天使に出会った   作:さらみす

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第6話

 正直自分でも馬鹿らしいと思う。もしも知り合いがそんなことをしているのを知ったのならば、無意味だからやめろと言葉を選んで忠告しただろう。だが彼女を探さずには居られなかった。

 

 俺が鉄血と交戦し部下を全滅させたらしい戦場から生還すると、待っていたのはリハビリだった。規定量を大幅に超えて、いっそ自殺志願と言える大量の薬剤投入での意識障害。全身の打撲にめり込んだ破片。吹き飛んだ足。

 破片は摘出して切り傷は縫合し、感染症を防ぐためにこれまた薬漬け。どこかに落として忘れた片足にあつらえた義肢──誰しもが母親から貰う肉体と同レベルの感覚を備えた品らしい。それの調整。

 それらを受けていた俺は、どうやらずっと寝込んでいたみたいで何も覚えてはいなかった。

 

 

 

「彼女らが貴様を助けたグリフィンの部隊だ」

 

 病室で寝ている俺に向かってシャモフ少佐が言う。俺はというとバカみたいな真面目腐った顔で敬礼をしていた。目の前にははにかんで微笑む少女たち。ちょうど学生くらいの見た目で、休日に友人やらボーイフレンドやらと遊びに行くみたいな恰好をしている。

 

「ありがとう。君たちが居なければ俺はここに居ない、と聞いている。……申し訳ないが、救助された時の事はよく覚えていないんだ」

「気にしないでください。負傷者を助けるのは私たちの仕事でもありますから。それにお礼ならこの子に」

 

 部隊長らしいおっとりとした長髪の娘が隣に立つ少女を見やる。

 

「この子が破壊された装甲車からジャロフ中尉。貴方を見つけ出したんです」

「ありがとう。そうか……君が。まだ若いのに大したお嬢さんだ」

 

 姉妹だろうか。よく似た顔立ちだが利発そうな少女だった。赤いリボンで結ばれたツインテールが印象的だ。礼の言葉を述べる最中、ふと思い浮かんだ感覚があった。明確な否定。ボタンを掛け違えたような強烈な違和感だ。これは違う。そう、これは違う。俺を救助したのは彼女らではない。

 

「今度お礼の品を送らせて貰えないかな? もしよかったら、ご両親にも」

「ジャロフ中尉?」

 

 シャモフ少佐が怪訝そうな声を上げる。目の前のそろってグリフィンに勤務している姉妹。それぞれ95式、97式と暗号名を名乗った彼女らも不思議な物を目の当たりにした時の表情を浮かべた。

 

「なにか不味い事を? それなら申し訳ない。少佐?」

「中尉? 分からないのか?」

 

 少佐の言葉でふとある考えが浮かんだ。いやまさか、と否定したい。だが言葉に出さなければ分かる物も分からない。話し合わなければ通じないのは、人類が言語を獲得した時から、いやそれ以前の鳴き声とボディーランゲージの時代からそうだ。

 

「君たちは人形なのか?」

「うんっあ、はい!」

 

 97式は元気良く答える。

 

 

 

「少佐。自分が起きて以降、接してきた者の中で人形なのは誰ですか」

 

 二人が去った後に聞いてみた。彼は窓から渡り廊下を歩く二人を見た。沈黙に耐えかねて身じろぎすると、シーツがこすれる音が思いのほか個室によく響いた。

 隅に置いた紙コップに入った代用コーヒーを手に取るのが見えた。本物のコーヒーなど、もうしばらく飲んでいない。飲みたいとも思わなかったが。入れた時には立っていた湯気はもうない。ため息交じりに口を開く。

 

「どれ、ではなく誰、か。まずあの二人」

 

 渡り廊下を渡り終えた95式と97式の姉妹。いや姉妹と称すのは不適か。同系列機と称した方が良いかもしれない。それを指さした。楽しそうに話している二人の姿が壁の向こうに消えた。どう見ても人間の仲が良い年若い姉妹だ。

 

「最近のIOP製人形はよく出来ていますね。人間にしか見えない。さっぱり分からなかった」

 

 気を紛らわそうと軽口を叩いてみるが、どうにも上滑りする。

 

「出来が良いのは認めるが、そういう事じゃないだろう。この階の担当看護婦。年配の一人を除いて全員だ」

 

 これには少し驚いたが、やっぱりかとも思った。看護婦というのは重労働だと聞いているし体力仕事でもある。そういう分野こそ人形を積極導入してきたという歴史がある。人間より長く働けて、それによっぽどタフだ。設定すれば精神的に参る事もない。もっとも、参っている風の人形が本当に参っているかと言えば話は別だが。

