リスと少女と神の慈悲   作:小井茂

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カオスの設定にはオリジナルを加えております


リス03-魔剣カオス-

 ヘルマン軍によるリーザス城制圧から始まった戦争は、終局を迎えようとしていた。

 初手で王女を捕らえ、圧倒的に優勢な状況にあったヘルマン軍であったが、リーザス解放軍の予想以上の抵抗と、才知に富み天に愛された英雄・ランスの活躍によって勝者と敗者の座は逆転し、現在のヘルマン軍は魔王と魔人達のついでに処理される程度の存在となっていた。

 しかし、人知を超えた魔の者に比べれば脅威の度は大きく落ちる、というだけであって、自国内に屯する敵国の軍隊を放置していい訳も無く、ヘルマン兵の残党達はリーザス城の非常に広い中庭に陣取った為、リーザス解放軍改めリーザス王国正規軍、そして英雄ランスとその仲間達は中庭の制圧に向かっていた。

 

「ランスボール!」「うわぁぁぁああああっっ!!」「うわっ! な、なんだ!?」

「隙あり! 死ねーっ!!」「「ギャァァァァアア―――――!!!!」」

 

 ランスは投げつけたチキンボー諸共、ヘルマン兵を真っ二つに切り裂いた。

 左半身と右半身を分かった、文字通りの『真っ二つ』である。ランスに振るわれた魔剣カオスの漆黒の刃は、ヘルマン兵の頑強な肉体と黒鉄の装甲を、紙でも切るかのように切り裂いていた。

 

「しっかし、人間が国を持って、戦争なんかやってるとはのー。儂が人間だった頃には考えられん時代じゃわい」

「カオスさんって元は人間だったんですか?」

「そうよ、ピンクちゃん。今も超クールな魔剣だけども人間だった頃はどんなカワイ子ちゃんのハートだって盗めるダンディシーフ・カオス様だったのよ」

「こんな下品でスケベな駄剣の元の姿なんて、バカ面で汚いおっさんに決まっている」

「酷い! まぁ、馬鹿だったことは否定せんが………おっと。心の友、次来るぞ」「えぇい、次から次へと鬱陶しい! ランスボール!」「「ギャァァァアアア―――!!!」」

 

 既に勝敗は決している。ヘルマン軍の大半は敗走して散り散りになり、名目上の旗頭のパットン皇子は行方不明、実質的な総指揮官のトーマ将軍は戦死と、彼らは戦う理由すら失っている。

 中庭での戦いは、リーザス軍にもヘルマン軍にも無意味なもののはずだが、そこには魔人の影が踊っていた。魔人アイゼルとその配下である三人の使徒は、ヘルマン軍の残党達を洗脳し、復活したばかりで本調子ではない魔王ジルの為の時間稼ぎと、無敵結界を持つ自分達にとって唯一の脅威である魔剣カオスの奪取を命じていたのだ。

 

「しくしく……。確かに何でもするって言いましたけど、こんな扱いを受けるなんて」 

「うぅ……、本当にごめんなさい、チキンボーくん。痛いの痛いのーーー」

「あ、他の方々を回復してあげてください。シィルさんのお気持ちだけ有難く頂戴しますので」

「ん? 心の友。なんか赤いホクロがついとるぞ」「あん? なんだいきなり」

「――――!! ランス! 逃げて!」「よけなさい、馬鹿ッ……!」

「なんだと……ランスシールド!」「ギャァアアアアア――――――ッッ!!!」

 

 咄嗟にランスが赤い斑点にチキンボーを翳した瞬間、チキンボーは爆発四散した。

 それを成したのは魔人アイゼルの使徒宝石三姉妹の一人、ガーネットである。紅の宝石の名の通りの赤い髪に、何故か胸が剥き出しの服を着ており、赤い光が通過した物質を内部から爆発させる高度な魔法『紅色破壊光線』の使い手である。

 赤い光線が当たれば爆発させられる凶悪な攻撃魔法と、その他様々な魔法に加え、魔人の使徒となったことで身体能力は人間以上に引き上げられているので、遠近共に隙の無い強敵――――のはずだった。

 

「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ―――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」

「……っ! おいっ! お前、可愛いリスを何度も盾にして良心は痛まないのか!」

「手に掛けているのはお前だろーに」「殺しても殺しても生き返るって何か自信失っちゃうよね。相手は使徒だけど、儂、ちょっと同情しちゃう」

 

