深夜。虫たちの鳴き声、木々の揺れる音が聞こえてくる。
どこからか風が吹いているのか、月明かりの元、草むらが凪いでいるのがよく見えた。
腐肉に濡れた手足に寒気が走ったが、火照った体に溶けていく。
一つ感覚を潰しているから、それ以外の感覚が鋭利になっているようだった。
消えかけた白線が、輪郭をつないでいる道路の上をゆっくりと進む。
道端にぽつんと佇む電話ボックスにたどり着いて、そこでようやく一息ついた。
これで俺は警察に事のあらましを告げる事が出来るだろう、手間が省ける。
適当にカバーストーリーを考えてから、警察に繋がる赤色のボタンを押し込んだ。
すぐに相手が出る。事件ですか、事故ですか? と問う機械的な人の声。
その質問に対応した嘘を並べていく、できるだけ不安げに述べる事を意識して。
また嘘をついてしまったなと少し悲しくなったが、事が事だ。
『あの子』は、早急に弔われるべきだから。
「事故、だと思います、ええ、はい、○○公園の奥にある貯水池なんですけど、人みたいなのが浮かんでいて……すぐに来てくれませんか……? 」
日本特有のバカでかい緑色の受話器を引っ掛けて考える。
財団はモールス信号による彼の証言、得られた情報に従って川原付近を捜索した、はずだ。
多分アレを拾った川原というのも、ここから近いのだろうなと思う。
だが結局、記事内では見つかっていなかった。
それもそうだろう、確かに『あの子』は水の底にあった。
貯水池の底にだったが。
奥まっていて、ちょうど人が立ち入りそうにない場所だった。
茂った草と木の枝が、なおのこと発見を視覚的に困難にしていた。
恐らく昼だろうとあの周辺はドンヨリとした空気が漂っていることは想像できた。
『あの子』はもうだいぶフヤケていて、少し膨らんで、崩れかかっていた。
肉に埋まっていた骨を皮で挟むように掴んで、なんとか拾えた。
豊富な栄養によって茂った藻が根を絡みつかせていて、中々取れなかったのには難儀した。
昔だったら胃袋まで吐くような光景だったはずだが、それを遂行することができた。
そういった感傷に鈍くなっているのかもしれない、少し慣れてしまったようだった。
損傷は特に指先に集中しているのが、厭なことを想像させた。
登れなかったんだろう、池に浸かりながら斜面を見上げて納得がいく。
一度落ちてしまえば、絶対に一人では這い上がれないような場所だ。
子供ならなおさら、辛かっただろうに。なにせ一度落ちれば大人だって這い上がれない。
先程、降りる際に自分も実際に滑って落ちて池に突っ伏したのだから間違いなかった。
受話器の向こう側の人にそこで待っていてくださいと言われたが、そうするつもりはない。
元々、この公園の遊具で横になるために訪れた場所だったから未練はない。
以前はベンチで寝ようとしていたが真ん中に付いてる手すりで寝られず、初めてそれがついてる意味を知った程度には色々経験していた。
そして自分が居ても怪しく思われるだろうから。当然のごとく立ち去るつもりだった。
お約束のごとく、警察に潜入していたフィールドエージェントが~なんてことになったら目も当てられない。
こんな所で止まってはいられない、幾つもやる事があった。
これからどうしようと思っていた心を落ち着かせるために一旦、息を吸って吐く。
ここで初めて、電話BOX内に元々籠もっていたであろう緑の匂いがした。
恐らく清潔ではない液体で濡れていた電話ボックス内と体は、すっかり綺麗になっている。
軽い頭痛と鼻の奥で何かが痺れてるような感覚を拭おうと頭を軽く振る。
腹の痛みが、少し気分を憂鬱にさせた。
そして、彼に声を掛ける。
「これでいいかい」
しゃがんで、電話帳の上においた彼と目線を合わせてそういった。
もちろんビッグベンの鐘の音を鳴らすわけでもなく、ブルーベリーの香りがするわけでもない。彼はそこに静かに佇んでいるだけだ。
「このまま池に戻る? 」
一向に答えない。
だが不意に電話ボックスに入り込むように風が吹いて、彼は電話帳の上から落ちた。
「そっか」
ただの想像に過ぎないけれども、答えを得たような気がした。
拾うついでに手へと乗せ、公園への道を戻る。
少し濡れていたが活性化はしていないから、そこまで重たくはない。
この公園に来たのは偶然だった。
適当に散策していた時に見つけたことは、幸運だったのか不運だったのかわからない。
彼は何の変哲もないゴム製の玩具のアヒルに見えたが、地面に埋まっていた。
シュールな光景だった、深夜の公園に何か転がってると思ったらソレだから。
最初は何らかの異常存在かと思いもしたが、ただの玩具だと信じて掘り起こした。
埋められたまんま、というのも何だか可哀想に思えて、一日引きずりそうだったからだ。
そうして土に汚れた手をアヒルごと洗おうとして、容赦なく彼は活性化した。
骨盤を骨折することはなかったが、久々に体を元に戻す事にはなった。
その時点に至ってやっと、件のアヒルだと……財団やらかし案件の一つだと気づく。
子供の手にも渡っておらず、財団に収容されてない状態とは思いもしなかったけれども。
仕返しとばかりに乾かした手で、何度も音を鳴らすと確かに規則性がある気がした。
そこから俺はアヒル片手に付近の探索を初めた。
手遅れかもしれなかったし、実際に手遅れだったが。
ずっと見つからないままより、そっちのほうがいいと思っていた。
内容を思い出しながら、特に水辺を重点的に探した。
手の内にあるアヒルから発生する何かを感じ取っていたのかもしれない。
貯水池に着く。
淀んだ水の匂いとそれよりも強い、鼻の奥が痛くなるような匂いがした。
『あの子』は、まだそこに居た。
池から引っ張り出していたことをすっかり忘れていた。
水の中に居たんだから、下が地面だろうとそこでいいと独善的な考えが働いていた。
まあいい、警察の人には迷惑を掛ける事になるがもうどうしようもない。
身元の照会は警察に期待するしかないだろう。
「じゃあね」
彼を遺体の側に置いた、むろん何があるというわけでもない。
これはただの自己満足で、俺のしていることは悪質な、作品を汚す行為で。
けど……そうだとしても、自分の中にある”何か”に従っていたくもあった。
自分が、こんな事を考える資格なんて、もう何処にもないかもしれないけれども。
先程よりも鈍くなった頭痛だったが、今日はもうアレを使いたくなかった。
早く横にならないといけないなと思いながら、公園の出口へと向かう。
明日は、いや今日はどうしようかと頭の中で考え始める。
その時、背後から何かが鳴く音が聞こえたような気がした。
それが都合のいい幻聴だったのか、実際に聞こえたのか、わからない。
確認することもなく、俺はまた別の公園を探すために歩き始めた。
警察が来るまでの間、例え物言えぬ状態だとしても、彼らだけの時間が必要だと思っていたから。
説明: 機構に関わらず、規則的な鳴き声を発生させるアヒルの玩具。
回収日: 20██/██/██
回収場所: ██県██市██公園貯水池
現状:低脅威度物品収容ロッカー内に保存。
追記:鳴き声をモールス信号に変換した所「みつかった」という言葉になります、共に遺体として発見された████氏との関連性は不明です。-██研究員
出典元、元ネタ
SCP財団日本支部 http://ja.scp-wiki.net/
Anomalousアイテム一覧-JP http://scp-jp.wikidot.com/log-of-anomalous-items-jp
作者shinjimao様 http://scp-jp.wikidot.com/scp-200-jp