想馬も未だにそうである。

 それでも、これ以上犠牲を出さない為にも、武士としての本分を全うする為にも退く訳にはいかない。

 それは他の武士達も宿った思いであった。

 だからこそ、誰も戦列を離れたりしなかった。

 そして、カバネの大群の先頭が見えてきた。

 バラバラに行動するカバネもあれば、纏まったまま行軍するカバネも存在していたのだ。

「カバネが…行軍している!?」

 武士の一人が、狼狽えた声を上げた。

「狼狽えるな!!やる事は変わらない!!各々方!!三人一組でカバネに当たれ!!数が多い故に後退しつつ敵をばらけさせる!!」

 闘馬が一喝され、狼狽えていた武士達も踏み止まる。

 カバネは、餌が目の前に現れた事で行軍を乱す者も現れた。

 まずは、この粗忽者を狩る。

「ふむ。完全に統率出来ている訳ではないようだ」

 逃げ惑う風を装って後退すれば、食い付いてきた。

 この行動で、どれ程統制が取れているか確認したのである。

「反転!!」

 全員が緊張で汗を振り乱しつつも反転し、カバネに逆に襲い掛かる。

 あちらには理性がない為、驚いて動きが鈍る事はなかったが、複雑な思考が可能な訳ではない。

 十匹程のカバネが餌に釣られて虎口に飛び込む。

 三対一とはいえ、人外の身体能力を持ったカバネである。

 慎重に間合いを取り、二人掛かりでカバネの動きを抑制し傷付けていく。

 一撃で倒す必要などない。

 多少、動きが鈍れば良いのだ。

「おおお!!死ね!!地獄へ帰れ!!」

「殺す殺す殺す!!」

 恐怖を紛らわせる為に、あちこちから声が上がる。

 声がカバネを引き寄せるなど、今の彼等に考える余裕はない。

 武士達は死に物狂いで戦いを挑む。

 数の利は人に勝利を齎した。

 想馬達親子と違って、綺麗に首を刎ねる事は出来ずかなりズタズタな有様ではあったが、全員がカバネを殺す事に成功した。

「やった…」

「おおおお!!」

 あちこちで歓喜の声が上がる。

「気を抜くな!!まだまだ敵はいるのだ!!各々方の声でカバネ共が引き寄せられておるわ!!武器構え!!」

 全員がハッと武器を構え、周囲を警戒するとカバネがゆっくりとこちらを包囲しつつあった。

「一点突破!!」

 闘馬は、そう叫ぶと先頭を切って走り出す。

 想馬もそれに続き突撃する。

 成功体験を少しとはいえ積んだ武士達も雄叫びと共に親子に続く。

 戦闘の親子の戦闘能力はずば抜けていた。

 包囲せんと動いたカバネを鎧袖一触で蹴散らしていく。

 止めを刺し損ねたカバネを確実に後から続く武士達が止めを刺していく。

 カバネを食い破り、最初の戦法に戻る。

 追いかけて来たカバネを振り返り様に斬り倒し、また走る。

 動きが鈍ってきたカバネに攻撃を集中させ撃破する。

 包囲を抜け、ただひたすらにカバネを斬る。

「クッソ!刃がもう駄目だ!!」

「こっちもだ!!大して斬り倒してないぞ!!」

 武器が固いカバネを斬った事により消耗が激しく、再び武士達が狼狽え出した。

「慌てるな!!ただの人を斬ったとて、すぐに駄目になるわ!!まして相手はカバネ!!当然想定内である!!」

 武士達がおお!と歓声を上げる。

「もう少し行ったところに武器が隠してある!!そこまで何がなんでも生き残れ!!」

 武士達が現金にも士気を取り戻し、走り出す。

 それを幾度か繰り返す。

 かなりの数のカバネを倒す事に成功した。

 意気揚々と次の場所へ移動した時である。

 闘馬が指定した場所に武器はあった。

 だが、今は蒸気筒の時代。

 手入れは殆どされておらず、酷い状態の物だった。

 考えてみれば、状態の良い物がそう多くある訳もなかったのだ。

「これは…」

 流石の闘馬も絶句してしまう程だった。

(考えてみれば予想されてしかるべきだった…)