 

「ここで接してきたほぼ全員、ですか」

「まあ、そこまで困る物でもないだろう。無いと信じたいが」

「治りますかね」

 

 一番の関心事はそれだった。治るか否か。他人と違うというのはどうにも座りが悪い。他人には分かるが、自分には分からない。誰しも特別でありたいものだし、俺も他人と比べてわずかでも良いから特別な面が欲しい。皆平等が良いなど嘘っぱちだ。

 

「さあ、医者に見せない事には……ここは病院だ。相談すると良い。そこのナースコールを押せばすぐに飛んでくるぞ。人形が」

 

 至極もっともなことを言った。

 

「回診の時で良いですよ。……あの二人、私を救助した人形ではありません」

「なに? 思い出したのか?」

 

 椅子に座っていた少佐は腰を浮かせた。

 

「いや、あー。そうかもしれません。曖昧ですが、銀髪の人形でした。そんな気がします」

「気がするってお前。さっきの二体の部隊にも銀髪のはいた。それの事だろう……これだ」

 

 彼は手元にある資料をめくり、あるページをトントンと指で叩いた。見ればPP-19と書かれた少女の写真が載っている。銀髪の人形だが違う。詳細を思い出そうとしてもどうにも浮かばない。全ての記憶が曖昧だった。

 大量のジグソーパズルを箱に入れて、思いっきり振ったようだった。一つの物ならなんとか角を見つけて組み上げる事が出来る。だがそれが複数だ。全ての記憶が同時に進行していて、そうではない。確かに少佐が言う部隊に助けられた気もするし、いや俺は自力で脱出したのだ、という記憶らしいものもある。そもそも作戦なんてなくて、宿舎で眠りについて、起きたらここに居た、という気もする。

 だが俺は確かに出会った筈だ。銀髪の人形に。それだけは確信できた。

 

「この人形じゃありませんよ」

 

 意識しなければ、この子、彼女と言ってしまいそうだった。これは人形だと強く自分に言い聞かせる。我々とは異なる認識世界を持つ異次元人なんだぞ、と。人類誰しもが判別できる事だ。俺にできないはずはない。少し調子が悪いだけなら、すぐに整える必要がある。

 

「行動記録とグリフィンに問い合わせた結果だ。こちらのログと向こうの報告が一致した。一致しないのは、お前の今の主張だけだ」

「しかし全て報告せよと」

「報告は受けた。受けたうえで結論が出た。もういいんだ。お前はこの、民間軍事企業グリフィン&クルーガー社の備品である小隊に救出された。そういう事だ」

「記録が改ざんされている可能性は無いのですか?」

「ない。あったらもっと大騒ぎしているさ。そもそも連中は企業だ。我らが連邦法で動く合法の企業。なぜ違法行為を行う? 鉄血の相手に手を焼いているこの時期に? 連中は今人形の保有枠を広げるよう申請中だぞ? 軍の記録を改ざんしたとバレてみろ。全ておじゃんだ」

 

 頑なな少佐の対応がやけに不自然だった。明らかに何かを隠している。ただ隠しているのならば良い。知る権利がないってやつだ。軍人なら、いや役人で民間会社所属でも、誰しも遭遇するだろう。お前は知らなくて良いという文言には。

 だがそれは、俺の砕けた出来の悪いジグソーパズルが如き記憶に関わることだ。

 

「何か、知っておられるのですか?」

「ああ知ってるさ。部隊が全滅する中、唯一生き残ったお前はあれに助けられたんだ。助けられたんだよ。助けられた、それでいいだろ? 何が不満だ? お前はレストランで提供されたコップの管理番号が何番の物か気にするのか? する変人もいるかもしれないが、俺は気にしない。汚れてない物だからな」

 

 吐き捨てるように言うと代用コーヒーを一気に飲み干しポットから新しく注いだ。暖かそうな湯気が立っている。

 

「少佐」

「お前も飲むか? ただ苦いだけの不味い物だが。紙コップの番号も知りたいか? バーコードの番号で良いなら読み上げても良い」

「お願いします」

 

 彼は深々とため息を吐いた。

 

「ああ知ってるさ。知らないという事を知っている。お前は連中に助けられたんだ。そこに間違いはないさ。それでいいだろ?」

 

 

 

 

