オーバーロード if -魔導王の凱旋-   作:AOG第100席

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004 竜王国(1)

竜王国の最北に位置する街ルビーファストはカッツェ平野に隣接している。

平野から侵攻してくるアンデットから国を守るため、街の北部には空をも覆わんとする一際大きな城壁が聳え立っている。灰色の壁はこの街を年中曇らせているかのような印象を人々に感じさせる。それは常にこの街が危険に晒されている事の証明であり、同時に平穏の象徴でもある。故に住民は目を覚まして朝日を拝むと同時に、今日もそこに壁が破られていないことに感謝し手を合わせる習慣があった。

 

「ありがたや、ありがたや」

 

老婆がしわがれた声で壁へ向かって手を合わせている姿を横目で見ながら、街の中貫通りを歩く男がいた。身にまとった軽量鎧には数え切れない程の傷が歴戦を物語っているが、丁寧に手入れをされており防御力を損なっていない。腰に携えた片手剣は刃こそ鞘に収まっているが、柄に誂えられた見事な装飾から一品ものだと一目で分かる。細身の体は決して華奢ではないが、しっかりと引き締まっており、それらを身に付けるに相応しく在った。子供であればひと睨みで泣き喚いてしまいそうな鋭い眼光は、彼が只者でない事を感じさせた。

彼はミスリル級冒険者チーム「ライトニング」のリーダー、名をダリオ・ファフナーという。

壁を見上げ舌打ちをする。

(ちっ、確かにあの壁なくして街は守られないが、実際に危険を犯してアンデッドと戦っているのは俺たち冒険者たちだっていうのに。感謝されたくてやってるわけじゃねぇが、ちと気に食わねえな)

ダリオは面白くなさそうにして両腕を頭の後ろで組みながら、未だ人通りの少ない大通りを歩いていく。目的地はルビーファスト支部の冒険者組合。本来であればこの時間は職員がおらず組合の戸は開かれていないが、ここ一ヶ月は緊急事態として二十四時間常に職員が常駐している。

とは言え、ルビーファストの兵士や、国より依頼されている冒険者たちがこの地を守っているため、本当の緊急事態などそうそう起こることはなく、こんな朝早くから行ったところで何かあるというわけでもない。

ダリオとて特に理由があって向かっているわけではない。

昨夜の酒が抜けきらず、変な時間に目が覚めてしまい頭をすっきりさせるために外へ出たものの、空いている店などあるわけもなく、腰を落ち着ける場所として仕方なく冒険者組合へ向かっていた。かと言って、そこに何があるわけでもないのだが、話し相手が入れば上々と思い足を向けた。

こんな時間に出歩ことは稀であり、晴れやかな気分で散歩を楽しんでいたダリオだが、ちらほらと見える人々が壁に向かって手を合わせる姿を見て、決して良い気持ちにはなれなかった。感謝されたくてやっているわけではないが、実際に危険を冒しアンデッドたちを倒している自分たちは直に感謝の言葉を贈られたことなどない。

もやもやとした気持ちを胸に抱えたまま、ダリオは冒険者組合の戸を開いた。

いまだ十分に日の光が届かない室内は薄暗く、闇に輪郭がぼんやりと溶け込んでいるようであった。未踏の遺跡にでも足を踏み入れた時のような静けさではあったが、人の気配を僅かに感じられた。目線を180度動かしてみると、受付の奥でごそごそと作業している女性の姿があった。

訪問した事を気づかせるために、ダリオはわざと音を立てて戸を閉めた。

その音で女性職員はダリオの存在に気付き、手元にあった書類を手早く片付けると、受付のテーブルから顔を覗かせて、挨拶の言葉を発した。

「おはようございます。こんな明け方に訪問されるなんて、なにかありましたか、ダリオさん?」

その女性は顔なじみである職員フィフィであった。と言っても、10年以上この街に腰を据えて冒険者として活動しているダリオにとって顔なじみでない職員などいないのだが。

フィフィは職員になって2年程度ではあるが非常に気の強い性根の持ち主で、百戦錬磨の強面に一歩も引けることなく容赦ない言葉を浴びせる。荒くれ者たちにとってはそれが心地よく、非常に人気の高い受付職員のひとりである。

「朝早くから、ご苦労なこった。ちゃんと手当は出てるのか?」

ダリオは受付のテーブルから近い椅子にだらしなく腰をかけると、顔だけをフィフィの方に向けた。彼女は受付テーブルに顎を乗せてくりっとした印象的な目を半眼にした。

「聞いてくださいよダリオさ〜ん。組合長ったらこれも職務の内だって言って、ロクに給料だしてくれやしないんですよ。財政難だっていうのは分かってるけど、エサがなくちゃ張り合いがないってものですよ〜」

「ははっ、そりゃあ難儀なこった。まあ、あのオッサンも無理やり押し付けられて面倒な役職についてんだ、多少は目を瞑ってやんな」

「そりゃあ、わかってますけど……」

口を尖らせて文句を続けようとしたが、組合長の苦労も人一倍知っているフィフィは言葉を飲み込んだ。

「それにだ、南に比べりゃあここは天国だ」

竜王国の南側は常にビーストマンの脅威に晒され続けている。人間同士の戦争とは訳が違う。なぜならビーストマンは人類を食糧とみなしている。都市が落とされるということは即ち住民達が食糧になることを意味している。