 想馬は、そんな事を考えたがまだ甘いとすぐに知れた。

 遠くで汽笛が響いたからだ。

「あれは…」

「時雨の音じゃないのか?」

 時雨とは想馬の住む駅の駿城である。

 そして、それを証明するかのように時雨が建物の間から姿を現し、走っていくのが見えた。

「お、おい!!俺達がまだ戦ってるんだぞ!?」

「そんな事より来る!!」

 想馬は、素早く声を上げた。

 武士達は呆然と立ち尽くしていた。

 普通は、駅を捨てて逃げる際はそうと知らされる。

遅れたならば話は別となるが、武士は住民の避難が終了した段階で撤退が許される。

 だが、そんなものは想馬達に一切なされなかった。

(最初から…囮にして安全に逃げる気だったんだ!!)

 自分の愚かさに想馬は唇を噛み締めた。

 いざとなればと言っていたが、これこそがいざと言い時だったのだ。

 噛み締めた唇から血が滲む。

 この碌に手入れすらされていない武器を使うしかない。

 そんな時、何かが爆ぜた。

 武士達が呆然自失から引き戻される。

 その元を辿れば、時雨からであった。

「そこまでなされるのか!!」

 闘馬は時雨を睨み付ける。

 砲撃が想馬達に向けて放たれたのだ。

 餌の場所をわざわざカバネに教える為だ。

 勿論、時雨も狙われるだろうが、カバネの群れは想馬達が人気のない場所に誘導したお陰で近場に餌は想馬達しかいない。

 闘馬の戦法が仇となった形だ。

「畜生!!」

 口々に呪いの言葉を口にして武士達が心許ない武器を手に、餌を求めて飛び掛かってくるカバネを迎え撃つ。

 最早、カバネを全滅させるしか助かる道はないが、そんな事は絵物語に登場する英雄出ない限り無理な事だ。

 それを理解した武士達は、怒りに任せて武器を振るう。 

 すぐに武器は使い物にならなくなった。

 一人、また一人とカバネの餌と化し、自決袋で自決しカバネを減らす。

 誰一人として正気でいられる人間はいなかった。

 想馬は柄だけになった鎗でカバネの目から脳を掻き回す。 

 その横で想馬に襲い掛かるカバネに別の武士が、体当たりするように吹き飛ばす。

 その武士は既に武器を持っていなかった。

 滅茶苦茶に叫び、手に持った石でカバネを殴打する。 

 想馬も叫ぶ。

 砲弾の着弾で武士ごとカバネが吹き飛ぶ。

 砲弾が途切れた頃には、立っている武士は想馬を含めて何人も残っていなかった。

 だが、絶望はその後に訪れた。

 四方からカバネが現れたのだ。

 しかも、四方の先頭には明らかに普通のカバネとは異なるカバネが兵を率いるように先頭に立って、こちらに向かって来ていた。

 長刀を小枝の如く軽く振り、四方から現れたカバネは素早く駆けてくる。

 あっという間に武士が二人長刀の餌食となって血煙を上げて倒れる。

 そこに群がるカバネ。

 貪り食らうカバネに武士達の士気は完全に挫かれた。

 そうなってしまえば、もう抵抗する手段などない。

 ただの餌だった。

 想馬は、ひたすらに使えそうな物を拾い戦った。

 仲間の死体を背負い込み、背後からの攻撃の盾にした。

 闘馬に鍛えられた膂力がなければ出来ない芸当であった。

 活路を求めてただ腕を振るい、身体を動かした。

 何がどうなっているのか、カバネを殺せているのか、そんな事は全く分からなかった。

 ただ生きる為に動いた。

 そして、視界に父が映った。

 雄々しく戦っているだろう。

 なんの根拠もなく想馬はそう考えていた。

 だが、目に映った父は無様に手を振り回しカバネに齧られ、森へと遁走する姿だった。

 父が振り返る。

 目が合ったような気がしたが、気の所為かもしれない。

 その目には恐怖があったように見えた。

(まだ戦っている奴がいるのに、どこ行くんだ?)

