- 全ての戦線で足掻いて
そうだ、そうだとも、エヴァレット君。
彼と初めて会ったのは、ウィーンでのオークションの後だった。
あの時は18世紀の貴重な高僧のミイラが出品されていたんだ。
画材としてどうしても制作に欠かせないのだよ、ああいうものはな。
求める色を出せないというストレスは出不精を狂わせるに十分な理由になるのだ。
それに……我々にも確かに交友というものは存在する。
協力し、あるいは嫉妬し、そして研磨していく場合に使用する緩やかな機構だ。
そんな時でないと言葉を交わさない相手もいることだしな。
だからこそ、狙われたのだろう。
その点については我々をよく研究していたと思うね。
さて、無事に競り落とせて気が良くなっていたからだろう。
今にして思えば何と牧歌的なことか。
私は突然捕まったんだ。
街角で少年のように見えた人間が、気がついたときには直ぐ側に佇んでいた。
瞳を見た途端に……いつの間にか、どこぞのカフェの席に私を座らせていた。
奥側の席を取ってな、ポーランドの冬の日差しは寒々しいものなのだ。
濃いメランジュを頼んだよ、そこらは自由意志だった。
ウェイターは私一人にしかナプキンを渡さなかった。
アレが最初から見えていなかったのだろう。
私だけがカップを傾けながら、幾つか話をした。
させられたという方が近いだろうな、きっと前から目をつけられていた。
あの後、知り合いが同じ目に会ったというのを知ったよ、君たちが調べている通り、ね。
元々付き合いの良い連中ではなかったから成果は乏しかったろうが。
洗いざらいだったな、MC&Dの連中も相当慌てただろうよ。
顧客の情報が全て漏れているんだからな。
君たちがアレを探しているということから推測するに。
MC&Dはアレに商品を幾つか送りつけただろうが全て無駄に終わったようだね。
後のことは君が知っている事と相違ないだろう。
彼がやったことはある種の弾圧だった。強力な思考の誘導とでもいうのだろうかな。
瞳を見ただけで、私の中であのボヘミアの伍長やその一派がやったようなことが起きた。
実際、私は……私の美を表現する方法を永遠に、致命的に損なったというわけだ。
貴方の芸術を否定するわけではありません、と彼は言い訳のように呟いていた。
侮辱されている様に感じたね。
私の世界を踏みにじった上でそんな言葉が出てくるのであるなら。
それは酷い思い上がりだ。見た通り、感じられる通りに若いのだろうな、アレは。
そして最後に言われた言葉は今でも思い出せる。一言一句。
他人や自分の人生を燃やすのが芸術であると言うなら、私が貴方を燃やします。
それがお前の芸術であるのならやってみろ、即座に答えられたよ。
私にも矜持があるのだよ……だが、あの顔は少しだけ私の琴線をくすぐるものだった。
我々という種族の覚悟を見誤っていたのだろうな。
痛快ですらあったよ、そうだ、例え殺されたって私は私のままであり続けたい。
私にとっての作品が世界の全てになる、肉は所詮、魂の出力装置の一部だ。
世界を曲げてしまったら私は私ではなく、メッキが剥がれた歪んだ破片に過ぎなくない。
存在しないも同然だ、だからこうしてこの場にいる、つまらない君たちの前に。
それにしても……どうして彼は気がつけなかったのだろうか?
巻き込まれた者や生ける画材、それこそ私自身など、些細なことにすぎないという事も。
あの場で私を殺すという最も簡単な方法を取らなかった事も。
未だに、私は理解できないよ。
アレはまだそういうことを続けているのか?