 退院後に死んだらしい仲間たちの遺族と、少佐同伴で話をした。全員には会えなかった。精神が参りそうになったが、それは向こうも同じことだった。結局持ち帰れたのは指揮車両に居たメンバーのドッグタグだけだった。ただの金属の板を故人として弔わなければならない気持ちが分かるか? と詰られた事には全く何も言い返すことができない。ヴァクリン大尉の息子。まだ中学に入りたての少年だ。彼の刺すような視線が耐えられなかった。

 

「作戦記録はもう提出された。今お前に責任を問うかの審議が行われている」

 

 基地へ向かう車の中でシャモフ少佐は言う。だからそれまでの間は待機。あまり心象を悪くすることはするなと言い含められた。つまり本当はどうだったのかは嗅ぎまわるなという事だ。

 

「ところで義足には慣れたか?」

「いえ、あまり」

 

 正直な話を言ってしまえば、この与えられた義足が生身の肉体と寸分違わぬ感覚を備えているというのは真っ赤な嘘だった。担当技師も医者も首をひねり最後には精神的な問題だと結論付けはしたが、少なくとも俺はそう判断した。常に足に違和感を感じ、引きずるように歩く。感覚にフィルターがかかっているみたいだった。

 感覚をカットする機能があると聞いて一度やったことがある。不思議な気分だった。片足で立っているのに安定している。宙に浮いているのにも似ていた。一歩前に踏み出すと途端に転ぶ。感覚もないのに動かそうと思えば動く。自分で動かしているのに勝手に動いている機械アームを眺めている気分というのは妙な不快感だった。

 

 数日後、ある程度の用事が片付いた頃にやったことは作戦行動ログの確認だった。当然と言えば当然だろう。たとえ改ざんされた可能性が高いとしても、今現在分かる情報で真っ先に手に入るものと言えばそれだった。待機の間は言ってしまえば休暇だ。自由に動ける時間は無限にあるわけじゃないが多いに越したことはなかった。もし咎められても言い訳は可能な範囲だ。早速の事で少佐は良い顔をしないだろうが、少なくとも止めはしないだろう。

 機械然とした、というよりは機械そのものの軍用人形の歩哨に身分証を提示。情報閲覧区画に入る。人間の守衛が居る警備室前で入室目的を記入。昔懐かしの紙での記帳だ。俺の欄の前にも複数人の名前がある。走り書きだったり達筆だったりと階級も目的も様々だ。老年の守衛の許可を取り入室。

 先客がいた。比較的若い軍警察の男だった。この部屋を最も利用する部署の人間だ。階級は少尉。立ち去るところだったらしく鉢合わせた。互いに敬礼してすれ違う。

 個室状のブースはいくつか埋まっていた。渡された番号に入り端末に接続。自分のアカウントにログインする。作戦記録閲覧を呼び出し、日付順に並んだ行動履歴から作戦の記録を選ぶ。ここで再度パスワードを入力。作戦関係者のみが知っている物だ。人間が指揮する戦術人形と、完全自律駆動の人形群による戦闘データの収集、という表向きの作戦目的から、鉄血エルダーブレインの奪取という本来の物に切り替わる。

 音声データや映像を含めた行動履歴を見る分に、鉄血の襲撃により指揮車両は大破。その際記録端末は大半が吹っ飛んでいる。俺の体に装着された生命維持装置の録音は不明慮。次にアクセスされたのは敵司令部付近に隠匿した突入部隊の車両だ。それを使って脱出を試みたらしい。その際重症で死にかけている俺の要請で薬剤の大量投与を行った、という事になる。全く持って知っている情報ばかりだった。

 合成されたデータ群かもしれないが、少なくとももう何十年も前から人間は生身でそれを見分けようという試みを諦めていた。代わりに診断ソフトを作ったが、あとはいつも通りのいたちごっこだ。機械が合成データではないのだと言っているのだからそうなのだろう。としか今のところ判断できない。

 だが少なくとも、まともにデータが残っていない期間がある。この空白期間に何があったのかを知れれば、一番手っ取り早いのは思い出すことだが。そうすれば全てが分かるだろう。

 

 控えめなノック音が聞こえた。他の個室かと思いきや再度のノック。俺の背後の扉からだった。顔を起こして腕時計を見ればもうかなりの時間が経ってる。夜中だった。申請した際に書いた使用時間を過ぎている。守衛が追い出しに来たのだろう。扉を開ける時はログアウトする規則になっている。初期画面に戻して扉を開けると先ほどすれ違った軍警の男。

 戸惑っている俺に対し彼は口を開いた。

 

「ヴァレリー・ジャロフ陸軍中尉。ご足労願いますか?」




少佐の何が不満だ?のあたりは個人的に書きたかったセリフなのでちょっと満足

416を崇めよ称えよ我らに救いを

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