 霞が掛かったような意識の中、想馬の脳裏にはそんな言葉が浮かんだが、当然口から出る事はなかった。

 逃げて行く父にカバネが追い掛けていく。

 そこに僅かながら包囲に隙が生じた。

 想馬は死体を投げ捨て、走った。

 他の武士達がどうなったのか、父はどうなったのか、そんな事はチラリとも頭に浮かばなかった。

 ただ、走った。

 どこをどう逃げたのか、記憶に残っていない。

 カバネの襲撃で壊れたと思しき壁の裂け目から、命辛々抜け出し倒れた。

(こんなところで寝られない…)

 想馬は這うように進んだ。

そして、線路まで辿り着いたところで倒れた。

 そこに丁度、どこかの駿城がやってきたのか振動が伝わってきた。

(こんなところで潰されて死ぬのか…)

 

 他人事のようにそんな事を考えて想馬の意識は途切れた。

 

 

 

          8

 

 次に目が覚めた時、想馬は身体が揺れている事に気付いた。

(なんだ?)

 身体はピクリとも動かない。

 身に着けていた甲冑が無くなっている。

 落ち武者狩りなど今の時代にいない。

 考えていると、何かが開く音がして強引に首だけを動かし、そちらを見た。

 どうやらここは、どこかの駿城のようだった。

 男が扉の小さい覗き窓から、こちらを見ていた。

「気付いたか。我々は幕府の先行部隊の者だ。貴様が死ななかったのは部隊を率いている方の温情だ。感謝する事だな。金剛郭までここでジッとしていろ」

 冷ややかに男は、そう言うと除き窓に付いた金属製の覆いを下した。

 冷たい金属音が部屋に響き渡った。

「何故、俺は拾われたんだ?…」

 碌な理由ではないだろうが、想馬はすぐにどうでもいい事かと思い、首から力を抜いた。

 どうやら酷い筋肉痛だったようで、数日でなんとか動けるまでになった。

 当然、その間食事は食べられなかった。

 だが、根性で這って水だけは飲んでいた。

 まるで飼い犬のような有様だと、想馬は自嘲した。

 

 ある程度動けるようになった頃、駿城は金剛郭に辿り着き、想馬は囚人のような扱いで外に出された。

 

 

 

          9

 

 フラフラしながら幾つかの門を通過して連行され、着いた先は昔に聞くお白州の場のような場所だった。

 そして、人の気配に顔をそちらに向けようとした想馬を連行してきた武士が頭を押さえ付ける。

 衣擦れの音がして誰かが座る気配がする。

「面を上げよ」

 頭を押さえ付けていた武士の力が緩み、想馬は顔を上げると厳しい表情の壮年の男が座っていた。

「田舎者には分からんだろうから、私の事は目付とでも思っておくがいい」

 壮年の男は冷ややかにそう告げた。

 想馬も大体の予想がついていた為に無反応だった。

「さて、貴様の主君であった者の証言によれば、貴様等親子は防壁の守りをカバネにワザと突破させたとあるが、何か反論はあるか?」

 サッサと逃げ延びて、ご丁寧に諸悪の根源のように自分達の事を言ったのであろうと容易に想像が付いた。

 質の悪い事に、それは真実である。

 想馬は神妙に認めた。

 否定は意味をなさないだろうからだ。

「ならば、これ以上詮議の必要もあるまい。沙汰を言い渡す。士分の剥奪を申し渡す。放り出せ」

 それだけ告げると、男はサッサと引っ込んでいった。

 想馬は連行した武士達に来た時と同じように両脇から持ち上げられ、住民居住区へと文字通り放り出された。

 土塗れで門を見ると、丁度門が閉まるところだった。

 そして、周囲の人間の目を見た。

 厄介な者を見るような視線。

 そこに尊敬はない。

 想馬も改めて住民の顔など今まで気にした事もなかった。

(武士とは…なんなんだ?)

