『Vへの道標』
「セレブリティ・アッシュへミサイル接近、ブレイク!」
「カリオン、プラズマキャノン発射——命中!そのまま押して下さい!」
地下深く、トーラス社が管理していた地下資源採掘施設を間借りしたオペレーションルームには多くの人間が詰め寄せ、事の推移を見守っていた。
その顔ぶれは企業の重役もいれば、出撃したネクストACのメカニックマンなど、様々だ。
「トラセンド、左腕大破!一度引いて下さい!」
《誰にクチ訊いてやがる!俺がこの程度で——な》
「——トラセンド撃破!通信途絶!」
たった1人のリンクスと、彼が駆るネクストACの撃破ミッション。
ORCA 旅団の武装蜂起に端を発する一連の流れ、何より一ヶ月前に行われたアルテリア・カーパルスで主力の殆どを失った企業連は木っ端と侮ったカラードランク下位のリンクスへ異例とも言える支援をし、嘗て“首輪付き”と呼ばれたリンクスを討ち取る為、攻勢に出た。
「バッカニア、沈黙!」
「これで4機目か……クソッ!」
「ええい、相手は補給すら出来ておらんのだぞ!どうなっている!」
マクシミリアン・テルミドールこと、オッツダルヴァを筆頭とした討伐部隊が全滅した事によりランク3へ繰り上がったロイ・ザーランドをリーダーとしたリンクスチームの勝利は確実視されていた——しかし、状況はこの有様だ。
作戦開始から数分と経たずにチャンピオン・チャンプスの[キルドーザー]、パッチ・ザ・グッドラックの[ノーカウント]、ダリオ・エンピオの[トラセンド]が撃破。
そしてたった今、フランソワ・ネリスの[バッカニア]が首輪付きの[ストレイド]が振るったブレードの餌食となった。
《クソッ、あいつどうなってんだ!?空気読みやがれ!》
《この密度のミサイルを躱すって、本当に人間なの!?》
《ああもう、いい加減にして……!》
ロイ・ザーランドの[マイブリス]が放つハイレーザーを軽々と回避し、エイ・プールの[ヴェーロノーク]とメイ・グリンフィールドの[メリーゲート]が成すミサイル弾幕をついでだと言わんばかりに迎撃し、終いにはブレードで弾幕を切り抜けるという曲芸じみた芸当まで見せつけてくる始末。
だが、その激戦も終わりを告げようとしていた。
「カリオンのコジマミサイル着弾、プライマルアーマー消失を確認!ストレイドの速力低下!」
オールドキングと組んでいた時はリリアナの支援があったようだが、先の悲劇から一ヶ月を経た今、[ストレイド]がロクに補給出来ていないのは判明済みだ。
その上で、数の暴力で叩き潰す……今回の作戦は、そういった古き良き大雑把な作戦である。
だがそれ故の効果は期待できたし、事実として効果は現れてきていた。
嘗て腕を振るったオリジナルリンクス……ベルリオーズやサーダナ、アンジェやレオハルトのようなトップエースに勝るとも劣らない、それこそアームズフォート[スピリット・オブ・マザーウィル]との戦闘で消耗していたとはいえ、あのアナトリアの傭兵が駆る[ホワイトグリント]を撃破してしまうような能力を有する[ストレイド]の機動力が明らかに落ちている。
「一気に畳み掛けろ、この機を逃すな!」
《うおおおおおお!!!》
「セレブリティアッシュ、ストレイドに接近!」
《行け、ヒーロー野郎!》
その怒号が飛ぶよりも早く動いたネクストがいた。ダン・モロの[セレブリティアッシュ]だ。
今までの“粗製”とでも言うべき体たらくはなんだったのか、“ある古参リンクス”に目をつけられた彼は速成訓練を優秀な成績で修了し、各企業から受け取ったパーツで愛機を改良、見違えるような強さへと成長していた——そして。
《ストレイドを、撃破……はあ、やった、終わった》
コジマミサイルによりPAを失っていた所へ[マイブリス]がバズーカを撃ち込み、大きく姿勢を崩した隙を逃さずへ[セレブリティアッシュ]がブレードを叩き込んだ直後、[ストレイド]のカメラアイが光を失い——全てが終わった。
「——ああ、ご苦労だったな……作戦を終了する」
その瞬間、ワァッとオペレーションルームが湧いた——と思われた。
インカムを乱暴に外して項垂れる者、傍のコーヒーを飲み干して溜息をつく者と様々だが、一様にして歓喜の勝鬨をあげる者はいなかった。
「各リンクスは回収用のヘリが到着するまで待機しろ」
《……なぁ、こんなのは、二度とごめんだぜ》
「情けない事を言うな、人類を救った英雄様だぞ?もう少し胸を張れ、ダン」
[セレブリティアッシュ]のメインカメラと同期した画面にはTAPE-LANCELを軸とした[ストレイド]の亡骸——とでも言うべき残骸が映し出されている。
複数のネクストから集中攻撃を浴びせられた機体はボロボロで、流れ出たオイルはまるで血のようである。
それはマトモな整備はされていなかったであろう事は火を見るよりも明らかで、“やっと倒せた”というよりも“よくもこんな機体で戦えたものだ”と驚嘆する感情の方が割合としては大きい。
《ウィン・D……やったよ、終わったんだ》
ロイ・ザーランドの独白が静かに響く。
