天使に出会った   作:さらみす

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第3話

 画面の向こうでは鉄血上級機のダミーと分隊が交戦を開始していた。ダミー二機は複数の一般機を従えている。機材を破壊する訳にはいかない為、こちらはイージスの重機関銃による制圧射撃こそ行えないものの、盾を装備した機体と閃光音響手榴弾を駆使して優位に進めているようだった。

 ヴァクリン大尉は機材の最終確認をしていた。分隊員が持ち込んだラップトップでは警備室を抑えられはするが、エルダーブレインの制圧は困難だと考えられる。そのため、電子戦用の装備を拡充した指揮車両と技術大尉の出番だった。

 

 正直、こういう電子戦では人形を使った方が効率的だと俺は思っているし、おそらく他の隊員と当のヴァクリン大尉もそう考えているだろう。イージス型に電子戦用装備を搭載すれば、少なくとも人間よりは遥かに高い効果を発揮する。機械とコンピューターというのは、言ってしまえば人間が楽になるために作られた物だ。

 機械と機械の電子上の戦争に、人間が踏み込むのは正直分が悪いと思う。俺たちはデジタルを認識できない。神経の発火や脳みその動きを突き詰めれば、面倒なことに0と1のデジタルに行き着くのだろうが、少なくとも俺たちの認識の上では、世界という物はアナログな存在だ。

 だが人形は文字通り0と1で認識しているらしい。

 今のご時世では自律人形と接しない人間なんて存在しない。一見人形たちは人間に見えるが、人権がどうたらと言い出すのは限られた一部の奴だけで、大多数はそんな事知ったこっちゃないと思っている。それはなぜかと問われれば、多分大半の奴は、人形は人形だから、と答えるのだろう。作られた存在なのだからと。

 人間に似せて作られ、疑似的な感情を持ち、コミュニケーションを取るのも困らない彼女ら自律人形を、俺たち人間が明確に、俺たちとは違う、と嗅ぎ分けられるのはそういった世界認識の方法を本能レベルで察知しているからじゃないかと、俺は常々考えている。異質な価値観どころか、異なる認識世界で生きている、ある意味の異次元人なのだと、そう肌で感じているのだろう。

 要するに、俺たちは彼女らを自分らの偽物でしかないと思っているわけだ。

 

 画面の向こうでは護衛機すべてを排除し、残る上級機ダミーを破壊せんと攻勢を強める分隊員の姿が中継されている。今の視点は分隊長の物だ。タブレットで隊員と、ついでに機体のステータス情報を確認する。

 装備に若干の被弾を認むが、若干の打撲のみで負傷なし。着弾の衝撃で痣が出来た、程度だ。一番重症なのはエレベーターシャフトから突入し、足の調子を悪くした機体だけ。弾薬もかなり残っている。隊員は節約して使っている。帰りにある程度の部隊と交戦しても十分に切り抜けられるだろう。

 異次元人、デジタル人間か、それとも機械人とでも呼ぼうか。我ながらネーミングセンスの欠片もない。もっと気の利いた呼称は、いや必要ないか。人形の次元と我々の次元。異次元戦争は今のところ俺たちの優勢のようだ。

 当たり前だ。連中は俺たちの認識が出来ないが、俺たちには人形が味方に付いている。連中と同じ認識の、ずっと性能が良い無数の機械兵器群がいる。二つの視点でもって、鉄血を追い詰めているという訳だ。人間と機械の連合軍といった具合だろう。

 

 不思議なことに、機械の相手は機械が一番だという子供でも分かることを、上層部は許可しなかった。イージス型やタランチュラ型による敵ネットワークへの接続は行うなという命令が下されていた。

 行うべきではない、とか。避けるべきである、とかではない。作戦指示書に明確に、人形による接続は許可しない、と明記してあった。だからヴァクリン大尉は、こうやって前時代的な装甲車に搭載した、これまた最新鋭ながらも前時代的な大型演算装置の助けを借りて、彼ら分隊員のように人形へ戦いを挑む。分隊員は肉体を機械で覆って、身体能力を底上げして戦っている。ヴァクリン技術大尉は、言ってしまえば脳みその性能を機械で補正して戦う。体を機械の鎧で覆うか、脳みそを鎧で覆うかの違いだ。大して差はない。

 