ここ数年でいくつかの都市が落とされた事は誰もが知る事実。

ダリオは十年ほど前に一度だけビーストマンとの戦争に参加した事がある。まだ世界の残酷さを爪の先ほども知らなかった頃。自らの名声を高めるため、死を感じられる場所で力を研鑽するため、冒険者としてある程度軌道に乗っていたダリオは戦争に参加した。

結果は散々たるもの。

ダリオに一生忘れられないトラウマを植え付けた。

今でも夢に見る。当時の仲間たちがビーストマンのに四肢を食いちぎられる姿。生きたまま臓物を引きずり出される姿。それらを眼前に見せつけられ、次は自分の番だと待つ、死よりもなお恐ろしい恐怖。仲間の雄叫びはダリオの全身の筋肉を弛緩させ、勇敢な心を次第に麻痺させた。ガチガチと歯が鳴るが、その音は布を被せた向こう側から聞こえるような、どこか遠くの音に思えた。

彼が助かったのはひとえに偶然。仲間が五人いた。彼が食べられる順番がたまたま最後であった。竜王国の遊撃部隊が来るまで、仲間たちの絶叫がビーストマンの嗜虐心を満たしてくれていた。どれかひとつでも違っていれば、ダリオはいまここにいなかっただろう。

助かった時の記憶はほとんどないが、あの時の恐怖はいまでも夢に見る事がある。

その体験があったからこそ、ダリオは慢心することなく着実に経験を積みいまやミスリル級冒険者に名を連ねることができた。

竜王国でも名を馳せたダリオだが、決して南へ近づこうとはしなかった。いまなお、その恐怖に打ち勝つことはできない。

彼は誰にもこの話をしたことは無かったが、この街の冒険者であれば誰もが知っていること。フィフィもその例に漏れず、彼の表情を見て尖らせた口先を元に戻した。

「そうですね、南に比べれば……ですね。お金があったって街がなくなっちゃったら、意味がないですもんね」

「そういうこった。俺はここの生まれじゃないが、長年慣れ親しんだ土地だ。金だけじゃない、この街を守ってやりたいって気持ちはある」

「ふふっ、かっこいいですね、ダリオさん。さすがはミスリル級冒険者です」

真正面から褒められ慣れていないダリオは「まぁ、金はたくさんあったほうがいいのは俺も同意だがな」と恥ずかしさを隠すように大きな声を出した。

「でも、まぁ」と再び沈んだトーンでフィフィが語り出す。

「南の方は大変のようです。北側とは無関係ではないんですが」

「どういうこった?」ダリオは訝しげに顔を顰め、椅子の向きをフィフィのほうへ正した。

 

竜王国の北西にあるカッツェ平野の更に北、リ・エスティーゼ王国に突如として出現した悪夢。それらは自らの拠点をナザリックと呼び、 その暴虐な力を振るい僅かな時間を以って、近隣諸国を服従させた。彼の地にも多くの実力者たちが居たというのに、大規模な戦闘が起きたという話はひとつも聞こえない。暗にそれだけ実力が離れているということだ。アダマンタイト級冒険者たちですら、後手に回る相手。それは彼の魔神を彷彿とさせた。

ナザリックが狙う次なる国はスレイン法国と噂されている。その証拠に帝国の兵士と、王国の徴収兵が、王国南部の街エ・ランテルへ集結している。何十万もの兵士たちを許容できる街ではないため、兵士たちはカッツェ平野にある砦も使い戦争の準備を整えている。

平野を挟んで隣接している竜王国は、直接狙われてないとはいえ、兵士たちはピリピリしている。見張り台には常に兵士たちが常駐しているのも、ナザリックの悪魔たちを警戒しているだけではない。エ・ランテルへ集結している兵士が竜王国へ向けられないとも限られない。

「警戒したところで、攻められたら対抗しようがないんですけどね」

「逃げる時間があると、ないとでは大きな違いさ」

竜王国の兵力は、そのほとんどを南方へ向けているため、北から攻められた場合に対抗する術を持たない。

南方の戦線すらも竜王国単独では維持することはできず、法国の助力なくして成り立たない。

しかし臨戦態勢を敷かれているであろう法国に、竜王国を助力している余裕などあるだろうか。

「もしかして、南方戦線を法国が引き上げたのか!」

そうなれば一大事。この国は緩やかに滅びを迎えるだけである。

「いえ、それがそうでもないんです。だけど、それも時間の問題かと。だって、自国が攻められようとしている時に、他所へ力を貸すと思いますか?」

「……だが遅くないか?いまから引き上げたところで、間に合うとはとても思わないが」

「それが不思議なんですよねぇ。こんなことになってまで竜王国へ力を貸す理由なんてないはずなのに」

「どちらにしても、竜王国の運命は法国に委ねられてるってことだな。法国が滅びれば次は竜王国だろうし。かと言って、戦力を集めるために南方戦線の戦力を持って行かれれば、これもまた竜王国は危ない」

ダリオは「はぁ」と溜息を吐き、椅子にもたれ掛かりながら天井を見上げた。

「こりゃあ、大変だわ」

 

 




執筆時間がぜんぜん取れません。。。
アンケートありがとうございました。

悟さんはどの職業で潜入しますか?

  • 仮面の魔法詠唱者(魔法詠唱者)
  • 漆黒の大剣使い(剣士)
  • 災厄の戦斧(斧士)
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