彼の死を悼む者は誰1人としていない、ただ“やっと終わった”と安堵と悲愴が入り混じった辛気臭い顔をする者ばかりだ。
最終決戦の場所であるレイレナード本社ビル跡地はあまりにも大きすぎる墓標だろう。
そもそも、“人類種の天敵”とまで言われた一個人の葬式など、開こうものならばズタズタに殺されても文句は言えないだろう。
そう思った矢先だった。
「……人類を救った英雄、か——フン、馬鹿馬鹿しい」
そう呟いたのは霞スミカ……オリジナルリンクスの1人、リンクス戦争を生き残り現役を退いた後、“首輪付き”のオペレーターだった女性。
アルテリア・カーパルスでリリウム・ウォルコット、ウィン・D・ファンションと共に奇跡的に生き残った彼女は撃墜の後遺症で車椅子生活を余儀なくされているが、その迫力は健在だった。
だが、今この瞬間だけは、枯れた老人のようであった。
「あの、カスミ——」
「セレン・ヘイズだ」
そう言い捨てながらインカムを取り外し、ミネラルウォーターをぐいっと飲み干した彼女の顔には疲れが滲んでいる。
「では、ヘイズさん」
「なんだ」
「……あなたは、彼のオペレーターだったんですよね」
「なにが言いたい?自分の不始末も拭えない、失敗した哀れな女を嗤いにきたのか」
「そ、そんなつもりじゃ」
「冗談だ……で、奴がどうした」
「彼は、どんな人だったんだろうと」
「奴がどんな……か」
彼女は車椅子のハンドルを弄りながら、思考の海に沈んでいった。
ややあって場所を変えようと言い、オペレーションルームから人気のない喫煙所に移動した。
彼女は懐から高級な天然タバコを取り出し、火を点けて紫煙を燻らせ、思い出すように語り始める。
「……そうだな、まぁ、いい男だったよ……顔も良かったんじゃないか?
そうだ、あいつの作るオムレツは絶品でな、合成品の卵があんなに美味いと感じたのは初めてだった
流石に“シモ”の方までは知らんが……だがメイ・グリンフィールドとリリウム・ウォルコットに会った時の反応の違いを見るに、胸は大きい方が好みだろうな……大は小を兼ねるというやつか?
忌々しい、あんな脂肪の塊の何が良いんだ」
「……は、はあ」
そういう事を聞きたいんじゃねぇよ、と言わなかった。
その表情は嬉しそうでもあり、悲しそうでもあり、とても複雑な感情を孕んだものだったから。
「ただ……そうだな、ちょっとばかり純粋過ぎた
ただ殺すだけ、そんな事を覚えて実行してしまうような、純粋な男だった
そう、“ただ強い”……それだけの男だったんだ
奴が何をしたかったのか、何を成したかったのか……オールドキングと会ってなにを思ったのか、私はそれを終ぞ理解できなかった
クレイドル03が堕とされたあの日、出て行った時も、私は止める事が出来なかった、怖かったんだ
奴が人間ではない、
ぎゅうと拳を握りしめ、ボトルを握りつぶす。
俯いている故、表情を伺うことは叶わないが……泣いているのだろうか。
「私にできる事は、なんでもやった“つもり”だった
操縦テク、効率的な整備、アセンブリの組み方、分野毎の効果的な戦術……色々教えたよ
するとなんだ、スポンジが水を吸うみたいに、教えた事をソックリそのまま実践して見せるんだ、面白いくらいにな
私も多少熱が入ったよ、昔を思い出した
……だが、まさか人間としての基本的な倫理観を教えなければいけなかったとは考えもしなかったよ
私の給料にベビーシッター代が含まれていたなんて知りもしなかった、とんだお笑いだ
……そう、私はあいつに戦い方しか教えてやれなかった
もっと、教えるべき事があったはずなのにな……」
それはまるで懺悔のようだった——いや、事実として懺悔のつもりなのだろう。
資料を見るに、彼はまだ17歳……最年少と言われていたハリよりも若い。
アスピナ出身だと言う彼は文字通り、“なにも知らなかった”のだろう。
「こんなところか、私が話せるのはここまでだ」
「……なんだか、すみません」
「なぜ謝る」
「その、辛い事を思い出させてしまったようで」
「気に病むことはない、私も話して少しスッキリした」
3本目の煙草を揉み消すと、足早にオペレーションルームへと戻る。
車椅子を押そうかと提案したが、彼女は“筋トレだ”と言って頑なに聞かなかった。
オペレーションルームでは今後の展望を話しているのであろう、企業の重鎮が腹の探り合いをしている。
一介のオペレーターである私には一生縁のない会話だろう。
「これからどうなるんでしょうね」
「最近、お偉方はテクノクラートの技術に興味津々なようだ」
「……テクノクラートの?」
テクノクラートは企業連の末席にいる小企業で、”技術を社会に役立てる者”、“高度な専門知識に有する高級官僚”の名の通り国有企業だったと聞くが、国家解体戦争以後の発言権はほぼ無いに等しく、所属リンクスも正直言って弱小。
強い勢力を有するアルゼブラの陰に隠れた日陰者——そんな印象しかない企業だ。
「なんでも、どデカいロケットを作るんだとテクノクラートの技術者が息巻いていたと聞いているぞ?