 エクスキューショナー型がガンナー型を盾に突っ込む。二機の動きに、隊員は一瞬だけ虚を衝かれた。鉄血機の行動ルーチンはある程度頭に叩き込んだ上での作戦だった。鉄血工造が健在だった時の公開情報及び蝶事件から現在に至るまでの交戦記録だ。ガンナーとエクスキューショナーは、人間でいうならば相棒に近い。片方を見捨てることは絶対にしない。だからメインフレーム限定で考えれば、片方を盾にすることなどは絶対にやらない行動だった。

 隊員たちの射撃がガンナー型の頭部に重大な損傷を与える。つんのめり倒れこむ機体を、エクスキューショナーのダミーは蹴り飛ばした。飛んできた残骸をイージス型が盾で弾くと、その隙間を縫って突入。隊員に斬りかかった。脚部を負傷したイージス型が右腕を伸ばして軌道を逸らす。関節部に敵の太刀を受けたために切断されるが、体勢が崩れた敵の首を掴み、ねじ切った。

 崩れ落ちた残骸と頭部にカメラが向く。床に転がった無表情のダミー頭部は、どこか恨めし気に見えた。まだ熱い薬莢に人工皮が触れている。

 

「あっぶないなあもう」

 

 トロツキーが額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐい、俺は小さく息を吐いた。気が付かないうちに緊張していたようで、強張った筋肉がほぐれるのを感じる。

 ここまでくれば後は地下十階までノンストップだ。途中の階にいる敵は掌握した防衛機構で締め出すか、排除ができる。

 電子戦担当の分隊員がラップトップを警備室の端末に接続し、第三次世界大戦のEMPでネットワークが壊滅して、暇を持て余していたネットワーク部門が作ったウィルスを流し込む。一分もかからずにメインフレームを確保。敵もなにか抵抗らしい事をしていたようだが無意味だった。さして時間も置かずに、基地内部の詳細な情報がこちらに転送されてくる。

 最深部には予想通りエルダーブレイン及び護衛の上級機がダミーを率いて立て籠っているようだった。施設のネットワークから独立した構造らしく、直接内部を見ることはできない。だが警備室が一時的に司令部として機能していたらしく、詳細な配置情報や、下された命令などから、内部のおおよその戦力については見当がついた。

 戦況図を見れば敵部隊が結集するまで二十分以上の余裕がある。鉄血勢力圏内に取り残された部隊を救出しようと、グリフィン一部部隊が食いついているらしい。そのため予想より時間的余裕が生まれているようだ。

 警備室までの道のりは分隊が開拓した為、施設の防衛機構は期待できないが、閉所での戦闘だ。正面からイージス型を破壊できる武装はごく少数。どれも上級機の武装だ。警備室に立てこもればそうそう突破はできない。エルダーブレインを確保すればどんなに包囲されていようが大手を振って帰れるし、失敗して破壊したならば、装甲車と分隊の火力で強引に包囲を突破できるだろう。最高指揮官機を破壊すれば、組織だった抵抗は不可能になるからだ。

 こちらに対抗できる戦力はごく少数で、それを解決するために本来なら数で圧倒すべきところを奇襲されてそれも困難。そもそも軍の介入を招いた時点で鉄血の詰みだ。夕食までには帰れるだろう。メニューは確か何だっただろうか。

 

 

 N-32のデータを見る。敵はまだ捜索をしている様だった。そろそろ打ち切っても良い頃合いで、しかも司令部は俺たちが強襲している。敵がそれを知らないはずがない。もしそうなら追撃部隊が戻ってくるわけがない。

 相当重要な部隊なのだろうか。グリフィンが今回の作戦に投入する可能性があり、敵が司令部の防衛より優先する部隊。事前に渡されたリストの中から該当する部隊を思い出す。AR小隊でも追いかけているのだろうか。構成している戦術人形はI.O.P社の特別性で一点物だと書いてあった。なるほど、AR小隊ならば敵が追いかけまわす理由もわかる。鹵獲した鉄血機には大抵、AR小隊は最優先目標との命令が出されていた。

 

「破損した三番機は警備室防衛にあてます」

「当初の予定通り分隊から電子戦担当含め、三名をここに配置します。よろしいですかな?」

 

 トロツキーとカザロフ曹長が俺の許可を求めている。

 

「ああ、それでいい。技術大尉、準備はよろしいですかな? 大尉?」

 

