一頻り笑った後、ひどい虚脱感が身と心を包んでいた。
自分の頬に刻まれていた笑みは、乾いた自嘲へと変わっている。
地の底から響く音は、周囲を飛び回る蜂の羽ばたきのように聞こえはじめている。
この音が不快に思えてきたが、どうすることも出来ない。
ブライト博士のこちらを見つめる目が、今はどんな怪物よりも恐ろしく思える。
引き絞られた矢がこちらの心を射抜いてくるようにも見えて。
生きた実験動物を解剖する時もきっと同じ目をしているんだろう。
それに竦んでしまいそうになるのに、言葉だけが口からこぼれ落ちていく。
教会の懺悔室で自らの愚行を喋る気持ちとは、きっとこんな感じなのか。
「例えば、ジェームズ・フランクリンの殺害についてはどう記録されてますか? 幼気な幽霊を再び殺そうとする邪悪なストーカーにして財団が察知することすら出来ない最悪の現実改変者が、いきなり現れた現実改変者の男の、それもガキになすすべなく殺されるんです、その様を読者として見ていたと思ってください、ホラー作品として見た時、それはとても陳腐、ではないでしょうか」
「……」
彼からは否定も肯定もない、分解するように俺を見ている。
心の中の澱みをただ吐き出すだけの行為、結局言い訳を重ねているだけだ。
だが、それがわかっていても止められない。
ずっと誰にも話すことが出来なかった、それは本心だからだった。
「自分の知るSCP財団では投票制が取られていました、あくまで建前上は作者への評価に関わらず、その内容に独創性があるか、それが純粋に面白いかどうかによって自らを職員と称するメンバーたちがUVかDVを投票するのです、そして……DVが溜まればその作品は消去されるか改変されていました、だからこそ俺みたいなやつは存在してはいけない、そんなつまらない作品は削除されるべきです!」
ゴホゴホと一気に喋ったせいで咳が出る。
感情に呼応するように喉が痙攣してしまったようだ。
胸も締め付けられるように苦しい、拘束下で動悸を抑えようともがく。
気づけば全身が燃えるように暑い、汗が皮膚を濡らしていく。
この部屋の空調がおかしいのかもしれない、とてもくるしい。
何かがおかしいと思いながらも、何も出来やしない。
落ち着くまで咳が続いた、吐けるものなどもう胃袋のどこにも残っていない。
すっぱい味の胃液だけがせり上がって意味もなく食道を焼いた。
荒れた喉を労って、小さな呼吸を繰り返しながら思い出す。
なぜ、そうしたのか。
あれは本部記事においての指折りの傑作であり、そしてどうしようもない悲劇だった。
記事の中で財団は完全に敗北した、報告書すら改変されていた。
一切の容赦も慈悲もない、尊厳への完全な蹂躙に他ならない。
だからこそ、それが取り除かれた場合の波及効果に対する希望があった。
蝶の羽ばたきとは比較にならないくらい、『作品』への影響は大きいはずだとも。
その原因たる自身が削除してこそ、正道へと修正される、今思えば淡い期待だ。
それはとても自分勝手で傲慢な考えだ、だからこそ、こうなっているのかもしれない。
情報収集を行った、財団に忍び込み、肉体を持った彼女を実際に見た。
死してもなお殺人鬼に執着された彼女を哀れだと思い守るべき人々と一時を過ごした。
そして、時が来るのを息を潜めて待った。
手段はあまりにも限られていた、説得なんてできやしない。
現実を改変する相手に会話なんて全く無意味だ。
違う、言い訳か。俺は、望んで自分からやったんだから。
自らの望んだ現実を叩きつける書き換えを行うために。
歪んだナイフを握って、獲物を前にして警戒が緩んだ瞬間を狙って。
奴を、殺した。
そこには想像するよりも、ずっと短い最期の時間があった。
自らの行為によって、人が死ぬ瞬間というものを初めて見たのもその時だった。
荒れた呼吸を整えながら、拘束具の下で手が震えている。
今更、まともな人間みたいな反応をしているのだからお笑いだ。
悍ましい場面はいくらでも見てきたはずだった。
アイツはクソ野郎だ、殺しても誰にも咎められないはずの悪党。
なのに、思い出そうとすると体が強ばる。ひどい自己欺瞞だ。
脳裏にはジェームズ・フランクリンの死の瞬間が思い浮かぶ。
刃をその腹へ突き立て、鼓動する臓腑へと沈んでいく生暖かい感触とともに。
強力で凶悪で、執念深かった、あの現実改変者の最期。
心臓に合わせるように、血液が傷口から溢れて白衣を汚していった
怯えた目、捕食者が被捕食者に変わる瞬間を呆然と見ているしかなかった。
倒れ伏した巨体の痙攣。小さく窄まった瞳孔。
あの双眸が、今もこの部屋の暗闇から俺を見つめている。
それでも、あれだけのことをやって結局変わらなかった。
