Angel Beats! the after story   作:騎士見習い

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番外編 Re:

とある医科大の講義をするために、見るだけでも冷たさを感じさせるコンクリートの廊下を一人の教授が足音を反響させながら歩いている。

 

教授が講義室の扉を開けると話し声がすぐに消える。教授は気にした風もなく教壇に上がり、資料を教卓に並べる。教授の講義は医科大の中でも分かり易い、おもしろいと噂されるほどである。

 

元は大手の総合病院に勤めていたと教授本人が言っていた。実体験もあるというのも生徒たちに人気な理由の一つなのかもしれない。

 

教授の板書を、書き写していく生徒たちに教授も満足してるような顔で板書を続けていく。

 

だが、切りのいいところで教授の手が止まり体と視線ごと生徒たちに向く。

 

「みなさんにこれから、私の恩人の話をしましょう」

 

突然の提案に生徒たちは驚きはしたが、興味をそそられているらしく、黙って続きを聞く体勢となっていた。

 

「その恩人は私なんかよりもずっと、医者に相応しく誰よりも命の大切さを知っているような人でした」

 

遠い遠い追憶を呼び起こさせるように教授はガラスの窓の向こう側を見ている。

 

「あれは何時だったのか。私がある列車事故に巻き込まれた時の話です。列車がトンネル内で事故を起こしてしまい、乗客のほとんどが即死。生き残ったのは私とその恩人、他に数名ほどいました。救助の見込みも分からず、ただ暗く不気味なトンネル内に閉じ込められ、私は諦めていました」

 

「ですが、その状況下でもたった一人だけ前を向き、この状況をどう打破するかを考えている人がいたんです。その頃の私と同じ年齢の恩人である彼に協力しました。

あんなにもお互い生きるために奔走したのに私は……彼の名前どころか顔すらも覚えてないのです」

 

何度も何度も思い出そうとしたが結局、無駄なことだったらと教授は諦めていた。

 

教授の悲痛を感じさせる表情に生徒たちもなんとも言えない虚無感が襲う。

 

「それでもトンネル内で起こったことは決して、忘れてはいません。このことを受け継がれることで、もしかしたら生まれ変わった彼に伝わるかもしれませんから、今からお話しましょう」

 

人の死を目の前で体験する医者が生まれ変わるという非現実的なことを思うのは、馬鹿馬鹿しいと教授は分かっているかもしれない。

 

それでも、教授は世界というものがすべて解き明かされていない、中には『もし』というものが存在するかもしれない。それを信じているからできる発言なのだろう。

 

「出口はなく、列車内にあった弁当やお菓子、飲み物を分け合いギリギリの日々を過ごしてました。運が良いのか悪いのか彼は医科大を志していたため、怪我人の応急処置は大した問題ではありませんでした」

 

「その頃の教授よりも技術的にも知識的にも上だったのですか?その恩人は」

 

生徒の質問に悩む仕草をせず答える。

 

「ははっ、彼は私なんかよりも技術的にも知識的にも上でしたね。ぶっちゃけますと、私はその頃医科大ではなく、普通の大学を目指してました。この事故をきっかけに医科大を目指し始めましたんです」

 

教授の記憶には彼の名前も顔もない。けれど、あの時の一つ一つの言葉、行動を鮮明に憶えている。教授にとって穴が空いているこの記憶は今の自分を形成している。

 

教授は前に一度思った。

 

運命とは皮肉なものだ。すべてを憶えていたら今の自分はいない。分かっているにしても皮肉としか言えない。

 

運命とは意地悪なものだ。

 

「そして、ついに私たちにも限界が訪れてしまいました。食料も尽き、飢えの状態で数日過ごした結果、体を動かすことすらできず、意識が朦朧としていました」

 

本来人間は食べ物がなくとも、水分さえ摂取していれば生きながらえることができるのだが、一人の不満が爆発したことにより貴重な飲み物を失うハメになってしまった。

 

もちろんその時は彼と私を除くすべての人が一人を罵倒し何らかの処罰を期待していた。

 

怒りを収めるために彼は自分の身を犠牲にすることによってその場を収めた。私も出来る限りの助力を彼に施した。

 

「それまで以上に絶望的な状況の中で、彼は私たちに一筋の光を教えてくれたのです」

 