 大尉を見れば、緊張か武者震いか。真っ蒼な顔でぶるぶると震えている。

 

「大丈夫だ中尉。なんの心配もないよ」

 

 声が震えている。静かに水筒を差し出すと、彼は一気に呷った。落ち着きを取り戻したのだろう。ふうっと息を吐く。

 

「ありがとう。大丈夫だ。きちんとやってみせるさ」

 

 まだやや震えてはいるが、少なくとも問題はなさそうだった。それも仕方がない。向こうは暴走したとはいえ、新進気鋭だった鉄血謹製のAIだ。性能は他のとは段違い。緊張するなというのも無理がある。俺たちの仕事は終わりかけでも、大尉にとってはこれからが本番だ。

 

 分隊は三機のイージス型を伴って地下十階に急いだ。施設全域の敵は防衛機構、例えば壁に据え付けられた自動機銃やらで排除する。司令部全体が大混乱になっていることは、転送されてくるデータ群で分かる。まさしく一網打尽といった具合だ。

 途中の隔壁は全て警備室からの操作で解放。障害は何もなかった。

 地下十階。司令部最深部の防護隔壁前に部隊は展開する。今度は派手に暴れられるとあって、イージス型も若干やる気に満ちているように見える。分隊員が手筈通りに爆薬を設置。起爆。

 セオリー通りに閃光音響手榴弾と、ついでに煙幕弾を投げ込む。イージスを前面にして分隊員が突入。映像が途切れる。

 

「え?」

 

 トロツキーが声を上げた。直後に感じたのは強い揺れだった。思わず座席にしがみつく。水筒やらタブレットが床に落ちる。

 

「どうなってる……」

「ECMか?」

 

 曹長はコンソールで状況を調べ始める。軍用装備が、たかだか鉄血に沈黙させられるとは考えられない。何かの間違いだろう。

 曹長がモニタに現在の情報を表示させる。表示と言っても、何も浮かばない。真っ黒な画面だけだ。上空を飛ぶドローンや、タランチュラから得られる偵察映像。ついでに言えば戦況図から何から何まで、全てが消えていた。高度なレーダーやセンサを搭載した戦場の目であり耳であり、頭脳である俺たちの乗る指揮車両は完全に五感を喪失したみたいだった。指揮官用のタブレットも、ついさっきまで表示していた多くの戦術情報が消えている。登録されている全てのカメラも、オフラインと表示されていた。

 

「中尉、中尉。今状況はどうなっていますか?」

「あ、ああ……分からないんだ。それが」

「分からないなら調べてください。今は手が足りない」

「あ、ああ。そうだな。そうだ」

 

 カザロフ曹長が、情報が欲しいと俺に言う。その通りだ。情報こそが現代戦の肝だ。まずは分かりやすい事から調べないといけない。

 まずは、と車両の状態を確認する。車外カメラはまだ動いている。画面に映し出されたのは噴煙だった。少なくとも咄嗟にそう思った。鉄血司令部のある方角から、火山の噴火のような大量の煙が上がっている。

 

「通信は?」

「ダメです、回復しません」

 

 トロツキーが首を横に振る。

 

「レーダーもか?」

「全バンドやられてます」

 

 カザロフ曹長が言う。

 

 時間はあまりなかった。こうなった以上、敵にこちらの場所が割れていると考えても良いだろう。分隊を見捨てて撤退するか、それともこのまま残るかだ。俺が撤退命令を出せば、おそらく分隊は全滅する。十二名の人間が死ぬ、という事だ。だが残ったところで、通信もできないイージス二機で何ができる。車両では敵施設に突入もできない。分隊のように装備で固めているわけでもなく、そこら辺のPMCと大して変わらない自衛用の武装しかない。

 それにあの煙だ。地下にいる彼らが生きている可能性は限りなく低く、歯痒い事に生き残っていたとしても救出する能力がない。

 最悪だ。勝てるはずの作戦を失敗だと? 俺が? どう申し開きをするんだ? 

 

 申し開きだと? 