駄目押しの演出を行ってセーフハウスに逃げ帰って、ずっとその時が来るのを待った。
1日震えて、3日間籠もりきって生活し、自分の手足の先から溶けていくのを想像していてもその時は来なかった。
現実性希薄空間に吸い込まれて、スクラントン博士みたいなことにもならなかった。
自分という存在がどこかのページのディスカッションで、あの研究員みたいにされる事もなかった。
どうして気づこうとしなかったのだろう。
俺が生まれてる時点で、世界はすでにどことも違っていただろうに。
全ては地続きで、そうして今の今まで俺は存在し続けている。
俺は、それを認めようともせず何年も世界各地で、思いつく限りの改変を行った。
日本では生類創研の研究所と構成員を襲撃し、虐待死するはずだった子供を拉致して財団傘下の児童養護施設に送り込んだ。
東弊重工や如月工務店の手掛けた物や場所を財団に事前通知して先回りもしてもらった。
アメリカでは本来溺死するはずだった子犬を引き上げて、刑務所で内容の偏った夢が発生してないか見守った。
韓国で要注意団体の作り出したカビ爆弾を始末して、中東でカオスの改造兵士と殴り合って彼らを操っていた博士を財団に引き渡した。
でも、それだけだった。
恐ろしいことだった。この世界に俺は既に取り込まれているんだと気づきたくなかった。
死が救いでもない、そもそも終了が与えられるのだろうか。
終焉ハブでもないだろうに。
「君は、今も此処に存在している」
博士はわかりきっていた現実を告げる。
もう何もかもが嫌だ、帰りたい、どこへ帰るっていうんだ。家なんてもうどこにもない。
自分なりに頑張ったつもりだった、どうすればいいかなんて誰も教えてくれなかったのに。
今じゃ俺は、ただのクソ野郎だ。
「誰も俺を見てくれなかった、あるいは……この世界には神が居ないんでしょうね」
「地獄とは神の不在なり、さ、君は一人でつまらないスケッチを延々と続けたわけだ」
博士の言葉が刺さっていく、反論すら出来ない。
そうだ、つまらなくしたはずだ。本来の輝かしいものに泥を塗り続けた。
大好きだった作品を、今生きている人々を、俺はその知識で侮辱したんだ。
「なあ君、愚かしい人間が右往左往する様を見るのが、ホラーよりも人気を得ているとは思わなかったのか」
「SCP財団はそんな奴の大活躍を許すようなところじゃありません、そうであればSCPというコンテンツは早々と崩壊していたでしょう、自分は信じていました、だから……だから恥を晒してでもこうして、その結果がっ」
そこまで聞いた博士がゆっくりとした拍手を俺に送った。
ぱちぱちぱちと乾いた音が鳴る。もういいとでも言いたいみたいに。
より一層、死にたくなった。博士は続ける。
「率直に聞こうか、なぜもっと滅茶苦茶にしなかった? 劇を壊すだけならシャイガイにションベンでも引っ掛けて辺りを走りまわりゃよかったんだ、けど、お前はそれをしなかった」
その問いに、俺はすぐには答えられなかった。
なぜならブライト博士は思い出したとばかりに、新たな問いを投げかけたからだった。
「そうだ、いい機会だから、もう一つ聞かせてくれよ」
「なぜお前はそこまでして、男性のように振る舞ってるんだ?」
出典元
SCP財団日本支部
http://ja.scp-wiki.net/
Voteポリシー
http://scp-jp.wikidot.com/vote-policy
>ジェームズ・フランクリン
SCP-2996 作者djkaktus様 http://ja.scp-wiki.net/scp-2996
>スクラントン博士みたいなことにもならなかった。
SCP-3001 作者Oz Ouroboros様 http://scp-jp.wikidot.com/scp-3001
>あの研究員みたいにされる事もなかった。
SCP-3309 作者Lt Flops様 PhamtomGuy様※共同制作 http://scp-jp.wikidot.com/scp-3309
>虐待死するはずだった子供を拉致
SCP-1787-JP 作者hyoroika09様 http://scp-jp.wikidot.com/scp-1787-jp
>アメリカでは本来溺死するはずだった子犬を引き上げ
SCP-2751 作者thefriendlyvandal様 http://www.scp-wiki.net/scp-2751
>韓国で要注意団体の作り出したカビ爆弾を始末
SCP-042-KO 作者sw19classic様 http://ko.scp-wiki.net/scp-042-ko
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