 必殺技を封じられ、幾つもの戦場を踏み越えてきたランス達に追い込まれるガーネット。

 仲間達が作った一瞬の好機を見計らい、助走を付けて魔剣カオスの柄をガーネットの腹部に叩き込もうとしたランスであったが、そこに金髪の美青年・魔人アイゼルが割って入った。

 

「アイゼル……様……」「使徒である貴方が人間にここまで追い込まれるとは、随分とおかしな事になっていますね」

「けっ。わざわざぶっ殺されに来たのか、顔だけ野郎」

「黒毛で不死身のリス………、成程。貴方がケッセルリンクの言っていたチキンボー、ですか」

「あれ。アイゼルさん、ケッセルリンクと知り合いなんですか?」

「今は敵対していますがね。そして、魔剣カオス。まさか自分の意思を持っていたとは。ガイは由来不明の魔剣だと言っていたというのに」

「はんっ、そんなのジルをぶっ殺す為の方便よ。切り札の秘密をベラベラ喋る馬鹿はおらん」

「ガイは初めから………、ジル様の寵愛を受けて尚、裏切るつもりでいたと?」

「ジルに味方はいない。それはお前の方がよく分かってるんじゃないか、えぇ、アイゼルよ」

「………貴方を安全な場所に連れていきます。いいですね、ガーネット」「うぅ……。ごめんなさい、アイゼル様………」

 

 ガーネットを抱きかかえたアイゼルは、一瞬、ランスの仲間の魔法使いの少女、魔想 志津香の方へ意味深な視線を向けたかと思えば、突き出した片手から妖しい光を解き放って、ランス一行の視界を奪ったその一瞬後に姿を消していた。

 

「逃げおったか。だが奴はジルの為に時間を稼がなきゃならんはずだ」

「つまり中庭から離れられんということか。追うぞ、お前ら」

「……………」「志津香も行くぞ。着いてこい」

「っ……! 行くわよ、当たり前でしょ……いちいち呼ばなくてもいいわよ」「ふん……」

 

 アイゼルが志津香に視線を送った理由、それに対して志津香が訳有り気に黙った意味を、ランスは見逃さなかった。中庭を進んで行った先で、植え込みにもたれかかっていたアイゼルを発見したランスは、戦う前に志津香にアイゼルとの関係を揶揄、挑発。

 挑発に乗った志津香はランスが提案した『志津香に惚れているだろうアイゼルに全裸で迫って隙を作る』という作戦を実行してしまい、ランスの予想通り、動揺したアイゼルは背後から忍び寄るランスに気付くことが出来ず、無防備になった背中を魔剣カオスに貫かれてしまう。

 それでも魔人としての矜持を振り絞って戦いに臨むアイゼルであったが、やはり先に受けた大ダメージが原因で思うように戦えず、しかし憎悪や後悔は全く見せず、ランス達に倒された。

 

 アイゼルが倒されたことで洗脳が解れ、中庭で戦っていたヘルマン兵の残党達は次々に武器を投げ捨てていき、ヘルマン共和国軍のリーザス王国侵攻は完全な失敗として終結する。

 残る敵は復活した魔王ジルと、ジルの復活を企てて、パットン皇子を唆した、今回の戦争の黒幕と言える魔人ノス。アイゼルが倒されたことを察知して荒ぶる膨大な魔力が、魔王ジルがリーザス城の二階にいることを雄弁に物語っていた。

 ランス達は戦後の事務処理は一旦後回しにして、魔人ノスと魔王ジルの討伐を最後の決戦とし、各自の準備を兼ねた一時休息を済ませ、リーザス城二階へと上り始める。二階に足を踏み入れた瞬間、魔王の力の洗礼がランス達一行を出迎えた。

 

「これ、は……っ、うぐっ……!」「あ、だ、大丈夫ですか?」「ひどく淀んで……禍々しい、この圧力……神官には辛いかもね……」

「オレみたいな不信心者でも、こりゃ気分悪くなるぜ。……平気か、ミル」「うぷっ……うぐ……へ、へい、き……か、帰ったり、しないからね……」

「ガキンチョが無理しやがって」

「おへその少し下を、指で抑えながら呼吸してみて。それで少し楽になると思う」「リスさんのおへそってどこにあるの?」「………、………、………、どこなんだろうね?」

 

