夜の電車に吊り革を握り揺られながら肩を丸くして疲労のため息を吐く。
今の会社に勤めてはや二年初めは覚えることで頭がいっぱいで周りを把握していなかったが今となっては社会の闇に徐々に呑まれかけている。
朝勤務時間前に出勤し定時退社はここ数ヶ月した記憶がない。
私は肩にかからないほどのボブショートヘアーの端を空いた手の人差し指で茶色の髪先をクルクル弄りながらまた一日が終わったと感じていた。
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電車を降りて徒歩五分の所に借りているアパートがあり他の入居者の迷惑にならないよう物音を立てずにそっと一段一段階段を上がっていく。
(今日もというかもう日が変わってるけどお疲れ様私……はぁ……なんだかもう帰ってからのこと考えるのも面倒臭いしシャワーして寝よう)
自分の部屋の前で足を止め玄関の鍵を鞄から取り出す。 そして差し込んで回すと違和感を感じた。
(あれ? 鍵掛けて出たはずなんだけど……もしかして忘れてたの?)
恐る恐る扉を開けると電気までもついたままになっており、またため息がこぼれる。
「嫌になるなぁ…ほんと。 まだ私二十一歳なのに物忘れだなんて」
やってしまったのは仕方ないと腹を括り靴を脱ぎリビングに重い足取りで向かうとそこにはこの部屋に存在してはならないものがいた。
ダボダボのTシャツをきた小学生位の白髪の女の子が私の顔を見るやいなや大きな瞳を輝かせトテトテと近寄ってき抱きついていた。
「おかえり~待ってたよ~千華ちゃんっ」
「……部屋間違えたかな…いやそれはありえない。 ベッド、テレビ、テーブルの位置全て間違ってないという事は君が間違ってここに入ったのか」
冷静に分析してみせているが内心これは警察沙汰になりそうな予感がして冷や汗をかきたい。
目の前にいる身元不明の小学生らしき子ども。 こういう時私は何も知りませんと言っても世は許さない傾向がある。
「うー千華ちゃん元気ないね。 どうしたの? ご飯ちゃんと食べてる?」
身長が低くこの子は私を見上げながら不安そうな顔で見つめてくる。
「まま、待って! どうして名前を知ってるの? それにどうやってこの部屋に?」
「玄関からおじゃましたんだよ? 鍵穴に合わせて鍵を作製したし」
どうやら警察沙汰になるのは私ではなくこの子のようだ。 そうと決まれば携帯で……。
と今まで感じなかった嗅覚が反応し私の部屋全体にお腹を空かせる匂いが充満している事に気がつく。
「この匂い…カレーライス?」
「ぴんぽーん! 千華ちゃんの大好物だよね? サヨひとりで作ったんだ偉い? 偉い?」
「それよりも材料は…」
「日本のお金ならほら」
ドスンと財布では中々聞けない重量ある音がテーブルの上に置かれ度肝を抜かれた。
この子何者…? 石油王の娘?? どこかの社長とかの娘??? どれにしても私は初対面なのにどうして名前を。それに…。
頭部の左右に付けている短い角みたいなのを触ってると硬く軽く引っ張ってみたが抜けそうにない。
「あははくすぐったいよ~」
どうやら一体化しているようだし身体周りをぐるりと見てみると背中から鳥とは違った見たことの無い刺々しい小さな羽、腰の辺りから生えている細い尻尾。
衣服は私のを着ているがTシャツだけの為捲りあげたらおしり丸出しになるので手を止めた。
正面に戻り視線を合わせるためしゃがみながら目を見つめていると子どもに手で遮られる。
「あんまり見てると魅了されるからダメだよ~サヨはまだ食べないからさ~」
「た、食べる…? もしかして悪魔とか言わないよね?」
「わたしは吸血鬼のサヨだよ」
「とうとう疲れが溜まりすぎて変な夢を見てるのか…きっと電車で現実の私は寝ているんだろうから起きなきゃ」
頭を抑えながら唸っていると自称吸血鬼が私の右頬つねりあげる。
「いたた! 何するの!」