「答えるべき情報を私は持っていません」
愚問だったな。
「その後の接触は」
ない。私がこれ以降に新しい作品を公表しなくなったからだな。
「……ご協力感謝いたします」
なぁ最後に聞かせておくれよ
「人によってはそう思えるでしょう、私は……同意できかねますが」
扉が閉まる。音が遮断された。
わかっていても自分に何の影響が無いことを確認して安堵する。
ひどく口の中が乾いていた。念の為に飲んだ錠剤の副作用かもしれない。
何時もなら燃やす相手と、ああいった風に話すのは中々に慣れないものだ。
入室した際、額縁に収められていた一枚の絵画が目に入った。
幾重にも重なる白い翼、その中心で百対の瞳が、ガラス越しにこちらを捉えた。
それは原初に近い天使の御姿とも言えなくもない、だがこの絵画の本質は全く別種だった。
絵画は、財団によってマークされていた危険人物の一人だ。
アート集団を自称する要注意団体AWCYの構成員と目されていた存在の成れ果て。
自身による危険芸術品の創造ができなくなった事から行われた自殺に近い所業の産物。
同団体構成員に自身を材料とした絵画の制作を依頼した、と自ら供述していた。
そう、絵画でありながら意識があった。
人間の筋繊維によって仔細に描かれた羽を震わせ、その振動によって会話が可能だった。
だから今一度、情報の洗い出しのために私がここにいた。
「私も彼も、ある意味では同じかもね」
同じく振り回されたな、とも思う。
通路の蛍光灯が、静かな明滅を繰り返している。
その光が思い出させるのは今までの出来事だ。
好都合なことに、アルバニアでの政治家の調査から帰ってきた私を待っていたのは配置換えの辞令だった。
日本支部を初めとして、米国本部、ヨーロッパ圏、それぞれで採られていた捜索を1本化するという試みの元、PoIを追うために更に巨大化したチームへと私は編入された。
それからは与えられた権限の中で、取り寄せられるだけの資料は全て読んだ。
途中で気を失わないように、できるだけ苦いコーヒーを精神に流し込みながら。
発端は日本列島で起こった一つの事件に過ぎなかった。
ここではありふれた、実にありふれた、小さな悲劇。
異常な能力に発露してしまったティーンエイジャーによる事故。
それだけであったのなら、どれだけ良かったことか。
現場の残渣反応から、対象は強力なグリーンであることが推測されていた。
けれども、不甲斐ないことに出動した財団機動部隊は対象を初期に終了させることはできなかった。
インシデント193267-2発生以降は一切足取りが掴めずにPoI認定が下され、捜索が継続された。
後の身辺調査によって事件前から数々の収容済み、未収容のオブジェクトの知識を保有していた事、財団、あるいは複数の要注意団体の存在を認知していた事が露見。
本人は
それは奇怪な振る舞いだった。
知識を得たことによる優越感からくる愉快犯としてのものだったのかはわからない。
失踪から間を空けず、不可解な事件が立て続けに起こった。
財団には不定期に『警告文書』が送りつけられるようになった。
オブジェクトの場所、性質が詳細に記述されたメモの一群を今ではそう呼称している。
当然、この怪文書を最初は誰も眉をひそめながら信じなかった。
しかし幾つかの苦い現実と人命を飲み干す事によって、財団の認識は変化してしまった。
PoIの追跡チームはこれらの検証のため増設され、現在の合同捜索チームの雛形ともなった。
次に財団サイトへの侵入、エージェントへの直接的な接触とオブジェクトの譲渡。
それによるさらなる機密の流出も懸念とされたが、事態はもっと広く深刻だった。
これらの被害を受けたのは、財団だけに留まらなかったためである。
連合によって行われた二度に渡る日本国内での大規模な排撃、その理由となった幾つかの構成団体への侵入工作などはすでに財団に探知されていた。
第五教会は謎めいた全貌を表さぬまま消失し、戦術神学部門はある贈り物に沸き立ってすらいる。
カオスインサージェンシーは幾つかの拠点に同一のPoIによるものと思われる襲撃が相次ぎ、構成員は全員生きたまま財団へと引き渡されていた。
境界線イニシアチブでも事件が起こり、羊飼いたちが血眼になってPoIを探している。
異常領域国家、パラテック技術保有企業にすら情報が浸透、警戒が広がったことによってその活動が沈静化の兆候を示している。
そして──。
「私たちは何をしているのでしょうね」
廊下の向こう側から一人、小柄な白衣姿の女性が歩いてくる。
声が漏れていたらしい。その名前と姿は資料の中で幾度も見覚えがあった。
財団日本支部所属にして、カサンドラ計画の主任でもある、菅沼博士だった。
「博士……」
「ここまで来た私だって……たまにそう思うんですよ? 貴方の抱く気持ちはもっともです」
少しだけ表情を緩めながら菅沼博士は言葉を紡ぐ。
「ここ数年、財団の喪失が著しい減少傾向にあると知っていますか」
「……」
「大きい組織ですから統計を取ることなんてできません、しかし見知った顔が居なくなる事が明らかに減りました、エヴァレットさん、貴方が以前私の仮説に触れた報告書で仰っていた事は正しいんです、対象は意識して財団の被害を軽減し続けています」
