天使に出会った   作:さらみす

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第4話

 俺は天使に出会った。

 

 くそったれなガキ、つまりはデストロイヤーがやってきたという予想に反して、天使だった。

 搭乗員用の上部ハッチからひょこりと顔を覗かせる少女は、よく晴れた青空も相まってなおさらに美しく見えた。想像してみると良い。透き通るような青みがかった銀髪と空の蒼を。エメラルドもかくやと言わんばかりの目で、この薄汚い場所にいる俺たちを天上から見下ろしている姿を。

 

 皆が死んだし、多分俺も死んだ。カザロフ曹長は位置的に俺の盾になったのだろう。背中に大量の破片が突き刺さっていた。

 彼をすり抜けた一部は俺にも刺さっている。何かに突き上げられた衝撃。多分対戦車地雷かIEDに改造したデストロイヤーのグレネードだろう。俺たち二人はそれの衝撃で吹き飛ばされ、床に倒れている。トロツキーなんて爆発の真上にいたものだから、全身がずたずたに吹き飛んでいた。頭は俺のすぐ近くに転がっているが、ちょうどイージスが握りつぶした鉄血機みたいになっている。ヴァクリン大尉は見えないが、俺が目を覚ましたころにはまだ呻いていた。今はもう静かなものだ。

 

 その時俺は、半ば本気で自分が死んで、彼女が迎えに来てくれた天使だと思い込んでいた。痛みも特になく、頭がぼやけることもなかったからだ。すっきりと冴えた頭で、まったく冴えてない事を信じ込んだ。

 というのも、うちの家系の男衆は代々早死にする。どいつもこいつも戦場へ行ってはさっさと、子供と女房、自分の母親の前から姿を消してしまう。俺には子供も女房もいないが、とうとう番が来たかと、そう思った。

 

 思えば子供の頃から、自分が年老いた姿というのがまるっきり想像できなかった。見本になるはずの父親は、俺がまだ学生の頃に死んだ。士官大学に入るか入らないかで悩んでいたころだ。士官の家族には推薦枠があったし、あってはならない事だがある程度のコネも効いた。母親と婆さんには悪いが、何となく自分も早死にするのだろうと思っていた。多分直感なのだろう。俺たちは長生きはできないと。先祖が何をやらかしたのは知らんが。そもそも何かやらかしてすらいないのかもしれない。そういう非科学的な事は信じたくはないが、人は何かに意味を求める生き物とも知っている。

 

 もういいだろう。そろそろ天国か地獄かは知らないが、ここから連れて行ってくれ。俺に覆いかぶさるカザロフ曹長の体の下から、そっと右手を差し出した。この場所から引き揚げてくれと、そういう合図だ。

 彼女は自分を見る男、つまり俺に気が付いたのだろう。一瞬ぎょっとしたかと思うと、口を動かす仕草をして見せた。口の動きから多分、生存者といったのだろうと推測する。

 最近の天使は近代化しているのか。いっちょ前に銃なんか提げちゃってと、そう呑気に構えていた俺は、その仕草からどうやら自分は死んでいないようだと気が付く。

 山ほど射ち込まれた鎮痛剤やら鎮静剤の影響かもしれない。俺の頭はずいぶんと緩くなっていたみたいだ。

 

「グ、グリフィンか?」

 

 自分の声が思った以上に掠れていることに驚く。少女は少し黙った後ゆっくり口を開いた。

 

「……ええ、そんなところよ。少し待って、今引っ張り出すわ」

「いや、大丈夫だ。出られる」

「片足がないのに?」

「なに? そんな筈が……ああ本当だ」

 

 見れば左足の膝から先がすっぱりと消えていた。激痛を感じ悶え苦しみ、ついでに喪失感に涙を流さなければならない状況なのに、俺は全く何も感じなかった。考えたことは、どうやって基地まで戻るかだ。唯一鉄血司令部付近に停車している兵員輸送車に乗り込むのも良いかもしれんが、無事である保証はどこにもない。

 俺がこれだけ自分の体に無関心になれる理由については心当たりがあった。医療部の連中が作った薬剤にある。人間の兵員というのは何度も言うが、馬鹿みたいに高価で、かつ育成に時間がかかる高級品だ。そんな連中がちょっとした怪我で錯乱して、本来ならば帰られる状態で帰れなくなる。つまりは失う事は避けたい訳だ。

 

 ならこういう緊急時、大量の薬剤を自動投与して痛みやらなんやらの、冷静で適切で最善の軍事行動を行えなくさせる要因を取り除こうと、そう考えたらしい。

 現状、血は噴き出ているが勢いはそこまででもなかった。全身に着込んだ各種装備が全力で簡易的な止血を行っているらしい。だが高性能な服にも限度がある。紐や布切れできつく縛り上げた方が止血効果は高い。

 

「ほら、さっきみたいに腕を出しなさい」

「やめておけ、服が汚れる。後部扉があるから、そこからの方が楽で良い」

 

