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結局、こうなるのか。
彼は今、道路の真ん中で迫りくる車に轢かれようとしている。
近年流行っている低燃費を謳う軽自動車であったのなら致命傷を免れたかもしれない、しかし見えているのはスピードのついた巨大なトラックだった。
彼は車との衝突までの与えられた僅かな猶予の中、倒れる形となっているのでその場から動くに動けず、出来ることと言えば目を見開いてその時が来るのを必死に覚悟するぐらいだ。
今の所、彼がこの人生で最後に見た風景はトラックのナンバープレートになりそうである。
とても不幸なことに、それは彼が今のところ一番避けたい死の風景とソックリだった。
これは自殺ではない。
車道にいた子供を、明らかに信号を無視して突っ込んでくるトラックから庇ってしまったからだった。
いささか安全意識の欠ける坊やの方は歩道側で何が起きたかも分からず転げて、怪我と言えば突き飛ばされた際にできた膝の擦り傷ぐらいだったので、その点については不幸中の幸いだったかもしれない。
それを喜ぶ時間は彼には与えられていなかったけれども、ともかく彼の目論見は成功を収めていた。
自身の安全を除いてだったが。
しかし、だからといってこの状況が崇高なる自己犠牲精神の究極の形による発露によって引き起こされたものでもない。
彼は殆ど咄嗟の判断でそうしただけであって、己が死んでもいいなどとは微塵も、一欠片も思っていない。
むしろその逆だ、酷く死ぬことを恐れていた、生き汚いとか自分に甘いとか言われる、そういうタイプの人間として生きていた。
横断歩道を渡る時はいつも左右を確認し、動く車がないかしっかりと見据えて、早足で白線を渡りきって、もし突っ込んでくる車があったのならこうやって逃げると脳内で想像するぐらいの徹底ぶりだった。
だからこそだ、その癖によってこのままでは子供が車に轢かれると気づいてしまったのだから、死にたくないのに死地に自ら飛び込んでしまうなんて皮肉的な状況に陥ってしまった。
なぜそこまでやるかは死の恐ろしさを知っていたからだった。決して慣れることのない苦痛と恐怖の果に自らの人生が全てなくなってしまうことの恐ろしさを知っていた。
積み上げてきた何もかもが影も形もなくただ記憶の中だけにしか存在しなくなってしまう虚しさを実感していた。
老後すら見越して必死に貯めていた貯金が下ろせなくなった事は彼の心に多大な徒労感を覚えさせていた。
受験に勝ち抜いて志望校に合格した努力ですらなかったことになった。
輝かしい未来も、味わうべき苦渋も、その全てを奪い去られて、彼はまた一から始めていた、その途中の出来事が車に轢かれようとする今である。
つまるところ彼は以前に一度死んでいる。広義で言うところの転生者である。チベットの偉い坊さんではないがなぜだかそうなってしまっていた、ただの人だった。
特に何の神様を信仰しているわけでもないし、彼の信仰心が発生する場所といえば定期的に起こる腹痛の際にこもる便所ぐらいで。
ともかく二度目の死を目前として彼が思うことは早く終わってくれという懇願である。
1度目はそれはもう酷かった、自らの腹の中身がぶちまけられ垂れ下がった腸の塊を浴びながら、中途半端に残った意識のまま最期の時を過ごしたのだ。
筆舌に尽くしがたい激痛と悪臭に後悔、人生の終わりを路上で迎えるなど想像だにしない未成年には衝撃的すぎる出来事だった。
目の前に迫る質量は前回の比ではない、今回は一撃で楽になれるだろうから救いかもしれない。
激突の間際、彼はやはり死にたくないと強く、強く願った。
しかし彼を襲った力は、その願いを容易く刈り取り。
そして。
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極一部の者にとって非常に残念なことであるが、この国の警察組織の初動能力は優秀だ。
通報を受けてまず近場の交番から警官が現場に駆けつけ、警察署からの応援が数分もしないうちに続々と駆けつけてきた。