 邪悪な魔力の重圧によって体調を崩していく面々の中で、魔剣カオスに守られているランスと、何故かチキンボーだけは平気な様子だった。

 

「おい、リス。お前は平気なのか」「全然平気ですよ! ぴょんぴょん!」

「なら先頭を歩け。この辺りにもモンスターはいるみたいだからな」「が、頑張ります……」

「チキンボーくんって、魔人なのかな。アイゼルも、あの子のこと知ってたみたいだし」

「いや、あのリスは魔人じゃない、それは斬った儂が断言する。だけども封印が施されていた」

「封印?」「めちゃくちゃ複雑で素人目でも解いたらヤバいって分かるような奴」「それって、つまり」「おい、何をしている。さっさと進むぞ」「あーん、待ってよー、ダーリン!」

 

 魔王ジルの復活を察知して集まった手強い魔物達を倒しながらランス一行は進む。途中、行く手にある柱の傍に、何か平べったいものが捨てられていた。罠かもしれないと一行は足を止めて、忍びである見当かなみが慎重にその物体に近寄る。

 

「う………っ」「おーい、どうした」「危険はないわ。けどこれ……生きてる、の……?」「はあ? それ、人なのか? っと、おおっ!」

「これ、は…………」「………治せる?」「いいえ、これはもう………っ、神よ」「なんだなんだ、どうした。うげっ………!」「っ! 絶対に見るんじゃないよ、ミル!」

 

 AL教のシスター、セル・カーチゴルフ(略称)が青ざめた顔をして物体に駆け寄った。

 それは、人間。いや元は人間だった、と言うべきモノ。骨と皮と内臓だけに成り果てて、呼吸をする度に衰弱していくような、奇妙な皮袋。歴戦の冒険者であるランスでさえ一瞬、喉を詰まらせてしまう程に惨たらしい、恐らくは女の子の、末路だった。

 

「…………っ、ぁ………………」

「生きてる、わね……生きているだけ、だけど………」「ジルの仕業だな。人間の血から、生命力を吸っていやがる」

「……何とかしてやれないか?」「無理です……ヒーリングでも、こういうのは……」「介錯してやれ、心の友」「待って。リーザスの人間なら私達が責を負うべきよ。……かなみ」「御意」

「脅かすつもりはないが、ジルが魔王として世界を支配していた頃は全ての人間がこういう扱いを受けておった。人間は魔物の玩具、殺す以外は何をしてもいい、とな。魔人もそれに従った」

「………アイゼルも?」「例外は無い。儂の前の持ち主で魔族の殲滅を目指していた男も、魔王が魔王でいられるとされる一千年を過ぎるまではジルの下僕に成り下がっていたからな」

「駄剣の昔話なぞどうでもいい。さっさと行くぞ」「あっ、ランス様………」

 

 一行は前に進む。立ち塞がる魔物を倒し、見掛けた皮袋を処理しながら。そしてリーザス城二階の最奥、普段は式典などの催し事に利用されている大広間に、真っ黒な袈裟で身を包んだ大柄の老人、魔人ノスが広間の奥にいる何かを見つめたまま静かに佇んでいた。

 

「………カオスか」「見つけたぞ、じじい」「クカカカカ……、人の寝込みを襲ってくれるとは。やってくれたじゃねぇか、ノス」

「消えよ、ジル様はお食事中だ」「呼んでこい。この超英雄のランス様がお仕置きしてやる」

「クッ、クク……。なまくらが目を覚ましたのが然様に心強いか。ならば、もう一度、砕いてくれよう。否、次は消滅させてくれるわ。貴様が在るというだけで我慢がならん」

「愛しのジル様をガイに寝取られたヘタレ野郎がよく吠えるわ」「一匹は死んだ、次はお前だ。あの世で俺様の勇姿でも語り合うんだな!」

「くく、ふふふははははは! アイゼルと一緒にするとはな、力量を推し量る事も出来んか!」

「気を付けろよ、心の友。実際に奴はアイゼルよりも格上の魔人だ」「五百年以上も昔に、十五人の魔人と、リーザス建国以前に存在したとされる人類統一国家との戦争で、特に魔人ノスは猛威を振るったと言い伝えられております。お気を付けを」

「俺様の前では等しく経験値だ! 死ね! ランスボール!」「ギャァァァアア――――!!!」

 