 少女が持っている骨董品じみた銃。確かドイツメーカーの物だっただろうか。もう現代では運用されていない骨董品にはあまり詳しくないし、俺が使ってきたのは完全軍用の装甲人形であって、民間向けの流用である壊れやすい機体は使ったことがない。そういう部隊もあるとは知っているが、関わりもなかった。

 そのドイツメーカーの銃を持った少女が上部ハッチから潜り込もうとするのを止める。車体後方の兵員が主に乗り降りする扉がある。そこからの方が出るとき楽だ。

 

「汚れる? 今更よ。それに歪んで開かなかった」

「使えないポンコツめ。違う、君の事じゃあない」

「当然。わたしは完璧よ」

 

 天使はこうやって下界に降りてくるわけだ。ドイツメーカーの自動小銃を持った彼女は、車両内に入ると俺を引き起こした。腕やらを握られた時の柔らかい感触は、手袋越しですら工業製品とは思えない柔らかさだった。硝煙や油の匂いに交じった甘い香り。石鹸にも似た匂いだ。それはある意味麻薬にも似た。やったことはないが、ガンパウダーを吸った気分だろう。大量の薬で無理やりに黙らされているが、確かにどこかに存在している激痛やらの、軍が不要と切って捨てた物が癒される気分だ。

 

「整備班……メーカーに苦情を出さなきゃな。受け付けてくれるといいが……どうやって出る?」

「ダミーに手伝わせるわ」

「便利で羨ましいよ。俺のふっとんだ足はどこだ? 状態が良ければくっつけられる」

 

 第三次世界大戦中、体を欠損した兵士が山ほど生まれたから、それをもう一度戦力化し、使えるように修理する技術は大いに発展した。だから大抵、ぐちゃぐちゃにさえなっていなければ再縫合可能だ。最近は高性能で生身と変わらないどころか、ぐっと性能が良い義肢がある。俺も申請すれば付けてもらえるだろうが、生身の感覚には代えがたい。親からもらった最初の贈り物だ。大事に使っていきたい。

 それにどうにも、自分の体を一部とはいえ、機械に置換するのには抵抗があった。

 

「どれもダメそうよ?」

「無事なのも。ダメだな。あの大きさはカザロフ曹長のだ」

 

 肩を貸してもらい、今まで寝ていた寝床に転がる足を見ればどれも真っ赤になっていた。血飛沫がとか、そういう問題ではない。小さく舌打ちをしたのは、彼女に聞こえてはいないだろうか? 多分聞こえているだろう。人形の耳は良いと評判だ。あまり行儀の悪い部分は見せたくない。

 こんな状況で何を考えているんだ俺は、と内心笑える。部下が死んで、友軍が死んで最初に気にすることが自己保身。次に女にどう見られているかだ? 人格が破綻してるんじゃないのか? 

 

「早く行きましょ。失血死したくないのならね」

 

 体をぐいっと持ち上げられ、浮かんだ体を車体上部に居る少女のダミー一体に引っ張り上げられる。ダミーは少女にそっくりの見た目だが、より機械らしい。はっきり言ってしまえば、完全に無表情だった。人間味を感じる、というよりも完全に人間にしか見えないメインフレームとは明らかに違う。親機の指示に従う支援用の子機だ。求められる最低限の能力で安く仕上げた方が良い。

 だがそれにしても、人形はそれなりに力が強いとは知っているが、年端もいかない少女の外見で、かつ細腕なのに成人の男を軽々と持ち上げられると脳が混乱する。

 ダミーの見ている映像はメインフレームにも共有されているらしく、つまり俺のプライドが傷ついたり、困惑している顔が見られたという事だ。彼女が何となく苦笑いした気配が伝わる。ちょっとした振動、筋肉の動き。力の強まり具合で分かるという物だ。

 

 

 

 車外はひどい惨状だった。大量のグレネードや銃弾が飛び交った後が残されている。ひときわ大きい爆心地は俺たちの車両だ。地面に大穴が開いている。生きているのが奇跡だ。カザロフ曹長には感謝してもしきれない。彼が居なければ確実に死んでいた。惜しい男を亡くしたものだ。

 俺を引っ張り上げたダミーの他に、周辺警戒を行っている機体が一機。他には見当たらない。

 

「何をしているんだ?」

 

 地べたに降ろしてもらった俺は、大破した指揮車にもたれながら彼女に聞く。一向に中から出てくる気配がないからだ。むしろゴソゴソと何かを漁っている物音すらする。機密的には大問題だし、グリフィンに知られてはいけない情報もそれなりにある。だが制止する気分にはならなかった。

 

「中を調べてるのよ。何があるか調べるために来たのだから。怠け者の誰かが手伝わない限り、帰るのが遅くなるのよ」

 

 最後の言葉は俺じゃない誰かに言っているように聞こえた。仲間が居るのだろう。大方こちらを監視しつつ周辺警戒を行っているに違いない。この周辺でそれに適した場所と言えば、正面のビルだろうか。

 挨拶代わりに手を軽く振ってみる。

 