必要最低限の時間で準備を整えた彼らは当初、これを単純だが痛ましい事件だと思っていた。
一方、凄まじい衝撃音を聞きつけて近隣の住居から出てきた住人たちは事故現場を取り囲んでスマートフォンをカシャカシャと鳴らしていた。
凄惨すぎる事故現場の情景を、現代の残酷さとも評される無関心さが包んでいたが、そんな人々を警官たちは手際よくさばき本業を為そうとした。
だが次第に、事故現場の状況が彼らを混乱させていく事になる。
事故を起こした食肉加工会社のロゴが入ったトラックは停車して、運転手はすでに死亡していた事がわかっていた。
死因はまだ特定されてないが、衝突の際に生じたであろう外傷を除けば、何らかの発作による意識不明からの暴走だったことが伺えた。
元は白かったはずのトラックの前面は不格好に歪み、血液によって斑で塗られており、何が起こってしまったかを明瞭に語っている。
そして目撃者の証言で、事故はこうであったらしい事を彼らは突き止めた。
車道にいた子供を、近くを歩いていた男子学生が暴走したトラックから庇い、倒れ、そのまま轢かれてしまった、と。
ここまでなら痛ましいだけの事故であって、翌日には近くの電柱に供え物の缶ジュースや花束などが湧いてくるだけで済んでいただろう。
逮捕すべき相手はすでに死亡したために現場での仕事は殆どなくなっていたはずだった。
後は被害者遺族が、このトラックを管理していた会社を相手に訴訟でもすれば警察の手を離れる様なそんな、有り触れた悲劇のはずだった。
だが目撃者たちは口をそろえてこう言ったのだ。
轢かれた少年は何事もなかったように現場から走り去ったという。
現場にひと目で致死量と思われる血液を残して。
集団パニックによる幻覚とでも結論づけようとした警官たちは状況を見聞してから、すぐにその考えを改め、そして頻りに首をひねった。
轢かれたならば残るであろう死体がないのである、どこにも。一切。
少なくともぶつかったと思われるトラックの前面に肉片がこびり着いても良かったが後から到着した鑑識が調べた所で何も出ない。
トラックの下部に巻き込まれているのかもしれないと調べたがソコからも何も見つからずに調査は終わった。
例えば電車における人身事故の場合、死体はぶつかった時の衝撃からまるで爆発したかのように四散してしまうことがある。
実際そういった人身事故によって粉々になった被害者の死体が駅のホームにいた他の乗客に高速でぶつけられた結果、二重三重の被害を齎す事があった。
もしかしたら被害者の死体はその様に破裂してという考えもないものではなかったが、それを見越しての捜索は結局無駄に終わった。
回収されたのは現場付近の家まで飛び散った血痕が精々で、肉片や衣服の一部はついぞ見つからなかった。
では何らかの奇跡が起こって被害者が生存して現場から立ち去ったとしても、無事ではすまないだろうから近隣の病院を調べたが、これも空振りになった。
そういった患者が搬送された記録は一切なく、その後も近隣で死体が発見されたという報告はなかった。
ましてや町中を血だらけの学生が歩いているなどという通報も。
その少年が立ち去った方向は住宅街方面であったが、経路上に監視カメラは少なく、聞き込みからも有力な情報を得られずに終わった。
残されたのは大量の血液だけで被害者は不明なまま、一旦この事故は記録され、後に公的には存在しなくなった。
直接の関係者たちはそんな事があったかすらも覚えていないと、首を振るだろう。
何故なら駆けつけた警官たちの中に、この奇妙すぎる状況に心覚えがある者がいたからだ。
彼はある組織の末端に属する感覚器官のようなもので、普段はあらゆる場に潜んで、異常なことがあれば直ちにある場所へ報告を行う、忠実で優秀な構成員の一人だった。
そして彼の報告は直ちに伝播し、この事故が異常であると然るべき部署で認められ、仄暗い場所で動き始める者たちがいた。
静かに、姿を見せず、ただ人類と世界に対して貢献を捧げるためだけに。