どこかのサイトで致命的な収容違反が起きたり、エージェント含む民間人の大量殺害など大きな噂になるようなことは最近聞いたことがない。
だとしても、あまり嬉しくもない的中だった。
きっとゴールドベイカー=ラインツ社など影では大喜びだろうが。
GOCもその恩恵に預かってしまっているのが、歯がゆい。
「無責任に考えてしまうなら大いにこのボランティアの存在に喜ぶべきなんでしょうね、ですが我々は一つの岐路に立たされています」
「それはどういう」
その時、菅沼博士の眼光が何らかの澱みを湛えた様に思えた。
「エヴァレットさん、ある一人の職員がいると想像してください」
「はい」
静かだった口調が──少しずつ早口に──尖ったものを帯びていく。
「その職員は初歩的な教育や訓練すら受けていません」
「最適な装備も、適切な支援も、施されるべきメンタルケアもありません」
「本来であれば複数の部門に振り分けられ、各機動部隊や収容スペシャリストたちが対処すべき幾多もの事案やオブジェクトへの対処、要注意団体への工作や襲撃を、たった一人で処理しようとしています」
博士が何を言いたいか、そこに含まれる感情が想像できてしまう。
「報酬も勲章もありません、むしろ逆です、自らに“敵対的”な組織の追跡や攻撃を絶え間なく受け続けている、そんな状態が数年以上、休みもなく続いているとしたら……貴方はそんな職員に、この世界を、人類を、暗闇の恐怖から守る仕事を安心して預けることができますか?」
静かに首を振る。
もし仮にそんな工作員がいたとしたら長い休暇を取らせるか、記憶処理をしてヴェールの向こう側に帰すべきだろう。
……なるほど、これが支部の垣根を越えてまで彼女が動いている理由の一つか。
「我々が背負うべきあらゆる責務は、誰かに肩代わりしてもらうわけにはいかないんです……見てください」
「これは……」
菅沼から渡された資料。
幾つかの封印処理、奇跡論的な防御まで施して有りそうなケースに収められている。
表紙には知っている部門や見覚えのない部門が連なって、物々しい雰囲気を醸し出している。
「現在収集できる情報で作った人格モデル、その精神状態を推測したものになります」
財団はそこまで情報を集めているのか。
いや“集めている理由”は、何だ?
「……それは役に立つんですか? 相手は現実改変者ですよ」
「なるほど……貴方がGOCであるなら納得がいく見解ですね」
笑みを湛えている菅沼博士との間に存在する空気が、瞬時に凍った。
聞き間違いでは済まされない、はっきりとした断言には言い訳すら意味がないと思えた。
「正確性のためにGOC側からの資料も欲しいと思っていたところです……今の時間は午前0時を回りましたね、実は上層部では話がついているんです」
続けざまに博士は腕時計を見ながら、私に明日の献立でも考えるように語りかけた。
「本日を以て、財団とGOCは対象に対し共同歩調を取ることになりました」
開いた口が塞がらないまま、微笑む彼女が差し出してきた手を大人しく握るしかない。
「統合捜索班αチームへ、ようこそ! エヴァレットさん!その観察眼とGOC側への連絡係として、貴方の貢献に私は期待しています!」
この人にはきっと敵わないだろうなぁ、という確信が薄っすらと生じ始めていた。
実際その予測は正しかったし、彼女とはひどく長い付き合いになった。
文字通り、この世界の終わりまで。
誤字報告ありがとうございます
感想評価よろしくおねがいします
21時までには更新します
出典元
SCP財団日本支部
http://ja.scp-wiki.net/
要注意団体
http://scp-jp.wikidot.com/groups-of-interest
>ある贈り物
タイトル: SCP-5993 - 俺たちはお前らに天国に来てほしいんだ、だからそのミツバチどもに関わるな
原語版タイトル: SCP-5993 - We want you to come visit Heaven, just don't fuck with those bees
訳者: C-Dives
原語版作者: ch00bakka, Deadly Bread
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5993
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5993
作成年: 2020
原語版作成年: 2020
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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>GOC
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>他人や自分の人生を燃やすのが芸術であると言うなら
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>カサンドラ
ギリシア神話に登場するトロイの王女