「見当違いよ」

「おっと」

 

 場所が違ったようだ。

 彼女はまだ出てくる気配がない。

 

「責任問題になるから漁るのをやめろ、といったら止めてくれるか?」

「それは命令? 止められる物なら止めてみなさい。貴方のために医療キットを探してるのよ。ついでに武器やらの物資もね」

 

 美女に貴方の為と言われて悪い気分になる男は居ない。むしろ良い気分になる奴が大半だろう。良い響きだ。あなたの為に。もっと別の状況で言われたかった。

 

「座席の下だ。収納棚にはない」

 

 俺は手をこすり合わせた。薬品と初期の止血は自動で行われていたが、それはあくまでも初期の措置だ。血はいまだに流れている。つまり、血液がけっこうな勢いで失われ、ついでに体温も下がっていっているという事だ。末端からゆっくりと、生体維持に不要な部分から機能が続々と撤退していく感覚を、冷静かつ、痛みにジャミングされないクリアな意識で突きつけられるのはあまり良い気分ではない。

 

「あったわ。安心しなさい。見られたくなさそうなものは消したわ」

「君の頭脳の中の物もか? まあいい……感謝するよ。鉄血に漁られるよりはマシだ。頼みがある」

「なによ?」

「これ以上何かを頼むのは心苦しいが、ドッグタグを回収してくれないか? 死体は無理だが、せめてそれだけは持ち帰りたい」

 

 しばらくして出てきた彼女は医療キットや軍用小銃の、いわゆるサバイバルキットを持っていた。血みどろの手から下がるドッグタグの数は、俺の部下とヴァクリン大尉を含めた数と一緒だった。医療キットを受け取ろうと手を伸ばした俺を、彼女は制止する。代わりにドッグタグをよこして渡す。俺はポケットに大事にしまい込む。

 

「ここはまだ危険よ。別の場所でやるわ。まだ持ちそう?」

「少し寒い程度だ」

「なら急ぐ必要があるわね」

 

 彼女は手早く止血処置を、つまり布切れで傷口をきつく縛り上げた後、ダミーに俺を背負わせた。背負うというよりは、肩に担ぐと言った方が正しい。女の細い肩に担がれる大の大人。見るからにバランスが悪そうで不安になる光景だが、これが意外と安定感がある。

 

 

 

 移動を開始。去り際に見えた運転席には、首をすっぱりと切り裂かれたエリツォフが見えた。何が起きたか分からないみたいに、目を見開いて口も半開きの。位置的に一番生存している可能性が高かったから、もしかしたらと淡い期待を抱いていた。彼の近くには鋭利な破片。飛んできたこいつが、首の動脈をすっぱりと切り裂いたのだろう。運が悪かった。本当に、エリツォフは運が悪かった。

 もうここには部下たちは居ないと、目を閉じる俺を担いで、死角からの急襲を警戒しつつの移動。物陰から物陰へ。常にどこかに遮蔽物を確保している。基本と言えば基本だが、その分練度がよく分かる。俺の眼からすれば、彼女は一級の兵士だった。

 

「どこへ行く?」

「貴方が見当違いの方向を向いて挨拶した怠け者と合流して手当。その後、わたしたちの隊長のところへ行くわ」

 

 囁くように聞いた俺の声は、案の定彼女に届いているようだった。返答したのは意外にもダミー。彼女が直接返答すると思いきや、至近距離から放たれた言葉にやや驚く。

 

「さっきのデストロイヤー。あれは君たちが撃破したのか?」

「撃退よ。しぶとい奴だったわ」

 

 そうか。まだあいつは破壊されていないのか。次に会った時は必ず俺が仕留める。身勝手な怒りだとつくづく思う。部下の為ではない。おそらくは、俺の為だ。自分の無能と下劣な人格を棚に上げて、そのはけ口をあのガキに求めているのだろう。

 俺は生きている。生きているなら、一撃食らわせる機会はあるはずだ。

 

「北部を監視していたのは貴方たちね?」

「ドローンか? その通りだ。良い腕だよ。結局見つけ出せなかった。あの部隊は君たちが?」

「陽動に引っかかった鉄血部隊をやけにしつこく観察してるドローンがあったから、気になったのよ」

 

 なんてことだ。顔を覆いたい気分だ。全く見当違いの方向だったわけだ。何が正規軍だ。戦場の全てを把握していると思いきや、何も分かっていなかった。俺たちはただ無様を晒しただけだったみたいだ。

 

「ついたわ」

 

 やや離れた場所にあるビルの前で彼女は立ち止った。看板から、俺も知っているそれなりの企業のオフィスだと分かる。指揮車までの距離からして、おそらく狙撃中を持った人形がここに居るのだろう。

 俺を背負うダミーがビルに入った。




やっと416が登場。ここまで長いようで短いようで長かった。416を讃えよ。崇めよ

2019年7月28日追記
416の一人称代名詞を『私』→『わたし』に修正。不覚だった。愛と観察眼と読み込み全てが足りなかった。

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