「それは生きる方法ということですか?」

 

「いいえ、違います。希望といっても死んだその後のことを彼だけが考えていたのです。諦めではなく今できる最大限のことをしようとしていたのです」

 

生徒たちは考えを巡らせていたが誰一人としてそこには至らなかった。教授も生徒側だったとしても分からなかっただろう。

 

「臓器提供です。みなさんも知ってると思いますが保険証の裏には臓器提供の項目があります。彼は躊躇いもなく項目をペンで埋めていきました。私はますます彼に生きて欲しかったと思いました。

彼に続いて私も他の人たちも次々と項目を埋めました。悔いは残るかもしれない、それでも自分たちの死が無駄ではなくなった。意味を持ったことで存在意義を残せた。満足でしたね」

 

人々を希望の道に導く彼は教授には眩しい存在。

 

「その後、救助が来ました。水分のない私の体から涙が溢れてきました。生というものの大切さを知り、一緒に喜ぼうと彼の名を呼びました何度も何度も。けれど、彼は返事をしませんでした」

 

教卓に置いた資料に一滴の雫が落ち、濡らしていく。続いて二滴、三滴と。

教授の涙に生徒たちの中に鼻を啜る人がちらほらと出てきている。

 

「入院中に看護師に聞いた結果、事故にあった初期の段階で腹部に重症を負っていたらしいのです。本当に彼は自分を犠牲に私たちを生かしてくれたのです。

彼の臓器はすべて苦しんでいる人々のところを提供されたと退院する時に教えてくれました。私は今でも彼の臓器で生きている人々が幸せに暮らしていると信じています」

 

すべてを話終えた教授の顔は満足気な表情をしていた。まるで、恩返しをしているかのように。

 

教授が医者になってすぐに彼の臓器提供を行われた患者を調べた。うち一人の少女を私は見守り続けたが、数年後に亡くなってしまった。少女に提供されたのは『心臓』。その鼓動は止まってしまった。

 

「他に質問はありませんか?」

 

「教授はなぜ医者をやめたんですか?」

 

医者を続けることは彼に恩返しをし続けることができる。教授は分かっていたがしなかった。いや、出来なかったのだ。

 

「医者をしてると彼の存在が重みとなっていたのです。彼ならどうするか?彼なら何をするか?って具合にです。人は他の人の真似ができないことと同じです。私に彼の変わりは務まらなかった。だから、私は教える側になった。それだけです」

 

他に質問をするような生徒はいなく、教授は一息ついてから資料を片付け。

 

「では、今日の講義はここまでです」

 

教壇を降り、扉を開ける。

 

行きと同じようにコンクリートの廊下に足音を反響させながら歩いていると、新たに二つの足音が増えていたのに教授は気づいた。

 

足音の正体を知るべく、歩くのを止めると前から二人の男女が歩いてきた。

 

「まさか音無さんと同じ講義を受けれるなんて思いもしませんでした」

 

「大学内じゃ色んなところで会ってるけど、学年が違うのに講義が一緒なんて奇跡だな」

 

とても楽しそうに談笑している二人は教授に会釈した後、さっきまで教授がいた講義堂に向かっていった。

 

「なぜ、私は泣いているんだ?」

 

突然目から涙が出てくることに戸惑っている教授。

 

理由は……

 

彼は知らない。彼女も知らない。教授も知らない。

 

じゃあ誰が知っているのか?神、運命、世界。どれも違う、ここに存在しているはずのない。

 

彼が提供し、彼女が移植し、教授が見守った『心臓(希望)』が知ってる。

 

この世界には『もし』が存在する可能性があるのだから。

 

 

 

 

そして再び、鼓動は動き出した。

 

 

 

 

 





三人称視点って難しくって、よく分からなくなってしまった騎士見習いです。

どうでしたか?初の三人称視点は?地の文が多くなって読みづらかったらすいません。

一応この話は、私が書きたかったうちの一つです。最高に嬉しいですよ。登場人物とかは言いません!!みなさんのご想像にお任せします。

次回ですが、誰にしようか悩み中です。

では、あらためまして読んでくれてありがとうございます。
これからも修練を重ねながら書いていくので応援よろしくお願い致します。


意見、感想、評価いつでもお待ちしてます。




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