 ランスと魔剣カオスによってノスの無敵結界が破壊された瞬間、全人類の尊厳を賭けた戦いが、幕を切って落とされた。

 リーザス王国指折りの戦士達がノスに斬り掛かり、呼吸を合わせて爆炎を起こす攻撃魔法と、火薬を発射する特殊兵器チューリップ1号が文字通り火を吹く。黒袈裟を焼かれ、土色の筋骨隆々とした肉体の上に、岩の鱗をびっしりと全身に覆わせた、ノスの異形の姿が晒された。

 その姿は張りぼてや虚仮威しなどではなく、あらゆる攻撃魔法や、発射された火薬が引き起こす

爆発をモノともせず、岩の鱗の僅かな隙間を縫った達人級の斬撃すらも、頑強過ぎる筋肉に、掠り傷のような痕を残すことしか出来ない。

 

 これこそが魔人ノスの力。アイゼルが洗脳能力を武器とするなら、ノスの武器は無敵結界に頼らずとも圧倒的な防御力を誇る自分自身の肉体だ。

 現代において最強の魔人とされる魔人ケイブリス、先代魔王ガイの娘である魔人ホーネット、例えこの二体が力を合わせたとしてもノスに大ダメージを与えるのは困難で、であれば魔人よりも遥かに力の劣る人間の攻撃など無意味なはずだった――――魔剣カオスさえいなければ。

 

 一体どのような素材で出来ていると言うのか、魔剣カオスの刃は岩の鱗すら切り裂くので、ノスはランスの攻撃に対しては不得意な回避行動に専念せざるえなかった。

 その事実にノスの心は激しく苛立つ。敬愛するジルを封印していた憎き剣にして、ジルの寵愛を受けながらも裏切った魔王ガイの帯剣と因縁深い相手ではあったが、千年の時を経て自身の天敵として立ち塞がることになるとは、ここまで来ると呪いのような宿命を感じざるえない。

 だがしかし、どこかの小娘のように無様を晒さないよう自らを戒めて、ノスは行動に出る。

 

「死ねっ!」「ハァッ!」「――――甘いわっ!」

 

 ランスの攻撃を紙一重で避けて赤い鎧の剣士の剣を拳で防いだ後、先に赤い鎧の剣士を裏拳打ちで弾き飛ばす。次はランスに襲い掛かる、ように見せかけて大きく方向転換して走り出した。

 戦闘とは敵の肉体を打ち砕くだけでなく、敵の心を折ることもまた有効である。

 魔剣カオスの担い手であるランスの心への有効打としてノスは、戦闘が始まってから常にランスがノスから庇うように背を預けていた、桃色の髪の魔法使いに狙いを付けた。

 魔法や飛び道具の迎撃を無視してシィルに向かって一直線に突進する、ノス。それに気付いたシィルは顔を青くして逃げようとするが、か弱い魔法使いの女の子が体力自慢の魔人から逃げ切れるはずもなく、悲劇が起きてしまうと誰もが想像した中で、ランスだけは違った。

 

「ランスボール二号―――――!!!」「にょわあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」

 

 ランスは魔剣カオスを投げた。投げられた魔剣カオスは情けない悲鳴を上げながらも空気を切り裂き、矢や攻撃魔法と殆ど変わらない速度で、引き寄せられるようにノスの胸を刺し貫いた。

 

「グゥッッ……!? な、んだと……っ!?」「甘いのはお前さんよ、ノス。まさか儂がよく斬れるだけの剣だと思ってたのか」

 

 魔剣カオスの正体、それは『魔人に恋人を殺された盗賊カオスの憎悪』である。怨霊に近しい存在で、復讐の願いを聞き届けた神によって剣の形にされて物理的な干渉能力を得たものだ。

 その刃は必殺の念そのもので、魔人がどのような防御手段を用意しようと必ず魔人の肉体を切り裂いて、投げられれば憎悪が因果を捻じ曲げて必中必殺の呪いになる。

 呪いのような、というノスの感想は実は正確に魔剣カオスの本質を言い当てていたのだ。まさか魔剣カオスの誕生に神という存在が関わっていたなど想像出来るはずもなく、理不尽な神の戯れを前に、ノスは思わず身体を硬直させてしまう。

 

「カオス……ッ! 貴様ァァァッッ……!」「死ね! 化け物じじい! ランスアタ―――ック!!」

 

 魔剣カオスを押し抜こうとしたノスであったがそれよりも早くランスの必殺技が炸裂した。


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