 

 俺は、自己保身を考えたのか? 自分の姑息さに気が付き愕然とする。分隊員の命じゃなくて、まず最初に俺は自分の立場を心配した。馬鹿な。

 

「技術大尉……ヴァクリン大尉、何をしている?」

「誰だ光学迷彩を解除したのは!?」

 

 運転手のエリツォフが怒声を上げる。技官である彼に意見を求めようと見た時だった。携帯メモリをコンソールに接続していた。直後に光学迷彩が解除されたと、機械音声が読み上げる。

 

 お前のせいか。

 

 咄嗟にメモリを引き抜き、後頭部に拳銃を突き付ける。裏切者かは知らんが、少なくとも光学迷彩が解除されたのに彼が関係していることには間違いない。

 

「エゴール・ヴァクリン技術大尉、貴官は何をしているか」

「私は……」

 

 彼は口をもごつかせる。これ以上妙な真似をさせないよう、後ろ手に手錠をかける。できれば使いたくはなかった指揮官の備品の一つだ。

 

「息子の……ためだ」

「なに?」

 

 彼がようやく絞り出した言葉は意味が分からなかった。息子だと、ここで? 脈絡が感じられない。鉄血は機械で、彼の一家は確か政府直轄地。身柄の安全は保障されている。これが人間相手ならスパイも考えれるが、相手は戦術人形だ。

 

「エリツォフ、作戦を中止。C地点に移動。急げ!」

「了か──」

 

 爆発音。今回は近い。続いて小さい爆発音が二つ。エンジンが急にうなりを上げる。指揮車両は急発進。体勢を崩して壁に頭をぶつける。鈍い痛みで顔で思わず顔をしかめ、反射的に当たった部分を触ると鋭い痛み。手には湿った感触があり、出血しているようだ。

 吊るしてあったヘルメットを急いで被る。すぐに失敗だと悟る。傷に当たってひどく痛む。だが、またぶつけるよりはマシだ。

 

「三番車と護衛がやられました」

 

 外を監視していたトロツキーの押し殺した声に俺は返答しない。そんなことは分かっている。分かっているが、信じたくはない。車内には四方八方から敵弾が当たる音が響く。フィルタでカットされているそれは、ある意味雨にも似ていた。文字通りの弾雨だ。包囲されているらしい。だがどうやって。

 地下から来るのはある程度想定していた。だからめぼしい場所にはセンサを事前に配置している。その位置が割れていたのだろうか。だがここまで接近されるには、各種索敵機能を喪失した後では時間が足りない。

 意味が分からない。だが考える事はやめない。考えるのをやめるという事は、すなわち死ぬ事と同義だ。俺はまだ父親にも爺さんにも会いたくない。写真と墓場で十分だ。

 

「曹長、応射!」

 

 25ミリ砲塔が独特の射撃音を響かせる。第三次大戦中では同型車は30ミリが多い中、圧倒的発射レートでもって対人戦で猛威を振るった武装だ。区画をなめるように撃てばその方角からの着弾音は消える。

 そうだ。俺たちにはこれがある。何のために武装車両を持ってきたと思っている。向こうはこっちを正攻法では殺せないが、こっちは好き放題殺れる。

 

 前方で爆発。収音マイクが少女の声をとらえる。ここであいつが出てくるか。地獄に落ちろくそったれ。

 

「ちょこまかと! なんで当たらないのよおお!」

「敵上級機! デストロイヤー!」

 

 俺たちの兵器を真正面から破壊できる武装を持った、数少ない鉄血機の一機。そしてこの戦域に投入されると想定された機体でもある。他の鉄血機とは違って幼い造形をしている。武装は大型のグレネードランチャー。大戦期の軽装甲車両程度なら撃破可能だ。つまり、当たったら厄介なことになる。俺たちの天敵に近い。

 戦死の文字が脳裏にちらつく。

 

「きゃああああ! ちょっとやめなさいよ! 後がひどいわよ!」

 

 馬鹿みたいに擲弾を撃ちまくる奴から気の抜けた悲鳴。曹長が高所に陣取ったデストロイヤーに掃射を浴びせたからだ。運がいいことに当たらなかったらしく、こちらの神経を逆なでするセリフを吐き出す。だがおかげで攻撃が止む。

 あのガキを黙らせん事には煮えくりかえった腸が治まりそうにない。野郎は早死にするのが一族の伝統と言っても、わざわざ従ってやる義理はない。

 

「デストロイヤーを最優先で撃破しろ! あれは──」

 

 車体が何かに突き上げられた。




デストロイヤーファンの皆様、大変申し訳ありません。

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