「ね? 痛いってことは現実って意味だよ」
「私からしてみたら非現実すぎて夢と思いたいんだけど…サヨちゃんは私を食べる為に来たの?」
口元に指を当て視線を上に上げながら悩み数秒後首を横に振った。
「血を貰いに来たの! でも今の千華ちゃんから貰っても美味しくないから美味しくなるようにお世話してあげる!! 嬉しい? 嬉しい?」
「うんって言えない質問だね。 それに見知らぬ子供をいきなり住ませて大家さんにバレたらなんて言われるか…」
「下の階に住んでる人なら記憶書き換えて私は千華ちゃんの妹って認識に変えたから大丈夫だよ~」
「ちょっと!」
「まぁまぁ細かいことは気にせず折角サヨが作ったカレーが冷めちゃうから食べてよ~」
疑問が色々ありすぎて考えるを諦めこの子が作ったというカレーライスを食べることにした……。
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「久しぶりにまともなご飯を食べた気がするよありがとうサヨちゃん」
後片付けまでしてくれたサヨに微笑みかけると照れくさそうにしながら隣に座り肩に頭を預けてきた。
「サヨはね千華ちゃんの様子をずっーーーと見ていたんだ。 仕事でミスして怒られる姿何度も頭を下げてる姿」
「恥ずかしいところ見られてるなぁ…」
「でもね」
「千華ちゃんはそれでも前向きに仕事に取り組む姿はかっこよかった」
「……………」
「でも千華ちゃんだってか弱い人間なんだからもっと大事にしないといけないよ? 千華ちゃんは皆から愛されてるんだから」
「どうかな……私自身それすら分からなくなってるんだよね。 いつ死んでもいいなんて感情が最近は芽生えてきてさ」
「あくまで私に求められるのは仕事をこなすからだと思うんだ。 仮に仕事をしなくなったら皆離れていく…」
暗い空気になってしまい慌てて取り繕った笑顔で横を見るとサヨは涙を流していた。
「サヨはそんな気持ちのまま千華ちゃんには死んで欲しくないな…だって千華ちゃんが大好きだから。それに昔…助けて貰った時のあの笑顔に一目惚れしてこうしてお世話できたのもすっごく楽しいから!」
昔の記憶を思い出してもこの子にあった記憶はない。
「覚えてるわけないよね、記憶を書き換えたからさ」
「…ううん、記憶が残ってなくてもサヨちゃんの言葉私に響いたよ」
頭を撫でてあげると頬赤くしていた。
(この子は私をずっと観察していて今日元気づける為にここまで来てくれたのね)
「あ、千華ちゃん明日もお仕事でしょ? じゃあシャワー浴びて寝なきゃ」
「そうだった!」
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深夜になり寝息を立てる千華と同じ布団で横になっていたサヨが起こさないように立ち上がり千華の髪をかき分け右首筋を確認する。
小さなふたつの点の様なアザが残っている。
(記憶は消せてもこうして形には残るんだよ千華ちゃん)
そう呟きまた同じ場所角度で自分の口を近づけ牙を立てる。
(んっ……やっぱりサヨが昔新米でこの世界に不慣れな頃、弱ってる私を助けてくれた子供の頃の千華ちゃんの血よりは少し不味いけど癖になる……)
ほんの数量千華の血を吸うと満足気にベランダまでの窓をすり抜け一度も背を向けず真夜中の空へ飛び立っていった……。
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翌朝になるとサヨちゃんはいなくなっており置き手紙だけが置いてあった。
『週に一回は来るから新鮮な血にしておいてね! サヨ』
「はは、新鮮な血って私は輸血パックか何か?」
でも久しぶりに自分の本音を語ったことによりスッキリしまた今日から始まる仕事だが気分を一新して頑張れそうだ。
「よーし! 頑張るか!! …でもその前に朝の満員電車は嫌だなぁ………」
おわり