 役にも立たない癖に未だに偉そうに他を見下す。

 自分勝手ではあったが、武士の本分を全うしようとした父。

 それでも最後は逃げ出した。無様に。 

 想馬は、改めて武士に疑問を持った。

 その場で上体を起こし、座ったままの想馬を誰かが蹴り付けた。

 大した痛みではない。

 想馬は、蹴った主を見た。

 それは、あの嫡男であった。名前も忘れてしまったが。

「貴様等の所為だぞ!!俺に仕える立場で俺達を破滅させるとは!!恩知らずが!!」

 一発では気が済まないのか、何度も蹴り付ける。

 嫡男の後には元の仲間や、想馬の住んでいた駅の住民がいた。

 白い眼で見る者、怒りを露にする者、様々だった。

(成程、自分達は出来る限りの事をしたが、俺達が台無しにしたとでも言ったか)

 思わず笑ってしまった。

 間違っていないが、正しくもない。

 何故、嫡男や同じ武士だった奴等がいるのか、答えは単純だ。

 幕府は耕作地が限られた現在、駅の維持が出来なかった領主や武士を絶対に許さない。

 おそらく改易にあったのだろう。

(そりゃ、恨むか)

「何がおかしい!!貴様等の所為で女達を売らなければならなかったのだぞ!!」

 嫡男が激昂する。 

 これからの生活の為に女を遊郭に売ったのだろう。

 その時、どこからか石が投げられた。

 それが想馬のこめかみに当たる。

 そちらを見ると子供が怒りと悲しみに満ちた目で石を投げた態勢のままいた。

 それに触発されたのか、大人達が声を上げて想馬を非難し、石を投げた。

(馬鹿馬鹿しい)

 大人しく石を受けていた想馬だが、不意に馬鹿馬鹿しくなった。

 確かにこうなったのは、想馬の父の所為もある。

 だが、逃げる為にそれを黙認した領主や家老にだって責任はある筈だ。

 そのお陰で無事に逃げ延びた筈の住民達も、想馬を非難する。

 義務が云々考えていた自分が馬鹿のようではないか。

 一緒に石を受ける羽目になった嫡男を、想馬は立ち上がり殴った。

 最早、気遣う必要などない。

 嫡男は、ただの長男になったのだから。

 碌に鍛えていない長男は、石を投げていた住民のところまで吹き飛んだ。

 投げられた石が止む。

 あまりにも長男が派手に吹き飛んだので、この暴力が今度は自分達に向けられると恐れたのだ。

(下らない)

 想馬は、黙って歩き出した。

 住民や元武士が慌てたように道を開ける。

 想馬は、堂々とその道を歩いていった。

(武士など下らん)

 

 丁度、想馬は武士ではなくなったのが、幸いのように感じた。

 

 

 

          10

 

 走馬灯が流れる中、想馬は他人事のようにそれを眺めた。

 この後、戦う事しか出来ない事を悟り、傭兵となるのだ。

 浪人という体で。

 武士しか刀や薙刀が持てないのは、建前と化していたから可能だった事だ。

 そして、號途と出会い。

 

 

 「想馬!!」

 

 

 どこかで、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回で融合群体との戦いは終わらせる積もりで頑張ります。
 我ながら、上手くいかなかったなと思いますが、今はこれが限界でした。
 もう少し上手く書く才能があれば、このモチベーション低下もどうにかなると思うんですけどね…。

 次回も長い時間が掛かるかと思いますが、懲りずに付き合って頂ければ幸いです。 



  
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