まあ、そんなものでアサルトセルをどうにか出来るなら安いものだがな
……ああそうそう、アルゼブラの連中が慌てていたな、今まで冷遇してきた子会社の株が上がったとなれば当然だが」
ORCA旅団は武装蜂起の理由に“企業の罪、その清算”を掲げ、実行に移した。
衛星軌道上を埋め尽くす自立型軍事衛星[アサルトセル]を衛星掃射砲[エーレンベルグ]で焼き尽くす、その為に必要なエネルギーを得る為に各所のアルテリアを占拠したのだ。
結果的に、最大戦力の一人であった首輪付きの暴走によってその計画はお釈迦となってエーレンベルグも破壊された今、出来る事とは、なんなのだろうか。
「さあな、だがアルテリア失陥の影響は大きい……どの道、企業も今のままではいられんだろう」
「新たな天地……フロンティア……結局ORCAが描いた未来に進むわけですか」
「不満か?」
「まさか」
人類の新たな生活圏がどのようになるのか、それは私の与り知らぬ所ではある。
だが、今よりはいい——そんな根拠のない楽観があった。
「少なくとも、ガスマスクと酸素ボンベを担いで買い物に行く事はなくなりそうですしね
地下——確かレイヤード構想でしたか?アレにしろ宇宙でテラフォーミングにしろ、今よりは良いはずです」
「……フンッ、確かにな」
そう、今よりはいい。
未来はコジマ粒子と塵と灰が積もるこの世界より、まだ住み良い筈なのだ。
「そうだ、これからダンを連れて独立しようと思ってるんだが、来るか?」
「私がですか?」
「事務員か副オペが欲しくてな、
「要は雑用係ですか」
「分かってるじゃないか……それに他人の込み入った事情を根掘り葉掘り聞いたんだ、タダで済むと思うなよ?
それに、こんな作戦のオペレートも任されてるんだ、それなりの腕だと見るが?」
そりゃあマッスルトレーサーからハイエンドノーマルまで、たまにネクストもやるフリーのオペレーター歴10年、管制機の撃墜も少なくないこの世の中ではベテランに入る年季だが、それ程まで買われるような人材かと言われれば、我ながら疑問ではある。
しかし、悪い気はしない。
「……いいですよ、元よりフリーの身なので」
「決まりだな、諸々の処理が終わったらコレに連絡しろ」
ササッと書いて渡されたメモには携帯端末の番号が書かれている。
ここに電話しろ、と言う事だろう。
「そう言えば名前を聞いていなかったな、名前は?」
「私は——」
ああ、そういえばこんな風に名乗るのはいつぶりだろうか。
いつも事務的な会話と作業しかしてこなかったこの身……リンクス付きの、しかも独立傭兵のオペレーターなど初めてだが、まあ、なんとかなるだろう。
「——私はユズリハ、ユズリハ・カーチスです、以後お見知り置きを」
それに、将来有望なダン・モロのオペレーターと、かのセレン・ヘイズの世話役ともなれば……しばらくは退屈せずに済みそうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
おまけ
《——お、おわった————か》
「……お前、生きていたのか」
「……うそ」
《————幸運だけ——りえでな————》
「修正だ、パッチ・ザ・グッドラックをKIAから書き直せ、輸送ヘリも追加で一機発進しろ、すぐにだ」
フロム脳が爆発して書きました。
オリ主はファミリーネームが示す通り彼女の遠い先祖です。